「セシルちゃん。体調は本当に大丈夫なんだな? 打ち合わせどおり、辛くなったらいつでも合図をしてくれていいからな」
いまだ体調が悪そうな──多少軽くなったとはいえ
ドライ王との謁見にあたり事前に俺、オッさん、姫さん、セシルちゃんの4人で軽く打ち合わせを済ませてきた。あとは実際にやってみせるだけだ。……いい加減、俺も腹を括ろう。
「オメェも心配性は相変わらずだな」
「不安要素や不確定要素が大っ嫌いなんだよ」
あと
「が、がんばりますぅ」
「セシルちゃんはそこに居てくれるだけでいいからな。無理だけはしないでくれよ」
セシルちゃんと同じ目線の高さで会話するべく屈んでいた躰を立ち上がらせ、この謁見に臨む面々へと視線をめぐらせる。オッさんのパーティからは勇者一行と頭数を均等にする意味でも2人ほど出してもらっている。
姫さんはふんぞり返っていて、セシルちゃんは体調不良で、オッさんは呆れ顔。沈黙を守っているフィーア国の2人は面鎧のせいで表情が読み取れないが、まあ、心配するようなことはないだろう。(主に勇者一行が)万全とは(口が裂けても)言えないが、与えられた
「少々、心配しすぎではなくて? そう心配せずとも、交渉事であればわたくしが対応しますわ」
緊張や不安など
たとえば、何か提案したりされたりしたときに、それを遮ってまで言い包めたりとかしたらどうなることか。そのほうがどれほど良い結果になったとしても、出る杭は打たれるものだ。意図はどうあれ、遠まわしにその国を
「交渉事は姫さんの領分だしな。そこは俺も弁えている」
「ええ、交渉はわたくしがしますとも!」
姫さんはヤケに嬉しそうにしているが、なんなんだろうな……(思考放棄)。
「それにしても、控え室に通されるでもなく廊下でただ待たされるとは……
「どうなの? オッさん」
「オレが知るか」
おっ。オッさんも思考放棄か。奇遇だな!
だが、その
「で、でもっ、ツヴァイ国でも控え室へ案内されませんでしたけどぉ……」
「それは我らが
「……そこは評価してあげます。ですが、あちらに準備は不要であっても、こちらには必要ではなくて? 自分が良いからといって、相手も良いとは限らないでしょうに」
ドライ国の対応の悪さから、それまでなぜか上がっていた機嫌が逆に下がっていってはいたが、ツヴァイの
「やる前に準備は済ませろって、こったろ」
そして、オッさんの機嫌も悪くなる。元々ない愛想がさらに失くなった様子で、姫さんの発言を拾った。オッさんもツヴァイ国出身だから故郷のことを悪く言われて気を良くするはずがない。
「来賓をもてなすのも国としての威信に関わることですわ。──もっとも、下賎の者には少し難しい話かもしれませんわね」
「ケッ!」
そうやって無意味に敵を作るのも国としての威信に悪い意味で関わることだと、俺はそう思いますがね。俺の考え方は、アイン国の高貴すぎる姫には少し難しいのかもしれない。……ああ、早くも不安がぶり返ってきた……。
「あ、あのっ! 衛兵の人も居ないのは変じゃないですかぁ? 謁見の間に行ってから帰ってきませんしぃ……」
場の雰囲気を気遣って話題を変えようとしてくれるセシルちゃんが、この面々の中では一番好きだよ。自分だって体調が悪いのに、本当に健気だ。……衛兵といえば、そういえば塔の防衛戦に参加していたのはオッさんと俺たちだけだったな。ドライ国からは1人として戦力が出されていなかった。
まさか──
「衛兵といえば……なあ、オッさん。ドライ国の戦力って、まさか宮廷魔術士だけだったりしないよな?」
「オメェにしては気付くのが
「マジかよ」
ツヴァイ方面へと逃げてきたスーペルはドライ国の
しかし、ある程度は取り繕っておこう。わざわざ口に出さずともオッさんならば不審に思わないだろうが……「ドライ国の実質的な戦力は宮廷魔術士だけなのでは?」──この発想に思い至った理由付けをしておいたほうがいいかもしれない。話を聞いているのはオッさんだけじゃない。姫さんもセシルちゃんも、それからオッさんの仲間2人も聞いているし、どこで誰が聞き耳を立てているかも判らない。セシルちゃんが言うように衛兵たちの姿が見えないのは、俺たちの様子を探っているからという可能性も考えられる。手は打てるときに打てるだけ打っておいたほうがいい。保険はかけておくことに越したことはない。いざ事が起きてからでは遅いのだ。
「じ、じつはだな。
「なんだと? 魔具はどうした?」
「それらしい物は見当たらなかった。──そうだな? セシルちゃん」
「ふぇ? あっ……は、はいっ!」
「チッ……! 侵略者共に武器がひとつ渡っちまったか!」
俺の
これまでの出来事やオッさんの様子から察するに、勇者一行が参戦するまでの間もドライ側からは魔具の類いは一切使用されることはなかったと見ていいだろう。つまり、ほかにドライ国所属の魔術士も、その候補も予備の魔具もなかったということになる。予備も
あると仮定しても、まるで役に立たないといえる。勇者一行が駆けつけたとき、オッさんたちだけで戦っていたのがなによりの証拠だ。
……あれ、これ……かなりヤバイような……。
「大丈夫なのか、この国……」
魔術士スーペル一行の全滅なんて完全なでっちあげだが……それでも、それでも俺と彼らの命のために許してほしい。ないとは思いたいが、ドライ国が滅んだらどうしよう。いくら財政が傾きかけた国であったとしても、防衛戦力も傾いて実質重みゼロとか誰が予想できようか。国防だぞ、国の存続に大きく関わる問題だぞ、力を抜く分野じゃないだろ。なんでだよ。
「さァな」
「フッ、これだから下賎の者は。仮に魔具を奪われようとも、わたくしの炎の前には無力ですわ。魔具とは持つべき者が使用してこそ、その真価を発揮するのです」
「ンなこたァわかってる。ドライ国に手札が失くなったのが
たしかに、思い入れもない国に──多少の負い目はあるが──縛り付けられたくはない。はやく魔王を暗殺して姫さんのお
ちょうど話に区切りがついた具合で、廊下の曲がり角から衛兵がやって来る姿が見えた。
「──ハァハァ、それでは謁見の間へ案内させていただきますっ!」
角を曲がったと同時に小走りになったのは見なかったことにしよう[*2]。
「
ヒョロガリな
姫さんのせいで、他国の王族に対してつい
「防衛戦の結果報告にきやしたぜ」
「うむ。なにやら派手な音が聞こえたが、あれはなんぞよ?」
挨拶も
「ヘェ。アインの姫君たちが呪文で加勢してくれたもんで。おかげですぐ片が付きやしたぜ」
「ほぉ~、そちがアインの! 大変
この報告に「待っていた」とばかりにドライ王は目の色を変え、座っている玉座の肘掛に両手をついて身を乗り出した。腐っても一国の主。失った戦力を補充できる機会を見逃さず、確保しようと動き出したな。でもその戦力、味方にも牙を剥きますよ。
「わたくしの名はソフィーリア・ラウンド・アインですわ。貴国の噂は
「なぜだっ!? か、金ならあるぞっ!」
「お金には困ってはいませんわね」
「ならば夜はどうだっ! 夜も満足させる自信はある!」
突然の求婚にも姫さんは冷静にこれを返す。正直、交渉条件に生々しい事柄を持ちだすのはどうかと思うが、ここまでは想定どおり。打ち合わせ──という名の展開予想会──どおりの展開だ。
なんだよ、姫さんも
「それも結構ですわ。すでに夜はこの者に満足させてもらっていますもの」
「……え?」
「は?」
「えっ」
「!?」
──と思っていたのだが、姫さんの発言によって突如として場の空気が凍り付く。
なぜか姫さんは俺の腕を捕まえながら、若干、頬を赤らめている。
ほかは信じられないものを見たといった
俺だって信じられないし、信じさせたくもない。
やめてくれよ、俺とあんたは
死ぬ! 俺、死んじゃう! 死んじゃうから!
「あまりにも気持ちが良くて……毎夜のことながら、声が抑えられませんの。フフ、あれは一度味わってしまったら
いやいやイヤイヤ嫌々
問題は、この言動を周囲の人間がどう受け取るかだ。額面どおりに受け取れば、俺と姫さんは
では、ここで否定したり誤解だとしてしまったらどうなるか。
A.
B.マッサージ未満の男だと評されたドライ王が激高して三ヶ国の関係が険悪になり、俺は死ぬ。
C.身分の差からマッサージは隠語だと勘違いされる。
D.奇跡的に流血沙汰にならずに場を収め、王族御用マッサージ技師としての人生を歩み出すも、なんか陥れられて死んでいそう。起きないから奇跡なのである。つまりは死は必然である。俺は死ぬ。
やはりというべきか、どうあがいても絶望である。死ぬ未来しか見えない。誤解を解くに解けず、かといって肯定するなど
「な、なななっ、なんとハレンチな……ッ!」
ドライ王の
「ええいっ、そこへ直れ! キサマのような性根の腐ったクズは叩き切ってやる!」
「ひえっ」
激高するのは、あんたかよ。王の御前で軽々しく剣を抜かないでいただきたい。直後に何かが倒れる音が近くから聞こえたが、セシルちゃんが腰を抜かしたのだろうか。目視確認をしたいところだが、刃物を持った危険人物を前にして視線を逸らすなんて恐ろしい真似はできない。なんだ、熊の対処法[*4]か。
「国を守った褒美が《死》ですかい。戦力の1人も出せなかったドライ国が、オレたちと一戦構える気で?」
そして、剣を抜かれた以上、無防備のままで居るわけにもいかない。オッさんは武器を構え、俺も雑用ナイフを取り出す。味方であるフィーア人の片方も剣を片手に、守るように俺と姫さんの前に移動してきた。もう片方はセシルちゃんの守護に回っているのだろうか。
魔王軍の進攻によって滅亡するのではなく、まさか俺自身の手でドライ国に終止符を打つことになろうとは、違う意味で言葉にも出来ねえよ。
「まさか、魔王軍に寝返りを……!? 売国奴にかける情けなど──あふっ♡」
あ、姫さん。あんたは何もしないでいいです。とりあえず片手で抱き寄せて、その意思を示す。本当は口に手を回して呪文封じをしておきたいところだが、ナイフを片手にそんな真似をしたら、まるで姫さんを人質にしているような構図になってしまうので残念ながら却下である。これが今の俺に出来る精一杯だ。
「ち、違うのだ! こやつは剣を自慢したかっただけぞよ! ははは、こやつめ、ははは」
「むぅ……! し、しかしっ!」
「いいから早く剣を収めよッ!!」
命が惜しいのはドライ王も同じのようで、主君直々の命令には逆えず、渋々ながら時衛騎士の女は剣を収めた。──だが、俺もオッさんたちも態勢は緩めても武器は収めない。一度こうなってしまった以上は、この状態はしばらくは続くものだ。判りやすい疑念と警戒の意思表示である。
「そうですかい。──で、国の守護の象徴である時衛騎士を動かさなかったのは、どういった理由で?」
それは俺も思った。時衛騎士とは、12ある国々の軍事的な意味での象徴となる役職および人物だ。元々はこの大陸にかつて存在していた、自衛を主義に掲げた軍隊が、時代の移り変わりと共にそのあり方を変化させていったとされる。侍衛と自衛、そして国々と大陸を時計[*5]に見立てて《時衛騎士》と呼ばれるようになったんだが……そのわりには、さっきの戦いでは見かけなかったよな。
いいぞ、オッさん。そのまま話をうまく逸らしてくれ。時衛騎士の
「
お前が答えるのかよ。主は護っても、国は守らないんですね。いや両方守れよ。それか国を守れ。結果的に主の助けになるだろ。
なんだろう、
「うむ。余が倒れてはドライは終わる。それだけはあってはならぬ」
ドライ王がもっともらしく深く頷いて同意を示しているが、あんたが倒れなくてもドライは終わると思います。だから色々と必死なんだろうなぁ……。だが俺も自分の命と自由は惜しい。元はと言えば、あんたが
「そいつァ理由になってませんぜ。今回はたまたまオレらが居合わせたからなんとかなったものの、次はどうするつもりなんだか」
オッさんも俺と似たような結論に行き着いたのか、追及の手を緩めたりはしない。俺たちが塔を守ったという事実と、そんな俺たちに剣を突きつけたことを強調することで以後の交渉を有利に進めようともしているようだ。防衛戦力ゼロって事実だけで、すでに優位に立っているといえなくもないが、それではドライ国に囲い込まれる可能性は捨てきれない。いや誤解でも考えなしに刃を向けてくるような国に尽くす気はないが。
「う、うむ。そなた、いい躰をしとるな。
とか考えていたら、すぐさま打診がきた。あんな事があった直後なのに勧誘できるのか。
「背中を切られる職場は遠慮しやすぜ。──で、戦力を出さなかった理由は? 利用するだけ利用したあとに始末する予定だったとか? ……そいつァいけませんなァ。オレたちも身の振り方を考えたいンですよ。そのためにも、ちゃァんとハッキリとおっしゃってくだせェな」
しかし、オッさんは言葉を繰り返す。この場に渦巻いているのは
「……どうしても言わないとダメか?」
「ええ、もちろん。オラァ、時衛騎士サマの活躍が見たかったンですよ。なあ?」
「そーですね」
「くっ……!」
もうごまかせないと観念したのか、時衛騎士が意を決して口を開く。
「……生理だ」
そしてまた、場の空気は凍り付く。
「だって、お腹痛いんだもん!」
「……ケッ、これだから女は」
「オッさん、その発言、危うい。もっと配慮してあげて?」
「配慮されるべきはオレらだと思うがな。自己管理も出来ねェ女とか
「いや無理だろ。自然現象のようなものだぞ」
女性国家であるフィーア国の食客をやっているのに強気だな。あんたのお仲間11人、すべて女の子ですよ。気楽に言うなよ。オッさんといえど、軽率な発言は身を滅ぼすぞ(あつい手のひら返し)。
「だから対策を立てとけって言ってンだ。オレもオメェもフィーア国もそうしてきただろ。何かに備えンのは基本だろうが。役に立たなくなる時があるって判ってンのに何もしねェとかよ……」
口には出せないが、それは雇用主であるドライ王の仕事だと思う。戦力確保
「やめだ、バカらしい。オレたちゃァ、これで降りさせてもらいやすぜ」
毒気を抜かれたのか、それとも計画どおりなのか、オッさんはげんなりした様子で武器をしまう。俺もとても
「──はっ!? ま、待て! 待つのだ! それは……困る」
その様子に完全に見限られたと思ったのか、それまで唖然としていたドライ王は我に返り、必死に
「そなたを新たな時衛騎士に任命しよう! ど、どうだっ? これなら、どうだっ?」
「なっ──?!」
そして今度は時衛騎士ちゃんが絶句する番だ。「解雇理由:生理痛」とか、ちょっと理不尽だよな。生まれ持った
「フゥ……、見苦しいですわね。ドライ国からも助力を得ようと思いましたが、これでは期待するほうが酷というもの。配下の管理も出来ていない国に頼るほど、わたくしは落ちぶれてはおりませんわ」
そんなドライ側の事情など知ったことではない姫さんは、オッさんに代わって冷徹にもトドメを刺した。せめて支援物資やら支援金くらいはもぎ取ってもいいとは思うが……付け入る隙になってしまうか。どのみち俺に発言権はない。姫さんの決定を素直に受け入れるとしよう。
「の、望むものはなんでも出そう! だから余の后に──」
「では、あなたの后にならないことを望みます」
……すげーな、その返し方。なおもすがりつくドライ王に「望みは何だ?」と訊かれて「望まないことを望む」と返すとか。大口を開けて苦悶の様相を浮かべた、この世の終わりのような絶望した表情でドライ王が固まったぞ。うまいこと断れた……のか? その返し方ができるなら、初めからそうしてほしかった。俺とあんたに
……だが、これでようやく落ち着けそうだな。場の雰囲気を見るに謁見いや交渉はここで打ち切りだろう。何はともあれ、少しでいいから休みたい。精神的に疲れた。国境の森の放火事件から、時間でいえばまだ1日も経っていないのにこの密度。今日は厄日か。過去最高(最低)のやらかし具合だったな(過去形)。「だった」で終われ。終わらせてください。
「ご心配せずとも、女人像の返品依頼だけはやらせていただきやすぜ」
「これ以上、話すことはなにもなさそうですわね。
オッさんと姫さんの言葉を残し、俺たちは謁見の間を後にした。
未完作となった経緯について。
勇者の末路の変更:
実は本来予定していた勇者の末路があまりにもあんまりだったので変更しました。いくらなんでも攻めすぎだし、読み手側にもつらすぎる展開だったので……。下記はその簡易プロットです。
1.姫の火炎呪文に巻き込まれて負傷
2.セシルの回復呪文を受けられない状況に陥る
3.時間が経過しすぎて負傷判定の対象外となり傷跡が残る
4.傷跡が増えていって、女性陣から忌み嫌われるようになる
5.勇者が勇者として成長する、ガイだけが最大の理解者となる
別作との兼ね合い:
小説を書くときは、いわゆる脳内エミュレートを行っています。犯罪心理学者が凶悪犯の研究をし過ぎて狂うアレです。筆者の精神を侵食してきたので執筆を中断していました。なろう風やモンスター図鑑が短編形式なのもそこら辺が影響しています。また、あちらは短編と制限することでエター回避も兼ねてます。さらに言えばモンスター図鑑は本作と世界観を共有していたりします。
更新再開の見通しについて:
いつまで生きていられるか分からない状況となったので、申し訳ありませんが未定となります。