紅白夢   作:安楽

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紅白夢

 「これは夢ね」と、佐伯沙弥香はこの状況を瞬時に看破し、そして心の中ではっきりと断じた。

 年の瀬に家族でこたつに入り、紅白歌合戦を一緒に見ている、なんて。

 決して、家族で紅白歌合戦を見た事がない、などというわけではない。決して。

 ただ、こんなにも和やかに弛緩した雰囲気だったろうかと、そう違和感が先立ったのだ。

 大方、お昼の友人たちの談笑や、放課後の生徒会でのやり取りが頭の中で結びつき、こうして夢の中で再生されてしまっているのだろう。

 どことなく小糸さんが口にしたイメージが強く出ているようだわと、自分の両親祖父母を横目で見つつ、小さく鼻で嘆息。

 

 まあ、これはこれで、悪いものではない。

 人様のイメージを元に再構築された自分の家庭を、このまましばらく眺めているのも悪くはないだろう。こたつの上にみかんがあり、膝の上には猫がいる。サビの方。沙弥香自身は何故か褞袍着ているけれど。

 しかし、こうして小糸さん風のイメージが強く出てしまっているあたり、彼女を警戒する心が抜けないと認めているようで癪ではある。まったく、油断ならない後輩だ。

 彼女の家と、沙弥香の家とで、随分と雰囲気に差があるものだから、ついつい聞き入ってしまっていた、という事もあるのかもしれない。それで、想像力を働かせて夢にまで見てしまうあたりは如何なものか、と思うが。

 自分の好きな人の傍に、自分以外で一番近くに居る人。

 最近妙に仲良くなっている気がするのは気のせいではないが、ふたりの間にある微妙な関係性にまでは、想像力では至れない。

 思考の端っこで槙くんが腕組みして満足気に頷いているが、なんだこのノイズは。無視だ。無視。

 

 どうせならば燈子が出てくれば良かったのに。

 そう思うのは沙弥香にとっては至極当然と言えば当然の流れで、無意識の想像力がそれを形にしてしまう事もまた、当然の流れだったのかもしれない。

 ぼうっと見ていたテレビの画面が急に色付きはじめる。

 何故か今まで白黒だったものが、ここに来て急に彩光を取り戻したのだ。

 そして司会者が語るのは、次の紅組は今年大ヒットした美少女アイドルユニットの登場を示唆するもので、隣りの祖母が、「これ、沙弥香の好きな歌ね?」と、淡白に告げる。

 何かと鋭い祖母ではあるが、この一言にだけは否と返したくなった。

 しかし、はて。流行のポップスにはそれなりに疎い身だ。これも小糸さんのイメージかと眉根を寄せていると、テレビの向こうはスモークが晴れてイントロが掛かり、件の美少女ユニットが姿を現したところだった。

 

 燈子と小糸さんだった。

 ぎらぎらのアイドル衣装に身を包んだ。

 

 沙弥香は口に含んだお茶を噴き出してしまった。

 現実では一度もやった事がないし、これからも縁がないはずの行為に、自分でもびっくりする。父はひっくり返ったし、猫は逃げた。

 司会者が再び「それでは歌って頂きましょう。“やがて君になる”で、“hectopascal”です!」と高らかに声を張るが、沙弥香は開いた口が塞がらない。

 イントロの時点でどこかで聞いた事のある声だとは思っていたが、こうして本人ご登場とは夢にも思わない。

 しかも、ふたりともかなり、歌が上手い。

 中学時代は合唱部に在籍し、それなりに練習した身であった沙弥香には、「発声の仕方がなってる」と理解できた。有線か何かで流れていれば、知人であるというひいき目を除いても、まず耳に残るレベルのものだ。

 それに、動きのキレも凄まじい。ピースサインで片目を隠すポーズで登場したかと思えば、手を大きく星を描くように振って、躍動感のあるダンスに移る。

 ふたりとも息ぴったり。歌い終わって、ふたりで手を繋いで小走りで退場する演出までしっくりと嵌る。

 なんだこれはと、処理能力の格段に落ちた頭で延々と考えるも、それらの思考は結局、ただの一言に集約された。

 

「ずるい」

 

 

 ☆

 

 

 一気に目が覚めた。思い出す。夏休みの夜、今は生徒会のメンバーで合宿中。

 荒い息を整え恐る恐る右を向けば、静かな寝息を立てている燈子が居る。

 夢だった。夢の中でも夢だと理解はしていたが、そういう理性的な面を強かに引っ叩いてくるインパクトがあった。

 あれは心臓に悪い。

 良い意味でも悪い意味でも、悪い。

 起き抜けでぐちゃぐちゃな頭の中を整理しようと深呼吸し、傍らに置いていたペットボトルを手に取る。

 蓋を開けて一気に飲み下している時に、燈子と小糸さんが寝言で例のポップスをハモったりするものだから、喉で咽て盛大に噴き出してしまった。

 

 なんだなんだと寝ぼけ眼で身を起こす燈子や小糸さんを「なんでもない、大丈夫」と圧強めに無理やり寝かしつける沙弥香は、シーツを頭から被って丸くなる。

 手探りでスマホを手繰り寄せ、焦るように探すのは夢で聞いたあのポップスだ。

 あのふたりにハモらせたままにしておくのはたいへん癪なので、隙あらば自分も口ずさめるように練習する必要がある。

 元合唱部・部長の意地が、意味もなく蘇る。

 

 そうして夜は更け、沙弥香がそのまま寝落ちたのは朝方。

 結局、件のポップスは見つからなかった。

 

 

 

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