ボールはともだち! ~One For Ball~ 作:HDアロー
一話 「ガンテツの孫」
チエという少女の事を知っているだろうか。
彼女はポケットモンスター金銀に登場するキャラクターである。
え、そんなキャラクター知らない?
そりゃそうだよね。
私ですら、当の本人ですら、名前知らなかったもん。
分かりやすく言えば、ガンテツの孫娘だ。
ガンテツと言えばわかる人も多いだろう。
ぼんぐりという木の実から、特殊なボールを作ってくれる人だ。
だからこそ私は、現状に不満を垂れ流していた。
「バカなの? ねえ、バカなの?」
恨みを込めてボールを叩く。
チクショウ、生まれた時点で人生詰んでるじゃん!
……詳しく言おう。
おじいちゃん――ガンテツはぼんぐりという木の実からボールを作っている。
おじいちゃんの作るボールはどれも一級品で、一般には『ガンテツボール』と呼ばれている。
『モンスターボールなんて一般トレーナー用の量産品。わしのボールはトレーナーに実力が伴わなければ使いこなせない』
とはおじいちゃんの言だ。
楽器とかそういう類のものの、プロが使う最高品質の最高級品だと思ってくれればいい。
まあ、そこは別にいい。
むしろ世界一の職人の血を引いていることに誇りすら覚える。
問題は父親との組み合わせである。
父はシルフカンパニーでモンスターボールを開発している。
だからこそ言いたい。
バカなの? 死ぬの?
よく考えて欲しい。
おじいちゃんは量より質を優先する『ザ・職人』だ。
それなのに息子は質よりも量を選んだ。
なら孫をどう育てる?
カツーンと、綺麗な音を叩きだす。
これが答えだ。
若干三歳の女の子に、この爺さんはトンカチを与えやがった。
第一声が『叩いてみろ』だったときは戦慄したよね。
私は世界で唯一の職人から、年中指導を受けることになった。
おかげで若干七歳にしてノウハウを知り尽くしてしまったよ。
「流行んないよ! 今更手作りボールなんて!」
よく考えて欲しい。
モンスターボールも、世代を追うごとに進化していっている。
クイックボールやダークボールがいい例だ。
これらはガンテツボールに全く劣っていない。
当然だ。
何故ならガンテツの血を引く父親が、開発に携わっているのだから。
まして、それらの優れたボールが大量生産されたとすれば?
手製のボールに需要がなくなることなんて目に見えているだろう。
今はまだ、狂信者たちによる需要のおかげで最低限の利益をあげられている。
だがこの先、絶対に価格崩壊が起きる。
ボール職人は今後、確実になくなる職業であった。
「お父さんはー? お父さんでー? ふざけんなァ!」
カツーンと綺麗な音を叩きだす。
おじいちゃんの指導が厳しかったら、うちの会社に来てもいいからね? じゃねぇんだよっ!
何さも当然のようにシルフカンパニーに来いって言ってるんだよ。
入れるわけねーだろ! うがー!
シルフカンパニーは世界最大手の企業だ。
モンスターボールを発明した会社だよ?
その功績は数えしれない。
父の発言を現代語訳するとこうなる。
『
ざっけんじゃねえ!
こちとら一般人だっていうの!
そんな天才が集まる場所に就職できるわけがねえだろが!
……旅に出てトレーナーになればいい?
ハッハー。これがそう簡単には行かないんだな。
まず私がいる場所を把握しよう。
この街はヒワダタウンといい、ジョウト地方でも南端に位置する。
分からない人は日本でいう、和歌山の辺りだと認識してくれればいい。
ここから他の街へ行こうとするでしょ?
道路は東西に伸びているから、必然どちらかに進むことになる。
まず西に行った場合を考えてみよう。
こちらへ進んで行けばコガネシティに着く。
コガネシティは日本で言う大阪みたいなものだ。
たしかにここに辿り着くことができれば、独り立ちも可能だろう。
だがしかし、そこに至るまでに『ウバメの森』というダンジョンを抜ける必要がある。
昔、おじいちゃんについてウバメの森に入ったことがある。
だからこそ言える。あれは化け物だ。
和歌山全土を飲み込むほどの森だと言えば、その規模が分かるだろうか。
おまけに道という道もない。
あんな森を抜けることができるのは、せいぜいが修験者くらいだろう。
少なくともか弱い幼女七歳が抜けることのできる森じゃない。
ならばと東に行った場合を想定してみよう。
こちらの先にはキキョウシティがある。
あるにはあるが、むしろこちらの方が絶望的だ。
まず第一に、繋がりの洞窟を抜ける必要がある。
その名前の通り洞窟だ。
一度覗いたことはあるが、どこまでも広がる暗闇があるだけだった。
深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いていたよ……。
ヒワダ方面からつながりの洞窟を抜けるならば、右、左、右と進めば抜けられるはずだ。……ゲーム通りならね。
だがしかし、ウバメの事を考えればこちらも複雑になっているかもしれない。
原作知識がどこまで通用するか分からないのだ。
下手に乗り込んで『遭難しました』じゃお話にならない。
……よしんばそこを抜けたとしよう。
それでもまだ問題は続く。
先にも言ったようにヒワダは日本で言う和歌山に位置する。それも南端だ。
それに対してキキョウシティは奈良県だ。それも北部の。
そこを歩いて行く? 冗談でしょ?
つまり私の現状はこうなる。
一つ、このままではボール職人になってしまう。
二つ、父親のおかげでボール職人は死ぬ。
三つ、この状況を打破する手段はない。
「ははっ……」
渇いた笑みをこぼす。
なにわろてんねん。
いや、笑うしかないじゃん?
「うぅ、折角ポケモンの世界に来たんだからもっとポケモンと触れ合いたかった……」
具体的にはエルフーンとかチルタリスとか。
あの子たちをもふもふしたかったよぅ……。
なんでこの街は虫ポケモンしかいないんだよ!
キャタピーとかビードルとかどこに需要があるのさ!
……そんなことを考えながら、ボールに一打一打を叩き込む。
ん? 今作ってるボール?
スピードボールですが何か。
「……ふぅ」
あとは開閉スイッチを取り付けるだけだ。
いやー、見せつけちゃったなー才能。
これならおじいちゃんも文句ないだろう。
……こんな才能持ってても仕方ないんだよっ!!
先にも言った通り、三歳から鍛えられた私の腕前は既に職人レベルだ。
恥ずかしいからそんなこと、人前では絶対に言わないが。
こういう職業で大切なのは臆病な自尊心と貪欲な学習姿勢だ。
大なり小なり自信を持つことに、間違いはないだろう。
「おやっさん! 来たぞー!」
「あ、いらっしゃいませー!」
「おう、チエちゃん! 今日も元気だねー。おじいちゃん呼んでくれるかな?」
ノックもせずに入ってきたのは、いわゆる常連さんだった。
こういう唐突なイベントにびくびくしていた時期もあったが、慣れというのは恐ろしいものである。
いつの間にか気にならなくなってしまった。
どうやらおじいちゃんに用事があるようだが、あいにく留守だ。
さすがに本人の前で不満を垂れ流すほど子供じゃないよ。肉体は七歳だけど。
私は彼に、祖父が留守だという旨を伝える。
「ごめんなさい! おじいちゃん今、ぼんぐりを取りに行っているの!」
「あー、そういう時期か」
言ってから、ふと思った。
ふつう逆じゃね?
なんでボール職人のおじいちゃんが材料集めに向かって、ただの子供が店番をしているんだ?
……深く考えないことにしよう。
「おや? そのボールはチエちゃんが作ったのかい?」
「うん! 一生懸命カツーンってやったの!」
常連さんはボールをまじまじと見つめてそういった。
やめい。
恥ずかしいじゃないか。
美術とか図工の時間に、友達に描きかけの絵を見られるくらい恥ずかしい。
「ちょっと手にとって見せてもらってもいいかな?」
「え? まぁ、べつに問題ないですけど……」
やめてぇ!
恥ずか死するから!
「……チエちゃん、本当に腕が上がったね。もうおじいちゃんを抜いたんじゃないかい?」
「わ、私なんてまだまだですよ!」
「……そうかなぁ?」
常連さんは傷をつけないように、丁寧に机に置きなおした。
その顔は、酷く曇っていた。
(え? 何? そんなに出来悪かったの!? 結構自信あったのに……)
おじいちゃんを超えたと言われて、文面そのまま受け取るほど阿呆じゃない。
お世辞、社交辞令、決まり文句。
普通に考えてそういったところだろう。
ただまぁ、そんな顔するほどひどいか? とは思う。
丹精込めて作った自慢の一品だったのに。
精一杯心を込めて作ったのに。
あ、それが原因か。
恨み言吐きながら作ってたわ。
「また明日寄らせてもらうよ。これお土産の『ロメの実』だよ。おじいちゃんと分けてね」
「おじさんありがとう!」
「ははっ、おじいちゃんによろしくね」
そういって常連さんはまた出て行った。
別に名前を覚えていないわけじゃない。ないったらない。
それにしても『ロメの実』か。
最初食べた時は衝撃だったな……。
見た目も名前もメロンなのに、味は渋いと苦いを足して二で割ったようなものと来た。
いや、おいしいにはおいしいんだけどさ。
メロンを期待しながら食べた時の残念感と言ったら……。
あれだ、海外旅行してきた人の、お土産のチョコレート並みのがっかり感があった。
さて、おじいちゃんが帰って来るまでサボってしまおう。
先に倉庫の在庫確認だけしておきますかね。
確認も何も、在庫が減っているからおじいちゃんが取りに行ったわけだが……。
それでもやらないとそわそわしてしまうのだ。
これがッ、社畜精神……ッ!
⁂
――この時、私は気付かなかった。
私が在庫を確認しに倉庫に入ったとき、一匹のポケモンが忍び込んでいたことに。
そのポケモンが、事件を起こすことに。
シルフの例えが具体的すぎたので修正。