ボールはともだち! ~One For Ball~   作:HDアロー

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三話 「snatch」

「お前のそのファイアロー! 我々が貰い受ける!」

 

 シャドーの人がそう言って、ファイアローにボールを投げる。

 まばゆい光をまとい、キャプチャーネットがファイアローを飲み込む。

 そして、ただの一度も揺れることなくファイアローが弾け出てきた。

 

 ……。

 

(気まずい、すっごく気まずい)

 

 我々が貰い受ける! キリッ!

 恥ずかしいぃぃぃ!

 穴があったら入りたいってやつだね!

 なんか自分の事のように恥ずかしくなってきたよ……。

 

「え、ええい! 何度でもトライしてやる!」

 

 シャドーがボールを投げつける。

 そのいくつかは確かにファイアローを捉え、しかしその度に食い破られた。

 何度繰り返しても結果は同じ。

 決してファイアローが捕まることはなかった。

 

「ぐおおお! 何故だぁぁぁ!」

 

 やめてそれ……、本当にこっちまで恥ずかしくなってくるから。

 もういいや、種明かししてしまおう。

 

「スナッチマシンの効果を知っていながら、どうしてアローをさげなかったと思う?」

 

 私は問う。

 男は答えない。

 

 そろそろタイムリミットだ。

 答えを出してしまおう。

 

「正解は、ファイアローが私の元を離れないと確信していたからよ」

 

「……ありえない。理論上、どんな相手にだって通用するはずなんだ……」

 

「理論上……ねぇ」

 

 理論なんて、脆く儚いものだ。

 どれだけ緻密に練り上げ、繊細に築き上げたものも、たった一つの反例で崩れ去る。

 

「スナッチマシンだけでなく、ボールの方も自作すべきだったね」

 

 いわゆるスナッチボールという物は、性能自体は元になったボールが基準になる。

 シルフ製のボールを流用している限り、私のボールを上回ることはできない。

 

 チエボール・アローエディションは、アロー専用に組み上げた最高傑作だ。

 快適さで言えば、一等地の最高級ホテルのスイートルームみたいなものだ。

 対し、モンスターボールはその辺の安宿、あるいはカプセルホテル。

 どうあがいてもそちらに靡くはずがない。

 

「ま、それでも私と同等の力量が必要になるから、要するに不可能ってことなんだけどね」

 

 さて、もう日も暮れた。

 時間切れだ。

 

 小型のパソコンから防犯ブザーを取り出す。

 さあ、お前の罪を数えろ。

 幼女に手を出すということがどういうことか、身をもって思い知るがいい。

 

「ちょ、まっ」

 

「ばいばい」

 

 男が私の手を抑えるがもう遅い。

 防犯ブザーの栓を引っこ抜く。

 けたたましい音が鳴り渡る。

 

「助けてください! 変な人に襲われているんです!」

 

「お、おまっ!」

 

 シャドーが急いで私の口を押えようとするが、それは悪手だ。

 ゲートの前にお巡りさんがいるのは既に確認済みだ。

 ものの数秒でここまで駆けつけて来るぞ。

 

「誰かー! 誰かー!」

 

「こっちだ!」

 

 そうして狙い通り、お巡りさんがやってきた。

 そこにあるのは幼女を抑え込む戦隊もののコスプレをした変態の姿。

 当然一発アウトだ。

 

「……詳しい話は署で聞かせてもらおうか……」

 

「ち、ちがっ! 俺は無実だ!」

 

「ひぐっ、ぐすっ」

 

「こ、この野郎!!」

 

 野郎じゃないですー、一万歩譲ってもアマですー。

 ふはは、悪は滅びる運命にあるのだ。

 スナッチマシンもろとも闇の炎に抱かれて消えな!

 ドワーフの誓い第七番、愛と正義は必ず勝つ!

 

 私の手元には、スナッチマシンがある。

 お巡りさんの隙を見て、小型パソコンに格納した。

 シャドーが抗議をあげそうだったので肘鉄で意識を刈り取った。

 我ながらいい仕事をしたと思う。

 そんなこんなで手にした戦利品を眺め、物思いに耽る。

 

「よくよく考えると、私と一番噛み合わない機械なんだよなぁ」

 

 スナッチマシンは、ボールを不正改竄することでスナッチボールに書き換える。

 人のポケモンをとれないのは、親の存在するポケモン相手に効果を発揮しないようなブロックルーチンが設定されているから。

 そのブロックルーチンを無理やり破るシステム。

 それがスナッチマシンの正体だ。

 

(誰かシルフに関わりの深い人間が、開発に携わっている?)

 

 この仕組みを解明している人間は本当にごく一部だ。

 そもそもガンテツボールをはじめとする手製ボールは、ある種のオーパーツだ。

 何故そうなっているのか分からないが、結果はそうなっている。

 そんなブラックボックスが手作りボールだった。

 

 その仕組みを解明し、理論体系ををまとめ、機械による生産を可能にしたシルフ。

 普通に考えて、シルフの人間が情報を流しているという線が濃厚だ。

 あそこスパイ天国だし。

 

 あるいはシルフ並みの研究施設と頭脳を有しているのかもしれないが、そこは今は分からない。

 ただまぁ最悪を想定しておいて悪いことはない。

 少なくとも楽観視し、重要なことを見落とすよりましだ。

 

「私のボールに効かないとはいえ気に入らないなぁ、気に入らないよね」

 

 スナッチマシーンで使われるボールは、父が発明しているものなんだ。

 あまり顔を見せない父だが、大切な家族だ。

 父の作ったボールが悪用される。

 何とも不快なものだ。

 

「封印するべきか、壊すべきか」

 

 娘として壊したいという思い。

 技術者として、解析したいという思い。

 職人として、認めるわけにはいかないという思い。

 

 それぞれが上手く噛み合わず、どうすればいいか悩んでいた。

 

「まあいいや、こういう問題は後回しにしよう」

 

 ゲートの人に、ハジメさんに手紙を渡すように頼んでコガネシティに向かった。

 手紙の内容はダークポケモンについての事と、リライブの事についてだ。

 オーレ地方のアゲトビレッジに向かうといいと記しておいたので、手紙を受け取り次第向かってくれるだろう。

 道中のトレーナーを総スルーし、コガネシティ入りする。

 

「わぁ」

 

 ゲートをくぐった私を待っていたのは、一言で言えば感動であった。

 

 街灯や街明かりが、夜だというのに街を煌々と照らしている。

 まるで錦の御旗をはためかせたような光景に、言葉が浮かばなかった。

 言葉で表すことが、もったいなかった。

 

「コガネシティ、豪華絢爛、金ぴか賑やか華やかな街。賑わいの大型都市……ね」

 

 看板に書かれた説明をそのまま読み上げる。

 何とも上手いこと言ったものだ。

 たしかにこれほど明るい夜を迎える町はそうそうないだろう。

 

「きれいなんだけど、流石に見て回るだけの体力もないや」

 

 今日はもうセンターに向かって寝てしまおう。

 今日一日でいろいろ起き過ぎなんだよね、まったく。

 

 ……?

 

「今、誰かに後をつけられていたような……?」

 

 違和感を覚え振り返るが、そこには煌々と輝く街並みが続くだけ。

 何かがあるわけでもない。

 誰かがいるわけでもない。

 

「……気のせい、かな?」

 

 夜の風が私を攫って行った。

 いやに肌寒く、周囲の気温が下がったような気さえする。

 

「いやいや、ホラーダメなんだって私」

 

 下手をすればもちもちの木で気絶できる自信すらある。

 人間の思い込みというのは恐ろしいのだ。

 こんな場所、さっさと後にしてしまおう。

 

 足が先を急ぐ。

 その場から逃げるように、小走りになりながら進む。

 心臓がバクバクする。

 呼吸が荒くなり、肺が苦しくなる。

 

(あと少しでセンターだ!)

 

 私はセンターに駆け込んだ。

 ジョーイさんがぎょっとした様子で私を見ている。

 そんな表情ですら安心でき、私は泣き出してしまった。

 怖かった、怖かったよぅ……。

 

 そんなこんなでセンターの宿泊施設を借りた私だが、どうにも気味が悪い。

 先ほどから鳥肌が止まらないし、未だに監視されているような気もする。

 

(大丈夫、プラシーボだプラシーボ。気のせい気のせい)

 

 自分に言い聞かせる。

 エルフーンが一匹、エルフーンが二匹と数えているうちに眠ってしまうさ。

 

 あ、エルフーン可愛い。

 早く会いたいな。

 

 ……七十を超えたあたりで数えることに飽きてやめた。

 エルフーンって単語長いんだよね。

 なんかいい感じのニックネームを考えておこう。

 

 どんな名前にしようか。

 こういう名前だと可愛らしいし、ああいう名前だと柔らかそうだ。

 ああ、でもこういうのも捨てがたい……。

 ……そうしてまだ見ぬ出会いに夢を馳せているうちに、私の意識は闇に飲まれていった。

 

 おやすみ。


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