ボールはともだち! ~One For Ball~   作:HDアロー

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五話 「一人歩き、ダメ。ゼッタイ」

 アカネの依頼でゲンガーを捕獲することになって早三十分。

 私は重大な事実を見落としていた。

 

(やば、ゲンガーの居場所分かんないんですけどー)

 

 加えて言えばゲンガーの出現頻度も聞いていない。

 もしこの先ゲンガーが現れなければ、私はコガネに永住しなければいけないの……?

 それは勘弁。

 

 どうすっかなーと私が悩んでいると、幼い女の子を見かけた。

 こんな都会で幼女が一人歩きとか危ないなぁ。

 うん? なんかブーメランが飛んできた気がするぞ?

 

「こんにちは、どうしたの?」

 

「あ、えっと、こんにちは……」

 

 取り敢えず放っておけなかったから私は声を掛けた。

 おどおどしててかわいい。

 アカネとは大違いだ。

 あの人にもこんな無垢な時期が……なかったんだろうな。

 

「お父さんかお母さんはどうしたの? 女の子が一人で歩いていると危ないよ?」

 

「え? あれ? あなたは……?」

 

 キコエナーイ!

 私はアレだ。

 見た目は子供頭脳は大人だから大丈夫なのだ。

 

「まぁまぁ。何か探しているの? 手伝おっか?」

 

「あ……あの、えと……」

 

 その幼い瞳に、迷いが生じたのを私は見逃さなかった。

 相談したいけど、できない理由がある。

 そういったところだろう。

 

「大丈夫、誰にもナイショだから」

 

「本当?」

 

「うん、本当本当!」

 

 私がそういうと、私の影が揺らめいた。

 ぐにゃりと形を変えたかと思えば、次いでそのポケモンが姿を現す。

 そのポケモンは、ゲンガーだった。

 

(くっ、私の影に潜んでいたのか! 私をあざ笑っていたんだな)

 

 こいつ自分の影に潜んでいることも気づいてねーよハッハーワロスとか言ってたに違いない!

 くそう、無性に悔しい!

 思えば昨日感じた視線と寒気。

 あれがゲンガーだったんだ!

 ビビって損した!

 今ならナッパのビビらせやがってをメソッド演技できる気がする!

 

 私がアローのボールに手をかけ、繰り出そうとした時だった。

 

「あー! ゲンガーちゃん! どこ行ってたの? 捜してたんだよ!?」

 

「……え?」

 

 あれ?

 どういうこと?

 ゲンガーに町の人が困っていたんじゃないの?

 

(いや、違うのか)

 

 思い返されるのは先ほどの葛藤。

 相談したいけど、できない。

 私が誰にも言わないと言えば、打ち明けてくれそうだった点。

 そこまで分かれば後はなんとなくわかる。

 

「ねぇ、そのゲンガーあなたのポケモン?」

 

「……すみません! ゲンガーは悪い子じゃないんです許して下さい!」

 

「いや、誰も責めてないから」

 

 別に咎めるつもりはない。

 

 おそらく、事の真相はこうだ。

 ゲンガーは悪くなかった。

 

 男の子が転んだのは、単にびっくりしたから。

 女の子が風邪を引いたのは、きっとゲンガーの持つ室温が五度下がるという体質のせいだろう。

 そして彼女はゲンガーが悪くないということを知っている。

 だから現状の悪評に耐えられず、困っている。

 

「ほら、そう怯えないでよ。怒鳴ったりしないからさ」

 

「本当?」

 

「うん、本当本当」

 

 ゲンガーを抱きしめながら、幼女は私と顔を合わせた。

 徐々に緊張が解けていく様子を見るに、ある程度信頼を得たんだと思う。

 幼女は少しずつ、私に真相を打ち明け始めた。

 

「ゲンガーちゃんね、本当は何も悪い事してないの」

 

「うん」

 

「でもね、町の人たちが、みんなしてゲンガーちゃんを悪者扱いして……、私、苦しくて……ッ!」

 

「……うん」

 

 私はやさしく幼女の頭を撫でた。

 多分傍から見れば、泣きじゃくる妹をあやす姉の図だ。

 

「……一つだけ、お願い事聞いてくれないかな?」

 

「……お願い事?」

 

「うん。町の人たち、ゲンガーを見て怖がっているでしょう? だから外を出歩くときはボールにしまって欲しいの? どうかな?」

 

「……それは、その……」

 

 ここにきて、再び女の子の顔が曇り出した。

 やば、どこか知らないけど地雷踏み抜いたかな?

 

「ごめんなさい。ゲンガーちゃん、ボールに入りたくないらしくて……」

 

「……相手の嫌がることをしたくない、と?」

 

「ごめんなさい」

 

 なるほどなー。

 そういえばいたね。

 ボールが苦手っていうポケモンも。

 

 サトシが連れているピカチュウなんかがいい例だ。

 このゲンガーもボールの中に居たくない。

 これは私の出番みたいだね。

 

「おっけー。それならこのボール試してみてよ」

 

「……これは?」

 

「ふっふっふ。私特製、チエボール・シリーズOだよ!」

 

 なかでもこれは、ゴーストタイプとおとなしいポケモンに効くボールだ。

 さしものボール嫌いでも手のひらを返さずにはいられないね!

 

「ゲンガー、一度だけ試してみてくれる?」

 

 私がそう問いかければ、ゲンガーはフルフルと首を振った。

 試してくれたら納得してくれると思うんだけどなー。

 

「一回だけでいいからさー」

 

「あの、そうじゃないんです」

 

「ん?」

 

 説得めんどくさいなぁと思っていると、幼女が話しかけてきた。

 どういうこと?

 

「ゲンガーちゃん、私を一人にするのが不安みたいで……」

 

「? 昨日の夜私についてきたみたいだけど?」

 

「えと、それは……私、実は迷子癖があって……」

 

「ゲンガーは見張っていても見失ってしまう、と」

 

 なるほどね。

 そりゃゲンガーも危なっかしくてボールに入っていられないわけだ。

 ボールからだと外の世界が良く分からないからね。

 気付いた時にはウバメの森に迷い込んでいた、そんなことになってしまえばゲンガーにはどうしようもない。

 

 さて、どうしたもんかなー。

 

「あの、ごめんなさい。親切にしていただいたのに、無理ばかり言ってしまって」

 

 幼女が私を見てそう言う。

 

「でもやっぱり、私とゲンガーちゃんの問題だから、きっと何とかしてみせます」

 

 幼女が笑う。

 私が安心できるように、自分を奮い立たせるために。

 その顔に仮面をかぶり、不安や恐怖に蓋をする。

 

 だというのなら。

 そうだと言うのであれば。

 

(その不安を拭ってあげるのが、私の仕事でしょう?)

 

 だから私は笑う。

 作り物なんかじゃない。

 目の前の壁をぶち破る。

 そんな未来を迎えるための笑顔だ。

 

「大丈夫。無理なんかじゃないよ」

 

 ぽんぽんと、幼女の頭を触る。

 幼女は私を上目遣いで視認する。

 その瞳には、不安と期待が揺れていた。

 

「私、こう見えて凄いんだ。だから安心してよ」

 

 条件を確認しよう。

 要するに、ゲンガーがボールの中に居ても安心できる環境を用意してあげればいいんだ。

 それならば外殻の一部に透明素材を使用すれば……。

 

(本当に、それで満足するの?)

 

 ここでいう満足とは、ゲンガーを指したものではない。

 私自身が、それで納得できるのかという事である、

 

 たしかにそれで、ゲンガーはボールに収まるだろう。

 だがしかし、はたしてそれで。

 私はアカネの依頼を達成したと言えるだろうか?

 

(アカネの依頼は、町の人がゲンガーを見なくて済むようにという物だった)

 

 なら透明素材を使うという選択は悪手だ。

 ゲンガーから外が見えるということは、外からもボールの中が見えることを意味する。

 そうなればこの幼女は苛められるかもしれない。

 いや、きっと悪口、陰口を言われるだろう。

 そんな未来が視えていながら、看過するというのか?

 

(そんなの、認められるわけがない!)

 

 相手が満足する品を提供する。

 満足というのは、満ち足りるということだ。

 そこに妥協の精神は許さない。

 それが私の矜持だ。

 

(全身全霊を、この一球に込めろ!)

 

 大きく息を吸い、それを一息で吐き出す。

 思考の海に、深く深く潜り込んでいく。

 周囲の音が消え去り、色を失った世界で。

 少しずつボールを構築していく。

 

 外殻の透明素材に、光の粘土を付与する。

 薄く、薄く伸ばした半透明状のその粘土は、そのボールをマジックミラーにする。

 これによりボールの中からは外が見えるが、外からは内側が分からない。

 明暗と反射率と透過率を駆使した科学の勝利だ。

 科学の力ってすげー。

 

(これで、最低限の問題を解決)

 

 ゲンガーからは外が視認でき、外からはゲンガーを捕捉できない。

 問題は確かに解決した。

 だが、まだまだ改良できる点はある。

 

 一秒が引き延ばされていく。

 外の世界が酷く緩慢に感じられ、私だけが動くことを許されている。

 そんな錯覚を覚える。

 

(次に、ゲンガーからこの幼女に意思を伝達する手段を確保する)

 

 さて、どうやって実現したものか。

 何かなかったかな、適した方法。

 記憶の海に意識を落とし、掬い上げる。

 

(アローに語り掛けた時に感じる、ボールの熱量)

 

 あれをアローが私の問いかけに反応しているのだとすれば、これは大きな突破口になる。

 ポケモンの心理状況に左右されるボール……か。

 これを再現できればどうにかできそうな気がする。

 

 アローのボールに仕込んだのは、主にマトマの実と熱い岩。

 これはファイアローの炎タイプに起因したものだ。

 なら同様に、ゲンガーのタイプに特化した道具を与えてあげれば。

 

(とはいったもののなぁ、手持ちで使えそうなアイテムなんてないぞ)

 

 パッと浮かんだのは呪いのお札や霊界の布。

 だがそんなもの、持ち合わせているわけがなかった。

 

(どうする? 毒タイプの方面から攻めるか? いやでも……)

 

 毒タイプに関連するアイテムと言えば毒毒玉、黒いヘドロ、ベトベタフード。

 毒タイプに影響がないとはいえ、この幼女に悪影響がないことを保証できるわけじゃない。

 使用者を危険に晒す可能性のある道具を使うわけにはいかなかった。

 

 その時、確かに白黒になっていた世界の一部が色付いた。

 そこに意識を向けてみればフラワーショップコガネの文字。

 

(フラワーショップ、肥料、植物……あっ)

 

 それだと直感した。

 どうしてタイプの概念に縛られていたのか。

 技の効果を増幅できれば問題ないというのに。

 

 私が携帯パソコンから取り出したのは光苔というアイテム。

 本来の用途は水タイプの技を受ければ特防が上がるという代物。

 だがしかし、今回は違う特性を利用する。

 

(光苔には光エネルギーを増幅する性質がある。それにゲンガーの怪しい光を掛け合わせれば……!)

 

 要するに、ゲンガーはこの幼女に語り掛ける際に怪しい光を放てばコンタクトを取れるということだ。

 これでボールの内側から外側への干渉が可能となる……!

 

(最後に、そうだね。内側にも開閉スイッチを付けるとか……?)

 

 どうしてもゲンガーが外に出たいときに、自分から出られないと不都合だろう。

 ならば内側からも開閉できるようにする。

 

 それらの仕掛けを、ボールに施していく。

 手を止めることなく、せわしなく動かしていく。

 そしてやがて、一つの形として整った。

 

「出来、た……っと」

 

 周囲の音が消え去り、色を失った世界で。

 雑音から始まり、徐々に鮮明な音を耳が拾う。

 セピア調から始まり、少しずつ彩られた世界が姿を見せる。

 緩慢とした時の流れが、正常な時を刻みだす。

 

「どう? ゲンガー、このボールは?」

 

 私はそのボールの仕掛けを説明した。

 一通り説明を終えた後、ゲンガーは私からボールを受け取った。

 そしてまじまじとボールを見た後、自ら開閉スイッチに触れた。

 

 キャプチャーネットが飛び出し、ゲンガーを光が包み込む。

 

 ぐらり、ぐらりとボールは揺れる。

 時々発光するのを鑑みるに、どうやら怪しい光増幅器はきちんと動作しているようだ。

 カチリという音が鳴った後、すぐにボールからゲンガーが現れた。

 その信じられないと言った表情が可笑しくて、私は笑ってゲンガーに問いかけた。

 

「どうかな? そのボールは?」

 

 ゲンガーは私をしばらく見つめた後、大きく笑った。

 その大きな口に、キレイな白い歯を見せて。

 子供の様に無邪気に、乙女のように無垢に。

 嬉しそうに、笑ったんだ。

 

「依頼達成、だね」

 

「ほ、ホンマに捕まえたんか。この一時間で」

 

「はい」

 

 私は幼女と共に、コガネジムに来ていた。

 理由はアカネに捕獲達成を知らせるためだ。

 

「というわけでお代はよ」

 

「……なぁ、もうちょい安ならん?」

 

「ならないです。信用無くしますよ、そういうの」

 

「ぐぬぬ」

 

 というわけで、無事達成報告も終え解散しようという話になった時だった。

 最初に会った時の弱気はどこへ行ったのやら。

 とっくに元気になった幼女が私に提案をしてきた。

 

「そうだ! これからお兄ちゃんが帰ってくるの! お姉ちゃんもおいでよ!」

 

「うーん、お兄さんに悪いんじゃない?」

 

 別に急ぐ旅ではないが、あまりここに長居するのもなぁ。

 適当に理由を付けて別れよう。

 

「へーきへーき! お兄ちゃん、あまりそういうの気にしないし! それに、有名人だからきっとビックリするよ!」

 

「へぇ、お兄さん有名なんだ」

 

 そう話す幼女は、とても楽しそうだ。

 これほどまでに好かれているお兄さんは、さぞかし幸せだろうなぁ。

 そんなことを考えていたが、続く発言に思考が飛んだ。

 

「うん! マサキっていうんだけどね?」

 

 目を見開いた。

 そうだ、ここはあの人の故郷だ。

 だとすればこの幼女は。

 

「ポケモンマニアで有名なんだ!」

 

「違うそっちじゃないよ!」

 

 ポケモン預かりシステムを開発した天才。

 岬の小屋に住む、ボックスシステムの生みの親。

 天才マサキ。

 この幼女は、その天才の妹だ。


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