ボールはともだち! ~One For Ball~   作:HDアロー

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六話 「まぁ、ジョウトやからな」

「いやー、本当にありがとうございます!」

 

「いえ、こちらこそ。ボックスシステムの生みの親であるマサキさんにお会いできて光栄です」

 

 マサキ妹とゲンガー事件を解決した後、私は彼と話をしていた。

 コガネ空港に向かいながら。

 

 行き先はホウエン地方。

 あそこは神だ。

 チルットやモンメンが現れるからね。

 待っててね、私のもふもふライフ!

 

「わいも光栄ですわ。まさか話題急上昇中のチエはんとお近づきになれるとは」

 

 妹にも感謝せなあかんなぁと、マサキは笑っている。

 待って話題になってるってどういうこと?

 私がそうマサキに聞くと、マサキはこう答えた。

 

「あれ? チエはん知らんのでっか? いや、意外と本人は知らんもんなんかもしれませんね。わいもボックス作ったとき何騒がれとるんか知りませんでしたし……っと、これこれ。これですわ」

 

 マサキが取り出したのは、ジョウトでよく売られている新聞。

 彼の大雑把な性格が表れているというか、その紙面は皴が出来ていた。

 読みづらそうだなと思いながら顔を寄せる。

 そこには一面を堂々と飾る、私の姿があった。

 

「なにこれ!?」

 

 記事の中身を要約するとこうだ。

 昨日昼過ぎに行われたポケスロンでケンタロスが暴走するという事故が発生。

 誰の手にも負えない危険な状況に飛び込んだ英雄。

 あっという間に場を鎮静し去っていった。

 なるほど、大体あってる。あってるけどさ……。

 

(なんでこんな神聖視されたような文章になってんの!?)

 

 いちいち言い回しがキザでうざったい。

 それも新聞の一面を飾って書かれているのだ。

 歪んでいます、おかしい、なにかが、新聞紙の。

 いやトリックルームは関係ないんだ。

 そこで私は、ふと思った。

 

(もう誰もバトレボの話分かる人いないんだなぁ……)

 

 あの時代はよかったなぁ……。

 って違う。

 現実逃避してた!

 

「ガンテツのお孫さんでっしゃろ? チエはん」

 

「あってるけど凄く否定したい……」

 

 いやね、確かに売名したいとは思ったよ?

 でもここまで脚色されると一周回って吐き気がするわ。

 なんだ『天使のように純粋で、そして恋のように甘い*1』って。

 それコーヒーからコーヒー豆と熱湯を抜いたやつだろ。

 ただの砂糖じゃないか。

 だれが余分三姉妹だ。

 

「まぁそんなもんですわ、記事なんてもんは。嘘にならない目を引く言い回し。それが神髄なんですよ」

 

「なるほど」

 

 とりあえず、こんな着飾った言葉なんて一見の価値もない。

 私は新聞をマサキに返すと、再びコガネ空港に向けて歩き出した。

 

「そういえばチエはんはポケギア持ってはるんですか?」

 

「ポケギアですか……持ってないですね」

 

 こちとらずっとヒワダに居たんだ。

 おじいちゃんのがあれば大抵事足りた。

 

「そうですか! だったらこれをどうぞ! 先日の学会で頂いたんですけど、わいは既にもっとるんで!」

 

「え、いやさすがに悪いですよ!」

 

「ええからええから! お近づきの印にってやつですわ!」

 

 そういってマサキは、丁寧に私の腕に取り付けた。

 ……くれるっていうなら貰っておこうか。

 

「あ、これわいの電話番号やさかい、なんかあったら連絡してや」

 

「ありがとうございます」

 

 マサキは影こそ薄いが、まごうことなき天才だ。

 研究者の界隈では絶大な発言権を有するだろう。

 そんな人と連絡先を交換できるのは大きい、はず。

 影こそ薄いが。

 

「チエはんは今までポケギアなくて困らへんかったんですか?」

 

「そうですね、私はずっとヒワダにいたので」

 

「いや、友達とかと連絡取れんと困ったんとちゃいます?」

 

「ともだ、ち……?」

 

 ……いやいや。

 ヒワダタウンに子供が少ないだけ。

 断じて私がボッチというわけではない……はず!

 そうだよね?

 ボール(だけ)が友達とかいう悲しいお話じゃないよね?

 

 うわっ、私の連絡先、少なすぎ……?

 

「ああ! チエはん! 見えてきたで! あれがコガネ空港や!」

 

「え、うわぁ! おっきいですね!」

 

 私の目の前には、コガネ空港が広がっていた。

 はて、なんかここ数分間の記憶が飛んでいる気がする……。

 なんか重大な事実に気付いてしまった気がしたんだけどなぁ。

 何だったか。

 もしかしたら世界の真理に近づきすぎて記憶が封印されたのかもね。

 ははっ、それはないか。

 

「あ、ほらマサキさん! ワタッコですよ!」

 

「まぁジョウト地方やからな!」

 

 空を仰げば、風に吹かれてたゆたうワタッコたちの群れ。

 この子たちを見ていたら、小さな悩みなんてどこ吹く風。

 そんな気になってこない?

 なってこない?

 

「あ、ほらマサキさん! ヤンヤンマですよ!」

 

「まぁジョウト地方やからな!」

 

 そこから少し視線を落とせば、宙を漂うヤンヤンマが。

 一見場違いに思えるポケモンだが、実は飛行機とは因縁が深い。

 飛行機の車輪を格納するというデザインは、確かトンボをモチーフにしていたはずだ。

 飛行機とトンボ。

 そこはかとなく風情を感じる組み合わせである。

 

「あ、ほらマサキさん! バンギラスですよ!」

 

「まぁジョウト地方やか……バンギラス!?」

 

 先ほどまで鼻高々に相槌を打っていたマサキさんが、急に声を荒げた。

 どうした、バンギラスもジョウトのポケモンのはずだが。

 そんなことを考えていた時、バンギラスのあたりから悲鳴が上がった。

 

「た、助けてくれー!」

 

 突如周囲に砂嵐が巻き起こる。

 そしてそれに、巻き込まれたトレーナーが一人。

 

「アロー! とんぼ返り!」

 

 ボールからアローを繰り出すと、砂嵐に巻き込まれていたトレーナーを回収してきてもらった。

 よーし、いい子だぞ。

 あとで焼き鳥あげるからね。

 

「た、助かった。すまないお嬢ちゃん!」

 

「いえ、困ったときはお互い様ですよ」

 

 ところで私は今困っている。

 だから助けておくれ。

 何に困っているかって?

 やだなぁ、分かりきったことを言わせないでよ。

 

(このままだと飛行機が欠便する!!)

 

 もうコガネはいっぱいいっぱいだ。

 たった二日でいろいろ起こり過ぎなんだよ!

 こんな事件ばっかりの街はこりごりだ!

 私は別の地方に移るぞ!

 

「バンギラスって初めて見たんですけど、凄い砂嵐なんですね」

 

「アホ言うてる場合か! あれが普通なわけないやろ!」

 

 私の感想に、マサキがそう突っ込んだ。

 さすがはコガネ生まれだ。

 突っ込みはお手の物ってところだね。

 というわけで私は持ち主に聞いてみた。

 

「そうなんですか?」

 

「い、いや。ついさっきまではサナギラスだったんだ。それが突然進化して……」

 

 ほほう?

 突然進化とな?

 

「マサキさん、もしかしてこれは」

 

「ああ、せやろな。急激に増えた力を持て余しとる」

 

「つまり――」

 

 私とマサキさんの発言がシンクロした。

 

『暴走状態』

 

 ええ、まじかよ。

 なにそれ厄介過ぎるんですけど

 

「バンギラスのボールは?」

 

「既にやってみたがダメみたいだ。バンギラスまで届く前にリターンレーザーが途切れちまう!」

 

 こんな風になと言って、トレーナーが実演した。

 確かに吹き荒れる砂によって光が急速に減衰し、拡散してしまっている。

 

「ふぅ、また問題ごとかぁ」

 

 私はひとり、小さく呟いた。

 誰にも聞こえないくらい、小さな声で。

 弱気な発言は聞かれたくない。

 でも、堪えておくこともできず、結果として小さく零した。

 

「せや! チエはん! 確かボールはリターンレーザーを照射するだけやなしに、捕獲時のようにぶつけてもボールに戻せるんでっしゃろ? 直接放り込んだら……」

 

「いえ、それは絶望的です。試してみますか?」

 

 そういって私は、チエボール・ヌルを手渡した。

 これは製作過程でできた完全な失敗作。

 捕獲倍率ゼロを誇る驚異の一品だ。

 もっとも今回は親のいるポケモンということもあり、他のボールには収まらないので問題はない。

 

 受け取ったマサキが力いっぱい放り投げる。

 しかし相手は光さえ遮る砂嵐を纏ったモンスターだ。

 その一投もやはり、バンギラスを捉えることなく暴風に飲まれた。

 

「これは……やめといたほうがええな」

 

「ええ、それが賢明だと思います」

 

 捕獲に使用したボールならば、当てさえすれば確実に戻せる。

 だがもしここで迂闊に投げてしまい、風に奪われてしまったら?

 このバンギラスの暴走を止めるのは絶望的になると言っても過言ではないだろう。

 

「さて、勝利条件を確認しますか。この砂嵐を乗り越えて、ボールに格納する」

 

 うわお。

 それなんてムリゲー。

 

「アホ言うとる場合やないで! はよ逃げるんや! これはどうしようもない!」

 

「……どうしようも、ない?」

 

 今、自分は何を考えていた?

 ムリゲー?

 

 ……冗談。

 そんなはずない。

 だって世界には、ボールには。

 無限の可能性が秘められているんだから。

 

「まだ、分かんないじゃないですか」

 

「やる前から見えとることもあるやろ! どう考えてもボールに戻すことは不可能や!」

 

「それを可能にするのが、私達職人の仕事です!」

 

 そう私は吠えた。

 自らを鼓舞するように。

 奮い立たせるように。

 

(考えろ、何か手はあるはず)

 

 経験を呼び戻せ。

 体験を呼び寄せろ。

 私には何ができて、どうすれば解決できる。

 

「いくら職人の仕事いうたってこんな砂嵐やと……。それこそ鋼ポケモンでもおらな無理や」

 

「鋼タイプ……?」

 

 なんだ、何かが引っかかったぞ。

 あと少しで、たどり着けそうな気がする。

 

(なんだ? ミカンさんかな? いや、ミカンさんはアサギシティだ。呼んでも間に合わない。なら何だったんだ?)

 

 閃け。

 答えはきっと、すぐそこまで来ている。

 

(ネール、ヘビーボール、コンテスト、ボールエフェクト……)

 

 あと少し、あと少しなんだ。

 すぐそこまで来ている気がする。

 

 唇に人差し指を当てる。

 なんだ、何が答えなんだ?

 

 しばしの逡巡。

 そしてようやくたどり着く。

 唯一無二の、最適解に。

 

 稲妻が迸った。

 その衝動に駆られ、私は状況を打破すべく動き出した。

 

「捕獲、開始します!」

*1
シャルル=モーリス・ド・タレーラン=ペリゴールはコーヒーを次のように評した。『それは悪魔のように黒く、地獄のように熱く、天使のように純粋で、そして恋のように甘い』


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