ボールはともだち! ~One For Ball~   作:HDアロー

15 / 31
流星の民と継承者
一話 「継承者」


 (そら)に星が瞬いている。

 (から)っぽの心で仰ぎ見れば、一筋の流星が尾を引いて。

 そんな情景を表す言葉も、虚空(こくう)に忘れてきて。

 心に巣食う(むな)しさだけが顔を覗かせる。 

 

 ……小さいころから、空を見上げるようにしてる。

 不安がいっぱいで押しつぶされそうなときも。

 悲しくて寂しくて心が折れそうなときも。

 絶対、涙を流さないように。

 

 今だってそうだ。

 私は弱い人間だ。

 たとえ少なくない犠牲を出しても。

 たとえ悪だと謗られようとも。

 それでも成し遂げると言っておきながら。

 胸が締め付けられてしまう。

 

「シガナ、あなたがいてくれたのなら……、私はきっと」

 

 それだけで、たったそれだけの事で。

 私は強くあれただろうに。

 

「会いたい、会いたいよぉ……シガナ……」

 

 私はあなたになれない。

 あなたのように強くもなければ、特別な力も持っていない。

 平凡で凡百で凡庸で。

 だからこそ私は、『何者にもなれなかった』まがい物だ。

 

「大きすぎるよ、その背中は、その期待は。私には……、私なんかには……」

 

 流星の民。

 龍神様の伝承を、次の世代に語り継ぐ一族。

 

 継承者。

 終末の神話に、龍神様を呼び寄せる英雄。

 

 そんな役割を忘れ去り、自由に生きていけたのならば。

 そんなIFばかり浮かんでは消えていく。

 

「……想像力が、足りないよ」

 

 くよくよしてても始まらない。

 そろそろまた、歩き出そうか。

 

「何者にもなれなかった私は、流星の民の継承者以外の者にもなれはしない」

 

 名は体を表すという。

 ああ、なんて残酷(幸福)なんだろう。

 この心に浮かぶ悲しい思い出も、あなたを思うこの心も。

 私が私である限り、決して失せることは無いのだ。

 

「あと少し。あと少しで、すべてを終わらせることができる。いつかすべては終わり、私も舞台から降りることができる。だから今は、あと少しだけ」

 

 私は私で在れればいい。

 だから私の名前を、胸の内に刻みつけよう。

 この思いを、無くしてしまわないように。

 この感情を、失ってしまわないように。

 

 ヒガナ。

 

 それが私の名前だ。

 

「おー、ここがホウエンか!」

 

 コガネ空港からはるばるやって来ました私。

 ガンテツの孫娘のチエである。

 ここが豊かな縁の地か!

 

「うん、ぶっちゃけ違いが分かんないや」

 

 小京都やら合掌造りやら。

 それくらいの変化がなければ違いなんて分かんないよね。

 ヒワダ育ちの私としては、コガネもカナズミも都会だなぁっていう感想しか出てこない。

 

 あれだ。

 ベトベターとベトベトン。カラカラとガラガラ。

 これらの違いを述べよって言われても困るっていう感じのやつだ。

 

 もちろん、ポケモンに堪能な人であればすぐに答えられるだろう。

 だがしかし、ライトユーザーはそうはいかない。

 実際に見比べながらならともかく、どちらか一枚の写真だけ見せられて違いを述べよと言われても、分かりませんとしか答えようがない。

 実際前世の私も子供の頃は違いを分かってなかったし。

 

 あ、でも待って。

 微妙にこっちの方が暖かいかもしれない。

 アローもこの気候は気に入るんじゃないかな?

 

「おいで、アロー」

 

 聞きなれた鳴き声と共に、火矢の鳥が現れた。

 ファイアロー。

 ヒワダで出会い、私と旅を共にするパートナーだ。

 

 ボールから飛び出したアローは、いつものようにとことこと歩いて寄ってきた。

 うん、知ってた。

 だけど敢えて突っ込ませてもらおう。

 いや飛べよ。

 

「お天気もいいし、暖かいし、一緒に歩こっか?」

 

 私がそう問いかけると、アローは一鳴き。

 うん、断固として飛ばないのね。

 飛行能力失っても知らないからね?

 

 そんなやり取りをした少しあと。

 私とアローはポケモンセンター入りを果たしていた。

 

 アカネに絡まれて、ゲンガーを捕まえて、バンギラスを捕まえて。

 信じられる?

 これ全部、今日の出来事なんだよ。

 どれだけコガネは魔境なんだよって話だよね。

 

 飛び立つ判断をした私にいいねをあげたい。

 しかもかの有名なホウエン地方にである。

 二大もふもふを保有する、あのホウエンである。

 グッジョブ私。

 

 そんなノイズを思考に流しながらも、同時進行でこれからの事も考える。

 

(モンメンとチルット。この子たちを捕まえたら……次はシンオウ地方かな)

 

 私の目的の一つは、他の追随を許さない、究極のオーダーメイドボールで一儲けすることだ。

 そしてそのためには、シンオウ地方の地下通路で取れる材料が必須だ。

 

 まだ見ぬ土地に思いをはせて、空を見る。

 

 都会の(そら)には、星が無かった。

 けれども、(から)っぽの心で仰ぎ見れば、一筋の流星が尾を引いて。

 そんな情景を表す言葉も、虚空(こくう)に忘れてきて。

 心に巣食う(むな)しさだけが顔を覗かせる。

 

(ホームシック……なのかな?)

 

 思えば前世の大学生だって、この病を抱えているものは一定数いた。

 前世含めて成人しているとはいえ、私がそうであっても不思議ではない。

 

(ああ、この切なさは忘れてしまおう)

 

 寝て起きたら、すべて消え失せてしまっているさ。

 だから今は、この疲労に身を委ねてしまおう。

 

 幽霊の影におびえ眠れなかった昨日とは違い、その日の私は、泥に飲まれるように眠った。

 深く深く、夢すら見ないほどの深度で。

 夜の闇と共に、私の意識は暗い所に引き込まれていった。 

 

 次の日の朝。

 日が空高く上った頃に、私たちはセンターを後にした。

 思った以上に疲労がたまっていたようで、昼前まで眠ってしまったのは予想外。

 寂しさはいくらか解消したものの、それでもしこりのように心に残っていた。

 

 虚しさを紛らわそうとアローを出すと、私たちは歩き出した。

 トウカの森に向かって、モンメンとの出会いを求めて。

 ウバメの森と違い、通り抜ける必要はない。

 森の入り口付近で探せばいいさと。

 

 日の下を歩いているうちに、いくらか気も晴れてきて。

 少しずつ楽しくなってきた。

 なんだっけ。

 朝日を浴びるとセロトニンが出来るとかそんなのあったよね。

 覚えてないけど、幸せホルモンがどうとかだった気がする。

 あれだ、最高にハイってやつだ。

 

 さて。

 時は満ちた。

 神の国は近づいた。

 あとはその手に掴み取れ。

 

「今回! ついに! モンメンが!」

 

 さあ、今こそもふもふライフを満喫する時。

 

「出ませんでしたー!!」

 

 なんでや!

 いや、なんとなくそんな気はしてたけどさ。

 

(自然エネルギーが拡散した後じゃないと出ないとかだったっけ?)

 

 なんかそんな設定があった気がする。

 そして私の知る限り、超古代ポケモンが蘇ったというニュースは聞いていない。

 つまりどれだけ探しても、今はモンメンと出会えないというわけだ。

 チエちゃんショック!

 

「ぐぬぬ、せめてチルットだけでも捕まえて帰る」

 

 でなければ、何のためにここに来たのか分からなくなる。

 あれ、ちょっと待ってよ?

 

(エルフーンが出たのがBW、つまりアメリカ。それ以降のモデルがフランス、次いでハワイ……)

 

 その間に発売されたリメイクはORASのみ。

 つまり、ここで捕まえる事が出来なければ海外に出向かなければいけない……?

 

(いやいや、アローもヒワダにいたし。その辺に生息してるでしょ)

 

 ただしその場合、原作知識というモノが使えなくなる。

 具体的な生息地を自分で調べる必要が出てくる。

 えー、めんどくさいんですけど。

 

 え? 海外に行けばいい?

 いやいや、国際便は十二歳以下使用不可だし。

 後五年も待ってられないし。

 

(まじか☆マジカ。これかなり長期旅になるんじゃ……)

 

 まぁホウエンの次はシンオウを訪ねようと思っていたし、問題はないんだけど……。

 なんていうか、アレだ。

 お預けをくらっている犬の気分。

 それを理解できた気がする。

 いまなら誰よりも上手に犬を演じられる気がする。

 わんわんっ!

 

「しょうがない。アロー、帰ろっか」

 

 アローは一鳴きすると、私の腰からボールを取り出して自分から入っていった。

 おうおう、私に運べというのか。

 まあいいけどね。

 どちらにせよ歩く距離は一緒だし。

 ……寂しくなんてないんだからね!

 

 

 

 帰りの道は、やっぱり寂しく思えた。

 池に掛けられた橋の上で足を止め、ふと西を見れば日が沈みかけている。

 夕日に照らされた水面が、オレンジに輝くのが切なかった。

 暖色のそれが、少しだけ冷たく思えた。

 

 夜風が水面を揺らしていく。

 まだ陽は差しているというのに、風は夜のものというのもおかしなことだ。

 

 あと少しすれば夜の帳が下り、あたりを青く染めるのだろう。

 この切なさは、きっと夕日に混じるそれが呼び起こしているに違いない。

 旅に出て三日だというのにこの有様で、一体いつまで旅を続けられることやら。

 

(……まぁ、疲れたらヒワダに戻ればいっか)

 

 私には帰る場所がある。

 私の帰りを待ってくれている人がいる。

 そう考えればほら。

 この胸に巣食う心細さも、幾分ましになる気がしない?

 

 そんな思いと共に天を仰いだ。

 見上げた空には、一足先に夜が訪れていて。

 私の考えをあざ笑っているようだった。

 

「……帰ろう」

 

 昼間と比べて随分と冷え切ったこの道に。

 私の呟きが消えて行った。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告