ボールはともだち! ~One For Ball~ 作:HDアロー
『それで寂しなってワイに電話かけてきたんか』
「そうそう。なんか面白い話して」
夜が明けてすぐ、マサキに電話を掛けた。
ポケギアを通して聞こえる声はどこか眠そうだ。
徹夜でもしたんだろうなぁ。
だから天才は早死にするんだ。
『わざわざわいに掛けんでもお爺さんとかおったやろ』
「うん、電話番号知らないよね」
『チエはん……』
まあ分かっていたとしてもおじいちゃんに掛けるつもりはないけれど。
電話も、迷惑も。
この旅自体が私のわがままだ。
なのに寂しいからといって、おじいちゃんの時間を取らせるなんてどうしてできようか。
『面白い話言うてもな、そんなポンポン出て来るもんちゃうで』
「あなたにはコガネ人としてのプライドはないんですか!?」
『コガネの人全員がそうやっちゅうのは偏見や』
そうなのか。
いやでもたしかに。
もしコガネの人全員が面白い話を持っているなら芸人なんていらないか。
そういえば青空ピッピ・プリン師匠*1とかはいるのだろうか。
たしかジョウト出身だったと思うけど。
むぅ、ボール作りばかりしていたせいで世間に疎すぎるんだよな。
「あ、そういえば青空ピッピ・プリン師匠といえばさ」
『何の話や!?』
あ、頭の中で考えてたことそのまま話してしまった。
むぅ、ボックス開発をした天才なら思考をトレースして欲しいものだ。
「あ、そういえばボックスと言えばさ、どうやってデータとして保管してるの?」
『青空ピッピ・プリンの話どこ行った!?』
「いつまで昔の話してるのさ。時間は待ってくれないんだよ?」
ポケギアの向こうでマサキが呻いている。
なんか納得いかんとか言ってる。
考えるな、感じろ。
『あぁ、もうええわ。ボックスの話やったか? 簡単な話やで。フーリエ変換してパワースペクトル求めるだけや。まあエイリアシングやノイズなんかを上手く処理してやる必要はあるんやけどな――』
「ごめん日本語で話して」
『……日本語なんやけどなぁ』
嘘つけ。
そんな単語聞いたことないぞ。
百歩譲って日本語だったとして、私が分からなければ意味ないだろうに。
まったく、これだから天才は。
『せやなぁ、分かりやすう言えば、簡単な問題に置き換えるって事やな』
「その過程で複雑になってる気がするんだけど」
『せやけどそうせんな解けへん問題もあるんや。急がば回れってやつでっせ』
「そんなもんかね」
個人的には意味がない気がするけどね。
数学者の心は分からん。
「まぁ分からないことが分かったよ」
『それで、そんなこと知ってどうするつもりやったんや? なんかや困りごとでもあったんか?』
「うーん……、新しいボールの切っ掛けになればいいなって思ったんだけどね。これはお父さんに任せた方が良さげかな」
『新しいボール?』
お、気になっちゃう?
気になっちゃうよね?
しょうがないにゃあ。教えてしんぜよう。
「モンスターボールってさ、言っちゃえば『ポケモンを捕まえるため』にあるわけじゃん?」
『どっかの誰かさんは本来の用途から外れて行っとる気もするけどな』
「今はそんな話してないんだよ」
今いい所なんだから、話の腰を折らないでよね。
ポケギアの向こうから『チエはんがそれ言うか』とか聞こえた。
……。
こほんと一つ、咳払いをして本題を切り出す。
「例えばさ、ポケモンの
『そ、そんなこと可能なんか?』
何かとぶつかるようなノイズと共に、マサキがそう叫んだ。
おおよそ向こうでポケギアに食い付いたとかその辺りだろうか。
「さぁ? 理論を聞いた上で、可能なら実装したかったなーってだけだし。でも、でもさ――」
まだ見ぬ未来に思いをはせる。
いつかそんな日が来れば。
ボールに今とは違う需要が生まれるならば。
「――それってきっと、素敵なことだと思わない?」
少なくとも私は嬉しい。
そしてそれは、きっと誰かの役に立つ。
誰かの役に立つならば、それはもう立派なモノづくりだ。
そしてそれが、私達職人の在り方。
でも、時には理想に追いつかない事もある。
資材の足りない時代があった。
時代の追い付いていない技術があった。
技術がなく、資材を持て余した時代があった。
どれかが噛み合わないだけで、実現が先延ばしになった問題なんて山のようにある。
今回の場合、私には知識が足りなかった。
私が前世で、数学を極めていれば違ったのだろうか。
今更悔やんだって、仕方のないことだが。
『……どんなプログラムをお望みや?』
だけど、私の空論には。
決定的な見落としがあった。
「……え?」
『言うてみぃ。わいに出来る事やったら力になったるわ』
私は、一人じゃなかった。
私の足りない部分を、補ってくれる人がいた。
でも素直に喜ぶのも恥ずかしくて。
それを表に出したくなくて。
私はつい、ひねくれたことを言ってしまった。
「こんだけ傍若無人な態度取ってくる相手に協力って……、マサキってマゾなの?」
『ちゃうわ。っていうか、そういう自覚はあったんやな。安心や』
「だったらなんで? マサキに何のメリットがあるの?」
『メリットデメリットちゃうねん。ただな、わいも思っただけや』
私の歪んだ問いかけに、彼は真っ直ぐ受け応える。
『ボールに新たな可能性が生み出され、その恩恵をみんなで分かち合えたなら、それは確かに素敵なことやんなって』
口にすると恥ずかしいな、と。
そう言って笑うマサキ。
……小手先でどうにかしようとしている自分が、バカみたいだ。
「……じゃあ、お願いしてもいい?」
『おう、任しとき!』
「まず――」
⁂
「おぅふ、今日も行動が昼間からになってしまった」
あの後マサキと色々談義しているうちに、すっかり日も高くなってしまった。
どうしてそんなに遅くなってしまったんですか?
まじめにやってきたからよ!
……懐かしいCMだね。
閑話休題。
話し合いをしていく上で、当然様々な問題点が挙がってきたのだ。
シルフ製のボールと違い、ガンテツボールやチエボールには基盤というモノが存在しない。
いくらマサキが的確なプログラムを書いたとしても、私のボールに適用する手段がなければ無意味。
しかしそれを解決する手段は、以外にも手近なところにあった。
そう、ボールの情報を書き換える機械。
シャドーから譲り受けたニューテクノロジー。
名を、スナッチマシンと言った。
つまり作戦はこうだ。
技に対して反応するボールを私が作り、捕獲対象をポケモンから技に改竄するプログラムをマサキが組む。
結果として技を捕らえるボールが出来る、はずである。
……現状は、机上論であるが。
(まぁマサキはきっとどうにかしてくれるでしょ。なんて言ったって天才だし)
そう、マサキについては心配していないのだ。
むしろ問題は私。
どうやって技を検知すればいいのやら。
(技に影響を与えるアイテムは色々あるんだけどね)
ジュエル、半減実、メトロノーム、etc……。
だがどれも、上手くいく気がしなかった。
ジュエルや半減実は言わずもがな。
恒例の汎用性がないシリーズの問題点が浮上する。
それがチエボールの特色でしょ? 何の問題があるの?
そういう意見があるかもしれない。
(致命的なんだよなぁ)
相手が出す技を見極めて、ボールを選び、技に投げる?
ムリムリ。
絶対的に時間が足りない。
構えを見ただけで相手の出そうとしている技が分かるとか、ボールの早投げができるとか。
そういった特殊な能力がある人間にしか取り扱えない。
私にそんな能力はない。
スナッチマシンは世に出したくない。
よってこの方法は選べないということになる。
(メトロノームに至ってはどうやって扱えばいいと……)
そもそもこれは、一つ前に使用した技を記憶。
同じ技だった場合威力に補正を掛ける。
違う場合には倍率を元に戻すというだけの仕組みだ。
仮に組み込めたとしても思い通りの挙動はしてくれない。
「あー、なんかいいアイテムないかな」
そう呟いた時だった。
空は晴れているというのに、私の顔に雨が落ちた。
狐の嫁入りという奴だろうか。
地方によっては狐雨だとか、天気雨と呼ばれるアレ。
右手で頬をこすり、雨を拭った。
水気を帯びた手の甲を見て、空を見て。
見比べて、気づいた。
(脱出ボタンがあるじゃん)
雨と言えば脱出トノ*2だ。
技を受けたら後続と交代するアイテム。
どうして忘れていたんだろうか。
いや、時代の流れか。
五世代で一世を風靡したニョロトノとキングドラによる雨パーティ。
それが六世代では天候が永続でなくなり、湿った岩採用が主流となり、七世代ではついにペリッパーまで特性あめふらしを獲得し、いわゆるトノグドラは化石となった。
トノトプスにトノスター?
あいつらは元々化石じゃん。二つの意味で。
どちらにせよ突破口は見いだせた。
後はそれを、どうやって使うかだ。
(開閉スイッチの辺りに仕掛けを埋め込めばワンチャンある?)
技に当たる。
トリガーが起動。
ボール開く。
技捕まえる。
完璧じゃん!
……あっ。
「脱出ボタンって、どこで入手するの?」
……。
詰んだわ。
冷たい風が、吹き抜けていった。