ボールはともだち! ~One For Ball~ 作:HDアロー
ゆっくりしていってね!!!
諦観という考え方がある。
意味は、物事には必ず因果が存在するという事。
上手くいかなかったのならば、なぜ上手くいかなかったのかを考えよというものだ。
諦めるという字がある。
意味は、仕方がないと割り切るだとか、断念するとかである。
語源は諦観である。
つまり何が言いたいかと言うとだ。
「私が技を捕らえられないのはどう考えても脱出ボタンが希少なのが悪い」
こういう時にね、諦めるという言葉を使うんですよ。
ほら、何が悪いか分かってるじゃないですか。
これは断じて挫折や妥協じゃない。
諦観に基づいた正しい対応だ。
おい誰だ、『私が技を捕らえられないのはどう考えても脱出ボタンが希少なのが悪い』。略して『私が悪い』とか言ってるのは。
違いますー、脱出ボタンのせいですー。
「なんかアレだね。コガネにいたときは厄介ごとが付いて回ったけれど、ホウエンに着いてからは厄が付いてる気がするよ……」
どこに行けば私は穏やかに過ごせるのだろうか。
スローライフは程遠そうだ。
「だめだ、チルットちゃんを捕まえて愛でよう」
そのくらいしないとこの荒んだ心は癒せない。
私の渇きを癒しておくれ。
⁂
そんなことを考えていた時が私にもありました。
ホウエンはそこまで私に優しくないみたいだ。
陥没した地面。
おそらくかつて降り注いだ隕石痕だろう。
それらは小さなものから大きなものまで様々だ。
だがしかし、それらすべてに近寄りがたい神聖さがあった。
生きとし生けるものに活力を与えるような。
そんなスポットだというのに。
そこにはスバメ一匹いやしなかった。
「ねぇ、おかしくない?」
モンメンがいないのは分かる。
でもチルットまでいないのはどういうこっちゃ。
何? いじめ? いじめなの?
世界レベルで仕込まれた壮絶ないじめなの?
えー、どうしよう。
チルットって流星の滝内部には出現しないよね。
一応確認しとく?
そんなことを考えていた時だった。
私の上を飛竜が飛んでいったのは。
え?
ボーマンダ?
なんでボーマンダがここに?
私が呆然と見上げていると、不意に視線を下ろしたそいつと目があった。
んー? 心なしかこちらに向かってきているような……。
「気のせいじゃないね!?」
急いでボールからアローを繰り出す。
アローの背に飛び乗り、そのまま飛翔してもらった。
ようやく思い出したか。
そう、お前の本来の在り方は飛翔だという事を。
私とアローが飛び立った場所に火柱が立つ。
ボーマンダの放った大文字だ。
いやいや、そんなの当たったら死んじゃうから。
「アロー! 次が来る!」
私たちのいた場所に水流が迸る。
ボーマンダの放ったハイドロポンプだ。
いやいや、ここから叩き落されたら死んじゃうから。
「上は洪水、下は大火事、これマ~ンダ! 言ってる場合じゃねぇ!」
私の頭上を再び水流が駆け抜ける。
だから危ないって。
「ん、ちょっと待ってよ? もしかしてポケモンがいないのって、このボーマンダが暴れているから?」
たった一匹の外来種が生態系を狂わせた。
そんな話はよくあることだ。
逆にこのポケモンがいることで、本来ここに生息しているポケモンが追い出されているのだとしたら?
「……試してみる価値、あるかもね」
ハイドロポンプを避けながら旋回し、ボーマンダと向き合う。
よし、やるぞ。
「アロー、鬼火!」
黒い炎が走り出し、ボーマンダを焼き焦がす。
ポケモンバトルに限った話であれば、特殊型に火傷が入ったところでうまみは無い。
だが捕獲を試みるのであれば話は別だ。
状態異常にすればポケモンは捕まえやすくなる。
そうお得な掲示板が言ってた。
「さて、逃げるよアロー」
ん? 戦わないのかって?
やだよ、誰が好き好んで死地に赴くっていうのさ。
安全に事を運べるならそれが一番だよ。
同程度の見返りに対してローリスクとハイリスクがあるならばローリスクを選べ。
人力制御工学*1でそう言ってた。
私を抱えているとはいえ、そこはファイアロー。
ボーマンダとの距離をじりじりと離す。
さすがは矢を冠する鳥だ。
けれど距離が開き過ぎて、タゲが外れるのはいただけない。
大きな円を描くように飛ぶことで、絶妙な距離感を保つ。
そうしてどれだけ経っただろうか。
ほんの少しだったような気もするし、随分長い間飛んだような気もする。
徐々にボーマンダの体力が削られて、果ては地面に落下した。
これが火傷のスリップダメージで、恐ろしさだ。
「知は力なり、上手くいったものだよね」
アローをボーマンダの近くに浮揚させ、私はちょんと飛び降りた。
ボーマンダが私を睨みつける。
おお、こわ。
背後に回り込んでおこう。
さて、同じボールでもポケモンの種類によって捕まえやすかったり、なかなか捕まらなかったりすると思う。
その理由を説明しよう。
実は、種族ごとに設定された被捕獲率というものがある。
この数値はポッポなどは非常に高く、その一方でミュウツーなどは極めて低く設定されている。
そしてそれはゲームの中だけでなく、この世界でも通用する。
ここでひとつ、豆知識。
バンギラスやカイリュー、ガブリアスなど、世代を代表する強ポケ達の被捕獲率。
こいつらと、ピジョットやムクホーク、ケンホロウなどの序盤鳥最終進化の被捕獲率。
実はこれ、同じ値だったりする。
つまり、ファイアローの捕まえやすさと、ボーマンダの捕まえやすさは同じなのだ。
そして目の前のボーマンダはほぼ瀕死。
ただのスピードボールでもほぼ確実に捕まえられる。
……そう。
ただの、スピードボールでも。
自分の思考に、頭を殴られた気がした。
(……まさかスピードボールを下に見る日が来るとは)
まずいなぁ、私の中でインフレが起き始めてる。
いつの日かガンテツボールを作ることすらしなくなりそうだ。
それは何というか、さみしいな。
「まぁ、反省会は後ですればいっか。とりあえず、今はこの子を捕まえてしまおう」
小型パソコンからスピードボールを取り出す。
私手製、チエちゃんじるしのスピードボールだ。
(昔は、これ一個作るのにも必死だったのにな)
もちろん昔と言えど、たった数年前の事である。
それでも私が必死になって、実力が上振れして、そうしてようやく形になった頃。
偶然上手くいったことに、喜んでいた頃。
そんな時期が、私にもあった。
それがいつからだったか。
偶然は必然となり。
必然はいつからか当然となっていた。
かつての奇跡は、今やありふれた一コマに埋没した。
熱量は失っていないつもりだ。
だけど、かつて感じた情動に。
心揺さぶる喜びに。
今、何も感じなくなっているのもまた事実。
成長と共に失っていったそれらが、私の心にヒビを入れた。
ギャリリという、耳障りな音がした。
奥歯が擦れ合い、軋む事で生まれた音。
それ程までに強く歯を食いしばっているというのに、どこかそれは他人事のように思えた。
そんな悲しみを振り払うように、私はボールを放り投げた。
緩やかな弧を描き、ボールはボーマンダに当たる。
そして見慣れたエフェクトが飛び散って。
「……え?」
一瞬捕獲に失敗したのかと錯覚した。
だがすぐに、そうではないということに気付く。
この拒絶するようなエフェクトは。
ブロックルーチンが発動した証だ。
それはつまり、捕獲済みのポケモンである証拠。
(トレーナー付き!? 野生のボーマンダじゃなかったの!?)
私が驚いていると、さらに驚くことが起きた。
そう。
空から女の子が降ってきたのである。
親方! 空から女の子が!
「あちゃー、手痛くやられちゃって。こりゃまいったね」
うん、ふざけてる場合じゃないね。
こういう時は初手謝罪安定だ。
そう思いその女性を見て、またしても驚いた。
赤を基調とした服。
顔を覆うようにかぶっているフード。
胸元に描かれた、火山を模したMの文字。
「マグマ団……?」
「お? マグマ団の事知ってるの? いやー博識だね。感心感心」
うん、いや、知っているんだけどね。
私、悪の組織との遭遇率高くない?
ああ、私のスローライフが遠のいていく。
「あー、いや。気のせいでした。私は何も見てないですし聞いてないです。それでは」
「あはは、君面白いね。うちの子をこんな目に合わせておいて、『はいそうですか』と逃がすと思う?」
「その甘さが命取り! あとで悔い改めることね!」
「逃がさないって言ってるの!」
えー。
見逃してあげる私カッケーってやりたかったんじゃないの?
違うの? あ、そうですか。
でもなー、私としてはあまり関わりたくないんだよな。
「まぁまぁ、そう言わずにここは穏便に……」
「いきなり袖の下って……、ていうかあんた本当に子ども?」
「見た目は」
そう言いながら私はチエボール・シリーズOを握らせた。
受け取ったマグマ団が色々な角度から確認する。
「これは……?」
「相手が炎タイプのポケモンの時に捕獲率が上がるボールです。非売品ですよ?」
要するに、アローを捕まえた時と同じようなボール。
世界中探してもどこにもない貴重品だ。
それで手を打ってくれ。
「へぇ……、面白いじゃん。どこで手に入れたの?」
「それは秘密で……うわ!?」
突如私たちがいた地面に亀裂が走った。
まるで鋭い刃物で切り裂いたような痕跡。
その裂け目から飛来した方向を予想し、そちらに顔を向ける。
そこにいたのはせいれいポケモンフライゴンと、それにまたがる男だった。
一瞬援軍かと疑った。
しかし続く彼らの言葉がそれを否定する。
「見つけたぞ! これ以上馬鹿な真似はよすんだ」
「馬鹿な真似、ねぇ。私には、この道しか残されていないんだよ」
うーん、敵対? しているっぽいよね。
いや、どちらかと言うと味方の暴走を食い止める感じ?
まあどちらにせよ、フライゴンにまたがる男は敵の敵みたいだ。
つまり味方換算でいいよね? ダメ?
そんなことを考えている私に、男が声を掛けてきた。
かなり切羽詰まった様子で、早口に。
「そこのお前はヒガナの協力者なのか!?」
「……ヒガナ?」
「……違うのか?」
言われて私は、マグマ団の女性を見る。
先のフライゴンの攻撃――おそらくソニックブームだろう。
それの反動で生じた風のせいか。
フードは捲れ、その顔が現れていた。
やや褐色の肌。
おかっぱの黒髪。
整った顔立ちに、どこか歪さを覚えるその口元。
ああ、この人はマグマ団の下っ端じゃなかったのか。
「はいはい、私がヒガナですよっと。ついでに言えば、その子は関係ないね。偶然居合わせた、不幸な被災者だよ」
「庇っているのではなかろうな?」
「嘘なんてついてないよ。龍神様に誓ってね」
「……そうか、ならばそこの少女よ、すぐに立ち去ると良い。ここから先は我々――」
彼らは、龍神様の逸話を語り継ぐ民。
遥か三千年も昔から、この地を見守り続けたドラゴン使い。
流星の滝に住まう守り人。
「――流星の民の問題だ」