ボールはともだち! ~One For Ball~   作:HDアロー

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You guys need some imagination.


四話 「想像力が足りないよ」

 あーなるほど。

 流星の民、流星の民ね。

 

 ヒガナの格好を見る。

 やはりマグマ団の服装だ。

 ということは先ほどのバカなことはやめろというのは、グラカイ*1復活のことを指していたのかな?

 そのうち超古代戦争が起こるということか。

 

 うん。厄介なことになる前に退散してしまおう。

 どうやらホウエンは理想郷ではなく戦闘狂だったようだ。

 聞いて天国見て地獄ってやつだね。

 適当にボールを捌いて旅費を稼いだらシンオウに向かおう。

 今度こそ本気を出して生きていくんだ!

 

 そう思い、アローを呼び寄せた時だった。

 彼女の、ヒガナの横顔が映ったのは。

 そこには悲痛というか、悲壮というか。

 見ていて胸が苦しくなるような何かがあった。

 

 ゲーム内での彼女の立ち位置が思い返される。

 

 世界の終わりを誰よりも早く知り。

 必要な犠牲と、そうでない犠牲を割り切って。

 怒りの矛先が自分に向かうことすら厭わずに。

 ただ世界を救うためだけに生き、それでもなお何者にもなれなかった女性。

 報われることの無い存在。

 

 それは憐れみだったのか。

 持たざる者に対する、慈悲のつもりだったのか。

 私の口は、自分でも驚くような言葉を紡いでいた。

 

「力、貸そっか?」

 

 なんでそんなことを言ったんだろう。

 ついさっきまで、厄介ごとなんてごめんだと思っていたのに。

 散々コガネで体験し、もうお腹いっぱいだったのに。

 私はどうして、そんなことを言ったんだろう。

 

 分からない。

 分からないけれど、何故か彼女を放っておけなかった。

 

「あははっ。本当に君、面白いね!」

 

「よく言われる」

 

「うんうん。そうだろうね!」

 

 ヒガナは笑う。

 楽しそうに、愉しそうに。

 彼女が背負っているものから逆算するに、胸中は不安でいっぱいだろう。

 だというのに、強くあろうとする姿が、ただただありのままに振舞うその様が。

 私の目には、酷く苦しく見えた。

 

「で、どうする?」

 

「あぁうん。いいや、気持ちだけ受け取っておくよ」

 

「……そう?」

 

「うん。これは、私が成し遂げなきゃいけないんだ。他の誰でもない、私自身が」

 

 そう言うと、ヒガナの顔から徐々に笑みが消えて行った。

 代わりに顔を覗かせたのは、狂気を抱いた鋭い眼。

 

「それより、早く逃げた方がいいよ。あれであいつは実力者だからね、眼中に無いうちに逃げなよ」

 

「ヒガナさんはどうするの?」

 

「私? 心配してくれているのかな? でもダメなんだ。あいつの狙いは私だからね、ここで退いても何も変わらない」

 

「……ふーん?」

 

 そう返しながら私は、アローに木の実を持たせた。

 そこまで言うなら仕方ないよね。

 

「アロー、自然の恵み」

 

「なっ、フライゴン! 避けろ!」

 

「ちょ、何してんのさ!?」

 

 ファイアローの自然の恵みが、フライゴンに襲い掛かる。

 ヤチェの実の効力を持ったそれは、氷となってフライゴンを強襲した。

 ちっ、外したか。

 

「あー、これは失敗しちゃったなー。誰か助けてくれる人はいないかなー?」

 

 そう言いながら私はヒガナに視線を送った。

 助けてくれてもいいんだよ?

 

「もしかして、私を助ける為に?」

 

「……どうだろうね? 私にも良く分かんないや」

 

 しいて言うならヒガナが困っていたからだけど、私はそんなに善人だっただろうか?

 いや、むしろアカネに対する態度が私のデフォルトの気がする。

 なら、どうしてなんだろうね。

 

「分かんないけど、なんか他人事に思えないんだ」

 

 放っておけないんだと、そう言って私はアローをそばに待機させた。

 ヒガナの方を見る。

 まだ躊躇しているようだった。

 

「誰かの力を借りるのが嫌ならさ、それでいいよ。そのかわり、困ってる私を助けてくれると嬉しいな」

 

「……はぁ。君、やっぱり子供じゃないでしょ」

 

「チエちゃん七歳。難しいこと分かんない」

 

 勘のいいやつめ。

 私の方こそ知っているんだぞ。

 あなたの名前の由来、彼岸花。

 その花言葉に『転生』が含まれることを。

 絶対RSからORASに転生してるでしょ!

 いや全部私の憶測なんだけどね?

 

「さて、来るよ」

 

「はぁ、君はめちゃくちゃだよ」

 

「ありがと」

 

「褒めてないよ……」

 

 そう言ってヒガナはオンバーンを繰り出した。

 チルタリスじゃなくてよかった。

 あのもふもふを見て理性を保てる気がしないし。

 

 さて、ということでアローにはもう一仕事頑張ってもらおう。

 空中に浮揚させ、それを私は下から仰ぎ見る。

 

 え?

 あの男みたいにアローに飛び乗らないのかって?

 ははは、ご冗談を。

 さっきのマンダとの戦いを見たでしょう?

 渦中に身を委ねていたら命がいくつあっても足りないよ。

 

 と言うわけで、行けアロー!

 忌まわしき記憶と共に!

 

「そこの少女よ、貴殿はヒガナを味方するということで相違ないか?」

 

「総意だよ」

 

「そうか」

 

「いや今よく言葉で通じ合えたね」

 

 ね、それ私も思った。

 でも意外と通じるもんだよ。

 

 日本語や中国語にはアクセントの他にイントネーションがあるからね。

 音から得られる情報量は意外とバカにならないんだ。

 

「悪く思わんでくれよ……フライゴン、鋼の翼!」

 

「アロー!」

 

 フライゴンの鋼の翼を、アローで打ち返す。

 当然こちらも鋼の翼を使用してだ。

 羽同士がぶつかったというのに、あたりには金属音が反響した。

 

「アロー、とんぼ返り!」

 

「逃がすなフライゴン! ソニックブーム!」

 

 鍔迫(つばぜ)り合いのような攻防から逃げ出すように、アローにとんぼ返りを指示した。

 そうはさせまいと言わんばかりに、フライゴンが追い打ちをかける。

 勘違いしないで欲しいね。

 お前の相手は、私一人じゃないんだよ?

 

「オンバーン、爆音波!」

 

 ソニックブームの正体は衝撃波、つまり波だ。

 一方で爆音波の正体も波。

 波を波で飲み込む。

 

「ぬう、フライゴン! 霧払いだ!」

 

「え、ちょ」

 

 男がそういえば、暴風が吹き荒れた。

 その風に爆音波は飲み込まれ、無効化された。

 

(いやいやいや! 霧払いで爆音波を阻止するってどういうこと!?)

 

 考えられる理由は一つだろう。

 フライゴンのレベルが、圧倒的に上である。

 純粋な力量差、ということだろう。

 

「いやー、入ったと思ったけどワンテンポ遅れたよ。ごめんね」

 

「あ、そうですか」

 

 え?

 今のタイミングで遅れてたの?

 完璧なタイミングだと思ってたんだけど。

 ……やっぱり私、トレーナーとしての才能無いかもしれない。

 

「でも次は決める。もう一度頼めるかな?」

 

「……いいですよ」

 

 私はほっぺたを叩いた。

 何弱気になってるんだ。

 私を必要としてくれる人がそこにいるんだぞ。

 ならそれに応えろ。

 

「……フライゴン、鋼の翼だ」

 

「アロー、もう一度!」

 

 迫りくる鋼鉄の刃を、同じ刃で返す。

 意図は読めないが同じ展開にしてくれるなら好都合だ。

 そう思っていた。

 けれどもここで、実戦経験の差が現れた。

 気づいたヒガナが注意する。

 

「駄目! それはフェイントだよ!」

 

「え?」

 

 見ればフライゴンは攻撃をキャンセルし、次のモーションに入ろうとしている。

 しまった、そういうこともできるのか。

 その先に見えるのは、勝利を確信し、笑みを浮かべるフライゴン使い。

 彼は高らかに宣言する。

 

「もう遅い。翼をもがれ、地に堕ちるがいい。大文字!」

 

 ファイアローを、フライゴンの大文字が飲み込んだ。

 うおお! あぶねー!

 これアローに乗ってたら即死だったよ。

 アロー一人に行かせて良かった……。

 

「知っているか? 鋼は炎に弱いのだ」

 

 トレーナースクールで習う教養だがな、と。

 男がそう嘲る。

 

 そうか。

 なら私も嘲笑えばいいのかな?

 

「知っていますか?」

 

 私が声を上げた時、炎が引き裂かれた。

 飛び散る火の粉をものともせず、ファイアローは優雅に舞い踊る。

 水は炎に強いです、炎は鋼に強いです。

 タイプです、相性です。

 そんな常識より、個々のポケモンの性質を学べ。

 

「ファイアローの羽は火を通さないんですよ。そのため昔は、消防士の服にも使われていたらしいですよ?」

 

「なんだと……、フライゴン! ストーンエッジ!」

 

 もう遅い。

 勝利の道は開かれた。

 

「アロー、アクロバット!」

 

 後出しにもかかわらず、アローの攻撃が先に決まった。

 どてっぱらに受け、フライゴンがよろめく。

 あらら、これで倒せるかと思ったのだけど。

 いかんせんレベルに差があり過ぎたみたいだ。

 まあいい。どちらにせよ私たちの勝ちだ。

 

「いいねえ! グッときたよ! グッドポイントだよ!」

 

 そう、私の役割は一瞬でも隙を作ること。

 あとはヒガナに任せればいい。

 

「いくよ、龍の波動!」

 

 オンバーンから放たれたその攻撃が、フライゴンを貫いた。

 え? ヤバくない?

 あの男の人どうするの? 墜落するよ?

 

 そう私は案じたが、どうやら心配無用だったらしい。

 男は地面に叩きつけられるより早く次のポケモンを繰り出した。

 こちらもまた、オンバーンだった。

 

「……貴殿、なかなかに実力者だな」

 

「そりゃどうも」

 

 空高くまで飛んでから、男が私に投げ掛ける。

 当然私は見上げる形になり、男は私を下に見る形になる。

 うん? 喧嘩売ってるのか?

 

「私一人では荷が重い、か。……この場は諦めよう。だがヒガナよ、今一度考えなおすのだ」

 

 男は私から視線を外すと、ヒガナに向き直った。

 そうして先の発言をし、こう続けた。

 

「超古代ポケモンを蘇らせれば、多くの者が被害に遭う。不要な犠牲を出す。その事が分からないわけではなかろう」

 

「勝手なことを言うよね。こっちはずっと、考え続けてきたんだ。どうすれば一番多くの幸せを守ることができるのか、何が必要な犠牲で、何が不要な犠牲なのかを。想像力を働かせ、力と知恵を持つ者の宿命として、ね……」

 

「……お前が考え直す事、心から望んでおく」

 

 そう言って男は、オンバーンと共に去って行った。

 勝ったッ! 第三部完!

 

 私の方目掛けてヒガナが歩み寄ってくる。

 お疲れ。

 

「ふぅ、助かったよ。えーと、名前、なんて言ったっけ?」

 

「チエ、特別にチエって呼んでいいよ」

 

「あはは、なら特別じゃない呼び方がどういうものなのか気になるね! とにかく助かったよ、チエちゃん。また会えるといいね」

 

 そう言って彼女はボーマンダをボールに戻した。

 オンバーンもボールに戻し、チルタリスを繰り出す。

 くそう、チルットすら捕まえられない私への当てつけか。

 

「それじゃ、私急ぐからこのへんでドロンしますよっと!」

 

「あい待った」

 

「あだだ、……何するのさ」

 

 ようやくわかったんだよ。

 どうしてあなたを放っておけなかったのか。

 ヒガナは少しだけ、私に似ているんだ。

 

 期待と希望を押し付けられ。

 それでも自分が凡人であることを、誰よりも知っていて。

 弱音を吐くこともできず、誰かに縋ることもできない。

 

 人と触れ合うことができないわけじゃない。

 必要とあれば、人の輪に加わることもできる。

 けれど自らの内には、何人たりとも踏み込ませない。

 自分の弱さが露出してしまうから。

 人の前では、強くありたいから。

 

 そうして上辺だけの関係を構築し。

 いざという時に信頼できる仲間の一人もいない。

 孤独感は強まる一方で。

 いつも心に寂しさを抱え。

 ますます心を閉ざしていく。

 そんな悪循環。

 

(なら、どうする? 無理にでも踏み込む?)

 

 大きなお世話かもしれない。

 嫌われるかもしれない。

 でも、だからどうした。

 もともと、巡り合うことの無かった運命なんだ。

 むしろ他人だからこそ、踏み込める一歩があるかもしれない。

 

 それなら、なんて言葉を掛ける?

 彼女の抱えるものを一部でも背負い。

 それでいて分かってあげられるような。

 そんな言葉は、どこにある?

 

 いろいろと考えて、私が放ったのは。

 至極単純な、無遠慮な言葉だった。

 

「……想像力が、足りないよ」

 

「何をッ!」

 

 目を見開いたのはヒガナ。

 力と知恵を持ちえなかった彼女は、常に想像力を働かせてきた。

 必要な犠牲と不要な犠牲に線引きをして、最少の犠牲に留める方法を模索してきた。

 だからこそ、その言葉には過剰に反応する。

 

「……何でもないよ。引き留めてごめんなさい」

 

 そう言って私はアローに掴まった。

 失敗した。

 そんな自覚があった。

 

 もっとオブラートに言うべきだった。

 これじゃ単に、彼女を傷つけただけじゃないか。

 何もわかっていない。

 

 アローが羽ばたきだす。

 申し訳のなさが、心の中にあった。

 

「待って!」

 

「あだだ」

 

 今度はヒガナが私を引き留めた。

 待って! 体が千切れるから!

 待つ、待つからむしろ待って!

 

 アローに声を掛けて地に足を付ける。

 死ぬかと思った。

 思わず右手で心臓を掴む。

 けたたましい心音が、手のひらに伝わってきた。

 

「チエちゃん、君は一体、何を言っているの? いや、何を知っているの?」

 

「……そうですね。例えば、例えばの話ですよ? 龍神様の持つエネルギーが、長い年月とともに摩耗していたら? 本来の力を引き出すだけの余力が残っていなかったら?」

 

「そんな、こと……。いや、それより」

 

 驚いた表情をした後に、何かに気付いたヒガナ。

 そうだろうね。

 この時点で隕石がホウエンに向かっていることを知っているのは、流星の民だけだ。

 私の知りえない情報。

 だからこそヒガナは問いかける。

 

「チエちゃんは、どこでそれを知ったの?」

 

「……この世界にとっての現実は、ある人たちにとってのファンタジー」

 

 そういうことだよ、と。

 私はそう呟いて。

 彼女の手をやさしく退け、飛び去った。

*1
グラードンとカイオーガ。




実はこの『ボールはともだち!』
最初期の構想ではヒガナに継承者の立場を奪われた流星の民のお話でした。

誰よりもドラゴンタイプについて詳しく、誰よりも行動力があり、流星の民みんなから次期継承者を期待されて。
しかし、主人公だけがパートナーとなるドラゴンポケモンを見つけられなかった。

周りの同い年が次々と相棒を見つけ、トレーナーとしての力量を上げていく中、主人公はひとり取り残されることに。
かつての期待は、いつからか失望となり。
誰も主人公に見向きもしなくなりました。

そんなとき、流星の民が使うボールを作っているボール職人と出会います。
そしてドラゴンタイプ専用のボールを作り出しました。
しかしなお。
それでもなお、パートナーとなるポケモンを捕獲することはできなかった。

主人公には驚くほどドラゴン使いとしての才能がなかった。
あったのはただ、ボールに対する才能だけ。
望んだ才能は手に入らず、要りもしないボールの才能がさらに主人公を追い詰める。

かつて夢見たドラゴン使いという目標に蓋をして、何年か経った後。
一人の女性が訪ねてくる。
自分と同じく、無才の凡人でありながら。
継承者に選ばれた幼馴染。
それがヒガナだった。

ヒガナは主人公の作るボールの事を知っていた。
これから起こることを知っていた。
だから協力してくれと頼む。
しかし、主人公が頷くことは決してなかった。

「なんで、ヒガナなんだよ! 同じ無能なのに、同じ凡才なのにッ! 何が違ったんだよッ!!」

それは主人公の叫びだった。
決してかなうことのない、願いだった。

人の心境なんて知りもしないヒガナが嫌いでした。
そんなことを口にする自分が嫌いでした。
何もかもが嫌になって、逃げだして。
それでも追いかけてくれたのは、ヒガナでした。

ヒガナの優しさに触れ、思いに触れ。
やがて心は一つになります。
そうしてレックウザの捕獲に乗り出し、様々な苦難がありながらも捕獲に成功。
隕石を砕いてハッピーエンド。

設定考えてるうちにミカンの話とかゴンベの話とか思いついてぽしゃった。後悔してるから公開してる。

この作品からそこまで読めていた人がいるならこう言いたいですね。
「想像力があり過ぎだよ」

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