ボールはともだち! ~One For Ball~   作:HDアロー

19 / 31
ブクマ2500超えたらしいです。
本当にありがとうございます。


五話 「店主はスランプ」

 カイナシティ――人とポケモン、そして自然の行き交う港。

 海に隣接した町は穏やかな潮風に吹かれ、晴れ渡る空にはキャモメが群れをなして空で踊る。

 その街の、さらに南西にあるカイナ市場。

 ホウエンでもトップクラスに賑わうそこに、今回密着する人物はいた。

 

 『まぼろし』と呼ばれている、一人の少女である。

 

 彼女は少し前にこの市場に来たばかりである。

 当然立地のいい場所を借りることもできず、人目につかない場所で細々とボールを売っている。

 だというのに、その市場には噂が流れていた。

 見たことも無いデザインのボールを取り扱う店がある、と。

 

 だがしかし、市場を探せど見当たらない。

 故に人々はその店をこう呼んだ。

 『幻の店舗』と。

 

 しかし妙である。

 何故噂になるほどの店が見つからなかったのか。

 それには二つの理由があった。

 

 まず一つ、人目につかない場所であったこと。

 まぼろしが市場に赴いた時点で、好立地は既に取られていた。

 また、高い場所代を払うだけの余裕もなく、そのため安価で人通りの無い場所を借り、ひっそりと経営していたのだ。

 それも、ただビーチパラソルを置いただけの簡易的な店舗だ。

 当然、店の存在に気付く絶対数が少ない。

 それが雲隠れした、一つ目の理由であった。

 

 そして二つ目、というより、こちらが主な原因か。

 それは完全受注制という商売方法にあった。

 

 彼女が取り扱っているものはオリジナルのボール。

 それも、その手で一つ一つ、丁寧に作り上げた逸品だ。

 当然、一日に受注できる量には限りがある。

 ……ものにもよるが、二桁作れることは稀。

 それほどまでにそのボールは貴重で希少だった。

 

 彼女が半日でも店を開いていたのは、ほんの一日二日だけ。

 それ以降は約三十分。

 それが彼女の経営時間。

 一日の内、たったの三十分。

 それこそが幻の店舗が幻の店舗たる理由だった。

 

 そして、そんな人々の心を掴んで離さない、幻の店舗の主が。

 人知れず苦悩していることに、気づく者はいなかった。

 

 パラソルを閉じ、店をたたむ。

 空を見れば太陽は低い位置にある。

 今日もまたその傘は、日除けとして活躍することはなかった。

 

 パラソルをパソコンに収納し、ポケギアで時刻を確認する。

 開店から二十分と経っていない。

 だからと言ってこれ以上予約を受け付けても納期が間に合わない。

 これが私の活動限界だった。

 

 日を避けるために、近くの路地に忍び込んだ。

 建物と建物に挟まれたその場所は少しひんやりとして、私の空回りする思いを冷却するようだった。

 壁に寄りかかり、顔を上げる。

 建物と建物の隙間に、雲がかかり。

 そのまた雲の切れ目から、わずかだけ青い空が浮かんでいた。

 

(作れない……)

 

 ヒガナと遭遇してから早五日。

 私は、そんな悩みを抱えていた。

 いや、ヒガナと遭遇してからという表現は、少し違うか。

 正確に言えば、自分の上達を認識してから。

 ガンテツボールを見下していることに気づいてから。

 私は以前のように、前のめりの姿勢でボールと向き合えなくなっていた。

 

 もちろん、技術が衰えたわけではない。

 むしろ器用さは少しずつ上がり続け、ボールの質は上がってきている。

 裏返して言えば、それだけだ。

 だからこそ、苦悩する。

 

(アローと出会った時の、あの閃きはどこへ行ったの? 新しいものへの憧れは、どこに置いてきたの……?)

 

 頭上の雲が風に流されて、空の青は建物の奥へと去って行った。

 

 『新しいボールが作れない』

 

 それが私の、悩みの種だった。

 

 だけど私の細胞が、血肉が。

 ボールを作りたいと叫ぶ。

 作りたい、だけど作れない。

 その事が、酷く苦しかった。

 

 だから私は、昔のボールで誤魔化した。

 見た目と、エフェクトを変えただけの嗜好品。

 コンテストぐらいしか使い道のない、娯楽用品。

 ミカンに作ったもののバージョン違い。

 そんなもので、渇きを誤魔化していた。

 

 そんなだから、ボールを作っていても、ノイズばかりが走っていた。

 前のように、深く意識が入り込んでいく感覚はない。

 小手先の器用さで、コンディションに嘘を吐き続けてきた。

 

(昔は、新しいボールを思いつくたびにわくわくした。一見不可能に思えるギミックでも、実現しようと思えた)

 

 閃きの切っ掛けになれば。

 そんな思いで、かつてメモしたノートを見る。

 プレートや彗星の欠片。

 未所持のアイテムを使ったボールばかりが書かれていて、現状実現できる新しいボールは無かった。

 

 ノートを閉じる。

 それもまた、この五日で何度となく繰り返した行為だった。

 

 五日前までは、作りたいボールがたくさんあった。

 あった、はずなんだ。

 なのにどうしてだろう。

 

(今は、どんなボールを作りたかったのかすらわからない……)

 

 私の作るボールが、ガンテツボールを無価値にする。

 自分が生み出すことで、滅びゆく技術がある。

 その事に気付いてしまったから。

 私は、何をしたいのか分からなくなってしまった。

 

 私のボールには需要がある。

 その事は連日訪れる人々からも推し量れる。

 だが私は、ずっと考えていた。

 『私の技術は、ガンテツボールという技術を「過去の遺産」に押しのけてまで存在すべきなのか』と。

 

(こんなとき、弱音を吐ける友人の一人でもいたら……、違っていたのかな?)

 

 お爺ちゃんやマサキは違う。

 彼らには、弱い所を見せたくない。

 見栄を張っていたい。

 子供に見られたくない。

 そんな思いが先に来る。

 

 そうではなく、もっと弱音を打ち明けられるような人。

 そんな人に、そばにいて欲しかった。

 

(無いものをねだっても、仕方がない……か。今日の分を済ませてしまおう)

 

 私は今、造船所の隅っこに場所を借り、そこでボールを作っている。

 あっちでもこっちでも場所代がいるなぁと思っていたが、そこは相手も職人。

 私の作ったボールを見るやタダで場所を貸してくれた。

 やっぱり持つべきは技術と若さだね。

 

 注文されたボールの作成シミュレーションを脳内で行いながら、伸びをした。

 路地を抜け、造船所でボールを作ろう。

 そう思い、壁を離れ、歩き出した。

 その時だった。

 

「騒ぐな、大人しくしろ」

 

 私の背中に、何かが付きつけられた。

 円筒状の、硬いものだ。

 声の主は、それにぐっと力を込めた。

 前に歩けということか。

 

 少し歩き、路地を抜けた先。

 人気の無い路地裏で。

 再び陽が顔を覗かせたタイミングで。

 私は素早く左手を回し、相手の手を掴み取った。

 

「何してるんですか? ヒガナさん」

 

「ありゃ? もうバレちゃった?」

 

 振り返った先にいたのは、アクア団の格好をしたヒガナさんだった。

 水鉄砲片手に参ったとジェスチャーし、いたずらがバレた子供のような顔をしている。

 ようなと表現した理由は分かるでしょう?

 子供にはない、暗い暗い陰りがあったんだよ。

 

「いやー、驚いたよ。まさかあのボール、君の手作りだったなんてね! なんてシンクロニティ! そう思わない?」

 

「そうですね。で、どうしてここに?」

 

 私個人としては、ヒガナには酷いことを言ったつもりだった。

 言ってしまえば、頑張ってる人に頑張れというような行為だ。

 ヒガナがどう受け取ったかは知らないが、大なり小なり傷ついただろう。

 それなのに、どうして私のもとに?

 

「いやはや、前の姿とこの姿。見比べて分からない?」

 

「そうですねぇ、海の家でアルバイトでもしてるんですか?」

 

「海の家? あはは、上手いこと言うね!」

 

 いやいや、似てないでしょ。

 規模が違いすぎる。

 海底洞窟を海の家って呼べるのは、世界広しと言えどあなたくらいですよ。

 

「ははっ、というかやっぱり、その事も知ってるんだね。私がしようとしていることも?」

 

「……まぁ、なんとなくは」

 

「へぇ……? それで、チエちゃんはどうするつもりなのかな?」

 

 潮風が私達を包み込む。

 髪が風になびいている。

 表通りを行き交う人たちの、種々雑多な足音が、画面の向こうの出来事のように気にならなくなる。

 

「……どうしようもないですよ。所詮私は部外者ですし」

 

「ふぅん? 私を泳がせておいても問題ないっていう判断なのかな?」

 

「半分イエスで半分ノーですね」

 

 私は続ける。

 

「正直、私自身も被害を被りそうだし、控えて欲しいなっていうのはあります。でも、成功しても失敗しても、ちゃんとケアしてくれているんでしょう?」

 

 ヒガナは多分、そんな人物だ。

 少なくとも私がゲームから受けた印象はそうだ。

 

 彼女はまかり間違っても、人の生活を軽く見たりなんかしていない。

 理由はまあ、次にあげる事例かな。

 どちらも彼女の、未来での行動を示したものだ。

 

 彼女は人々からキーストーンを奪った。

 そんなことせずに、事情を説明して借りればよかっただろう。

 だが、そうはしなかった。

 巨大隕石に怯えて暮らす事。

 あとで返ってくるキーストーンを思う事。

 どちらの方が精神的な負担になるか考え、彼女は選択した。

 

 彼女は空間転移装置(通信ケーブル)を破壊した。

 そんなことせずに、彼女のプランを説明すればよかっただろう。

 だが、そうはしなかった。

 彼女にとってそれは不要なもので、またいらない犠牲を産む可能性のある、不穏因子に過ぎなかった。

 それがより危険を減らす方法だと信じていたからこそ、それを選択した。

 

 たしかに、これらは未来の話である。

 しかし、そこから彼女という人物像が見えてくると思う。

 きっと、超古代ポケモンが蘇っても被害は出さない。

 そんな風に下準備をしているはず。

 

 そもそもの話である。

 先にあげた二つの事例は、彼女にとって想定外の出来事である。

 レックウザが降臨するまでの時間、超古代ポケモンが蘇っていれば、誰一人にも気付かれることなく隕石を破壊できていた、……かもしれない。

 もっともレックウザには隕石を砕くだけの力は残っていなかったのだから、そんなことが起きれば詰みだったわけだが。

 今回に至ってはそんなこともないだろう。

 予め、レックウザに力が不足している可能性を、私が示唆しているのだから。

 

 そういう意図を込めて、私はヒガナの目を見た。

 しばらく私の目を見た後に、ヒガナはやれやれと言った様子でため息をついた。

 

「……簡単に言ってくれるよね」

 

「簡単じゃないことは分かってますよ。それでも、ヒガナさんは止まらないんでしょ?」

 

「……本当に、心が見透かされてるみたいだよ」

 

 そう言った後に、ヒガナはこう続けた。

 

「なら、私がここに来た意味も分かるよね」

 

 先ほどの気の抜けた表情とは打って変わって、眉をしかめて目尻を上げ、黒目の半分ほどを瞼に隠し、強く強く、意志の込められた瞳で私に問い掛ける。

 そんな彼女を見て、私は瞼を閉じた。

 少し微笑み、そして続ける。

 

「ごめん、何の話?」

 

「……ぇー」

 

 ……私達に吹き付ける潮風が、少し冷たくなった気がした。

 

(いや分かるわけないじゃん!? 何そんな分かって当然だよね? みたいな雰囲気で話しかけてきてんの? 私が知ってることなんてせいぜい原作にあった出来事くらいだよ。原作にない事例……それこそヒガナがガンテツの孫に抱いている印象なんか知ってるはずないじゃん。うん、私は悪くないね!)

 

「いや、ちょっと待ってね? チエちゃんはどこからどこまで知ってるのかな?」

 

「ヒガナさんがアクア団とマグマ団を利用している事、その目的はレックウザを呼び出す事、呼び出したレックウザで隕石を砕こうとしている事、レックウザが弱っている可能性がある事」

 

「うん。どうしてそこまで分かってて答えにたどり着かないかな!?」

 

 えー、だって人の心とか知らんし。

 私には見聞色の覇気も覚りの瞳もないのだ。

 言葉にしてもらわなければ分かんないよ。

 

「はぁ、もういいや。今日はさ、お願いがあってきたんだ」

 

 私達の頭上を、キャモメの群れが飛んでいった。

 その羽が日を隠しては、また隙間から私たちを陽に照らす。

 舞い散る羽根が、陽の光を照らし返していた。

 そんな神々しさの中心に立ったヒガナが、神妙な面持ちでこう言った。

 

「世界を救うために、力を貸してほしい」

 

 ……ようやく得心がいった。

 つまりはこういうことか。

 レックウザが弱っているのは想定外だったから、レックウザを元気づけるだけのボールを作ってくれ。

 そういうことだね?

 

 なんだ。

 そういう事なら、こんな真剣な顔して言わなくていいのに。

 

(……いや、違うのか。人の力を借りる。それは彼女にとって、重大な意味を持っているんだ)

 

 何者にもなれなかった彼女は、伝承者としての使命を果たすことに心血を注いでいた。

 誰にも縋らず、自分一人だけの力で。

 彼女はそうして、ようやく認められると思っていたんだろう。

 そうしなければ認められないと、勘違いしていたんだろう。

 そんな彼女が、自分から歩み寄った。

 

 なら、応えてあげるが世の情けってやつだろう。

 

「分かりました。でも今日はちょっと注文入ってるんで、明日からですね」

 

「いいの? というより……、出来るの!?」

 

「分かりませんよ、出来るかどうかなんて。大事なのは、やるかやらないかです」

 

 本音を言えば、出来るイメージはない。

 新しいボールを作る。

 息をするように出来ていた今までがおかしかったんだ。

 そんなの、誰にでも出来る事じゃない。

 

 それこそ、父のような天才が集まって、話し合い、ようやく出来る事なんだ。

 小娘一人で成し遂げようなんて烏滸がましい。

 それでも、やらなきゃいけない時ってのはある。

 そしてそれは、きっと今もそうだ。

 

「いや、軽い感じで言ってるけどさ、危険なことなんだよ? もっと悩んだり、あるいはきっぱり断ってくれても……」

 

「私が断ったら、一人で行くつもりなんでしょう?」

 

「……」

 

 ヒガナは何も返さない。

 微動だにしない。

 沈黙は肯定とみなす。

 

「放っておけるわけないじゃないですか、そんなの」

 

 たとえ私が不調でも。

 困っている人がいるなら助けになる。

 だってそれは、私の存在証明なのだから。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告