ボールはともだち! ~One For Ball~ 作:HDアロー
今日も空には青が広がっていて。
サンサンと降り注ぐ太陽が暖かかった。
カイナ市場の店の、受注分を捌いて早三日。
もう三日も経っていた。
だがしかし、いや、やはりと言うべきか。
進捗は、全然ダメだった。
(実際レックウザをメガシンカさせるとして、それに必要なエネルギーってどれくらいなの? 普通のアイテムで再現できるものなの?)
結局のところ、問題はそこだった。
造船所の片隅で、机に向かい、脳を回転させる。
(例えばメガシンカに必要なアイテム。これはメガストーンとキーストーンの二つが最低条件。ただ、メガストーンそのものにあるエネルギーはせいぜいが質量同等のもの。ポケモンの真価を発揮するには遠く及ばないはず……)
そもそも、メガシンカというシステム自体が曖昧なのだ。
なんだ絆の力って。
愛の力みたいに言うなよ。それ何次元にあるんですか? って言いたくなっちゃうじゃん。
大体捕まえたばっかりのポケモンでも出来るくせに、何が絆だよ。
っと、口が悪くなってる。
落ち着けー。怒りや焦りは思考を鈍らせる。
平常心平常心。
(……となるとやっぱり、メガストーンはエネルギーの受信装置。問題はそのエネルギーがどこから来ているのかという事)
絆っていうけどさ、なら赤い糸を持たせたポケモンは皆メガシンカできるのかって話だよ。
上位互換と思しき運命の力をもってしても、それを成すだけのエネルギーには届かないのだ。
どう考えても『メガシンカ、絆の力仮説』は迷信に思えて仕方がない。
(というかレックウザに必要なのは祈りだったっけ。なんでそこで微妙に仕様を変えてくるのさ)
不満を垂れ流しつつ右手を見れば、ペンが右に左に飛び回っていた。
ペン回しというやつだ。
無意識でこれだけの事が出来る。
だが一方で、意識しても出来ないことがある。
どれだけ器用になっても、小手先だけじゃどうにもできないこともあるということか。
(というかさ、メガシンカについて研究している人が少なすぎるんだよ。史上初のメガシンカが三千年前だよ? なんで今の今までそのメカニズムの基礎理論すら解明されてないの?)
それが分かっていたならば、少しはやりようがあったかもしれないというのに。
人工降雪機、人工ダイヤモンド、人工芝。
これらが人の手で作ることができるのは、それらの構造が解明されているからだ。
仕組みが分かっているから再現できる。
前世で散々話題になっていた人工知能。
それが実現できなかったのは、知能の仕組みが解明されていなかったからだ。
シナプスの存在に辿り着いたところで、人の持つ直感の仕組みが分からない。
ヒトが因果関係をどのように分析するかが分からない。
だから結局、いつまでも再現できなかった。
今回だってそうだ。
メガシンカの仕組みがはっきりしていたならば、手の打ちようはきっとあった。
だが現実問題としてメガシンカは『なんかよう分からんができる』程度の曖昧なものであり、それが私のフラストレーションを加速させる。
(はぁ、メガシンカの仕組みから調べる? いや、そんな時間は残されていない)
ヒガナが言うに、今週中にグラードン及びカイオーガが復活するとのことだ。
おいおい、二匹とも復活させるつもりなのかよ。
大丈夫なの? それ。
まあ原作だと主人公がすぐに捕まえたせいでレックウザの目に留まらなかったわけだし、それくらいしないとレックウザは呼び起こせないのかもしれない。
だけどさぁ、ここで呼び出せなくてもどうにかなることを知っている身としては? 何故そんな早まったことを? なんて思わずにはいられない。
そんな時だった。
空に雨雲が現れたのは。
先ほどまでの快晴が嘘のよう。
けたたましい雷の音とともに、雨風が吹き荒れる。
急な出来事に、造船所の内部はパニックに陥っていた。
普段は持ち場についている職員が、足音を立てて交錯する。
ただそれだけの事で。
カイナシティでも類を見ない天災だということが分かった。
そしてこの災害に、私は心当たりがあった。
(……もしかって、始まっちゃった?)
知識では知っていても、実際に体験したことはなかった。
だがしかし、吹き荒れる雨が、叩きつける風が。
それが何かを、雄弁に語っている。
ゲンシカイオーガが持つ特性。
すべての生物が生まれたその母なる恵み。
ああそうか、これが。
「これが、始まりの海……!」
ヤバイヤバイヤバイ!
まだボールできてないよ!
構想のこの字すらできてないよ!?
どうすんのこれ!?
いや、最悪原作主人公に任せるとかもありだけどさ。
それは……ね?
職人としてのプライドが許さないというか。
出来ると大見得切ったからには成し遂げたいというか。
仕事を放り投げたくないというか。
「ええい! 考えろ! 絞り出せ! できるできる、やれるやれる!」
先ほど怒りや焦りは思考を鈍らせると言ったな。
あれは嘘だ。
人間、真価を発揮するのは窮地に追い込まれたときだ!
今こそメガ真価の時!
ダメだ! 思考にノイズが掛かってる!
意識が潜って行かない。
浅い所を泳いでいる。
前のような没入感がない。
潜り方を忘れてしまっていた。
スポーツ選手は、一日休むと勘を取り戻すのに三日かかるという。
私の場合は?
約一週間サボった私の勘。
それが取り戻されるのは、一体いつ?
ガリッと、嫌な音がした。
何の音かと思って見て見れば、口に添えていた右親指の腹が切れている。
犬歯で噛み切ったということか。
赤色の液体がだまになり。
自重に耐えられずしたたり落ちる。
口内には、鉄の味が残っていた。
(悔やんでも仕方ない。それより手遅れになる前にボールを……)
徐々に、思考が加速していく感じがする。
少しずつ感覚が、戻ってきている気はする。
だがしかし、だがしかしだ。
ポケスロン会場や、ゲンガーの時のように。
時間がゆっくりに感じられたり、世界がモノクロになったりはしない。
そんな思考をするだけのノイズが残っている。
(何か、何かきっかけがあれば……!)
そんな時だった。
もう何日も使っていなかったポケギアが。
連絡を入れに来る相手もおらず、空気とかしていたその機器が。
ようやく出番かと言うように鳴り響いたのは。
右手に持っていたペンをはじき、通話ボタンを押し込んだ。
着信を知らせる音が止み、向こう側から声がする。
『もしもしチエはん? コーディングからバグチェックまで一通りできたで、捕獲対象を技に書き換えるプログラム。まあ取り切れてないバグもあるやろけどあとは――』
「マサキ? ごめんちょっと今手を離せなくて……」
『――なんや、忙しかったんかいな。というか凄い嵐やな。台風でも来とったっけ?』
「ごめん、後でかけ直すから切るね!」
そう言って電話を切ろうとする。
通話終了ボタンに、右手を伸ばす。
が、そこで思いとどまる。
(右親指、血が流れたままだった)
このまま触れば、折角マサキから貰ったポケギアが、血染めになってしまう。
最初こそいいかもしれないが、酸化して黒くなったらおしまいだ。
どす黒いポケギアとか趣味悪すぎでしょ。
普通であれば親指で押すところを、指を開いて人差し指で押そうとする。
そのわずかな時間の差だった。
その差が、マサキに発言する時間を与えた。
『あとそうや! 言うの忘れるところやったわ。これ作っとるときに思いついたんやけどな? 特性の捕獲いうのも面白いと思うんや』
「は?」
私はその時、最も間抜けな声を上げたと思う。
『原理としては技も特性も同じようなもんやからな。またできそうやったら声掛けてくれや! いつでも力になるさかい。ほなまたな』
マサキがそう言うと、ポケギアの交信が途絶えた。
いつの間にか造船所からは人がいなくなっており、大嵐とガレージが争う中。
ツーツーという、ポケギアの音が反響していた。
「特性の、捕獲……?」
キタ。
この感覚だ。
思考が加速していく。
一秒が少しずつ遅くなり。
世界から不要な色が抜け落ちる。
ゾーンに入るトリガーとなったのは。
ゲンシカイキしたポケモンだけが持つ、固有の特性。
そしてその原理。
(そうだ……自然エネルギーだ! メガストーンが出来た理由は、ゲンシカイキに必要な自然エネルギー!)
なら特性を捕獲してそれをレックウザに食わせたら……。
(駄目だ! マサキはそういうプログラムを組むこともできると言っただけ。まだスナッチマシンには搭載されていない!)
技用のプログラムを組むのに、約一週間かかった。
いくら雛形プログラムがあるといっても、特徴の分析やパラメータ調整など、どうあがいても時間がかかる部分というのは存在する。
今から頼んだところで、絶対に間に合わない。
ならどうする?
技? 技なのか?
断崖の剣や根源の波動を捕獲する?
それでどうするっていうんだ?
レックウザが、その技を受けてエネルギーに変換できるなら、それもまたありだ。
だがしかし、普通に考えてそれはありえない。
じゃあレックウザに自然の力を打ったらメガシンカするんですかって話になる。
(技もダメ、特性もダメ。でも、自然エネルギーはかなり近い所にある気がする……!)
どうにかこれを、上手いこと使えないものか。
(エネルギー、エネルギー)
何か閃きそうな気がする。
あと少しの刺激で記憶が活発化され、大事なことを思い出せる気がする。
頭の中をくすぐられているような、気持ち悪さだけが渦巻いている。
(うえぇ、気持ち悪い)
いつもなら自然に入れていた、ゾーン状態。
しばらくサボっていたせいで、その状態に脳が追い付いていない。
なんか、ずっと前にもこんなことがあった気がする。
……そうだ。
前世の、徹夜でバトルしてた時。
あの時も、こんな感じで吐き気がして……。
(……なんの、バトルをしていたんだっけ)
ピースが、カチリとハマる音がした。
ああ、そうだ。その手があった。
どうしてそんなこと、忘れていたんだろう。
私は小道具入れから接着剤を取り出すと、右手の傷口に塗り付けた。
さすがにそろそろ止血したい。
ん? 接着剤で止血はヤバい?
大丈夫大丈夫。
水で剥がれる安心安全の奴だから。
止血もそこそこに、私はポケギアの電源を入れた。
私の知ってる連絡先なんて一人だけだ。
マサキがそのアイテムを持っていなければ、また一から考え直すことになる。
持っていますようにと祈りながら、私は電話がつながるのを待った。
『もしもしチエはん? もう大丈夫なんか?』
「んーにゃ、むしろさらに切羽詰まってる。でさ、物は相談なんだけどさ」
ポケギアを握る手に力が入る。
手汗が馬鹿みたいに噴き出している。
渇いた唇に舌を当て、少しだけ乾燥を誤魔化す。
息を飲んで、一言。
「――って、持ってない?」