ボールはともだち! ~One For Ball~   作:HDアロー

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七話 「チエボール・リビルドC」

 その日の天気は大いに荒れた。

 すべての始まりである終焉の雨と。

 すべてを終わらせる恵みの日照りと。

 二つの気象がぶつかり合い、地形すら歪みかねない大恐慌。

 

 その場に居合わせた誰かが言った。

 

「なんて酷い天災なんだ」

 

 また別の誰かが言った。

 

「天災なんて言葉で、この惨状を表せるものか」

 

 そうだ。

 それを天災と呼ぶには、あまりにも暴力的だった。

 考えてみて欲しい。

 先ほどまで砂漠だった場所が、海に飲まれる程の大雨のことを。

 先ほどまで海溝だった場所が、断崖の地に変わる程の日照りのことを。

 

 そんなまさに『超常現象』を体現した、超古代ポケモン。

 そう、それほどまでの力を持ったポケモンが。

 ルネシティという辺境の地に。

 ()()も現れていた。

 

 一体は日照りの神――ゲンシグラードン。

 それを形容する言葉があるとすれば、大怪獣だろうか。

 鋭い爪、尖った牙。

 体のあちこちには棘のようなものが付いていて。

 全身に迸る紋様にはドロドロのマグマが(うごめ)いていた。

 

 また一体は雷雨の神――ゲンシカイオーガ。

 それを表現する手段があるとすれば、海竜神だろうか。

 獰猛な眼、天をも掴むような大きなヒレ。

 体の隅々に刻まれた紋様には、透き通るような海が流れていた。

 

 彼らが暴れれば、星が一つ滅びる。

 

 それは覆しようのない真実だ。

 

 その現実を前に、一人の男が祈りを捧げた。

 その男は、後にも先にも名を残さぬ、ただの一般人だった。

 膝を折り、手を合わせ。

 天を仰ぐ様子は、まるで神に許しを乞うかのよう。

 終末論が正しければ、終焉を迎える日に人々は、きっと誰もがそうするのだろう。

 

 それの後を追うように。

 一人、また一人と天に祈りを捧げ始める。

 けれどもそこにあるのは覆しようのない絶対で。

 もはやその破滅は不可避であった。

 

 二匹を止める術はない。

 止められる者すらいない。

 誰もが知っていた。

 そんな常識的な真実なんて。

 

 ……そうだね。

 

 だからこそ言わせてもらおう。

 故にこそ、問い掛けよう。

 

 この非現実的な現状において、君たちの持つ常識に、如何ほどの価値があるのかと。

 

「お、おい。見ろよ」

 

 それを言ったのは、誰だったか。

 

「これは一体……」

 

 いや、誰が言ったかなんて関係ないか。

 

「奇跡、奇跡だ」

 

 彼らもまた、名も無き登場人物の一人にすぎないのだから。

 

「もしかして、もしかすると」

 

 それでも、彼らがいたからこそ、この物語は終わらない。

 バッドエンドで終わったりなんかしない。

 彼らが全員生き延びてこそ、ハッピーエンドなのだから。

 

 空に切れ目が走る。

 天を遮る暗雲ではなく。

 偽りの太陽であるエネルギーでもなく。

 人々の心に安らぎを与える、命の光がその地を照らす。

 

 この二匹を止めると言うのなら、そいつは同じく超常的存在でなければならない。

 

 そして、それはこのポケモンをおいて他にない。

 

 裂空の覇者にして天空を司る神。

 その名は、――レックウザ。

 

「間に合った!」

 

 ルネシティの上空から、女性の声がした。

 流星の民の末裔にして最後の継承者。

 この天災を蘇らせた張本人。

 そう、ヒガナであった。

 

 この二匹を引き合わせておいて、今の今まで何をしていたのか。

 なんてことはない。

 ただレックウザを呼び出していただけだ。

 それが彼女の使命。

 彼女が彼女である必要性だった。

 

 彼女が二匹を同時に呼び出したのには理由がある。

 どちらか一体であれば、確実に環境が崩れる。

 だがしかし、近しい場所に正反対のエネルギーを置けば?

 その点を中心として、お互いがお互いのエネルギーを打ち消し合う。

 ホウエンがこの災害に飲まれながら、それでもなお原型を留めていた裏には、そんな理由があった。

 

「さて、後はどこかにいるはずのチエちゃんと合流して……」

 

 空の高い位置から、地上を見下ろす。

 この異常気象だというのに、家を飛び出した町民達が、レックウザを奉っている。

 膝を折り、手を天にかざし、祈りを捧げている。

 

 だがその中に。

 良く見知った幼女の姿はなかった。

 

(……あれ?)

 

 不安と焦りが胸中を占める。

 眼球が右に左に泳ぎ回り。

 ぐるぐると回る世界の中心で、彼女の姿を探す。

 だがやはり、彼女はいなかった。

 

「そんな、まさか……」

 

 いやな予感がよぎる。

 それは想像していた、限りなく悪いパターン。

 その可能性をヒガナは、絶望に打ちひしがれた声で絞り出した。

 

「間に、合わなかったの……?」

 

 渇いた喉を、溜まった唾液が下って行った。

 どうして他人を頼ってしまったんだろう。

 ヒガナの心の内は、そんなものだった。

 

(そうだ、他人なんて不可視なパラメータ。最初から、外すべきだったんだ。想像しておきながら、想定から外した……! だからこんな予想外の事に陥ったんだ!)

 

 彼女の感情を支配していたのは、抑えきれないほどの怒り。

 ただしそれは外部ではなく、己の内に向いていた。

 それは彼女が自己嫌悪するのに、十分なものだった。

 

 ギリギリという、奥歯の擦れる音をBGMに。

 絞り出すように。

 締め付けられた心の内を零すように。

 ヒガナは、弱々しく問いかけた。

 

「ねぇ……、レックウザ? あなたなら、できるよね? メガシンカ」

 

 ヒガナは自らが捕まる、もえぎ色の背中に問いかけた。

 彼女と出会わなければ、考えもしなかった可能性。

 レックウザのもつエネルギーが減衰している。

 その可能性が、あくまで可能性の話でなかったら?

 

「チカラが足りないなんて、そんなの嘘だよね……? さぁ、その真の姿を見せてよ、真の力を見せてよ……。この終焉を、止めて見せてよ……ッ!」

 

 ――そうだ。

 ――あくまで最悪の場合の想定だ。

 ――その筈だ。

 ――きっと真実味を帯びた、虚構なんでしょう?

 ――だから、だからさ。

 

 そんな思いと共に、ヒガナは叫ぶ。

 

「してよ! メガシンカ……、しなさいよッ!!」

 

 しかし何も変わらない。

 変えようがない。

 

 結果を呼び出す原因が存在しないのだ。

 因果律が成り立たないのだ。

 彼女がどれだけ叫んでも、どれだけ嘆いても。

 残酷な真実は変わらない。

 

「……そん、な。こんな、こんなことって……。それなら……、私の、私のやって、きたことは……? 全部、全部無駄だったって言うの……?」

 

 ぽっかりと、穴が開いた気がした。

 吹き荒れる風が、突き抜けていくようだ。

 そう、ヒガナは感じた。

 

 言い知れぬ虚無感に苛まれ。

 ヒガナは嗚咽を零した。

 とうの昔に、限界点なんて通り過ぎていた。

 表面張力で耐えていた感情という器から。

 堰を切ったように、様々な思いが溢れかえった。

 

 悲しかった、苦しかった。

 こんな時、どうしていたんだっけ……。

 ヒガナは振り返る。

 自らの過去に立ち返る。

 

 ……小さいころから、空を見上げるようにしていた。

 不安がいっぱいで押しつぶされそうなときも。

 悲しくて寂しくて心が折れそうなときも。

 絶対、涙を流さないように。

 

 だけど、だけれども。

 いざ空に立ってみれば。

 見下ろす事しかできなくなってしまっては。

 もはやその涙を、留める術はない。

 

「ねぇ、教えてよ。たった、たった一つの願いすら、私は星に届けられないの? 私の賭した一生は、全て無駄だったっていうの……ッ」

 

 ヒガナの瞳に溜まった雫は。

 レックウザを掴むその両の手に。

 ぽつり、ぽつりと、零れ落ちて行った。

 顔は涙でぐしゃぐしゃに歪み、悲痛の色を浮かべている。

 

 晴れ渡るこの地が、闇に飲まれてしまったかのような。

 

 そんな絶望を覚えた。

 

 そんな暗闇の中で。

 

 一人の幼女の声がした。

 

「力、貸そっか?」

 

 ハッとしてヒガナは空を見た。

 ギラギラと輝く太陽に。

 小さな黒い影が浮かんでいた。

 

 炎を通さないという羽根が宙に舞い。

 日に照らされて煌めいている。

 

 ――あぁ、もう。まったく。

 

 旧友と再会したときのように。

 嬉しさと、困惑を兼ね備えるように。

 ヒガナは笑みを零した。

 

(遅いんだよ)

 

 そこにいたのは、ヒガナがただ一人頼った友人。

 ボール職人のチエだった。

 

(間に合った……間に合ってる?)

 

 空から見下ろすルネシティには、古代ポケモン達が集結していた。

 そんなB級映画みたいな……。

 

(もっともB級映画みたいなのは状況だけで、光景はどんな映画よりも幻想的だけれど)

 

 この情景を目に焼き付けようと、私は誓った。

 いつかこの経験が、大きな財産になる。

 そんな予感がした。

 

 アローに指示を出し、少しずつ降下しヒガナのもとに寄る。

 やってくれたねと言った様子で、ヒガナはふてくされていた。

 いやごめんって。

 私だって決戦がこんなに早いとは思ってなかったんだよ。

 

 だけどヒガナは文句を言わなかった。

 その代わりに出てきたのは、信頼と、僅かばかりの皮肉だった。

 

「や、待ってたよ。てっきり待たせてると思ったけどね」

 

「やぁ、焦ったよ。何が今週中なのさ、早すぎるんだよ」

 

「それもそっか。で、ここに居るってことは、出来たってことでいいんだよね?」

 

 ヒガナが流し目で薄っすら笑う。

 笑うほどの余裕も、既にないだろうに。

 その横顔に、私は気付いたことがあった。

 

(涙跡……)

 

 ヒガナの目尻に、雫の伝った跡があった。

 私がじっと見ていることに気付いたのか、顔を隠してしまった。

 両手で顔をこすり、涙跡を消してまた私と向き合う。

 

「目、赤いままだよ」

 

「……うっさい」

 

 泣いてなんかない。

 そんな様子の彼女がおかしくて。

 私はつい、意地悪な返しをしてしまった。

 今度は顔をそむけたまま、向き合ってくれなくなってしまった。

 

「さて、こんなことやってる場合じゃないでしょ? 私も、ヒガナさんも」

 

 そう言って私は、ヒガナにボールを渡した。

 今回のために用意した、オリジナルボールだ。

 

「……これは?」

 

「新作です。このためだけに用意した、自信作――」

 

 後にも先にも、使うことはないであろう。

 汎用性なんて、どこか遠くに捨ててきた。

 従来のボールに喧嘩を売る。

 冒涜の一手。

 

「――チエボール・リビルドC!」




原作主人公「待ってろよ、レックウザ!」
(レックウザのいない空の柱にて)

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