ボールはともだち! ~One For Ball~   作:HDアロー

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ヒガナ≠ボールの証明突っ込まれまして、三時間くらい真面目に自然演繹で証明しようと思ったんですけど無理でした(というか履修したのが一年前でもう覚えてなかった)。『友達である』の否定を導けたら最後まで導出できるのですが、背理法使っても導けない不思議。何故だ。

やっぱりヒガナはボールかもしれないです。


九話 「摩天楼」

 ヒガナとお別れの時が来た。

 早い段階で勘を取り戻せたのは、彼女のおかげである。

 感謝の意もそれなりに抱くというものだ。

 手を差し伸べたら、タッチされた。

 むー、握手じゃないのか。

 

「またね、チエちゃん」

 

「うん、またね」

 

 そう言ってヒガナはチルタリスを繰り出した。

 その柔らかそうな体毛を掴みながら、飛び去って行く。

 あれ? 何か大事なことを忘れているような……。

 

 そう考えている間にも、ヒガナはどんどん小さくなっていく。

 チルタリスの、綿のような羽根が雲に紛れ、やがて姿が見えなくなっていく。

 綿の、ような……羽毛?

 

「……やらかしたぁぁぁ!!」

 

 ヤバい!

 折角ホウエンに来たのにチルットもモンメンも捕まえてない!

 一体私は何の為にここまで来たんだァ!

 隕石壊しに来ただけとかシャレにならんぞ!

 

(しかもグラードンとカイオーガの自然エネルギー、全部レックウザに注いじゃったし!)

 

 ホウエン地方にモンメンが出現するためには、この二体が持つ自然エネルギーの発散が必要条件であった。

 だというのに私は、あろうことか収束させてしまった。

 たった一匹、レックウザの為に。

 

(ああ! 一生の不覚!)

 

 すっかり頭から抜け落ちてたじゃん!

 いやでもあれ以外の方法はなかったし……。

 必要経費と割り切って……。

 

「ぐへぇ」

 

 ダメだ、ショックが大きすぎる。

 エルフーンと戯れられない……。

 そんな、私は一体、この先どうやって生きて行けば。

 

「……そうだ、流星の滝行こう」

 

 もうヒガナのボーマンダもいないことだし、チルットが復活している可能性もある。

 いやもう、これでダメだったらどうしよう。

 もう一回スランプになる気がする……。

 

 いやいや、弱気になるな。

 信じる者は救われる!

 救われる……はずだ!

 

 陥没した大地。

 降り注いだ隕石痕だろうそれらは、小さなものから大きなものまで様々だった。

 それらすべてに共通していることと言えば、どこか近寄りがたい神聖さが漂っていることだろう。

 そんな流星の滝前にある道路には。

 やはりというかなんというか。

 スバメ一匹いやしなかった。

 

「ジーザス! 神は死に(たま)われたか!」

 

 いや、私別にキリスト教じゃないけどさ。

 そもそもユダヤ人じゃないから救済対象から外れてるし。

 はぁ、他の地方で捕まえるか……。

 萎えぽよ。

 

「旅人よ、この地に何用か……ム? 貴殿はヒガナと共にいた……」

 

「……あー! フライゴンの人!」

 

 私の前には、前に戦ったフライゴン使いがいた。

 ヒガナと初めて会ったときに戦ったあの人だ。

 

「どうしてここに……って思いましたけど流星の民ですか。ヒガナとも知り合いみたいですし」

 

「そうだ。ヒガナの行いを頭ごなしに否定した、愚かなる末裔の一人だ」

 

 男がそう、ぽつぽつと語り出した。

 歯切れの悪い様子で。

 言いづらそうに。

 

「ヒガナは、成し遂げたのだなぁ」

 

 そう言って男は、視線を私から外した。

 遠い、遠い所を見ていた。

 

「大嵐が吹き荒れて、熱波が押し寄せた時、私は後悔したよ。どうしてあの時、無理にでもヒガナを、止めなかったのかと」

 

 選ぶように。

 慎重に、鈍重に。

 言葉を紡いでいく。

 

「だが少しして、空の柱に光が落ちた。私は確信したよ。ヒガナが、龍神様を、降臨させたことを」

 

 結局、ヒガナこそが正統なる伝承者だったのだと思い知ったよ。

 そう、男は語り出した。

 

「正直言って、実力は私の方が上だった。私の方が、相応しいと思っていた。ヒガナが選ばれたときに、どうしてあいつがと思った」

 

 気持ちを吐露するように。

 言葉に力がこもる。

 落ち着いた声ではあるが、感情が乗っている。

 

「だが、間違いだった。私は伝承者の器ではなかった。ヒガナこそがその人だった」

 

 一転、木枯らしのような声で朗々と続ける。

 哀愁と諦念。

 その二つが、言葉の節々から感じられた。

 

「長く語ってすまなかった。どうにも年を取るとな、独り言を聞いてほしくなるものだ」

 

「いえ。それより、気持ちに整理はつきましたか?」

 

「そうだな。随分とすっきりした気がするよ。視界が澄み渡るようだ」

 

 私はそれに、この空模様と同じですねと返した。

 男は違いないと返した。

 

「さて、長話に付き合わせてすまなかったな。して少女よ、この辺境の地に何用か。ヒガナはおらぬぞ?」

 

「用ですか……。本当はチルットを捕まえたかったんですけどね、いないようなので帰ります」

 

「チルット? チルットを捕獲したいのか?」

 

「え? は……いいえ。嘘です失礼しました」

 

 私はその場を立ち去ることにした。

 理由? 簡単だよ。

 男の顔が笑っていたからだよ。

 これは好都合みたいな顔してやがった。

 絶対厄介ごとに違いない。

 

「はー、折角チルタリスを捕まえるチャンスだったのになぁ! いやー、忙しいなら仕方ないなぁ!」

 

「よし、話を聞こう!」

 

 ハッ!

 今、私は何を。

 甘言に惑わされるな。

 これは悪魔の誘惑だ。

 

「うむ。ヒガナが空の柱から龍神様を連れだしただろう? その結果、空の王者代理を名乗る輩が現れてな」

 

「あの、なんか嫌な予感が」

 

「そうだ。貴殿には空の柱へ赴き、そのチルタリスを連れだしてほしい」

 

 ほらぁ!

 絶対めんどくさいことになるって思ったもん!

 知ってた、知ってたもん!

 だというのに、ああ。

 もふもふという誘惑が、私を突き動かす!

 

「ぐ、うぬぬ、が。いやいや、私関係ないじゃないですか。誰が好き好んでそんな危険な場所へ……」

 

「うん? 私は確かに問うたはずだが? 『貴殿はヒガナを味方するということで相違ないか』とな」

 

「くっ」

 

「貴殿は何と答えたかなぁ? ヒガナがしでかしたことだ。無関係とは言えんよなぁ?」

 

 こいつ性格悪い!

 嫌い、嫌い!

 正論突き付ける奴、最低だと思います!

 ……正論、なんだよなぁ。

 

 はぁ、こういう時はポジティブに考えよう。

 デメリットばかりに目を向けず、メリットを探す。

 それもまた大事なことだ。

 

「空の柱には、流星の民以外立ち入れないのでは?」

 

「龍神様のいない今、もはや封印の意味はない。もうずっと解かれたままだ」

 

「へぇ……」

 

 空の柱なら貴重なアイテムがあるかもしれない。

 うん、行く理由が一つできたぞ。

 いやでもなぁ、動機としては弱いよなぁ。

 どうせシンオウ地方で採掘するし……。

 

 うんうん唸る私を見かねて、男が口を開いた。

 

「ではこうしよう。貴殿がこれを引き受けてくれるというなら、このチルタリスナイトとキーストーンを与えよう。それでどうだ?」

 

「行ってきまーす!」

 

 誘惑には勝てなかったよ。

 

 Skyscraper(スカイスクレイパー)という言葉がある。

 直訳すると、空を擦るもの。

 つまり摩天楼(まてんろう)の事だ。

 いやほんと、この訳語を考えた人は天才だと思う。

 なんだ摩天楼って、かっこよすぎるでしょ。

 

 話が逸れたね。

 つまり摩天楼というのは、天を摩擦する楼閣、とてつもなく高い建物の事を意味する。

 この空の柱だってそうだ。

 

「ひゃー。これ一体何階建てよ」

 

 空を仰いだ。

 どこまでも続く城壁が、消失点*1へと延びている。

 空気の層に阻まれて、実際に頂上が消失しているのがまた面白い。

 

「そして地面は砂地と。砂上の楼閣とは一体」

 

 これもまた、ポケモンの恩恵によるものなのだろうか。

 一体どうやってこんな不安定な足場にこれほど巨大な建造物を。

 実はこれ海底の方まで伸びてるんじゃない?

 はは、そんなわけないよね。

 

 もともとチルットは捕まえる予定もあったし、ボールの準備も万全。

 あとは野生ポケモンとの戦闘をいかに回避するかだ。

 アローの力量なんて、空の柱に住まうポケモンからしたら無いも同然だろう。

 戦闘は極力避けたい。

 

「うーん、出てくる野生ポケモン全部捕まえながら行くっていうプランAは無理かな」

 

 ポケスペの空の柱が、確か五十層だったはずだ。

 この空の柱はその何倍もありそうだが、ここでは五十層と仮定しよう。

 一層辺り五匹ポケモンがいるとしても、二百五十個のボールが必要になる。

 そんなにたくさんボールを持ってないし、仮に持っていても逃がすのが面倒だ。

 あと修繕がめんどくさい。

 

「しょうがない、プランBしかないね。行くよ、アロー」

 

 空の柱に現れるポケモンで、一番早いポケモンはゴルバットだ。

 そしてファイアローは、ゴルバットよりも余裕で早い。

 ならもう、取る手段は決まっているよね?

 

「GO! アロー!」

 

 三十六計逃げるに如かずだ。

 駆け抜けろ、極限の一瞬を。

 

 アローの背中に乗って、振り落とされないようにしがみ付く。

 アローが羽ばたくたび、ぐんぐんと加速していく。

 慣性が体にかかり、後ろに引っ張られる。

 が、それも最初の加速時だけだ。

 

 アローが最高速度に近づくにつれ、加速的な運動から等速運動に変わる。

 物体にかかる力は、質量と加速度で決まる。

 つまり、等速運動をしている物体には力が加わっていないということだ*2

 やがて最高速になり、景色が次々と後ろに流れゆく。

 

「……アロー、あなたこんなに早く飛べたのね」

 

 いつも歩いているから、てっきり飛ぶのが苦手なのかと思ったよ。

 やるときはやる子なんだね。

 私と一緒じゃん。

 

 去り行く景色に別れを告げて。

 私達はひたすら天を目指す。

 そうして、どれほど経っただろうか。

 不意に階段から、光が差した。

 

「出口だ!」

 

 私達は、ようやく空の柱の頂に辿り着いた。

 風は強く吹き荒れて。

 肌を刺す冷気は凍てつくようだった。

 当然か、それだけ標高の高い場所なんだ。

 

 アローに指示を出し、頂上に降ろしてもらう。

 うぅ、寒い。

 早く終わらせて帰ろう。

 

「さてと、チルタリスちゃんはどこかなー」

 

 大まかな縄張りすら聞いていないが、王者代行を名乗るのならばそれなりの高度にいるはず。

 頂上から順に探していけば、どこかですれ違うでしょ。

 そう思い、歩き始めた時だった。

 

「~♪」

 

 澄み渡るような、ハミングが聞こえた。

 聞いたものを、無条件に惹きつける。

 美しい音色だった。

 

 音の鳴る方へ、足を向ける。

 物陰から、その姿を見る。

 

 白い雲のような、ふんわりとした羽。

 青空のように、清く澄んだ体。

 そして何より、醸し出している王者の風格。

 

「ああ、ようやく出会えた」

 

 ハミングポケモン、チルタリス。

 その日私は、それに魅入られた。

*1
遠近法のかかった平行線が集中する点のこと。水平線の点バージョンと思って貰えれば。

*2
正確には空気抵抗や摩擦と、推進力が釣り合っている状態。




ボール厳選に飽き足らず生息地厳選まで手を出した模様。

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