ボールはともだち! ~One For Ball~   作:HDアロー

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もともと考えてたサブタイトルが知らない歌詞の一部だった。あるあるだと思います。聞いたことない曲と被ってもアウトだよね? というわけでちょいと中二風味に。

   【零話】      【新ルート】
―――――――――一日目―――――――――
(朝)      ハクタイ空港
(昼) ハクタイの森 | ポケモンセンター
(夕)  森の洋館  | ポケモンセンター
(夜)  森の洋館  | ポケモンセンター
―――――――――二日目―――――――――
(朝)   ぬるぽ  |   地下通路
(昼)   ぬるぽ  |   地下通路
(夕)   ハクタイシティ(石像前)←今ここ
(夜)   ???  |   ???


二話 「暁に運命は巡り合う」

 昔から夕方というのは、境界が曖昧になる時刻だと言われている。

 昼の世界と夜の世界。

 二つの世界が入り混じるタイミング。

 今も昔もそう語られている。

 

 有名なところだと、『羅生門』がそれを使っている。あの作品の始まりは現実的な世界だというのに、いつの間にかドロドロの醜い世界に入れ替わっている。そういった異なる世界のハザマに存在する時間が夕暮れ時なのだ。

 つまり、今現在である。

 

「えっと? あなたは私……だよね?」

 

「……ハハッ、こんな幻想まで見るようになったか。私ももうおしまいかな」

 

 山際が、赤く煌めく頃。

 空に夜が訪れ始める頃。

 私の前に現れたのは。

 西日に照らされ、影を落とした私でした。

 

「うん、幻想じゃないからね。私は私だよ?」

 

「幻想と酔っ払いはみんなそう言うよ」

 

 何だコイツ。私のくせに随分ひねくれてるな。

 見た目が似ているだけか?

 試してみるか。

 

「私がチルタリス軸を使っていた時のパーティは?」

 

 私が少し驚いた。

 いや、その言い方だと誤解を生みかねないか。

 訂正しよう。

 やさぐれた私が驚いた。

 

「チルクラゲヒートムポリ2」

 

「残り二枠は?」

 

「鋼枠とガブリアス」

 

「あれ? もしかして本当に私?」

 

 それは私が、オメガルビーで使っていたガチパだった。

 私オリジナルの、私だけのパーティ。

 

「いいえ。確信したわ。あなたは私とは違う」

 

「んー?」

 

「私の幻想なら、私の知識を有している方が自然だわ。そこに考えが至らないことが、私でない何よりの証拠よ」

 

「いやいや、それなら思考回路をトレースできていない時点で知識を有していることに矛盾が生じるんじゃない?」

 

 私も彼女も、押し黙った。

 私から見れば彼女は、私が生み出した存在。

 彼女から見れば私は彼女が生み出した存在。

 創作上のキャラクターは、作者の知性を超えられない。

 どちらが本体だったとしても、私以上の頭脳は持っていないのだ。

 私が証明できないことは、私にも証明できない。

 

 けれど、沈黙を破ったのはやさぐれた私だった。

 

「いいや。あなたが偽物なら、あなたを倒して私が本物だと証明する。あなたが私なら、大嫌いな私を倒すいい機会じゃん。というわけで、やられてよ」

 

「やだこの私、脳筋」

 

「トートロジー*1って呼んで欲しいわね」

 

 そう言って目の前の私が、ボールに手をかけた。

 ワンテンポ遅れて、私が後追いする。

 写し鏡のように、私と彼女がボールを投げた。

 

 私が繰り出したのはチルル。

 手持ちがアローとチルルだけなのだから当然だ。

 そしてそれは、目の前の彼女も同じである。

 

「チルタリスミラー。珍しい対面ね」

 

「そうだね」

 

 私対私。

 チルル対チルル。

 鏡合わせのように、私たちは向き合って。

 それから、小さな戦争を始めました。

 

 まず、彼女がチルタリスに指示を出す。

 ドラゴンの持つ神気を波動にし、放出する。

 チルルはそれを、同等の波動をぶつけることで相殺した。

 衝突し、弾けた空気が吹き抜けていく。

 

「チルルの能力は同等。でも、トレーナーの実力はどうだろうね?」

 

「愚問だね。ミュウも言ってる。『本物は本物だ。技を使わず力で戦えば、本物はコピーに負けない』」

 

「なら、この勝負は私の勝ちだね」

 

「言ってなさい」

 

 次は私から仕掛けた。

 でも、無策に攻めても意味がない。

 何をやってもオウム返しされる。

 それならば、先手を打つことで有利になる技から展開すればいい。

 

「チルル、歌う」

 

 要するに、状態が同等であるから均衡するのだ。

 ならば、こちらが有利になる状況を作ればいい。

 それを分かっていたように、彼女は指示を出す。

 

「騒ぐ」

 

 そう、彼女のチルタリスが騒ぎ出したのだ。

 騒いでいる状態では、ポケモンは眠り状態にならない。

 私の、チルルの歌声は無力化された。

 

「でも、騒ぐは隙を作る技でもあるよね。チルル、この隙に龍の舞」

 

 一度騒ぎ始めれば、しばらくは指示を聞かなくなる。

 その間は隙だらけだ。

 その隙をついて、バフをかける。

 

「問題ないわ。先に押し切ってしまえば」

 

「チルル、羽休め」

 

 とは言え、騒ぐの威力はバカにならない。

 悠長に舞い続けることはできない。

 折を見て、回復を挟む必要がある。

 

「さて、今度はそっちに隙が出来たんじゃない? チルル、追い風」

 

 私が回復に専念している間に、彼女のチルタリスは騒ぐことをやめていた。

 彼女達を風がサポートし始める。

 盤面は、それほどこちらに傾いていなかった。

 いや、どちらかと言えば、私が不利か?

 

 流れを断ち切る。

 そんな一手が必要だ。

 

「ねぇ、出し惜しみはやめようよ。持てる力全てを以て、ぶつかってきなよ」

 

 そう言って私は、袖を捲った。

 晒された左手首から、キーストーンの埋め込まれた腕輪が現れる。

 流星の民に貰った、新たなる可能性。

 

「行くよ! チルル! メガシンカ!」

 

 右手を添えて、大きく叫んだ。

 正直、ちょっぴりワクワクしてる。

 結局ホウエンでは、メガシンカを見る前に気を失ったし、まだ見たことがない。

 まさに初体験というやつだ。

 

 だけど、私がそれを見ることは叶わなかった。

 

「何も……起きない?」

 

 そう、反応しなかった。

 チルタリスナイトも、キーストーンも。

 手首を捻り、腕輪を確認する。

 きちんとキーストーンは嵌っている、チルタリスナイトも持たせている、なのに何故……。

 

「まだ試していなかったのね。やっぱりあなたは、私なんかじゃない。チルル、ムーンフォース」

 

 やさぐれた私が指示を出す。

 ムーンフォースがチルルを捉え、弾き飛ばした。

 とっさの出来事に、対応できなかった。

 だって、そんな、なんで。

 

「どうしてムーンフォースなんて採用しているのか、そう考えてる?」

 

 私の考えを読むように、彼女が言った。

 そうだ。

 メガシンカすればフェアリースキンが手に入る。

 そうなればハイパーボイスの方が使い勝手がいい。

 敢えてムーンフォースを使う理由は一体……。

 

「私はね、既にメガシンカを試したんだよ。でも、出来なかった。フェアリースキンは、手に入らなかった」

 

 彼女は言う。

 噛み締めるように、食い縛るように。

 彼女は言う。彼女は言う。

 だから私は言う。

 

「ふぅん。妥協したんだ」

 

「ッ! うるさい! 私に何が分かる!」

 

「なんだ、私って認めてるんじゃん」

 

「黙ってよ! 口を開かないで!」

 

 叫びながら、彼女は頭を振る。

 分かることと、納得することは別物だ。

 頭で理解できていても、心で認められない。

 人はそれを、駄々をこねるという。

 

 やさぐれた私が、私をムーンフォースで狙い打つ。

 私は一歩後ずさった。

 一歩しか動けなかったのではない。

 それだけで十分だったのだ。

 

 スライドするように、私の体が移動する。

 ムーンフォースの射線から逃れる。

 

「移動トラップってね」

 

「あぁ……そういうこと。あなたは、モンメンを探さずに、地下通路に向かった私なのね」

 

「んー? ということは、やさぐれた私はモンメンを探しに行った私っていう事?」

 

「……そういう事みたいだね。どういった因果かは分からないけれど、きっとこの像が原因でしょうね」

 

 やさぐれた私が像を睨みつけた。

 私もそれを、流し目で確認した。

 ディアルガとパルキアを融合させたかのような石像。

 時間、空間。

 この像には、何かしらの力が働いているということか。

 

「その様子だと、モンメンは見つからなかったんだね? でも、それだけじゃないでしょう? それだけのことで、私は自分に当たったりしない。八つ当たりなんかしない」

 

 彼女に向き直りながら、私は続ける。

 同じく視線を戻した彼女と、視線が交差する。

 私は私の目を見て、まっすぐに問い掛けた。

 

「教えてよ。何があったの?」

 

 彼女が、口を開けた。

 けれどそれは、言葉にならず。

 言おうとしたり、やめようとしたり。

 閉じて、開いて、また閉じて。

 結局彼女は首を振り、私を見据えてこう言った。

 

「やめた。あなたに伝えたところで、同じことを繰り返すだけだもん。ならせめて、同じことを繰り返させない。私が因果を断ち切ってやる。それが私の贖罪」

 

「分かんないじゃん、繰り返すかなんて。蝶の羽ばたきが世界を大きく変えることもある。あなたも知っているはずよ」

 

「そうね。でも、分かっているでしょう? 私は誰よりも私を信用していて、誰よりも私を信頼していない。だからあなたには任せられない」

 

 そう言って彼女が、手を空に翳した。

 その分だけ影が伸び、私の足元に暗がりを広げる。

 その影をかき消すように、月の力を充満させる。

 ムーンフォースだ。

 チルルの残存HPを刈り取ろうとしているのだ。

 

 チルルに注意を促そうとした。

 躱して反撃。

 それができると思っていた。

 けれどチルルの体力は大きく削れている。

 そんな俊敏な動き、出来るわけもなかった。

 

「バイバイ。たった一つでも、あの子の報われる世界がある事を祈ってるよ」

 

 彼女のチルタリスが、ムーンフォースを放った。

 十全に力を蓄えた、威力に重きを置いた一撃だ。

 延長線上にはチルルがいて、でもチルルには避けようがなくて。

 気づけば私は、間に飛び込んでいた。

 ボールに手を伸ばし、繰り出す。

 

「お願いアロー、守る!」

 

 更に間に挟まれたアローが、必死にその攻撃を耐え凌ぐ。

 障壁に光が屈折し、ムーンフォースが私達を避けて弾けた。

 眩い光が、夕暮れの世界を飲み込む。

 やがて光が収まったとき、両サイドには光が走った跡が刻まれていた。

 

 私とアローが一息ついた。

 いまだに心臓が、バクバクと鳴り響いている。

 それは私が、生きている証だ。

 逸る心臓を抑え、私はチルルと向き合った。

 

「ごめんチルル。仲良くなりたいなんて口で言っておきながら、何も行動を示さなかったね。怖かったんだ、拒絶されることが。恐かったんだ、あなたの強さが。こんな私、信用できなくて当然だよね」

 

 チルルに手を差し伸べる。

 チルルのそのつぶらな瞳に、私が映りこむ。

 

「だからここから」

 

 私は語り掛ける。

 熱く、強く、穏やかに。

 私はチルルに語り掛ける。

 

「だからここから始めよう。――私たちの物語を」

 

 繋がった。

 そんな感覚があった。

 

 先ほどまで倒れていたチルタリスが、産声を上げて立ち上がる。

 それは挑戦者の叫び。

 それは魂の雄叫び。

 力を振り絞り、今一度立ち上がる。

 

「……それで、どうするつもり? 気持ちだけでは、どうしようもない事だってある。あなただって知っているでしょう?」

 

 彼女が言う。

 そうだね、間違っちゃいないよ。

 でもそれだけが、真理じゃない。

 大切なことは、その裏側にある。

 

「そうだね。でも、出来ない理由が気持ちの問題だったってこともある。教えてあげるよ、あなた達が持っていないものを。見せてあげるよ、私たちが持っているものを! 行くよ、チルル!」

 

 今度こそ、二人で。

 

 掛け声とともに、左手を天に掲げる。

 夕日に照らされて、キーストーンが煌めく。

 体を捻り、拳を顔の前まで引き下ろし、右手を左手首に添える。

 その瞬間、魂に熱が走った。

 チルルとの間に、身を焼くような繋がりができる。

 

「進化を超えろ! メガシンカァ!!」

 

 心臓が脈打つ。

 チルルと、心が結ばれる。

 シンクロ状態に潜っていく。

 

 チルルをエネルギーの球体が包み込む。

 一度収束し、弾けるとともに真価を示す。

 これが、メガシンカ!

 

「そんな……、なんで。だって私たちは、メガシンカが出来なくて……」

 

「私が、そう簡単に諦めるなぁ!」

 

 右手を突き出す。

 チルルが私を、追い抜いていく。

 

「恩返し!」

 

 メガシンカしたチルルの一撃が、相手のチルタリスを蹂躙する。

 耐えきることも出来ず、切り返すことも出来ず、やがていつしか倒れ伏す。

 やさぐれた私が膝を突く。

 膝を突き、呆然と虚空を見つめていた。

 彼女の前に立ち、問いかける。

 

「教えてよ。何が私の心を折ったの?」

 

 私はさらに一歩、歩み寄った。

 心ここに在らずといった様子で、彼女が無機質に答える。

 

「……ハクタイの森にモンメンはいなかった。それだけだよ」

 

 嘘だ。

 いや、それは正確ではないか。

 真実を話していない。

 でも、それを看過するほど私は甘くない。

 故に私は問い掛ける。

 

「私はその程度で挫けたりしない。確かにショックではあるけれど、やり直しがきくことでやさぐれたりしない」

 

 膝を突いた私の視線に合わせるように、私も座る。私の隣に。

 太陽は山に隠れていて、その輝きだけが、縋るように空に指をかけている。

 もうすぐ、夜が来る。

 その前に、聞いておかないと。

 

「じゃないと、夜しか寝れないじゃん」

 

 私が冗談めかしてそう笑った。

 私につられて、彼女も少し笑った。

 

「そりゃ死活問題だね。分かったよ、話す。私がハクタイの森で見てきたことを、経験してきたことを」

 

 そうして私は、私にすべてを打ち明けた。

 世界が夜に飲まれるまで。

 ぽつぽつ、ぽつぽつと。

*1
数理論理の世界で、仮定の真偽に関わらず結果が真になる命題の事を指す。


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