ボールはともだち! ~One For Ball~   作:HDアロー

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三話 「フレンドボール・改」

「……分かりました。おじいちゃんが、職人ガンテツが。如何に偉大だったかを証明してみせます。だからその時は、きっちりと謝ってもらいますよ」

 

 ここに、私の挑戦が始まった。

 勝利条件は一つ。

 『ぼんぐりを使わずにガンテツボールを再現すること』

 

 家に戻り、扉を閉める。

 瞳を閉じて、無形の位をとる。

 大きく息を吸い込み、一息で吐き出した。

 

「成し遂げてみせる」

 

 いちいち外殻を作るのはめんどくさいので、先ほどのスピードボールを流用する。

 捕獲に失敗したボールを使い回せるのか。

 その質問は半分イエスで半分ノーだ。

 すなわち、再利用は可能で再使用は不可能なのだ。

 

 開閉スイッチを取り外し、ボールの口を開く。

 そうして私は、内側に仕込まれたキャプチャーネットを取り外した。

 このキャプチャーネットと呼ばれるものが、ボールの性能を大きく左右する。

 

 ボールから逃げなくさせるには、二つの手段がある。

 一つは破れないような頑丈なものを用意する方法だ。

 

 スピードボールの時はしろぼんぐりの果汁に浸したネットを使った。

 このネットには、動けば動く程絡みつくという特性がある。

 それゆえに『素早いポケモン程捕まえやすい』という効果が生まれたのだ。

 

 だがそれでは、捕獲性能を上げるうえで限界があった。

 故に、シルフカンパニーは様々な工夫を凝らしている。

 そうして出来た、もう一つの手段。

 それは、逃げる気を起こさせなくするというものだった。

 

「ロメの実……。いける……、かな?」

 

 ボールの中は快適という設定を、聞いたことがあるかもしれない。

 ずっとボールの中で暮らしていたいと思えるほどの誘惑。

 それもまた捕獲率を上げる要因の一つである。

 ロメの実を見つけた時、私はこっちの方向性で行くことを決めた。

 

 ロメの実には、特攻の努力値を下げる代わりに懐き度を上げるという効果がある。

 少なくとも、ポケモンを堕落させる効果があることがうかがえる。

 人間で言う、人をダメにするソファ的な奴だ。

 これを主軸に構想を練っていく。

 

(甘いミツ、香るキノコ、満腹お香……)

 

 部屋を物色して使えそうなアイテムを見繕う。

 見つかったのはせいぜい、上に挙げた三種類くらいだった。

 

(香るキノコと満腹お香はどちらかだけにしておきたい)

 

 ニオイにニオイをぶつけても失敗するイメージしかない。

 それなら最初から、片方に絞る。

 

 ゴンベと親和性が高いのは満腹お香だ。

 カビゴンに持たせることでゴンベが生まれてくるという、この一族のために作られたアイテムと言っても過言ではない。

 

 ゴンベもカビゴンも、一日に自分の体重と同じだけ食べる。

 ゴンベは百キロ、カビゴンは四百キロだ。

 その点で考えても満腹お香は優秀だ。

 

 だいぶイメージができてきたね。

 

 私に蓄積されたノウハウが告げる。

 これは絶対上手くいく、と。

 

「お待たせしました」

 

 再び倉庫の前に、私は立った。

 村人たちの顔色を窺う。

 

 心配そうにする者。

 憐れむ者。

 見下す者。

 

 誰も私を信じていなかった。

 それでも私は、私の作品を信じていた。

 

「はんっ。何がお爺さんの偉大さを証明するだ。ただ修繕しただけじゃねえか!」

 

 おじいちゃんを馬鹿にした若者がそう嘲る。

 そういえば見た目もボールエフェクトも変えてなかった。

 これじゃ確かに修理しただけに見えても仕方ないな。

 

「ただのスピードボール……そう思っていますか?」

 

「あ? 実際そうだろ」

 

「ふふっ。なら、試してみますか?」

 

 あなた自身の手で。

 そう私が問いかけると、若者は少し上擦った声で応えた。

 

「おう! なら試させてもらおうじゃないか! どうせ無理だろうけどな!」

 

 若者は大きく振りかぶると、弓なりの弧を描いてゴンベに当たった。

 また、村の人たちが息を飲んだ様子が分かった。

 私もまた、天に祈った。

 

 ボールが一度、ぐらりと揺れる。

 

(お願いします)

 

 両手を胸の前で突き合わせる。

 瞳を閉じ、願いを込める。

 ボールが再び、ぐらりと揺れる。

 

(おじいちゃんの正しさを証明するために)

 

 心臓が力強く血液を送り出す。

 跳ねるような鈍い音が、耳を裏側から叩きつける。

 口から心臓が出そうになる感覚を、必死にこらえる。

 

(どうか、どうかこの願いを、聞き届けてください!)

 

 ボールが三度揺れる。

 

 一瞬の静寂。

 

 そして鳴り渡る。

 

 捕獲完了を告げる、カチリという勝利の音色が。

 

「うおおおおぉぉぉ!」

 

「やったね! チエちゃん!」

 

「流石はガンテツさんの一族だ!」

 

 取り囲んでいた村人たちが、一斉に私を褒めた。

 私はというと、張っていた気が解けたというか、全身から力が抜け落ちていっていた。

 だけどまだ、ここで力尽きるわけにはいかない。

 

「さあ、訂正してください。おじいちゃんを凡人呼ばわりしたことを!」

 

「お、おれは悪くねぇ! 言ったのはこいつだ!」

 

「はぁ!? お前だろ!」

 

 煩い、どっちも同罪だ。

 おとなしく私の前に跪け。

 恐れ、慄き、そして傅け。

 

「そ、そもそもボールの性能が良かったっていう証拠がどこにあるってんだ! たまたま、たまたま奇跡の一回を俺が引き起こしたかもしれねえだろ! そうだ、お前がすごいんじゃない! 俺がすごいんだ!」

 

「あんたたち、いい加減に――」

 

 この期に及んで喚く子供たちを、近くの大人が叱りつけようとする。

 周りから見れば、中学生が小学一年生をいじめているような構図だ。

 庇いに入るのも分かる。

 しかし私は転生者。

 中学生のわるあがきくらい、真正面から切り伏せて見せますよ。

 

 そういう意図を込めて、私はその大人を制止した。

 右手を挙げて、首を振る。

 大人は納得いかなそうな顔をしていたが、私の目を見て引き下がった。

 よろしい。

 

 私はゴンベのいたところに向かうと、ボールを拾い上げた。

 そしてそれを、若者の方に投げつける。

 

「確認してみなよ。それがスピードボールじゃないっていうことを」

 

 若者は最初、それを拒んだ。

 直感したんだろう。

 ここで開いてしまえば、己の敗北を認めることになると。

 

 ならば開かなければいい。

 開かなければ、ボールに特殊な効果はなかったと言い張ることができる。

 一種のシュレディンガーの猫*1だ。

 ……そんな一手を許すと思ったか?

 

「逃げるの?」

 

 どこまでも冷たい声で、私は問い掛けた。

 その瞬間、若者は足を止めた。

 まるで影に縛られたように。

 まるで凍り付いたかのように。

 

 しまいに観念したのか、ついにボールからポケモンを繰り出した。

 スピードボールから、スピードボールのエフェクトを伴って、カビゴンが現れる。

 

 もう一度言おう。

 カビゴンが、現れたのだ。

 

「うわああああああ!」

 

 突然現れた巨体に、町のみんなが恐怖した。

 私も恐怖した。自らの才能に。

 

「はぇ?」

 

 ナンテコッタイ。

 いや、違うな。

 

 アイエエエエ! カビゴン!? カビゴンナンデ!?

 

 あ……ありのまま、今起こったことを話すよ!

 私はゴンベを捕獲したと思っていたらいつの間にかカビゴンになっていた。

 な……何を言っているのか分からないと思うけれど私にも何が起きたか分からなかった。

 

「チ、チエちゃん! これは一体!?」

 

 呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃ~ん!

 

 いや、そろそろ落ち着こうよ私。

 

 現状を把握しよう。

 

 一つ、私はゴンベを捕まえるためのボールを作っていた。

 二つ、何故か捕獲したゴンベはカビゴンになっていた。

 

 異常だ。間違えた、以上だ。

 

 一つ一つ紐解いていこう。

 何故ゴンベはカビゴンに進化した?

 考えられる原因は二つ。

 満腹お香の場合と、懐き度が十分に上がっていた場合だ。

 

 このうち、あり得るとすれば満腹お香だろうか。

 ガンテツボールの中の一つ、『フレンドボール』でさえ懐き度を二百にするのが限界だ。

 そして懐き進化をするためには、二百二十の懐き度が必要となる。

 

(私の作品がフレンドボールを超える可能性なんて……)

 

 シナプスが弾けた。

 有りうる、と。

 

(私が使った木の実はロメの実、フレンドボールに使われる木の実はみどぼんぐり!)

 

 二つの効果を脳内で比較する。

 

 ロメの実の詳細がこう。

 

 『とても高価でなかなか目にすることができない木の実。とてもおいしい』

 『硬さ:硬い』

 『味:渋い、苦い』

 『色:緑』

 

 次にみどぼんぐりの詳細がこう。

 

 『みどりのぼんぐり。不思議と香ばしい香りがする』

 『硬さ:硬い』

 『味:苦い』

 『色:緑』

 

 ……似ている。

 加えてロメの実には、懐き度を上げるという効果がある。

 それらが偶然噛み合ったのだとしたら……?

 

 間違いない。

 私は、ガンテツボールを超える作品を作り上げてしまったのだ!

 私……、恐ろしい子……っ!

 

「コホン、それでは解説させていただきます。そのボールの特徴は、内部に編み込まれたキャプチャーネットにあります」

 

「キャプチャーネット……?」

 

 私がウキウキしながら話し出すと、観衆の一人が疑問の声を上げた。

 そうか、そこから説明しなければいけないのか。

 

「ポケモンに空のボールを当てると、強い光を放ちます。それは皆さんも知っている事でしょう」

 

 私がそう言えば、聴衆たちはみな一様に頷いていた。

 ちょっと楽しくなってきたぞ。

 

「その際、ボールの内部に仕込まれた網がポケモンを包み込み、捕獲を試みます。この網のことをキャプチャーネットと言います」

 

 こんな風のね、と言って、食いちぎられたスピードボールのネットを見せる。

 観客たちがざわめきだす。

 

「今回、このネットに細工を仕込みました。ベースとなる木の実にロメの実を採用。これにより通常のフレンドボールよりも、さらに懐きやすいボールとなっております。まあしかし、ロメの実は渋くて苦いという欠点がありました。それを補う隠し味が、これです」

 

 これですとは言ったけれど持ってなかったや。

 急いで家の中に戻り甘いミツを持ってくる。

 

「これです!」

 

「甘いミツ……?」

 

「はい。これによりロメの実が持つ苦みや渋みといったものを打ち消すことに成功しています。また、シンオウ地方では甘いミツを木に塗ることでゴンベが寄ってきたという逸話もあり、ゴンベを捕獲するために一役買ってくれていることがうかがえます」

 

 私の一言一言に、人々を伝うざわめきが大きくなっていく。

 

「そして仕上げに、ネットにこのお香の香りを付与しました」

 

 私が取り出したのは満腹お香だ。

 こちらは先にも述べた通り、カビゴン一族のためのアイテムだ。

 

「このお香には満腹中枢を刺激するニオイが閉じ込められています。つまり、ゴンベにとってこれ以上ないほど快適な空間が、そのボールの中には広がっているということです。故にそのボールは、ただのスピードボールにあらず。名づけるならそう――」

 

 大仰な身振りと共に天高く声を上げる。

 私に降り注ぐ光が、一層強くなった気がした。

 

「フレンドボール・ゴンベエディション!」

 

「うおおおおおおお!」

 

 私の宣言に、町のみんなが盛り上がった。

 何だよお前ら、ノリいいじゃないか。

 

「さあ、ボールの効果も確認できたでしょ。早く謝ってよ」

 

「うぐぎぎ、ごめんなさい」

 

「ごめんなさい……?」

 

「ガンテツさんの事を馬鹿にして誠に申し訳ございませんでしたァ!!」

 

 若者たちは涙目になりながら走り去っていった。

 

 ふぅ、悪は滅びた。

 

 こうしてヒワダタウン泥棒ポケモン事件は、ガンテツの孫娘チエの活躍によって解決したのだった。

 

「ふう、すっかり遅くなってしまったわい」

 

 店番を任せたチエは大丈夫だろうか?

 少しだけそんな不安を覚えたが、すぐにそれを否定した。

 

(あの子は大人びた子じゃ。きっと村のみんなとも仲良くやっておる)

 

 わしがチエに店番を任せた裏には、ある思惑があった。

 それは、チエが村のみんなと仲良くなってくれるようにといったものである。

 

 チエは確かにボール職人として優秀だ。

 いや、優秀という言葉すら生ぬるい。

 ……神童、そんな言葉こそふさわしい。

 既にわしの実力を上回ろうとし始めておる。

 だが、それだけではだめなのじゃ。

 

 人の心を知らなければ、人と触れ合わなければ、本当の意味での職人にはなれない。

 

 これはわしの座右の銘のようなものであった。

 だからチエに知ってほしかった。

 そう、他の人と触れ合うということを。

 

 そんな思いを抱きながら、職人ガンテツは我が家に帰ってきた。

 窓からは光が零れていて、人がいることが窺い知れる。

 わしはようやく愛しい孫と再会できることを喜び、扉を開いた。

 

「わははー! 飲め飲めー!」

 

「ちょっ! チエちゃん、待っ」

 

「わははははー」

 

 わしは最初、自分の目と耳を疑った。

 目をこすり、再び開いて、それが現実なんだとようやく認識する。

 

「……どんだけ仲良くなっとるんじゃ」

 

 

 

 ガンテツがチエの作ったボールの話を聞き、戦慄するのは……少し先の話。

*1
箱の中に猫を入れてランダム時間経過後に毒ガスを発生する装置を入れる。しばらくした後猫は生きているか死んでいるかという問題で、箱を開けるまでは生きている状態と死んでいる状態が併存しているという考えの事。今回の場合、ただのスピードボールという可能性と、ただのスピードボールでないという状態が重なっている。




チエちゃんが注いでいるのはもちろんジュースです。ミックスオレとかサイコソーダとかその辺。
カビゴンはおじいちゃんを煽った人が引き受けました。食費に苦しんでるらしいです(満腹お香のおかげでギリギリ賄えてるレベル)。
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