ボールはともだち! ~One For Ball~   作:HDアロー

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前回の更新が2月、今回の更新が3月だから実質一月しか空いてない()
ごめんなさい、意外と就活が忙しかったんです。
そしてまだ就活続きます、許してください。


番外編 「アーマーボール」

 神はいる。そう思った。

 

 その話をする前に、彼女の話をしましょう。

 彼女は最強、いや、最高のポケモンだったわ。

 

 彼女より強いポケモンがいた。彼女に勝てるポケモンがいた。彼女に負けないポケモンがいた。けれど、決まって頂点に立つのは彼女だった。

 多くのトレーナーが彼女に勝利を求め、努力の果てに力を得て、彼女はいつも期待に応えてきた。

 それでも、悲しき事かな。盛者必衰、栄枯盛衰。かつて栄えたポケモンも、一線級で戦えなくなる時が来る。彼女自身、それを知っていたでしょう。知ってなお渦中に身を投じ、怒りに任せて地を揺るがし、戦い続けた王者の名は――

 

 ――ガブリアス、頂点に君臨したポケモンよ。

 

 某日、ハクタイシティ。

 私は再び石像の前にやってきていた。

 森の洋館の亡霊を無事救ったことの報告をしようと思ったからだ。

 そこで私は思わぬ邂逅を果たすことになる。

 

「生み出されしディア……、私たちに時間を与える。生み出されしパル……、いくつかの空間を作り出す。……もしかして、ディアルガとパルキアの事かしら。うん、カンナギに伝わる昔話とも一致する。という事は神話のポケモン達は、ドラゴンタイプ?」

 

 石像の前に立ち独り言をつぶやく女性は、このシンオウの頂点に立つトレーナー。

 チャンピオン、シロナだった。

 

(うわ、めんどくさいことになりそう。あとでまた来ようかな)

 

 私の直感がシロナと関わらない方がいいと言っていた。私は虫の知らせを信じている派閥だ、特性とかじゃなくて本当の意味で。だからこれも回避すべき出来事なんだと思う。ただ、実際に回避できるかどうかは別問題というだけで。

 

「あら、そこのあなた。何か用かしら?」

 

 私の視線を感じ取ったのか、シロナが不意に私の方を向いた。何というか頂点に立つようなトレーナーたちの感覚器官は異様に発達している気がする。ヒガナしかり、シロナしかり。

 

「すみませんじろじろ見てしまって。悪気は無かったんです、許してくれるんですか! ありがとうございました! それでは!」

「……あなた話聞かない子って言われない?」

 

 失敬な。

 せいぜいアカネとマサキとヒガナくらいからしか言われてないよ。……ん? それってほぼ全員なのでは?

 

「心当たりがあるようね」

「……いえ、初耳ですね」

「おまけに嘘を吐くのが下手」

「くっ、殺せ」

 

 気が付けばシロナは目の前に立っていた。

 20メートルは距離があったと思ったのに、一体いつの間に。

 速報、シロナはマッハポケモンだった。

 

「ふふ、ごめんなさいねからかってしまって」

「まったくです。私の堪忍袋が危うく切れるところでしたよ」

「切れたらどうなるのかしらね?」

「シロナさんの年齢が暴露されます」

「分かったわ悪かったわ。謝るから許して」

 

 効いてる効いてる。

 話は聞かないが効果抜群を突くことはできるんだぞ。

 さあ、反撃の狼煙をあげろ。

 

「えー、折角なんですからもう少しお話ししましょうよ。無敗のチャンピオンさん!」

「……っ!」

 

 その一言を放った瞬間、シロナの顔が曇った。

 ほほぅ、年齢の事がそこまできついか。

 私はシロナの年齢なんて知らないけれど、ある程度の推定要素はそろっている。例えば長い間無敗のチャンピオンとして君臨している事、対象となるアカギがプラチナ時空において27歳だったことなんかがいい例だ。もっともクロツグが子持ちであるからあまり当てにはならないかもしれないけれど。

 そんなことを考えていると、不意に寂寥の音がした。

 

「その名前で呼ばれるのも、そろそろ最後かしらね」

 

 私はまっすぐシロナを見た。そこには苦虫を噛み潰したような表情が浮かんでいた。いや、沈んでいたというべきだろうか。どちらにせよ、そこには苦悶の色が広がっていた。

 

「次の防衛戦……来週にあるのだけれど、それを最後に、勝ち負けを問わずに、チャンピオンの座は明け渡すつもりよ」

 

 負けるつもりは毛頭ないけれどね、と続ける彼女。

 浮かべた笑みは硬く険しく。

 まるで喜色と正反対に位置するものだった。

 

「どういう、ことですか?」

 

 私はつい、そう問いかけた。

 ホウエンの大災害の3年後がプラチナ時空だったはず。つまりシロナは後3年は頂点に立ち続けるはずだ。まだまだ現役で居続けるはずなのだ。

 

「ごめんなさいね、不安にさせてしまうようなことを言ってしまって。申し訳ないけれど、聞かなかったことにしてくれる?」

「それは難しい提案ですね」

「ほら、アイス買ってあげるから、ね?」

「食べ物で釣ろうとしないでください」

 

 というかあなたが食べたいだけでしょうに。

 

「ほら、いい子だから、ね?」

「子供じゃない、もう7歳だもん」

「……まだ7歳っていうのよ」

「……そりゃあシロナさんと比べたらまだ7歳ですけれど」

 

 ……。

 私達の間に沈黙が訪れた。

 あれだ、OLが学生時代に思いをはせる様子を目撃してしまった幼女の図が完成してしまった。

 気まずい。

 

「ところでチャンピオンを辞めるってどういうことですか?」

「その話ここで蒸し返すの!?」

「話を聞かないことに定評があるので」

 

 その後しばらく、再度沈黙が訪れた。

 だが今度は先ほどと状況が違う。

 今回は、シロナが質問に答える番だ。

 

 会話には三つの役割が存在する。すなわち話し手、聞き手、答え手の三役だ。一つ前の会話は私が話し手でシロナが聞き手、今回はシロナが答え手で私が聞き手だ。さあ、洗いざらい話してもらおうか。あなたが話すまで私は無限に待ってみせる。

 そんな場の空気を察したのか、観念したようにシロナは口を開いた。

 

「……誰にも、秘密よ?」

 

 シロナがボールに手をかける。チャンピオンだというのに、そのボールはモンスターボールだ。こういったところにも、彼女の本質が見え隠れする。

 シロナの手持ちはガチパで有名過ぎ、もう一方の側面はしばしば陰に隠れがちだ。それはすなわち、入手条件が厳しいという事だ。

 例えばミカルゲは友達がいなければ入手できなかったし、ロズレイドやトゲキッスは光の石が必要だし、ルカリオとミロカロスにはそれぞれ懐き度と美しさが必要になる。手間のかかるポケモンが多いそのパーティからは、彼女のポケモンに対する愛情が窺い知れる。

 

 シロナがボールを放り投げる。

 ボールエフェクトを切り裂き現れたのは、レートの王者。

 

「ガブリアス……」

 

 身長はたしか2メートルくらい、体重は草結びの威力が80のポケモン。

 纏うは王者の風格。

 背びれに切れ込みは無く、メスであることが伺い知れる。

 

「ええ、そうよ。私とずっと戦い続けてくれた、最高のパートナー。ベストフレンド。ううん、そんなことを言う資格、私にはないかもしれないけれど――」

 

 シロナがガブリアスの肌を撫でた。

 柔和な白い肌と、武骨な青い肌が、この上なく綺麗なコントラストを生み出している。

 私はしばらく、その様子に見とれていた。

 頂点というものは、こうも美しいものなのか。

 

「――予兆が見え始めたのは去年の事。無茶をし過ぎたのよね。相手は誰も彼も、素早いポケモンでパーティを組んでいたの。あの時は流石に負けを覚悟したわ。だって、私のパーティで一番足の速いこの子ですら、全然追いつけなかったんだもの」

 

 そういってシロナがやさしく微笑んだ。

 ガブリアスは目を逸らす代わりに、瞳を閉じてそれを拒む。

 気恥ずかしい過去に、蓋をするかのように。

 

「でも、負けなかった」

 

 シロナが続ける。

 

「最後に立っていたのは、この子だった」

 

 彼女は続ける。彼女は続ける。

 

「自分よりも素早い敵の喉を喰らい、捉えられない相手を切り裂いて、屍の上にこの子は立っていた。誰もが歓声を送ってくれた。この子の勝利を喜んでくれた。でもね、私はずっと、後悔し続けた」

 

 シロナがガブリアスに手を回し、向きを変えさせる。

 ガブリアスも渋々といった様子ではあったが大人しく従った。

 彼女が、私にそれを見せた。

 

「……っ!」

 

 私は気付いた。気付いてしまった。

 堂々たる雄姿の土台が、如何に不安定なものであったかを。

 

「飛節軟腫。つまり、くるぶしの辺りが腫れる病気なの」

「……もしかして、療養のために?」

 

 問いかけながら、私は考えていた。

 そうだ、ここはゲームの世界とは違う。

 最初から5世代以降のポケモンが存在している世界なのだ。

 

 DPt時代のポケモンにおける素早さラインは大きく4つ。

 キノガッサより遅いポケモン、ガブリアスよりも遅いポケモン、ガブリアスよりも速いポケモン、スカーフキノガッサと同等以上の速さを持つポケモンだ。

 ガブリアスが6世代において17シーズン連続で使用率1位という偉業を打ち立てられたのも、この100族を微妙に上回る102という絶妙な素早さ種族値にあるといっていいだろう。

 だがしかし、時代は変わった。

 

 すいすいや砂掻き、葉緑素に加速といった素早さの上がる特性。ばらまかれる先制技や龍の舞。メガシンカによる素早さ上昇。カプ・コケコやゲッコウガという高速アタッカーまでがスカーフを持ち始めるという環境。

 激戦区と呼ばれた100族や70族から、求められる素早さラインは徐々に引き上げられていった。

 そんな時代に生きるガブリアスが勝ち続けることは、許されなかった。

 

「確かに、それもあるわ。現に一部のトレーナーにはこの子の不調も知られていてね。もうガブリアスをバトルに出すなんて苦行を強いるなという声もぽつぽつと届いているのよ」

 

 儚げな表情を浮かべながら、シロナは言う。

 私は、何かを口にしようとしたが、結局どれも言葉にならなかった。

 

 そんな声気にするな?

 あるいはそうするのが一番いい?

 どれもこれも、歯が浮くような言葉ばかりで、私は掛けるべき言葉が分からなかった。

 

「でも、一番はそうじゃないの。許せないのよ、ガブリアスの無茶を止められなかった私を、この子より、勝ちを優先してしまった私を。私は許せないのよ」

 

 沈黙を貫いていたガブリアスの瞳が、わずかに開かれる。

 切れ長の瞳には、悲壮が灯っている。

 

「もう、この子に無茶はさせられない。これは私の、トレーナーとしてのケジメよ。ポケモンと共に生きるものとしての責任よ。だから……」

「本当に、本当にそう思ってるんですか?」

 

 悩んだ挙句、口を突いて出たのはそんな言葉だった。

 

「今まで一緒に戦ってきたんでしょう? ずっと支え合ってきたんでしょう? それなのに、本当にそれでいいと思ってるんですか!」

「……えぇ」

「嘘ですっ! だったらどうして最初から棄権しないんですか、どうして戦いの場にガブリアスを連れて行こうとしてるんですか! 本当は、本当は――」

 

 強く叫ぶ。

 届け、届け。

 今一度、彼女の心に熱源を。

 

「本当はッ、戦い続けることが一番の幸せだって気付いているくせに!」

「――ッ!」

「あなたは嘘吐きだ! それも、誰も幸せにできない、悪質な嘘! 自分の感情に蓋をして、相手の思いも気に掛けないで、本当にそれでいいと思っているんですか!」

 

 言いたいことを言いきって。

 二つ三つと呼吸して。

 わずかに頭は冷えた。

 冷えた頭で、冷静に意見を発した。

 

「……私は確かに、嘘を吐くのが下手です。何かを隠すことも、感情に蓋をすることもできない。でも、何かを言い訳にして、何かを諦めてしまうぐらいなら、私は嘘を吐けない方がよっぽどマシです」

 

 私はシロナを見た。

 会った時のように、じっと。

 シロナはしばらく、口を開いたり閉じたりしていた。

 そして最後に、彼女はこう言った。

 

「そうね。棄権するのが一番いいわ。この子を戦場に送ろうとするのは、私のエゴ」

「ッ、違う! そうじゃなくて!」

「ありがとう。あなたに会えてよかったわ」

「~~ッ! 話を聞かないのはどっちですか!」

 

 立ち去ろうとするシロナの手を、私は気付けば掴んでいた。

 ああ、いっつもこうだ。

 関わりたくない関わりたくないなんて口ばっかりで、いっつも首を突っ込んでいる。

 だけど、乗り掛かった舟だ。

 こうなったら、最期まで付き合ってあげるよ。

 

「もし、ガブリアスが戦える手段があるとしたら、どうしますか?」

「え……?」

 

 シロナにポケモンリーグで待っているように言いつけて、私はハクタイシティにて青空の下ボール作りを開始した。最初はシロナも見ていると言ったが企業秘密と言って追い返した。秘密なら青空の下で製作しようとするなよっていう話だよね、私もそう思う。

 だけどシロナの驚く顔が見たかった。これは職人としての性みたいなものなんだ、許して。

 

 さて、真面目にやりますか。

 結局のところ症状はスポーツ選手が起こす腱鞘炎のようなものだ。治療には時間が掛かるが、応急処置を施すことはできる。テーピングとかアイシングとか、その辺だ。

 ただしこれは公式戦に置いて持ち物扱いにされてしまう。公式の場におけるポケモンバトルでは持ち物は一つまでしか持たせられない。いくらガブリアスといえど、手ぶらは流石に舐めプが過ぎる。そのことが分かっているからこそシロナさんも一度は諦めたんだろう。

 ちなみにシロナガブの持ち物は気合の襷。一見テーピングに使えそうだが襷掛けにしなければ効果はないらしい。

 

「いやー前々から思ってたんだよね。なんでこの仕様の穴を誰も指摘しないんだろうって」

 

 ポケモンに持たせられるアイテムは一つまでだ。

 だがしかし、前提条件としてポケモンはボールに収まっている。

 なら本来、公式ルールブックには『ボールを含めて二つまでのアイテムの所持を認める』と記載するべきなのだ。

 そしてリーグ側の見落としは、まさにそこにある*1

 

「自身が入っているボールは持ち物としてカウントしない、そういうことだよね?」

 

 この前、ブロムヘキサーΣという特撮が放映されていた。色々な乗り物が合体して、人型ロボになって怪人と戦うやつだ。その回はロボットが強化される回で、兜部分に新しい乗り物が追加されるというものだった。

 それを見て閃いたんだよね。

 

「装備するタイプのボール、アーマーボール」

 

 仕掛けとしてはこうだ。

 

 一、ボールからポケモンが飛び出す。

 二、ボールが変形して装備品になる。

 三、ボールに使用したアイテムの効果が付与される。

 

「今回付与するのは氷柱のプレートによるアイシング効果だけど、こっちはもはや問題ないね。むしろ技術的な問題点は変形方法と装備部位の指定方法」

 

 そして机上論だけであればそれは既にできている。

 変形方法、これはミカンの時に使った内側のボールカプセルの技術を応用する。展開図から作成し、それを折りたたむことでボールの形に整形。リターンレーザーの射出信号を変形機能のスイッチに接続することで、ボールの出入りと装備の脱着を連動させるという腹積もりだ。

 部位の指定方法はキャプチャーネットに仕掛けを施す。装備部位となる部分用の物と、ボールの出し入れ用の二重構造にするのだ。ボールから出るときには前者のキャプチャーネットが指定部位を捉え、ボールに収まるときは後者のネットがポケモンを包む。

 

「あとはこれらのギミックをいかに仕込むか」

 

 周囲から、雑音が取り払われていく。

 吹き抜ける風が気にならなくなり、世界から色が抜け落ちる。

 

 設計図を脳内演算で作り出し、並行処理で実装する。

 パーツの衝突が起こりそうになる度に即時図面修正、間髪入れずに形にしていく。

 

「ふぅ……」

 

 ある程度形になって、一息つく。

 いや、デカ過ぎだろ。

 通常のボールの1.2倍くらいの大きさがあるぞ。

 

「まあ、ボールのサイズに指定なんてないんだけどさ。シルフカンパニー製のボール規格が普及してそれに倣ってるだけで」

 

 作ろうと思えば子供の手に収まるボールだとか、AZのような巨人用のボールだって作ることはできる。これもそういうことにしてしまおうか……。

 

(いや、高々20%程度の縮小くらいやってやる)

 

 これは何というか統一感的な問題だ。B5サイズのプリントの中にA4サイズのプリント混ぜられた時に感じる苛立ちみたいなもの。日本社会に生きた人ならきっと理解してくれるだろう。

 衝突を回避するために増築した部分のデザインを洗練し、より最適なモノへと落とし込む。

 だが、10%程削減した時点で限界が見えてきた。

 

「いや無理。いや、やろうと思えばやれるけどそうしたら装備品としての性能が落ちる。それはなんか違う」

 

 このボールに付与した効果は氷柱のプレートによるアイシング効果。

 このプレートが邪魔だ。

 ただ効果を埋め込むだけならまだしも、ギミックと両立しようとするとどうしようも……。

 あ、そうか。

 

「やってることはアローエディションの逆じゃん。ってことは氷柱のプレートじゃなく、冷たい岩にすればよくない?」

 

 アーマー展開したときに腫瘍部分だけ冷たい岩が接していればいいんだ。

 逆にボール形状では冷却効果が発動しないようにする。

 ガブはもともと熱帯地方のポケモンだからね、ボールの中自体は冷却しないように調整したい。

 という事はだ、ここはこうしてここをこうすれば……。

 レッグアーマーモデルのボールの完成だ。

 

「出来た……、理論上は」

 

 あとは、理論の証明だ。

 

 ポケモンリーグは、定期的に開かれるポケモン界の大会だ。

 各地方ごとにリーグは設立されていて、ジムバッジを集めたものは四天王に挑むことが許される。

 そして彼らを倒した先に、彼女は君臨し続けている。

 

「いよいよ今日だね、ガブリアス」

 

 その日のガブリアスは、気が立っていた。

 これが最期の戦いだからか、落ち着きなく、暴れまくっていた。

 

「……やっぱり棄権しましょう? 無理することは無いわ。頼みの綱も、間に合わなか……ッ」

「ガルルゥ」

 

 近づけたシロナの手を、ガブリアスが拒絶した。

 腕に着いた鎌のような羽で、その手を払いのける。

 ずっと戦いの中に身を置き続けてきた。戦いはガブリアスにとって血であり肉であった。それを放棄することは、自らを捨てる事と同じだ。だから彼女は、それを拒む。

 

「……ごめんね、あなたを自由に羽ばたかせることも、籠に閉じ込めておくこともできない半端モノで」

「ガルルァ!」

 

 ガブリアスが吼えた。

 シロナに向かって、ずっと共に歩んできたパートナーに向かって。

 ここまで明確な拒絶にあてられたのはいつ以来だったか。

 そんなことを、考えていた時だった。

 遥か彼方から、一条の光が駆け抜けてきた。

 

「ストーップ! アロー、ストップ! 止まってぇぇ!」

 

 情けない声と共に、彗星が飛来する。

 

「いたた、アローのばかぁ」

 

 その正体は一週間前、ハクタイシティで出会った少女。

 ガブリアスに再び戦う道があるとのたまった少女。

 こちらに気付き、笑みを浮かべる少女。

 

「や、お二人さん。おまたせ!」

 

 ヒワダタウンのチエという少女だった。

 

「ガルルァ!」

「こら、ガブリアス! 彼女はあなたのためを思って……」

「ありゃ? 随分と荒れてるね。どうしたの? ガーチョンプ」

 

 暴れまわるガブリアスの前に立ち、必死になだめようとする。ガブリアスの逆鱗の恐ろしさは、私自身が良く知っている。この間合いが、逆鱗の一歩外。ギリギリの境界線。

 その境界線を、チエという少女は軽々と押し進んだ。

 

「チエちゃん! 下がって!」

 

 ガブリアスの逆鱗が、チエちゃんに襲い掛かる。

 今日のガブリアスは荒れている。

 その事を言い忘れていた。

 その爪が的確に幼女を捉えようとしたとき。

 白い綿毛が現れた。

 

「ナイスチルル。さて、ガブリアス君? ガブリアスちゃん? 背びれに切れ目が無いからガブリアスちゃんだよね。ちょっとお話しよっか」

 

 あの白い体毛は、メガチルタリス。

 という事は、この子もメガシンカの使い手!

 

「怖いんでしょ、負けることが。不安なんでしょ、シロナとの記録に傷が入ることが」

「ガルラァ!」

 

 ガブリアスの攻撃を、チルタリスが受け止める。

 メガチルタリスもまた、ガブリアスに強いポケモンの一匹であった。

 チルタリスを相手にしても埒が明かないことに気付いたガブリアスが、チエちゃんの方から仕留めるように動き出した。

 

「チエちゃ――」

「ふざけるなァ!」

 

 そのガブリアスの爪を、チエちゃんが受け止めた。

 いや、よく見ると受け止めているのは彼女自身ではない。

 彼女が握りしめている、硬い石だ。

 

「しっかりしなさいよ! あなた、自分を誰だと思ってるの、ガブリアスなのよ!」

 

 彼女がそういった時だった。

 ガブリアスの目に、再び理性が戻り始めた。

 しばらく肩で息をした後、ガブリアスは手を引っ込め、冷静さを取り戻した。

 

「あなたはまだ舞える。あなたは最も美しいポケモン。分かった?」

「……ガウッ」

 

 チエちゃんは取り出したボールを見せてガブリアスにそう投げかけた。

 先ほどまでささくれ立っていたガブリアスをなだめ、コミュニケーションをとれる。

 

「チエちゃん、あなたは一体……」

 

 ガブリアスをボールに収める動作はまるで幻想的で、浮ついた気持ちでそんなことを問い掛けた。

 彼女は笑い、こう答えた。

 

「通りすがりのボール職人だよ、覚えといて」

 

 ガブリアスの入ったボールをこちらに渡し、彼女は再び空に飛び立っていった。

 

「通りすがりの……ボール職人」

 

 渡されたボールは、奇妙な幾何学模様が魔方陣のように刻み込まれた、見たこともない形をしていた。

 

『ついにやってまいりましたシンオウリーグもついに最終決戦! 勝つのは二度目のチャレンジャーか! はたまたチャンピオンが連続防衛記録を更新するのか!』

 

 何度となく立ってきたこのフィールドが、まるで真新しいものに感じた。

 フィールドの顔というか、表情というか。

 まるで見覚えがなく、足が震え出しそうになる。

 

「またお会い出来ましたね、シロナさん。今度こそ勝たせてもらいますよ」

「そうね、久しぶり。でも、ごめんなさい。私はまだ、負けるわけにはいかないの」

 

 私の前に立つのは、かつて私たちが苦しめられた相手。

 ガブリアスですら追いつけないほどのスピードで翻弄してきた相手。

 だが、今回はガブリアスの状態が万全じゃない。

 今度こそ、負けてしまう可能性もある。

 

 ガブリアスのボールを構える。

 相手の速さについて行けるとしたらあなただけ。

 もしだめなら、その時は負けだ。

 

「行きなさい! ガブリアス!」

「行け! ライボルト、メガシンカだ!」

 

 彼の腕に嵌められたメガバングルと、ライボルトの持つライボルトナイトが共鳴する。

 エネルギー球を引き裂いて現れたのは、前回私たちを散々苦しめたメガライボルトだった。

 会場からどよめきが上がる。

 ただしメガシンカしたライボルトにではなく――()()()()()()()()()だが。

 

『こ、これは一体!? シロナ選手の繰り出したガブリアスに、ボールが飛びついたぞ!?』

 

 右足と、左足のそれぞれにボールが絡みつく。

 あの複雑な幾何学模様に切れ目が走り、光が駆け抜け、展開されてレッグアーマーのような物を構築していく。

 

『なんなんだあのボールは!? 見たことのないギミックを兼ね備えているようだぞ!』

 

「くっ、新たな力をつけてきたという事ですか! でも関係ありません! ライボルト、目覚めるパワー!」

「ガブリアス、避けなさい!」

 

 そう指示したガブリアスは、今までよりもはるかに早く動き出した。

 マッハポケモンの分類に恥じないほどに素早く、ライボルトのもとに飛び込んだ。

 

「! ガブリアス、ドラゴンクロー!」

「なっ、ライボルト!」

 

 信じ難いスピードを以て駆け抜けたガブリアス。

 その膨大な運動エネルギーを持った一撃を前に、ライボルトは儚く散った。

 

『なんということだァ! シロナ選手のガブリアス、以前よりはるかに早くなっております! これがあのアーマーの力なのか!?』

 

「ラ、ライボルトが一撃で……?」

 

 会場のどよめきが大きくなる。

 対戦相手の心も大きく乱れているようだ。

 

「戻れ、ライボルト。行け! オンバーン! 最速のドラゴンが誰かを教えてやれ!」

「ガブリアス!」

「オンバーン!」

「「龍星群!!」」

 

 二匹のドラゴンが、流星の雨を降り注がせた。

 

「空中機動できるオンバーン! 地面を平面移動するしかないガブリアス! どちらが先に倒れますかね!?」

 

 オンバーンが流星群を避ける。

 そして避けた先に、影が落ちた。

 

「……何か、勘違いしているわね?」

 

 ガブリアスには翼がある。

 その翼は飾りでも、敵を引き裂くためでもなく。

 上に立つために存在している。

 

「飛べるわよ、ガブリアスも」

 

 オンバーンが最後に見たのものは。

 自らに迫りくる王者の、彗星のような尻尾だった。

 

「跪きなさいッ! ドラゴンダイブ!」

 

 その一撃を以て、オンバーンは地に向かって弾け飛んだ。

 土煙を巻き上げたその場所に、王者が舞い降りる。

 そこに在ったのは、陽に照らせれて悠々と立ち続けるガブリアスと、一撃で粉砕され、土を付けられたオンバーンだった。

 

「オンバーン!? くそ、頼んだぞ! ゲッコウガ、冷凍ビーム!」

「蹂躙しなさい! 逆鱗!」

 

 勢いよく飛び出したガブリアス。

 ゲッコウガの放った冷凍ビームは、まるで見当違いの場所を凍らせて。

 今度もまた、ガブリアスの一撃のもとに蹴散らされた。

 

『さ、3タテ劇場だァ!! 強い、強いぞガブリアス! 勝者、チャンピオンシロナ!』

 

 会場に歓声が響き渡った。

 それは私とガブリアスの、新たな幕開けだった。

 

 身をやつし、それでも戦い続けた、一匹の英雄がいた。

 青い体に、赤のライン。

 額に大きな星のマークを描くそのポケモンの名前はガブリアス。

 頂点に君臨するポケモンだ。

 

 そのポケモンを頂点たらしめた、一人の少女がいた。

 彼女の技量は、神懸かっていた。

 彼女の作り出したアーマーボール。

 これにより私たちは、さらに長い間頂点に立ち続けることになる。

 それを成し遂げた少女の名は。

 

「ヒワダタウンのチエ。通りすがりのボール職人……ね」

 

 神はいる。そう思った。

*1
ない。普通ボールが特殊効果を発動するなんて思わないから。




驚いたこと
・シロナガブがメスであること
・メガガブの鎌の部分はガブリアスにとっての羽であること

ガブの事を彼って書いてたらこっそり誤字報告ください。

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