ボールはともだち! ~One For Ball~ 作:HDアロー
ピックアップ2評価値9.99!?(二位)
レビュー!?
あと、えと。
あ、ありがとうございます!!
これからもよろしくお願いします!!!
↓
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一刀一刀、丁寧に模様を刻んでいく。
汗が目に入るのが鬱陶しい。
それでも拭うことすら煩わしく、それを知らん振りした。
どこまでも深く、意識が潜り込んでいた。
「出来た……」
作り上げたのはチエボール・FCを改良した新フォルム。
チエボール・アローエディションだ。
その名前の通り、ファイアローをモチーフとしている。
燃え盛るような炎のデザインと、大空への飛翔をイメージしたエフェクトで構成した。
キャプチャーネットにはマトマの実の果汁を使用している。
マトマの実には食べるとポカポカ温まるという効果があるのだ。
名前はどう考えてもトマトなのに、その効果はハバネロだったりする。
なおトマトの方は体温を下げる効果があるから注意されたし。
ボールの内部には、ところどころに熱い岩を細かく砕いたものを、ペンキに溶いて絵を描いてある。
これによりエフェクトに色が付くと同時に、内部を暖かく保てる。
ヤヤコマなんかは、寒いときにはトレーナーと一緒にベッドで寝るっていうしね。
これによりファイアローにとって最高の環境が用意できたというわけですよ。
「おいで、アロー!」
私が呼び掛けると、ファイアローがとことこと歩いてきた。
いや飛んでこんのかいという突っ込みは置いておく。
一度ボールに入れて、またボールから出す。
ぱたぱたと私の周りを飛んでいる。
どうやら気に入ってくれたようだ。
「戻って、アロー」
ボールにファイアローを戻した。
この数日で本当によく懐いたものだと思う。
やっぱりボールは偉大だ。
「チエ、もうええんか?」
「あ! おじいちゃん!」
私はあの後、おじいちゃんに事情を話した。
ファイアローを捕まえたこと。
ファイアローを育てたいこと。
最悪喧嘩してでも育てるつもりだったけど、案外すんなりと許してもらえた。
それから今日まで、私は自室と作業部屋を行き来してボールの練度を上げまくった。
そして今日、ようやく納得いく出来のものが仕上がったというわけである。
おじいちゃんは私がファイアローのためのボールを作っていることを知っていた。
だから私にもういいのかと聞いてきたのだ。
「うん。できたよ! ほら! アロー専用のボール!」
渾身の一作を見せる。
とはいっても外側だけ見せたところで、内部に凝らした意匠を知ることはできないのだが。
それでも私が本気を出した作品だ。
そこには確かに、私の魂が込められていた。
「……いい出来じゃな」
「本当!?」
私は身を乗り出した。
多分今、世界中の誰よりも目を輝かせていると思う。
私はおじいちゃんの事が好きだ。家族としても、職人としても。
そして今、憧れの職人から、世界一の職人から、いい作品だと褒めてもらえたのだ。
嬉しくないわけがない。
「本当だとも。チエ、お前はもう立派なボール職人だ」
「え、いやいや。私なんてまだまだだよ!」
私が美辞麗句を否定すれば、おじいちゃんは険しい顔をした。
なんだ、何が不満だったんだ。
「チエ、上を見ることは大切だ。だがしかし、己の力量をきちんと知ることも忘れてはならん」
「おじいちゃん?」
諭すような、包み込むような。
優しい声でおじいちゃんは告げる。
「お前は気付いとらんようじゃが、お前は既にわしを超えておる」
「そんなことないと思うけど……」
「聞いたよ。お前に店番を任せていた間に起こった出来事を」
おじいちゃんは柔らかく笑いながら語り掛ける。
私は少し、顔が熱くなった。
(あああ! なんか本人に伝わるって考えたら恥ずかしいなぁ!?)
――おじいちゃんが、職人ガンテツが。如何に偉大だったかを証明してみせます。
こんな恥ずかしいセリフが本人の耳に入ってるってことでしょ?
手で顔を仰ぎ、必死に熱を取り払う。
拭わなかった汗が、上手い具合に放熱を促してくれていた。
「フレンドボール・改、じゃったな。ぼんぐりでない木の実を使うという発想はわしにもあった」
「うん」
私が思いついたことを、職人ガンテツが気づかない筈がない。
既に通った道だろうということは予想していた。
「だがな、できんかったんだよ。ぼんぐりを超える効果を持つ作品を作ることが」
「……え?」
おじいちゃんの衝撃発言に、思考が揺すられる。
おじいちゃんが、ボールの改良を諦めていた?
「少し前までお前がしていたように、色々なボールを作ろうと試みたこともあった。じゃがしかし、いつも決まって辿り着く答えがあった」
おじいちゃんは七つのボールを列挙する。
いわゆるガンテツボールなるものだ。
それらのボールが、最高の出来だったと。
いや、ムーンボールを最高傑作に含めるのはどうかと思うよ。
あんなのただのオシャレボールじゃん。
「わしは結局、それらを超える作品を作れなんだんだよ。チエよ」
私はおじいちゃんの言葉を黙って受け止めた。
軽々しい言葉を使うべきではないと思ったからだ。
多分今は、大事な場面だ。
ふざけたいけど、ふざけていい場面ではないんだ。
「まして、特定の一匹のためだけのボールなんて発想、この年になっても思いつかんかったわ。いかに効果の高いボールを作るか、それだけを考えておった」
おじいちゃんが、どこか遠いところを見つめる。
遠い遠い場所、きっと大昔の出来事だ。
慈しむような、懐かしむような眼で。
その口元には、確かな微笑みが浮かべられていた。
「でも、でもさ」
そこでようやく、私は口を開いた。
「私にとって、おじいちゃんはいつまでも尊敬する職人で、ボールに向き合う姿勢はずっと見習いたいと思うんだ。だから」
無邪気な笑顔を、これでもかという程に見せつける。
ニシシと笑う。
楽しそうに、嬉しそうに。
「だからずっと、私の師匠様で居てよ!」
おじいちゃんが目を見開いた。
放っておけば、ポトリと零れ落ちてしまいそうだ。
そんな驚いた表情をした後、おじいちゃんはまた笑顔に戻った。
「そうじゃな……。確かにそうじゃ。わしにもまだ、成長の余地が残っておったというわけじゃ。わしもまだまだ負けちゃおれんな!」
そうした会話の後、私たちは二人で笑いあった。
ひとしきり笑った後、おじいちゃんはまた作業部屋に戻っていった。
自室の椅子に腰を掛け、一息つく。
(危ねえええ!!)
一連の会話を思い返す。
あの発言も、あの発言も、どれもこれも。
(完全に私に後を継がせようとしてたよね!)
間一髪である。
とっさに機転を働かせた私に拍手を送りたいね。
「いや、最終的にヒワダでスローライフも一考の余地ありだけどさー、今じゃあないんだよね」
乱雑な走り書きで作り上げられた『チエボール・シリーズO』の草案。
その中にはプレートや彗星の欠片といった、貴重なアイテムも記されていた。
ここに籠っているだけでは、満足に集めることもできない。
まずは世界を旅する。
そして色々なアイテムを手に入れる。
それらを組み合わせて、唯一無二のボールを作り上げる。
なんて素敵なことだろう。
「だからおじいちゃんにはさ、まだまだ現役でいてもらわないと困るっていうかさ」
というかぶっちゃけ、私を差し置いて隠居とか許さん。
私だってもふもふに囲まれてのんびり過ごしたいんだ。
一人だけ余生を悠々と過ごそうとするな。
「アロー、行ける?」
ボールに問い掛ける。
ボールがわずかに熱を帯びた気がした。
「うん、行こっか」
私はおじいちゃんの後を追って作業部屋に向かった。
ここから私の冒険を始めよう。
作業部屋の扉を開く。
勢いよく、音を立てて。
おじいちゃんの顔をじっと見つめる。
一呼吸おいて、宣言した。
「おじいちゃん! あのさ! 私、旅に出る!」
「ダメじゃ!」
あっれー?
この話が投稿される頃、私はバイトをしているでしょう。