ボールはともだち! ~One For Ball~   作:HDアロー

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六話 「私を差し置いて隠居とか許さん」

 一刀一刀、丁寧に模様を刻んでいく。

 汗が目に入るのが鬱陶しい。

 それでも拭うことすら煩わしく、それを知らん振りした。

 どこまでも深く、意識が潜り込んでいた。

 

「出来た……」

 

 作り上げたのはチエボール・FCを改良した新フォルム。

 チエボール・アローエディションだ。

 その名前の通り、ファイアローをモチーフとしている。

 燃え盛るような炎のデザインと、大空への飛翔をイメージしたエフェクトで構成した。

 

 キャプチャーネットにはマトマの実の果汁を使用している。

 マトマの実には食べるとポカポカ温まるという効果があるのだ。

 名前はどう考えてもトマトなのに、その効果はハバネロだったりする。

 なおトマトの方は体温を下げる効果があるから注意されたし。

 

 ボールの内部には、ところどころに熱い岩を細かく砕いたものを、ペンキに溶いて絵を描いてある。

 これによりエフェクトに色が付くと同時に、内部を暖かく保てる。

 ヤヤコマなんかは、寒いときにはトレーナーと一緒にベッドで寝るっていうしね。

 これによりファイアローにとって最高の環境が用意できたというわけですよ。

 

「おいで、アロー!」

 

 私が呼び掛けると、ファイアローがとことこと歩いてきた。

 いや飛んでこんのかいという突っ込みは置いておく。

 一度ボールに入れて、またボールから出す。

 ぱたぱたと私の周りを飛んでいる。

 どうやら気に入ってくれたようだ。

 

「戻って、アロー」

 

 ボールにファイアローを戻した。

 この数日で本当によく懐いたものだと思う。

 やっぱりボールは偉大だ。

 

「チエ、もうええんか?」

 

「あ! おじいちゃん!」

 

 私はあの後、おじいちゃんに事情を話した。

 ファイアローを捕まえたこと。

 ファイアローを育てたいこと。

 最悪喧嘩してでも育てるつもりだったけど、案外すんなりと許してもらえた。

 

 それから今日まで、私は自室と作業部屋を行き来してボールの練度を上げまくった。

 そして今日、ようやく納得いく出来のものが仕上がったというわけである。

 おじいちゃんは私がファイアローのためのボールを作っていることを知っていた。

 だから私にもういいのかと聞いてきたのだ。

 

「うん。できたよ! ほら! アロー専用のボール!」

 

 渾身の一作を見せる。

 とはいっても外側だけ見せたところで、内部に凝らした意匠を知ることはできないのだが。

 それでも私が本気を出した作品だ。

 そこには確かに、私の魂が込められていた。

 

「……いい出来じゃな」

 

「本当!?」

 

 私は身を乗り出した。

 多分今、世界中の誰よりも目を輝かせていると思う。

 

 私はおじいちゃんの事が好きだ。家族としても、職人としても。

 そして今、憧れの職人から、世界一の職人から、いい作品だと褒めてもらえたのだ。

 嬉しくないわけがない。

 

「本当だとも。チエ、お前はもう立派なボール職人だ」

 

「え、いやいや。私なんてまだまだだよ!」

 

 私が美辞麗句を否定すれば、おじいちゃんは険しい顔をした。

 なんだ、何が不満だったんだ。

 

「チエ、上を見ることは大切だ。だがしかし、己の力量をきちんと知ることも忘れてはならん」

 

「おじいちゃん?」

 

 諭すような、包み込むような。

 優しい声でおじいちゃんは告げる。

 

「お前は気付いとらんようじゃが、お前は既にわしを超えておる」

 

「そんなことないと思うけど……」

 

「聞いたよ。お前に店番を任せていた間に起こった出来事を」

 

 おじいちゃんは柔らかく笑いながら語り掛ける。

 私は少し、顔が熱くなった。

 

(あああ! なんか本人に伝わるって考えたら恥ずかしいなぁ!?)

 

 ――おじいちゃんが、職人ガンテツが。如何に偉大だったかを証明してみせます。

 こんな恥ずかしいセリフが本人の耳に入ってるってことでしょ?

 手で顔を仰ぎ、必死に熱を取り払う。

 拭わなかった汗が、上手い具合に放熱を促してくれていた。

 

「フレンドボール・改、じゃったな。ぼんぐりでない木の実を使うという発想はわしにもあった」

 

「うん」

 

 私が思いついたことを、職人ガンテツが気づかない筈がない。

 既に通った道だろうということは予想していた。

 

「だがな、できんかったんだよ。ぼんぐりを超える効果を持つ作品を作ることが」

 

「……え?」

 

 おじいちゃんの衝撃発言に、思考が揺すられる。

 おじいちゃんが、ボールの改良を諦めていた?

 

「少し前までお前がしていたように、色々なボールを作ろうと試みたこともあった。じゃがしかし、いつも決まって辿り着く答えがあった」

 

 おじいちゃんは七つのボールを列挙する。

 いわゆるガンテツボールなるものだ。

 それらのボールが、最高の出来だったと。

 いや、ムーンボールを最高傑作に含めるのはどうかと思うよ。

 あんなのただのオシャレボールじゃん。

 

「わしは結局、それらを超える作品を作れなんだんだよ。チエよ」

 

 私はおじいちゃんの言葉を黙って受け止めた。

 軽々しい言葉を使うべきではないと思ったからだ。

 多分今は、大事な場面だ。

 ふざけたいけど、ふざけていい場面ではないんだ。

 

「まして、特定の一匹のためだけのボールなんて発想、この年になっても思いつかんかったわ。いかに効果の高いボールを作るか、それだけを考えておった」

 

 おじいちゃんが、どこか遠いところを見つめる。

 遠い遠い場所、きっと大昔の出来事だ。

 慈しむような、懐かしむような眼で。

 その口元には、確かな微笑みが浮かべられていた。

 

「でも、でもさ」

 

 そこでようやく、私は口を開いた。

 

「私にとって、おじいちゃんはいつまでも尊敬する職人で、ボールに向き合う姿勢はずっと見習いたいと思うんだ。だから」

 

 無邪気な笑顔を、これでもかという程に見せつける。

 ニシシと笑う。

 楽しそうに、嬉しそうに。

 

「だからずっと、私の師匠様で居てよ!」

 

 おじいちゃんが目を見開いた。

 放っておけば、ポトリと零れ落ちてしまいそうだ。

 そんな驚いた表情をした後、おじいちゃんはまた笑顔に戻った。

 

「そうじゃな……。確かにそうじゃ。わしにもまだ、成長の余地が残っておったというわけじゃ。わしもまだまだ負けちゃおれんな!」

 

 そうした会話の後、私たちは二人で笑いあった。

 ひとしきり笑った後、おじいちゃんはまた作業部屋に戻っていった。

 自室の椅子に腰を掛け、一息つく。

 

(危ねえええ!!)

 

 一連の会話を思い返す。

 あの発言も、あの発言も、どれもこれも。

 

(完全に私に後を継がせようとしてたよね!)

 

 間一髪である。

 とっさに機転を働かせた私に拍手を送りたいね。

 

「いや、最終的にヒワダでスローライフも一考の余地ありだけどさー、今じゃあないんだよね」

 

 乱雑な走り書きで作り上げられた『チエボール・シリーズO』の草案。

 その中にはプレートや彗星の欠片といった、貴重なアイテムも記されていた。

 ここに籠っているだけでは、満足に集めることもできない。

 

 まずは世界を旅する。

 そして色々なアイテムを手に入れる。

 それらを組み合わせて、唯一無二のボールを作り上げる。

 なんて素敵なことだろう。

 

「だからおじいちゃんにはさ、まだまだ現役でいてもらわないと困るっていうかさ」

 

 というかぶっちゃけ、私を差し置いて隠居とか許さん。

 私だってもふもふに囲まれてのんびり過ごしたいんだ。

 一人だけ余生を悠々と過ごそうとするな。

 

「アロー、行ける?」

 

 ボールに問い掛ける。

 ボールがわずかに熱を帯びた気がした。

 

「うん、行こっか」

 

 私はおじいちゃんの後を追って作業部屋に向かった。

 ここから私の冒険を始めよう。

 

 作業部屋の扉を開く。

 勢いよく、音を立てて。

 おじいちゃんの顔をじっと見つめる。

 一呼吸おいて、宣言した。

 

「おじいちゃん! あのさ! 私、旅に出る!」

 

「ダメじゃ!」

 

 あっれー?




この話が投稿される頃、私はバイトをしているでしょう。

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