ボールはともだち! ~One For Ball~ 作:HDアロー
あれれー? おっかしいぞー?
今の流れは完全に行ってこいって感じじゃなかった?
何が気にくわないのさ。
「お前はまだ七歳じゃろ! 何を言うとるんじゃ!」
「三歳児に金槌を持たせた人が何言ってんの!?」
いまさら過ぎる。
それに私は前世込みなら既に成人している年齢だ。
年齢差は理由にならない。
「ダメなものは駄目じゃ!」
「ケチ! 頑固! 偏屈! ジジイ!」
「じじっ……!」
ファイアローの事を打ち明けるとき、口喧嘩に発展することは想定していたんだ。
当然戦いの準備はしてきているし、ナイフは研いできている。
「お父さんだってヒワダを出て行ったじゃんか! どうして私はヒワダに残り続けないといけないのさ! 私だって外の世界が見たい!」
「しかしじゃな……」
「ここに居るだけじゃ見えてこない世界がある! 知らない世界がある! ここに引き籠っていたら、私はきっと後悔する!」
おじいちゃんの発言が停滞する。
用意しておいた言葉ではあるが、私の本心でもあるんだ。
自分の気持ちを、真正面からぶつけてやる。
「私は羽ばたきたいんだよ、おじいちゃん。いつかその翼が疲れてしまったときには、ここに戻ってきてその羽を休めるよ。それじゃ、ダメなの?」
私はおじいちゃんが好きだ。
できれば喧嘩別れという形はとりたくない。
だけど一生この鳥籠で飼われるのも嫌だ。
どちらかを選べと言われれば、私はきっと別れを選ぶだろう。
だから、私の思いを受け入れて欲しい。
⁂
わし、ガンテツには孫がおる。
無邪気で溌溂で朗らかで。
目に入れても痛くないというのは、きっとこういうことを言うんだろう。
そんな孫が、わしの元を離れたいと言って来た。
ふぅと一息ついて、過去を振り返る。
……思えばチエは、昔から変わった子じゃった。
幼児の頃から成長速度が異常じゃった。
あっという間にハイハイを覚え、すぐに二足歩行を覚えた。
この時からこの子は天才じゃった。
──天才が神童に変わったのは、きっとこの子が三歳の頃。
この子はその性格とうって変わり、まったく世話のかからない子だった。
わしがボールを作っておると、いつも大人しくそれを見ていた。
文句を言うでもなく、ぐずるでもなく、ただただボールを作るさまを見ておった。
ボール作りに興味があるのかと思い、金槌を持たせてみた。
三歳には重すぎたのか、それを両手で必死に抱えておった。
それはもう、大事そうに。
わしがボールを押さえておくから叩いてみなさいと言った。
するとどうだ。
この上なく澄んだ綺麗な金属音が、部屋にこだますじゃないか。
この子の才能は、ボール作りにおいても秀でていた。
それからもう四年。
この子の才能は天井知らずに伸び続けた。
四年、たった四年だ。
たった四年で、この子はわしの領域にその足を踏み入れていた。
わしは少しだけ、この子の才能に嫉妬した。
けれどそれ以上に嬉しかった。
自分を超える才能を持つものが、ボール職人を引き継いでくれることが。
わしはこの子の才能を伸ばすことを優先すると決めた。
第一段階として、この子に人との触れ合いを教えてみた。
チエは接客も上手じゃった。
だがしょせん、客と店員の関係だ。
だれもチエの心に踏み込むことはせなんだし、チエ自身それを許さんかった。
それじゃあダメなのだ。
おいしい料理は、誰かのために作ることでできる。
外国語を学ぶ近道は、その国の人を好きになることである。
ものづくりは、誰かの役に立って初めて意味を成す。
わしらは常に、そういう世界に生きている。
その事を、チエもまた知らなければいけなかった。
じゃから店番をチエに任せて、一人にしてみた。
少しずつ町の人と触れ合っていければいい、そう思っていたからだ。
帰ってきたわしは驚愕したわい。
あの子はたった一日で、町の人と打ち解け合っておったのだ。
この子には、人と仲良くなる才能もあった。
そしてそれ以上に驚愕したことが一つ。
それはチエが作ったという『フレンドボール・改』じゃった。
目からうろこじゃった。
わしはずっと、木の実の果汁だけを使うことに囚われておった。
じゃから木の実の風味を、甘いミツで緩和するという発想など浮かびもせんかった。
そして何より、このボールを作り上げるに至った経緯。
わしがバカにされたからという理由で、作ったと聞いた。
この子には、最初から備わっていたのだ。
誰かを思う気持ちが、人を思う心が。
わしはこの子の才能に恐怖した。
それと同時に、この子の行く先を見たいと思った。
わしもいい歳だ。
この子に後を継がせ、経験を積ませよう。
そう思い、意を決したときの事じゃった。
『私にとっておじいちゃんはいつまでも尊敬する職人で、ボールに向き合う姿勢はずっと見習いたいと思うんだ。だから、だからずっと、私の師匠様で居てよ!』
チエはわしにそういった。
嬉しそうにはにかみながら。
照れくさそうに笑いながら。
わしは自分を恥じた。
情けないところを見せてしまった。
わしはわし自身の才能に見切りをつけてしまっていた。
だというのに、チエはわしの事を師匠と呼んでくれた。
わしは思い返した。
この子が見てきた背中は。
わしが背負ってきたものは。
果たして、わしの全てを乗せておったかと。
否だ、断じて否だ!
(まだまだ教え切れていないことがある!)
もう一度実力を伸ばそう。
きっかけはチエがくれたんだ。
ならばあとは、続くこの道を進み続ければいい。
この子より早く、この子より先を。
そう思っていたのに、この子は旅に出たいと言った。
わしの背中を追う必要は無い、そういうことなのだろうか。
少し、心が寂しくなった。
そして、気づいてしまった。
(この子の才能を抑圧しているのは、わし自身なのではないか)
この子の行く末を、見たかったのではないのか。
この子の成長速度がわしより速いことを知っていたのではないのか。
ならばあとは、背中を押してやれ。
それがわしに出来る、最後の道しるべだ。
「チエ……」
わしは、チエに声を掛けた。
チエの肩が、びくりと震えた。
怖がっているのだ、わしに否定されることを。
恐れているのだ、わしと不仲になることを。
ここに至るまでに、数々の葛藤があったのだろう。
その笑顔の裏側で、きっと悩み続けていたのだろう。
それでも歩み続けるために、進み続けるために。
恐れる自分を否定して、傷つくことを覚悟して、それでも前に進むことを選んだのだ。
「これを持って行きなさい」
「……これは? って、え?」
わしは懐から、一枚の巻物を取り出しチエに与えた。
そこにはガンテツボールの極意が記されている。
しかしきっと、チエが驚いたのはそこではない。
「いいの? ヒワダを出ても」
「そうじゃな。行ってくるとええ。行って、世界を見てくるがええ」
チエが泣きそうな顔をする。
困ったものじゃ。
いつも笑顔なのに、こんな時だけ泣きおって。
「ほら、笑いなさい。笑顔の方が、お前にはよう似合うとる」
わしがそういうと、チエはわんわんと泣き出した。
まったく、本当に困った子じゃ。
こんなんじゃ旅に出てからもどうなることやら。
(まあ、この子に至っては心配いらんじゃろ)
この子は聡い子だ。
きっとなんやかんや、上手くやっていくだろう。
むしろわしの方が忙しくなるかもしれんな。
「いつでも帰ってくるがええ。わしはいつでも待っとるからな」
⁂
そんなことがあり、私の旅立つ日がやってきた。
お隣さんの使わなくなった旧型のパソコンを改造し、携帯できるように小型化した。
そのために機能を大幅に削ぎ落すことになったが、道具預かりシステムさえあれば後はどうにでもなる。
愛用の金槌やキャプチャーネット、その他ボール作りに必要なアイテムを収納していく。
「おいで、アロー。おじいちゃんに挨拶しに行こう」
ボールからファイアローを出す。
アローは私の後ろをとことことついてきた。
いや、だから飛べよ。
おじいちゃんはいつも通り作業部屋にいた。
「行くのか」
「おじいちゃん……」
部屋の扉を開けると同時に、おじいちゃんがそう言った。
いつもなら、私が扉を開けたところで気付かない。
集中を欠いている証拠だ。
だけど、敢えてそれは指摘しなかった。
「うん、行ってきます」
「ああ、行ってこい」
それ以上の言葉は、いらなかった。
⁂
「さて、どこへ向かおうか」
ファイアローの背中に乗り、そんなことを呟いた。
無計画な旅路。
でも、それでいい。
誰のものでもない、私だけの道を築き上げるんだ。
「かの偉人は言いました。『私がこの世に生れてきたのは、私でなければできない仕事が何かひとつこの世にあるからなのだ』と」
私は口角を上げた。
上等だ、やってやろうじゃないか。
「私にしかできないこと、私しか成しえないこと、きっと成し遂げてみせる」
さしあたりここに、様式美として、一つ宣誓を打ち立てようと思う。
「気が付けばガンテツの孫でした。オリジナルのボールでひと財産築こうと思います!」
……なんてね。
取り敢えず一章終了です。
明日は更新無しの次話は2019年1月1日AM10:00
良いお年を。