ボールはともだち! ~One For Ball~   作:HDアロー

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明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。


コガネの子どもと黒い影
一話 「教えテレビの中の人」


 ファイアローのアローと旅立って数時間。

 眼下にはジョウトで一番の大都会、コガネシティが広がっていた。

 夜になる頃には街明かりで彩られるのだろうか。

 少しだけ見てみたい気もする。

 

「うーん、急ぐ旅でもないしなぁ……アロー、寄って行こっか?」

 

 アローがこちらを向いて一声鳴く。

 こらこら、わき見運転するんじゃない。

 しっかり前を向きなさい。

 

 そんな理不尽な!? という顔をするアローを放っておいて考える。

 コガネシティって何があったっけ?

 

 空から眺めながら思い出していく。

 リニア、ラジオ塔、GTS、ゲームコーナー、ジム、百貨店。

 ……まともなものが無いな!?

 

 リニア、どこへ行く気だ、というか完成してるの? 論外。

 ラジオ塔、見学手続きが必要。興味もない、論外。

 GTS、手持ちが一匹だと利用できないね。論外。

 ゲームコーナー、幼女が立ち入る場所じゃない。論外。

 ジム、バッジ集めてないからいらない。論外。

 

 かろうじて時間を潰すなら百貨店だけど、逆に時間を食いすぎるからなー。

 翌日も翌々日も入り浸るようなことになったら目も当てられない。

 ここもできれば見なかったことにしたいなぁ……。

 

 ふとさらに先を見渡せば、自然公園が広がっていた。

 モンスターボールの形に刈りそろえられた芝が特徴的な公園だ。

 それなんて鶴舞公園。

 

「んん?」

 

 そこから少し西側に、大きなドーム状の建物が立っていた。

 あの建物は……そうそう、ポケスロンドームだ。

 ポケスロン、ポケスロンねぇ……。

 

「アロー、あのドームに寄って行こ?」

 

 アローにそう声を掛ける。

 アローは一声鳴くと、降下していった。

 よしよし、前だけ見ていていい子だぞー。

 あとでボンドリンクをあげるからね。

 

 降りた先には、水色の巨大な建物があった。

 これがかの有名なポケスロンドームですか。

 

 そんなことを考えていると、事案が発生した。

 

「やぁ! よいこのトレーナーさん! こーんにーちはー!」

 

「こ、こんにちは……?」

 

「元気がないぞ! それ、こーんにーちはー!」

 

 だ、誰なんだこのおっさん。

 

 冷静になるんだ私。素数を数えるのだ。

 真実はいつも一つってじっちゃんの名にかけて言ってたでしょ。

 ステイクールだぜ。

 ここは一度状況を確認しよう。

 

 ドームを見るのに夢中になっていた私は、背後から近寄るタンクトップの存在に気付かなかった。

 そしてその男に絡まれている……と。

 いや、本当に誰だよ。

 

「教えテレビからこんにちは、ハジメお兄さんでーす!」

 

「……あー、あの人」

 

 ぼんやりと思い出してきた。

 たしかファイアレッドリーフグリーンに出てくるチュートリアルお兄さんだ。

 なんでこんなところに?

 

「ハジメ兄さん! もうすぐ試合だよ!」

 

 目の前のタンクトップを呼ぶ声が聞こえて私は振り返った。

 そして目を見開くことになった。

 

「増えた……だと……?」

 

 そこにはつい先ほどまで私の前に立っていたハジメお兄さんがいた。

 そんな馬鹿なと思いもう一度前を向くと、そこにもハジメお兄さんが。

 どうなってんの?

 

「む、そうか。今行くぞ! すまない少女よ。また後でだ! この後ポケスロンに出場しないといけないのでな!」

 

「あー、ポケスロンの選手さんでしたか」

 

 停止した思考で、何とかそんな風に返した。

 もうどうにでもなーれ。

 

「うむ。加えて言えば前回大会のチャンピオンでもあるんだ! しかも今回は新メンバーを加えての参加だからな! 良かったら応援してくれたまえ!」

 

「兄さん急いで!」

 

「おう、そう急かすな! それではな、少女Aよ!」

 

「誰が少女Aか」

 

 私の突っ込みも聞かずにハジメお兄さんズは去っていった。

 ……ふぅ。

 ああいう無駄にテンションの高い人を前にすると、どうにもローテンションになる傾向があるなぁ。

 逆に考えるか、釣り合いが取れているんだと。

 

「さて、折角だから見学して行こっか、アロー?」

 

 手に持ったボールが、わずかに熱を帯びた気がした。

 

「見間違えじゃなかった」

 

 私の前にいるのは二人のハジメお兄さん。

 一人は選手として参加していて、一人は司会として会場入りしていた。

 一体いつから人間は影分身を使えるようになったんだ。

 私も覚えたい。

 

『おお! 教えテレビのお兄さんことハジメ選手! ブレイクブロックを圧倒的な得点で一位です! 二位との差は歴然!』

 

 会場が沸き立つ。

 どうやら人気選手のようだ。

 ……タンクトップのどこがいいんだろう。

 

『続く競技はプッシュサークルだ! 次もハジメ選手が圧倒するのか!? それとも他の選手が巻き返すのか!』

 

 第一種目が終わった後、続けて第二種目が行われた。

 他のポケモンを押しのけてサークルの中に入るスポーツ。

 あれだ、Wii Partyのスポットライトに入るゲーム。

 あれと同じような競技だよ。

 

 こっちはブレイクブロックと違って乱戦になる。

 だから一位は集中放火されるだろうね。

 これにはさすがのチャンピオンも対応に困るんじゃないかな?

 

(……あれ?)

 

 何かがおかしかった。

 戦況は私の読み通りだった。

 現時点でトップのハジメさんのポケモンを、他の三人で押し出そうとする展開。

 事実得点の低いサークルでは、ハジメさんのポケモンは押し出されている。

 

(どうして高得点のサークルでは、ただの一度も押し負けていないの?)

 

 そのポケモン、ケンタロスに注目する。

 他の三人のポケモンが息をそろえて突進する。

 それを躱すでもなく、押し負けるでもなく、ケンタロスは弾き返した。

 パワータイプのポケモン三匹を相手に、押し返したのだ。

 

『強い! 強いぞケンタロス! ハジメ選手の新メンバーにして新エース! 怒涛の連続高得点だ! 他の選手は為す術無しか!?』

 

 何か、何かあと少しの切っ掛けで、その違和感をひも解けそうだったのに。

 それが叶うことはなかった。

 隣の客席から、司会のケジメは兄だからって優遇し過ぎだよなという声が聞こえた。

 あの二人、双子だったのか。それでこんなところまで来ていたのね。

 そんな思考に飲み込まれ、私は結局違和感の正体を掴めなかった。

 

『そこまでッ! 強い、強すぎるぞハジメ選手! もはやだれにも止められない!!』

 

 爽やかな笑顔を見せるハジメ兄さんとは対照的に、他三人の表情は浮かなかった。

 誰も彼もが苦悶の色を浮かべ、絶望に飲まれている。

 

(……勝ったな、風呂でも行ってくるか)

 

 まあ風呂には行かないんですが。

 負けフラグ立てとけばどんでん返しないかなーって。

 逆転を、私は、望んでいるんだ!

 

『最後の競技はスマッシュゴールです! このゲームは逆転の可能性を大きく秘めているぞ!』

 

 頬杖をついてぼんやりと試合を眺める。

 ダメっぽいですね。

 既に他の選手の心が折れている。

 それどころかケンタロスの勢いは増してきている。

 

(うーん、どうにも何か違和感があるんだけどなぁ……)

 

 ここからだと遠すぎてよく分かんないや。

 近くに行けば分かるのかもしれないけれど、そこまでして知りたいほどでもない。

 ハジメさんは既に一桁多く得点を重ねている。

 もはや試合がひっくり返ることもないだろう。

 

 あれだ、『段違いなんてモンじゃねぇ、桁が違う』ってやつだ。

 

(ん?)

 

 今まで順調に得点を重ねていたケンタロスが暴れ出す。

 徐々に、徐々に。

 前に、後ろに、激しくロデオドライブする。

 

『ケンタロスの様子がおかしいぞ! ハジメ選手! 急いでボールに戻してください!!』

 

 言われるまでもない、そういった様子で。

 ハジメお兄さんが、必死にケンタロスを戻そうとしているのが分かる。

 だがしかし、そこからリターンレーザーは放たれない。

 それに気づけたのは、私が長くボールと向き合ってきたから。

 

(ボールの故障だ!)

 

 そう気づいた時には、体が動いていた。

 ベルトに付けたボールを下から弾き上げ、ほぼ垂直に投げ上げる。

 

「行くよ! アロー!」

 

 ファイアローに鉤爪で支えてもらい、私は会場に向けて飛び立った。

 

 惨憺たる状況だった。

 

 トレーナーに攻撃をするケンタロス。

 

 それを守りに入るポケモン達。

 

 数で立ち向かえど、それを単騎で撃破する。

 

 ケンタロスが、その猛威を振るう。

 

「アロー! 鬼火!」

 

 言いながら、私は飛び降りた。

 私の周囲を、黒い炎が追い越していった。

 それらはケンタロスを焼き焦がし火傷にした。

 

『き、君! 危ないから下がりなさい!』

 

「危ない? この状況が既に危険なんだよ!」

 

 フィールドを駆け、ハジメお兄さんの元へと走り出す。

 短い手足が煩わしい。

 一挙手一投足が遅い。

 もっと早く、もっと前へ。

 

「ボール!」

 

 息せき切りながら、ようやく私はハジメ兄さんの前に立った。

 私の掛けた言葉の意味を理解できていないのか、ハジメさんはもたつくばかりだ。

 

「ケンタロスのボールを、早く渡しなさい!」

 

「わ、分かった!」

 

 そこまで言って、ようやくハジメさんは動いた。

 ボールを受け取るや否や、私はそれを砕いた。

 

「何を!?」

 

「黙ってなさい!」

 

 リターンレーザーが壊れているということは、内部の基盤がどこか壊れているということだ。

 膨大なプログラムからバグを取り除く。

 莫大な書類から誤字を修正する。

 それ同等の労力がボールの修理には求められる。

 

(そんな事してたら日が暮れてしまう!)

 

 ならどうするか。

 重要なデータだけを空っぽのボールに移植する。

 エラーの無いプログラムの参照データだけを書き換える。

 誤字脱字の無い書類の表紙だけを取り換える。

 少なくともゼロから直すよりよっぽど早い。

 

 手元からシルフ製のモンスターボールを取り出すと、いつもの要領で分解していく。

 内蔵されたチップを取り外し、入れ替える。

 親の情報や出会った場所、出会ったレベル。

 そういったデータが記録されているチップだ。

 

(よし! あとは開閉スイッチを取り付けて……)

 

 わずかに途切れた集中力が、現実世界を映し出す。

 そこには私に向かってくるケンタロスが映っていた。

 

 色彩を忘れたたかのように、世界が色あせていく。

 一秒先が、引き延ばされていく。

 

「危ない!」

 

 ハジメさんが私を庇う様に飛び出した。

 その動きは、酷く緩慢に見える。

 

 その時私は。

 その雄姿を目に焼き付けるでもなく。

 呆然と成り行きを見届けるのでもなく。

 再びボールに意識を戻した。

 

「ぴょえぇぇぇ!」

 

 世界が色を取り戻した。

 そんな気がした。

 時が、正確に刻まれ始める。

 

「ナイスだよ、アロー!」

 

 ファイアローがケンタロスに強風を叩き込む。

 強制的に退かせる技『吹き飛ばし』だ。

 それを受けてなおケンタロスは私たちに歩み寄る。

 力強く、大地を踏みしめて。

 

(それだけの時間があれば、十分なんだよっ!)

 

 開閉スイッチを取り付け終えた私は、ボールをケンタロスに向ける。

 

「大人しく……、引っ込んでろォ!」

 

 次の瞬間、鋭い光が走った。

 それは吸い寄せられるようにケンタロスの元へ向かい、ケンタロスを吸い寄せた。

 強い光をまき散らしボールが口を開く。

 私の手元から零れ落ちたボールは、少しの土煙を巻き上げて地面についた。

 

 フィールドに静寂が満ちた。

 誰一人として、音を立てる者はいなかった。

 

「……はぁ、はぁ。間に、合った」

 

 地面に手をつき、腰をついた。

 額から粒のような汗が流れ落ちる。

 

(うおぉぉぉ、死ぬかと思ったよぅ!!)

 

 心臓がバクバクと鳴っている。

 手が震える。

 上手く力が入らない。

 

「うおおおぉぉ!」

 

 次の瞬間、会場が沸き上がった。

 お前らこれがどれだけギリギリの勝負だったか分かってないだろ。

 

(お父さんがシルフの社員じゃなかったら詰んでたんだぞ!)

 

 私に継承された技術は、ガンテツボールのものだけではない。

 シルフ製のボール理論も、基本的なところは頭に詰め込まれている。

 流石に公開しても問題ない部分だけであるが、それだけあれば十分だ。

 その知識の有無が、天王山だ。

 

 私はそれを知っていた。

 だから移植が可能だった。

 

 もし私がボール理論を知らなければ、ケンタロスは今も暴れまわり、フィールドを破壊しつくしただろう。

 その過程で、ここに居るトレーナーも負傷したに違いない。

 親であるはずのハジメさんを含めて、だ。

 

「た、助かったよ。えっと……」

 

「……少女Aって呼べば?」

 

 ハジメさんが私に声を掛けてきた。

 一難退け、少し余裕のできた私はちょっと意地悪な返しをした。

 ハジメさんは困ったように笑い、謝罪した。

 

「先ほどはすまなかった。それと同時に感謝する。名前を教えてはくれないかい?」

 

「……チエ」

 

 私は小さく呟いた。

 するとタンクトップ弟の方が、私にマイクを渡してきた。

 えぇ、こんな大勢の前で自己紹介するの?

 

(あ、宣伝できるって考えれば儲けものか)

 

 私は老後に備えてお金を集めなければいけないんだ。

 すべては快適なスローライフのために、もふもふライフのために!

 そう考えればここで売名できるというのは悪い話ではない。

 

『私の名前はチエ! 偉大なるボール職人ガンテツの孫娘! 縁があったらよろしく!』

 

 マイク片手に、もう片方の手を振る。

 とことこと歩いてきたアローも、その翼を広げてアピールする。

 

(プラス収支だと考えよう)

 

 そうじゃなきゃやってられない。

 そうじゃなきゃ、ただ無駄にモンスターボールを消費しただけだ。

 

(あ、でもボール代は後で請求しよ)

 

 こうしてポケスロンロデオ事件(私命名)は幕を閉じた。

 盛大な歓声と共に……。

 

 その後私は、人混みをかき分けてポケスロンを練り歩いた。

 ボンドリンクを買って、アローにあげた。

 それだけで終わったわ、私のポケスロン旅。

 

 とはいえ既に日は暮れ始め、コガネシティがいい感じに彩られ始めている。

 そろそろ一度戻ろう。

 そしてコガネの夜景を目に焼き付けようぞ。

 

 ポケスロンドームと自然公園を繋ぐゲートをくぐるその途中。

 私は一度、人通りの少ない場所に移動した。

 そして立ち止まり、声を掛けた。

 

「出てきたらどう?」


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