ボールはともだち! ~One For Ball~   作:HDアロー

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二話 「カンチガイ」

 俺はシャドーという組織の一員だ。

 ポケモンの心を閉ざし、戦闘マシーンにする。

 そしてそれらのポケモンは、ダークポケモンと呼ばれている。

 俺はそんな研究を推し進めている組織の構成員だった。

 

 今日は俺たちにとって、華々しい一日になる予定だった。

 ポケスロンという、ジョウトで今最も脚光を浴びている競技でダークポケモンの強さを知らしめる。

 その後派手に登場し、我々シャドーの存在を喧伝する。

 その手筈だったんだ……ッ!

 

 すべてが順調だった。

 

 前回の優勝者というやつに声を掛けダークポケモンを渡す。

 最初は渋っていたが、ダークポケモンの強さを見せたら目の色変えやがった。

 そうだ、それでいい。

 俺はハジメとかいう男に、ダークケンタロスを与えた。

 ボールのリターンレーザーに、仕掛けを施したうえで。

 

 その後も事は、恙無く運んだ。

 予定通りケンタロスは活躍を重ね、圧倒的強さを見せつける。

 もう少し、あと少しだ。

 ほんの僅かなフラストレーションで怒りが爆発し、ハイパー状態に陥る。

 その時が、ダークポケモンの神髄を見せつけるときだ。

 

 ……計画が狂い始めたのは、あの幼女が飛び込んできてから。

 折角用意してもらった細工済みのボールを破壊したかと思えば、ほんの数十秒で直しちまいやがった。

 聞けばガンテツの孫だという。

 ふざけんなよ、なんだそりゃ。

 

 とにかく、こいつは危険だ。

 野放しにしておけば確実に計画に支障をきたす。

 折を見て闇に葬ってしまおう。

 

 日も傾き始め、宵闇が迫りくる。

 薄暗くなり始めるこの時間帯。

 暗順応が追い付くまでのゴールデンタイム。

 そのタイミングで好機が訪れた。

 

(ターゲットが人気の無い所に移った!)

 

 今だと思った。

 呼吸を殺そうと、息を大きく飲み込んだ時だった。

 あいつが声を発したのは。

 

「出てきたらどう?」

 

 ……血の気が引いていく。

 そんな錯覚を、覚えた。

 

 ポケスロン会場で大活躍をした私。

 飛び入りで売名を行い、順風満帆なスタートダッシュを切った私。

 そんな私の前に、一人のコスプレイヤーがいた。

 

(誰だよお前ッ! いや! 出ておいでとは言ったよ?! でもまさか、本当に出て来るとは思わないじゃん!?)

 

 気分的には老デウスに出会った時のルディの気分だ。

 意味はなく、なんとなくやってみたかっただけ。

 誰も居ないことを確認して、安心して、一人中二病乙と笑う。

 そうしたかっただけだ。

 

 なのに、戦隊ヒーローみたいな奴が、そこにいた。

 

「……はじめまして、だよね? 何の用かしら?」

 

 私はつとめて冷静に、内心を見破られないように。

 表情筋が引きつりそうになるのを必死に抑えてそう問いかけた。

 

 目の前の女が何の用かしらと声を掛けてきた。

 何の用だと? 白々しい。

 それを知らない奴が俺に気付くはずがないだろ!

 笑いを堪えたようなその面が動かぬ証拠だ!

 

「何の用だと? 惚けるな。今回、本来我々が名乗りを上げるはずだったのだ!」

 

「ああ、私が売名しちゃったから遠吠えしに来たのね。ねえねえ、今どんな気持ち?」

 

「く、ふっ、フザケルナァ!!」

 

 ぶっ潰す!

 

 何この人、沸点めちゃくちゃ低い。

 カルシウム力が足りないよ。

 

 そんなに私が名前を売ったことが嫌だったのかな。

 あれは私の勇気に対する見返りみたいなものじゃん。

 悔しかったのなら行動に移せばよかったのに人に当たるなんて、男って勝手ね。

 

 男がポケモンを繰り出す。

 炎タイプのポケモン、マグマラシだ。

 

「アロー、お願い!」

 

 私もファイアローを繰り出した。

 

(んん? もしかして人生初のポケモンバトルなのでは?)

 

 私の初めて、こんな奴にとられちゃった。

 悔しい、でも……何アホなこと考えてるんだろ。

 勝負に集中しよう。

 

(炎タイプか、鬼火が入らないのが厄介ね)

 

 ただまあ、それならそれなりにやりようはある。

 

「ファイアロー! ビルドアップ!」

 

 ビルドアップは防御と攻撃の能力を引き上げる技だ。

 これを駆使するポケモンは、筋トレ型と言われる。

 主に聞くのは筋トレアローや筋トレランド、筋トレマッシブーンあたりか。

 ちなみにビルドアップとドレインパンチの両方を覚えたポケモンはなぜかビルドレと呼ばれ、筋トレとは別のくくりにされる。何故だ。

 

 まあ要するに、相手の火力を削れないならこちらの耐久をあげちゃえばいいじゃないという話だ。

 ただまあ、今回に至っては失着であったと認めざるを得ないだろう。

 理由はまぁ、相手を見誤ったことにある。

 

「マグマラシ! ダークラッシュ!」

 

 マグマラシが放った技は、ポケモンコロシアム及びダークルギアでのみ登場する技。

 ダークポケモンのみが有するダーク技。

 

「あ、シャドーの人か」

 

 私は小さく呟いた。

 

「あ、シャドーの人か」

 

 目の前の少女が、小さく呟いた。

 

(今、何と言った……?)

 

 聞き間違いか?

 いや、そんなはずは……。

 俺が実は難聴系主人公だったとか、そういうオチでなければ。

 少女は確かに、俺の事をシャドーの人間だと言った。

 

(コイツ……どこまで知っていやがる!?)

 

 心臓を握り締められた。

 そんな錯覚を覚える。

 背筋を伝う汗が、やけに冷たく感じられる。

 

 シャドーは今まで水面下で活動してきた。

 今日という一日を夢見て、ずっとずっと日陰で生きてきたんだ。

 だというのに、この少女は何故!

 

「どこでそれを知ったァ!」

 

 その不安、その悪寒、その恐怖を振り払うように。

 俺は大きく叫んだ。

 

 この少女は危険だ。

 必ず始末しなければいけない!

 

 うおっ、びっくりした。

 急に叫ばないでおくれ。

 それともこれがいわゆる怯み狙いとか言うやつなのか?

 運命力に頼るのはあり得ませんぞ。

 

(それにしてもダークラッシュか……。これは早期決着に切り替えたほうがいいかな?)

 

 仕様がダークルギアのものならば問題はない。

 問題なのは、コロシアムの設定を引き継いでいる場合だ。

 そしてその可能性は極めて高い。

 

 これらのゲームには特別な状態異常、『リバース状態』と『ハイパー状態』という物がある。

 リバース状態は自傷していくだけなので特に危険はないが、ハイパー状態は注意が必要だ。

 この状態ではダークラッシュ以外の指示を受け付けなくなったり、トレーナーに攻撃したりする。

 先ほどのケンタロスの暴走具合から察するに、ハイパー状態になる可能性が高いと考えていいだろう。

 

 そしてハイパー状態には、特筆すべき点がある。

 それは『ダークラッシュの急所率が上がる』という物だ。

 

 この状態であればほぼ確実に技が急所に当たる。

 事実RTAではハイパー化したアリゲイツが『俺TUEEE!』する様子が見られる。

 急所に当たった攻撃は、防御側の引き上げた防御力を無効化する。

 どれだけビルドアップを積んでも一撃の前に敗れてしまうということだ。

 

「アロー、行くよ」

 

 ファイアローが掛け声とともに駆け出す。

 翼をはためかせ、走り出す。

 勇猛果敢なる翼の証、ブレイブバードだ。

 

「はっ、マグマラシ!」

 

 突撃するアローをマグマラシが迎撃する。

 二体が衝突し、撃力が生じる。

 空気が弾け、暴風が吹き荒れる。

 

「今! かまいたち!」

 

 弾けた空気で生じた風の刃。

 それを利用し、溜め無しでかまいたちを放つ。

 拡散した波動が収束し、マグマラシに襲い掛かる。

 一刀一刀の風の刃が、八つ裂いていく。

 

「そんなバカな!?」

 

 その猛攻に耐えることもできず、マグマラシは倒れ伏した。

 私バトルセンスありありじゃね?

 喰いタン後付けしちゃう?

 

 さて、シャドーの……なんていう名前だったっけか。

 全然覚えてないや。

 前世の記憶っていうのは曖昧なもんだね。

 まあとにかく、シャドーの人間を退治したわけだ。

 あたいったら最強ね。

 

 あとは丁重にお引き取り願うだけだ。

 

「心を閉ざし、戦闘マシーンにする計画。確か、ダークポケモンって言ったかしら?」

 

「お前……、どこでそれを」

 

「……さて、どこででしょうねぇ?」

 

 薄ら笑いを浮かべる。

 本心を隠すように。

 仮面を貼り付けるように。

 

(やっべぇ、ミスった! この情報一般人が知りえない情報じゃん。新世界の神みたいに原作知識とチエが知りうる知識を使い分けないと!)

 

 いやもう手遅れの気がする。

 もう、何でこうなるの!?

 折角いい感じに旅立てたっていうのに……。

 初日から大波乱だよ!

 そんな人生お呼びでないよ!

 

「く、くふふ」

 

 目の前の男が笑い始める。

 何だコイツ気持ち悪い。

 ついにイカれちまったよ。

 

「お前がどこでその情報を知ったのかは分からん。だがしかし! さすがにこれの事は知らんだろ!」

 

 そう言って、男は腕まくりをした。

 引き上げられた袖から、メカニックな腕が顔をのぞかせる。

 

「あ、スナッチマシンじゃん」

 

 ……。

 

 私のその不用意な発言が、場の空気を凍り付かせた。

 ……そんな気がした。

 

(ガッデム! だから原作知識と使い分けろって言ってんだよぉぉぉぉ!)

 

 あのドヤ顔見た!?

 絶対あれ出来たばっかりの新作だよ!

 それを知ってる私って何者だよってなってるよ! 絶対!

 ほら、錆びついたブリキみたいになっちゃってるじゃん。

 

「えぇい! そこまで知っているのなら分かるだろう! この機械の恐ろしさが!」

 

 スナッチマシンにボールが握られる。

 スナッチは日本語で強奪。

 ポケモンにおける禁忌。

 ヒトのポケモンを盗ったら泥棒を破るための装置。

 それがスナッチマシーンだ。

 

「お前のそのファイアロー! 我々が貰い受ける!」

 

 ボールの口が開き、キャプチャーネットが飛び出す。

 眩いほどの光量を携えて。

 

 スナッチマシンから放たれたボールが、ファイアローを飲み込んだ。

 


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