前作「依田芳乃がシンデレラになった話。」の幕間劇のようなものです、少し設定を前提として引用しておりますのでそちらもどうぞ。

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依田芳乃が猫を拾う話。

師走にしては、珍しい天気だった。

 

「こんなに降るなんて思っても見なかったんですけど…」

 

明日は晴れだ。乃々は昨日母からそう聞いたはずだが、事務所にたどり着く頃には靴のつま先が少し冷たくなるくらいに激しい雨が降っていた。

 

「あれ…?」

 

乃々は折りたたみ傘の水滴を払い、軽く髪を拭いた所で、芳乃がまだ事務所に来ていないことに気が付いた。

普段は乃々よりずっと先に来て、事務所の掃除をしているのだ。記憶を辿る限り、乃々が事務所につく頃にはいつも芳乃が居た。

 

雨のせいで電車が大幅に遅れているという話を思い出したが、彼女は今ここからほど近い女子寮に住んでいるのだ。関係はあるまい。

 

「芳乃さんとはいえ、そんな日もあるかもしれません。今日は私が…」

 

そう思い立ち、芳乃の代わりに掃除を始めることにした。とはいえ乃々も特段早くついている訳でもないので出来ることは少ないだろうが。こういうことは実行するというところに意味があるのだと思っておくことにした。

 

 

 

 

「すみませぬー。遅れてしまったのでしてー」

 

そう言って芳乃が事務所にやってきたのは、時間ギリギリだった。

 

「あ…芳乃さん…って、なんだかびしょ濡れですけど…」

 

この雨にも関わらず、芳乃は傘をさしていなかった。今は和服ではないとはいえ外は十分に寒く、風邪をひいてしまいそうだ。乃々はハンドタオルを差しだそうとして、芳乃が何か大事そうに抱えていることに気が付いた。

 

「お気遣いありがとうございますー。この子が彷徨っているのを見つけてしまいー、ついー」

 

芳乃と同じくらいびしょ濡れの、ピンク色の首輪をした黒猫だ。寒いのか、大人しく芳乃に抱かれている。

 

「じゃあ私が…その猫さんを乾かしますから…。芳乃さんは早くレッスン着にでも…」

「では、お任せいたしますー」

 

乃々はタオルで猫を包み込みながら、相変わらず無茶をする人だ、とため息をついた。

 

 

 

 

「うーむ‥‥‥‥困ったなあ」

 

プロデューサーは猫を眺めながら唸る。眺めると言っても目の前ではなく、かなりの距離を開け、マスクをした上で、だ。

猫アレルギーらしい。今日は雨のせいでじめついているのが幸いしてマシなほうらしいが普段はくしゃみが止まらなくなるとか。

女子寮はもちろんペット禁止だし、乃々の家も一時的とはいえ急には難しいだろう。

 

「飼い主はわたくしが責任をもって見つけますゆえー、どうかー」

 

芳乃の事だ。力を封印したとはいえ、まだ使えなくもないらしい失せ物探しの力で、どうにかなるのかもしれない。

プロデューサーは黙考の後、猫と芳乃を一瞥し、お手上げだと言わんばかりに「出来るだけ早くしてくれよな、あと部屋は分けてくれ」と肩をすくめて言った。

 

「もちろんですー。すぐに見つけて御覧に入れましょうー。それではわたくしは早速ぽすたーの作成にー」

「待って、ちゃんと仕事とかもやってくれよ?」

「ほー?わたくしの仕事は拝み屋で失せ物探しですがー?…冗談ですよー。わかっておりますー」

「冗談に見えなかったのが怖いんですけど…」

 

芳乃は冗談と本気の区別がつきづらいから困る。乃々とプロデューサーの共通認識だった。

結局その日は、空いた時間で飼い主探しのポスターを作ったり、猫の寝床を用意するなど、近づきつつある年末年始とはまた違った意味で慌ただしかった。

 

 

 

 

 

 

次の日。雨はまだ止まなかった。

そして、また芳乃が居ない。

 

「こ、今度こそ大丈夫でしょうか…」

 

乃々は猫に餌をやりながら待つ。芳乃が到着したのは、また時間ギリギリだった。

ただ、今度はちゃんと傘を差している。猫もいなかった。

代わりに、びしょ濡れの女の子を連れている。乃々と同じくらいの年齢だろうか。

 

「また遅くなってしまいましたー」

「ああ、飼い主さんですか?」

「いえー。そうではありませぬがー。どちらかというと迷い猫のようですなー」

「? とりあえず服を乾かして…」

 

既視感からか乃々はつい昨日と同じようにタオルで女の子を拭こうとしてしまう。

 

「「あっ、ごめんなさい…」」

 

そう言ったのも、頭を下げようとしたのも同時。鈍い音がした。

 

「大丈夫ですかー?」

 

頭をさする二人に芳乃が声をかける。

 

「私は慣れてますから…本当にごめんなさい」

「いや…もりくぼもちょっとびっくりしただけで…そんなに痛くはなかったんですけど…」

 

その女の子は乃々からタオルを受け取っても、しばらく雨宿りしていくことを芳乃が勧めても、終始謝ってばかりだった。乃々も自分が「ごめんなさい」と口にすることが多い方だと自覚しているが、この子は明らかに自分のそれよりも多かった。

 

芳乃もそれを心配しているようだったが、口には出していなかった。だから乃々もそこには触れずに、あくまで必要なことだけを喋ることにした。

 

 

 

 

 

「うーん‥‥‥‥‥‥困ったなあ」

 

昨日と同じように、Pが唸る。今回は応接間で、女の子と向き合っていたが。

 

白菊ほたると名乗った少女は、どうやら同系列のプロダクションでアイドルをしていたらしい。ただ、事務所が無くなってしまい、実家に帰るにも急には難しく、どうしていいかわからなくなり途方に暮れていたところを芳乃に拾われたとのことだ。

 

「一度プロダクション自体のオーディションは通ってるわけだけど、急遽うちで採用ってわけにもいかないからな…」

「これ以上担当アイドルを増やさないのは何故でしてー?」

「んー、まぁ、色々と大人の事情があるんだ。詳しくは言えないが気にしないでくれ」

 

言い淀むプロデューサーに芳乃は不服そうだが、そこをそれ以上追及してもどうにもならないと理解したらしい。

 

「あっ、あの‥‥!私、もう本当に大丈夫なんで!ありがとうございました。雨も弱まったみたいですし!」

 

ほたるが急に立ち上がる。指さした先の窓では‥‥

確かに弱まっていた雨が、途端に大粒になり、窓を強く叩き始めた。

 

「うぅ…いつもこうなんです…やることなすこと全部うまくいかなくて…」

「ほー? もしよければ、また雨が弱まるまででも構いませぬので、聞かせてはくれませぬかー?」

「はい…ここに居させてもらった訳ですし、お話します…」

 

 

 

白菊ほたるは、生まれつき「不幸」な子だった。

「運」が絡むと、必ずと言っていいほど悪い結果が出てしまった。何をどうやっても、それは変わらなかった。

ともすれば、自分の周りの人間にまで影響を及ぼしてしまうことだってあった。出来るだけ人に近寄らないようになった。

嫌な予感だけは常に的中した。何も考えたくなかった。

上手くいくのは、後で全て台無しになるからだった。オーディションに受かってアイドルになれたのもそういうことなのかと、心のどこかで思ってしまっていた。

そして、ついにそんな予感は当たってしまったのだった。

事務所が立ち行かなくなり、プロデューサーは失踪。地方に営業に行っていたほたるは、それを聞かされてすらいなかった。

他のアイドルは業種転向した者もいるが、何とか今までのコネでひとまずの仕事は残っていた。

何もなかったのは、ほたるだけだった。

「可哀想に」「運が悪かったね」同情こそされたが、道は開けない。

自分の持ちうる最後のツテを訪ね、その希望もあえなく散り。

壊れた傘を引きずって歩くほたるを、芳乃が発見したのだった。

 

 

「と、いうわけなんです。だから、あまり長居は…」

「むー‥‥‥」

「な、なんだかとても大変そうなんですけど…」

 

話を聞き終わった芳乃は、徐に立ち上がりほたるが座る椅子の周りを何周か回り、じっくりとほたるを眺めた後、

 

「物の怪の仕業かもしれませぬなー」

 

と、言い放った。

 

プロデューサーと乃々は芳乃が不思議な力を持っていることは知っているし、突飛な発言にも慣れているので言っていることはわかったが、全く知らないほたるは思考が空回りしているようだった。

 

「もののけ…幽霊みたいなものですか?」

「えぇ、怪異の類ですー。拝み屋であるわたくしやその知り合いならば、ほたるさんの不幸を祓ってさしあげることができるやもしれませぬー」

「ほ、本当ですか…?」

 

ほたるが顔を上げる。

 

「今はよく見えませぬが、いつ尻尾を出すやもしれませぬゆえ、見張っておきたいところですなー」

 

そう言いながらちらとプロデューサーの方を見る。あくまで知らんふりを突き通すと言わんばかりに、よそ見をしていた。

 

「外は寒そうですなー。年の暮れも近づいて参り、多忙を極めると思いますー。そこでー、一時的に付き人として、というのはいかがでしょうー?」

 

芳乃の提案に、プロデューサーは「あのなぁ…」とため息をつく。乃々にも、今のプロデューサーの言わんとすることはわかった。軽々しく決めることが出来る問題ではないし、今までの話を聞かされて積極的にというのも難しいだろう。

そもそも、そういうことはプロデューサーが決めることであり、芳乃が口出しすることは出来ない…そう窘めるか、否か。どうしたらよいのか、乃々にはわからなかった。急に訪れた静けさに、余計に混乱させられる。

 

シン、と張りつめた空気を破ったのは、芳乃でもプロデューサーでも、ほたるでもなかった。

 

「ンギャア」と、何かの声。振り向いた先には、別の部屋にいるはずの黒猫が居た。

 

視線を集め、悠然と歩き、ほたるの膝の上に飛び乗る。もう一度、「ンギャア」と鳴いた。

 

「そういえば、初めて鳴き声を聞いた気がするんですけど‥‥」

「わたくしも、そんな気がしますー。何かあるのでしょうかー」

 

かと思えば、ほたるの膝の上で眠りについてしまった。

 

「いきなりやってきたと思ったら…なんだぁ…?」

 

マスクを取ってきたプロデューサーが椅子に座りなおす。猫はピクリとも動かず、その躰をほたるに預ける。

 

今度はプロデューサーの携帯が鳴り始めた。画面を確認し、少し慌てた様子で席を外してしまった。

 

ほたるは困惑しながらも、ゆっくり猫の背に触れた。猫は特に驚く様子もなく、されるがままにしている、

 

「珍しいことですね。私は動物にあまり好かれることがないので…」

「そうですかー、あまり粗暴な振舞いをする方には見えませんし、好かれてもおかしくないとは思うのですがー」

 

しばらくしてプロデューサーが帰ってきた。困ったような顔で良い淀む。

 

「あー…。悪いが今からしばらく出張に出ることになった。二人のマネージャーとして事務員に代理を頼むつもりだったが生憎そっちも都合が合わん」

「ほー…、つまり?」

「急に俺の代理が必要になった。そこでもしよかったらだが…君に頼んでもいいか」

 

きまりが悪そうだが、口調は丁寧だ。

 

「えっ、いや、あの…私にそんな大役を…」

「君の話を信じないわけじゃないが、不幸が伝染るなんて話を真に受けていてはやってられんからな。それに、出張の間のスケジュールはもう組んであるんだ。君は念のために同伴して、何かあったらその都度俺に連絡をくれればいい。自由に動ける人間が常に一人いることが重要なんだ」

「は、はぁ‥‥」

 

ほたるは急の出来事をうまくのみこめていないようだ。乃々も、芳乃もそうだった。ただ、プロデューサーの焦りだけはよくわかる。よほど重要な電話だったのだろう、と乃々はぼんやりと考えていた。

 

「なんだか、急ですね…こんな事は初めてなんですけど…」

「ああ、俺も初めてだ。誰からとは言えんが急用を任されたからな。今後どうなるかは保証できんが、もし受けてくれるのであればしばらくは面倒を見られるだろう」

「はい…」

 

こうして、ほたるはプロデューサー代理を任されることになったのだった。

 

 

 

 

 

それからというものの、やることなすことの殆どが上手くいかなくなった。

 

移動中で車が故障する、電話が何故か繋がらなくなる、挙句の果てにはロケ地のあたりで爆発事件が起こる等、どれも辛うじて大変なことにはなっていないが、目に見えて不運に見舞われることが増えている。そしてそれはほたるが離れている間には起きないのだ。ほたるは途中から出来るだけ席を外すようになっていた。何故か猫には異様に懐かれているので、もはや猫の世話係だ。

 

「今日もお疲れ様ですけど…」

「いえ…乃々さんこそお疲れ様です」

 

乃々が机の下から突然声をかけるのにも慣れたようで、ほたるはとくに驚く様子もなく作業を続けている。はじめのうちは、びっくりして転んでお茶をぶちまけたりしていたのだ。

 

「何かあったら…手伝うんで…遠慮なく言って欲しいんですけど…」

「いえ、これ以上迷惑をかけるのも悪いので、大丈夫です…では私はすずらんにご飯をあげてきますね」

「すずらん…?」

「名前で誰も呼んでないようだったので…すずらんって呼ぶことにしたんです‥‥。ごめんなさい、この子の毛色とは正反対の花なんですけどね…何となく、しっくり来てしまって」

「可愛い名前だと思います…。もりくぼもついてきていいですか?」

「はい、構いませんが…」

 

乃々とほたるは猫のいる部屋に移動する。換えの水はこぼすといけないので乃々が運ぶことにした。

 

「そういえば…飼い主を探してるって話は聞いたんですが、いつからなんですか?」

「ほたるさんが来る前の日ですけど…芳乃さんが雨の中で見つけたと言っていました…」

「そうだったんですね。芳乃さんが…。中々個性的な方ですよね」

「んー…私にもわからないくらい不思議な人なんですけど…」

 

流石に芳乃の家のことまで話してしまうのは気が引けたので、失せ物探しをしたり考えていることを言い当ててきたりしたことをかいつまんで話した。

 

「不思議な人だとは思ってましたが、そんなことが出来るとは…。総選挙でシンデレラになるのも、やっぱりアイドルに向いてるんでしょうね、私よりも、ずっと」

 

ほたるはそう言って、窓の外を眺める。

 

「ほたるさんもきっと、アイドルに向いてると思いますよ」

 

ほたるに不思議そうな顔を向けられ、乃々は我に返る。口をついて出たその言葉に、自分でも驚いていた。

 

「ぁ…あの…えーっと、芳乃さんの受け売りなんですけど…、何か目的があるなら…それは多分アイドルをするのには向いている…ってことだと思います…」

 

一番アイドルに向いていないのは、きっと何の目標のなく辞められずにいる自分なのに。乃々はずっとそう考えながら、言葉を続けていた。

 

「こうしたい…とか、こうなりたい…って気持ちが一番大事で……がんばる理由があるから…それが…」

 

鳩が豆鉄砲を食ったような顔で、ほたるは乃々を見つめていた。

 

「その…あぅ…喋りすぎたので、もりくぼはやっぱり聖域に帰ります…。聞かなかったことにしておいてください…」

 

恥ずかしさのあまり机の下に戻ろうとする乃々に、ほたるが声をかける。

 

「ふふふ、ありがとうございます」

 

声音は普段よりも少しだけ、明るかった。

 

 

 

 

 

しばらくして、芳乃が帰ってきた。なにやら紙束を持っている。

 

「ぽすたーが出来上がりましたゆえー貼りに参りましょー」

「ではわたしは残りのお仕事をかたづけてますので気を付けて…わわっ!?」

 

ほたるの腕からするりと抜け出した猫が、芳乃の足元までやってくる。

 

「猫さんもついてくるのでしてー?」

 

芳乃が猫にそう尋ねると、猫は踵を返しほたるのところに戻り、そのズボンのすそを引いた。

 

「どうやら、一緒に行こう、とのことでー。ほたるさんも休憩ということで、ついて来ませぬかー?」

「では…そうさせてもらいます」

 

曇り空だったので傘を持って行くことにした。手分けして回るほどの枚数ではないので、近隣にはる程度だろうか。同じ内容のポスターを、芳乃は全て手書きで作っていたようだ。乃々は印刷のやり方を後で教えておこうと思った。

 

芳乃について歩き、時々ポスターを張って、また歩く。枚数が折り返しに達した辺りで、ほたるは頬に水滴を感じた。

 

「あ…雨ですね…。傘を持ってきておいてよかったです」

「ですねー。あまり強くならないといいのですがー」

「私が傘を持つので、ほたるさんは猫を抱いていてほしいんですけど…」

 

ポスターの枚数が減るにつれ、雨は少しづつ、強くなってゆく。

 

そして最後の一枚を貼り終えるころには、芳乃が猫を拾ってきたあの日と同じくらいまで、雨足が強まっていた。

 

「これで最後ですー。濡れない程度に、急いで帰りましょー」

「すいません、すこしいいですか?」

 

そう呼び止めたのは乃々でもほたるでもない女性の声。芳乃たちより少し年上のようだ。

 

「はいー、どうかしましたかー?」

「その猫ちゃんの飼い主さんですか?」

「いえー。数日前に雨の中で歩いているのをお見掛けし、飼い主を探しているのでしてー」

「本当ですか!? 私の知り合いに飼い猫が居なくなってしまった子が居て、その子の猫とそっくりだったので。もしよかったら、確認したいので少しお時間よろしいですか?」

「はいー。あっているとよいのですがー」

 

鷹富士茄子、と名乗った女性について行く。辿り着いた先は、アイドル事務所だった。しかも、芳乃たちと同系列のプロダクションだ。

 

「もしや、鷹富士殿もあいどるをなされているのですかー?」

「はい。まだまだ新米ですが、あなたもアイドルなんですか…って、もしかしてシンデレラ総選挙の依田芳乃さんですか!?」

「はいー。私は依田は芳乃と申しますー。よろしくお願いいたしますー」

「びっくりしちゃいました。改めてよろしくお願いします」

「その猫の飼い主さんも、あいどるなのでしてー?」

「そうなんです。佐城雪美って子ですね。多分そろそろ来ると…」

 

ガチャリとドアが開き、入ってきたのは人形のような整った格好をした、小さな女の子だ。

とことこ、と擬音を付けるのにふさわしい足取りで近くまでやってきて、じっと猫を見つめる。

猫もそれに気が付いたのか、ほたるの膝の上から降りて、女の子の足元までやってくる。

 

「ペロ…ずっと探してた…」

「ンギャア」

「よかった…心配した…もう勝手に出て行っちゃ……め…」

 

女の子は安心からか、少し泣きそうになっている。

 

「お姉さんたち…ペロを見つけてくれて…ありがとう…」

「ともあれ、無事に飼い主さんが見つかってよかったのでしてー」

「これにて一件落着ですけど…」

 

もう一度戸が開いて、今度は眼鏡をかけた背の高い女性が入ってくる。同じく芸能人なのかと思うような整った体つきだったが、そうではないらしい。

 

「話は茄子から聞いたわ。私は二人のプロデューサーをしている浅宮よ。貴方たちのプロデューサーとは一応同期にあたるのかしら」

 

名刺を渡される。芳乃たちのプロデューサーの無骨なそれとはまた違った、洒落た名刺だった。

 

「これはこれは、プロデューサー殿と同期の方でしたか。丁寧にありがとうございますー」

「ふふ、雪美ったらペロが居なくなってから凄く落ち込んじゃって。お礼をしてもしきれないわ。ところで、そちらの子はどなたかしら?彼が新たに担当アイドルを増やしたなんて話は初耳なのだけど」

「実は…」

 

事情をかいつまんで話すと、浅宮さんはなにやら深刻な顔をして黙り込んでしまった。

 

「あの…どうかしたんですか…?」

「ん? いや、特には何でもないんだけどね。少し気になることがあって。ところでほたるちゃんだっけ?そのお仕事が終わったら、うちに来ないかしら?」

「…へ?」

「最初は二人のバーターとしてかもしれないけど、お仕事を回してあげることは出来ると思うわ。考えてみてくれない?もし、『アイドルを続けたい』って気持ちがあるのなら、ね」

 

「アイドルを…やりたい…気持ち…」

 

ほたるは、自分を振り返り、じっくりと考える。

私は、アイドルに、なりたい。

けど、私は不幸で、アイドルなんかとは正反対で、みんなもそれを‥‥‥‥‥‥

……いや。そう考えるのはやめにしよう。

 

何か目的があるなら、それはきっとアイドルをするのに向いている。乃々の言葉を反芻し、自分を勇気づける。

 

白菊ほたるは不幸だ。

誰かを、不幸にしてしまうこともあるかもしれない。

それでも、笑顔でいたい、笑わせていたい。

不幸の中にも、きっと笑顔はある。幸せはある。

私は、笑顔に、アイドルに、なりたい!

 

「…やらせてください! 私はアイドルを続けたいです!」

「ふふ、いい返事ね。準備が出来次第彼の所に書類を送っておくわ。改めてよろしく、ほたるちゃん」

「はい!」

「目をキラキラさせちゃって。そっちのほうが何倍も可愛いわ」

「へへへ‥」

 

 

 

 

 

それからしばらくして。プロデューサーは出張から帰り。

 

ほたるは再び、新たな居場所を見つけていたのだった。

 

 

 

 

                                      fin.



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