世界中の皆さん、こんばんは。
僕の名前は田中聖夜、小学5年生です。
聖夜って書いてイヴって読みます。
突然ですが、皆さんはクリスマスは好きですか?
僕は、大嫌いです。
12月24日、午後3時。
今年最後の全校集会も終わって、これから冬休みがやってきます。
クラスのみんなはもうクリスマス気分で
「今日、私の家でクリスマスパーティーしようよ!」
「へっへーん、俺んちなんかこんなにでかいケーキを買ってもらえるんだぜ!」
なんて、そんな会話ばっかり聞こえてきます。
「イヴ! お前この後、暇? みんなで俺んちで夕方まで遊ぼうって話になってさ、お前も来いよ! 」
彼の名前は大地君、クラスの中心的な存在でスポーツ万能なみんなのヒーロー。
僕の事を気にかけてくれる、気のいい奴です。だけど
「おい大地、そいつはやめとけよ……だって、な。ほら……」
他のみんなは、違います。みんな、僕の“普通”とは違った名前にビックリしてしまって、僕と話すときは気まずそうです。
「名前に少しビックリしてしまうかもしれないけど、みんな同じ小学5年生なんです。みんなで仲良くなりましょう。」
なんて、先生は言ってくれましたが、やっぱりダメでした。
「ッお前ら! 」
「ごめんね、大地君。僕、今日は家族で過ごすんだ。」
「ほら、邪魔しちゃ悪いだろ? もういこーぜ! 」
「……わかった。でも、来れたらいつでも来ていいからな! 」
「うん。それじゃ、バイバイ」
家族で過ごすなんて、大嘘です。お父さんもお母さんも、お仕事で今日の夜は帰ってこれません。
でも、毎年の事なのでもう慣れてしまいました。
「馬鹿だなぁ……素直に一緒に遊びたいって言えば良かったのに。」
帰り道、独り言を呟きながら。でも、大地君じゃない人の気まずそうな目を見ると、やっぱり断って正解だって、自分に言い聞かせます。
やがて大通りに出ると、華やかな装飾が目に飛び込んできました。
煌びやかなクリスマスツリー、仲良さそうに手をつないで歩く男の人と女の人。そんなものを追い越す度に、まるで自分が世界から離れていくような、置いていかれているような、そんな不安がわいてきます。
大通りを抜け角を曲がると、先程とは打って変わって何も装飾なんてない住宅街が現れます。
今まで、こんなことを考えたことはありませんでした。でも、今日はなんだかおかしくて。
まるで、完全に自分が世界から浮いているような。クリスマスから取り残されてしまったような。
今日の朝、手の甲にできていた痣が疼いて、なんだか熱を持っているように感じて。
それにもまして、頭がぐるぐるとして。思ったことは。
「クリスマスなんて、無くなればいいのに――」
「それはちと、寂しいのぅ……」
気が付くと、目の前に知らないおじいさんがいました。
赤い帽子に赤い服、顔には豊かな髭を携えて。
「……おじいさん、誰?」
「わしか? わしはのぅ……サンタクロースじゃ。」
「サンタクロース……? 」
「そうじゃ、サンタクロース。メリークリスマスイヴ。君に素敵なプレゼントを届けに来たんじゃが、どうやらクリスマスが嫌いなようでの。」
「うん……クリスマスは、嫌いだよ。」
「それは、なんでじゃ? 」
「……一人だから。」
「ふむ。ご家族や、ご友人方とは一緒に過ごさぬのか? 」
「お父さんとお母さんは、お仕事で帰ってこないし。友達は……いない。」
なんででしょう、こんなに話すつもりじゃなかったのに。見るからに怪しい自称サンタクロースのおじいさんに、気が付くと僕はわずかな安心感を覚えていました。
「なるほどのぅ……あいわかった。なら今日は、わしと一緒にクリスマスイブを過ごそうではないか! 来い、ルドルフよ! 」
「えっ……うわぁ!? 」
おじいさんが右手を掲げると、けたたましい鈴の音とともに一匹のトナカイがソリを引いて、空中を駆け下りてきました。
自分でも何を言っているのかわかりませんがそんな光景に驚いたのも束の間、次の瞬間、僕の体はトナカイに咥え上げられ、ソリへと乗せられてしまいました。
「なにこれ!? なにこれ!?」
「ふぉっふぉっふぉっ、サンタの力じゃよ。さぁ、空の旅にご招待じゃ!」
サンタクロースがトナカイの手綱をぴしゃりと鳴らすと、トナカイの足は瞬く間に大地を離れ、宙へと駆け上がっていきます。
しゃんしゃんしゃんとなる鈴の音が、まるで僕の意識をを日常から異世界へと切り取るように周りの雑音をかき消して、完全に空に上りきるころには、心地よい鈴の音しか聞こえなくなりました。
ソリから下を覗くと、沈みつつある太陽が街を照らして、いつも見ている街の違う顔を見ているかのような気分になります。
「凄い……僕、空を飛んでいるの……?」
「ああ、そうじゃ。そして、驚くのはまだ早いぞい。そうじゃな、ラップランドにゆくぞ! 少し飛ばすからの、舌を噛まないようにしっかりとわしに掴まっておくのじゃぞ! 」
「ラップランド!? ……って何処?」
「ふぉっふぉっふぉっ、わしの住んでいる場所じゃ! ルドルフ!」
サンタクロースが呼びかけると、トナカイは冬の空をすさまじい速度で駆けてゆきます。
眼下に広まる街並みがまるで川みたいに流れて行って、やがて僕の乗っているソリは、日本を飛び出しました。
「凄い、凄いや! サンタさん、僕たち日本を飛び出しちゃったよ!」
「そうじゃろう、そうじゃろう。だが、危ないから到着するまでは喋ってはいかんぞい。舌を噛んでしまうからのぉ。」
言われた通り、僕はぎゅっとサンタさんの腰につかまると、凄い速さで過ぎていく景色と西から東へと昇っていく太陽を眺めていました。
「それ、もうすぐ到着じゃぞ。」
サンタさんが手綱をぴしゃりと鳴らすとトナカイは徐々に駆けるスピードを緩めて、やがて空中を円を描くように回り始めました。
「わぁ……!」
目の前に広がっていた景色は、一面の雪景色と綺麗に装飾されたモミの木でした。
「雪が積もってる! それに、クリスマスツリーがいっぱい……!」
「ふぉっふぉっふぉっ、サンタの本拠地じゃからの。どれ、降りてみるか。ルドルフ、ゆっくりじゃぞ。」
サンタさんがトナカイに呼びかけると、そのまま螺旋階段を降りるようにトナカイはゆっくりと人気のない山の森の中へと降り立ちます。
「ブルルルルルッ」
「よしよし、よく頑張ったのルドルフや。」
サンタさんが労わるようにトナカイを撫でている間、僕は我慢できずにソリから外へと飛び出してしまいました。
誰も踏んでいない新雪を、踏み荒らします。誰も来たことのない場所に最初に足をつける、不思議な満足感が僕の中へと満ちていきました。
雪を手ですくって、意味もなく投げてみます。日本の東京では、めったに見られないあたり一面を覆いつくす雪。
学校からの帰り道からそのままの格好で来たせいで、こんな雪景色に耐えられるような防寒具はつけていないのに、不思議と寒くありません。
ふと気が付くと、サンタさんがこちらを優し気な瞳で見ていました。
途端に恥ずかしくなり、僕は手ですくっていた雪を、そっと地面におろしました。
「サンタさん、ここってどこらへんなの?」
「どこらへんかと言われると、そうじゃのう……スカンジナビア半島北部からコラ半島にかけて、大まかに言ってしまえば北極圏限界線から北がラップランドなのじゃが……」
「……?」
「そうじゃな、日本からもっともっと北へと進んだところにある国じゃよ。」
「北? ロシアより北なの?」
「いんや、だいたいロシアと同じくらいかのぉ。ラップランドは4つの国にまたがっていて、ここはフィンランドじゃの。」
「なんだ、じゃあ最初からフィンランドって言えばいいのに……」
「ふぉっふぉっふぉっ、すまんすまん。わからないかと思っての、イヴ君は頭が良いのぉ。」
「……? あれ、僕名前教えたっけ?」
「サンタパワーじゃよ。どれ、それよりも村へと下りてはみぬか?」
「村? でも僕、外国の言葉なんてわからないよ?」
「大丈夫じゃ、そこはほれ、サンタパワーじゃよ」
「……サンタパワーって言えば、何やってもいいって思ってない?」
「ふぉっふぉっふぉっ、手厳しいのう!」
サンタさんはソリから降りると、雪の上を迷わずに歩いていきました。
僕も並んでサンタさんと歩こうとしましたが、サンタさんの歩幅は意外と大きくて、小走りになってしまいます。
ふと、後ろを振り返るとトナカイは足を畳んで休んでいました。
てっきり後ろをついてくるのだと思いましたが、その場を動く気配がありません。
それでもサンタさんは歩いて行ってしまいます。
「トナカイは置いて行っちゃうの?」
「ルドルフの事かの? ルドルフには帰りも走ってもらわなければいけないからの、休んでもらっておるのじゃよ。ルドルフを連れて人村に降りたら、ルドルフもゆっくりと休めんからのぉ。」
「ふーん、そっか。」
「それ、もう村が見えるぞい。」
そんなに長い距離を進んだわけではないと思うので、どうやら村は結構近くにあったみたいです。
モミの木の森を抜けると、そこはまるで物語の中の世界のようでした。
家々に綺麗に飾られたクリスマスの装飾、乱立するクリスマスツリー。
それらが朝日を浴びて、きらきらと輝いています。
「どうじゃ、凄いじゃろう綺麗じゃろう。この村の人々が、今日という日のために一生懸命飾り付けたんじゃ。」
「うん、凄い……綺麗。あ、誰かいるよ!」
「どれ、話しかけてみようかの。おーい! そこの! ちょっと時間は良いかの?」
「サンタさん、日本語で話しかけてもわからないよ……」
「ん、どうしたんだいご老人……おお、もうサンタクロースの衣装を着ているのか。まだ朝だぜ? 気が早いんじゃないか? 」
「えっ、日本語……?」
「ふぉっふぉっふぉっ、もう24日じゃ、気が早いということもなかろうて。それに、今日は日本人の子を預かってラップランドを紹介する予定じゃからな。サンタ服のほうがよかろう。」
「へぇ、その子日本人なのか。よぉ、坊ちゃん。おはよう。」
サンタさんが話しかけたお兄さんはどうやら気のいい人物みたいで、僕に合わせて屈んで挨拶をしてくれました。
でも、どうして日本語を喋っているのかがわかりません。
ここはフィンランドで、日本語なんて通じるはずがありません。
しかし、英語もわからないのにフィンランド語なんてわかるはずもなく、僕は日本語で挨拶を返すのが精いっぱいでした。
「お、おはようございます。その……」
「……これは驚いたな。綺麗なフィンランド語だ。本当に日本人の子供なのか?」
僕が挨拶をすると、お兄さんは心底驚いたように目を丸くしました。
もちろん、フィンランド語なんて喋っていません。なのにお兄さんには、僕の言葉がフィンランド語に聞こえたみたいです。
「その子の父方がフィンランド人とのハーフでな。幼いころからフィンランド語も勉強しておるのじゃよ。」
真っ赤なウソです。僕のお父さんもお母さんも、純日本人です。
いえ、もしかしたら先祖にフィンランド人がいるのかもしれませんが、少なくとも僕はフィンランド語なんて勉強していません。
「それにしても、今年も手が込んでおるのぉ。クリスマスツリーの飾りつけもいい出来栄えじゃ。」
「そりゃあ、みんなこの日のために準備してきてるからな。昨日の前夜祭も凄かったぜ、まさか村長にまだ隠し芸があったとはな……」
「……? クリスマスって、お祭りするの?」
「ははは、そうか、日本だとそりゃしねぇか。といっても、村ぐるみでお祭りするのなんてフィンランドでもここぐらいかね。ここは小さな集落だからなぁ、みんな家族みたいなもんよ。で、クリスマスは家族で過ごす日だ。楽しいぞぉ、みんなで村の中心に集まってそりゃもうお祭り騒ぎよ。そうだ、あんたらいつまでここに居るんだ? 良かったら今夜のクリスマスイブにも参加していけよ。あんたらなら村長も歓迎すると思うぜ。今夜は俺の家族がみんなの前で歌うんだ、あんたらも一緒に歌わないか?」
正直に言うと、楽しそうだなって思いました。今まで、クリスマスといえば一人きりだったのが響いていたのかもしれません。村の人みんなで、クリスマスイヴを祝う。それはとても楽しそうで。それにここなら、僕の名前を気にする人もいません。どうせ、今夜は遅くまでお父さんもお母さんも帰ってきませんから、お祭りに参加してから帰ってもいいかなって、そう思いました。
でも……
「残念じゃが、そうもいかんのじゃなあ。後2、3時間もしたら、帰らなくてはならんくてのぉ。」
「まぁ、そりゃそうか。それにしても、あんたら何処から来たんだ? こんな朝早くから山奥の村に来るだなんて、相当早起きして歩いてきただろ。」
「この子が雪にはしゃいでしまっての。ついついふらふらと歩いていたら、の。」
「へぇ、そうなのか。そりゃ日本じゃこんな雪景色は見られないだろうからなぁ。」
雪ではしゃいでいたなんて子供っぽい理由をつけられたなと思いましたが、さっきまではしゃいでいたのは本当の事なので言い返せません。
「ねぇサンタさん、お祭りに参加していっちゃだめなの?」
「そうじゃなぁ。ここで夜まで過ごすと、日本はもう朝になってしまう。夜中に親御さんたちが帰ってきたときに、イヴが家に居なかったら大変じゃろうて。」
確かに、夜中僕が家に居なかったら警察沙汰です。
でも、やっぱり諦めきれないです。こんな素敵なところにきて、ただ見て帰るだなんて。
「そうだ、あんたら俺の家に遊びに来ないか。こんな村だ、もう子供も少ない。だから、その子に遊び相手になってもらうと助かるんだがなぁ。」
そんな僕を見かねたのか、お兄さんが家に遊びに来ないかと誘ってくれました。
「ふむ、どうするかの、イヴ。」
「遊んで行っていいの……?」
「ああ、いいとも。それじゃあ、ご厚意に甘えるとするかのぅ。」
僕が頷くまで、そう時間はかかりませんでした。
「よっしゃ、決まりだな。俺はアルベルト、あんたらは?」
「わしは、そうじゃのう。ニコラス、と呼んでくれ。」
「た、田中……い、聖夜です。」
「ニコラスに、イヴ・タナカか。いい名前だな! それじゃ行こうぜ。」
アルベルトさんは、ニカっと笑うと僕たちを先導するように歩き始めました。
僕の名前を聞いて、笑わなかったのも、苦そうな、気まずそうな顔をしなかったのも、サンタさんを除くと、初めてかもしれません。
アルベルトさんの家は、ログハウスでした。
といっても、村の家を見る限り、すべての家がログハウスみたいです。
アルベルトさんが玄関を開けると、中から賑やかな声が聞こえてきます
「「お父さんおかえりなさい!」」
「おかえりなさい、あなた。あら、後ろの方々は?」
「ただいま。ああ、紹介するよ。この人達はニコラスにイヴ、なんでも日本から来てるらしい。村の中で会ってな、時間の問題で祭りまでは居られないらしくてな、せっかくなんで我が家に招待した。で、こっちが俺の妻のヘレナとガキのハンナとアルゴ、双子だ。」
「初めまして、アルベルトの妻のヘレナです。遠いところからこんな村にようこそおいでくださいました。何もない村ですが、ゆっくりとしていってください。」
「お客さんだー、ハンナはね、ハンナっていうの!」
「アルゴだよ!」
「これはこれは、ご丁寧に。突然押しかけてすまないのぉ。」
「お、お邪魔します!」
「よし、ハンナ、アルゴ。イヴ君にお昼ぐらいまで村の中を案内してやってくれないか? ついでに遊んできてもいいぞ!」
「村の中を案内すればいいの?」
「うんわかった! いこっ、いこっ!」
「わっ、待って……!」
お父さんから頼まれるやいなや、ハンナちゃんとアルゴ君は僕の手を引っ張るようにして外へと駆け出していきます。
僕も負けじと走りますけど、慣れない雪の上のせいか、どうしてももたついてしまって引きずられるような形になってしまいます。
雪とモミの木とログハウスが織りなす幻想的な世界を、双子に手を引かれて走り回る。
思えば、こんな風に遊んだのはいつ以来でしょうか。
僕は今、とても楽しいです。