「これがね、この村で一番大きなクリスマスツリーなの!」
「僕たちも頑張ってお手伝いしたんだ!」
ハンナとアルゴに村の住民の家全部を案内されて、最後に連れられてやってきたのは村の中心にある大きなモミの木でした。
ベルやプレゼントボックス。LEDに天辺には星。色取り取りの装飾品に身を包んだそのモミの木は、誇らしげに村を眺めているようでした。
「凄い、これ村の人たちで飾り付けたの?」
「うん! クリスマスの月から、みんなで頑張って飾ったの!」
「みんなクリスマスが大好きだから、一生懸命やるんだよ!」
クリスマスが大好き。ハンナとアルゴの屈託のない笑顔と、その言葉が心にぐさっと刺さります。
サンタさんに連れられる前、僕は世界からクリスマスが消えればいいと願いました。
独りぼっちで、クリスマスから取り残されて、こんな辛い思いをするなら、クリスマスなんてこの世界からなくなればいいって。
でも、世界にはこんなにもクリスマスを楽しみにしている人たちがいました。
それは、僕一人なんかの孤独なんかで消されていいものではなくて。
もっと、尊いもので。
「お兄ちゃん、泣いてるのー?」
「どこかケガしたの? 痛いの痛いの、飛んでいけー!」
「ち、ちがっ……泣いてないよ、大丈夫だよ。」
「嘘だもん、泣いてるもん!」
「大丈夫? お家帰る?」
「ううん、大丈夫。それより、遊ぼうよ! 普段どういう風に遊んでるの?」
「えっとね、スキーとかソリとか……」
「僕、板持ってくる! ハンナは先に行ってて!」
「うん! いこ、お兄ちゃん!」
ハンナとアルゴが走り出します。
僕も、追うように走りました。
心に、ちくりと刺さる痛みを抱えながら。
楽しい時間はあっという間に過ぎていきました。
スキーをしたり、ソリで滑ったり、かまくらもちっちゃいですけど作りました。
そもそも、誰かと一緒に遊ぶのは久しぶりで。ずっとこの時間が続けばいいなって、そう思いました。
でも、もうそろそろ日本は夜中です。サンタさんのトナカイさんがいくら速いといっても、そろそろ帰らないといけない時間です。
もう、帰らないと。そう切り出そうとしたその時、木陰からサンタさんが顔を出しました。
「そろそろ、時間じゃぞい。」
「うん。わかってる。……ハンナ、アルゴ、僕もう帰らなきゃ。」
「えー、もう帰っちゃうの?」
「もっと遊ぼうよー!」
「僕も、もっと遊びたいけど……帰らなくちゃ。」
「「えー。」」
「ふぉっふぉっふぉっ、ならば、そうじゃのう。ちと早いが、最後にハンナちゃんとアルゴ君にクリスマスプレゼントを渡そうかの。」
「ああ、わしからのプレゼントじゃ。来い、ルドルフ!」
サンタさんが空へと手を掲げます。
するとすぐに、聞き覚えのある鈴の音が響いてきました。
僕たち以外誰もいない空間に、しゃんしゃんしゃんと鈴の音を響かせながらルドルフがソリを引いて空から舞い降りてきます。
その光景を見た二人は……目が点になっていました。
それもその筈、トナカイが空を飛んでいるのですから。
「「な、なにこれぇ!」」
「ふぉっふぉっふぉっ、わしの愛トナカイのルドルフじゃ。さて、最後にみんなで空の旅といこうかのぉ!」
サンタさんがソリに乗り込むと、ルドルフが二人をひょいひょいと咥え上げます。
二人を乗せ終わるとブルルルルルッとルドルフが鼻を鳴らして、「お前さんももう一回いっとくかい?」とでも言いたげな表情で僕を見つめてきましたが、僕は首を振ってソリへと乗り込みます。
ソリの中では、二人が未だに信じられないというような顔で座らされていました。
サンタさんがぴしゃりと手綱を鳴らすと、それに合わせてルドルフとソリは空中へと舞い上がっていきます。
二度目の浮遊感。サンタさんが操るソリは、村を祝福するように鈴の音を鳴らしながら、どこまでも、どこまでも高く飛んでいきました。
「メリー、クリスマスイヴ!」
別れ際、「お父さんとお母さんには、内緒じゃぞ?」とのサンタさんのお茶目な口止めに双子は力強く頷いてくれましたが、いつまで秘密でいられるかはわかりません。
言ったところで、信じてもらえるとは限りませんが。
「どうじゃ、少しはクリスマスが好きになってくれたかの?」
「……うん。クリスマスを、楽しみにしている人がいるのは、わかった。」
「……まだ、嫌いかの。」
「……だって、今年はサンタさんが居てくれたけど、来年は、また一人だよ。」
「そうじゃのう。わしはサンタじゃからの、来年もイヴ君と一緒にいるわけにはいかんのぅ。」
僕は、返事をすることができませんでした。
できることならば、来年も、再来年も、サンタさんと居れたら。そう、どこかで思っていました。
しゃんしゃんしゃん。鈴の音が、冬の空へと響きます。
暫くすると、サンタさんがぴしゃりと手綱を鳴らします。
ゆっくりと、円を描くようにソリは空を滑り降りていって、やがて僕の家の前へと降り立ちました。
もう、なんで僕の家を知っているのかも聞く気にはなりませんでした。
「イヴ君や。」
サンタさんが優しい口調で話します。
「わけあって、私からはまだ君にクリスマスプレゼントを贈れない。まだ25日になっとらんしの。」
「……うん。」
「だから、これから起こることは、わしからのプレゼントではない。ただの……聖夜の奇蹟じゃ。」
「……何を言ってるの?」
「ふぉっふぉっふぉっ。さぁ、お家にお帰り。ただいまを忘れるんじゃないぞい。」
「……サンタさん? あれ……」
気が付くと、僕の目の前からサンタさんは消えていました。
ソリに乗っていなくなったとか、歩いていったとかではなくて、文字通りに消えてしまいました。
「……夢、だったのかな。」
考えてみればソリが空を飛ぶはずありませんし、外国の人と喋って、遊べる筈もありません。
どうやら僕は……長い夢をみていたようです。
ふらふらと玄関に手をかけ、ドアを開けて。たしか、最後に……
「ただいま。」
「おかえりなさい、遅かったのね? お友達と遊んできたのかしら。」
「お母さん……? あれ、なんで……?今日は、帰ってこれないって……」
「それがね、急に今日と明日は速く帰っていいってことになって……お父さんももう帰ってきてるらしいの。そろそろかしら?」
「ただいまー、お、何玄関で集まってるんだ? いやーそれにしても部長も人が良くてな、今日と明日は全員残業無しだなんて急に言うもんだからなー。あ、クリスマスケーキ買ってきたぞ。後でみんなで食べような!」
「あら、あなたったら。って、どうしたのイヴ、どこか痛いの?」
「うおっ!? すまん、もしかしてどっかぶつけちまったか?」
気が付くと、僕は泣いていました。泣いて、泣いて、泣いて、泣きじゃくって。
「ぅっく、ごどじも、また、ひどりなんだっで、おかあさんも、おとおさんも、がえってこないって、っうっく……」
「イヴ……」
「……イヴ、ごめんな。お前がそんなに寂しがってたなんて……」
そっと、お父さんが僕の頭を抱き寄せてくれました。
「……よし、決めた! 来年もクリスマスは早めに上がらせてもらえるように頼みこもう! それで、毎年クリスマスパーティーだ!」
「ふふ、それじゃあ、私も一生懸命働いて、休みをもらえるようにしないといけませんね。」
「え……」
「とりあえず今年は今からクリスマスパーティーをしよう、ケーキも買ってあるしな。料理は……すまん、作り置きのものでなんとか。」
「冷蔵庫の中のもので何か作れるかしら。見てくるわね。」
「お父さんもとりあえず着替えないとな……よーしすぐ行くからリビングで待ってろよ!」
「……うん!」
サンタさん、今年は、楽しいクリスマスになりそうです。
12月24日 午後9時30分時
クリスマスパーティーは、お父さんがふざけて滑って転んでお母さんに怒られながらおひらきになりました。
なんだが、家族でこんな風に過ごしたのは初めてかもしれません。
自分の部屋に戻って、今日一日の事を思い出します。
学校の帰り道、サンタさんに出会って。
ラップランド? ってところへ空を飛んでいって、外国の人と一緒に遊んで……
なんだか支離滅裂で、夢みたいな一日で。……いえ、きっと夢だったのでしょう。
……夢の中のサンタさんは、これはプレゼントじゃなくて奇蹟だなんていいましたけど、きっとサンタさんが僕にくれたクリスマスプレゼントなんだと思います。
「ありがとう、夢の中のサンタさん。」
「うーむ、夢の中の人物にされては困るのぉ。いや、確かにわし夢の住人なのじゃがな?」
「……サンタさん?」
「そうじゃ、サンタさんじゃよ。」
「ここ、僕の部屋……」
「そうじゃな。」
「不法侵入……」
「ふぉっふぉっふぉっ、サンタじゃからの。」
「……夢じゃなかったんだ。」
「ああ、夢じゃないぞい。今日の事は、全部本当の出来事じゃ。」
「……今日はありがとう、サンタさん。僕、楽しかったよ。」
「それはよかった。頑張ったかいがあったのぅ。して、イヴ君……いや、もうマスターと呼んだ方がいいのかの。」
「……? マスター?」
「……もう、時間がない。最後に、この老いぼれのわがままに付き合ってはくれんかのぉ。」
「どういうこと?」
「詳しくは、向かいながら説明するかのぉ。ルドルフ!」
「ブルルルルルッ」
ベランダから、ルドルフの鼻息が聞こえます。……どうやってこの狭いベランダに入ったのでしょう。
「最後の空の旅じゃ、行くぞい!」
サンタさんは、僕を抱きかかえるとソリへと乗り込みます。
「えぇっ、どこか行くの?」
「ああ、そうじゃ。明日を迎えにのう!」
しゃんしゃんしゃん、しゃんしゃんしゃん。
鈴の音が、寒空に響きます。
今僕は、3回目の空へと羽ばたきました。
「ええっと、つまり……」
「クリスマスを日本から消してしまおうという人間がおっての。そやつを止めないと、明日には日本からクリスマスが無くなってしまうんじゃ。」
「……クリスマスを消しちゃうなんて、そんなことできるの?」
「ああ、可能じゃて。そして、それを止めれるのは今わしらしかおらん。」
「……それで、どうすればいいの?」
「ふぉっふぉっふぉっ、聡い子じゃ。なぁに、何をすればいいかは、行けばわかるわい。それじゃあ、ちょっと飛ばすかのぅ。――
サンタさんが手綱をぴしゃりと鳴らすと、次の瞬間、僕は見知らぬコンクリートの部屋に居ました。
「……お前たち、どこから出てきた。」
目の前には怪しげなローブを着てフードで顔を隠した男の人と、和服を身にまとった男の人が居ました。
「ふぉっふぉっふぉっ、真正面から堂々と乗り込んできてやったわい。……まぁ、余程手の込んだ細工をしておったのじゃろうて、着くのに2時間もかかってしまったがの。」
「……サンタさん、あの人たちが、クリスマスを消そうとしてる人たちなの?」
「サンタ、なるほど、サンタクロースか。合点がいった。大方、転移系の宝具でこの部屋まで直接乗り込んできたってところか。で、そのちっこいのがマスターか? 確かに、令呪はクリスマスを憎むものに出現するようにしておいたが……まさか、ガキにでるとはな。しかも、サンタクロースを召喚とは……はっ、皮肉なものだ。」
「すまんのぉイヴ君、君をこんなことに巻き込んでしまって。……サーヴァント、というのも厄介なものだのぅ。単独行動のスキルがなければ、一人で動くこともままならぬとは。」
「サンタさん、僕は、何をすればいいの?」
「何をすればいい? そんなの決まっている。お前は、自分のサーヴァントに自害を命じればいい。令呪を以て命じる、サンタクロースよ、自害せよってな。まぁ、そんなことしなくても、サンタクロースがうちのセイバーに勝てるかといえば、可能性は満に一つもない。なにせ、うちのバーサーカーは……キリスト教徒を、殺すサーヴァントだからな。」
フードの男の人の横に立っていた、バーサーカー、と呼ばれた男の人がゆらりと動きます。
「……わしは、日本からありとあらゆるキリスト教を追放する。そのためなら、手段は択ばぬ。たとえ聖ニコラウスが相手でも、切り捨ててくれようぞ。」
バーサーカーさんが扇子をパッと開くと、黒い人影のようなものが周りから湧き出てきます。
「おいガキ、令呪……あー、その手の痣が出たってことは、クリスマスが嫌いなんだろ? なくなって欲しいって思ってるんだろ? なら、俺の邪魔をするな。そうすれば、明日には俺がクリスマスを日本から消してやる。」
ぱっ、と左手の痣を右手で押さえます。
「なんだ、クリスマスに嫌な思い出がある口か?」
確かに、クリスマスイヴからとられた、僕のこの名前のせいで、嫌な思い出はいっぱいできてしまいました。
「それとも、クリスマスに一人ぼっちだった口か?」
確かに、友達とも、家族とも離れて、クリスマスは独りぼっちでした。
「なら、叫べ! 自害を命じろ! そうすれば、お前は二度とクリスマスに苦しまずにすむ!」
「――のう、イヴ君よ。」
サンタさんが、僕に語り掛けます。
「まだ、クリスマスは嫌いかのぅ。」
そんなハズは、もうありません。もう、独りぼっちじゃないって約束してくれたから。
「無くなればいいって、そう思うかのぅ。」
もう、思っているはずがありません。だって、あんなにもクリスマスを望んでいる人がいるってわかったから。
「今日の出来事は、全部消えてなくなればいいと、そう、思っておるのかのぅ。」
「そんなわけ無いっ!」
「それは、嬉しいのぅ。」
「ちっ、茶番だ。 さっさと始末しろ、バーサーカー。」
「これもクリスマス、ひいてはキリスト教を日本から消すためだ。恨むなら悪しき風習に引きずられた自身を恨め」
バーサーカーさんが扇子を縦に構える。
「そう急くなて。……さて、お主ら。今が何時か、わかるかの?」
「……? 25日、0時……ッ、クリスマスッ! まさか!?」
「そう、よいこにプレゼントを配る時間じゃ。イヴ、君は何が欲しいかの?」
――真名展開
「僕……クリスマスが続いて欲しい!」
――汝、夢を叶えるモノ
「クリスマスが大嫌いだった! でも、今日サンタさんと一緒に過ごしてて、クリスマスを本当に楽しみにしている人たちがいて!」
――数多の夢想の果てに望まれし怪物
「お父さんも、お母さんも今年は帰ってきてくれて、来年も、いっしょにクリスマスパーティーしようって……だから、だから!」
――その力を以て、今日という日に奇跡を。すべての者に、祝福を
「お願い、サンタさん!」
――宝具開帳
「
25日 午前8時
眩い閃光とともに気を失った僕が、次に目を覚ましたのはベッドの上でした。
はっ、と左手を確認しますが、痣がどこにも見当たりません。
……全部、夢だったのでしょうか。
昨日の夜も同じことを考えた気がします。確か、その時は……
「ありがとう、夢の中のサンタさん。」
僕の声が、部屋にぽつりと落ちていきます。
誰も拾ってはくれません。
ふぉっふぉっふぉっ、なんて、愉快な笑い声はもう聞こえてきません。
たぶん、すべてが夢だったのでしょう。
思えば記憶も支離滅裂で、思い出そうとしても何がなんやらです。
でも、きっと夢じゃなかったんだと思います。
だって、サンタさんと一緒にラップランドへ行ったこと。
そこで双子さんたちと遊んだこと。
家に帰ってきて、泣きじゃくったこと。
家族でクリスマスパーティーをしたこと。
そして、サンタさんにクリスマスが続くようにお願いしたこと。
それだけは全部、覚えてます。
カレンダーにはちゃんと、クリスマスって書いてありました。僕のお願い通り、クリスマスは無かったことにはされなかったようです。
あの男の人が、どうしてクリスマスを無くしちゃいたいくらい恨むようになったかはわかりません。
もしかしたら、僕よりももっと酷くクリスマスに苦しめられたのかもしれません。
そう思うと、少し、かわいそうです。
でも、クリスマスを無くしていい理由にはならないと思います。
クリスマスには、きっと人の数だけ思いがあって。
思いの数だけ、素敵な思い出があるんだと思います。
だから、僕にできることはサンタさんにお願いするだけ。
……お願い事を2つもするだなんて、贅沢かな。きっと、怒られてしまうかもしれません。
でも、お願いします。どうか、あの人にも素敵なクリスマスを、プレゼントしてあげてください。
ううん、あの人だけじゃない。そう――
願わくば、すべての人に、素敵なクリスマスを。
世界中の皆さん、こんばんは。
僕の名前は田中聖夜、小学5年生です。
聖夜って書いてイヴって読みます。
突然ですが、皆さんはクリスマスは好きですか?
僕は、大好きです。
23日と24日と25日、これにて、2018年の聖夜の奇蹟は完結です。
でも、あと少しだけ、続くんじゃ。
だって、まだ救われていない人がいるから。