とある駒王の未元物質   作:弥宵

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クリスマス企画第四弾。禁書三期の垣根の扱いに涙目になりながら書き上げた作品です。
なお、拙作『銀の星、胎動す』とのリンクはありませんのであしからず。


異界の支配者

 とある休日の黄昏時、どこにでもあるような公園の広場。今にも夕闇に包まれようとしているそこに人気はほとんどなく、ベンチに腰掛けた一組の高校生ほどの男女の姿だけがある。

 ガラの悪そうな風体の少年と、誰もが振り向くような絶世の美少女。一見すると少女が不良に絡まれているような構図であったが、その印象に反して二人は楽しげな笑みを浮かべあっている。

 

 数分の後。ひとしきり談笑が済んだのか、少女が腰を上げた。連れ添う恋人の正面へ回ると花が咲くような満面の笑みを向け、ささやかなおねだり(・・・・)を口にする。

 

「ねえ、お願いがあるの―――死んでくれないかな」

 

「あ?」

 

 可憐な笑みを浮かべていた少女が、突如としてその口元を妖しく歪ませた。

 直後、少女の姿がみるみる変貌を遂げていく。清楚さを感じさせる服装は女の武器を全面に押し出した艶姿へ変わり、右手には極光を束ねた一振りの槍が現れる。そして何より目を惹くのは、その背から伸びた一対の黒翼だ。

 

「じゃあね。そこそこ楽しめたわ、貴方とのお遊び(デート)

 

 言い捨て、女は光槍を投げ放った。狙う先には一人の少年―――今の今まで彼女と逢瀬を交わしていた男がいる。

 

「―――――」

 

 当然ながら、少年にそれを避ける術などない。狙い違わず槍は直撃し、その身体は衝撃に耐えきれず吹き飛ばされた。そのままベンチごとノーバウンドで数メートルも宙を舞い、ガシャァン‼︎ と大きな音を立てて砂埃が巻き上げられる。

 

「こんなところね。駒王学園三年、垣根帝督。始末完了っと」

 

 つい先刻まで隣を歩き笑みを交わしていた相手を何の感慨もなく惨殺した女、名をレイナーレ。その正体は堕天使と呼ばれる神話上の存在であり、少年に近づいたのは最初から彼を殺害するためだった。

 

「さて、一応神器を確認しておこうかしらね。もう少しすれば『聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)』が手に入るし、あれより有用な神器なんてそうは見つからないでしょうけど」

 

 未だ舞う粉塵へと、レイナーレは改めて視線を向ける。

 大して期待はしていないが、万一当たれば儲け物。罪悪感など抱く余地もない。彼女にとって、仮初の恋人とは所詮その程度の存在でしかなかった。

 

「確か、駒王学園にはもう一人未覚醒の神器持ちがいたわね。アーシアも数日中に来るでしょうし、そっちは明日にでもとっとと済ませて―――」

 

 言葉が途切れる。

 思い返すと、見過ごせない違和感があった。

 本気ではないがそこそこの力で放った光槍だ、常人を絶命させるには十二分の威力だろう。だがいくらなんでも、ベンチごと粉々に吹き飛ぶというのは物理的に不自然ではないだろうか―――

 

 

「痛ってえな」

 

 

 その疑問が正鵠を射ていたことは、即座に証明された。

 言葉に反し、微塵も堪えた様子のない垣根帝督が土煙を割いて現れたことによって。

 

「そしてムカついた。仕掛けてこなけりゃ見逃してやろうかとも思ったが、どうやらそんな気遣いは要らねえらしい」

 

 無傷。

 あの一撃で仕留めたというレイナーレの確信に反し、垣根には服の皺一つついていなかった。

 その事実に一瞬目を疑うも、直後原因に思い至る。そもそもそれ(・・)こそが、彼女がこのような凶行に及んだ切欠だったのだから。

 

「神器……!既に目覚めていたとはね!」

 

 神器(セイクリッド・ギア)。それは聖書に記された唯一神が創り出した、世界すら左右しかねない特異な力。人間にのみ宿るという性質を有しており、人類史の転換点となる事件にはほぼ確実に神器使いが関わってきたとされている。

 レイナーレの目的は、その神器を持って生まれた人間の確保あるいは抹殺。それ自体は上層部からの指令だが彼女はそこから曲解し、利用価値のある神器を見つけ次第自身が奪取する心算でいた。

 

 ならば、むしろこの状況は僥倖だ。本気でなかったとはいえ中級堕天使の一撃を凌ぐ出力、手に入れておいて損はない。

 そう考えてレイナーレはほくそ笑み、対する垣根も嘲るような笑みを浮かべる。

 先程とは別種の笑みを交わし合う二人、しかしそこに込められた意味は変わっていない。何故なら、互いに初めから侮蔑以外の感情など乗せてはいないのだから。

 

 故に。

 その笑みが屈辱に歪むのは、実力の伴っていない片方のみだ。

 

「ねぇ帝督くん。貴方の神器、そこそこ良いものみたいじゃない。それを大人しく差し出すなら、できるだけ痛くないように優しく殺してあげるわよ?」

 

「冗談にしちゃあ笑いどころが欠けてるな。芸人としても三流だぜ、もっとセンスを磨くこったな」

 

「……自分の立場を理解していないようね。まさか、神器一つで私に勝てるなんて思い上がっているのかしら?」

 

「テメェこそ、どうやら身の程ってヤツを知らねえと見える。あの程度で殺した気になって油断するような雑魚が、万に一つもこの俺に届く訳ねえだろうが」

 

 煽りですらない、当然の事実を語るように返されたその言葉はレイナーレの沸点を容易く超えさせた。

 

「下等な人間が……調子に、乗るな!」

 

 再びの投槍。

 今度は手加減など欠片もない、正真正銘全力の一撃に―――垣根は身動ぎすらしなかった。

 

「なっ……⁉︎」

 

「無駄だ、何度やってもテメェじゃ俺に届かねえよ。工夫次第でどうにかなるレベルを超えちまってる」

 

「ふ、ざけるなぁぁぁぁっ‼︎」

 

 一瞬よぎった敗北の予感から目を背けるように、レイナーレは光槍を放ち続ける。その全てが垣根へ届く寸前で歪曲し、屈折し、爆散し霧消していく。

 力の差は誰が見ても歴然だった。

 

「どうして!どうして死なないのよ人間風情がぁっ‼︎ 」

 

 半狂乱で叫ぶレイナーレを、垣根は冷めた目で睥睨する。

 

お遊び(デート)には満足したかなお嬢さん?ならもういいな。そろそろ死ねよ」

 

 ここにきて、初めて垣根が能動的な動きを見せた。

 爆発的に展開される三対六翼。純白の光沢を放つ天上人の証。その姿は他ならぬ彼女達の仇敵、忌々しき神に仕える清廉の徒―――

 

「て、んし……⁉︎」

 

「違えよクソボケ」

 

 ではない(・・・・)

 それは神が住む天界の片鱗でありながら、穢れなき純白には程遠い混沌の白。あり得べからざる異物にして、新世界の法を敷くもの。

 この世界に確認された、十四番目の神滅具(ロンギヌス)

 

「『未元物質(ダークマター)』。いくらテメェの脳が足りねえっつっても、流石にもう理解できたよな?」

 

 無慈悲に、無造作に、無感動に。

 傲慢な堕天使(むしケラ)に、この空間の支配者は最終宣告を下す。

 

「テメェじゃ未知の世界(ここ)には届かねえ。存分に絶望しろコラ」

 

「ぁ―――」

 

 か細い悲鳴は一秒と経たずに掻き消され、後には一枚の黒い羽だけが残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな一幕から、数分の時が流れた頃。

 後始末をするでもなくただその場に留まっていた垣根だったが、ふと何かに気づいたように自身の懐へ手を伸ばした。

 

「チッ、ようやくお出ましかよ」

 

 呆れたように呟き、一枚のチラシを取り出す。二日ほど前に後輩の少女から手渡されたものだ。

 

『貴方の願い、叶えます』

 

 何とも胡散臭い謳い文句と、これまた胡散臭い魔方陣の描かれたその紙は今、奇妙なことに紅く光り輝いている。

 数秒の後、一層輝きを増した魔方陣から一つの人影が現れた。

 

「よお。今更悠々とご登場とは、随分な重役出勤ぶりじゃねえか」

 

「あら、ごめんなさいね。これでも私、色々と忙しいのよ」

 

 客観的に見て、それは美しい女の姿をしていた。

 血で染めたような真紅の髪にサファイアの如き碧眼、誰もが振り向くほどの美貌とプロポーションを惜しげもなく晒している。

 

「それで、これは一体どういう状況なのかしら。説明してくれるわよね、垣根帝督くん?」

 

 彼女の名はリアス・グレモリー。

 ここ駒王町の管理者を務める、上級悪魔の少女だった。


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