とある駒王の未元物質 作:弥宵
駒王学園オカルト研究部。名前からしていかにも胡散臭いこの部は、しかし生徒の間では羨望の対象となっている。
何故ならば、ここに所属する面子があまりにも豪華だからだ。
「ようこそ、オカルト研究部へ。歓迎するわ」
「あらあら、いらっしゃい。今お茶を淹れますわね」
歓迎の言葉をかけるのは二大お姉様と称されるリアス・グレモリーと姫島朱乃。
「……………」
ペコリ、と無言で頭を下げるのは学園のマスコットこと塔城小猫。
「はじめまして、兵藤くん」
爽やかな笑みを浮かべるのは貴公子や王子様と名高い木場祐斗。
誰も彼も学園内では超のつく有名人だ。あと一人幽霊部員がいるとかいないとかいう話もあるが、まあそれはいい。
そんなどこかの高級サロンのような場所に招待された一般人兵藤一誠は、場違いな空間にすっかり萎縮して―――いるはずもなかった。
(デカァァァァァいッ説明不要‼︎)
おっぱい魔人の異名を冠する一誠にとって、この空間は
やはりというべきか、自ずと視線はリアスと朱乃へ吸い寄せられていく。二大お姉様などと称されるだけあって、その
「……最低です」
小猫の目が氷点下を通り過ぎて絶対零度に届こうとしているが、それを気にする余裕など今の一誠にはない。当のリアス達は微笑むばかりで咎める様子もないため、二人の視線にはますます拍車がかかっていく。
「どうぞ、お茶が入りましたわ」
朱乃がティーカップを全員の前に置き、自身もソファに腰掛ける。最初にリアスが手を伸ばし、やがて全員が口をつけたところで本題を切り出した。
「さて。こうしてのんびりお茶するのもいいけれど、先に今日貴方を呼んだ用件を済ませておきましょうか」
「用件、ですか?」
「ええ。兵藤一誠くん―――イッセーと呼ばせてもらっても?」
頷くとリアスは笑みを深め、最初の問いを投げかける。
一誠の運命を決定づける、文字通り悪魔の契約への第一手を。
「じゃあイッセー。貴方、オカルトは信じる方かしら?」
一方その頃、垣根は適当に町をぶらついていた。
目的は特にない。強いて挙げれば堕天使の拠点探しだが、廃教会の線が濃厚である以上さほど意義はないだろう。
(兵藤一誠。特殊な経歴なし、これといった才能もなし、ついでに倫理観もなし。有象無象のまま終わるか、それとも化けるか)
今頃悪魔の誘いを持ちかけられているであろう少年について、とりとめのない思考を巡らせる。
実のところ大して興味はないし、仲間に引き込もうとも思わないが。仮に神滅具級の強力な神器を宿していたとしても、素人が闇雲に振り回すだけでは意味がないのだ。
「―――!―――!」
「あん?」
商店街を抜け、人通りがまばらになってきた頃。あてもなく歩いていた垣根の耳に、この辺ではまず耳にしない言葉が飛び込んできた。内容ではなく言語の意味でだ。
「あの、どなたか道を教えていただけませんか?」
(イタリア語か。英語ならまだしも、この日本で話せるヤツなんざそうそういねえだろうな)
声の主はシスター服を纏った西洋系の美少女だった。通行人に次々と声をかけて回っているが、成果は芳しくないようだ。
「はわぅ!」
道行く人との対話に悉く失敗し、そろそろ垣根の番が回ってくるかというところで。
何かに躓いたのか、少女は盛大に転倒してしまった。
「はぅぅ、何で転んでしまうんでしょうか……」
垣根は決してお人好しの類ではないが、目の前ですっ転んだ少女をわざわざ無視するほど狭量でもない。どうせ暇であることだし、手を差し出すついでに道案内くらいはしてやってもいいだろう。
それに、本物のシスターならば例の件の関係者という可能性もあるのだし。
「大丈夫かな、お嬢さん?」
「あ、ありがとうございます……あれ、私の言葉がわかるんですか?」
「これでも頭は良い方でね」
相手に合わせてイタリア語で声をかけながら助け起こしてやると、少女は驚きながらも礼を告げる。
「本当に助かりました、こんなところで言葉の通じる人に出会えるなんて。主よ、この巡り合わせに感謝致します」
「ああ、やっぱり見た目通りのシスターなんだ?」
「はい。先日までバチカンの方にいたのですが、この度こちらの町の教会に赴任することになったんです」
(ビンゴ)
駒王町にある教会は例の廃教会一つだけだ。堕天使に与しているのか利用されているのか、あるいは討伐でもしに来たのかまでは知らないが、この少女の様子を見る限り二番目が妥当だろうか。
「それで、教会への道をどなたかにお伺いしたかったのですが……言葉が通じなくて」
「今に至る、と」
「はい。あの、それで……」
期待の眼差しを向けてくる少女に、垣根は爽やかな笑顔で応える。
「ああ、時間ならあるし構わないよ。それに、元々教会には近いうちに行く予定だったし」
「本当ですか!」
素直に喜ぶ少女だが、この状況は垣根としても都合が良かった。
リアスにはああ言ったが、とっとと片付けられるならそれに越したことはないのだ。組織立って動いているにしてはあまりにお粗末だし、本当にその程度の連中ならば気にかけてやる必要もない。
垣根はとりあえず少女を教会まで連れて行き、本当に堕天使がいたならついでに潰してしまうつもりでいた。少女の処遇はその場での反応で決めればいいだろう。
目の前の男がそんなことを考えているなどとはつゆ知らず、少女は親切な隣人への感謝とともに名を名乗る。
「自己紹介が遅れました。私はアーシア・アルジェントといいます」
(聞き覚えがあるな。確か、悪魔を癒したとかで最近追放された魔女だったか)
おそらく回復系の神器を宿しているのだろう。悪魔も癒せる以上かなり応用の効きそうな神器であり、堕天使が狙うのも頷ける。
そういえばレイナーレが『
「垣根帝督。よろしくね」
あまり間を空けるのも不自然なので、考察を中断して垣根も簡潔に名乗り返す。
簡単な自己紹介を終え、二人は早速教会へと足を進め始めた。
「あ、そういえば帝督さん」
道中、ふと気になったのかアーシアが問いかける。
「元々教会に行く予定があったとおっしゃってましたけど、帝督さんも主を信じておられるのですか?」
「そりゃあもう」
確かに信じてはいる。神の加護をではなく、実在するという事実をだが。
そしてもう一つ、この身に宿る『
「何せ、俺は天使と間違われたことだってあるくらいだからな」
「あー暇だ暇暇、この暇売ったら金にならんかねー?」
フリード・セルゼンは退屈していた。
彼は廃教会に巣食う堕天使達に雇われたはぐれエクソシストであり、かつては天才の称号をほしいままにした教会の戦士だった。基本的に狂人であるフリードは悪魔を殺すことに愉しみを見出し、度が過ぎた行いのために教会を追放されたのだ。
そんなこんなで堕天使勢力の中を転々としているうちに
しかも、任された仕事は『儀式』までの間の少女の護衛。これでは碌に
「ったくよぉ、悪魔の領地なら眷属とか契約者とかぶっ殺し放題だと思ったのに」
ただし、全く騒動の種がない訳ではない。
無能なくせにプライドだけは一人前の雇い主が、昨晩から消息を絶っている。この地の管理者であるグレモリーに消されたかとも思ったが、それならばこの廃教会にも攻め込んでくるはずだ。
つまりそれ以外の誰か。神器持ちか、余所の悪魔か、エクソシストか、あるいははぐれ悪魔ということもあるか。ともあれグレモリー以外の何者かが、中級堕天使のレイナーレを捕縛ないし殺害せしめたということだ。
「ちっとは楽しめそうかねー?」
雇い主への心配などフリードは持ち合わせていない。せいぜい報酬の支払いが果たされるかどうかくらいだが、それもいざとなれば適当にかっぱらっていけばいい。
そんな些事よりも、この退屈を少しでも凌げる刺激をフリードは欲していた。
「おおっと、どちら様でしょうねっと」
そんな折、何者かが教会へと足を踏み入れたのを卓越した聴覚で感じ取る。
もしかするとレイナーレが帰ってきたのか、それともあるいは。
「やあ神父さん。少し尋ねたいんだけど」
入口の扉を開けて入ってきたのは二人。ややガラの悪い少年とシスターの装いをした少女だ。少年の方は日本人に見受けられるが、意外なことに流暢なイタリア語で話しかけてきた。
「おやおや、このような寂れた教会へようこそおいでくださいました。本日はどのようなご用件で?」
「こっちのシスターがこの教会に赴任してきたそうで、ここらの道に不慣れだから案内してきたんだ。ついでに言うと、俺も人を探していてね」
「ほう、それはそれは。貴女がアーシア・アルジェントさんでしたか、私はフリードと申します」
「は、はい!よろしくお願いしますフリード神父!」
「ええ、こちらこそ」
にこやかな笑みをアーシアに向けた後、フリードはもう一人の少年の方へと向き直る。
「それで、探し人というのはどのような方なのでしょう?警察ではなくここを訪ねてきたということは、教会の関係者でしょうか?」
「ああ、そうなんだ。結構目立つ特徴があるから、知っていればすぐにわかると思うんだけど」
次の瞬間。
二人の纏う空気が一変し、爆発的な殺気が辺り一帯を席巻した。
「
「さぁぁぁてどうかねえ!答えを知りたきゃ俺を倒していけ、ってかぁ⁉︎」
呆然とするアーシアを取り残し、互いに人の理を外れた怪物と狂人が激突した。