とある駒王の未元物質 作:弥宵
開幕の号砲となったのは、フリードの放った銃弾だった。
「死に腐れやオラァ!」
銃口からは鉛玉ではなく、祝福により天使の光力を再現した光弾が吐き出される。悪魔であれば掠っただけで致命傷となり得る代物だが、人間である垣根にとっては普通の銃弾と大差ない。
「おいおい。まさかとは思うが、そんな玩具で俺とやろうってんじゃねえだろうな」
そして、『
「ヒュー!なァんで光が落っこちてんですかね意味わかんねえぜ‼︎ でも安心しろよ、俺っちのカッチョイー武器はまだまだあるからさあ‼︎」
「出し惜しみなんざ考えねえことだ。一分一秒、瞬きの間も無駄なく使い切らなきゃ俺には永遠に届かねえぞ」
光剣を取り出すや一気に距離を詰めるフリードに、垣根は翼による横薙ぎで応戦する。その速度と全長から巻き起こった烈風が建物内を蹂躙し、フリードを壁際まで吹き飛ばした。
「ぐっおぅ⁉︎ こりゃ近づくの無理ぽですわ、ちょぉぉぉっとばかし距離取らねーと―――なっ‼︎」
「へえ?」
激突する前に空中で体勢を立て直し突きの構えを取ると、十数メートルの距離を埋めるように光剣が
「チッ、こいつもダメかよクソが!だったら使えねえ武器はポイっとしてボン!ってなあ‼︎」
言い放つや、光剣を垣根めがけて投擲する。その切先が翼の一枚に触れた瞬間、莫大な閃光が迸り視界を灼き潰した。
「使い捨ての自爆技か。悪くはねえが、防がれた時の次善策くらいは用意しておくもんだぜ」
そして、ここまでやっても垣根は傷一つ負っておらず。それどころか、最初の位置から動いてすらいない。
「ハッハァ!お望み通りの次善アターック‼︎」
とはいえ、いい加減この程度の攻撃が効かないことはフリードとて予測済み。言われるまでもなく、既に次の手の準備は終えている。
眩ませた視界が戻る前に、新たに展開した光槍を投擲し―――純白の翼に阻まれる。
全長五メートルを超える巨大ハルバードを叩きつけ―――翼に阻まれる。
聖釘を模した鋲を無数にばら撒き―――翼に阻まれる。
対物ライフルをぶっ放し―――翼に阻まれる。
「あァァァああああああうざってェェェええええええ‼︎ つーか何そのクソ天使みてえな六枚羽‼︎ ランドセル代わりに背負って小学生気分ですかぁ⁉︎」
「まだナメた口叩く余裕があったか。いいぜ、中々ムカついてきた。そろそろ格の違いってヤツを刻み込んでやる」
暴風のごとく荒れ狂うフリードと、悠然と構える垣根。形勢は一方的だが、放つ気迫は両者ともに翳りない。
互いに一歩ずつ、足を前に進める。白濁し白熱し白狂した笑みを、全てを見下ろす超然とした笑みを浮かべあい、
「やーめた」
唐突に、フリードの放つ殺気が霧散した。
「うん。こりゃ無理っすわ、今の俺じゃどうしようもねえ。参った参った、降参でござんす」
「あぁ?」
狂気さえ感じられた笑みをヘラヘラしたものに変え、あっさりと降伏宣言したフリードに気勢を削がれる垣根。
「いやー大将お強いっスねぇ!それ、もしかしなくても『
「……………チッ、まあいい」
完全に苛立ちが収まった訳ではないが、そんなものより現在進行形でまくし立てている薄っぺらい世辞の方が聞くに堪えない。いや世辞というか、そこはかとなく馬鹿にされている気がしてならないが。
「元々テメェを潰したところで旨味なんざねえしな。俺は自分の敵には容赦しねえが、役に立つなら多少の馬鹿には目を瞑ってやる」
「おぉー!さっすが大将器がデケェぜ!」
「いいからとっとと最初の質問に答えろ。堕天使どもの拠点はここで合ってんだな?」
「そりゃもう花丸大正解でござんすよ!派手に暴れたし、そろそろ三匹とも気づいて戻ってくる頃だと思いますぜ?」
少ないな、と垣根は呟く。仮にも悪魔の領地、それも公爵家であるグレモリーの管理地に踏み込もうというのにこの頭数、やはり組織ぐるみとは考えがたい。
「あの、帝督さん。フリード神父も、お怪我はありませんか?」
これまですっかり蚊帳の外だったアーシアの声に、二人は「そういえばいたな」などと思いつつ視線を向ける。
彼女に状況が理解できているのかは怪しいところだが、態度の豹変やら半壊した教会やらの前に二人の安否に意識が向く辺り生粋の善人の類なのは間違いない。
「見ての通り無傷だ。こいつにも負傷らしい負傷はさせてねえよ」
「そうですか、良かった……」
「そゆこと。いやまあ、あと五秒続けてたら両手両足くらいは千切れ飛んでたかもしれんけども」
「えぇっ、大丈夫なんですかそれ⁉︎」
アーシアを揶揄う様子を呆れた目で見遣りつつ、案外冷静な分析だとフリードへの評価を改める。実際にはまだ見積もりが甘く、三秒もあれば四肢切断どころか挽肉と化していただろうが。
ともあれ、引き際を弁えているだけ上等というものだろう。
(腐っても天才と呼ばれただけのことはあるっつー訳か)
「ああっ、そうでした!」
垣根が一人納得していると、ようやく揶揄いから解放されたアーシアが叫び声を上げる。一信徒として、どうしても確認すべき案件があることを思い出したのだ。
「帝督さん、さっきの翼って」
「能力の副産物だ。言っとくが、俺は間違いなく人間だからな」
その問いが来ることは予想できたため、面倒な勘違いを受けないよう即座に返す垣根。先刻の会話を思い出し、アーシアも得心がいったように頷いた。
「天使様と間違われるって、そのままの意味だったんですね……てっきり物の喩えだと」
「そりゃ普通はそう思うわな」
むしろ物理的に羽が生えるなどと思い至る方がどうかしている。しかもご丁寧なことに、展開中は気配までもが天使のそれに酷似するようなのだ。聖書の神は何を思って『
「っと、そんなことよりだ」
思考を打ち切った垣根は改めてフリードに向き直り、話を本題へと戻す。
「テメェらがわざわざ上級悪魔の領地に潜り込んだ理由は何だ?
「あー、それね。一応元々は正式な任務だったからじゃねーっスかね?あちこち探し回る訳じゃなくってこの町オンリーのご指名だったみてえだし」
フリードの見解は概ね予想通りのものだった。
堕天使の組織がわざわざ悪魔の領地で神器狩りを行う理由とは何か。たまたま捜索範囲に入り込んだのではなく明確にここだけを対象としている以上、どうしても無視できない神器がこの近辺に存在していると考えるべきだ。
だが、少なくとも『
「となると、神滅具級と推測されるが詳細までは不明。とりあえず下っ端に様子見させて、本格的にヤバそうなら改めて介入する腹だった訳か」
もっとも、その下っ端が暴走した挙句特大の地雷を踏み抜いてしまった訳だが。
「アレの上司にはご愁傷様としか言えねえな。いや、ここまで予定通りだってんなら大したもんだが」
「え、えっと……?」
「別に難しいことじゃねえ。要はどこぞの馬鹿が傍迷惑な自滅をしたってだけの話だ」
理解が追いつかないアーシアに端的な結論を示す。端的すぎてもはや説明の体をなしていないが、言ってしまえば本当にそれだけの話なのだ。
堕天使の上層部が何らかの異常を察知し、悪魔の領地を侵してでも対処すべきと判断した。そうして派遣された部下が暴走し、盛大に火の粉を撒き散らした上で自爆した。
どこにでもあるようなくだらない三文劇だが、この件で割を食う人物は存外に多い。
例えば、垣根がいなければあっさりと殺されていたであろう兵藤一誠やアーシア・アルジェント。
例えば、みすみす侵入を許し自領内で騒ぎを起こされたリアス・グレモリー。
例えば、悪魔陣営から失態の責任を追及される『
「天使の気配があったの
「小僧、貴様が気配の元だな」
「何をしているのフリード、とっとと殺しなさい!」
そして例えば、レイナーレに付き従っていた堕天使達。
「そら、犠牲者第一号のお出ましだ」
垣根の背には、既に三対の白翼が顕現していた。
「ええ。結局彼は眷属入りを即決したみたい」
とあるマンションの一室。およそ学生が持つには相応しからぬ高級物件に、彼女の姿はあった。
「さあ?欲に目が眩んだだけかもしれないし、案外そうじゃないのかもしれない。どちらにせよ、悪魔の契約を無条件で受けるなんて正気の沙汰とは思えないけど」
中学生ほどの年頃ながら、少女が現在身に纏っているのは鮮やかな赤のドレス。まるでホステスのような装いの彼女の耳元には携帯電話が添えられており、ほんの数分前にあった駒王学園旧校舎での出来事を語っている。
「転生に使ったのは『
『
「そうそう、近いうちに私達との顔合わせもしておきたいみたいよ。まあ親睦を深めたいとかじゃなくて、あなたに喧嘩を売らないよう釘を刺すためでしょうけど」
とはいえ『
「ところでそっちはどう?聖女様の処遇は決まったの?」
それは会話の流れで零れた何気ない問いだったが、通話相手からの返答に少女はやや意外そうに目を瞠った。
「ふぅん?あなたのことだから、せいぜい放置か
ばーか死ね、と言い捨てられて通話が切れる。照れ隠しではなくシンプルに呆れているようだ。
「あらあら」
「垣根さんっスか?」
ふと聞こえた声の方角へ振り返ると、扉を開けて高校生くらいの少年が入ってきたところだった。
「ええ。詳しくは猟虎が来てから話すけど、今後の方針についてね」
「あー、グレモリーの眷属の件っスか」
「それもだけどね。彼、ついさっき堕天使の拠点を潰してきたんですって」
「……………はい?」
一瞬の忘我の後、状況の把握に伴い生じる焦り。すわ堕天使と戦争か、と少年―――誉望万化は上司の突飛な行動に頭を抱える。
「十中八九はぐれだから心配いらないわよ。昨日の彼女の残党ね」
「ああ、そういう」
納得した誉望が落ち着きを取り戻すのと同時に、入口の扉が再び開く。
「すみません、遅くなりました」
「気にしなくて大丈夫よ。どうせ彼が来るまでもうしばらくかかるし」
遅参への謝罪を述べ、空いていた椅子に腰掛ける中学生ほどの少女―――弓箭猟虎。
「じゃあ、今のうちに軽く情報共有を済ませておきましょうか。色々あるけど、まずはこれかしらね」
この場に揃った三人と、リーダーである垣根。この僅か四人を中核として構成される組織、その名を『スクール』という。
正規構成員の少なさに反して、保有する戦力とネットワークは十分に一勢力として認められるに足る。そして、その戦力の大半をたった一人で占めているのが『
「元聖女アーシア・アルジェント、はぐれ神父フリード・セルゼン。この二人、私達の部下になったから」