とある駒王の未元物質 作:弥宵
グレモリー眷属の新入り兵藤一誠と、垣根率いる『スクール』の顔合わせは恙なく終了した。
一誠が割合大人しかったのは予め釘を刺されていたためか、あるいは先日の中等部での大捕物が尾を引いていたためだろうか。
「それで、実際に会ってみてどうだった?」
対談は放課後に行われたため、四人はそのまま『スクール』の拠点であるマンションの一室へと直行している。
アーシアやフリードはこの場にはいない。別に正規構成員しか入れないなどという決まりはないが、いきなり新入りを招くような場所でもないのである。
「予想通り、っつか普通に一般人だろ。経歴といい素行といい、あれが全部擬態だってんなら素直に脱帽だな」
制服からドレスに着替えた少女の問いに、垣根はソファに腰掛けたまま率直な感想を返した。
兵藤一誠という個人に下す評価は終始変わらず、『突然力を得ただけの素人』に尽きる。
敵対すればそれなりに厄介だが、味方として側に置くのも面倒な相手。であれば、現状の立ち位置こそが最も適した距離感であるといえよう。
本当ならば関わり合いにならないのが一番だが、今代の赤龍帝である時点でその選択肢はないも同然だ。
「まあ、それもこれも本当に神滅具持ちならの話だが……違ったなら違ったで、それこそ単なる有象無象になるだけだ」
戦闘経験は皆無、頭の出来は中の下程度、保有魔力は雀の涙。ここに神器まで平凡だったとするならば、流石に警戒すべき要素を見つける方が難しい。
「じゃあ、とりあえずは放置の方向でいいんスか?」
「ああ。むしろ関わるのは最小限にしといた方がいいと思うぜ?『ドラゴンは争いを呼び寄せる』って言い伝えの信憑性を、わざわざ身をもって確かめたいってんなら話は別だが」
いや遠慮しとくっス、と頬を引き攣らせる誉望から視線を切り、右手で携帯端末を弄びながら垣根は続ける。
「そんなことより、今は堕天使の動向に目ぇ光らせとけ。上手く転がりゃ早々にパイプを繋げそうだ」
結果的にはぐれだったとはいえ、あれだけ派手にぶっ潰しといて協力……?と思わないでもない誉望だったが、賢明にも口には出さなかった。
代わりに口を開いたのは弓箭。とはいっても誉望と同じ考えに至った訳ではなく、単純に垣根の言葉に疑問を覚えたためである。
「情報源は多い方がいいのは当然ですけど……私達は悪魔陣営と手を組んでますし、堕天使との協調は難しいんじゃ?」
「いいや逆だな、だからこそだ。俺達と悪魔に繋がりがあるからこそ、連中はこっちの誘いを無視できねえ」
真っ当に思えた弓箭の懸念はばっさりと斬り捨てられる。根拠を問う三つの視線を受けて、垣根は小さく口の端を吊り上げた。
「神滅具持ちの俺がいて、悪魔との繋がりがあって、どの陣営も無視できねえ小規模組織。なあ、こいつは
「―――それって」
ドレスの少女が微かに目を瞠り、残る二人も一拍遅れてその意味を悟る。
「堕天使が、悪魔との同盟を望んでいる……?」
それはあまりに突飛な思考である一方、あまりに当然の回答でもあった。
四大魔王が死したとされる大戦を最後に、聖書の三勢力は大規模な衝突を起こしていない。
それは二天龍への対処のために協力体制を敷いたことで、戦場の中に対話の余地が生まれたからでもある。しかしそれ以上に、各陣営が極限まで疲弊していたことこそが最大の理由なのだ。
天使や堕天使自体が数を増やしにくい種ということもあり、当時の傷痕は未だ癒えたとは考えにくい。悪魔に関しては『
いずれの陣営も、外敵への対処に回す余力などありはしない。
対立を続けるよりも和平へと舵を切るのは、必然といえば必然の流れではあるのだった。
「いやでも、やっぱ流石に無理なんじゃ?よしんば堕天使側がそのつもりだったとしても、悪魔側は旧魔王派が絶対認めないと思うんスけど」
「あの連中は現政権に一ミリも食い込んでねえんだ、無視しようと思えば無視できる。当然禍根は残るだろうが、言っちまえば今更だしな」
悪魔陣営の障害は、その気になれば強引に突破可能であり。
「天界が黙ってないんじゃない?現状の三竦みが二対一の構図になるなんて、何としてでも阻止しそうなものだけど」
「だから連中としては三勢力同盟の形に持っていきたいところだろうな。天界の意志に関しちゃ神の一存で決まっちまうが……突っ撥ねるだけの余裕は向こうにもねえはずだ」
天界陣営の障害は、輪の中に引き込んでしまえばひとまず解決できる。
「そう上手くいくとは思えませんけど……旧魔王派はともかく、天界としては信徒が離れるのは死活問題のはずですし」
「ま、当然だな。それを差し引いても和平を選ぶだろうって程度には、あいつらに余裕がねえってだけの話だ」
どこか呆れたような声音。垣根としても、その行いが孕む危険は正確に認識している。
だが、もはやそうするしかない段階にまで至っているのだと―――それ以外に種の存続の道がないのだという推測もあった。
「三大勢力の間で停戦が成立した理由なんざ一つしかねえ。どこも残った戦力で勝ち切る自信を持てなかったからだ。
つまりそれは、『とりあえず悪魔だけでも潰しておくか』とすら思えないほどに他の二陣営の損耗も激しかったということだ。
旗頭を一度に全て喪った悪魔陣営と同程度と考えれば、その規模の凄まじさは想像するに難くない。
「だから同盟が結ばれる可能性はそれなりに高い、という訳ね。それはわかったけれど、結局これからどう動くつもりなの?」
「どうも何も、
言い終えると同時、掌で弄ばれていた携帯端末が震え出す。
画面を一瞥するなり、垣根はおもむろにソファから立ち上がった。
「何かあったの?」
「業務連絡」
適当な言葉とともに投げ渡された端末が開いているのは、どうやらメール画面であるようだった。
差出人の名は、フリード=セルゼン。
メールの件名は、『引っ越し手続き』。
「どうやら、思ったより早かったみたいだぜ」
本文の内容は、見るまでもなく察しがついていた。
冥界という常世の地には、二つの種族がそれぞれ勢力圏を築いている。
一つは悪魔。ルシファー、レヴィアタン、ベルゼブブ、アスモデウスの四大魔王を頂点に据え、旧七十二柱と呼ばれる名家が封建制度による統治を行っている。
純血を尊ぶ一方実力主義の側面もあり、多大な功績を残した者やその力が認められた者には上級悪魔の称号と領地が送られることもある。
もう一つは堕天使。こちらは『
総督の趣味と実益を兼ねて神器の研究が盛んに行われており、その過程で発見した『
「本気なんだな?フリード」
そんな二陣営の片割れの長、堕天使総督アザゼルは現在人間界―――リアスや垣根の住まう駒王町へと赴いていた。
「そのつもりですけど?まー俺ちゃんってば天才だから惜しむ気持ちもわかりますけど、もう決めちったことなのよねん」
「確かに性格の難を加味しても惜しい人材ではあるが……『
「ほーん?その辺はキョーミないんで勝手にやっててくださいなっと。あ、感謝の印に何かくれるってんならありがたく貰っときますぜ?」
「ほんっとに遠慮ってモンを知らねえよなぁお前」
あくまでふてぶてしい態度を崩さないフリードに苦笑するアザゼル。
その生き汚さこそがここまで彼の命を繋いできたのも確かであり、あながち馬鹿にできたものでもないのだが。
「だがまあ、お前の移籍が口実として渡りに船だったのも事実だからな。俺が今研究してる人工神器、試作品でもいいならやろうか?」
「えー俺知ってんだぜーそれ実験台と書いてテスターと読むヤツだろ?しかも安全保障は一欠片もないと見たね!」
「大丈夫大丈夫、事故なんざ起きねえって多分」
「あっはっは!胡散臭さが留まるところを知らねえぜ!」
実際、現在手元にあるのは開発を始めたばかりのα版とでも呼ぶべきものばかりだ。
フリードの勘は今日も冴え渡っていた。
「つーか、アンタ何でこんなとこにいるん?いくら俺の移籍が一大事だからって、わざわざ人間界まで来るとは流石に思えねーんスけど」
「ああ。流石にそのためだけに来た訳じゃねえってか、そもそもお前と会ったのは偶然だよ」
第一、フリードが堕天使陣営から離れるということ自体耳にしたのはつい先程のこと。
目的地へと向かう途中でたまたま見かけたから声をかけただけであって、本来の目的からは外れた寄り道に過ぎない。
「何だよつまんねえ、てっきり俺との別れを惜しんで引き止めに来たのかと思ったのに」
「んな訳あるか。仮にも俺は総督だぞ、そういう話ならお前の方を呼び出すっての……いや実のところ、完全に無関係とも言いがたいんだがな」
「おん?」
首を傾げるフリードに、アザゼルは肩を竦めてみせる。
「渡りに船だっつったろ?俺は元々『
「あー、そゆこと」
その理由は、同時刻に垣根が推測した内容と概ね違わない。付け加えれば元々
「せっかくだ、お前の印象を聞いておこうかね。フリード、『
「そりゃまあ、一言で言えばチンピラっしょ」
字面だけ見れば、到底褒めているとは思えない微妙な評価だ。少なくとも高潔さや清廉さといった要素からはかけ離れている。
しかしそれは。
垣根帝督という男が、ただの小物であるということを意味しない。
「そこらのゴロツキみてえに、粗暴で尊大で気分屋で―――それでいてやたらと強え、一番厄介なタイプのチンピラだ」