門を出たところで、男は手をヒラヒラとさせて、笑顔で女に別れを告げた。
永の別れではないはずだ。また、すぐに会える。一時、離れる程度の別れだ。
だが、男は少しだけ考えてみる。これが、最後なのかもしれない。
男は、その涙っぽい感情を舌先で味わった。
「なかなか」
男は、その優男風の姿に似合わぬ剣などというぶっそうなものを腰に差していた。
鞘は白金色に輝き、なにやら玉まではめ込まれていて、単なる飾りのひとつかと思われたが、これは実用品であった。
男は、剣客だ。
その風体と、隻腕では、とうていその力量は期待できないと、誰もが思うところである。男は、人の目に自分がどう映っているかなどということは、分かっていた。その上で、男はそれを楽しんでいる。
男は、道行く中に見知った顔をみつけると、にこやかに挨拶をする。相手も、笑顔を返してくる。
何人かの女に声をかけたあと、男は一人の男を見つけた。
「やあ! おはよう仁由、気持ちのよい朝だね」
仁由と呼ばれた相手の男は、信じられないものでも見るような顔をした。
「ややや、朝から俺は夢でも見てるんですかね」
大袈裟に、驚いてみせる。
「へえ、どんな夢なんだい。いい夢かな」
「悪い夢ですよ。昂司が、朝っぱらから往来を歩いてるところを見るなんて、悪いことの前触れとしか思えませんよ」
仁由は、冗談半分、そしてもう半分は本気でそう思っている様子だ。
「珍しいものが見られるのは、運がいいかもしれないよ。で、さっそくだけど、義賊気取りの賞金首のこと知ってる?」
優男は相手のことなどお構いなしに、突如その話題をぐっと引き寄せた。
「ああ、さっそく早速雲ゆきが怪しくなってきましたよ」
仁由は、身震いまでしてみせた。
「仁由は心配屋さんだね」
「昂司のことで心配しすぎることはないですよ」
「あれ、そんなに僕のこと心配してくれてるんだ。ちょっと感激だな」
「あなたは無鉄砲すぎるというか、もう思いつきで興味のある方へどんどん進んで、勝手に深みにはまり込むんですから。それで後始末は、こっちに廻ってくるんですからね。始末が悪いというのは、こういうことを言うんですよ」
仁由の脳裏には、悪夢のような思い出が、次から次へとよみがえっているようだ。
仁由が昂司と呼んでいるこの優男は、そんなことあったかなあ、などと嘯いてニヤリとする。
「じゃあ、いいよ。僕ひとりでやるから」
くるりときびすを返す。
「ひ、ひとりで何をする気ですか」
仁由は、あわてて昂司のそでを捕らえた。
「決まってるだろう。その義賊を捕まえて、賞金を頂いちゃうのさ」
くるっと振り返り、片目をきれいにつぶってみせる。
「やめてくださいよっ。あなた、人の話聞いてるんですか!?」
「なんでぇ?」
いい大人が、ふくれたところで実は可愛くもなんともないが、昂司がすると奇妙に似合っているから、おかしい。
「目立つことは、控えてくださいよ。ああ、それに左腕どうしたんですか?」
今更ながら、仁由はぶらぶらしている昂司の左袖に気付いた。
「ああ、あれ、重いから置いてきたよ」
「どこに」
「さてな、どこだったかなあ」
この男、考えるふりをしているだけだ。
昂司の左腕は、二年前には確かにあったのだ。それをどこで落としてしまったのか。そんなことを仁由が今、問題にしているのでは、もちろん、ない。
「隻腕の剣客なんて評判が立ったら、あいつらにみつかってしまいますよ。外では義手をつけておくと、約束したじゃないですか」
「だって、本当に重いんだよ。あれ。なんとかならないのかな」
「あなたが、本当の腕をなくすからいけないんですよ。それくらい我慢してください」
「ひどいこと言うな。僕だって、別になくしたくてなくしたわけじゃないよ」
「ええ、それはそうでしょうね。でもそんな考えでは、今度はなくす気がなくても命をなくしますよ」
どうにも仁由は、言いにくいことをはっきりと言う。
さすがに、昂司もこれ以上逆らう気が失せる。
「分かったよ。分かりました」
「分かってくれましたか」
「分かったから、仁由がやってね」
にっこり。
「何を、ですか?」
この企み笑顔に、仁由は『仕舞った』と後悔した。したが、時すでにおそし。
「義賊を捕まえて、賞金を頂いちゃうことをさ」
仁由は、泣く泣く男に付き合うことになった。