昂司が、まず足を向けたのは、賊の被害にあったという店だった。
その店は、国をまたいで様々な薬を仕入れ、それを小売りの店に卸すという商売をしていた。扱う種類も量も、ここいら辺りでは飛びぬけた大店だ。
それから義賊にかけられた報奨金の出資者でもある。
賊のことを聞きたいと、店先で奉公人に声をかけたところ、仁由と昂司はするすると奥の間に案内された。そして、そこに店の主人自らが、苛立ちながらお出ましになった。
卓の上には、茶が湯気を上げていたが、主人の頭の上にも同様のものが見える気がした。
「この店は、祖父が売り歩きから始めて、小さな店を開いて、父と私でそれこそ汗水流してここまで大きくした店ですよ。なんで、そんな賊にこっちが朝から晩まで働いて手に入れた銭を盗られて、黙っていられますか。ええ、金は惜しいですよ。大切なものですからね。でも、もっと許せないのは、盗人が、それを働きもせず、博打で借金こさえたような輩に配って廻ってるところですよ。しかも、それで義賊だなんのと持て囃されて、挙句、最近ではまるでこっちが悪いことでもしているかのような扱いですよ」
主人は、ここ半月ばかりの鬱憤を吐き出すようにまくし立てた。
まあ、そうだろう。大金を盗まれた挙句、盗んだ方が世間に持て囃されて、その盗人に賞金首をかければ『義賊様が貧しい者に、代わって金を与えてくだすったのに、あそこの主人は度量のせまい人間だ』などと誹られては、堪らないだろう。挙句、被害にあったのが一度のみならず、二度ともなれば泣くに泣けない。
仁由は、心の内でひっそりとその主人に同情をしてみた。
事前に聞き込みをしたところ、この店の前の主人は隠居をしているものの、店の実権を未だに握っているらしい。息子であるこの現在の店主は、ほとんどお飾りだということだ。
そこにこの義賊騒ぎでは、益々あわれを感じさせるというものだ。
「それで、何か心当たりとかありますかね」
やる気のない質問を、仁由は口にしながら、こんなことをしている己れ自身をも憐れんでいた。
「あれば、とっくに役人に言ってますよ。こっちはね、ある日突然に押し込まれて、金を盗られただけですよ」
店の主人は、仁由の心のこもらない様子に気付いたのか、苛立ちを隠さなかった。
「なるほど。しかし、あれですよね。賊が侵入した裏門は、壊された形跡がなかったと聞きますが、そうなると」
「中から手引きする者があったと言うんでしょう。そんなことは絶対にありませんよ。この店は、みな親の代から奉公している者ばかりで、怪しい者なんて雇ってませんから」
全く、話を聞こうという気も、話をする気もないかのような物言いだ。今まで、たくさんの者がこういう話をこの主人していて、この男はうんざりしているのだろう。
「ところでさ、金は戻ってきたのかな」
それまで、黙って座りませずに、きょろきょろと室内を見回していた優男が、ふいにそんなことを言い出した。
主人は、若者をあまり見ていなかった自分に、少し首をかしげた。
その男はなかなかの色男で、とても剣客とは思えない優しげな風貌をしていた。
「なんですって?」
主人は、思わずそう問い返していた。
「お金は、その『怠け者の、賭博好き』のところにばら撒かれたんだろう。だったら、そこからは金は返してもらったんだよね」
男は、椅子を引いてどかりと座った。あちこちに向かっていた視線は、ピタリと店主の額の上だ。
「いいえ」
苦々しく、かるく視線を外しながら店主は応えた。
「嘘。なんで?」
「なんでって、そんなことは私が知りたいですよ」
「返せって言わなかったんだ。太っ腹~」
「まさか。けれど、『この金が、あんたのものだって証拠がどこにある』と押切られたんですよ」
店主がそんな簡単な言葉で引き下がったとは思えないが、要約するとそんな感じであったのかもしれない。
「ああ、そう。なら、その『ろくでなしの、博打野郎』に放り込まれた金は、ここから盗まれた金ではないかもしれないんだ」
「まさか」
店主の口からは、そんな陳腐な言葉しか出てこなかった。どうにも、呆れすぎたのかもしれない。
「僕、その『人でなしの、博打バカ』と話がしたいな。どこに住んでるか知ってる?」