「黙ってるって約束でしたよね」
仁由は、恨みがましい声で、それでもにこやかに隣を歩く男に話しかけた。
「だって、あの店主、詰まらない話ばっかりするからさ。まあ、いいかと思ったんだけど、まずかった?」
「まあ、別にいいですけどね」
正直、あの店主の愚痴のような、自慢のような話には仁由もうんざりしていたところだったことは確かだ。
「でも、手がかりが何も聞けなかったじゃないですか」
「聞けた、聞けた。大丈夫」
「何を、聞きました?」
ぴたりと、思わず仁由は立ち止まった。
「うーん。あの店主はケチだとか。賊が金を投げ込んでいったところが『能無しの、博打狂』だってこととか」
昂司は指折りながら、応えた。
「そんな風には言ってませんよ。『働きもせず、博打で借金こさえたような輩』ですよ」
溜息まじりに仁由は、店主の言ったこと正確に再現してみせた。
「そうそう、記憶力いいね。その『借金漬けの、無職やろう』に会わなくちゃね」
「店主は居場所は知らないって言ってましたから、どこかで聞き込みますか?」
もはや『何ヤロウ』でもいいので、仁由は一刻も早くその金を受け取った運のいい男に会いにいく算段をつけたかった。
「いや、あの店主が知ってるじゃないのかな」
「なんですか、根拠でもあるんですか」
そんなことを考えていたのかと、仁由は昂司の顔をまじまじと見つめた。
「うーん。思いつき?」
ちらりと舌を出す。
義賊が金を投げ込んだのは、最初の盗みでは一箇所のみだったが、二回目には何軒かあったらしい。まずは二回目の方で金を受け取ったという者の話を聞くことができた。
「義賊っていうから、相当に金をばら撒いたかと思ったら、随分少ないもんでしたね」
金を受け取ったという者の言う金額を足し上げてみて、なぜか仁由は、その少なさにがっかりしていた。
「まあ、せっかく盗んだのにたくさん人に恵んじゃったら、苦労した分、損だからじゃないの」
「そういうものですかね」
「でもさ、あの店主のいう『働きもせず、博打で借金こさえたような輩』って誰のことなのかな」
義賊に金を投げ込まれた家は、どこも貧しかったが、程度は様々で、またその貧しい理由もいろいろだった。特に、人を選んで金をばら撒いている風はなかった。
「さあ……ところで、もうやめませんか」
ここまで付き合ってきた仁由だったが、そろそろもう限界だった。
「なんで? ようやく面白くなってきたのに」
「俺は全然面白くないですよ。もう、こんなことして人目についたらどうするんですか」
「そんな風に目立たないように生きて何が面白いんだよ? せっかく生きていてもさ、こそこそやってたら、生きてるって感じがしないよ」
「でも俺たちは、生きてるんです。生きていれば、『生きてる』なんて感じなくても、全くもって生きてるんですよ」
「なんか、すごいこと言うね」
妙に感心した様子で、昂司は笑った。
「じゃあ、いいですね。もう終わりにしますよ」
「最初の盗みで金を受け取ったって人んとこ、行っちゃだめかな」
ダメに決まっている。決まっているのだが、仁由にこの陽気な暴君を押し留める言葉はなかった。
「義賊さまも、どうしてあんな男に金を恵んでやるのかね。全く、見る目がないね」
女は、まったくもって詰まらないという風にさかんに舌打ちをした。
「そうだよねぇ。僕なら、そんなロクデナシには何んにもやりたくないよ」
昂司が、その男のことをよくも知らないのに、調子を合わせて吐き棄ててみた。
女は四十をふたつ、みっつ超えたところだろうか、昂司の笑顔についつい引きこまれる。
「そうだろう。あんな博打で借金つくって、女房、子供に出て行かれて、それでも尚懲りないような奴にさ。金をやるなら、いっそドブに棄ててしまった方がましってものさ」
どこかで聞いた話だ。
昂司は、心の内でニヤリとして、女の手を取った。
「その最悪男は、義賊からもらった金をどうしたんだろう。知ってるかな?」
「さ、さあ。ねえ」
女はうろたえながらも、昂司の手から逃れようともしなかった。
「ねえ、少しくらい貰ったの?」
女の手をもてあそぶように握ったまま、昂司は探るような視線をちらりと女に遣った。
「い、いいえ。あの、あの男はいつの間にか引っ越してしまって、たかる……分けていただくような暇はなかったンですよ」
今更、品など求められていないというのに、女の口調はやや奇妙な具合にあらたまった。
「じゃあ、もういないんだ。残念」
ぱっと、昂司は女の手を離した。
女は、寄りかかっていたものを失ったように均衡を崩した。が、直ぐに持ち直すと、今度は自分からすがるように昂司の手を掴んだ。
「ああ、旦那。ここにはいないけど、最近見かけたという話を聞きましたよ」
「へえ、どこで見たって?」
そっと、昂司は自分の耳を女の唇に近づけた。