仁由は、その屋敷の客間で座っていることの意味を図りかねていた。
この家の下女だろうか、若い娘がにこやかに茶を運んできた。
隣に座る色男は軽やかに礼を言い、その娘の手を握ることも忘れない。
「楽しそうですね」
ちょっと、いやみも言いたくなる。
「楽しいよお」
実に楽しそうだ。
「どうしてまたここ来たですか?」
溜息混じりに仁由は、男を探る。
「賞金もらおうと思って」
笑顔が満開だ。
「へえ~……」
細々とした笑顔で、仁由は頷いてみた。
ここは最初に来た、賊に入られた店主の屋敷だ。仁由は、昂司の言うままにここまで来てしまったことを軽く呪ってみた。だが、そんなことは意味のないことだ。こうすると決めた昂司を止めることは誰にもできなかった。
あの時も、そうだった。もしも、止めていたら、昂司は左腕を失わずに済んだかもしれない。
だが、結果はこうだ。昂司は腕一本で済んだが、多数の仲間の命が失われた。もう立て直すことができないかと思われた。それが、なんとかここまで来れたのは、やはり昂司の牽引力のおかげであるだろう。
しかしだ、そもそもがこの無鉄砲な行動がなければ、仁由たちが窮地に陥ることもなかったとも言える。
「お待たせしました」
重々しい声音とともに客間に姿を現したのは、以前に会った愚痴店主ではなかった。
仁由は、それが先代の店主であることを察した。既に隠居の身ではあるが、店の実権を握っているという。
「本日はどのような御用向きでしょうか」
静かに、隠居は座についた。
「賊の居所が分かったから、賞金を貰いにきたんだけど」
前置きはなしで、敬語、丁寧語も抜きで、昂司はずばりきり出した。
「ほ、それが本当だとしたら、吉報ですな」
隠居は、昂司の言葉の内容を疑っているようだ。いかにも胡散臭いものを見るような目で、隠居が昂司をチラと見るのを、仁由は見逃さなかった。
表向きは、丁寧な対応をしてみせてはいるが、剣客というものを街のごろつきと同じもののように考えているのだろう。成功した人間特有の傲慢さが、見え隠れしている。
実のところ、仁由はこういう匂いのする人間は嫌いではない。
「ホントも本当、嘘じゃないよ」
へらへらと、いかにもうそ臭い。
「それで、どこに居るんですかね」
「この屋敷に居る。……かな?」
最後でちょっと首を傾げて、昂司は笑う。
ここで、『ええっ』と驚くかと思いきや、隠居は溜息をついた。
「誰です?」
「驚かないんですね」
つい、仁由は口を出してしまった。
隠居は、それまで仁由のことを人形がなにかだとでも思っていたかのように、『おや』という顔をして、にこりと笑った。
「中から手引きする者があると考えるのが、普通でしょう。二度も盗みに入られるなんてね」
さも、当然と言う口調で言う隠居の様子は、半ば呆れ気味だ。
「しかし、息子さんはそうは思って居ないようでしたが」
仁由は、どうでもいいことで食い下がっている自分がバカバカしくなってきた。
「ああ、あれはね。少々、考えが甘いのですよ。主従などと言って、所詮は金の繋がりです。いくら付き合いが長くとも、いえ、長ければ長いだけ、その関係にも破綻が生じるというものです」
そう、さらりと言ってのけるこの男の闇を、仁由は少しだけ覗き見たような気がした。
「で、あなたは誰を疑ってるのかな?」
すっと、昂司が滑り込んできた。
隠居は、仁由から昂司に視線を返した。
「残念ながら、そこが分からないんですよ。賞金でも出して、世間が賊探しに躍起になれば、尻尾を出すかと思ったんですがね」
義賊の評判に、なんとなく世間がことをうやむやにしかねないところに、賞金という話が浮上すれば、世の風向きもやや変わるというもの。
そういう狙いがあったのかと、仁由は腹の中で苦々しく思った。その賞金にひょこひょこ誘われて、昂司がこんなところまで首を突っ込んでしまうはめに陥ったのだ。
しかし、、、
「誰も不審な行動をする者がいない」
残念そうに、隠居は溜息をついた。
「そうかな」
にやりと、切り込む。
隠居も、仁由もはっとする。
「分かってるくせに、どうしてそんなこと言うのかな?」
「なんのことか、さっぱり分からないが」
隠居は、気の毒になるくらいにうろたえていた。
「ダメだよ。あんた、いつまでも店主みたいな顔してたらね。隠居だって言うなら、それらしく、女の一人か二人囲いながら庭いじりでもしてたほうがいいんじゃない」
たたみかけるように、昂司はここぞとばかりに隠居を追い立てていった。
ただし、仁由にはその意図がさっぱり分からないままだった。
「そんなことをお前に言われる謂れはない。それよりも、賊のことだ。お前は、誰が賊だと言うんだ?」
「正しくはね。賊なんていないのかな。この一件はね。店主、つまりあなたの息子さんの自作自演なんだよね」