先に言っておくと作風が多分違います。そのうちお金お金言い出すので安心して欲しい。
「指揮官、今日こそAR小隊及び16LABに資金援助を――――――」
一面銀世界の最中、Anti Rain小隊の誰よりも早く一人の少女が指揮官に駆け寄る。桃色髪の透明感に富んだ彼女、名をST AR-15という。
彼女の達者でそれらしい方便だが、実は別に資金援助自体に興味はない。焦点というなら、それが指揮官の伽藍堂な瞳とAR15の蒼眼を繋げる数少ない手立てであるという一点だろう。
今回こそは言葉を数秒でも長く、と星空のように瞳を輝かせる。
ニマつく表情も抑えないAR15だったが、指揮官は眉一つ動かさずに言い放った。
「良いだろう」
「えっ…………?」
今まで散々拒否したのに。AR15の目が不意を突かれてきょとんと固まる。
何度も話をして、幾度とすげなく断られた話題。普段はM16とM4がそれとなく話題にして、しかし駄目だと嘆く無理難題の一つ。
彼は金が大事で、金が絡めば自分を見てくれる。それが無理難題であれ、論外であれ――――――――そうではないのか。
呆気にとられるAR15に、指揮官は相変わらず陰鬱とした眼光で猫背のままに続けて畳み掛ける。
「ああ、金なんぞくれてやろう。俺と喋りたいとでも言うのなら、それはくだらん話題に乗せずお前の言葉だけで成し遂げろ――――――というか金の話に要らないものを混ぜるな。鬱陶しい」
「今回お前が得るべき教訓は、本当に欲しいものは己の力のみで勝ち取らなくては意味がない――――――という事だ」
そ、そんな訳。とAR15が真っ赤な顔で躍起になって反論する。
――あら、またやっているんですね。
それを眺めるMauser Karabiner 98 kurz。また、という辺りに彼との付き合いの長さが伺えるが、実のところ彼と彼女の関係性について本質的に迫ったものというのは実は居ない。
居ないのだ。この基地には数多くの人形が常在し、多種多様な眼が彼らに当てられてきたのだが――――――彼らはおくびにも出していない。
今日に関しては、彼女が主役だ。
「Karさんって、指揮官がホントに好きですよね~」
「当然です、何せ両思いですので」
ははは、と乾いた笑いがカルカノ姉から零れる。冗談めかした物言いは何処か熱を帯びていて、カラビーナが全く適当に言ってのけているとも断言し難い印象。毎度のことだが、コイツはよくもそう妙な自信を持って言い切るものだ。
諸君には予め断言しておいてやるが、俺が何らかの理由で照れ隠しをしているだとか、言葉に含蓄が有るだとか、そういう期待は全くしないでもらおう。
思わせぶりなアバンはドラマツルギーの一環に過ぎない、俺とコイツに特別な関係性などまるで無いのだから。
「お前は仕事の手が早いこと唯一点が俺にとっての価値なわけだが、こうも適当なことを言い触らされると流石に赤字経営になりかねん。転属させるが構わないな」
「そんな事されたら~、指揮官さんが基地の資金運用の報告書を改竄してる事とか~、言いふらしてしまうかもしれませんよ~?」
なんていう女だ、いや人形か。ブレない屑と形容せざるを得ない。
言った本人は「戦場のメリークリスマス」の鼻歌なんて歌っているが、テーブル越しに向き合っていたカルカノ姉は引き攣った表情で冷や汗を流しっぱなしだ。まあ俺が問題を起こしたとなればこの基地もガタガタになりかねないからな、当然の反応だろう。
「よくも其処まで低俗な冗談で俺を脅すものだ。G&Kがその程度で俺と手を切るほど頭の弱い連中だと思うか?」
「いえいえ、例えばとある新聞にこう書かれれば如何でしょうか――――――「G&K社は投資家の傀儡? 貪られた資産運用の実態!」――――なーんて」
「…………チッ、冗談でも言うものじゃない」
G&K社と市民の関係は今でさえギリギリのラインを保っている。もしそんな事が起きようものなら、G&Kに済まずG&Kの担当地区全体の人間に二次被害が及ぶ可能性すら考えざるを得ない。
金は生命で買えるが、意味もなく無数の生命を買い占める羽目になるなど俺はまっぴら御免だ。
よく考えると、転属の時点で前任からの個体情報の引き渡しやデータのロック解除も存在する。俺が命令した所で効果も無い。
よく出来た算段だ。そして最悪の人形だ。
「自分で言うと寂しい人間のようで嫌な話だが、お前一体俺の何処を気に入ってそんなしがみついてくるんだ」
「全部…………かしら」
「ねっとりした視線があまりに気持ち悪い。まずいな、今すぐ100万程度破かないと発狂してそのまま神話生物の仲間入りを果たしてしまいかねん」
「つれない人」
コイツは何を思ってこんな事ばかり言って俺の精神強度を試してくるんだ。
――――――――作業が止まるな。本格的に追い出すとしよう。
「おい、カラビーナ。前年度の備品の損耗と損失額を軽く計上し直す、取ってこい」
「指揮官さん、お願い事をする時は?」
「………………頼む」
「はい、分かりました」
くっ、何故コイツには俺の命令が効かないんだ…………。
「凄いですね、人形が命令に逆らうなんて」
並んで歩いていたカルカノが驚いた顔でカラビーナを覗き込む。
カラビーナが追い出されたまでは良かったが、指揮官が他の人形を作業に使うのはあまり好まないのも彼女は知っていたからだろう。無理やり追い出されたカラビーナを何となしに手伝いに回っていた。
「変なことを仰るのね、指揮官さんは命令なんてしていませんよ?」
「でも取ってこいって」
「まあ、見てくれはそうでしょうね。あの人、あんまり言葉が上手じゃないから」
カルカノが要領を得ない顔をして首を傾げた、カラビーナは特に何を言うわけでもなくさっさと目的地へと歩を進める。あまり多くを説明しようという気概がないな、とカルカノも流石に察して急ぎ足でついて回る事にした。
しかし彼女には不思議だ。カラビーナという人形は確かに元々友好的だろうが、それにしてもあの言動に対して何ら疑いというものを持っていない。
それはまるで最初から真実を知っているようだ。未だ指揮官の心根の一欠片と見えないカルカノには、言葉に出せない妬くような感情が渦巻く。
咄嗟に尋ねた。
「あの、Karさん」
「はい。何でしょうか、カルカノさん?」
生唾を飲む。何だか聞くのは躊躇われた、恐らくカルカノの知らないことがカラビーナから語られる確信はどうしようもなくあったからだ。
同時に。其れ以上に、指揮官という人間は惹きつけるものが有った。それは恋心だとか、親しみ深さとは全く別方向の――――――言うならば蛾を集める炎のようなもの。
感情を持つ人間が、人形でも考える小さく根源的な疑問に一つ、近づくような確信。
開きっぱなしの瞳孔に気づかないまま小さく震えた調子でカルカノが尋ねる。
「あの。どうしてKarさんは、そんなに指揮官が好きなんですか?」
何だかかなり馬鹿らしい事を尋ねた、そんな風にカルカノは照れ隠しに頬を掻く。
にへらと笑って誤魔化しに走ってしまう。
「あ、何か変な質問ですよね。まあ別に――――――――」
「あの人、壊れかけのわたくしを背負って基地に来た人なんです」
予想外の言葉にカルカノの唇がきっと引き結ばれた。
カラビーナはカルカノが緊張で冷や汗をかいていることなど気づいていないのだろうか。クスリと笑いを零すと、確かにその表情通りに、さながら笑い話みたいにらしくないおどけた調子で話し始める。
「わたくし、その時は作戦の都合で見限られるしかなくて。左脚も右腕も無かったのだけど――――――――ふふっ。わたくしを背負った時のあの人の言葉は忘れないわ」
――そう。「わたくしは置いていきなさい、銃ならあげますから」って言ったのにね――――――。
嬉しいのか、面白おかしいのか、それとも意味もなく切ないのか。カラビーナの笑顔は確かに楽しそうにも嬉しそうにも見えたが、少しだけ寂しそうな様子が混じっていた。
カルカノは何となく察した。そして、同時にそれは不幸だなと思ってしまう。
すぐさま勝手な感傷だなあ、と自分を律するかと思うと表情がすぅと普段のものへと戻っていった。無駄な感傷が彼女の感情を綺麗に積み直してくれたのだろう。
「凄いんですよ、「お前の命は捨てられる安物ではない。捨てるぐらいなら俺が使い潰す」って。この人頭がおかしいのかしらって本気で思ったもの」
「らしいですけどね」
やっとこさ出てきた共感の言葉にカルカノは食いついてしまった。
――あっ。ちょっと妬いてるんだな。
恋愛感情とは行かないものの、知らない出来事にカルカノは戸惑ってしまったらしく、らしくないなと照れくさくなる。指揮官の事を分かっているなんて何処か驕っていた、と彼女なりには感じたようだ。
カラビーナは祈りでも捧げるようにそっと手を合わせる。
「あの人は記憶喪失の資産家で、偶々近くに居たわたくしを「利用しただけ」だそうよ」
「本当にそうなのか、疑問ですけどね」
「きっと本当よ」
笑顔で茶化してみせたカルカノにそっと、けれど押し潰せない重みを乗せてカラビーナが言葉を重ねてくる。
――いつもと言ってることが違う?
違和感に首を傾げるカルカノの言わんとすることは理解できたのだろう――――――いや性格には、聞き飽きたのかもしれない。そんな風に困ったように笑うカラビーナは、いつもの気丈で暖かな令嬢に似た姿がない。
唯の少女に見える。人形でも、人間でも、女でもない。
少女に見えた。
「多分だけれど、それは事実よ」
「え、じゃあ何で――――――」
「でも、それでも結果的にわたくしは助けてもらったから」
カルカノは意味も分からないのに、それから彼女の唇から目が離せなくなった。理屈ではない感情の重みが口元から溢れている、例え意味など分からなくともカルカノは逃げようもなくその重みを押し付けられてしまったのだ。
「指揮官さんはきっと、本当にお金の為だけに何でもしている人だと感じます。それ自体が良いことか悪いことなのかなんて、数多の本のいずれにも、出会った方の誰一人にも、最早これから得る知識全てを以てしても答えなんて出ないでしょう」
諦めのような、だけどそれに安堵するような。そんな言葉遣いだ。
「だけどわたくしは多くの人形や、人や、もっと大きなモノを、副産物として助けてきたのを何度も目の当たりにしたわ」
目にしたからこそ。彼女は知っている、その事実は如何に重いか。
救えなかった善人より、救った悪人がどれだけ価値を持つか。ましてやそれが、完全なる悪でないならば――――――どれほど尊ばれるものか。
「結論から言うと、あの人は言葉と気概が正義の人よりもよっぽど正しい人よ。その結果が善であり、だから彼自身も善であり、そして――――――――わたくしはそういう方にこそ、このフレームの全てを、それこそパーツ一つと余すことなく……………捧げて構わない。そう断言できるから、指揮官さんと決めました」
息を呑んで待つカルカノに自虐気味に微笑む。「わたくし、安い人形ではないのですよ」なんて冗談めかしているけれど、どうしようもなくカルカノには痛ましかった。
もうカルカノの表情は、餌を目前にした野良犬と変わらない。
目にしたことのない、触れたことのない、感じたことのない感情に夢中だ。人形だからこそ、知らない心は大きな興味関心の理由となりうる。
「淡い恋心だと笑ってくれて良いんですよ――――――この灯火は指揮官さんがくれた、ですから要するに鍍金で出来た幻想の灯火なのですもの」
――もう良いでしょう。
そう言ったような錯覚と共にカラビーナが軍帽のつばで瞳を覆ってしまう。
「馬鹿ね。叶わぬ恋どころか、金品で出来た一夜城と変わらないかもしれない――――――――でも、夜はまだ明けていないから。灯りはわたくしの中で、まだ燃えています」
終わった。火が消えたようにカルカノは錯覚し、何よりその火はどれ程自分の追い求めたものだったのだろう――――――等と、人形らしくないことを考える。
疑問が仔細の都合を蹴飛ばすと口から飛んで出ていった。
「それって、不幸じゃないですか?」
もうカラビーナの顔は普段と変わらない。
――何だかそれはそれで寂しいものですね。
にこりと淑女然と微笑むなり、いつものように天真爛漫、あどけなさすら残した表情のままに難しい言葉ばかりが連ねられていく。
「いえ? というより、こんな恋は叶わなくて結構よ。あの人はあのままが綺麗なんだから――――――――わたくしは野花を手折る趣味はないもの。道行く人が一人でも思いを馳せられるよう、長く咲き誇ってもらえた方がわたくしも幸せなのですから」
――立ち話が過ぎましたね、早く書類を取りに行かないと。
まだ仄かに火の粉が揺らめく最中、カラビーナは全て吹き消すように言い切るとさっさと歩いていってしまった。
カルカノは何と無しに立ち尽くして、次に笑い混じりの溜息を付いて、「やっぱり」と小さな結論が出た。
「やっぱり。やっぱりなあ」
「あの人、多分良い人ですよね。困ったなあ」
よくも悪くもほっとけないという結論だけが出た。
もう重苦しい感情も無くなっていて、先程よりも軽い足取りなのに驚きながらカルカノはカラビーナの背中を追う。表情は笑顔、嘘偽りも無くいつものカルカノM1891だ。
次回へ続く。やはりカラビーナは最高だな?