「バカ! バカペロン! なんだってそんなお店行くんだよ! モモンガさんまで巻き込んでぇ!」
「痛い! マジ痛いから! 羽を抜くな!」
餡ころもっちもちがペロロンチーノに馬乗りになり、鎧に覆われていない無防備な部位から遠慮なしにブチブチと羽を毟っていた。
やまいこは、ナザリック第九階層ロイヤルスイートのぶくぶく茶釜の自室の椅子に腰掛けながら、ため息をつきその光景を眺めていた。
「あんちゃん、やり過ぎたらダメだよ?」
そう一言忠告するが、餡ころもっちもちの羽を毟る勢いは弱まらない。再びやまいこはため息をつく。反撃しない弟君は、本当に良い子だなーと感心しながらも。
「た、助けて! 助けて下さい、やまいこさん!」
「……うん、<
やまいこの位階魔法が発動し、ペロロンチーノの傷が癒される。即ち抜かれたばかりの羽毛が再生する。
「ちがっ! そういう助け方じゃなくて――いたいぃ!!」
再び生えてきた羽毛を、餡ころもっちもちがこちらも再び遠慮なしに毟る。
弟君が良い子なのは事実だけど、反省も必要だよねとも思うから、根本的な助け方はしない。
やまいこは三度ため息をついて、興味を失ったように対面に座るぶくぶく茶釜に向き直る。
弟の悲鳴に眉根、眉は無いけど、一つ動かさずに、ぶくぶく茶釜は円卓から持ち帰ってきたレビューを眺めていた。
「異世界でそういうお店に行ってたなんて、ちょっと信じがたいね、かぜっち」
「信じられないのは、異世界の存在? それとも男どもがそういうお店行ってた事?」
「……両方かなぁ? 異世界もだけど、まさか先生とたっちさんまで関わっていたなんて想像もつかないよ」
「確かに二人のイメージからはかけ離れてるかもね」
そう言ってぶくぶく茶釜から、二枚のレビューを差し出される。おっかなびっくり中身に目を通して、今日何度目かのため息をついた。
死獣天朱雀とたっち・みーのレビューを読んでるだけで、軽く頭が痛くなる。
「まあ、男の子だもんね」
そういってやまいこは頷く。ギルドの男性陣は男の子なんてリアル年齢じゃないが、自分の生徒たちを重ねて思えば、可愛いものだ。
「さすが、やまちゃん。……おい、弟」
ぶくぶく茶釜はレビューから顔を上げて、ペロロンチーノの方を向く。
「痛い! 何、姉ちゃん!? だから痛いって! 今話しかけられてるんだから、勘弁してくれませんかね!?」
「うるさーい!」
「ほらほら、あんちゃんも。暴力ヒロインは流行らないぞ?」
「いや、姉ちゃん、俺はロリなら暴力ヒロインもアリだとぉ! だから止めろって! つーか餡ころも叱るって話はどうなったんだよ!?」
「あんちゃん、めっ!」
ぶくぶく茶釜に触腕を向けられて叱られた餡ころもっちもちは、素直に羽を毟る動きを止めて、馬乗りになっていたペロロンチーノから立ち上がる。
「人の部屋の物を勝手に持ち出しちゃだめだよ?」
「……ごめんなさい」
ぶくぶく茶釜の注意に続いたやまいこの言葉にも、餡ころもっちもちは素直に頭を下げて謝罪をする。
「それで終わりかよ!? 弟に対する説教と違いすぎませんかね!」
そう叫びながらペロロンチーノが立ち上がる。
所々容赦無く羽を毟られて悲惨な姿だが、それ以上は何も言わない所はすごいなとやまいこは感心する。
「んで、何、姉ちゃん?」
「ああ、今日もモモンガさん達は出掛けてるんだろ? 今日は何処行ってるんだ?」
「さっきまで耐久説教を喰らってて、ようやく解放されたら餡ころさんに今の今まで、羽を毟り続けられていた俺に聞くか? いたいぃ! 不意打ちで尾羽を抜くな! モモンガさんに怒れよ!」
餡ころもっちもちにペロロンチーノが怒鳴る。
モモンガに怒れと怒鳴ってはいるが、ペロロンチーノも餡ころもっちもちの気持ちを半分しか分かってないなーとやまいこは思う。勿論勝手に伝える事はしないが。
「良いから教えろよ。モモンガさんから<伝言>受けてたのは知ってるんだぞ?」
「……何処に行くかは知らないし、<伝言>は弐式さんからだよ。一個問題を片付けてくるって」
◆
「……いらっしゃいませ。お客様方は当店初めてですか?」
丸メガネの受付に、モモンガ達は頷く。
『水槽のハーレム』。
モモンガ、ヘロヘロ、武人建御雷、そして忍者装束の彼の四人で、このお店に訪れていた。
「……おい、大丈夫か、モモンガさんにヘロヘロさん?」
「な、何がですか!?」
「わ、私達はいつも通りですよ!」
建御雷の指摘に、上擦った声が出る。冷静を装ってみるが、無理もない。こんな緊張感は、初めてサキュバス店に訪れた時以来だ。
受付の説明は聞いてはいるが、耳には入ってない。
お店のシステムは、ゼル達のレビューで理解している。改めて説明を受ける必要はない。ただ、心を落ち着かせる時間が欲しいだけだ。
モモンガ達は案内された椅子に腰掛けながら、目の前に並ぶ水槽を食い入るようにじっと見つめる。
「ひょ、憑依店。とうとう来てしまいました。こ、これ上手くいったら私達本当の意味で卒業できるんですね!」
「おおお落ち着きましょう、ヘロヘロさん! 大きく深呼吸をするんです!」
「……アンタらって、呼吸してるのか? というかよ、貝とか海老相手に卒業って逆に悲しくないか?」
呆れた様な建御雷にモモンガとヘロヘロは目も無いのに睨みつける。
「最初から経験者だった人が余裕こいてますよ、モモンガさん」
「ええ、建御雷さんみたいな元リア充には私達の気持ちはわかりませんよ」
「俺だって別にリア充では無かったけどよ。普通社会人ならそういう感じになる事が一、二度はあっただろう?」
「あー。あー。あ――。聞こえないー。聞こえませんー」
ヘロヘロが嫌々するように触腕で、もし人間なら耳がありそうな部位を押さえる。
「それではそろそろ始めますが、大丈夫ですか?」
受付の言葉にモモンガは頷き、再度自身のパッシブスキルなどが切れているか確認する。あとは耐性のせいで憑依失敗する事だけが怖いが、女体化は上手くいっていたので、なんとかなるだろうと思う。
「では行きます。目を閉じて―――無い方達は心の目を閉じてください。そのままゆっくり……」
そしてモモンガ達の意識は落ちて行った。
◆
「やっほー☆ソールちゃん、また来ちゃったー」
「デ…デミア先生っ!? それにティエスも!」
突如姿を見せた師であるデミアと、同門であるティエスの姿に、ソールは思わず声を上げる。
神格存在と思われる四人組に憑依魔法術式が上手く作用するか不安だったが、向こうが完全に受け入れてくれたので問題無く発動した。
あとは何か不具合があればすぐ対処出来るようにと、彼らの隣に腰掛けていた。幸い今のところ問題無さそうだが、神格存在達が水槽内にダイブしてから三十分もしない内にデミアが現れ、様々な魔術実験道具を使い魔を使役してどかどかと搬入している。
「え!? え!? 一体どうしたんですか?」
「んー? だって分身の監視も無くて、意識も無いなんて、こんなチャンス早々無いでしょう?」
そう言ってデミアが、スケルトンの姿をした神格存在の前に立つ。
「ん。相変わらず凄い魔力ね、お兄さんの魂はしっかり水槽に憑いてるみたいだけど、やっぱりこの赤い球を外すのは無理そうか」
「ねえ、先生ー。止めておきましょうよー。バレたら私達殺されちゃいますって」
デミアの後ろで使い魔に指示をしながらも、ティエスが物騒な事を言う。
「何言ってるのよ、ティエス。ちょーっと調べさせて貰うだけよ。水槽から戻ってくる数時間でどこまで調べられるか分からないけど、ほんのちょびっとサンプル片でも取れれば御の字よね~♪」
笑いながらデミアが、ソールでは扱えない高位魔法を何重にも指先に籠めていく。
「……デコイとシてる時は、触れただけじゃ何も防壁は作動しなかったけど、念には念を入れてね」
そう言ってゆっくりとデミアが赤い玉に向け指先を伸ばしていった。
その指先が、玉に触れるか触れないかの寸でピタリと止まる。
「はい、そこまで」
男の声と共に、デミアの喉元に恐ろしい力が込められた短剣の刃が触れていた。
「ひっ!?」
思わずソールは腰を抜かし、デミアの背後に佇む、一瞬前までは居なかった筈の黒衣装束の男を見上げる。
「……あら、忍者さん。今は水槽内でお楽しみじゃなかったのかしら? 分身体も消えてたはずだけど?」
デミアの言葉に、ソールは慌てて神格存在の一人を確認する。黒衣装束の男は今も椅子に腰掛け、憑依魔法もしっかり発動している。彼の魂は、水槽の中にあるはずだ。
「そこに座ってるのは、俺の装備を着込んだスタンクだよ。憑依魔法が発動したなってタイミングで、分身全部ひっこめた。今着てる俺の装備はサブ装備。体格でバレないかって冷や冷やしてたけど、モモンガ玉に夢中で気づかなかったみたいだね」
短剣を喉元に添えながら、デミアが忍者と呼んだ男はつらつらと疑問に答える。
「弐式達のレビューに、アンタの店があったからな。絶対に目を付けてると思ったぜ」
「自分以外の魔法都市の魔法使いを使うのは良い手だと思うけど、痕跡を消し過ぎだね」
声と共に、エルフとハーフリングの二人組も店の入り口から姿を見せる。以前この店に訪れたこともある冒険者たちだ。
「狙いはモモンガの紅玉だろう? 魔法使いなら、誰だって気になるよな」
エルフの指摘に、デミアは何も言わずに降参するように手を挙げた。その仕草に忍者の男も短剣を降ろす。
「……まったく勘弁してくれよ。この人最近は落ち着いてるけど、俺らが絡むとヤバいんだって」
忍者は、やれやれと腰に手を置き武器を仕舞う。ソールには隙だらけに見えるが、デミアが動けない所を見る限り、自分では分からないだけなのだろうと怖くなる。
「そんなにヤバいのか?」
「ヤバい。俺達と一緒に手に入れた世界級アイテムに悪戯されたなんて知ったら、モモンガさんがどんな行動起こすか想像するだけで怖い」
「……マジ?」
「恩には恩を、仇には仇を。過剰すぎる報復が俺達のモットーでもあるけど、モモンガさんはその辺のタガが俺達の中で一番外れてるから」
忍者の言葉に、全員が言葉を失う。神格存在にそんな事をさらりと伝えられて、冷静で居られるはずが無い。
「俺達がこっちで作るのは、友達とオキニだけで十分だっての」
呆れる様に言う忍者に、エルフがニヤニヤしながら気安く肩を叩く。
「友達って俺らか?」
「恥ずかしいから言わせんな」
もしかして照れているのだろうか。忍者が顔を伏せる。
「じゃあ、オキニは私達ですか?」
ティエスが指を立てて笑顔になる。
「いや、まあ、そうですね……。お世話になってます……」
これまた照れたように忍者が言う。
「もう、先生ー。おとなしく謝って、私達も仲良くなっちゃいましょうよー。その方が絶対いいですって」
「諦め早いわよ、ティエス!」
「だって。この人達を出し抜くより、そっちの方が絶対楽ですって」
「どうせ抜くならあっちの方か」
「……ゼル。スタンクみたいな事いうのは止めてくれ。つーか何でゼルとカンチャルはズボン脱ぎ始めてるの?」
忍者が手で顔を押さえながら、呻く様に言う。嫌な予感を覚えたソールはエルフとハーフリングに視線を向ける。
「まあ、どっちにしろイタズラのお仕置きはしないとだしな」
「だね! こういうのはしっかりやっておかないと、癖になるから」
「いや! それ普通に犯罪だろう!?」
「犯罪じゃないですよー。合意の上ですから~」
「ちょっと、ティエス!?」
「いやいやいや!そう言うお店なら兎も角、こんなの駄目だろう。駄目だって」
「じゃあ、この娘ならどうですか?」
そう言ってティエスが、ソールを指し示す。
「受付ですけど、ここのお店の娘で、忍者さんも一人だけ遊べてなくて、丁度良くないですか?」
「ティエス! 勝手に!」
生贄にされそうな雰囲気に、ソールが憤慨する。デミアとティエスが何をしていたのかも知らないのに、そんな事をされる訳には行かない。
「この子、巻き込まれてるだけだし!? つーかマジでゼルとカンチャルはズボンを履けって! スキルで拘束するぞ!」
『水槽のハーレム』
◇オーバーロード モモンガ
1
魔道師デミアさんプロデュース店の系列なんでしょうね。相変わらず私達にも効果のある魔法技術には流石だなと思いました。
3000Gで憑依してる間は無制限と、コストパフォーマンスには優れると思いますが、私はその間何もすることが出来ませんでした……。
受け身には辛いとクリム君から聞いてはいましたが、その通りでした。
というかここでガツガツ行けるなら、リアルで童貞では無かったはずですよ。
◇ハーフゴーレム 弐式炎雷
1
なんだろう。
あそこでそういう流れに乗れないから、俺リアルで童貞だったのかなー。
問題は一個解決したけど、なんか少し悲しくなった。
あ、デミアさんプロデュース店共通割引券一杯貰ったので、欲しい人は声掛けてね。
デミアさんのところは元々何処も安いけどさ。
◇古き漆黒の粘体 ヘロヘロ
1
海老の身体でも、真の意味での大人になれると意気込んでいきましたが、散々でした。
素人の女の子に積極的になれるなら、そもそも扉通って異世界まで来てませんよって話です。
触ろうとして若干怯えた表情で「……イヤ」とか言われて、首フルフルされたら私は何もできなくなっちゃいますよ!
◇半魔巨人 武人建御雷
2
経験値稼ぐにはもってこいの店だ。
体が海老とか貝だから自分の動きに違和感はあるが、すぐに慣れる。
慣れるし、美的感覚も同化してるから、女の子は可愛く見えるんだが……。
なんか沢山の女の人に囲まれるのが、低級淫魔の詰め合わせ以来トラウマになってるのか、体の震えが止まりませんでした。
◆
「ははは! ここまで低評価だと、逆に行きたくなるね!」
ナザリックに戻り今回のレビューを発行し終え、それを読んだ生産職のあまのまひとつが愉快そうに笑う。
「俺もナザリックに籠ってばかりいないで、偶には遊びに行こうかな……ってみんなどうしたの?」
なぜか『水槽のハーレム』をレビューしてきたモモンガ、ヘロヘロ、武人建御雷の様子がおかしい事に気付いたあまのはひとつは首を傾げる。
「あ、ヤバい。今の仕草マズいです」
「……ええ。私もちょっときちゃいました」
「……これどれくらいで戻るんだ? ずっとって事は無いよな?」
「そもそもオスの海老は普通に海老だったんですけど、なんであまのまさんだけ……」
モモンガの漏らした言葉に、あまのまひとつの傾げる首の角度が深くなる。
「俺がどうかした?」
あまのまひとつの疑問にモモンガ達は顔を見合わせ、そして声を合わせて伝える。
『あまのまさんが可愛く見えます』