今回は前回よりも時間軸が前の、茶釜さん達の異世界訪問。
その前編です。
冒険者酒場というものは、サキュバス街に並ぶ人種の坩堝である。
様々な異種族がこの酒場で依頼を受け、冒険に出掛ける。
または、依頼と共に張り出されたレビューを片手にサキュバス街に消えていく。
そんな異種族集まる『食酒亭』だからこそ、最近になって異形の集団が四十人近く出入りするようになっても、初めこそ多少の混乱はあったが、すぐに受け入れられたのである。
「メイドリーさぁん。蜂蜜酒のお代わり下さーい! あとカスタードプリンのクリームマシマシフルーツトッピングチョコレートソース掛け、バケツサイズでお願いしまーす!」
今日も今日とて、テーブルの一角に見慣れぬ異形の組み合わせ。
「アハハハハッ。あんちゃん、飲み過ぎだよー。フフ、フフフフ。それに食べ過ぎー。皆の目が無いからって、はしゃぎ過ぎちゃダメだよ? ウフフフ、あっ、メイドリーさん。私もお代わり下さい」
そう上機嫌にメイドリーに大ジョッキを差し出す帽子を被った異形種。
「は、はーい! かしこまりましたー!」
初めて見る異種族に出会う事は、そう珍しい事ではない。街を歩いていれば月に一、二度はあることだ。たとえそれが、異種族ならぬ、異形種であったとしても。
「…………」
しかし今日の食酒亭は、その異形種が席に着く一画に視線が集まっていた。
ある者は好奇の視線を。ある者は驚愕の視線を。
そしてある者は、喜悦と愉悦に満ちた好色な視線を。
その様々な視線の先には、一体の粘体。
本来ならばそこまで視線を集める種族ではない。
その粘体が、ピンク色の肉棒とも言うべき姿をしていなければ。
(……サキュバスっぽい人達からの視線が熱い……)
明らかにそれを見る目で見つめられている異形種こそが、ぶくぶく茶釜。
盾役特化のビルドに、異形種ギルドアインズ・ウール・ゴウンの中にあっても、一際異彩を放つ粘液盾。
「あれー、かぜっち~? もしかして毒耐性外してないの~?」
上機嫌の餡ころもっちもちからそう訊ねられ、軽く頷く。
その動きに肉棒がプルンと震え、一部のお客、主にサキュバスらしい種族の女性から黄色い歓声が湧き起こる。
「ウフフー、今日は思いっきり羽目を外そうって、最初に言ったのはかぜっちだよー? 耐性外して、一緒に楽しんじゃおうよー」
普段滅多に見せない酔った姿のやまいこに、ぶくぶく茶釜が再び曖昧に頷く。そしてその肉棒の震えに、再び歓声が上がる。
(……なんだこれ)
ぶくぶく茶釜だって、正直に言えば一緒に耐性を外して楽しみたい。
しかしそれをして万一意識を失いでもしたら、正直サキュバスの方々に拉致られお持ち帰りされそうで怖い。
その懸念から、ぶくぶく茶釜はちびりちびりと飲食はしても、耐性を外す所までは出来ないでいた。
「……今日のおまえらは、これまた一際だな」
「言わないで下さい」
「お前の鎧も大概だが、それの上がいたか。あれぶっちゃけチン―――」
「だから言わないで!」
隣のテーブルから放たれた遠慮なしの言葉を、弟のペロロンチーノが遮っていた。
そんな言葉を聞きながら、ぶくぶく茶釜は昔のことを思い出していた。
ユグドラシルを始めた日。粘体の異形種を選択して、このピンク色の肉棒をキャラメイクした際は、自分でも大笑いしたものだ。そのあんまりな見た目に。
まあ、すぐ飽きるだろうと始めたゲームが、仲間達との出会いによって楽しみに変わり、気付けば後に引けなくなった。
「お代わりお持ちしましたー」
そう言って天使の給仕、たしかクリムと言ったか、その子がバケツサイズのプリンを震わせながらやってくる。
「ありがとー、クリム君!」
天使の子が両手で震えながら支えるバケツサイズのプリンでも、餡ころもっちもちからすれば片手で軽く支えられるものだ。礼を言いつつ、受け取っていた。
「ああ。クリム君、私も追加注文していい?」
「はい、承ります」
そう言ってぶくぶく茶釜は、ふよふよと漂いながら近づいてくる天使の少年の耳元に、囁き掛ける様に注文を伝える。
「~~~~~~~~~!!」
瞬間クリムが顔を真っ赤にし、声にもならない声を上げ、フラフラとプリンをのせていたトレイで股間を隠す様にしながら下がって行った。
これくらいの遊びは、構わないだろうとぶくぶく茶釜は思う。本音を言えば、クリムにスカートを履かせてみたい。それを我慢するのだからこれくらいはねと、ぶくぶく茶釜は頷く。
だが、この場に共に訪れた弟は違うらしい。立ち上がってこちらに詰め寄ってくる。
「……おい、姉ちゃん」
「なんだよ?」
「……いま、クリム君に何を耳打ちした?」
「普通に注文伝えただけだけど?」
「嘘をつくな! 絶対『ひぎぃ』とか『らめぇ』とかそういう類の台詞をクリム君に言ってただろう!?」
「私がそんな事言う訳ないだろう? ……もっとえぐい奴だ」
「おぃ!」
「お姉さん。その台詞、俺にも下さい」
「いや、まてスタンク。今はそこじゃない。……ペロロンチーノ、お前ら姉弟なのか? 粘体と有翼人なのに?」
そうして、再び騒がしくなる。
その頃には、ぶくぶく茶釜に対する好奇の目も少なくなっていた。やはりこの世界の許容というのか、懐は深いらしい。
「ペロンとかぜっちは正真正銘姉弟だよー。だってあたし二人のご両親に会った事あるもん」
「まって、餡ころさん。……いつうちの親と会ったんだよ?」
「えぇ~? 転移して来る前ー。感謝しろよー、ペロン!」
「一体なにに!?」
「ウフフフー。あんちゃん、色々してくれてたらしいもんねー。私もありがとうねー。アハハハハー。あー、楽しー」
やまちゃん、こんなにお酒弱かったっけと思いながら、ぶくぶく茶釜ははしゃぐ親友二人に、こちらでモモンガ達が知り合ったという人間にエルフに天使、そして素面の為か、一人右に左に動き回る弟に視線を向ける。
「ねえー、ブルーズさんだっけ? 餡ころもっちもち王国の住人にならないー? 衣食住にお給料だって一杯出すよー」
「……勘弁してくれ」
「位階魔法の仕組み? ウフフ、いいよー。やまいこ先生が教えてあげますよー。まずはリングコマンドに魔法を十二個セットして、それを覚える事から始めます! 魔法職は記憶力だからね!」
エルフからの質問にやまいこがそう真面目に答えているが、それはユグドラシル時代の話じゃんとぶくぶく茶釜はちびりと酒杯に口を付ける。
口なんて無いし、どこからでも吸収できるのだが、なんとなく自分の中ではここが口という部分はあったりする。
(二人ともはしゃいでるなー。まあ、無理もないか)
そう小さく笑って思う。
久々にギルドの仲間以外の前で、支配者でもない、創造主でもない、ありのままの姿をさらけ出すことが出来ているのだ。
(男連中がこっちにハマる理由がわかる―――ん?)
弟の視線が、自分の親友二人と、こちらで知り合った友達―――らしい、から外れている。少しだけそわそわしていた。
小さい頃から、こういう時の弟は要注意だ。目を離そうものなら何処かに消えてしまうか、何か問題を持ち込んでくるか、どちらにしろ面倒な事になる。
弟の視線を悟られないように、目で追う。目は無いから悟られようが無いのだが、ぶくぶく茶釜はそうしたのだ。
(……こいつの好みから外れてるけど。……そういう事か)
ペロロンチーノの視線の先には、衣服と表現するよりも、薄布を纏ったと表現する方がしっくりくる薄着の女性。ドライアドの一種なのか、緑色の髪が、広がった双葉のようにも見える。
その彼女が大きめの酒杯を両手で抱えて、あからさまに落ち込んでいた。
酒場の隅、喧騒から離れた先。そう気づくものでは無い。だからこそ、弟が気づいたのだろう。悲しそうな子が居ると。
(しかし、こいつの目敏さは何処から来るんだ? それをもっと別の場所でいかせよ)
そうすれば、もっと安心できるのに。そんな事を思いながら、ぶくぶく茶釜は息を吐く。フリをする。
「……行って来いよ」
顎をしゃくって、弟を促す。すると弟は弾けたように破顔し、俯き一人暗く沈むドライアドらしき彼女の元に向かっていく。
「……失恋とかの相談されたら、アイツどうするつもりなんだ? 何も言えないだろう、素人童貞のアイツが」
「フフフ、かぜっち。そんな事言ったら、弟君が可哀想だよ」
そうやまいこが言う。先ほどまでの笑い上戸がすっかり鳴りを潜めていた。
切っていた毒耐性を再び付けたか、状態異常回復の治癒魔法を唱えたのだろう。
恐らく、そわそわし始めた弟の様子にやまいこも気付いていた。だから素面に戻った。たぶん彼女にとって弟は、目の離せない手のかかる生徒と同じカテゴリーに入っているから。
「本当に、弟君は良い子だね」
そう弟を評する親友に、ぶくぶく茶釜は同意はせずに、けれど否定もせずに小さく息だけを吐いた。
さて、弟が持ってくるのは解決したという報告か、それとも厄介ごとか。
時期にやってくるであろうそのどちらかを、ぶくぶく茶釜は酒杯を口に運んで、待つのであった。
◆
『サキュバス店の経営を立て直してほしい?』
テレースと名乗ったドライアードの彼女が、やまいこと餡ころもっちもちの確認の声にコクリと頷く。
正確には彼女はドライアードではなく、ドリアードらしい。その二つの違いを気になりはしたが、ぶくぶく茶釜は尋ねなかった。
「うん、なんとか俺達で力になれないかな」
無理。
そう即答しようとして、ぶくぶく茶釜は言葉の代わりに息を吐く。
テレースが非常に落ち込んでいる事と、弟が縋る様に自分を見ていたからだ。
「いやいや、ペロン。それは難しいでしょうー。経営とかの問題なら、もっと詳しい人連れて来ないと」
餡ころもっちもちのもっともな言葉に、ギルドの仲間には何人かそっち方面が強いメンバーが居たことを思い出す。
「ち、違うんですぅー。確かに経営もヤバいんですけど、私達がヤバいのはそういう理由じゃ無いんですぅー」
涙声で語るテレースが続ける。
「私たちが絶叫すると、お客様を殺しちゃうんですぅ」
「テレースさんは、マンドラゴラのドリアードらしいんだ」
その弟の言葉にぶくぶく茶釜たちと天使のクリムを除くすべての異種族が、一斉に距離を取った。
その姿に、なるほどとぶくぶく茶釜は頷く。
「マンドラゴラって、マンドレイクの事だよね? ユグドラシルでは錬金術素材じゃなかったっけ?」
「餡ころさん、テレースさんに失礼だぞ」
「わかってるよ。ちょっと確認しただけじゃん」
動じていないのは、ユグドラシルプレイヤーの自分達に、耐性があるであろう天使のクリムだけ。それ以外の客はそそくさと会計をすましていた。
マンドラゴラは引き抜かれた時に絶叫し、その声を聞いた者を殺す。そこは素材と種族の違いはあっても、ユグドラシルと違わないらしい。
「具体的に、どういう時に相手の人を殺しちゃうの? 普通に話す分には問題ないんでしょう?」
やまいこの確認に、テレースは言いにくそうに身を捩らせる。その姿に察しがついたぶくぶく茶釜が、代わりに答えた。
「イッた時の声で、殺しちゃうんだ?」
その答えにテレースは頷き、ペロロンチーノは姉の発した言葉に嫌そうにした。そして下ネタは平気でも、生々しくなると一気に耐性を失う餡ころもっちもちも言葉も失う。
「確かにそれだと、そういうお店は難しそう」
「不死系の種族を相手にするとかは? アンデッドとかゴーレムとか」
こちらに繋がる扉を見つけてから、せわしなく行き来している骨のギルマスと覆面の忍者を思い出しつつ、ぶくぶく茶釜はそう提案する。
「そういう人たちも、別のお店に取られちゃって、全然来てくれないんですぅ! 私達絶叫で相手を殺せる以外はただのドリアードだから、全然特色が無いんですよぉー!」
そうしくしくと泣きながらテレースが答える。
まあ、それもそうかとぶくぶく茶釜は納得する。以前チェックしたギルドのメンバーが訪れたレビューだけでも、相当な量だった。それだけの候補がある中で、わざわざマンドラゴラのドリアードを選択するモノ好きは少ないだろう。
「だから俺達で、テレースさんたちのお店に何か他の店にも負けない特色を作ってあげようよ」
「おねがいですぅ! こんな私達だから、誰も相談にのってくれないんですよぉ~」
泣き崩れるテレースには悪いが、そんな義理は無い。そもそも今日だって、ぶくぶく茶釜たちは息抜きに遊びに来ただけなのだ。面倒ごとを抱えるつもりは無い。
つもりは無いがと、ちらりとぶくぶく茶釜は弟に視線を合わせる。
まるで関係の無いはずの弟が、なぜか縋る様にこちらを見ていた。どうしてこいつは、関係無い事にここまで必死になるんだと思いながらも、かつて弟達が訪れたというマイコニドのお店でのレビューを思い出す。
そこで弟は、不人気とされていた毒性の強いマイコニドを指名したらしい。
そして仲間達は、弟はそういう人だと、付き合ってくれた。
やれやれと、ぶくぶく茶釜は肩をすくめた。
実際それはぶくぶく茶釜の身体を僅かに震わせただけだが、親友二人には伝わったらしい。
やまいこは苦笑いしながら頷き、餡ころもっちもちも大きく頷いた。
人の良い二人にも小さく笑いながら、ぶくぶく茶釜はテレースに向き直り、口を開く。もちろん実際には開きはしないのだが。
「テレースさん。一個作戦思い付いたけど、試してみる?」
ぶくぶく茶釜は何時だって、縋る様な弟の瞳には勝てないのだから。
間が空き過ぎたので、書けた部分だけ先に投稿させてもらいます。
後半は近日には出したい。
ぶっちゃけまだ書きますよ的な生存報告みたいなもんですな!