ありふれた日常へ永劫破壊   作:シオウ

105 / 196
全テヲ破壊スル黒キ巨人

 少し時間は遡る。

 

 蓮弥とユナと雫は王都の上空を眺めていた。

 

 つい先ほど大量の神の使徒の軍団を倒した後ではあるが、彼らに休んでいる暇などない。なぜなら……

 

「こいつは……一体なんだ?」

 

 東側にある王都を囲う外壁の外に突然現れた存在について、王都の民ならこう思うだろう。それは黒い巨人であると。

 

 実際それは人型をしていた。全長は神獣ジャバウォックより高い。おそらく百メートルそこそこ。全身が真っ黒に染まっており、時々混じる赤い光がそれの不気味さを増幅している。

 

 

 八重樫雫ならこう思うだろう。それは闇だと。

 解法で解析した結果、不定形の闇が形を持ったようなものだとわかった。パラメータも確認しているが、いまいち安定しない。雫の知識で語るなら伯父からかつて教わった廃神の一柱である悪魔を連想させる存在だった。

 

 

 そして藤澤蓮弥とユナならこう思う。それは高密度の魂の集合体だと。

 

「これは……レギオン?」

『はい、おそらく同種で間違いないとは思いますが、これは……』

 

 そう、蓮弥とユナが驚いているのはその魂の数と密度だった。通常魔物の魂は対して強くはない。どれだけ強力な魔物であろうとも人間の兵士一人に負けてしまうレベルの力しかないのが魂という概念。だが何物にも例外はある。質が数を圧倒するとは限らない。それは魔物の魂でも同じことが言える。

 

 目の前にいる巨人は一体どれだけの魂で構成されているのか。おそらく数万では済まない。数百万でも足りない。下手すれば億単位の魂が上手く折り重なってあの形にまで圧縮されている。

 

『もしかしたら戦争という狂気に引かれてきたのかもしれません。注意してください、蓮弥』

 

 叫びを上げる黒き巨人。その口が開き、大きく息を吸い込む動作を行う。

 

 実際に空気が動いているわけではない。だが、確かに吸われているものがある。

 

「こいつ……戦場に散ってる魂を……」

 

 どのような存在か様子見をしていたのがあだになったのか。戦場の中に溢れだしている魂が少しずつ吸い上げられている。

 

「させるか!」

 

 蓮弥は巨人レギオンに向かう。その動きは平然と音速を超える。覇道型でありながら発動範囲の狭い蓮弥の創造はその分維持時間に優れている。まだ創造のまま戦える。

 

 蓮弥は大剣を振りかぶり、真っ二つに切り裂く。

 

 込めた祈りは再生破壊。

 

 これで斬られたものは再生能力を失い、そのまま滅び去るだけだ。

 

 だが……

 

「こいつもか。再生概念を破壊したんだから大人しく滅びてほしいんだけどな」

 

 蓮弥が半分予想していた通り、何事もなかったかのように再生する黒き巨人。

 

「ユナ……こいつの復活した原因はわかるか?」

『概念破壊自体は通じています。よってこれが復活した理由は再生ではありません。……補完です』

「補完?」

『あれは一体の巨人に見えますが桁違いの数の魔物の集合体です。滅びた部分を別の魔物が補うことで繋いでいるという感じですね。このまま斬っていけばいずれ消滅するはずですが……』

「それだといつまでかかるかわからない、か。こういう時真っ当な覇道型が羨ましくなるな」

 

 ユナ曰く、見た目は一体でも黒い巨人は多数の魔物の集合体であり、滅びた魔物を他が補うことで復活しているのだと言う。蓮弥の創造ではまとめて屠るという使い方は難しい。

 

『魔物という概念を滅ぼしても無駄でしょうね。あれは厳密に言えば魔物でもありませんから』

「正体がわからないものは壊せない。つまり現状まっとうに斬りまくるしかない……雫、聞いてたな」

「ええ、つまり結局真正面から迎え撃つしかないわけね」

 

 食事の邪魔をした蓮弥に目を向ける巨人。見ると紅かった目がより光を増しているのがわかる。そして放たれるレーザー。夜空を赤に変えるその一閃は蓮弥に目掛けて放たれるが、それをギリギリで躱す。来るとわかっていれば光速のレーザーでも避けられないことはない。

 

 そして蓮弥を通り過ぎたレーザーは斜め上に飛んでいき夜の空に消えていく。

 

「ユナ……こいつの弱点の探知を頼む。こいつがレギオンならどこかにコアがあるはずだ」

『わかりました。一応言っておきますがこれの攻撃はできるだけ受けないでください。例え蓮弥でも魂への影響がないとは言い切れません』

 

 空中を旋回しつつ、相手の死角を狙おうとする蓮弥だが、それが町の方を向くと否が応でも対応しなければならなくなる。

 

 こいつがやってきた理由は不明だが、少なくとも魂を捕食しているのは間違いない。ならば今数多の死者であふれかえるこの戦場は、ご馳走の山に見えるだろう。

 

「させない!」

 

 蓮弥とは逆回転で飛んでいた雫が仕掛ける。

 

「──破段・顕象──」

 

大神八尺瓊勾玉(おおかみやさかにのまがたま)

 

 雫は村雨に破段を纏わせ、王都の街に向けて伸ばしつつあった巨人レギオンの腕を斬り落とした。

 

「■■■■■■■■■■■■」

 

 痛覚があるのかはわからないが、魂の叫びを上げる巨人レギオン。

 

「こっちだ!」

 

 続けて蓮弥が逆側の腕を切断する。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 そしてその隙を逃すことなく。雫が伸ばした村雨にて脳天から巨人レギオンを真っ二つに両断する。

 

「■■■■■■■■■■■■」

 

 再び叫びを上げる巨人レギオン。

 

 形が崩れ、その存在を維持できなくなったかと思いきや、今度は身体が溶けだし地面に黒い河が広がる。

 

「こいつ固体から液体に変われるのかッ?」

 

 王都の東側から侵食し、侵入する黒き河。その濁流は王都を飲み込もうとして……

 

聖術(マギア)6章5節(6 : 5)……"完善防壁"

 

 その前にユナが王都の通路を塞ぐ巨大な壁を創造する。

 

『これはッ、侵食されて……』

 

 ユナの作った防壁に黒いシミが広がっていく。聖なる壁を汚染する闇の魔力は壁を腐食させ溶かし崩そうとする。

 

「防衛は任せて……ユナはアレを固めて頂戴」

 

 雫が飛びながら王都にある建物をまるで豆腐を斬るかの如く次々切断していく。斬られた残骸が黒い河を物理的にせき止めようと次々に投入されていく。

 

「これでも足りない。なら……創形・大結晶」

 

 雫が印を結び空中で巨大な結晶の塊を生み出して次々と黒い河に落としていく。能力も何もない、ただ頑丈なだけの水晶の塊だが、徐々に防壁への侵食は緩やかになっていく。

 

聖術(マギア)10章3節(10 : 3)……"鎮魂聖歌"

 

 かつてと同じように戦場に聖女の歌声が響き渡り、黒い河はまるで衝撃を受けたダイラタント流体のように固形化する。

 

聖術(マギア)3章4節(3 : 4)……"聖柱"

 

 蓮弥の聖術により打ち上げられたその黒い塊は、そのまま地面に落ちることなく空中に留まり、再び巨人の形態を取るようになる。

 

「これどうすればいいのよッ。切っても液体になった後、平然と復活したわよ!」

「まともにやってたら先に力尽きるのは俺達だな。ユナ……奴のコアの位置はわかったか?」

『……どうやらアレにはコアが5つあるようです』

「5つ?」

『はい、その5つは常に流動していてどこにあるのかよくわからない上に、お互いを補完し合ってるみたいです。つまり一個だけ破壊してもすぐに新たなコアが生成されるかもしれません』

 

 ユナにしては要領を得ない言葉だった。どうやらユナにとって巨人レギオンは霊的感応能力で解析しにくい相手らしい。

 

「つまりまとめて消し飛ばすのが有効ということか?」

『現状それが一番有効でしょうね。けどここで大規模な攻撃を行うと王都に被害が出てしまいます』

「つまりどうにかして王都から引き離さないと」

 

 問題はそれだった。この巨人は蓮弥達が飛び回っている間は蓮弥達の相手をするが、蓮弥達が離れようとするとすぐに王都の方に向かってしまう。魂の質としては究極域にあるユナや創造位階に達している蓮弥よりも王都に惹かれているあたり、もしかしたら数が欲しいのかもしれない。元々雑魂である魔物の魂の集合体だ。巨人レギオンにとって質のいい魂より、質の悪い魂の方がうまく折り畳めるのかもしれない。

 

「魂の数か……つまり王都の外で王都以上に魂があればいいのか?」

『断定はしかねますが可能性はあります』

「どうするの? 蓮弥?」

 

 蓮弥は王都南側を向いてみる。そこには数を減らしつつあるが魔人族の部隊が王都に攻め入っている。それも結構な数がいるはずなのに巨人レギオンは見向きもしない。ならば……

 

「雫、少しだけ時間を稼げるか?」

「何をするつもりかわからないけど……わかったわ。やってみる」

「できるだけすぐに終わらせるつもりだ。……無茶だけはするなよ」

 

 雫がその敏捷を利用して巨人レギオンの周囲を飛び回る。

 

 

 蓮弥は急いで王都南の魔人族が集まっている場所まで向かう。

 

「な、なんだ貴様は!?」

「悪いが問答をしている余裕はない。フリードはどこにいる?」

 

 蓮弥はフリード・バグアーの顔を知っているが今どこにいるかまでは知らない。

 

「異教徒め、貴様に教えるわけがないだろう。たった一人でのこのこやってきたことを後悔するがいい!」

 

 蓮弥の言葉を聞かず。魔人族が一斉に魔法攻撃を行う。中には魔物のブレスも混ざっており、それがまとめて直撃すれば神の使徒とて無事ではいられないだろうが、あいにく蓮弥には関係がない。蓮弥は一端創造を解除し、形成位階にて魔人族と向き合う。蓮弥より圧倒的に弱い相手に創造を使うのは蓮弥にリスクを与えるからだ。

 

「そんな? なぜ効かない!?」

「お前達に恨みはないが、攻撃された以上反撃させてもらう。強制的にフリードの居場所を教えてもらうぞ」

 

聖術(マギア)4章2節(4 : 2)……"白雷"

 

 蓮弥が発動した雷の聖術が魔人族の上空を覆い尽くし、数千単位の魔物と魔人族を問答無用でまとめて消し飛ばした。そしてすかさず魔人族の魂を自分の中に取り込む。

 

「ユナ、悪いけどこいつらの記憶から探知できないか?」

『……見つけました。ここから後方数百メートル地点です』

 

 蓮弥の頭の中に詳細なマップデータが浮かんでくる。

 

「よしッ」

 

 蓮弥はそのまま空中を飛んでフリードのところへ向かう。

 

「クソ、行かせるな!」

「撃て、撃て!」

 

 当然地上にいる魔人族は魔法を蓮弥に向けてひたすら撃ち放ち……

 

「ここから先へは行かせないよ!」

 

 空中を飛べる魔物に乗った騎兵は蓮弥に襲い掛かってくる。

 

「ちぃ、面倒だな」

 

 蓮弥は背中に生やした十字剣に風の聖術を纏わせて回転する。即席で出来上がったサイクロンが魔人族の部隊を飲み込み、巨大ミキサーの要領でバラバラにしていく。

 

 それはたった一人で軍隊を引き裂く悪夢だった。まさに一方的な蹂躙劇。魔人族の展開する部隊のど真ん中を薙ぎ払いながら突き進み、ほとんどの攻撃を受けても無傷で進んでくる蓮弥はまさに魔人そのものだろう。理不尽と言えるかもしれないが、戦いを挑んできたのは魔人族だ。一方的に理不尽な戦いを挑んできた以上、反撃による理不尽は覚悟の上だろう。つまり蓮弥が遠慮する理由はなかった。

 

「見つけた。アレか」

 

 蓮弥は大きな魔力の気配を辿ってみる。するとそこには片腕のない魔人族の姿。仮面で顔半分が覆われているが、カトレアの記憶通りだ。魔人族の神代魔法の使い手であるフリード・バグアーに間違いないだろう。

 

「ふざけるなよッ。これ以上好きにはさせんッ。────揺れる揺れる世界の理 巨人の鉄槌 竜王の咆哮 万軍の足踏 いずれも世界を満たさない 鳴動を喚び 悲鳴を齎すは ただ神の溜息! それは神の嘆き! 汝 絶望と共に砕かれよ! "震天"! 

 

 

 周囲一帯の空間が激しく鳴動する。低く腹の底に響く音は、まるで世界が上げる悲鳴のようだ。

 

 空間魔法"震天"。空間を無理やり圧縮して、それを解放することで凄まじい衝撃を発生させる魔法である。

 

 現状フリードが使える最強の攻撃魔法。直撃すればフリードにとって忌々しい存在であるハジメやユエすらも仕留められるであろう戦術級決戦魔法。

 

 

 蓮弥の前方にある空間が収縮し、大爆発を起こした。

 

 空間そのものが破裂する。そうとしか言いようのない凄絶な衝撃が、空中にいる蓮弥に襲い掛かる。既に仲間の騎兵は避難済みだ。空中なら仲間を巻き込むこともない。フリードは空を飛んできたことを後悔するがいいと内心ほくそ笑む。

 

 恐らく空間魔法の中でも強力な魔法なのだろう。纏う神秘の濃度から蓮弥はこの攻撃を無防備で受ければ多少痛いと考え、迎撃を選択した。

 

聖術(マギア)10章4節(10 : 4)……"空滅黄龍"

 

 その戦術規模の空震に対してユナが禁術にて対抗する。蓮弥の眼前に光る龍の頭が現れ、顎から相手と同じく空震を放出し、フリードの震天を完全に対消滅させる。……フリードを殺してしまうと面倒なので手加減した結果だった。

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~~

「な、なんだと!?」

 

 フリードは自身の全力の攻撃を涼しい顔をしてあっさり相殺した黒い軍服を着た蓮弥の存在を前に、ここに来る前にエーアストから忠告されていたことを思い出した。

 

『フリード・バグアー。戦場に行く前に忠告しておきます。藤澤蓮弥という黒い軍服を着た少年には注意しなさい。もし彼に敵意を向けられると……たった一人で魔人族を滅ぼされますよ』

 

 つい先程までこの忠告をフリードは忘れていた。当たりまえである。いくら神の使徒のお言葉とはいえ、こちらの軍隊は百万を超える。それをたった一人で滅ぼすなどできるわけがない。そう考えていたのだから。

 

 だが……

 

「なんだ? なんなんだ貴様は!?」

 

 肌で感じる桁違いの魔力。空間すら歪めると錯覚するような強大な威圧。それはかつてフリードが出会った忌々しい白髪眼帯の男の放つそれを超えているように思えた。

 

 

 魔人族の同胞が負傷しているフリードを守るために飛び出す。

 

「ッ待てお前達!! 下がれぇぇ!!」

 

 だがフリードの忠告虚しく、飛び掛かった仲間は両手に構えた十字剣で斬り刻まれる。目にも止まらない速度で振るわれる剣はそれだけで強力な魔物ごと同胞が蹂躙されていく。

 

 遠距離から魔法を放つ魔導兵に対して手を翳すだけで部隊が丸ごと消滅する。隙を見て斬りつけることができたとしても武器の方が破損し、背中に生えた十字剣で解体される。

 

 さらに背中から生える剣は4本まで増え、回転するだけで竜巻を起こし、仲間を吹き飛ばしていく。

 

 魔物がブレスを放つが、確かに当たっているのに効いている様子はない。

 

(なんだこれは? 一体何が起きている!?)

 

 自分達は神に選ばれた種族だったはずだ。厳しい試練を乗り越え、神代魔法を手にし、数百万という軍勢を手に入れた。必勝だったはずだ。自分達が信仰する神より神獣やアーティファクトまで授かった。これで長きに渡る戦いに終止符が下される。異教徒である人族、獣畜生である亜人族を駆逐し、選ばれた魔人族が神の民、神民になるのではなかったのか。

 

 だが目の前にいる暴威はまさに桁が違う。不敬な事を言えば、神の使徒であるエーアストを遥かに上回っているとわかってしまうのだ。なぜ、なぜそんな存在がこの世界にいるのか。

 

 だがその答えを得る間もなく、フリードの前に絶望が降り立ったのだ。

 

 ~~~~~~~~~~~~~

 

 蓮弥は目の前に立つフリードの横にいた白竜に聖遺物の使徒特有の気配を向けて黙らせ、そしてフリードに目を向けどうするか考え始める。

 

 蓮弥の考えはこうだった。

 

 現在王都を襲っている巨人レギオンは、なぜか蓮弥達が周りにいないと王宮に向けて行動を起こしてしまう。レギオンの行動から魂を欲しているというのは理解できるが、どうやら質より量の方がいいらしいとわかったのでそれを踏まえて考えた結果、魔人族が用意しているであろう魔物の魂を利用できないか考えたのである。

 

 蓮弥は魂感知にて王都に十万を超える魂が集まりつつあるのは感じていたがそれでも足りないらしい。蓮弥は王都攻めを行うにあたって数が多すぎても指揮が取れないと考え、おそらくまだ隠しているだろうと思い、フリードのところまで来たということだ。

 

(後はどうやって魔物を出させるかだが……)

 

 力の差は見せつけた。このままでは敗北は必須だとわかっているはずだ。

 

「どうした? もう終わりか? ハジメからそこそこ強敵だと聞いてたんだが大したことがないな」

「おのれぇぇぇぇ……」

 

 歯を喰いしばりながら挑発に耐える様子を見て、フリードの評価を一段階上げる。どうやら激昂して襲い掛かっても勝てないということの判断はつくらしい。もしかしたら蓮弥がすぐにフリードを殺さないところから何か目的があることを察した可能性もある。

 

「……目的はなんだ?」

「察したか。時間もないし単刀直入に言う……今すぐ攻撃を辞めて全部隊を撤退させろ。そして二度と人族の領域に攻撃を仕掛けるな!」

「なんだと?」

 

 蓮弥はまず正攻法で攻略できないか試してみることにする。力の差を示して撤退するように促すのだ。

 

「お前と俺の力の差は一目瞭然だろ。魔人族の中で唯一の神代魔法の使い手であるお前がここで死ねば、魔人族にとって大きな痛手になる。一方俺達もこれ以上被害は出したくない。……利害の一致というやつだ。引き際を考えても悪くない取引のはずだ」

「ふん、あいにくだが魔人族の中には他にも神代魔法を授かったものがいる。私が死んでもその者が後を継ぎ、これ以上の大部隊を引き連れお前達を蹂躙して……」

「それは嘘だな」

 

 ハジメなら考慮に値する情報かもしれないが、あいにく蓮弥には通じない。

 

「お前が氷雪洞窟を攻略した際、大部隊を率いていたにも関わらず、攻略できたのはお前だけだ。それ以降、度々部隊を派遣して挑戦を試みたが新しい攻略者は未だに現れていない。だから一先ず氷雪洞窟を置いておいて他の大迷宮を調査しているって段階なんだろ」

「貴様……なぜそれを……」

 

 蓮弥は今殺した魔人族の魂を吸収し、ユナに頼んで最新の魔人族の情報を抽出してもらったのだ。そしてそれが終わった魔人族達の魂はユナの保護の元、丁重に扱われているので少なくとも苦しんではいない。記憶が戻ったユナの魂の扱いは神がかっていた。蓮弥が創造を連続使用しても霊的感応を用いた魂の浄化と昇華と一人辺りの負担の分散が行われた魂は基本的に消耗することはない。……もっともフレイヤ戦時のようなやむを得ない時もあったりはするが。

 

 つまり魔人族の最新情報を手に入れているわけだが、そんなことをフリードが知っているわけもない。よってフリードが知っている情報でつじつまを合わせる。

 

「カトレアという魔人族から聞き出した。あいつから情報を抜き出して殺したのは俺だからな。()()()()()()()を使うことになったが、おかげで知りたいことをかなり知ることができたよ」

 

 それなりの手段という部分を強調してやるとフリードは勝手に悲惨な光景を想像して憎悪の瞳を蓮弥に向ける。もう一息だと思った蓮弥は、ついさっきカトレアに拷問したことを仄めかした口で反対のことを告げる。

 

「なあ、もうやめないか。この世界の神は狂ってる。エヒト神もお前たちが信仰しているアルヴ神とやらも。この世界の住人は神の手によって弄ばれる駒で、この世界は神の遊技場だったんだよ。……お前だって大迷宮を攻略したなら解放者からそういう話を聞いたはずだ。……安心しろよ、この世界の神は、エヒトだろうがアルヴだろうがまとめて俺達が殺してやる。そしたら人族と魔人族は争う理由はなくなるはずだ」

 

 説得するつもりはない。これは相手の信仰心を侮辱する行為だ。相手がアルヴ教という宗教の信仰深い信徒であればあるほど有効だった。そして……

 

「貴様ぁぁぁぁぁ──ッッ!! 我が神を、我が神をこれ以上侮辱するなぁぁぁ──ッッ!!」

 

 フリードは背後に空間魔法を使用する。おそらく魔人領に繋がっているであろうゲートを開くために。

 

 蓮弥は思う。殺した魔人族の戦士たちは、皆フリードを義務だけで守ろうとしたわけではなかった。誰もが心からフリードを敬愛し、神代魔法抜きでも守る価値がある人だと思うからこそ命を賭すのだと誇りを胸に死んでいった。カトレアの記憶を見てもカトレアがミハイルとの婚約を伝えた時、上司として、また一人の友として心から祝福しているようだったし、同胞である魔人族にとっては人望のある良い統率者なのだろう。

 

 だからこそ蓮弥は、悔やみながらも思ってしまうのだ。フリードの逆鱗を探すために色々言葉をかけたが、できれば神を侮辱したことではなく、魔人族の未来か、もしくは今は亡き部下のために激昂してほしかったと。

 

Briah(創造)──」

 

 蓮弥は創造を発動し、開きつつある空間に神滅剣を向ける。それをフリードは止めようとしていると判断したのか展開する速度を速める。その行為に対して蓮弥はむしろ開くのを促進するかのように歪に神滅剣を突き刺し、横に切り払った。

 

女神転生・神滅の剣(アトラス・グラディトロア)──空間の境界を破壊する」

 

 この後起きた現象はまさに世界崩壊だった。

 

 人族と魔人族。北の果てと南の果てにライセン大峡谷を挟んで存在し、長きに渡り対立してきた国同士が。

 

 空間が崩壊することにより、目と鼻の先にまで接近することになったのだ。

 

 ~~~~~~~~~~~~~~

 

「ああもう、やり難い」

 

 王都にて一人で巨人レギオンを相手していた雫は、己と目の前の怪物が相性が悪いことを自覚せざるを得なかった。

 

 まず斬っても死なない。

 

 単純なことかもしれないがこれが重要だ。何しろ剣士である雫は基本的に斬ること以外にできない。一応咒法を用いた術を付加することはできるが、それでも斬撃の延長線上にしかならない。

 

 もちろん雫とて何とかしようとした。攻撃は腕を振り回すことと目から出すレーザーの二種類しか使ってこなかったのでそれを避けつつ攻撃を続けた。中には流転するコアの位置を得意の解法で見破り、八重樫流の技にてほぼ同時に5つのコア全てを破壊することに成功した瞬間もあったのだ。

 

 だがそれでもダメだった。即座にレギオンを構成する一体がコアになって巨人は再稼働してしまう。このことからコアが潰された瞬間すぐにコアが生成されていることを意味し、ほぼ同時ではなく全く同時にコアを全て破壊しなければならないことがわかった。

 

 こうなると雫にはお手上げだった。今この場面で必要なのは鋭い一撃ではなく、軍隊を滅ぼす圧倒的な火力だ。それを実現する力を雫は持っていない。

 

「せめて少しでも削れればいいんだけど」

 

 そう思い、可能な限り斬って斬って斬りまくっているが総体が小さくなる様子がない。つまりそれほど桁違いの数の魔物で巨人レギオンが構成されているということ。

 

「はぁぁぁぁぁ」

 

 雫は目から出るレーザーをよけながら何度目かになる腕の切断を行う。あまりバラバラにしすぎてもいけない。そうすると液状化される恐れがある。

 

 多すぎず少なすぎない。

 

 そんな絶妙なラインを狙って攻防しなければならない都合上、肉体的ダメージはなくとも精神的ダメージは無視できない領域になりつつあった。

 

 

 だがそんな雫の努力は報われる。そう、雫が想像していなかったやり方で。

 

 

 世界が……割れる音がした。

 

 

「嘘でしょ……」

 

 雫が南の方向を見ると……ある地点から空間がひび割れて崩れ落ちていた。それ以外の表現が見つからない。まるで窓ガラスが真ん中から端に亀裂を広げながら崩れていくような光景は、まさにこの世の終わりだった。そしてその割れた世界というガラスの向こう側。それは違う世界が広がっていた。天候も違えば温度も違う。温度差により冷たい空気がハイリヒ王国の側に流れ込んできているのがわかる。そして見えるのは南に展開されていた魔人族の魔物よりもさらに多い魔物。

 

 その光景を見ている中、蓮弥が空間転移にて雫の傍まで移動してきた。

 

「どうやら上手く言ったみたいだな」

「まさか、魔人領と王国の領域を繋げたの!? どうやって!?」

「大したことはしてないよ。フリードが空間を広げようとしたからその穴に剣を突っ込んで強引に引き裂いただけだ」

 

 十分大したことがある話だった。強引に世界の境界まで破壊してしまうなどもはや神の技としか言いようがない。雫は蓮弥から創造位階についても概念魔法についても聞いていたが、神の御業とはまさにその通りだと改めて思う。

 

「どうやら目論見が当たったらしいな。移動するみたいだぞ」

 

 巨人レギオンもその空間崩壊の方を向き、その向こう側により多い数の魂が集まっていることを知ると、背中から羽を生やし、空を飛ぶ。

 

 その巨体が南側に移動を開始し、魔人族の展開する部隊を飛び越える。

 

「な、なんだこの化物は!?」

 

 魔人族は当然混乱する。ただでさえ空間がいきなり崩壊してここにあるはずのない故郷の風景がむき出しになるというわけがわからない現象が起きているのに、その上ジャバウォックを超える巨体が空を飛んでいたら恐慌状態にもなるだろう。

 

 巨人レギオンはちょうどハイリヒ王国と魔人領の境界の間の位置に停止し、口を開く。

 

 それは目の前にご馳走があるのに中々手にすることができずに焦れた結果なのか、それともそれをも上回る数の魂を喰うのを邪魔されてはかなわないからこその速攻か。開かれた口に膨大なエネルギーが収束し……魔人領に向けて放たれた。

 

 

 轟音と共に放たれた闇色の光は遮るものなく魔人領にある魔物群に直撃し、ドーム状の爆炎を上げる。

 

 百万の軍勢は一瞬で塵となり、その余波は魔人領に少なくない爪痕を残していく。

 

「マジか……」

「あれをここで使われてたら終わってたわね」

 

 もし我慢の限界を迎えるのがもう少し早ければ、もしかしたら自傷を覚悟でハイリヒ王国目掛けて砲撃を使っていたかもしれない。そうなればあの一撃でハイリヒ王国王都は丸ごと消滅していたであろう一撃。

 

 

 それをもろに直撃することになった魔人族には悪いが、これも戦争なのだ。人族の領域を攻撃した以上、自領を攻撃されることも覚悟しなければならない。

 

「なんにせよここがチャンスだ。あいつが魂を喰らいつくす前に決着をつける。ユナッ!」

聖術(マギア)4章8節(4 : 8)……"千重雷聖"──三重奏』

 

 ユナが上級聖術を三重に重ね掛けして蓮弥の神滅剣に注ぐ。蓮弥の剣から雲を突き抜けるほど高く伸び上がり、形状が変化する。

 

 それは槌先部分が雷で出来た巨大な槌。まるで北欧神話に語られる雷神トールのミョルニルのように膨大なエネルギーを圧縮しつつ膨張していく。

 

「これで……終わりだ!」

 

 蓮弥が振り下ろす。

 

 それは神の裁き。直径にして百メートルくらいの光の柱が地上の魔人族の魔物を巻き込みつつ巨人レギオンに炸裂した。

 

「■■■■■■■■■■■■!」

 

 その一撃でコアはおろか、全身を丸ごと雷に包み込まれ、巨人レギオンは大した抵抗もできずにその存在を消滅させた。

 

 

 この一撃が決着の狼煙。

 

 人族と魔人族との歴史上最大の決戦は、これにて幕を閉じることになったのだ。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~

 

「流石に撤退するだろうな。アレを見せられて戦意が残るとは思えないし」

「そうね……」

 

 空気が変わる。非日常から日常へ。

 

 流石にアレを見せられて魔人族も戦意を消失したようで、まさかの直接攻撃を喰らった故郷を愁いて撤退していった。

 

 それとほぼ同時に空間の亀裂が修復された。いつまでもあんな異常が残るわけがない。世界が勝手に修復してしまうということなのだろう。

 

 

 

 

 そう、蓮弥はもう終わったと思っていた。敵はあらかた倒したし、王都から戦場の空気が消えているので安心したのだ。

 

 だからこそ、それに気づくのに一歩遅れた。

 

「あれって、嘘、なんで!?」

 

 雫が弾かれたように飛び出していく。雫の向かう先にいたのは切断された腕に残っていた僅かなレギオンの残骸。その残骸が向かうのは無人のはずの王都東地区。だが蓮弥の目にはここにはないものが存在していた。

 

(あれは……亜人族の子供? なんでここに?)

 

 王都では亜人族は基本的に忌避されるがゆえに存在しないはずだった。にもかかわらず、どうして亜人族の子供が首輪付きで崩壊した建物の地下から出てくるのか。

 

 雫は子供を助けるべく駆けるがレギオンを倒すのはギリギリ間に合わない。

 

 雫が取れる選択は、身体を使って子供を庇うことだけだった。

 

 

 

 鋭い鎌状になったレギオンが……雫の背中を思いっきり斬り裂いた。

 

「あぐぅ」

「雫ッッ!!」

 

 子供を腕の中に匿いながら倒れ伏す雫。そこに追撃しようとするレギオンの残骸。

 

「させるかぁぁぁぁ──ッッ!!」

 

 蓮弥が自分が今できる最高速度でレギオンに接近し、それを一撃で消滅させた。

 

 そこに残るは肩で息をする蓮弥と、亜人族の子供を庇い、背中から血を大量に流す雫だけが残る。

 

「雫ッ、おい、大丈夫か!! 今神水を……」

 

 慌てて神水を宝物庫から取り出そうとするが、一向に手ごたえがない。そこで気づいてしまう。

 

 悪食との戦いで香織に使ったのが、蓮弥が持つ最後の神水だったことを。

 

『蓮弥……落ち着いて雫の治療をッ』

「ッ!? ああ、済まないッ」

 

 気が動転していた蓮弥をユナが正気に戻す。

 

 そのまま己を形成し、雫に聖術を行使する。

 

聖術(マギア)7章1節(7 : 1)……"快癒"

 

 ユナの手から柔らかい光が雫に降り注ぐ。だが、治療効果は思っているより高くない。

 

「私が使える回復術じゃあまり効果がなさそうです。だから早く香織のところへ」

「ああ、わかった」

 

 蓮弥は雫の傷口に触れないように抱え上げる。

 

「うう、蓮弥……大丈夫よ。とっさに……楯法に切り替えたから……思ったより深くない……このまま回復に専念すれば大丈夫だから」

「わかった……けどすぐに白崎のところへ連れて行ってやる。……亜人族の子供と一緒にな」

 

 亜人族の子供はユナが抱えている。その光景を見てほっとする雫。

 

 

 

 

 戦争は終わりを迎え、最後の最後で傷つき倒れた雫。

 

 この時、誰も知らなかった。

 

 この傷がきっかけに雫の運命が大きく変わることに。

 

 舞台は戦争が終わった後も周り続ける。

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~

 

 王都戦線状況

 

 人族VS魔人族

 

 勝者:人族

 

 人族:多数の犠牲者を出すことになったが、蓮弥達の活躍により何とか切り抜けることに成功する。

 

 魔人族:必勝を確信して人族に戦争を仕掛けるも大敗を迎える。用意した魔物はほとんど滅びた上に、指揮官フリードの負傷。多くの魔人族の戦死。そして思わぬ自領への攻撃を受けたことで魔人族軍はほぼ壊滅状態に陥ることになる。

 

 

 蓮弥・雫VS巨人レギオン

 

 勝者:蓮弥

 

 蓮弥:突如現れたレギオンの一種に苦戦するも、機転を利かせてなんとか最小限の被害で倒すことに成功するが……

 雫:最後の最後。レギオンの残骸が襲おうとしていた亜人族の子供を庇い負傷する。傷自体は治療可能の範囲に見えるが…… 再起可能? 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。