個人的には神座七秘聖典が週末になるまで届かないこととアヴェスターの更新がなかったので少しだけテンション下がり気味です。
さてこれで一件落着。
王都の危機は去り、蓮弥一行は次なる大迷宮へと旅をする。
あなた達はそう思っているかもしれないけど……果たして本当に危機は去ったのだろうか。
今まで見落とした布石はなかっただろうか。何か傾向はなかっただろうか。
思わせぶりなセリフを言っているが、もしかしたら本当に何もないかもしれない。
だが……
突如なんの前触れもなく訪れる悲劇がある。少なくともあなたはそれを知っている。
ならば今までの戦いは序章に過ぎない。もっとも、まだ始まってすらいないのかもしれないけれど。
つまり、何が言いたいのかというと……
まだ終わっていない。勝利の次には更なる試練を……その果てのない永遠に続く演劇の舞台を回すのが、あなた達の務めなのだから。
さあ、英雄譚を始めよう。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ッ、もう朝か」
蓮弥は起床する。周りを見渡すとそこが王宮の一室であることが寝惚けた頭でも理解できた。何か変な夢を見たような気がするがもう覚えてはいない。もともと夢とは起きたら消えるものであり、連続した夢を見続けているという雫の体質が特殊なのだ。
蓮弥は昨晩のことを思い出し、横で寝ている雫の顔を覗き込む。顔色が良くなっているのが一目でわかるのでどうやら儀式は無事成功したらしい。
「ん、うん」
蓮弥は、はだけていたシーツを雫にかけてやる。朝に強い雫にしては寝坊という珍しい現象だが、色々な意味で雫には身体に負担をかけたのでもう少し寝かしてやることにする。
蓮弥はシャワーを浴び、着替えを済ませた後、黒茶の準備を始めた。そして準備が終わった後、その匂いにつられてか、雫が起床する。
「う、うん……蓮弥?」
「おはよう、雫。体調は大丈夫か?」
「体調? ……あっ」
雫は最初蓮弥が何を言っているのかわからなかったようだが、シーツを巻きつけているだけで何も着ていない自分の姿を把握した後、昨晩のことを思い出し……顔を赤くする。
「うん、たぶん大丈夫」
「そうか……良かったよ、雫が無事で」
「あの、えーと。……蓮弥」
「雫……」
恥ずかしそうにしている雫を見ていると蓮弥も昨晩のことを思い出してしまう。雫の母親である霧乃さんはよくぞ、雫にあんなに素晴らしいものを叩き込んでくれたという感謝しかない。
お互い名前を呼び合った後、しばらく沈黙が続く。所謂朝チュンというような柔らかい雰囲気。
「あの、私ッ……」
「いい雰囲気のところすみません」
「!? ユナ!?」
「はい、私ですけど……何か問題でも?」
その空気を壊したのは光と共に形成したユナだった。ユナは椅子に腰掛けながら蓮弥と雫を見ている。
ジト目でじーと見つめていた。
「なあ……ユナ? もしかして怒ってるのか?」
「別に……ただ私の時は雫を助けに行くために、慌ただしかったとか思っていません」
どうやら自分の時は余韻を感じる余裕も無かったことを気にしているらしい。
だが、少しだけ拗ねた様子を見せたユナも雫の顔色を見て安堵の表情を浮かべる。
「どうやら儀式は上手くいったようですね。雫の魂が補完されたのがわかります。気分はどうですか?」
「そうね。倦怠感はなくなったわ。だからもう大丈夫だと思う。色々心配かけてごめんなさい」
「雫が無事で良かったです。次からは魂への防御術式も考えなくてはなりませんね」
相変わらず二人の仲が良くて蓮弥もほっこりする。この風景を見るからこそ思う。
(もっとしっかりしないとな)
二人を幸せにすると誓ったのだ。だからこそ、自分の力を研ぎ澄ませないといけない。
例え何が来ようとも守るために。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
蓮弥とユナ、そして雫は神山の方へ足を運んでいた。
もし順調に攻略できたのであれば、蓮弥がフレイヤと戦った地点に出てくるはずだった。
「あっ、出てきた。香織──」
「雫ちゃーん」
神山の麓から出てきた香織を雫が呼ぶと香織は手を振って駆け寄ってきた。
「良かった。雫ちゃん……元気になったんだね」
「ええ、おかげさまでね。香織もどうやら攻略できたみたいね」
バーン大迷宮の攻略に失敗すると大迷宮の記憶を消された状態で試しの門の入口に戻されるはずであり、ここから出てくること自体が攻略したことの証明である。
……はずなのだが。
「ハジメ? お前……大丈夫か?」
「……ああ」
返事をするハジメは明らかに挙動がおかしかった。
目は虚ろで時々何かに怯えるような顔をする。何があったか説明してもらうためにユエ達の方を向くが揃って微妙な顔をする。
「ハジメの奴は何があったんだ?」
「ん……ハジメはちょっと……」
「どうやら筋肉にトラウマができたようでして……」
「大迷宮にいる間は平気だったのじゃが、どうやら外で襲撃してこないかどうか警戒しておるようじゃ」
どうやらよっぽど酷い目にあったらしい。おそらく魂魄魔法を入手できたのだろうが、この調子では困るので蓮弥はハジメに近づく。
「おい、ハジメ。大丈夫か?」
「おう、蓮弥?」
「しっかりしろ。お前がそんなことでどうするんだ?」
蓮弥はまだ焦点が定まってないので肩を掴んで軽く揺すってみる。そしてようやく焦点があった。
そこでハジメは、蓮弥と結構顔の距離が近いことに気づいたのか……
「うおぉぉぉぃ!?」
思いっきり蓮弥から目を離し、跳ねるように距離をとった。
「?」
「な、なんでもねぇッ。だから落ち着け!」
「いや、さっきから俺は一貫して落ち着いてるからな」
さっきとは違う挙動のおかしさに蓮弥はクエスチョンマークを浮かべるしかない。
蓮弥が気づくわけがない。ハジメのバーン大迷宮の試練は、筋肉と筋肉と贅肉と筋肉の合間に、ハジメと蓮弥の濃厚な衆道至高天が展開されていたということを。
全員の視線が困惑する蓮弥と未だに蓮弥に視線を向けないハジメに集中する。特にユエは二人をひたすらじっ────と見つめ続けた。その視線に気づいた蓮弥がユエの方を見る。
「ユエ……どうした?」
「……やっぱりラスボス。ハジメ……今夜は寝かさないから」
「ちょっと、ユエ!?」
ユエの堂々とした宣言に香織が抗議するが、蓮弥と雫の方を向いてニヤリと笑った。まるで全てお見通しだと言いたげな表情をして。
「それに……蓮弥と雫もお楽しみだった。だったら私達も楽しませてもらう」
「なっ!?」
「えっ、えっ!?」
雫が動揺し、香織が雫の方をキラキラした目で見つめる。その目を雫はまともに見ることができない。
「ど、どうして?」
「私はユエ、世界最後の吸血姫にして、望む望まずに関わらず、匂いで処女か非処女かわかる女……昨晩はお楽しみでしたね」
「そうか……おめでとう、雫ちゃん」
「〜〜〜〜〜〜〜〜ッ」
雫的には歩き方などからバレないように完璧な動作をしていたはずなのに、まさかの吸血鬼の技能でバレるという反則を食らってしまった形だった。純粋な香織の祝福が余計に恥ずかしくなってくる。
当事者の蓮弥も流石に雫のフォローに回ろうとするが、助け舟は思わぬところからやってきた。
「失礼します。こちらに錬成師 南雲ハジメ様はいらっしゃいますか?」
「あん?」
王都の方から一人の兵士が駆けつけてハジメに対して口上を述べる。
「リリアーナ様から至急来て欲しいとの言葉を受け取っています。だから私についてきてください」
「断る……と言いてぇところだけど……はぁ、もうしばらく王都にいるんなら逃げられねぇだろうな」
ハジメは魂魄魔法の付与や、新たな移動手段の建造を予定しているため王都にしばらく留まる予定だった。王都にいる以上、この国のお偉いさんからは逃げられないというのは想定内だ。
~~~~~~~~~~
「よくぞ来てくれました、南雲さん。お久しぶりですね。長い間挨拶できなくて申し訳ありません。あなたの生き抜く強さに心からの敬意を。あなたがいない間の香織は見ていられませんでしたよ」
王都の大広場にて王族が健在であることの表明と現地の被害状況を直接見るために王宮から降りてきていたリリアーナが、ハジメに笑顔で挨拶を行った。
国民から絶大な人気を誇る王女の笑顔。一度それを向けられたなら、老若男女の区別なく陶然とすること間違いないと思わせる可憐なものだ。しかし、それを見たハジメは、特に何かを感じた様子もないようだった。
「……というか偉そうに俺たちを呼びつけてるけど、あんた誰だ?」
「へっ……」
どうやらハジメはリリアーナを覚えていないらしい。それもある意味仕方ないと蓮弥は思う。
蓮弥もハジメもこの世界に呼ばれた直後は確かにリリアーナとは数回出会っている。だが、その後起きた経験が強烈すぎるのと周りの女性達の強烈な個性のせいで言ってはなんだが、たかが一王国の王女程度では印象に残らないだろう。
「ハジメ。確かに彼女は没個性かもしれないが、一応この国のお姫様だ」
「没個性!? 蓮弥さん、あなた私をそんな風に見てたんですか!?」
「……言葉の綾だ。周りの女達を見たらわかると思うけどみんな個性の塊だからな」
「ぐぬぬ」
蓮弥とリリアーナがコントをやっている間に香織から説明を受けたハジメはようやく思い出したらしい。「……ああ」という気の抜けた返事にリリアーナがさらに落ち込む。
「それで……そのお姫様が俺になんの用なんだ?」
「王女なのに没個性……王女なのに……!? はっ、そうでした。実は折り入ってご相談があるのです」
リリアーナの話はこうだった。ハイリヒ王国の王都には外敵から身を守る大結界というというものがあり、長年王都が戦火に見舞われなかったのもそれのおかげだという。
だがつい最近、具体的に一月前の騒動により一枚が、そして今回の騒動で全ての大結界を破壊されてしまった。
これを壊れたままにするということは王都が敵外敵相手にむき出しになっている状態に等しいので早急に直さなくてはならないのだが、何しろ王都の大結界は古代のアーティファクトであり、それを作った当時の資料なども残っていないそうなので中々修復が進んでいないのだという。
「今回の戦いで我々は勝利し、魔人族は相当な被害を受けたはずなので、すぐに再侵攻してくるとは思えませんが、油断はできません。そこで神代のアーティファクトも再現できるという話を聞く南雲さんに修理していただきたいのです」
事情はわかったようだが、ハジメは明らかに面倒くさそうな顔をしている。
「……俺たちに何か見返りがあるのか?」
「おい、南雲。お前こんな状況で見返りなんて求めるのか!?」
ハジメの言葉にリリアーナの元で災害復興を手伝っていた光輝が非難するが、ハジメは光輝を無視してリリアーナに語り掛ける。
「当然だろ。なんでも無償でなんて都合の良いことなんてないんだから。言っとくけどこの世界の身分なんていらないからな」
その言葉に悩むリリアーナ。ハジメ相手に地位も名誉も意味がない。この世界に執着がないからなのだが、ならば別の付加価値を示さなければならない。
「それは……」
リリアーナとて承知しているのだが、如何せん王国には余裕がない。だが、大結界修復は絶対必要なことであり……
悩むリリアーナを尻目にハジメパーティーのメンバーもハジメに注目し始める。その視線の意味を理解したハジメはため息を吐く。
「はぁ、わかったよ。なら今回は貸しにしておいてやる。大結界の要がある場所まで案内してくれ」
「あ、ありがとうございます!」
ハジメとて人でなしではないのだ。現状この国に余裕などないことなんて承知の上だ。それでも対価を要求したのは、何も言わず無償で引き受けると、ならばこれもあれもと頼られても困るからだ。最初に言っておけばそう何度も自分に頼ってはこないだろうという考えもある。
こうして蓮弥達はずっと後回しにしていたミュウの護送の依頼完了報告とついでに大結界の修復を行うことになった。
向かうメンバーは蓮弥、ユナ、雫、ハジメ、ユエの5人。シアは兎人族であるがゆえに王都を歩きにくいし、香織は現在も治療院にて怪我人相手に大活躍中だ。そしてティオは本人曰く充電中とのこと。いつものようにはぁはぁしていたので放置することに異論はなかった。
まずはギルドへの報告。ハジメの名前を出した途端、受付嬢が血相を変える。
「な、南雲ハジメ様で間違いございませんか?」
「? ああ、ステータスプレートに表記されている通りだ」
「申し訳ありませんが、応接室までお越しいただけますか? 南雲様がギルドに訪れた際は、奥に通すようにと通達されておりまして……直ぐにギルドマスターを呼んでまいります」
蓮弥はいつものやつが始まったと思う。蓮弥の親友はギルドが絡むと毎度必ず何か問題を起こすのだ。蓮弥は今の内に何が起きてもいいように心構えだけは作っておくことにする。
「は? いや、俺は依頼の完了報告をイルワ支部長宛にして欲しいだけなんだが。それに、これから大結界の修復に行く予定なんだよ。面倒は勘弁してくれ」
「え、え~、それは私も困るといいますか……すぐ、直ぐにギルドマスターを呼んでまいりますから、少々お待ち下さい!」
「…………」
「相変わらずどこへ行っても大人気だな」
「はぁ、なんで普通に過ごせねぇんだろうな」
「……ブーメランなのは承知の上だが、割と自業自得だと思うぞ」
そして滅びの呪文を連想させるようなギルドマスターが来た後、案の定厄介事は近づいてきた。
「バルス殿、彼等を紹介してくれないか? ギルドマスターが目を掛ける相手なら、是非、僕もお近づきになりたいしね? 特に、そちらの可憐なお嬢さん達には紳士として挨拶しておかないとね?」
そんな歯の浮くようなキザったらしいセリフと共に蓮弥達に近づいてきたのは後ろに美女を四人も侍らせている金髪のイケメンだった。周囲の冒険者のヒソヒソ話に耳を傾けるとどうやら金ランクの冒険者らしい。
そしてそのアベルという冒険者はどうやらユナ、雫、ユエに興味を抱いたのかさっさと出ていこうとするハジメを通さない。そして金ランク冒険者だと紹介された蓮弥とハジメをジロジロ観察し始めた。
「ふ~ん、君達が金ランクねぇ~。かなり若いみたいだけど……一体、どんな手を使ったんだい? まともな方法じゃないんだろ? あぁ、まともじゃないんだから、こんなところで言えないか……配慮が足りなくてすまないね?」
「どんな手も何も……あんた王都にいて俺達を知らないとか、それは自分が情弱だって自己アピールしてるみたいなものだぞ」
にこやかに毒を吐くものの、蓮弥のカウンターに顔をしかめる自称金ランク。ハジメに至ってはまともに相手にする気がないのか蓮弥に任せて退屈そうにあくびをしている。
「ま、まぁ僕は君達と違って本物の金ランクだからね。多少の無礼には寛大さ。それより女の子達は食事でも一緒にどうかな? そこにいる偽物達と違って本物の金というものを……」
「ああ! やっぱり!」
いい気分でユナ達を食事に誘っていたアベルの背後でアベルが侍らせていた女の子の一人が声を上げる。その視線は蓮弥の方を向いており、前に出てきて口を開いた。
「もしかして女神の剣の人ですよね! 私、クーランの町出身なんですけど、故郷を救ってくれたと知ってからずっと会いたかったんです。故郷を救ってくれてありがとうございました。あとファンです。握手してください!」
「あ、ああ」
つい勢いで握手してしまう蓮弥。握手が終わった後、その女の子は後ろに下がりなにやら残りの3人に自慢している。他の三人が物欲しそうに蓮弥に視線を向けているのを見て、ユナと雫が蓮弥の両脇にくっ付くことで威嚇する。
ポカーンとそのやり取りを見ているアベル。周りの冒険者はユナ達に無視された挙句、自分の女が他の男に熱を上げ始めた様子に内心ざまぁする。
「…………どうやら君には少々礼儀というものを教えなければならないようだね」
「多少の無礼は見逃すんじゃなかったのかよ」
一触即発。蓮弥はため息を吐きながらどうするか考えていたが、事態は思わぬ方向に進むことになる。
「あらぁ~ん、そこにいるのはハジメさんとユエお姉様じゃないのぉ?」
蓮弥が入口に目を向けると、異形の生物が立ちはだかっていた。
「な、なんだ、この化け物は!?」
「だぁ~れがぁ、SAN値直葬間違いなしの名状し難い直視するのも忌避すべき化け物ですってぇ!?」
思わず叫んだアベルにカッ! と見開いた眼を向ける筋肉の塊だった。劇画のような濃ゆい顔に二メートル近くある身長と全身を覆う筋肉の鎧。なのに赤毛をツインテールにしていて可愛らしいリボンで纏めている挙句、服装がいわゆる浴衣ドレスだった。フリルがたくさんついている。とってもヒラヒラしている。極太の足が見事に露出している。
そこからは悲劇だった。その得体のしれない生物を前に剣を抜いたアベルが怪物にサバ折りにされたのだ。
蓮弥達とユエはその光景を黙って見ていることしかできない。
そして残ったのは息も絶え絶えの死に掛けのアベルだった。そのアベルはなけなしの力を振り絞り、側にいる蓮弥をキッと睨みつけた。
「お、おい、お前ッ、同じ金ランクだろう! なら僕を助けろッ。どうせ、不正か何かで手に入れたんだろうが、僕が口添えしてやるッ。お前如きがこの"閃刃"の役に立てるんだ。栄誉だろう! ほら、さっさとこの化け物をなんとかしろよ! このグズがふぅぅぅぅ!!」
悪態をついていたアベルだったが突如泡を吹いて気絶する。蓮弥はこの現象に身覚えがあったので雫の方を見ると、アベルに対し冷たい視線を向けていた。
「さっさと行きましょ。あ、この人はあなたのお仲間になりたいみたいなんで連れてっていいですよ」
「は~い。わかったわん♪」
雫の無慈悲な勧告に対し、好みの男の子を手に入れたことで謎の巨漢の生物はご満悦の表情だ。
「やれやれ……やっと終わったな……あれ? ハジメはどうした? もう出てったのか?」
「そういえば……途中からいなくなっていましたね」
ユナに確認するも見当たらない。もしかしたら先に大結界修復に向かったのかもしれない。そう思い始めた蓮弥だったが……
「ハジメぇぇ!!」
ユエの悲痛な声でハジメがどこにいてどんな状況に陥っているのか知ることになる。
ハジメはギルドの端で体育座りをしてぶつぶつ喋っていた。
「筋肉怖い筋肉怖い筋肉怖い筋肉怖い筋肉怖い筋肉怖い筋肉怖い」
周りの冒険者たちも威勢が良かったハジメの見る影もない姿にどうしたらいいのかわからない。妙なオーラを発しているので近づけないともいう。
「あら~ん。ハジメさんどうしたのかしら?」
「ストップだ。どうやらあんたが原因らしい」
謎の巨漢の生物は以前と様子が違うハジメに対し近づこうとするが、その生物が近づくにつれて震えが大きくなっているのがわかる。どうやらハジメにとってこの生物はSAN値直葬間違いなしの名状し難い直視するのも忌避すべき化け物以外の何物でもなかったらしい。そんなハジメを優しく胸で抱きしめながらユエが必死に呼びかける。
「ハジメ、しっかりしてッ。大丈夫、絶対に奴は近づけないから」
「うう、筋肉怖い。おっぱい……気持ちいいけど……物足りない」
「は、ハジメぇぇ!? どういうこと!? まさか巨乳の魔力に魅了されたの!? ねぇ、ハジメ!!」
「はっ、俺は一体何を……ひっ」
色々カオスになっていた。ハジメは発狂状態から立ち直ったものの、未だに奇怪な生物をできるだけ視界に入れないようにし、震える手でドンナーを握りながら可能な限り距離を取っているし、ユエはユエで「ハジメが……巨乳派に……ハジメが……」とぶつぶつ言いながら自身の胸を触りながらショックを受け呆然としている。
収集がつかないと思った蓮弥は生物に事情を聴くことにする。
どうやら漢女はマリアベルといい、かつてブルックの町でユエ達をナンパしようとしてハジメかユエにスマッシュされた者達の一人らしい。今では心を入れ替えて怪物店長クリスタベルに漢女道を教わっている最中なのだという。
そしてさらに恐ろしいことに、全国からスマッシュの被害にあった男達が次々とクリスタベルの元に集まっているらしく、順調に漢女達は増殖しているのだとか。
それを聞いてハジメは白目を向いて卒倒しそうになったが、蓮弥からすれば完全に自業自得だった。個人的にいくら何でもスマッシュするのはやりすぎたと思っていたので、ハジメもユエも存分に身から出た錆を噛み締めればいいと思う。これで今後はハジメとユエがスマッシュすることもなくなるはずだ。
~~~~~~~~~~~
その後、ハジメが大結界の修復にあっさり成功することで王都は元の日常へ一歩近づくことになった。
そして王宮への帰還道中にて。
「筋肉を根絶やしにしないと」
「おい、流石に物騒すぎるだろ」
「いや、蓮弥。お前はわかってねぇ。奴らを野放しにするとこの世が筋肉地獄という異界に飲み込まれる。そうなってからでは遅いんだ」
「いや、筋肉共を生み出したのは、お前とユエだからな」
「話を聞く限り南雲君の自業自得でしょ。もしそんな異界が生まれたら南雲君に責任を取らせるから」
「うぐぅ、八重樫……他人事だと思って……」
真剣な顔で物騒なことを喋るハジメに釘をさすが、ハジメはまるで世界最期の日を告げられたかのように焦りだす。雫が追撃すると過去の自分を顧みて激しく後悔していることが伝わってくる。
「……正直反省している。まさか、まさかあんなことになるなんて」
「ユエ……あなたは後先考えずに行動しすぎです。言っておきますけど知っていますからね。王都での襲撃で油断して捕まりそうになったことを。死ぬことに慣れた不死者にありがちな慢心ですが、それが命取りになる不死者も大勢いるのです。……今後修行は益々厳しくなると思ってください」
「うう……頑張る」
蓮弥は何気ない会話をハジメ達と交わしながら王都の街を見回す。王都の民達は顔色がいいわけではないが、それでも何かをやろうと必死に身体を動かしている。
王都の民達はあまりに多くの犠牲を払った。人々の胸に去来する喪失感や悲しみは僅かな衰えもなく心に傷を与えている。しかし、それでも心を整理する時間さえあれば復興へと向けて歩み始めるだろう。なぜならそれこそが人の持つ強さなのだから。
蓮弥は逞しく立ち上がり、前へと進もうとしている人々を見て思う。少しでも……彼らの平和が長く続けばいいと。
「つまらない。仲良しこよしの平和ライフをそこの女達と満喫中ってわけ? はっ、そんなの……あなたには似合わないわよ」
だが、だからこそ……この世界は安易に、希望など与えない。
「!?」
突如王都を襲う威圧。
ハジメが、ユエが、シアが、ティオが、香織が、勇者達が、雫が、そして蓮弥とユナが目を見開いてそれを感知する。
「ハジメ!」
「これは……あの時の……」
ユエは正体不明の桁違いの圧力に戦慄し、ハジメはつい最近味わった苦い経験を思い出す。
「ティオさん!」
「これは……まずいかもしれぬ」
王宮にてシアが全身の薄い兎毛を逆立て、ティオが一瞬で真面目モードに切り替わる。
「これって……」
「まさか……またあいつが!」
「……恵里……」
医療院にて香織が敏感に反応し、手伝いをしていた光輝が恐れ、鈴が今は側にいない親友を思う。
そして……
「嘘……この魔力って……そんな、あいつは死んだんじゃ……」
「…………ユナ」
「はい」
雫が、もうこの世にないはずの魔力の反応に衝撃を受け、薄々こうなることを感づいていた蓮弥は創造を発動し、飛び上がる。
頭上に見えるのは白だった。以前とは違う。白い軍服を身に纏ったそれは以前より遥かに増した威圧を携えて浮かんでおり、背中に生える黄金の羽が神聖な雰囲気を醸し出していた。
上空にて佇む黄金の天使は手に蓮弥とは色違いの大剣を上段に構える。
蓮弥が下段にて神滅剣を振り上げ、黄金の天使は堕天の剣を蓮弥目掛けて振り下ろす。
二つの強大な力がぶつかり合うことで、王都に時空震が発生した。
「なっ、ぐぅぅ」
「これっ!」
ハジメとユエが間近で発生した衝撃の中で呻く中、まるで空間が裂けるような衝撃と共に、天に漂っていた雲が二つに割れた。
その境界にてせめぎ合いによるスパークが発生し、この世界を一種の異界へと変化させる。
まさに次元が違うせめぎ合い。
この世界にて神の位階と呼ばれるレベルに達した二人の『到達者』がぶつかる。
「なんだ……死に損なったのか。久しぶりだな、
「ええ、その通りよ。……ごきげんよう、藤澤蓮弥。地獄の底から舞い戻ってきたわよ」
神話の再現はここに。
かつて藤澤蓮弥と王都にて神話大戦を繰り広げたヒロイン。
堕天使フレイヤが再び王都に降臨した。
王都襲撃、第二幕の始まり始まり。