蓮弥がうまく魔物をやり過ごし、共に落ちた友人を探していた頃。南雲ハジメは極限状態による絶体絶命の危機に陥ってた。
奈落の底に落ちて、すぐハジメは魔物に襲われた。それは鋭い爪をもった熊のような魔物だ。その魔物と出会い、ハジメは命からがら逃げ出した。だが、彼の努力虚しくその魔物の一撃により彼は左腕を失う大怪我を負うことになる。恐慌状態になりながらも、蓮弥と共に鍛えた錬成魔法により必死で壁に穴を作り、そこに逃げ込むことに成功した。
ハジメの試練はそこで終わらなかった。助かったと思ったのも束の間、今度は極限の飢餓と無くした腕の幻肢痛が襲ったのである。唯一の幸運はそこに神結晶という神話級の伝説のアイテムがあり、そこから滴り落ちる神水を啜ることでなんとか命を繋ぐことができたことだった。
光の届かない洞窟で過ごすこと十日。ハジメの精神は徐々に蝕まれていった。
何故自分がこんな目に会うんだ。
何故こんなに苦しまねばならない。
何故誰も助けてくれないのか。
何故クラスメイトは裏切ったのか。
極限の中、彼は変わる。強くなる。だけどそれと引き換えに、彼の素晴らしいところが消えていく。
例えば白崎香織曰く、弱くても他人のために頭を下げられる本当の強さ。
なんだそれは? そんなものがこの奈落でなんの役に立つと言うのか。
強さにかける男の想いは狂気だ。
だからこそこんな惨めな状況に甘んじるしかない己の弱さを、彼は心の底から恥じて、憎んでいた。
だから捨てる。そんなクソの役にも立たないものは捨てる。今必要なのは力だ。頭を下げるのではなく、相手の頭蓋を踏み潰してでも生きてやるという狂気だ。
自分の生存を脅かす者は全て敵。
そして敵は必ず殺し、喰らう。
こうして、後に魔王と呼ばれることになる少年は
残ってなどいなかった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ハジメ……どうかした?」
ハジメは次の階層に挑む前の装備の点検と補充をしていた。もうすぐ百層に届こうかという頃、五十層で出会った相棒の吸血姫ユエがハジメに問いかけた。ユエの目からみて彼が何か物思いに耽っているように見えたからだ。
「いや……ちょっと昔のことを思い出してな……」
ハジメは相棒の心配そうな声に平気だと答える。
頭を撫でてやると、ん……と気持ちよさそうに目を細める。
しばらくその感触を堪能したユエがさらにハジメに問いかける。
「何を思い出してたの?」
「ちょっとここに落ちる前のことをな」
ハジメはここに落ちた当初より少しだけ心に余裕があった。
最大の要因は隣の相棒であることは明白だが、思い出したことがあるのだ。それはこの奈落で、もしかしたら自分は一人ではないかもしれないということを。
「それって……ハジメを助けようとして一緒に落ちた人のこと?」
ユエはハジメにある程度の事情は聞いていた。その話の中に、ハジメを助けようとして一緒に落ちた人物、藤澤蓮弥の事も含まれていた。
「クラス一の落ちこぼれだった俺が生きているんだ。ひょっとしたら今もしぶとく生き残ってるかもしれないと思ってな」
実際厳しい条件だとは思っていた。ハジメより優秀だったとはいえ、奈落の魔物からしたら、その差などあってないようなものだからだ。ハジメが生き残れたのは幾重にも重なった偶然による産物が大きかったからだと自覚していた。もし何か一つでもかけていたらハジメは今ここにいなかっただろう。それでもハジメは不思議なことにあの友人なら案外普通に生きているのではないかと漠然とした予感があった。
もちろんわざわざ探してやるほどの余裕はハジメにはない。今のハジメは自分と隣の相棒を守るので精一杯だ。だからもし、再び会うことが叶ったなら、共にここから脱出する仲間になれるのでは。その希望は少しだけ持っていた。
「よし、準備完了だ。……いくぞ、ユエ」
「ん……」
二人は立ち上がり歩き始める。
全ては生き残りたいがために。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ハジメとユエは奈落では基本的に無双していた。
魔物の肉と神水によって、崩壊と再生を繰り返したハジメのステータスはここに落ちた当初とは比較にならないほど向上していた。加えて自身唯一の武器である錬成魔法を用いて作り上げた多数の近代兵器は高レベルの魔法にも劣らない。
加えて奈落で出会った吸血姫は、魔力操作と想像構成により無詠唱で全属性の上級魔法を使いこなす天才だった。その力は大迷宮攻略の際、一時期ハジメの出番がなかったほどである。そんな既に常識の規格を超えている二人に敵はいなくなりつつあった。
だが二人はこのあと、この奈落で出会ったことのない類の敵と遭遇することになる。
ハジメは大迷宮に挑む際は気配探知を絶やさないようにしている。それはこの大迷宮にて鍛えられたが故に相当な精度になっており、通ってきた道に取りこぼしはないはずだった。
なのにも関わらず、ついさっき魔物を全滅させてきたはずの後方からいきなり弾けるような爆音が発生した。
「……ッ!」
ハジメは急いで振り返り、ここで手に入れたもう一つの相棒『ドンナー』を構える。もちろん既にユエも構えている。
油断していたはずはなかった。なかったにも関わらず、それはハジメの気配探知の範囲を飛び越えるように、いきなり目の前に現れた。
「ッ!?」
それは白い霞のようなもので覆われた何かだった。四つ足で行動しているが何の魔物なのか見当もつかない。特徴といえば巨大な右腕だろうか。
その魔物は接近するやいなや……その巨大な右腕をハジメ達に叩きつけた。
すぐさまユエを抱えて空力と縮地を発動させ、空中に退避する。その魔物が振り下ろした地面が爆発したかのように吹き飛びクレーターを残す。直撃していればタダではすまない威力だった。
だがハジメはそれを見ても冷静だった。これでやられるならこの奈落で生き残れなかったし、この程度で今更驚愕しない。ハジメは右腕で構えたドンナーの引き金を引いた。
数多の魔物を絶命させてきた相棒であるドンナーから放たれた弾丸は、全て現れた魔物に吸い込まれるように命中し、魔物を吹き飛ばす。
「“緋槍”」
続けてユエが炎を円錐状にした槍を投擲し追撃を行う。
ユエが無詠唱で放った魔法は魔物に命中し、魔物を巻き込み炎上する。
ハジメとユエの完璧なコンビネーションによる連携攻撃。これで並みの魔物なら戦いは終わっているのだが……
「ちっ、無傷か……」
ハジメはこの魔物に対する警戒レベルを上げる。並みの魔物なら終わっているということは、これで生き残るこの魔物は並みの魔物ではないということだ。しかも無傷となると、ユエと出会って以降、最大級の強敵だったサソリクラスのやばいやつかもしれない。
「"凍獄"」
続けてユエは氷の地獄を展開する。
炎が効かないなら氷で攻める。全属性に適正があり、かつ無詠唱で魔法が使えるユエだがらこその展開の速さ。
「グルゥゥゥァァァァァァァ!!!!」
だが敵の魔物は並みではない。迫る氷結の地獄を咆哮で粉砕する。
魔法を防いだ後、更に右腕を巨大にして振り下ろす。
ハジメはまたも空力で避け、今度は雷纏を発動した状態で放つレールガンを叩き込む。魔物に命中するが、仰け反りはするがダメージはない。
「"凍柩"」
ユエは再び氷属性の魔法を使う。先ほどの凍獄よりかは範囲が狭いが単体を凍結するならこれの方が早い。さきほど回避されたからこその判断だった。しかしこの魔法に対して魔物は避けず魔法を無効にする。
その後も攻防は続く。ハジメはドンナーによる射撃を続けているが、全弾命中しているにも関わらず効いている様子がない。
ユエは魔法を使いわけていた。そして魔物の法則を発見する。
「ん……多分、
「そうだろうな。俺のドンナーによる攻撃とユエの単体魔法は避けもしないくせに広範囲の魔法は抵抗して防いでやがる」
この魔物の回避行動には法則があった。
例えば同じ炎属性上級魔法でも、貫通力が高い単体攻撃魔法である"緋槍"より、巨大な炎球による広範囲攻撃魔法である"蒼天"の方が効果があるようである。敵はあくまで単騎にも関わらずこれは奇妙な話である。まるで
ここでハジメは大技を切ることを決める。ハジメは手製の焼夷手榴弾を大量に用意し、それを魔物に向けて投擲する。
それを取るに足らないと思ったのか、手榴弾を無視して接近しようとするもハジメのドンナーで押し返される。
「"嵐帝"」
ここでユエが竜巻を発生させる風魔法を行使する。広範囲攻撃魔法ではあるが、この魔物にこの魔法では攻撃の威力が低いので効果が薄いだろう。だがこの魔法は
そんな常時超高密度の空気が渦巻く中で摂氏3000度の熱を発する焼夷手榴弾を投げ込めばどうなるか。
空力と縮地にて後方に退避したハジメとユエは衝撃に備える。
そして、空間全てを燃やし尽くすような熱量と爆風が魔物を中心に炸裂した。焼夷手榴弾はある程度熱が加わるとタール状になるフラム鉱石というものでできている。それをもろにかぶった魔物はそれが燃え尽きるまでユエの嵐帝により常時空気が集められ続ける空間で
戦争で使ったらまず禁止されるであろう悪魔のコンボである。
今まで発想はあったが、そこまでしなければならない魔物がいなかったので日の目を見ることがなかったのである。
「流石にノーダメージではないだろうけど」
ハジメは構えを解かない。相手の死体を確認するまでは絶対に油断しない。それはこの大迷宮で学んだ教訓だ。
数分後、炎の渦を解除したその中心に魔物はいた。流石にノーダメージではなかった。白い霞のせいで分かりにくいが、相手から漂う焦げた匂いで対象が全身焼き焦がされていることはわかる。とはいえふらついてはいるが魔物は未だに健在だった。
「おいおい、流石にタフすぎるだろ……」
「んっ……」
ここにきて流石のハジメも呆れた。死んではいないかもしれないとは思っていたが、想定よりダメージが低い。
これは長期戦になるかもなとハジメは遭遇したのが準備を整えた直後でよかったと思う。
そう、ハジメには余裕があった。確かに相手のタフネスと攻撃力は驚異だろう。だが基本相手の攻撃手段は近接攻撃オンリーな上に、攻撃自体は単調で読みやすい。
これなら避けるのは容易い上にハジメのドンナーでダメージを与えられなくとも牽制はできる。このまま回避と牽制によって距離を稼ぎ、ユエの範囲攻撃で削っていけば勝利は硬いだろう。ハジメもユエもそう思っていた。
……次の瞬間までは
ドクンッ
「グルゥゥゥォォォォォォォォォンン!!!!」
「なっ!?」
目前の光景に流石のハジメも驚愕していた。今まであった魔物は数いれど、
そう、魔物は進化していた。
右腕だけが異様に大きいバランスの悪い形から、両手両足均等になるように整えられたその姿はまるで最適な力の使い方を学習したように。更に背中から筒状のなにかが飛び出していた。魔物から発せられる威圧感も増し、咆哮だけで空間が揺れているかのようだ。
それだけでは終わらない。全身焼き焦がされていたはずの魔物が目の前で逆再生するかのように回復している。
白い霞を纏っているせいでわかりづらいが間違いない。その現象はハジメもユエもよく知っている現象だった。
「自動……」
「……再生」
ハジメとユエは呆然と呟く。
そしてそれを見たハジメの決断は早かった。
「ユエ、掴まれ!!」
「んっ!」
ハジメは撤退を開始する。ハジメの主義からしたら遺憾ではあるがこれは仕方ない。あの超火力でも倒せなかった化物が、目の前で進化した上に自動再生まで備えたというなら勝ち目はない。正確には現状の装備では殺しきれない。
生き残るために、時になりふり構わず逃げなければならない時があることを、ハジメは身を持って知っている。あの時爪熊から必死で逃げた時のように。
ハジメは空力と縮地、その他使えるスキル全てを使い撤退する。
幸い相手は追ってこない。このまま撒いてしまって気配遮断でやり過ごす。そしてあいつの対策をしっかり取った上で再戦する。一時の屈辱は受けてやる。これは負けではない、戦略的撤退だ。最後に勝てばそれでいい。
ハジメは内心歯噛みし、全力で逃走する。
だが、その時ハジメは強烈な悪寒を感じる。
後ろを振り返ると、魔物の背中の砲身が光っていた。まるでエネルギーを砲身に集めるかのように。
「クソォォォッッ!」
ハジメは無理な体勢で横に向けて全力で離脱する。
その直後それは起こった。
まるで太陽が爆発したかのような衝撃がハジメを襲う。
ハジメがいた場所に、直径十メートル以上のエネルギー砲が通り抜けていた。その砲撃は大迷宮の壁を貫通し、大穴を開けていた。
衝撃を受けたハジメはユエを抱えて転がり続ける。
壁に直撃することで止まったが、同時に動きも止まってしまう。
そこでハジメは見た。
こちらに接近してくる魔物の姿を。
「ハジメ!!」
相棒の吸血姫は叫びながらハジメの盾になろうとするが間に合わない。
ここまでか。
ハジメが覚悟を決めかけた時、その魔物と初めて目が合った。
「グォ……ガッ……ガガッ……ハ…………ジ…………」
その魔物が、ハジメの目の前で停止した。正直その魔物の行動は意味がわからなかったが、このチャンスは逃さない。ハジメは背中に下げていた装備を急ぎ展開する。
電磁加速式対物ライフル『シュラーゲン』
現状のハジメが持つ最強の武装である。ハジメが“纏雷”を使いシュラーゲンが紅いスパークを起こす。その威力はドンナーの十倍、通常の対物ライフルの百倍。それを魔物の脳天に突きつけ引き金を引く。
「くらいやがれぇぇぇぇぇぇ!!!!」
大砲でも撃ったかのような凄まじい炸裂音と共にフルメタルジャケットの赤い弾丸が魔物の脳天に突き刺さる。
そのまま魔物をはるか後方に吹き飛ばし、沈黙させる。
「ハァ、ハァ、ハァ」
肩で息をするハジメ。
ハジメが用いる最大火力によるゼロ距離砲撃。
これで終わらなければ、もう打つ手がない。
その祈りが通じたのか、魔物から威圧感が消えていた。纏っていた白い霞も消えていく。
そしてハジメに最後の衝撃が襲う。
「おい……嘘だろ……」
驚愕しすぎてシュラーゲンを思わず落としてしまう。ハジメにとってそれは見たことがあるものだった。
足は二本、腕は一本。
左右こそ違うが、ハジメと似たような姿をしていた。
正体は人間だった。
しかも……
「…………蓮弥?」
それはハジメにとってユエ以外どうでもいいと考える中、ただ一人例外で味方かも知れないと思っていたクラスメイト。
藤澤蓮弥だった。
なんとか切り抜けたハジメ達。
次回はハジメによる楽しい楽しい拷m、もとい尋問タイム。
と言いたいところですが次回は幕間、勇者サイドです。