ありふれた日常へ永劫破壊   作:シオウ

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レギオンではあれほど苦戦したのに、ネタに走ると筆が進むのは何故なのか。

というわけでそろそろ再開します。

まずは使徒フレイヤの王都をエンジョイします。
時系列が前後するのでご注意ください。


幕間 堕天使の王都ぶらり旅

 世界終了まで残り十一日。

 

 魔人族の襲撃が起こって間もなく、半月ほどで滅びることになってしまった世界にて、かつて間接的に王都に被害を出し、今は何の因果か世界を守るための要の一人である絶世の美少女、堕天使フレイヤは王都を散策していた。

 

 

 本来なら蓮弥との聖約で常にレギオンの討伐のために扱き使われてもおかしくない立場なのだが、蓮弥もフレイヤを無駄にイライラさせるのはまずいとわかっているのか、王都にレギオンが襲撃するまでは比較的フレイヤに自由を与えている。

 

 

 そして自由にしていいと言うなら自由にさせてもらうと思ったフレイヤは王都散策に乗り出していた。フレイヤは疲れた表情を浮かべながらも精力的に働いている王都民を歩きながら観察する。

 

「呑気なものね。王都にレギオンが押し寄せるって言うのに随分賑やかだこと」

 

 現在大災害レギオンが襲撃することは、まだ一般人レベルには伏せられているため仕方ないのかもしれないが、そうでなくてもほんの少し前に魔人族の襲撃によって王都は大きな被害を受けたはずなのだ。だが今王都の住民は悲壮感ではなく何とか復興してやろうという使命感に燃えているように見える。

 

(これもある意味、エヒトのおかげなのかしらね)

 

 この世界に生きる者達は皆エヒトの玩具である。それは数万年前から決まっており、その運命に抗おうとしたものもいたが、今のところそれが実を結ぶことはなく現在もエヒトの支配が続いている。

 その象徴の一つが宗教。人族は神エヒトを主と定め、魔人族を神敵とし、魔人族は神アルヴを主と定め、人族を神敵と定めることで、お互いがお互い日々神敵を滅ぼすべく闘争を繰り返している。

 

 一見すると信じる神の違いによる対立に見えるがフレイヤは知っている。これが神が仕掛けた茶番でしかないことを。

 なぜなら神アルヴとは、エヒトの眷属。手下の一人でしかないのだ。つまり盛大なマッチポンプ。この世界に生きる人々は神によって用意された永遠に終わらない戦いを続けている。

 

 

 仮に片方が片方を滅ぼす寸前まで行けば、片方に力を貸すことで戦争を拮抗状態まで戻す。もし争いを止め、和平の道を進もうとすれば、神の使徒が介入し和平を台無しにして戦争を再開させる。そうやって終わらない戦争がもう数千年以上も続いている。

 

 

 だからこそこの世界で生きる人々はタフだ。何千年も太平の世など知らないから、常に戦いの中に身を置いているから。例え自らが住んでいる町が襲われようとも、仲間の多くが亡くなろうとも足を止めることはない。だからこそ直前まで戦争があったのにこんなに復興が早いのだろう。彼らは皆、あまりにも痛みに慣れすぎている。

 

 

 全ては神の教えのままに。それに従い片方を駆逐することができれば、信じる神の元で永遠の太平が待っているのだと両陣営とも信じているのだ。

 全ての事情を知っているフレイヤからしたら滑稽でしかない。どいつもこいつも神を疑うことも知らない痴呆者ばかりだ。

 だからこそ、エヒトの失敗は一つのシステムとして完成していた世界に異世界人という異物を紛れ込ませたことだろうか。

 もっともエヒトが何を考えて蓮弥達異世界人を召喚したのか、知らないし興味もないわけだが。

 

「いらっしゃい、いらっしゃい。ああそこの綺麗なお姉さん。どうだい、一つ。王都復興記念の使徒様方のグッズだよ。今がお買い得。早くしないと売り切れちゃうよ」

 

 フレイヤが怪訝な視線を向けると確かに見たことのある人物の抱き枕やデフォルメされたぬいぐるみが店先に積まれていた。

 

「何これ?」

 

 フレイヤはそれを見て疑問を浮かべる。

 

「ああ、これはね。姫様が王都復興のために使徒様方のグッズ販売の許可を取ってくれたからこそ実現した代物でね。一番人気は西の大陸を救ったという救済の女神、香織様グッズだ」

 

 救済の女神。そういえば大災害悪食を滅ぼした蓮弥達の仲間がそう呼ばれているのをフレイヤは思い出した。だが、それがどうしたと言うのだろう。フレイヤの食指は微塵も動かない。

 

「おや、お気に召さない。ならこっちはどうだ。クールビューティーなお姉様。王都女子垂涎の……」

「いらないわ」

 

 言い切る前に拒否するフレイヤ。見れば軍服を着こなした蓮弥の取り巻きの女(八重樫雫)の抱き枕が売られていた。どうやら同性に結構売れているらしい。フレイヤとしては人間としてはそこそこ強いのは認めているが、同じく食指は微塵も動かない。

 

「ならとっておきだ。以前この王都を襲った悪神の眷属を討伐した女神の剣。先の戦争でも大活躍だった英雄蓮弥様の人形だ」

「…………」

 

 見るとそこには雫とは違う軍服を着た蓮弥がデフォルメされた人形が並べられていた。どうやらこれも結構売れ筋の商品らしく数が減っていた。

 

「………………」

 

 その人形を前にした堕天使フレイヤは当然……

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~

 

「私……何やってるんだろ」

 

 散々悩んだ挙句、結局買ってしまった蓮弥君人形を片手に思案に耽るフレイヤ。デフォルメされているが無駄によくできているのが中々に腹立たしい。

 

「まあ、あれよ。魔法を打つ際のサンドバックになると思えばいいのよ。うん」

 

 フレイヤは誰も聞いていないのに言い訳して空間魔法でその人形を収納する。

 

 さて、これからどうしようか。フレイヤは露店などを見つつ、再び王都の散策をしながら思考するが……

 

 曲がり角である集団と出会った。それは小柄だが立派な大人であり、生徒達の保護者。畑山愛子とその護衛隊のメンバーだった。

 

「あっ……」

 

 フレイヤを見て固まる優花達。そして……

 

「あなたはッ」

「は? 何なのよ」

 

 フレイヤを驚愕の表情で見る愛子。

 

「邪魔よ。どきなさい」

 

 通り道で固まる愛子達に高圧的な態度を隠さないフレイヤ。フレイヤからすれば愛子達など息を吹きかけるだけで吹き飛ぶ有象無象でしかないのだ。一応顔を知っているからといって配慮する必要など微塵もない。

 

 すぐに道が開き前方に進むフレイヤ。次はどこへ行こうか考えていると。

 

「あ、あの。待ってください!」

 

 当然無視するはずだった。フレイヤは上下関係がはっきりしている事柄が好きだ。対等な立場にあると認めた者にはそれ相応の態度を取るが、格下と認定しているものに自らを止められるのは癪に障る。

 だからこそ、愛子の言葉に何の意味もないはずなのだが。

 

(なんか……むず痒いわね)

 

 ほんのわずかだが、愛子の言葉に強制力が込められている気がする。フレイヤを従えさせるレベルではないが、少しだけ違和感を感じたフレイヤは振り返って愛子を観察する。

 

「あ、えーと、そのー」

 

 まさかあっさり振り返るとは思っていなかった愛子は思わず狼狽する。

 

(なるほど……エヒトの信仰を一身に受けてるからか、こいつに神性が宿ってる。ということは今のは神言の一種かしら)

 

 神言……文字通り神の言葉であり、エヒトはそれを用いて相手の魂に語り掛け、従えることができる魔法が得意だった。それと比較したら本当に些細なものでしかないが、人間である愛子がこの魔法を使えることに少し感心する。

 

「けど自覚はなしか。ふふ、思わずエヒトの信者に死ねとか言えばいいのに。信心深いやつなら本当に死ぬかもね」

「あのー」

「だから何なのよ。さっきから。言っとくけど私にはそれは効かないから」

 

 完全復活したエヒト本人ならまだしも、やはり愛子程度の神言では効かない。だが鬱陶しさは感じるので要件を聞いてやることにする。

 

「あなたは……ウルの町で私の命を狙いましたよね?」

「ああ……そんなこともあったわね」

 

 あの時はまだ自我が希薄だったことや直後の強烈な出会いのせいでほとんど忘れていたが、当初ユナの秘密を探るついでに、神エヒトの信仰を奪っている愛子を殺そうとしていたことを思い出した。おそらく蓮弥に聞いたのだろう愛子は真剣な目でフレイヤを見ている。

 

「何? それに対して文句でも言いたいわけ? 人畜無害そうな小動物なのに意外と恨みがましいのね」

「な、違います。それは……もういいです。私が聞きたいのは清水君についてです」

「誰それ?」

「あなたと協力していた闇術師の少年のことです」

「……………………ああ」

 

 神の使徒にふさわしい優秀な頭脳を持っているフレイヤも思い出すのに時間がかかった。それくらい取るに足らないどうでもいい存在だったからなのだが、確かにそんな奴がいたことを思い出したフレイヤ。自分が主人公だのフレイヤがヒロインだの言っていたことを思い出したフレイヤは不快そうな顔をする。

 

「それがどうしたわけ?」

「あれから行方がわかりません。もし何か情報を持っていれば教えていただけませんか?」

「…………そんなこと、私が答えるとでも?」

 

 正直今の今まで忘れていたフレイヤに情報などあるわけがないが、舐められるわけにもいかない。そんなフレイヤに愛子は勢いよく頭を下げる。

 

「お願いします!」

 

 今までで一番強制力のある神言がフレイヤの元に届く。愛子は相変わらず制御できていない。となると本気の感情の高まりによって力が強まったのだと判断するフレイヤ。

 

「……あんたさぁ、なんであんなのを気に掛けるわけ?」

「えっ……」

「言っとくけど私はあいつに何もしていない。たまたま利用できそうだったから利用しただけ。私が出会った時には既にあんたの殺害を目論んでいたわ」

「…………私は先生だから」

「あんた達のことなんて知らないし興味もないけど、限度くらいはあるんじゃない? 百歩譲って血を分けた親兄弟ならともかく、先生と生徒なんて結局は赤の他人でしょ? どうしてそこまでする必要があるのよ」

 

 これは純粋なフレイヤの疑問だった。フレイヤにとって生みの親であるエヒトも姉妹にあたる神の使徒も決して良い関係だとは言い難い存在だったので、それよりも繋がりが薄いはずの他人相手になぜそこまでできるのか理解ができない。

 

「確かに……恐ろしいと思うことはあります。正直見つけられたからと言って何を言ったらいいのかもわかりません。けど、けど。私は、先生として生徒を見捨てることだけはできません!」

「…………ふーん」

 

 結論から言うならやっぱりフレイヤには理解できなかった。だが、その言葉が本気であることだけは伝わる。

 

 フレイヤは人間の中には珍種もいるのだということを学習した。

 

「とにかく私は何も知らないわ」

「はい、ありがとうござました」

 

 何の情報も渡していないにも関わらずお礼を言ってくる珍種に何やらむず痒いものを感じたフレイヤだった。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~

 

「さて、これからどうしようかしら?」

 

 しばらく散策を続けていたフレイヤだったが、早速飽き始めていた。確かに人の営みを見ているのは所謂箱入りに相当するフレイヤにとって物珍しくて面白かったが、何事にも慣れはある。そもそもフレイヤにとって興味のある人間などほんの一握りだ。

 だからこそフレイヤはいっそレギオンでも襲撃してこないかなどということを考え始めていた。

 

 そんなことを考えながら歩いていたからだろうか。またもや前方の人物とぶつかりそうになる。

 

(ッまた)

 

 いっそ跳ね飛ばしてやろうかと考えたが止めにする。聖約というものがどの範囲まで有効であるのかわからない上に破った際のリスクもわからないのだ。蓮弥は何となくそんなことをしそうにないがこの聖約を結んだのは聖女だ。結ぶ際にも抜け目のない対応をしてきたこともあり、蓮弥に黙ってフレイヤに不利な罰を設定している可能性もなくはない。

 

 結局立ち止まって顔を上げることにしたフレイヤの前にまたしても見知った顔が現れた。

 

「ッあなたは」

 

 戦争の復興支援をしているのか、装備一式を装着した勇者パーティーの姿があった。

 勇者は突然の事態に動けず、結界師の少女は恐れからか一歩下がる。そして逆に筋肉馬鹿はその少女を庇うように一歩前に出ていた。

 

「邪魔よ。どきなさい」

 

 高圧的な態度を改めるはずもなく、フレイヤは押し通ろうとする。

 

「あっ、ああ」

 

 その高圧的かつ一方的な物言いに思うところがありそうな勇者だったが、目の前の人物がいかにヤバい人物であるのか知っているため仕方なく道を譲る。

 そしてフレイヤはその勇者の方を見ようともせず真っ直ぐ進むことにする。

 

「あ、あの。少し、少しいいですか!?」

「鈴!?」

「谷口ッ、お前!」

 

 フレイヤは当然無視するつもりだった。

 

 この少女の言葉には愛子と違い僅かの強制力も持っていない。そんな言葉をフレイヤが聞く道理などないのだから当然と言える。だがフレイヤは少し前に似たような現象が起きたことから、少し釘を刺すことにする。

 

「あんたさぁ、私が怖くないわけ?」

「えーと」

「知らないわけないわよね。私は少し前に王都を滅ぼそうとしたことを。私とあなた達の力の差は歴然。やろうと思えばこの場で虫を殺すように殺すこともできる」

「けどあなたは今、藤澤と聖約を結んでいるんだろ?」

 

 フレイヤの威圧的な態度に聖約の話を持ち出す光輝。なまじ自分もかけられているが故に、その効力を良く知っている発言。だがその言葉を受けてもフレイヤの態度は変わらない。

 

「はっ、そんなこと大した問題じゃないわ。何事にも抜け道はあるのよ。こんな風に」

 

 そしてフレイヤは徐に光輝の額へと手を伸ばし……デコピンを放った。

 

「!!」

「光輝ッ!」

 

 吹っ飛ぶ光輝が壁に激突する。今の一撃で気絶したようだが、大きな怪我はしていないと側から見てもわかる。

 

「てめぇッ」

「安心しなさい。ただ気絶してるだけよ。それよりわかったかしら? やろうと思えばいくらでも抜け道はあるってことを」

 

 今の行為の種明かしをするなら、主に種は二つ。

 

 一つはフレイヤが光輝に対して殺意も敵意も持っていなかったこと。おそらく聖約の中身からして、それがあるとどんな攻撃もできないだろう。

 そしてもう一つが、光輝のことを()()()()()()と思い込んだだけである。一種の自己暗示の類であり、いつ誰に対しても有効であるとは限らないが、己の認識次第で聖約を破れると知ったことはフレイヤにとって有意義だったと言える。

 

「龍太郎君……光輝君を医療院に連れて行ってあげて」

「ッけど。それだとお前が……」

「私は大丈夫だから」

「……気を付けろよ」

 

 一瞬迷った龍太郎だったが、未だにフレイヤに敵意や殺気を感じないこと。そして鈴の目を見て光輝を背負って走り去っていった。

 

「いいの? あんたも行かないで」

 

 フレイヤの本音としてはさっさとどこかへ消えてほしいだった。なぜ王都を自由に散策しているだけで絡まれなくてはいけないのか。

 

「あの……どうしても聞きたいことがあります」

「はぁ……何?」

 

 フレイヤはだんだん対応自体億劫になってきたのか投げやりに聞いてみる。

 

「恵里について知ってることを教えてほしいんです」

「恵里? ……ああ、ゴキブリ女のことね」

 

 フレイヤは今頃王都襲撃にて収穫した素体を弄りまわしている恵里を想像して気分が悪くなる。正直フレイヤにとって理解できない趣味だからだ。

 

「何? ゴキブリのことなんて聞いてどうするのよ、あんた」

「必要だと思うから……それとゴキブリじゃなくて恵里です!」

 

 どうやら恵里をゴキブリ呼ばわりされるのが気に食わないらしい。それもフレイヤの理解できないところだった。

 

「あんたまだあんな奴を気にしてるわけ? 確か私がアレを回収した時そこにいたわよね。だったらわかるでしょ。あいつの本性を」

「それは……」

「あいつはあんたを……同郷の人間に対してどうとも思ってない。せいぜい優秀なモルモット候補ってところかしら。そんな奴のことを知ってどうするのよ。いや、何ができるのよ」

 

 フレイヤがまだ王都に潜んで神の使徒狩りをしていた頃、フレイヤは恵里の行動も把握していた。把握したくて把握したわけではないが、気づいてしまった以上無視するわけにもいかなかった。その当時蓮弥がまだ王都に留まっていた頃であり、恵里が見つかることで連鎖的にフレイヤに繋がる可能性があったからだ。

 

「あれははっきり言って異常者よ。たぶんだけどあいつの歪みはこの世界に来てからのものじゃない。つまりあんたは最初から騙されてたのよ。きっと次に会った時は殺し合いになるでしょうね」

 

 中村恵里の狂気は常人に理解できるものでも耐えられるものでもない。普通なら、そのおぞましさを受けて距離を取るだろう。酷い裏切りにあったのならなおさらだ。だがそれにも関わらず、目の前のフレイヤからしたら取るに足らない小娘はまだ関わろうとしているらしい。

 

「知ってました」

「は?」

「だから……たぶん私は恵里の本性を知っていたんだと思います」

 

 ここから鈴と恵里のなれそめの話になるがフレイヤは聞き流す。そんなものは微塵の興味もないからだ。今フレイヤがほんの少し感心を抱いているのはただ一つ。

 

 

「どうでもいいわよ、そんなこと。それで? 一体どうするのかしら。私としては醜く殺し合いをしてくれたら面白おかしく鑑賞しようと思うのだけれど……」

「……だから、一発殴りたいと思います」

「…………」

「一発殴って。やってることも止めて……それから考えます。きっと、それをしないと始まらないと思うから」

 

 フレイヤには理解できないことであるが、どうやら本気で言っているらしいことは伝わる。何気に魂魄魔法を使って確認したので間違いない。

 

(人間って……やっぱり理解できないわね)

 

 鈴の心には恐れがある。恵里に対する恐れ、目の前のフレイヤに対する恐れ。だがその中に存在する光るものが彼女を折れさせない。それがある限り、何をしても立ち上がるのだろうとフレイヤは漠然と思う。

 

 心に抱く祈りを止めることはできない。それはフレイヤも既に知っていることだった。

 

「……あいつは魔物と人の死体を混ぜてより強く作り変える実験をやってるわ」

「えっ……」

「おそらく次にあんたが出会う頃にはもっと強い兵隊を揃えているはず。だから少なくともあんたも神代魔法の一つくらい使えないと話にならないわね」

 

 今や恵里と鈴の力の差は歴然だ。神代魔法を手に入れ、日が経つにつれより強力な兵隊を生み出せる恵里と未だにこの世界の常識レベルに留まっている鈴。例え両者がぶつかる機会があったとしても、おそらく今の鈴では恵里と直接会うことなく機甲魔装兵に殺されるだろう。

 

「それも神代魔法なら何でもいいわけじゃない。あのゴキブリの魂魄魔法の適正はムカツクけどかなり高い。だから自分では使えない神代魔法を手に入れても意味がないわ。だから……手に入れるなら『空間魔法』にしなさい。あんたには高い適正があるから」

「え、あの、ありがとうございます。けど……どうして」

「言ったでしょ。あんたとあいつが醜く殺し合いをする光景に興味があるの」

 

 神父の制約は恵里について話してはいけないとは言っていない。せいぜいあのゴキブリ女はしつこくて鬱陶しい女に絡まれて迷惑するがいいと内心ほくそ笑む。

 

 それに鈴は恐れを抱いていつつもフレイヤに対して変に卑屈になることもなく、その上フレイヤを上の者として敬意を持って弁えた態度を取っていた。上下関係がはっきりしていることが好きなフレイヤはそれ相応の態度を取る者に対しては多少の気まぐれを起こしてもいいだろうと考え始めていた。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「なんか……変に疲れたわね」

 

 なぜ至高の大天使たる自分がこんなに気疲れを起こさなければならないのだ。聖約さえなければ何もかも吹き飛ばして解決していたはずの事柄に対して、対応せざるを得なかったところに原因がありそうだ。

 

「なら全部藤澤蓮弥のせいね。やっぱりいつか殺してやる」

 

 

「俺のせいにするのは構わないが、こんな往来の場で物騒なことを言うな」

 

 フレイヤは聞こえてきた言葉に思わず攻撃しそうになり、聖約に止められる。そこにはあきれ顔のフレイヤの怨敵。藤澤蓮弥が立っていた。

 

「天之河を気絶させて放置したらしいな」

「それが? 言っとくけど攻撃の範疇にも入らないわよあんなの」

「お前にとってはそうでも、あいつにとっては違う。悪いが今後そういう行動も攻撃だと判断させてもらう」

 

 フレイヤの聖約が上書きされる。こういう判定が曖昧な事象に関しては改めて設定できる辺り鬱陶しいことこの上ない。もちろん蓮弥に掛けれらた聖約もフレイヤの言い分の筋が通っているなら上書きできるということでもあるのだが。

 

「それで……裏切り者の神の使徒様は下界の様子に興味深々ということか」

「別に……人間観察よ。下等生物の戯れを眺めて悦に入るのはあんたら人間もやってることでしょ」

「そうか……」

 

 言っていることは大分するとエヒトと同じだが、蓮弥の声には嫌悪感はない。おそらくフレイヤの人間観察が蓮弥の琴線に触れるものではないと見抜かれていることにフレイヤは微妙な心境になる。

 

 フレイヤは上下関係がしっかりしている事柄が好きだ。だからこそ上に立つものには上に立つ者の、下に生きる者には下に生きる者の道理があるという考えが生まれつつある。下の者が身の程を弁えずに天上に生きる者達に唾を吐きかける行為は耐えがたい侮辱であり、そんな不敬を行う相手には相応の罰を与えるべきだと考えるが、天上に生きる至高の存在が、日々慎ましく生きている下々の民にわざわざ悪意を振りまくのも何か違うと感じている。

 それはらしくないだろう。至高の存在が醜い下々の者達と同様の行動を取っていたらそれは自身の格を下げることになる。

 

 天上人は美しく気高いからこそ価値がある。そんな存在だからこそ畏敬を抱かれ、信仰を得る。

 

 フレイヤは深度は深くとも、理解が追い付いていなかった己の渇望に対して、王都の人々の強かさ、愛子の上に立つものとしての責任、そして恐れを抱きつつも友に歩もうとする少女の勇気に触れ、本当に少しずつだが理解を示しつつあった。

 

 だがフレイヤは蓮弥の意外な人物の意外な成長を見たというような目が気に食わない。

 

 フレイヤとて自分が少しずつ人間に影響されている自覚くらいはあるがそれでも変わらないものはある。

 

 

 藤澤蓮弥とフレイヤは対等の敵同士である。

 

 

 それだけは決して変わってはいけないのだ。

 

(よし、後でさっき買ったこいつの人形をサンドバックにして憂さを晴らそう)

 

 フレイヤはデフォルメされた蓮弥君人形の存在を思い出し、後で殴ると決意した。

 




蓮弥君人形をボロボロにした後に再生魔法で傷一つ無く綺麗に修復した後、自身の空間エリアの目立つところに飾っておくまでがワンセット。

次回は妹達の話です。襲い来るソウルシスターズに対して雫が取る行動とはッ!

某元王女付きの女騎士「目覚めろッ──我が無慙無愧!」

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