ありふれた日常へ永劫破壊   作:シオウ

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というわけでソウルシスターズの話。例によって時系列がレギオン戦時のものなのでご注意を。

ソウルシスターズの話は筆が進むので文字数が多めになりましたが正直に言います。

最後のやつがやりたかっただけだと!

詳細は本編をどうぞ。


幕間 妹達の想い

「尊い……」

 

 それはある日の昼下がりのこと。とある少女の一言から物語ははじまる。

 

「見ているだけで……心が癒されそうですわ」

「レンシズがあれば、例え今からでも不眠不休で戦える」

 

 とある部屋。集う乙女達が秘密の話をするための花園にて、至高の存在の姿が写った写真を見て悦に浸っている集団がある。

 

「蓮弥様の恋人になられてからお姉様は、益々いい表情をなされるようになられて……」

「痛ましかったころと比べたら、まさに感無量としか言えませんわね」

 

 そして彼女達が何なのかというと答えは一つ。ずばりソウルシスターズである。

 

 ソウルシスターズ。異世界から現れたイケメン美少女剣士こと八重樫雫をお姉様と慕っている集団であり、一人いれば三十人いると思えと言われるほどの数がいる一種のファンクラブだ。

 現在王都は未知の怪物の襲撃を受けている時であり、本来このような昼下がりの奥様方のお茶会のような余裕を持っている場合ではないのだが、今回はいささか特殊なケースにあたるだろう。

 

 

 この余裕は魔物の襲撃など規模は違えどこの世界の住人にとって日常茶飯事であること、魔人族による王都襲撃の直後という感覚の麻痺が残っていること、さらに後二週間もしない内に世界が滅亡するという事実を一部の者しか知らないと言う事情も大いに関係している。世界が滅亡するという混乱しか起こさない事実などそれが確定するまでは民間人に伝える必要などないのだ。

 つまりレギオンという怪物がいつどこで現れるかわからない以上、非戦闘員まで常時緊張状態になっているといざという時、動けない可能性がある上に、無用な混乱を起こしかねない。だからこそ非戦闘員が可能な限り日常を送れるように、事実を知って戦っている者達が気を使ったことで生まれた努力の賜物ということになるだろうか。

 

 

 無論、彼女達とて普通に職務がないわけではないが、ここに集う集団は基本的にエリート集団。業務を素早く抜かりなく終わらせて、否が応でも緊張状態を促してしまう王都の空気に対して安らぎを求めている。

 

「皆さん。雫様と蓮弥様を愛でるのはいいですが……節度は守ってくださいね」

「もちろんです、ニアさん」

「私達は理性も知性もないケダモノ同然のダークサイドとは違います」

「イエスレンシズ、ノータッチ。これが基本です」

 

 ソウルシスターズと言えば、雫を崇拝するあまり、雫とお近づきになるためなら非合法ギリギリの手段も辞さない性格破綻者の犯罪者予備軍だと思われがちだが、もちろんそればかりがソウルシスターズではない。中には比較的真っ当な感性を持ち、雫が想い人と結ばれることを疎ましく思うのではなく素直に祝福することもできる者も大勢いるのだ。

 先日、王都で起きたソウルシスターズの光と闇の戦いを制し、現在主流派閥となったソウルシスターズライトサイドこそ彼女達の正体である。

 

(とはいえ、少なからず雫様の負担となってしまうのは心苦しくはありますが)

 

 王都襲撃後に、王都に帰還した雫付きの専属メイドであり、ソウルシスターズライトサイドの一応の代表をしているニアは以前雫と蓮弥に挨拶したことを思い出す。

 最初こそ雫が傷を負って寝込んでいると聞いて不安になったこともあったりしたが無事再会し、お互い元気な姿を見て喜び合ったのは記憶に新しい。

 

 だからこそ、本来空気を読まない話題を出したくはなかったニアなのだが、放置していると制御不能になる可能性があるので思いきって雫に切り出したのだ。

 

 ソウルシスターズの活動を認めてもらうという話を。

 

 手出しはしない。ただひっそり見守ることを許してほしいという旨を話した時、やはり雫は困惑した。ニアとてこんな話題をよりによって今したくはなかったが、勝手に見守っても感覚が常人より遥かに優れている雫と蓮弥にはすぐにバレてしまう。かといって活動を自粛すると、色々鬱憤が溜まってダークサイドに走る者が現れないとは言い切れない。

 

『雫様……今王都で良からぬことが起きているのは皆薄々察しているのです。だからこそ偶像が必要なのですよ。人の不安を吹き飛ばすことができるような英雄の偶像が』

 

 ニアがそう言うとそっかーと遠い目をしながら呟いていた雫も渋々活動の許可を出した。雫や蓮弥の活動が人々に勇気を与えられるならそれもいいことだろうと思ってくれたとニアは考えている。

 だからこそ、公式に活動を認められたソウルシスターズは、邪魔にならない範囲で雫と蓮弥のそれとないイチャイチャを見て尊みを感じ、日々業務のストレスから解放されているのである。

 

 雫や蓮弥には申し訳なく思うが、これも民を勇気付ける英雄の務め。有名税だと思って諦めてもらうしかない。

 

「本当に……なぜこんなことになってしまったのでしょうか」

 

 

 本来の業務を終え、就寝のためにメイド寮に向かう途中でニアは思わずため息をつく。

 

 ニアとしては雫の側付きメイドをすることに不満があるわけではない。雫は基本的に礼儀正しく好感が持てる人物だ。ニアとて彼女と出会えたのは自分の人生でも良い出会いであろうとは思う。

 だがまさか側付きということがキッカケでソウルシスターズライトサイドの旗頭にされるとは想定外だった。言っては何だがニア自身はそれほどソウルシスターズと呼ばれるほど雫に対して強い想いを持っていないと思っていたし、ただ蓮弥と雫が幸せになってくれたらうれしいとしか思っていなかったのだが、成り行きでこんなことになってしまったのだ。

 

(それとも、もしかして……私も意外とそういう趣味でもあるのでしょうか)

 

 かといってそれほどソウルシスターズ活動が嫌なわけではないのだ。それに雫のしぐさを見て正直ドキっとしたこともあったりする。ニアは普通に異性愛者であり、今はいないが過去普通に男の恋人がいたこともあるくらいだが、それでも雫には確かに同性を引き付けてしまう何かがあると感じてしまう瞬間もあるのだ。

 

「いけません。明日も仕事があるんですから……もう休んでしまいましょう」

 

 言い聞かせるように言うニアは気づいていなかった。

 

 自分の背後からなにかが近づいてきていることに……

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~

 

 世界終了まで残り九日。

 

 

 見られている。

 

 蓮弥は朝から、複数の視線が自分に向けられていることを把握していた。これはいよいよ本格的に神エヒトが蓮弥を本気で攻撃する気になったのかも疑ったが、どうにも違うような気がする。

 というより茶番はやめよう。はっきり言って、身に覚えのある感覚だった。以前王都に滞在していた時に感じていた気配と似ている。

 

(ソウルシスターズか、これ?)

 

 蓮弥も以前、ニアからソウルシスターズが雫と蓮弥をこっそり見守ることを許可してほしいという要請を受けていた現場に同席していた。正直眉を顰めざるを得なかったが、ニアの皆が不安になる中、頼もしい英雄の雄姿を見ることで勇気をもらうこともあるという言葉に渋々雫共々認める形になったのだ。

 ニアは決して蓮弥と雫の邪魔することを許すつもりはないと約束してくれたし、これも有名税の一種かと実害がない上に連日不安に晒されている人達の安らぎになるなら仕方ないと思うようにした。

 

 

 よって、現在蓮弥がソウルシスターズに見られているということ自体はおかしいことではないのだが。

 

「…………なんだか嫌な予感がするな」

 

 蓮弥は騒動の気配を感じていた。

 

 そこで蓮弥は今頃訓練をしているはずの雫と合流することに決める。蓮弥の予感が正しければ、雫にも何か異変が起きている可能性は高い。なら雫の側にいたほうがいいような気がする。

 

 蓮弥は早速雫が訓練しているであろう訓練場に向かった。

 

 

 

 ほどなくして蓮弥は雫を発見した。現在レギオン襲撃の真っ最中であり、常在戦場という状況だ。そのためいつでも動けるように刃を研ぎ澄ませている者がここに集っている。

 そこで雫は、勇者天之河光輝と訓練を行っていた。

 

「はぁぁぁぁぁぁ──ッッ!」

「ッ、ふっ、はぁぁ!」

 

 光輝が繰り出す連続剣をよく観察し、最小限の動きで光輝の剣を逸らすことで回避する雫。かつてこの世界に来たばかりの時には拮抗していた二人の戦力も今となっては天と地の差がついてしまっている。今雫は邯鄲の夢を使ってはいない。魔力操作による肉体強化だけを行っているような状態で訓練を行っている。

 それにも関わらず必死の光輝の猛攻に対して余裕で対応できているのは経験値の差だ。雫が取り戻したのは夢の力だけではない。時に時間を圧縮して行われた現実では不可能な密度を誇る夢界での訓練の日々。それを思い出したことにより雫の剣のレベルは比べ物にならないくらい上昇している。

 例え邯鄲の夢を使わずとも、現在王国内で雫に剣術で勝てる者は存在しない。

 

「光輝ッ、踏み込みすぎよ。もう少し相手を見て」

「……こうか!」

「そう、それでいいわ」

 

 元々光輝は八重樫流の門下生であり、光輝も八重樫流を使えるのだが、この世界で戦うことになり、その技にズレが発生していた。元々八重樫流は刀を使う剣術。たいしてこの世界で光輝が使ってきたのは西洋剣である聖剣。さらに手に入れた力を過信してしまった結果、威力重視の攻撃ばかりが目立って力を発揮できているわけではなかった。

 メルドの訓練によりある程度鋭い剣を取り戻したが、一度雫と修行することにより剣の錆を落とそうということになり今に至る。

 

「はぁ!」

「悪くない……けど、甘いわよ!」

「ッ!?」

 

 光輝の渾身の突きに対して身体を傾けることで躱した雫はあっさり光輝の模擬刀を弾いて、光輝の首元に刀を突きつけた。

 

「ま、まいった」

「うん。光輝もだいぶ剣筋が鋭くなってきたわね。一時期は魔力に物を言わせた攻撃しかしてなかったころと比べたら随分良くなったんじゃないかしら」

「そうだな。確かに……俺は今まで聖剣に頼りすぎていたのかもしれない。……なぁ、雫! やっぱりこのまま俺と……」

「よう、雫。それに天之河も。なかなか頑張ってるみたいだな」

「蓮弥」

「藤澤……」

 

 訓練が一息ついたと判断した蓮弥は雫と光輝に話しかける。雫は蓮弥の登場に顔をほころばせ、逆に光輝は苦い顔をした後、蓮弥から視線を逸らす。

 

「悪いな。邪魔しちゃったか?」

「ううん。ちょうど一息入れるところだったし。どうしたの?」

「いや……なんというか……その」

 

 ここにきて蓮弥は雫に何と言ったらいいかわからなくなる。正体はわからないけど嫌な感じがしないかということを聞きたいが蓮弥とてはっきり感じているわけではないのだ。それにここまで来てアレかもしれないが、蓮弥としてはできれば関わりたくなくなってきていた。

 

 

 だがその煮え切らない行為に光輝はいい顔をしていない。

 

「なあ、雫。俺はまだやれる。だからもう少し訓練に付き合ってもらってもいいか? 藤澤も特に重要な用じゃないなら後に回して欲しい」

 

 光輝は相変わらず聖約により蓮弥の行動を一方的に否定することはできない。だが代わりに今まで自分が間違っているとは露にも思っていないことがにじみ出るような言動が減ったような気がする。蓮弥も大した用事ではないのではと言われたらそうだと言わざるを得ないので後に回そうと思い直した。

 

「そうだな。悪い、訓練の邪魔をして……また後で話を「はぅあああああ!!」ッ!?」

 

 蓮弥が引き返そうとしたその時、光輝が突然奇声を上げ始めたので思わず光輝の方を見る蓮弥と雫。

 

「どうしたの、光輝?」

「いや、あの、はっくしょん。……ごめん。へくしょん。ちょっとトイレに……」

 

 苦しそうにお腹を押さえ、クシャミをしながら顔色を青くしている光輝がゆっくりと訓練場を後にする。それを見送ることしかできない蓮弥と雫。

 

「どうしたのかしら、光輝。さっきまで元気だったのに」

「…………」

 

 首をかしげる雫に対して無言で光輝の様子を伺う蓮弥。なぜだろう。突然お腹を押さえたり意味もなくクシャミをする光景を以前にも見たような気がする。

 

「なあ、雫。言葉にするのは難しいんだけど……何か変な感じがしないか?」

「変な感じって?」

「ほら、その。例の奴らだよ」

「例の奴ら……はっ!」

 

 どうやらようやく蓮弥の言っていることがわかったらしい。もしかしたら普段から似たり寄ったりの気配を常に感じている雫はわからなかったのかもしれないと蓮弥は考えた。

 

「もしかして……さっきの光輝のアレは……そういうこと?」

「まだわからない。けど、一度調べたほうがいいかもな。放置しておくとまた厄介なことになるかもしれないし」

「はぁ……なんで、何で毎回こんなことになるのかしら?」

 

 蓮弥と雫は、これから始まりそうな受難に揃ってため息を吐いた。

 

 ~~~~~~~~~~~~~~

 

 蓮弥と雫は別の訓練所を訪れていた。

 

 各々武器を持って模擬戦を行ったり、魔法を撃ったりしているのは変わりないが一つ。先ほどの訓練所とは違うところがある。

 それはこの場所が女性だけで占められているということだ。女性を中心とした部隊の訓練所に来た蓮弥はこの場所の代表の人に挨拶を行うために奥に移動する。

 既に蓮弥と雫が来たことを察した女性騎士の一部が訓練の手を止めて蓮弥と雫の方を注視する。ソウルシスターズでなくても雫のファンは多い。そしてこの世界を幾度も救い続けている女神の剣が一緒とあれば注目が集まるのは仕方がないだろう。

 

 蓮弥と雫はその視線を慣れたものと受け流しつつ、探し人を見つける。

 

 その探し人は怜悧な目元やキリッとした眉にキュッと引き締まった口元の紛れもない美人だった。ストレートの金髪をセンターより少し左側で分けて真っ直ぐに降ろしているのだが、それを片手で掻き上げる姿には、よく団員達も見惚れているのだと聞いている。

 その女性騎士の名はクゼリー・レイル。今は亡き王国騎士団副団長ホセ・ランカイドに代わり、先日、王国騎士団副団長に就任した女傑である。

 

「すみません。少しいいですか?」

「はい? ッ! あなた達は」

 

 蓮弥と雫に気付いたクゼリーは訓練を中断し、慌てて駆け寄ってくる。

 

「蓮弥殿、雫殿。どうしてこちらに? いえ、少し焦りました。まずはご挨拶を」

 

 少し焦って言葉早になってしまったことを自覚したクゼリーが佇まいを整えて蓮弥と雫の方を見る。その姿勢は凛として美しく、彼女もまた大なり小なり同性に好かれるんだろうなと蓮弥は思っていた。

 

「改めましてごあいさつを。私の名はクゼリー・レイル。先代副団長ホセ・ランカイドに代わりまして王国騎士団の副団長をやっています。お二人には以前から直接お会いしたいと思っていました」

 

 そして再び姿勢を正すと、勢いよくガバッと頭を下げた。

 

「先日は、私の部下がお二人にとんでもないご迷惑を。本当に、本当に申し訳ありませんでした!」

 

 心の底から気に病んでいるとわかるような謝罪に逆に申し訳なくなってしまう蓮弥と雫。

 

「頭を上げてください。結果的に俺達は大した被害を被ってはいませんから」

「そうですよ。そこまでされると……クゼリーさんの立場もありますし」

 

 新進気鋭の副団長が見事な謝罪をしている風景は上に立つものとしてはあまりいい光景ではないだろう。そう思った蓮弥と雫は頭を上げるように言う。

 

「そういって頂けるなら幸いです。それで……この度はどのようなご用件でしょうか?」

 

 ここで少し迷う蓮弥。このいかにも例のシスターズの件で頭を悩ませてそうな人に先ほどのことを言うと益々気に病んでしまうのではと。だが、言わないと始まらない。いざ覚悟を決め残酷な事実を語ろうと思う蓮弥。

 

「実は例の女性騎士が今どうしているのか気になりまして……」

「例の? まさか……」

 

 蓮弥達が言い難そうにしていること。そして例の女性騎士。その言葉で何かを連想しそうになったその時。

 

「うぉおおおおねぇええええさまぁああああああああっ」

 

 地の底から天を衝き上げるような絶叫が響き渡る。まるで歓喜と情熱に溢れた獣のような雄叫びを上げながら雫に向かって突っ込んでくる人影。

 

「……はぁ」

 

 雫はもう慣れたものと言わんばかりに、ため息を吐く。

 

 その人影は雫に飛び込むように空中に身を投げ出しダイブしてくるが、間にクゼリーが立ちはだかる。

 

「貴様はぁ……」

「へぶぅッ」

「何を……」

「ぶへぇッ」

「しているんだぁぁぁぁ──ッッ!!」

「ぶるぅぅあああああああ!!」

 

 クゼリーが無防備に隙を晒している人影にボディブローを叩きこんだ後、上空に蹴り上げ、そのまま自身も空中に身を投げ出し、かかと落としで地面にめり込ませた。

 

 今撃墜された女性騎士はシスターアリアという名のコードネームを持つ、ソウルシスターズダークサイドの筆頭である駄目騎士である。

 

 少し前、王都にて雫の側にいる蓮弥を排除しようと恐ろしい計画を立てて実行。その結果王都に多大なGの被害を出し、王女付きの騎士を解任され今は、平団員としてクゼリーから矯正プログラムという名の地獄のスパルタ訓練を受けている最中である。

 

「お前、何故ここにいる!」

「ここにお姉様がいるからであります!」

「理由になっていないッ、誰が勝手に貴様専用の訓練室から出ていいと言った!」

「げほぉぉ!」

 

 なぜいるのか理由を尋ねた時、躊躇なく雫がいるからだと答えるシスターアリア。王都中にGの被害を出し、多方面に多大な迷惑を被る罪深い行いをしても、それに対し全く恥じず悔いていないことが僅かなやり取りでわかってしまう。その有様はまさに無慙無愧。己の原罪(シン)に忠実に生きる様は、まさに堕天楽土の住人に相応しい。世界が世界なら何か特殊な能力を宿していそうな人物である。

 

 だが当然そんなことはなく、怒りに顔を染めるクゼリーに思いっきり踏みつけられ苦悶の表情を浮かべていた。

 

「おい、なぜ貴様のようなゴキブリに、このお二人がわざわざ会いにいらっしゃる? またか、またやったのか。正直に答えろ!」

「副団長殿……ぐべぇ、一体……何のことやらさっぱり……それにゴキブリ呼ばわりは流石に酷いのではおぶぅ!」

「なんだ? 何か不満があるのか? あれほどゴキブリの友人がたくさんいるんだ。なら貴様もゴキブリ扱いで問題ないだろう」

 

 どんどん地面に減り込んでいくシスターアリア。その光景に周りは全く反応していないのが怖い。まるでこのようなことはこの部隊では日常茶飯事だとでも言うような反応だ。

 

「あの、その辺にしてあげたらどうですか? まだ彼女がやったとは決まってませんし」

「……雫殿がそうおっしゃるなら」

 

 仕方なく体罰を中断するクゼリー副団長。そして愛しのお姉様が自分に気を使ってくれたことを知ったシスターアリアは今までのダメージをなかったことにするかのように勢いよく立ち上がった。

 

「流石お姉様です。この鬼教官に不当な扱いを受けていることを知って助けに来てくださったのですね。そういうことなら善は急げです。さあ参りましょうお姉様。私達のヴァルハラに……」

「こいつ……」

 

 その全く反省していない態度にクゼリーの額に青筋が浮かぶ。雫もその捲し立てられるような言葉にどう対応していいか困っているようなので蓮弥は助け船を出すことにする。

 

「悪いけどその辺にしてもらうぞ。俺達がここに来たのは少し確認したいことがあるからだ」

「あなたはッ、ちっ、何の用ですか?」

 

 ここで初めて蓮弥の存在を認識したシスターアリアは舌打ちを行う。彼こそが愛しのお姉様の周囲に纏わりつく最大の障害であることは間違いない。だからこそ、適当な会話を行いながら、普段から隠し持っている闇属性悪戯魔法の準備を行うシスターアリア。

 

(なんの用かはわかりませんがここであったが百年目。この鬼教官の目を盗んで開発した新魔法の餌食になるがいい)

 

 新魔法を作れるという立派な才能を完全に無駄な方向に全力投球しているシスターアリアは魔法をどさくさに紛れて蓮弥に付与しようと魔法を展開しようとして……

 

「はぅああああああああッ!」

 

 突如シスターアリアは奇声を上げた。

 

「おい、一体どうした?」

 

 突如謎の奇声を上げ始めたシスターアリアに対し、流石にクゼリーはやりすぎたかと心配する。本来彼女は思慮深く、部下想いの上司なのだ。むしろそんな理想の上司をここまで怒らせるシスターアリアを始めとしてソウルシスターズがおかしいのである。

 

 思わず素が出てしまったクゼリーは手を差し伸べるも、それを勢いよく払いのけるシスターアリア。

 

「触らないでください、このアバズレが! (あれ?)」

「なっ!?」

 

 その突然の罵声に思わず固まるクゼリー。蓮弥と雫もただ見ていることしかできない。

 

「黙って言うことを聞いていれば人をゴキブリ扱いした挙句すぐに体罰。そんなに手が早いからいつまで経っても嫁の貰い手がないのですよ(ちょ、私……いったい何を言って!?)」

「な、な、な」

「いるんですよね~。ちょーっとルールを破ったからと言ってそれを指摘して鬼の首を取ったかのように大げさに言う人が。自分に自信がないからわざと威厳を出そうとしているのかもしれませんが、ぶちゃけ無理してるのがバレバレです。気づいてないんですか? 周りの皆さんが微笑ましく見守っていることを……はぁ、そんな調子で本当に副団長なんてやれるんですか? 無理無理、絶対無理。どうせその内、気を病んで辞めてしまうのが目に見えるのでさっさと実家に戻って家事の手伝いでもしてたらいいんじゃないですか。貰い手なんていない年増のババアでも花嫁修業をすれば少しはマシになるんでは? だいたい……(ちょ、やめて。流石にこれ以上は。なぜ、なぜ口が勝手に!?)」

 

 その後も出てくる罵詈雑言の嵐。最初はあっけに取られて聞いていたクゼリーも自分の事情や密かに気にしていたことを容赦なく貶してくる態度に身体をプルプル震わせ魔力を漲らせる。それに対して顔は蒼くなっているのに言葉を止めようとしないシスターアリア。

 

 危険なオーラを出しているクゼリーは、蓮弥と雫が気を悪くしないために少しの間だけ危険なオーラを抑えながら振り返る。

 

「せっかくお越しいただいたのに大変申し訳ありません、蓮弥殿、雫殿。何やらこの汚物に用事があったようですが、勝手ながらそれはまたの機会とさせていただきます。……私が間違っていました。この塵屑への今までの私の対応はどうやら生温かったようです。この害虫はより深い地獄に落とさないと何も理解できないとわかりましたので」

「ああ、はい」

「わ、わかりました。私達、もう行きますね」

 

 青筋を立てるクゼリーに蓮弥と雫は固まりつつ何とか返事を行う。

 

「お見苦しいところをお見せしてすみません。いずれこの埋め合わせは必ず致します。では」

 

 凶悪なオーラを纏いながらシスターアリアを引きずっていくクゼリーに完全に腰が引けてしまっている蓮弥と雫はこの場所を後にする。

 しばらくした後、どこかの女性騎士のこの世のものとは思えない叫びが聞こえてきたような気がするが気のせいだろう。

 

 ~~~~~~~~~~~~

 

 その後も調査を続けたがいまいち原因がはっきりしない。

 

 最初はいつものソウルシスターズの暴走だと思っていたが、ダークサイドの筆頭であるはずのシスターアリアはあの様子では関与している気配はない。

 何か気配を感じるがいまいちはっきりしない。この原因がわからない内にいつの間にか夜を迎えることになっていた。

 

「このままだとこれからもああいう事態が起きるかもな」

「……本当にね。光輝はまだ調子が良くないらしいわ」

 

 ある意味レギオンと戦うより疲れている蓮弥と雫が食堂にて項垂れていた。雫の言う通り何らかの異変に巻き込まれたらしい光輝は頻繁に腹痛を起こし、今や医務室とトイレを行ったり来たりしている状態だ。シスターアリアはわからない。何やら悲鳴みたいなものが聞こえてくるような気がしているが蓮弥はあえて聞こえない振りをしている。

 

「どうしたの? シズシズ。元気ないけど」

「鈴。ちょっとね」

 

 夕食を取りに来たハジメ達以外のメンバーが──ハジメは開発室に真央と共に引きこもり、そこで片手間に夕食を取っている──集合する。

 

「藤澤もどうしたんだよ。まあお前が疲れてるのは当然かもしれねぇけどよ。食べなきゃ元気なんて出ないぜ」

 

 鈴の横に大盛の夕食を持った龍太郎が着席する。日々鍛錬を欠かしていないであろう龍太郎は、心なしかまた一回り成長したように感じる。

 

「ああ、そうなんだけどな。ちょっと気がかりが……」

 

 本当に、何でこんなことで悩まなくてはならないのか。ちょっと憂鬱になっている蓮弥だったが、蓮弥の隣に誰かが着席する。

 

「大丈夫ですか? 蓮弥。随分疲れているようですけど」

「ユナ」

 

 ユナは龍太郎と同じく大盛の夕食を二つ持って着席する。王宮の食事は人族最大の王国の台所というだけあって基本なんでもおいしい。元々食べることに目がないユナは、王都滞在中にここのメニューを全部制覇する勢いで食べている。

 

「ユナ……ユエはどんな感じなんだ?」

「もうすぐですね。あの技が完成すれば、きっとレギオン相手でも対抗できるだけの力を手に入れられるはずです」

 

 現在ユナは蓮弥と離れてユエと修行を行っている。ユナの言う感じだと、どうやらレギオンに対抗する戦力はもうすぐ増えそうだと蓮弥は感じていた。

 

「それにしてもどうしたのですか、蓮弥? それに雫も……あんまり元気がないようですが?」

「ちょっとね。なんでいつもこんなことになるのか考えているだけよ」

 

 黄昏ている雫を見てユナは首をかしげる。

 

「蓮弥も雫も少し疲れているのかもしれませんね。ならなおさら食べないといけません。食事は大切ですよ。はい……」

 

 そう言ってユナが蓮弥に向けてスプーンを差し出してくる。気のせいでもなんでもなく周りの視線が集中している。これはやらないといけないのだろうかと蓮弥は思うが、ユナの好意を無下にするわけにもいかない。少し照れつつもユナが差し出すスプーンを口に含む。食べてくれたことに対して嬉しそうに微笑むユナ。

 

「むー。しょうがない。しょうがないけどさ」

 

 その光景を見ていた優花が少し不満を漏らす。相手が恋人同士で、おまけについ最近告白を断られたからと言って、あまり見ていて面白い光景ではなかった。

 

「ああ、畜生。爆発すればいいのに」

「俺達は寂しく男同士で食ってるのに」

「なんであいつだけ」

 

 不満を持つのは優花だけではない。その場にいた小悪党三人組が蓮弥を妬んで文句を言ってくる。彼らは最近、自分達にも春が来たと思ったらそれが教会のハニートラップだったという経験をしている。人とは後少しで手に入れられたはずの物ほど余計に欲しくなってしまう。端的に言って彼らは今……女に飢えていた。

 

 そんな蓮弥にとってどうでもいいことは置いておいて、ユナの行為に対して以外にも雫も少し不満顔だ。

 

「どうしたんだ、雫。……ユナに食べさせてもらったことについては、お前とだって頻繁にやってるだろ」

「それはそうだけど……蓮弥、ユナが相手だと照れるんだなと思って」

「いや、別に深い意味はないぞ」

 

 別に雫とて本気で怒っているわけではない。ただ自分との行為では顔色一つ変えないのにユナとの行為だと照れが混じるところがいかにも初々しい恋人同士に見えて軽く拗ねたのだ。

 そう、所詮その程度でしかない。だが……

 

「ッ!?」

 

 どうやら蓮弥達を見ていた存在はそうは思わなかったらしい。蓮弥はユナに向けて悪意が集中したのを感じとっさに行動に移ろうとしたが、その時にはユナは既に準備を終えていた。

 

「あぐぅ」

 

 ユナ……ではなく柱の影からその声は漏れていた。

 

「ユナ……大丈夫!?」

 

 雫がユナを心配するがユナは平気な顔して返事を行う。

 

「魔法は反射したので問題ありません。なるほど、こういうことですか。なんだか懐かしい感じですね」

「どうやらようやく正体を現したみたいだぞ」

 

 蓮弥が立ちあがり周囲を警戒する。今まではっきりしていなかった気配が急に濃くなった。

 

「ねぇ、蓮弥君。何かあったの?」

「優花。悪いけど少し離れてくれ。もしかしたら少し面倒なことになるかもしれない」

「わかった」

 

 優花が蓮弥の言葉を聞き、食堂入口までみんなを連れて退避する。これで邪魔は入らない。

 

「出てこいよ。さっきから気配が漏れてるぞ」

 

 蓮弥の挑発に対して観念したのか姿を現す影たち。

 

 そのメンバーには見覚えがあった。かつてソウルシスターズの禁術、レギオンGにて追い詰められた蓮弥を救助してくれた人達。

 

 特に真ん中に立っている人物を見て雫は驚愕せざるを得ない。

 

「ニア……どうして!?」

 

 それは雫の付き人であるニアだった。その顔には表情はなくただ蓮弥の側に寄り添うユナに対して敵意を向けている。

 

「雫様と蓮弥様、二人の仲を邪魔するものは許しません」

「排除……徹底的に排除します」

「それが例え勇者であろうと、誰であろうとも」

「……なるほどな。道理で俺と雫には何も被害がないわけだ」

 

 今回の出来事はソウルシスターズを端に発してはいるが蓮弥と雫には敵意はなかった。それもそのはずだ。彼女達は雫と蓮弥の邪魔をする者達を攻撃していたのだから。

 

「ユナ……これはもしかして」

「…………当たりです。この気配。以前雫と優花が巻き込まれたものと同じ……」

 

 雫の付き人であるニアから黒い泡が噴き出す。それは以前優花に取り憑くことで雫を追い詰めた寄生型レギオンだった。

 

「待っていてください雫様。アナタを悩ませるものは、私達がすべて排除します」

「そんな……私はそんなこと望んでない!」

「雫、彼女はレギオンに操られている。今話しかけても無駄だ」

「ッ! なら!」

 

 雫が前に出る。もし彼女達が雫のためを思って暴走しているのなら、雫には攻撃してこないはずだ。そう思いニアに近づく雫。

 

「待ってて。今すぐ助けてあげるから」

「助ける? …………お断りします」

「なっ!?」

 

 ニアがメイド服のスカートを託し上げ、ガーターベルトにひっかけてあった暗器を取り出す。それは僅か数瞬で組み立てられ、一種の槍の形になる。そしてニアはそれを構えて、雫を攻撃し始めた。

 

「申し訳ありません。雫様、少しだけ痛い思いをしてもらいます。そうすれば……あなたはもう戦わなくてもよくなる」

「一体何を言って!?」

 

 とっさに創形した村雨丸にて防御するが想像してた以上の衝撃で雫は少し後退する。

 

「筋力はレギオンによって引き上げられているとして……ニア、あなたこんな特技があったのね」

「メイドとしての嗜みです。大したものではありません。ですが、今の私なら、もう雫様の手を煩わせることはありません。大人しくしてください」

「それはこっちのセリフよ!」

 

 雫とニアの戦いが始まる。本来なら戦闘に発展することすらないほど二人の力は離れているが、現在レギオンに取り憑かれていることでニアのステータスは爆上がりしている。加えて相手が操られているとわかっている雫はなんとか怪我をさせずに対処しようとしているせいかどうしても動きが硬くなる。

 

 

 なら蓮弥が加勢をと思ったが、他のソウルシスターズに阻まれる。

 

「蓮弥様はここでお待ちを」

「申し訳ありませんが、通すわけにはいきません」

 

 蹴散らすのは簡単だが、蓮弥の使うエイヴィヒカイトは手加減して戦うことに向いていない。だから一応彼女達の状態を把握する必要がある。

 

「ユナ、彼女達は?」

「彼女達はレギオンに憑依されていません。雫と戦っているレギオンの影響を受けているだけみたいですね」

 

 ならある意味厄介だ。レギオンの補正を受けていないなら蓮弥だと人が蟻を潰さないようにするのと同じように気を使って戦わなくてはならない。

 

「蓮弥ッ、ここは私に任せて!」

 

 蓮弥が動けないことを察知した雫が覚悟を決めてニアに斬りかかる。多少の傷は香織が治してくれる。そう思って軽く腕にかすり傷を付けた。

 

「ああああああああああああああ!!」

「ッ!?」

 

 その過剰な反応にむしろ雫が反応し、思わず後ろに下がる。ニアの顔を見ると大量の脂汗を流してその苦痛が演技ではないことを伝えている。雫は解法を用いてニアの状態を解析することにした。

 

「これは……神経伝達能力が異常に上昇してる」

 

 いくらレギオンの強化が成されていても限界はある。どうやら多少戦えるようだが、それでもこの世界基準でたいして強くないニアが雫と渡り合えているのは神経を強化することによる異常反射能力のためだった。これなら通常の数十倍の速度で動けるが、痛覚神経なども異常に発達してしまうので痛みも数十倍だ。今のニアはかすり傷程度でもショック死しかねない。

 

「雫様、もうあなたは戦わなくてもいいんです。私は強くなりました。ここからはあなたの代わりに私が戦います」

「どうして、そんなになってまで?」

 

 雫は刀と槍の鍔迫り合いをしつつニアに問いかける。優花曰く、寄生型レギオンは心の引っ掛かりを異常増殖されているとのことなのでその引っ掛かりを解消する方向で解放できないか試しているのだ。

 

「私……知ってるんです。かつて蓮弥様を失った雫様が……夜一人で泣いていたのを」

「ッ……」

 

 そう、ニアは知っていた。蓮弥が奈落の底に落ちてから帰還するまでの間の雫の苦悩を。

 

 表向きは修羅を纏って周りを寄せ付けないようにしていた。幼馴染だろうが何だろうが近づこうとせず剣を振り続ける毎日。少しでもそんな雫の役に立とうとニアが夜中にも関わらず稽古を行い続ける雫に夜食を持っていた時、見てしまったのだ。

 

 蓮弥の名前を呼びながら泣き崩れている雫を。

 

 雫は修羅でもお姉様でもない天才剣士でもない普通の女の子。そんなことをその時、ニアはようやく実感した。

 

 

 雫はギリギリだったのだ。世界で一番大好きで、いつも頼りにしていた人が奈落の底に落ちたのだから。雫達の常識でもこの世界の常識でも、蓮弥が生きている可能性は限りなくゼロに近かった。そんな雫は蓮弥が落ちる際に発したメッセージだけを心の支えにずっと必死に耐えてきたのだ。普段誰も寄せ付けないのは何かの拍子に壊れてしまわないための防衛反応であり、本当はいつも苦しかった。そしてそんな雫を……ニアは見ていることしかできなかった。

 

「本当は戦うことがお好きではないのでしょうッ? なら戦わなくてもよいではありませんかッ。元々、この世界のことはこの世界の住人がやるべきだったんです!」

 

 そんな雫も蓮弥の帰還によって持ち直すことができた。その時はニアも我が事のように喜んだ。これでやっと雫が報われると。だからこそ安心して王都を去れたのだ。だが帰ってきてからまた転機が訪れる。

 

 

 雫が負傷して倒れたと言うのだ。

 

 

 そのことについて誰を恨んでいるわけでもない。蓮弥が必死に戦っていることはわかっていたし恨むことなんて筋違いもいいところだろう。だが心の奥底ではずっと思っていたのだ。

 

 

 もっと自分達に力があれば、雫は傷つかなくても良かったのではと。

 

「雫様は蓮弥様と平和に生きて、そしていつか故郷に帰ればいい! この世界のことなんて気にする必要はない。本当はもっと早く気付くべきだった!」

 

 ニアはこの世界の真実を知っているメンバーの一人だ。だからこそ思う。自分達でもやれることはあったはずだと。もう少し考えればわかったはずだ。この世界は何かおかしいと。自分一人では駄目でも複数が目覚めて行動していたら、彼らを召喚する必要はなかったかもしれないのだ。できないことはない。反逆者……いや解放者がやっていたことなのだから。

 

 

 その慙愧をレギオンに狙われた。もっと雫の力になりたい。そのための力が欲しいと。

 

「……そう」

 

 雫が向かってくるニアを前に……村雨を破棄した。

 

「ッ!?」

 

 突然の事態に思わずニアが攻撃の手を止める。もし、止めていなければ致命傷になったかもしれない展開。動揺するニアに近づいた雫はそっとニアを抱きしめる。

 

「雫……様……」

「ありがとう、ニア。心配してくれてたのね。……そうね。戦うことが怖いと思うことがないとは言わないわ。やっぱりどうしても慣れないことはあるもの」

 

 雫は邯鄲の夢にて戦場に出る際の心得を静摩から教わっている。だがそれでも戦うことに慣れるかどうかは別物だ。仮の話だが、もし蓮弥がいなければ、きっと自分はずっと戦う覚悟ができずにいたかもしれない。

 

「だけどね。この世界のことを気にする必要はないということについては文句を言わせてもらうわ。もしかしてニアは私の大切なものが蓮弥と仲間だけだと思っているのかしら?」

「えっ……」

「この世界の人達を見捨てることなんてもうできないわ。ニアはもちろん、リリィやその他の人達にもお世話になったから。最後まで面倒は見れないかもしれないけど、少なくともこの世界の混乱を引き起こしている元凶くらいは倒すつもりよ」

 

 ハジメはともかく、蓮弥が神エヒトを倒すつもりであることは雫も知っている。なら自分も戦う。この世界をおもちゃにしている神を雫とて容認できはしないのだ。

 

「私は自分の意志で戦ってるから……だから今からあなたのことも自分の意志で助けるわ」

 

 雫はニアを抱きしめながらニアと見つめ合う形になる。ニアは抵抗する気力をすっかり無くしているのか雫を呆然と見つめてるだけだ。

 

「それで……その……今からちょっとアレなことをするわけだけど最初に謝っておくわ。もし初めてなら……ノーカンにして頂戴」

 

 今感覚が鋭敏になっているニアに対して痛みを伴う接触は危険だ。だが何らかの接触がないと雫は解法で干渉できない。ならどうすればいいか。

 

 

 痛みを伴わない接触であればいい。

 

 

 雫はニアの頤を上げて、おもむろにその唇にキスを行った。

 

((((えっ!?))))

 

「みんな! どうしたの? 一体なにがあ……った……」

 

 悪魔的なタイミングで香織が食堂に入ってきたところで状況を整理してみよう。

 

 場所は王宮の食堂。時間は夕食時。当然多くの人が出入りしており今も距離を取っているが多数の人が集まっている。そして香織のように騒ぎを聞きつけて駆け付ける者もいるだろう。

 

 そんな公衆の面前で、突然雫がニアにキスし始めたら誰でも思考停止する。それが雫を良く知っている幼馴染の香織だとしたらなおさらだ。

 

「………………ッ!? ~~~~~~ッッ!!」

 

 最初は何をされているのか理解していなかったニアの目に徐々に光が戻り、ある地点で急に暴れはじめた。本当は雫とキスしているという状況に驚いたニアが抵抗しているだけなのだが、それを雫はレギオンが暴れていると判断した。よって、()()()()()()()が必要だと判断して実行する。

 

「ッ!! んん、ふぁ、んん!!」

 

((((し、舌!!?))))

 

 雫がニアの口内に舌をぬるりと侵入させ活動を始め、それにより二人の粘膜接触はより深く濃厚になっていく。自身の舌を絡めとり、蹂躙を始める雫の舌技の猛攻にニアは思わず槍を取り落としてしまう。抵抗してみるも明らかに普通ではない雫のキステクにニアはなす術がない。

 

「ん、ふ、んん、ふぁ」

 

 少し仲の良い女の子同士だったらもしかしたら挨拶でキスすることもあり得るかもしれない。だが、今この場面を目撃している全員がこう答える。これはそういうレベルではないと。

 

「んん、あぁ、はぁ、んん」

 

 雫がニアを優しくも力強く抱きしめながら、唇と唇、舌と舌を絡め、時に唾液すら交換しながら行われるディープキス。ニアの漏れる吐息が艶かしいものになりつつあるそれは、昨今の百合漫画ですら中々お目にかかれない濃厚なイベントシーンとなり、周囲に百合の花を咲かせ、キマシと言う名の塔を乱立させる。はっきり言ってしまえば……超がつくほどエロかった。

 

 だがそれも終わる。抵抗していたニアだが、ついに色々限界を迎え、脱力して気を失ったのだ。

 

((((き、気絶した──ッッ!!?))))

 

 周りの反応とは裏腹に、ニアの身体を支える雫は真剣な表情をしていた。

 

(捕まえた!)

 

 雫が歯を立てながらゆっくりとニアから離れる。雫の歯には黒い泡が噛み締められており、その黒い塊は雫が顔を離すごとにニアの口から引き抜かれていく。そして完全にニアからレギオンが離れた瞬間、それを空中に放り投げた。

 

「蓮弥!」

「お、おう」

 

 雫の行為に少し動揺しつつも、雫の実家で行われていたという訓練のことを知っていることを理由に、いち早く回復した蓮弥が創造にてレギオンを真っ二つに斬り裂き、レギオンを消滅させた。それにより、影響を受けていた人達も解放される。

 

「さて、これでもう安心ね。一応ニアは医務室へ……あっ、ちょうどよかったわ。香織……ニアを診てほしいんだけど……香織? 香織ッ!」

「は、はい!!」

 

 雫は幼馴染が顔を真っ赤にさせて呆然としていることに疑問を浮かべるが、ニアのことが先決だと思い、香織に強く呼びかけ正気に戻す。

 

 そこで雫は、ようやく回りの様子がおかしいことに気付く。

 

「みんな……どうかしたの?」

 

((((どうかしたの、じゃないよぉぉ(ねーよ)!!))))

 

 周りの約九割の人間が顔を真っ赤にしているという状況。中には突如目の前で行われた刺激的なラブシーンを目撃したことで目を回している女性や、股間に響いたことで前かがみになっている男性も存在する。

 

 これは自分が行かないといけない。蓮弥は雫に声をかけることにする。

 

「なぁ、雫。……本当にあれしか方法がなかったのか?」

「あれ? ……ああ、なるほど。仕方ないじゃない。あのやり方が一番確実だったんだから。人工呼吸みたいなものだわ」

「雫……それはちょっと違うと思います」

 

 ユナにツッコミを入れられてもなお、雫は平然としていた。たしかに緊急時において羞恥心が邪魔になることもあるのである意味良いことではあるのだが……

 

「雫ちゃん。目が覚めたよ」

「本当!? ニア、もう大丈夫よ。身体は平気?」

 

 ニアの顔を覗き込む雫。ニアは最初、息を荒くし、目の焦点が合っていなかったが雫の顔が目に入ると一瞬で顔を沸騰させる。

 

「ハァ、ハァ、だ、大丈夫じゃ……ないです」

「そんな……まさか後遺症が……」

「だって、だってッ。元カレとだってあんなにすごいの……私、初めてでッ。もう、お嫁にいけないかも……」

 

 雫は純粋に身体の心配をしているようだが、ニアは明らかに別のことに意識を取られている。

 

「とりあえず身体のほうには異常はないよ。無いんだけど、ニアさん。その……そんなにすごかったの? 雫ちゃんの……キス」

 

 香織が身体に異常がないことを告げつつ、一番聞きたいことを再び顔を赤くしながら聞く。周りの人も興味津々だ。そしてその返答として顔を赤くしながら無言で何度も首を縦に振るニア。

 

 その周りの反応を見て、きっとまたソウルシスターが増えたんだろうなと頭を抱える蓮弥だった。

 

 ~~~~~~~~~~~~~

 

 これは後日談になるが、ニアは無事に回復して再び雫付きのメイドに戻ることになった。今回被害を被ったのが光輝とシスターアリアくらいで雫が彼女を弁護したのも効果があったようだ。

 

 

 今回のことをきっかけに真の意味でソウルシスターとして覚醒したニアは、それでもスタンスを変えることなく雫と蓮弥の平穏と幸せのために、例の件以降急激に増幅したソウルシスターズが暴走しないように立派にまとめ上げているようだ。けど時々例のことを思い出して顔を赤くしているのだとか。

 

 

 一方今回の騒動による雫とニアの百合イベントを知ったシスターアリアはニアに対する嫉妬のあまり、己の無慙無愧が覚醒しそうになるが、地獄の悪魔と化したクゼリーにより未然に覚醒を食い止められたことで事なきをえた。今は地獄の最下層で真人間になるための更生の日々を送っていると言う。

 だが、それ以外のソウルシスターズダークサイドが雫のあの行為を人工呼吸みたいなものだと言ったことを自己解釈して、自分も溺れればアレをしてもらえるのではと思い、雫の側で河に飛び込むという珍事件が大量発生。最終的に雫が王都を発つまで起こることになり問題になってしまった。

 

 今日もまた、光であろうと闇であろうと、義妹達の活動は続いている。




メイド服+ガーターベルト+暗器=浪漫
この方程式が分かる人とはいい酒が飲めそうです。

神の使徒の側付きになるくらいですから護身術くらいはできるという独自設定です。ニアの素の戦闘力は大したことありませんが、義妹襲撃事件で少しだけ出たあらあらうふふ系のメイド長は、噂だとメルドやクゼリーと同格の猛者だとか。

>ニア
原作だとこの時点で既に故人ですが、本作は義妹事件の責任を取る形で謹慎していたので、恵里の魔の手と魔人族襲撃を躱し無事生存。ソウルシスターズライトサイド代表。ちなみにライトサイドの1番の仕事はダークサイドの暴走を雫に気づかれないように鎮圧すること。

>クゼリー
原作だとメルドが死んだので団長でしたが、本作ではメルドが生きているので副団長になる。普段は部下思いのいい上司なのだが、シスターアリアをはじめとするソウルシスターズには常に頭を悩ませている。

>シスターアリア
シスターアリアはダークサイドでのコードネームであり、本名は不明。どれだけ周りに迷惑をかけても、雫自身にため息を吐かれようとも全く反省することも恥じを覚えることもなく、お姉様愛を貫き通す無慙無愧に生きる人物。堕天奈落の住人。残念ながら更生は難しいと言わざるを得ない。サタナイルさん、出番です。

次回から5.5章。つまり5章後の幕間ですね。ハジメがムシャムシャする話になりそう。

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