ありふれた日常へ永劫破壊   作:シオウ

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ありふれた日常で世界最強4巻の(香織を差し置いて)表紙になった雫ちゃんが可愛かったです(小並感)


大災害『紅蓮』

 やはりと言うべきか、一番最初に異変に気が付いたのはユナだった。

 

「蓮弥……何か様子が変です」

「えっ」

 

 蓮弥としては順調に攻略できているつもりだったのだが、ユナが何かを感知して立ち止まる。

 この場所にユナの感覚を無視するものはいない。皆が立ち止まり、ユナの声に耳を傾ける。

 

「変とはどういうことじゃ。妾の経験だと、もうすぐ最深部に付きそうなんじゃが……」

 

 ハジメ達と一緒に攻略した際には、溶岩の河を渡ると言う中々スリリングな行動をすることによってショートカットできた。もちろん蓮弥達にそんな無茶なことを実行できるアーティファクトはないが、蓮弥達はユナのナビによる案内で同じくらい近道してきたのだ。攻略まで目前まで来たのに、ユナの顔はどんどん険しくなっていく。

 

「わかりません。こんなの……昔一度体験して以来です。地下で、何かが目覚めました」

「何かって? 私は特に何も……」

「ッ! 来る!」

 

 ユナがそう申告した瞬間だった。

 

「な、何じゃ!?」

「これって……地震ッ!?」

 

 ティオが思わず驚き、優花が地面が揺れていることが気のせいではないことを確認する。揺れ自体は日本人には大したことはないが、ここは大迷宮。揺れが原因で崩れてこないとも限らない。

 

「一先ず安全なところまで移動するぞ。それから考えれば……ッ!!」

 

 そして、今度は蓮弥にも理解できた。

 

「おい……何なんだこれは?」

 

 蓮弥の足元に……巨大な気配がいきなり出現したのを感じる。まるでそいつの上に立っているようなはっきりしない気配。それが徐々に大きくなって、大迷宮全体に広がっていく。

 

「ティオ……以前来た時にはこんなことは起きたのか?」

「いや、こんなことは起きなかった。何じゃ……この気配は……」

「ティオ?」

 

 ティオが身体を抱くように腕を寄せる。その顔色はあまりいいとは言えない。まるで寒さに凍えるように……身体の震えを懸命に抑えようと必死になっている。

 

「おいッ、ティオ。大丈夫か!?」

「……すまぬ。よくわからんのじゃ。じゃが……先程から震えが止まらぬ」

 

 ティオの様子は尋常ではない。蓮弥は未だにはっきりしない下の気配を探ってみるが、やはりいまいちよくわからない。

 いるのは間違いない。だがどの程度のものか掴めない。だが、この中でティオだけは明確な危機感を感じている。

 

「……一度引き返そう。どうにも……嫌な予感がする」

 

 蓮弥の判断に、一同が賛成する。神代魔法は後で取りにくればいい。明らかに異常が起きているのにこのまま進むのは危険だ。

 

 そして蓮弥が来た道を引き返そうとしたその時。

 

「ッ! また!」

 

 地震が発生する。しかも今度は先ほどより大きい。大迷宮全体が揺れているせいか、溶岩も荒れ狂っているように感じる。

 

「きゃああ!?」

「鈴ッ!?」

 

 この中で一番経験値が少ない鈴が思わず悲鳴をあげる。それでも結界を解除しなかったのは彼女の意地の成せる技か。各自なんとか耐えているが、状況はどんどん悪化の一途を辿る。

 

「ッ! 地面が!? 飛べる奴は空中へ浮けッ。ティオは竜化して谷口を……」

「わかったのじゃ!」

 

 蓮弥が察知したのは地面が崩れる気配。飛べる蓮弥と雫は宙に、優花も七耀の位置固定を応用してその場に浮かぶ。唯一飛行技能を持たない鈴は竜化したティオの背中に移動した。

 

 ”これは……何が起きておる? ”

 

 ティオが少し呆然としたように言うのは当然だ。今大迷宮は大きく変わろうとしている。

 

 地面が割れ、そこに出来た裂け目に溶岩が流れてまるで滝のようになっている。ティオの反応を見ればこれが予期せぬイレギュラーだと言うのは明白だ。

 

「ユナ……何が起きているかわかるか?」

『……起きた現象に対して意識が希薄すぎます。おそらく何かしようとして起きた現象ではありません。まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……現状悪意を感じないのが幸いでしょうか』

「おいおい、それじゃ悪意もなく身を揺するだけでこんなことを起こせる奴がここにいるってことか?」

 

 それじゃまるで……蓮弥が連想したことを雫が代わりに口にする。

 

「……『大災害』」

 

 その言葉に誰もが身体を固くする。

 

 大災害。この言葉に脅威を感じないものはこの場には一人もいない。ある時は西の海で、そしてある時は大峡谷で。どちらも一歩間違えば世界滅亡の危機に発展するまさに大災害と言っていいレベルの怪物だったのだ。

 

 蓮弥達は一度大災害についてリリアーナから聞こうとしたが、彼女も詳細については知らなかった。彼女の認識では世界に災いを齎していた七つの大災害は、過去エヒト神によって倒されたとだけ伝えられており、どこにどんな大災害がいるのかなどの情報はなかった。

 そして身近にわかる者もいなかった。エヒト神の創世記の資料は非常に貴重でそれを管理していた者が今は亡く、一部の司祭クラスの人間しか閲覧できない数万年分の膨大な資料のどこかにあるとしかわからなかったのだ。

 

「こんなことなら無理にでもフレイヤに全部聞いておくべきだったか」

 

 もっとも、もしフレイヤの背後にいるのがあの神父なのだとしたら、きっと聞いても無駄だっただろうが。

 

「とにかく早く脱出するぞ。このまま転移で……」

「蓮弥君ッ、あれ!」

 

 蓮弥が転移の準備を始めるが、優花が指す方を見た時。ここから逃げるのはまずいとわかってしまった。

 

 それは魔物だった。だが、ただの魔物ではない。真の大迷宮に生息している一般的な冒険者や戦士では太刀打ちできない危険な魔物達だ。どこにこんな大群がいたのかと言うように、下からまるでマグマの噴火のように噴き上がってきたのだ。

 

「蓮弥ッ、まずいわよ。こいつらを外に出すと……」

「アンカジがやばい。殲滅するぞッ!」

「了解!」

 "任せよ!"

 

 魔物は主に二種類。すなわち空を飛んでいるか、大火山を駆け上がっているかのどちらか。

 大半はここに降りてくる前に遭遇した魔物であり、このメンバーなら大した相手ではないが、今遭遇した魔物は少し様子が違った。

 

 皆が皆鬼気迫る勢いで突撃してくる。正確に言えば蓮弥達を狙ってすらいない。少しでも速く、少しでも遠くへ、そういって仲間であるはずの魔物を踏みつぶし、跳ね飛ばし、全てを薙ぎ払うような勢いで流れていく。

 

 まるで……何かから必死で逃げているかのように。

 

 蓮弥は聖術にて魔物を丸ごと吹き飛ばすがそれでも少しは漏れてしまう。特に空中に浮いているのが厄介だった。蝙蝠型の魔物は視覚以外の感覚に頼っているからか、雑な攻撃は当たらない傾向にある。それはかつて奈落の底で出会った最初の強敵から変わっていない。

 

「クソ、ちょろちょろ鬱陶しい!」

『数が多すぎます。例によって大規模な聖術は壊れかけている大迷宮の崩壊を促進させる恐れがあるので使えませんし』

 

 雫は這い上がってくる魔物と戦い、鈴は結界を張ることで際限なく上昇し続ける熱から皆を守り、ティオはマグマから出てくる魔物を迎撃している。ならここで動けるのは一人しかいない。

 

「蓮弥君……ここは任せて」

「行けるのか?」

「当然……伊達に雫と訓練はしてないわよッ!」

 

 優花は七耀を構えて……戦闘のギアを一つ上げた。

 

 ~~~~~~~~~~

 

──詠段・顕象──

 

 この詠唱により、優花は邯鄲の夢を発動する。

 

 夢の影響を受けた優花はまず世界の知覚範囲が桁違いに広くなったのを感じた。元々天職:投術師の影響かそれ以外に理由があるのか不明だが、優花は非常に優れた空間認識能力を持っている。それ故に瞬光という思考加速技能を持つハジメすら制御を諦めた七耀を十全に使えるわけだが、それが邯鄲の夢を会得することで、更なる進化を果たすことになった。

 

 ~~~~~~~~~~~~

 園部優花       レベル:20

 

 戟法

 剛:■■□□□□□□□□ 02 

 迅:■■■□□□□□□□ 03

 楯法

 堅:■■□□□□□□□□ 02

 活:■■■□□□□□□□ 03

 咒法

 射:■■■■■■■■■■ 10

 散:■■■■■■□□□□ 06

 解法

 崩:■■■■■□□□□□ 05

 透:■■■■■■■■□□ 08

 創法

 形:■■■■■■□□□□ 06

 界:■■■■■□□□□□ 05

 

 合計50

 ~~~~~~~~~~~

 

 能力資質は咒法の射と解法の透。万能型の雫と違い、まさに中遠距離特化の資質を持つ優花は雫との夢での修行により、詠段の力を発揮できるようになっていた。

 

「はぁぁぁぁ!」

 

 まずは七耀の射出スピードが以前より遥かに増している。それはもはや銃弾に匹敵する速度に達しており、それが命中しただけで大抵の敵を倒すことが可能になるだろう。

 

 だがまっすぐ飛ぶだけでは躱されることも十分あり得る。現に接近する物体に視覚以外の超感覚で気付いた炎コウモリは優花の攻撃を躱す。だが、優花の力はこれで終わらない。

 

「ッ!」

 

 優花の意志を受け、射出された七耀がその勢いのまま軌道を変更し、攻撃を躱したコウモリを後ろから貫いた。

 

 さらに数がどんどん増えていく七耀。それらが全て弾丸に迫る速度で舞い、軌道を変幻自在に変えながら襲い掛かってくるのだ。もし敵の魔物に感情があれば思うだろう。そんな馬鹿なと。

 

 解法による周囲の空間の解析と認識、そして咒法による七耀の操作。戟法、楯法が低い、つまり肉体面での強化が心もとないので懐に入られると危ないという欠点を持つが、逆に中遠距離に関して言えば、今の優花はハジメをも上回る。

 

「綺麗……」

 

 ティオの背で思わず鈴が呟く。七色の光を携えて七耀が乱れ舞いながら一匹残らず魔物を撃ち落としていく光景はまさに虹が踊っているような神秘的な光景だった。

 

「これができるようになるまで知恵熱で何度も死にそうになったけど……慣れって怖いよね」

 

 空中に浮かぶ最大十二本の七耀をここまで操るのに優花は夢の中で何回も倒れていた。ただでさえ頭を使う武器だったのに余計に負担が上がったことで優花の脳が耐えられなくなったのだ。今こうして使えるようになっているのは、それでも諦めなかった優花の努力の賜物だろう。

 

 ”実に見事……これで空中の魔物を含めて、外に出ようとするものはあらかた片付いたようじゃな”

「ああ、今の内に脱出を……」

『いえ、こうなってしまっては元凶を放置することはできません。おそらく魔物の暴動はまだ続きます。元凶を鎮めない限り、いずれアンカジ公国の方に被害が出てしまいます』

「つまり否が応でもこの地下にいる元凶に会わなきゃいけないってわけか」

 

 蓮弥は地下にできた大穴を見つめる。マグマが滝のように流れているが、底には闇が広がっている。

 

 先程の魔物達は蓮弥達に危害を加えるというより、目の前にあるものを全て薙ぎ倒していくというようなすさまじい想念を感じた。つまり、先程の魔物達が、真の大迷宮に生息している魔物がそこまでして恐れる存在が闇の底に潜んでいる。

 

 ”ふむ……蓮弥よ。まずは妾が先に行こう”

「ティオ?」

 ”先ほどから妙な気配を感じるのじゃ。まるで、何かに呼ばれているような……それに何となくじゃが、どこか懐かしいようにも思える”

「それは……平気なの?」

 

 雫がティオを心配する。よくわからない感覚、つまり無意識の分野になる事柄は邯鄲でも馴染みが深い。時にそれに従うことで思わぬ利を得ることもあるが、逆もまたしかりなのだ。

 

 だがティオは地上に鈴を下ろした後、奈落を見据え始めた。

 

 ”心配してくれるのはありがたいがな、雫よ。妾とてご主人様の仲間じゃ。これから神殺しをやろうというのに、この程度で怯えてもいられぬ”

 

 ご主人様であるハジメが神殺しを決意した。それはユエを守るための結果論だったのかもしれないが、それはティオ達クラルス族にとっては、一族の長年の悲願でもある。

 ずっと神殺しを成してくれるものが現れるのを待っていたし、それがハジメ達であることは疑っていなかったが、同時にハジメや蓮弥達だけに任せるほど腑抜けではないつもりなのだ。

 

 

 ハジメパーティーは各々力を蓄えつつある。ならばティオとて、ここで停滞し、皆の後塵を拝するわけにはいかないのだ。

 

「……ユナ」

聖術(マギア)6章2節(6 : 2)……"錬精"

 

 ユナの聖術により掌サイズまで小さくなり、デフォルメされたユナが現れ、ティオの側に付く。

 

『妖精を生み出しました。この子に戦闘力はありませんが、私と感覚を共有することができますし、いざとなれば魔力に変換するという使い方もできます』

「俺達は大迷宮攻略と脱出経路の確保。それと魔物が外に出ないように対処しておく」

 

 ティオ一人に向かわせるのは不安が残るが、だからと言って全員行くわけにはいかない。大迷宮の攻略という本当の目的を忘れてはいけないし、魔物の大群がまた来ないとも限らない。自分達が地下に行っている間にアンカジが全滅したとなったら笑えない。否応なく分かれて行動するしかない。

 

 ”わかっておる。では、後で合流するとしよう”

「気を付けてね。ティオ」

 

 雫の言葉にうなずいたティオは、空中に身を投げ出し、奈落の底へ飛翔した。

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~

 

 ”さて、ここはどこなのかの”

 

 ティオは早速違和感を感じていた。

 

 ティオは一度グリューエン大迷宮を攻略している。この大迷宮の深奥である解放者の居住区はグリューエン大火山の麓に当たる部分に存在していた。

 ティオはそこが最深部だと思っていたのだが、既に麓部分は過ぎているはずなのにいまだに底に到達しない。これでは麓を超えて、遥か地下奥深くに潜っているに等しい。

 

「もしかしたら解放者ですら把握していないエリアがあるのかもしれません。解放者とて万能ではなかったでしょうから」

 

 ミニユナがティオに話しかける。正直感覚が麻痺しそうになるこの空間に話し相手がいることは純粋にありがたい。

 

 ”しかしこう何もないと妾とて参ってしまうのじゃが……”

 

 地下に降りるにつれ、温度が上がっているがティオにとってはなんてことはない熱さだ。だが、魔物も出てこないとなると、単純に何を目標にしたらいいか迷ってしまう。

 

 ”ユナよ。下の気配にはまだ届かぬか? ”

「……はっきりしません。空間の間に断層があるせいでこちら側の位相と遮断されています。逆に言えば……」

 ”それでも気配が漏れ出るほどの存在が……この先にいるということじゃな”

 

 ティオは気を引き締める。必ず帰ると仲間と約束したし、主人と定めた人は王都で待っているだろう。一族のみんなのためにもここで終わるわけにはいかない。

 

「断層との境界に差し掛かります。お覚悟を……」

 

 ティオにも境界の存在がわかった。意を決してその中に飛び込む。

 

 

 そしてその先には……

 

 

 ”なんじゃ……これは……”

 

 そこにあったのは巨大な空間だった。まるで地上の大火山と公国を丸ごと収めてもなお余裕がある規模の地下空間。気温は一転して人間にとって快適な空間になり、ここならハジメ達でも無理なく過ごすことができるだろう。一つの要素を除いて……

 

「これは……すごい魔素(マナ)濃度です。このレベルの濃さは悪食に匹敵しますね」

 

 かつて苦戦した悪食が吐き出していた緑色の魔素に匹敵する地上とは桁違いの濃度の魔素がこの空間に満ちていた。

 

 ”もう少し調べてみぬと何もわからぬな”

 

 何しろ広い。この空間のどこかにティオを呼んでいた存在がいるのは間違いない。だがどこまでもだだっ広い空間が広がるのみ。せいぜい()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 ドクン

 

 

 

 

「よくぞ来た。我が眷属の末裔よ……」

 

 

 

 

 そこでティオは見た。

 

 

 壁だと思っていたものが割れ、中から覗くものを……

 

 

 それは……龍の眼だった。

 

 

 ”な……”

「ッ……」

 

 その瞬間、空間に巨大な魔力が荒れ狂いだした。空間に満ちた魔素はこの存在を前にひれ伏し、巨大な圧力となって周囲に広がっていく。

 それだけでも桁違いの圧力であることはわかるが、これはほんの一部でしかないことをティオは察していた。

 何しろ目の前に見える眼球一つで視界を見渡す限り全て埋め尽くすほどの巨大さ。この眼のサイズから想像したら、本体はどれだけ巨大なのか想像もつかない。

 

(ティオ……一応言っておきます。これと戦おうとは決して思わないでください。……これには……絶対勝てません)

(…………言われるまでもない)

 

 ティオはユナに言われるまでもなく、目の前の存在の危険度をユナ以上に認識していた。己の血に流れる記憶。それが全力で語り掛けているのだ。

 これは人にはどうすることもできない。神とは畏れ、敬うもの。これを前にしたらいかなる存在でも赤子に等しいのだと。

 

 

 そしてティオは思い出す。昔、まだティオが幼かったころ、ティオの祖父であるアドゥル・クラルスから聞いた龍神の伝説を。

 竜人族には信仰する神がいない。神エヒトの正体を知っているということも理由の一つではあるが、ティオの祖父の代より遥か昔の時代に信仰すべき神がいたということも理由としてあげられる。

 太古の時代に存在していた彼らの神。遥か昔に失われたせいで今の時代ではほとんど語り継がれてはいないが確かに存在していた超越存在。

 

 確かその名は……

 

「ふむ。どうやら驚かせてしもうたみたいだな。寝起き故かどうにも加減というものができぬ」

 

 龍の眼はティオの様子を見て怯えていると判断したのか、ティオの周りから威圧が消える。この行動から察するに、どうやら交戦の意志はないとわかる。

 

 だがそれもいつまで持つかわからない。相手はティオと意志の疎通を取ろうとしているのは明白だ。だからこちらもそれ相応の対応を取らなければならない。ティオは一度人型に戻り、空中にて膝をつく。

 

「失礼仕る。私の名はティオ。クラルス家の長であるアドゥル・クラルスの孫にあたる者。もしやあなた様は……紅の龍神、紅蓮様でいらっしゃいますか?」

 

 紅の龍神『紅蓮』。竜人族に伝わりし、全ての竜の始祖に当たる存在の名だ。かつて竜人族はこの存在を神として祀り上げていた。エヒトに滅ぼされたと言われるまでは。

 

「確かにそのような名で呼ばれたこともあったか……些細なことだ。好きに呼ぶがよい」

「では龍神様とお呼びさせていただきまする。して、この竜として未だ未熟の身である私にいかほどの用がおありになるのですか?」

 

 どうやらその巨体に反して意外と話が通じると判断したティオは、今回の騒動の核心に迫る。そもそもこの大火山には大迷宮攻略のために訪れただけであって言わばティオは偶然ここにいるに過ぎない。だからこそ、なぜこんなことになったのか知りたいと思うのは当然だった。

 

「用か……そうさな、特に用事はない」

「……」

 

 一瞬呆けた声を出しそうになって堪えるティオ。

 

「……最近地上が煩そうて目が覚めてしもうてな。軽く見回してみれば随分周辺は様変わりしていると来た。なら本格的に調べようと思うも我が軽く身を揺するだけでこの有様。さて困ったと思っておった時、たまたまそなたが目に入ってな。せっかく目が覚めたのだ。現代の情報を知るのと同時に話し相手にでもなって貰おうと思っただけだ」

「はぁ……」

 

 気の抜けた言葉を発してしまったティオは責められないだろう。あの大迷宮の魔物の怯えようと頻発する地震。それを踏まえて考えればまた大災害の脅威が地上に現れたと思うのは無理ないことだろう。それが、居眠りから目覚めて話し相手が欲しいという理由で呼んだと言われれば少しくらい気も抜けるというものだ。どうやら目の前の龍神はその巨体と同じくスケールが色々桁違いらしい。

 

「ふむ。そなたクラルスと名乗ったか。……思い出したぞ。確か我が眷属の中に、我が軽く痛めつけてやると、何やら光悦の表情を浮かべて喜んでおった者がそう名乗っておったな」

 

(…………)

(…………)

 

 ティオとミニユナの間に沈黙が走る

 

(……ティオ。あなたがその性癖を持っているのは……先祖返りだったのですね)

(ユナよ……これは妾とそなたの秘密にしてほしい。ご主人様達に知られたくはない)

 

 ミニユナの少し呆れた表情を前にティオは気まずそうな顔をする。

 

 まさかティオの変態が先祖からの遺伝だったということが判明した。龍神という超越者すらクラルスと言う名でそれを思い出すのだからできれば広めたくはない。

 

「そうか……我の眷属は未だに健在か。それは良いことを聞いた。それで、他の一族はどうしておるのだ?」

「それは……」

 

 既にクラルス族以外の竜人族は滅亡している事実をこの存在に告げてもいいのかティオは迷う。もしかしたらティオの言葉で何かとんでもない事態に発生しないとも限らないのだ。

 

「ああ、語らずともよい。少し見えてしもうたわ。そうか……もうすでに我が眷属は……そなたらだけか」

「!!」

 

 だがティオの悩みとは裏腹にどういう理屈かはわからないが、現状を把握したらしい。つまり知られたということだ。竜人族がもう……クラルス族しか残っていないことを。

 

「エヒト……確か異邦より現れた者達の長がそう名乗っておったな。以前出会った時、取るに足らんと見逃してやったのだがな……」

 

 

 ドクン

 

 

「殺しておいた方が……良かったのやもしれぬ」

 

 

 少しだけ、龍神から殺気が漏れた。

 

 

 たった、たったそれだけのことなのに……ティオの頭の中に走馬灯が過る。

 

 

 幼き頃の父と母の思い出。忘れられない国の崩壊と両親の死。それから調停者として世界を見守り続ける日々。そしてそして、忘れるはずもないお尻への衝撃と覚醒。

 

 

 それらの日々が一瞬にして頭を過り……

 

「ティオ!!」

「はっ!」

 

 ティオはミニユナにより正気に戻される。

 

「りゅりゅりゅ龍神様よッッ。そそそその言葉は大変心強いばかりではありますが、悪神の討伐は今を生きる我らの責務。心配せずとも我らの手で同胞の仇は必ず討ってみせますのじゃ」

 

 必死になってティオは龍神を鎮める。今怒りに任せてエヒトを殺すと言われて飛び出されたらかなわない。確かにエヒトは滅ぶだろう……トータスごと。

 

「……そうだな。いささか大人げなかったやもしれぬ」

 

 ティオの行動が実を結んだのか、龍神の気配が穏やかなものに戻り、内心冷や汗を流しながら安堵するティオ。

 

(ティオ……本当に気を付けてくださいッ。これが本気で暴れ出したら世界は終わりです!)

(わ、わかっておるのじゃ。くっ、何ということじゃ。このストレス。妾の痛覚変換でも変換しきれんじゃと!?)

 

 ミニユナの忠告を必死になって肝に銘じるティオ。ティオご自慢の痛覚変換技能もこの超常存在の前には通じないらしい。

 

「じゃがそなたのその力……いささか矮小にすぎる。あの小僧は人間にしては中々の力を持っておったと記憶している。それでは奴には敵うまい」

「うっ」

 

 ティオが痛いところを突かれて崩れ落ちそうになる。

 

 そうなのだ。各々仲間達は王都での戦いで己の力不足を痛感し、強くなるために行動している。もちろんティオとて行動していないわけではないのだが、いまいちぱっとしない。真・竜化も今のティオの魔力量では痛覚変換で相当魔力を溜めないと発動できない。

 

「ふむ。それなら……力を与えてやろう」

「は?」

 

 龍神の眼が光を放ち……ティオを貫いた。

 

「ッ!!?」

「ティオ!」

 

 気付いた時にはもう遅い。ミニユナが行動する前に、ティオは光の中へ消えていく。

 

「案ずるな。じきに終わる」

 

 ミニユナに対して言ったのか。それともティオに対して言ったのか。その言葉の先が判明する前にティオの変化が終わる。

 

 一見すると変化しているところはない。せいぜいティオの前髪の一部に赤いメッシュが入ったくらいだろう。だがその変化の真価は見た目ではない。

 

「これは……」

 

 ティオ自身驚愕しているのは身に纏う魔力の量が桁違いに上昇していることだった。

 

「ざっと百倍というところか。これでも我の力の切れ端みたいなものだがな。現状はこれで我慢するがよい。もしそなたがこれ以上の力を得たくば神龍化を習得してからになるだろう」

「いや、いやいやいや。ありがたい……と言えばありがたいのじゃが……こんなにあっさり……」

(……ティオの現在の魔力量は……約五十万。すさまじい強化ですが、当分は制御するのに苦労しそうですね)

 

 冷静にティオの状態を分析するミニユナ。仲間の強化はありがたいが、過ぎたる力は身を滅ぼす。ティオならよほどのことでない限り心配はないとは思うが、気を付けるに越したことはない。

 

「さて……それでは少し話でもするかの」

 

 そこからティオの戦いは始まった。話の内容としては大したことがない物ばかり。今地上にはどんな国があってどんな種族が住んでいるのか、今世界で流行っているものが何か、そして神エヒトについてなど。

 一体どこに龍神の逆鱗が潜んでいるのかわからないのでティオは普段より百倍くらい気を使いながら会話を行った。残念ながら今のティオのレベルでは龍神から与えられるストレスを快楽に変換する境地に達していないので久しぶりに胃の痛みを感じていた。……龍神の前で快楽を感じても問題だったかもしれないが。

 

 

 そして数時間後……

 

 

「ふむ、大体わかった。話している内に我も準備ができた。今日はもう行くがよい」

 

 ティオはやっと解放されるのかと内心ホッとすると身体が光に包まれた。それが地上への転移魔法だと気づいたティオがそっとミニユナに目配せする。

 

「ユナよ。このまま帰ってしまっても大丈夫じゃと思うか?」

「…………おそらく問題ないでしょう。龍神に敵意はありませんし。もっとも……」

 

 

 

 あなたの苦難がなくなるとは限りませんが。

 

 ユナはあえて口に出すことはなかった。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~

 

 ティオが無事に戻ってきた後、蓮弥達は特にアクシデントも無く、安定した大迷宮を無事に全員攻略することができた。

 

「これが……神代魔法。これを使いこなせるようになれば、恵里に会える……」

 

 特に戦闘に参加することがなかった鈴だったが、龍神による異変や地震、元より存在する大迷宮の試練が襲いかかる中、ただの一度も結界を解除しなかったことが評価されたようだ。グリューエン大迷宮のコンセプトとされる熱対策と集中力の両方を満たしていた鈴が攻略を認められるのは当然だが、攻略完了がわかった後、鈴は気を失ってしまった。そして現在、王都に帰ってきた鈴はようやく神代魔法を手に入れた実感を胸に、手に入れた神代魔法をどのように使うか早速考えているようだった。

 

「優花は早速今夜から空間魔法を交えた訓練ね。あなたの能力と組み合わせればもっとあなたの力は伸びると思うわ。もちろん私もね」

「つまりまた夢の中でスパルタ訓練が始まるわけね。やっと常に意識がある状態に慣れてきたって言うのに……まあ、いいけどさ」

 

 雫と優花も早速、夢の中での訓練メニューを考えているらしい。どうやら結構雫の指導はスパルタらしいが、人である以上必ず必要になる睡眠時間においても訓練に当てられるのであれば、あの練度も納得がいくというものだ。

 

 いつも通りたいして空間魔法を使用するつもりがない蓮弥は置いておき、問題になったのはやはり……

 

「おい、ティオ。お前……空間魔法を習得しに行っただけだよな……なのにどうしてそうなった?」

「…………妾にもわからぬ」

「ティオ……なんというか……すごい、エネルギッシュ」

「色々漲ってますねぇ……魔力駄々洩れですけど大丈夫ですぅ?」

 

 前髪の一部が紅くなったティオを前に、ハジメが顔を引きつらせ、ユエがティオのやる気満々の姿に戦慄し、シアはちょっとだけ心配する。

 彼らの反応も尤もだった。なぜならティオは現在、今までと桁違いの魔力を常時纏っており、それが周囲に駄々洩れなのだ。常時威圧のようなものも出しており、帰還する際に遭遇した魔物がティオを見ただけでビビって一目散に逃げていたのが印象的だった。蓮弥達は帰りが楽で助かったのだが。

 

「これは……すごいね。私も悪食の時に魔力が大幅に上がった時は少し制御に戸惑ったけど、ティオはそれ以上……慣れない内は私が魔力制御手伝おっか?」

「お願いするのじゃ」

 

 香織がティオの魔力を冷静に観察し、身体に害がないことを確認した後、補助を申し出る。それに対して、ティオは疲れた表情をして答えた。

 

 自他ともに認める真正のドMであるティオが憔悴する理由。それはティオの頭横辺りに浮かんでいる赤い球にあった。

 

『この程度の魔力も制御できぬとは……いささか現代に生きるものは貧弱すぎるぞ。我がまだ起きて活動しておった頃は、この程度の魔力持ちはそこそこおったものだがな』

 

 その赤い球が喋る。その声の主はティオとユナしか知らないはずの……龍神のものだった。

 

「あの……龍神様よ。今更聞くのもアレなのじゃが……なぜ、妾についてきておるのじゃ?」

『決まっておろう。目覚めてしもうた以上、あそこにおってもつまらぬからな。だが我が直接動けば今のこの世界に甚大な被害が出てしまうであろう。だからお主に魔力を与えた際、我の分身も一緒に付けておいたのだ。もっとも、そう頻繁に干渉できるかはわからぬがな』

 

 どうやらユナから聞いていた龍神とやらがティオについてきたらしい。常時赤い球にいるわけではないようだが、言ってみれば竜人族にとっての神様みたいな存在が常に側にいるわけだ。ティオは気の休まる暇もないだろう。

 

「まあどうでもいいか。どうせド変態のティオのことだ。その内慣れるだろ」

「大丈夫……ティオならやれる。だから任せた」

「あひん。お主等、ちょっとくらい手伝ってくれても良いではないかぁぁ。うう、こうなったら、本当に妾が進化するしかないのか」

「ティオさん。竜として進化するのはいいですけど、人としてこれ以上変態にならないでくださいね」

 

 ハジメとユエが無責任に大災害でもある龍神の扱いをティオに丸投げし、シアがティオが竜として進化する代わりに人として退化する危険性を訴える。

 

 

 ティオが龍神から与えられるストレスを快楽に変えられるようになった時、ティオは龍として進化することができる……かもしれない。

 

 

 

 

 

 

 おまけ

 もし紅蓮が百倍にしたのが魔力ではなく筋力だったら。

 

 

 ティオ「筋肉は友達、筋トレとは人生の喜び。大好物はプロテイン。見よ、妾の生まれ変わった姿を(筋肉むきむきのティオがボディービルダーのポーズ)

 

 ティオ「おっぱいなどという当たり判定が無駄に増えてなおかつ重くて邪魔で刃すら弾き返せぬものなど全て硬く、逞しい大胸筋へと変換した!! (きゅきゅと筋肉がうなる)」

 

 ユエ「ティ、ティオ……す、すごく……エネルギッシュ」

 ティオ「さあご主人様よ。今の妾ならいかなる攻撃にも耐えられよう。いまこそ更なる激しい痛みを所望するのじゃ!!」

 シア「そして変態は変わらないんですね……」

 

 ハジメ「(白目)」

 香織「ハジメ君? ちょ、ハジメ君!? 息が止まって……というか嘘ッ! 心臓が止まってる!!? ハジメ君!! 戻ってきてッ! 誰かメディ──ク!!」

 

 

 紅蓮「……なんだこやつら?」




つまり今回の話はこういうことです。

紅蓮「どれ、じいじ(ばあば)の話相手になってくれたお礼だ。些細じゃがお小遣いをあげよう」(´・ω・)つ【ティオのひゃくばいのまりょく】
ティオ「(呆然)」
紅蓮「それと携帯端末を渡しておく」(´・ω・)つ携帯端末(着信拒否不可)
紅蓮「それでたまに電話を掛けるからの。その時はまた話相手になっておくれ ←その気になれば鼻息だけでハイリヒ王国を跡形もなく消せる逆鱗の位置不明の龍神様」
ティオ「(白目)」

はい、そういうわけで実は大災害イベントではなくティオの強化イベントだったという話。

ティオは百倍の魔力(数値にすると約五十万)と龍神の意思が宿る龍珠を手に入れました。ただし平民がいきなり百億円とか渡されても上手く使えないように当分の間ティオも十分の一くらいしか使えない予定

鈴と優花も空間魔法を手に入れたのでその内活用していきたい。早ければハルツィナ大迷宮で力を発揮できるかも。

次回はようやく第六章直前の旅立ち前の話。第5.5章は残り二話でその後第六章を始めます。

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