ありふれた日常へ永劫破壊   作:シオウ

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帝国編終盤辺りまで書き進めたのでそろそろ更新再開します。

大災害とか出しといて今更感ありますが、今回も独自設定ありです。


第6章
兎の大隊


 眼下の八雲が流れるように後方へと消えていく。重なる雲の更に下には草原や雑木林、時折小さな村が見えるが、やはりあっと言う間に遥か後方へと置き去りにされてしまう。相当なスピードのはずなのに、魔導障壁とやらのおかげで風は驚く程心地良いそよ風だ。

 

(風が気持ちいい……まるで何かを語り掛けてくるみたい……なんちゃって)

 

 そんな気持ちの良い微風にトレードマークのポニーテールを泳がせながら、眼下の景色を眺めていた雫は、内心でちょっと詩人みたいなことを思っていた。もちろん口には出さない。自分のキャラじゃないことは承知の上だし、それでからかわれたくはない。

 

 

 雫は、手で日差しを遮りながら手すりに肘をかけ、物思いにふけるかのようにポツリと呟いた。

 

 

(……まさか、飛空艇なんてものまで建造しているなんてね。……もう、何でもありね)

 

 

 そう、雫が現在いる場所は、ハジメが作り出した飛空艇『フェルニル』の後部甲板の上なのである。

 それは王都にいる時から吉野真央と組んで開発したハジメの最高傑作。雫が聞いても半分も仕組みがわからなかったが、どうやら現代の航空機も顔負けの機能も多数搭載されているらしい。

 

 

 いくらこの世界がファンタジーワールドでも流石に行き過ぎではないかと雫は思う。少し考えれば飛空艇なんてものをただの高校生が作れるわけがないとわかってしまう。魔法とて万能ではないのだ。魔法には魔法なりの理屈や方程式が存在して、それに沿わないと発動すらしないというのは、どちらかと言えばこの世界の魔法が苦手な雫にだってわかる。

 

 どうやら昔、真央を含めた複数の仲間と何かをやっていたらしいがそれが何なのかはわからない。

 

(もしかしたら南雲君って……地球にいた頃からすごい人だったのかもね)

 

 学校ではいつも眠そうに授業を受けているイメージがあるが、よく考えると成績は優秀だったことを思い出した。雫達の通う高校は文武両道を目指す百年の歴史と伝統がある名門校だ。もちろんそれなりに学業とか生活態度にも厳しかった。それなのに授業態度が悪いハジメが見逃されていたのは学業成績が常に上位三十番以内に入っていたからかと雫は推察する。

 

(まあ、それも長くは続かなかったでしょうけど)

 

 雫達の学校は学年が上がれば上がるほど露骨に規律が厳しくなると剣道部の先輩に聞いたことがある。何でも人は先人の背を見て育つという『継承』という思想を教育理念にしているらしい。だから一年生のうちは学生の本分である学業さえこなしていれば、先生達は自己責任だと言って比較的穏便に対処してくれる。だがそれに甘えて成長を怠れば、上の学年に上がった途端、今までのやり方が通用しなくなり、苦労する生徒がよく現れるらしい。例えば一年まで赤点スレスレだった生徒が二年生になってから学年一位の優等生に必死に助けを求めるようになったとか。

 だからもし、あのままハジメが高校生活を続けていたら学業成績に関わらず授業態度だけで最悪停学、もしくは噂に聞いた高校生活最大の楽しみの一つである修学旅行の没収&地獄の補習もありえただろう。ちょっと残念めの担任教師の笑い声が聞こえてきそうだ。

 

(けどまあ、今の私達は修学旅行どころじゃないんだけど)

 

 思えば遠くまで来てしまったものだと雫はしみじみ思う。

 

「雫……ここにいたのか」

「蓮弥……」

 

 

 既に懐かしいと思い始めている学び舎のことを思い出していた雫に声がかけられた。雫がそちらに視線を向ければ、ちょうどハッチを開いて蓮弥が顔をのぞかせているところだった。蓮弥は、そのまま雫の隣に寄り添い、手すりに両腕を乗せると遠くの雲を眺め始める。

 

「風が気持ちいいな。まるで何かを語り掛けてくるみたいだ」

「ぶッ、げほ、げほっ」

 

 雫は思わず吹き出し、せき込んでしまう。蓮弥はそんな態度を見せる雫に怪訝な表情を見せる。

 

「なんだよ。言っとくけど、もうこのくらいで恥ずかしがったりしないからな」

「ごめんなさい。悪い意味じゃないの。実は私も同じ感想を持ってただけだから」

 

 自分が厨二病であることにある種開き直っている蓮弥は毅然としているが、まさか感想が被るとは思っていなかった雫は思わず吹き出してしまったのだ。

 

「そうなのか。……確か埼玉のお菓子だったか」

「そうなの?」

「知らずに言ってたのかよ」

「言ってないわよ。思ってただけ」

 

 実は元ネタがあったことを知らず、素でそれを言ってしまった雫は少し恥ずかしくなる。

 

「それで……いったい何の用なのよ。何か用事があるんでしょ」

「ああ、それなんだけどな。天之河がやる気になってるからどうやったら強くなれるのかみんなで考えてみようということになったんだ」

「意外とみんな暇なのね」

「ある程度座標を設定すれば自動操縦で行けるらしいからな。後は吉野が常に座席に座って監視しててくれてるのも大きい」

 

 

 蓮弥が言うように飛空艇『フェルニル』は今でこそ半自動操縦機能に土地の龍脈から魔力を吸い上げて駆動する魔力炉搭載というハイテク技術を取り入れているが、当初のハジメの予定では操縦から駆動まで全部人力でやる予定だった。だが後にそれがとんでもない無茶であるとわかったのだ。

 神代魔法は特に顕著だが、この世界の魔法は規模が大きくなればなるほど使用魔力量が上がる仕組みになっているのは旅をしている内にわかってきた。それも比例するように上がるのではなく指数関数的に増えていくため、普通の魔法や効果時間や構造が単純で規模が小さい魔法ならさほど影響はないが、神代魔法を始めとする大規模魔法を行使するとある地点から急激に魔力消費量が上がってしまう。ハジメがヒュベリオンやロッズ・フロム・ゴッドをそう簡単に使用できない理由でもある。

 それなら大結界などはどうしているのかハジメがリリアーナに聞くと、王都の大結界などは誰も仕組みはわからなかったが龍脈の魔力を使って維持していると伝えられているらしい。

 そして全長百二十メートルを超える超質量の物質を空間魔法や重力魔法を使って人力で動かそうと思ったら膨大な魔力を使用する計算になってしまう。おそらく今のハジメでも三十分動かすだけで魔力が底をつくだろう。

 ハジメ曰く、人力でこの世界を自由に旅したいならユナくらいの魔力量がなければ動かすこともままならないという。

 

 

 閑話休題(それはさておき)

 

 

 光輝の話題になった雫は少し感慨深いものを感じていた。香織からある程度何があったかは聞いていた雫だったが、ようやく幼馴染に成長の兆しが見えたことにうれしく思う。雫は旅が落ち着いたらメルドに菓子折り付きでお礼をすることを決めていた。気分は息子の成績を劇的に上げてくれた塾講師にお礼をする母親である。

 

「わかったわ。取り敢えず、中に戻りましょうか」

 

 二人は、一拍おいて頷き合うと急いで艦内へと戻っていった。

 

 ~~~~~~~~~~~

 

「さて、どうしたら天之河が強くなれるのか。考えてみようと思う」

 

 そう切り出した蓮弥は周囲を見るが、現状興味のある人間は少ない。龍太郎や香織や雫達幼馴染組や鈴は割と真剣に考えようとしている。同じく教師という立場である愛子も同様だ。だが反面ハジメ達はさほど興味がなさそうにしている。現状ハジメは初飛行ということで念のため座席についているし、そのためハジメとイチャイチャすることもできないユエなどがデッキのソファでぶらぶらしているくらいだ。後は各自の部屋で休んでいる。

 

「さて、強くなると言ってもどういう方向で伸ばしていくかだな」

「あのさ……そもそも天之河の今のステータスってどんなもんなの?」

「ああ、今の俺のステータスはこんな感じだ」

 

 優花の言葉を受けて、光輝がみんなに見えるような形でステータスを表示する。

 

 =====================

 天之河光輝 17歳 男 レベル:90

 天職:勇者

 筋力:2900

 体力:2900

 耐性:2900

 敏捷:2900

 魔力:2900

 魔耐:2900

 技能:全属性適正[+光属性効果上昇][+発動速度上昇]・全属性耐性[+光属性効果上昇]・物理耐性[+治癒力上昇][+衝撃緩和]・複合魔法・剣術・剛力・縮地・先読・高速魔力回復・気配感知・魔力感知・限界突破[+覇潰][+覇潰・羅刹]・魔力操作[+身体強化]・言語理解

 =====================

 

 

 技能自体はそれほど変わってはいない。全てのステータスが3000近くまで上がっているのと、魔力操作が増えていることくらいだ。

 

「なんというか……これじゃあ、どう鍛えれば強くなれるのかわからないよね」

「そうだな。谷口の言う通り。天之河の素質はゲームで言うなら万能型という名の上級者向けの構成になってるな」

 

 蓮弥がゲーム扱いしたことに一瞬眉を顰める光輝だったが、すぐに真面目な顔に戻る。だんだん感情を制御できつつある証だと蓮弥は捉え、気づかなかったふりをして話を進める。

 

「万能型と言えば聞こえはいいが、鍛え方を間違えると器用貧乏に終わってしまうリスクもある」

「そうね……それはこの世界のステータスより私の理屈で説明したほうがわかりやすいかも」

 

 龍太郎の疑問に答えるために、雫が両手で印を結び始める。蓮弥達は慣れてきたが、光輝達は雫の行動に少し驚く。

 

「雫……なんかそれカッコいいな」

「龍太郎うるさい。行くわよ……解法──”解析”」

 

 雫が印を結び終えると邯鄲が発動し、龍太郎に変化が起きる。

 

「ん……てッ、うおぉ! なんだこれ!?」

「龍太郎君……何か見えるの?」

「お、おう。なんかステータスっぽいものが見えるようになった」

 

 鈴が龍太郎に聞くが、どうやらステータスらしきものが見えるらしい。蓮弥には見えてないことから現在は龍太郎だけが影響しているようだった。

 

「これが私の使う邯鄲の夢風の龍太郎のステータスよ。みんなにも共有するわね」

 

 雫が印を追加すると、その視界が周囲に広がり、全員に見えるようになる。

 

 ~~~~~~~~~~~~

 坂上龍太郎       レベル:無し

 

 戟法(アタック)

 剛:■■■■■■■■■■ 10 ──(筋力)

 迅:■■■■■□□□□□ 05 ──(敏捷)

 楯法(ディフェンス)

 堅:■■■■■■■■■■ 10 ──(耐性)

 活:■■■■■■■□□□ 07 ──(体力)

 咒法(マジック)

 射:■□□□□□□□□□ 01 ──(単体魔法)

 散:■□□□□□□□□□ 01 ──(拡散魔法)

 解法(キャンセル)

 崩:■■□□□□□□□□ 02 ──(技能)

 透:■■□□□□□□□□ 02 ──(技能)

 創法(クリエイト)

 形:■■□□□□□□□□ 02 ──(技能)

 界:■□□□□□□□□□ 01 ──(技能)

 

 合計41

 ~~~~~~~~~~~

 

 蓮弥は雫の使う邯鄲の夢という術に詳しいわけではないが龍太郎のステータスはすごくわかりやすい。つまりこれは……

 

「完全な脳筋だよね」

 

 鈴がはっきりと感想を述べる。鈴の言うことに誰も反論しない。それくらいわかりやすくフィジカル面に特化されている構成だった。

 

「これはその人の持つポテンシャルを十段階評価したものだと思ってくれたらいいわ。つまり5が平均値ということね」

「なるほどな、これはわかりやすい。咒法、つまり魔法を鍛えても無駄だと誰でもわかる。これだけ偏っていると、とことん近接特化の脳筋仕様にするしかないな」

 

 蓮弥がもし龍太郎がゲームキャラだったらという例を出す。つまり現状今行っている訓練が龍太郎にとってベストだと言っているようなものだった。

 

「つまりこの通り偏っていると鍛える方向が一つしかないから考える必要がないのよ。そして……これが光輝のステータスね」

 

 再び印を結んで今度は光輝のステータスを表示する雫。

 

 ~~~~~~~~~~~~

 天之河光輝       レベル:無し

 

 戟法

 剛:■■■■■■■□□□ 07

 迅:■■■■■■■□□□ 07

 楯法

 堅:■■■■■■■□□□ 07

 活:■■■■■■■□□□ 07

 咒法

 射:■■■■■■■□□□ 07

 散:■■■■■■■□□□ 07

 解法

 崩:■■■■■■■□□□ 07

 透:■■■■■■■□□□ 07

 創法

 形:■■■■■■■□□□ 07

 界:■■■■■■■□□□ 07

 

 合計70

 ~~~~~~~~~~~

 

「これはまた……」

「すごくわかりやすいですね。通知表だとしたら見やすそう……」

 

 通知表がつけやすいという教師ならではの感想を持った愛子の言う通り、光輝の素質は龍太郎とは逆に非常に整っていた。

 

「全方位で優秀。まさに秀才タイプね。総合値を比較すると龍太郎より遥かに優れているのが一目でわかるけど……」

「反面特別秀でているところもない。ありとあらゆる可能性がある分、どの分野で伸ばしていくかで個性が出るキャラだな」

 

 雫や蓮弥のいう通り、光輝の資質は全方位に優れているためなんでもできる万能キャラだと思いがちで、実際序盤なら無双できるかもしれないが、無計画で鍛えると何も優れているところがない器用貧乏で終わる可能性がある。だが上手く鍛えればありとあらゆる場面で活躍できる可能性もある難しいステータスだ。

 

「だからこそ伸ばす方向性はよく考えないといけない。まあそれは天之河の希望もあるし、それはおいおい考えるとして……まずは地道な特訓からだな。特に魔力操作を鍛えれば鍛えるほど魔力は上がっていく。天之河のステータスなら比例して他のステータスも上がっていくだろうよ」

「あ、ああ」

「……何か気になるところでもあるか?」

「いや……なんというか……思ったより真面目に考えてくれるんだな」

 

 どうやら蓮弥が親身になって光輝の成長プランを考えているのが光輝にとっては意外らしい。

 

「単純にお前が強くなれば戦力が増えるかもしれないのと……あとは、まあ言っちゃあ何だがお前がまともになれば苦労も減るしな」

「くっ……」

 

 少し悔しそうな顔をする光輝だったが反論はない。少しは自分を見つめ直せるようになった証拠か。

 

「俺からはこんなものだが、ハジメは何かあるか」

「…………一つ錬成師として気になることはあるな。……聖剣のことだ」

「聖剣?」

 

 光輝が腰に差している聖剣の柄に手を触れる。それは出発の一日前にハジメにより完璧に修復され、依然と変わらぬ力を発揮できるようになっていた。

 

「その聖剣だがな。詳しく調査してみたんだが……正直天之河が考えている以上にとんでもない代物だぞ。何しろ今の俺と吉野じゃ解けないブラックボックスだらけときた」

「? でもハジメは直したんだよな?」

 

 蓮弥は疑問に思う。ハジメの言い方だとまるで仕組みがわからなかったように聞こえる。だが仕組みもわからないのにどうやって聖剣を修復したと言うのか。

 

「俺ができたのは聖剣のある機能を解放することだけだった。聖剣には……自己修復機能が備わっている」

「ッ!? そうなのか!? けどメルド団長からはそんなこと聞いてないし、実際直らなかったじゃないか」

「だからその機能を解放したんだよ。おそらくメルド団長含め、誰も知らなかったんだろうな。まあそんなわけでその機能を解放したら聖剣は勝手に修復されたわけだ。だが他にも眠ったまま動いてない機能がたくさん備わってる。だからもし、今の天之河が聖剣の機能を解放していくことができれば……ひょっとしたら化けるかもな」

 

 それだけ言うとハジメはモニターの監視に戻る。

 

「そうか……そうか」

 

 天之河は聖剣に触れる。いつも何気なく使っている相棒が思わぬ力を秘めていることに気付き、光輝にも強くなれる展望が見えたのかもしれない。そして蓮弥は聖剣について思ったことがある。

 

「なあユナ……ユナの霊的感応能力なら……聖剣の機能を解放できるんじゃないか」

 

 ユナの能力は触れた物の情報を手にすることができる。今までも大迷宮の仕組みを掌握するのに使用してきた技能だがここでもそれが有効かもしれない。

 

 ユナは早速、蓮弥が光輝から借りた聖剣に触れる。

 

「……この子はまだ眠っています。……中身はよくわかりませんが、どうやら所有者の成長に合わせて解放される仕組みになっているようです」

「所有者の成長……つまり天之河の成長に合わせて聖剣も強くなるということか」

 

 ある意味成長していなかった光輝は此処からが本当の始まりだ。ならこのまま努力を続ければ自然と解放されていくものなのかもしれない。

 

「一応私の能力で強引にこの子を起こすことは可能かもしれませんが……そのためにはまず私が彼のことを良く知る必要があります」

「ん?」

 

 ユナの言葉がキッカケで蓮弥は思い出す。

 

「そうか……ユナは何だかんだ天之河とはあんまり会う機会がなかったのか」

 

 ユナは魔力操作の訓練に参加していたメンバーとは既に顔を合わせており、その際、各自許可を取った上で霊的感応能力によりその魂の情報を読み取っている。中には訓練中にその読み取った情報によるアドバイスを受けた人も何人かいるくらいだが、その時光輝はメルドと共に別の場所で訓練していたので会う機会がなかったのだ。

 

「では光輝……でいいですよね。まずは手を……あなたが良ければ、私の能力であなたの魂の情報について把握することを許してください」

「えっ、あ、その……うん」

 

 手を差し出してくるユナに対して戸惑いを見せる光輝。いくら地球時代モテまくっていた光輝もユナレベルの美貌を持った女性と手を繋ぐ経験はなかったのだろう。どうやら少し緊張しているらしい。

 

 そしておそるおそる伸ばされた光輝の手をユナは触れようとして……

 

 

 突然鳴り響いた警報によって中断された。

 

「ッ!? ハジメ! これは何の警報だ?」

 

 場が緊張に包まれる。何しろここは空中だ。もしこの船に何かあれば逃げ場がない。そしてその警報を受けて早速真央とハジメは行動を行い始める。

 

「前方に特に異常はないわね。魔力反応も環境変数にも問題なし」

「だとしたら……おい、()()()()()……何があった?」

 

 ハジメが空中を仰ぎ見て虚空に向かって呟く。一瞬意味が分からなかった一同だが、その疑問はすぐに氷解することになる。

 

 

『報告:当機の真下の地上に活性化された魔力反応あり』

 

 その言葉と共に中央のスクリーンに地上の映像が映る。だがその前に……

 

「えっ、もしかしてこの船、しゃべるの!?」

「何言ってんだ谷口。いまどきスマホだってしゃべるんだ。だったら飛空艇がしゃべっても不思議じゃねーだろ。それでフェルニル。詳細は?」

 

 それはそうかもしれないけどさ、とぼやく鈴を他所にハジメは状況確認を進める。

 

『地上の様子から兎人族を人族が追っている模様。魔力レベルと当機の位置から当機への危険性は極めて低いが、既に帝国領に入っているにも関わらず、兎人族がここにいるのはいささか不自然』

『推奨:調査』

 

 そこでスクリーンに映し出された映像を覗き込めば確かに、水の流れていない狭い谷間を兎人族の女性が二人、後ろから迫る帝国兵を気にしながら逃げているようだった。追っている帝国兵のずっと後ろには大型の輸送馬車も数台有って、最初から追って来たというより、逃がしたのか、あるいは偶然見つけた兎人族を捕まえようとしているように見える。

 

「不味いじゃないか! 直ぐに助けに行かないと!」

 

 光輝がまずその正義感から助けようとする。ここは空の上だというのに今にも飛び出していきそうだ。その光輝の様子を見た蓮弥はスクリーンに映る映像を見て光輝に問いかける。

 

 

「どっちを?」

「どっちってそんなの決まってッ! …………兎人族の方を……じゃないのか?」

 

 勢い任せで言おうとして光輝が踏みとどまる。その様子を少し微笑ましそうに見ている雫。

 

「光輝、良く観察して……今の状況的に、何かおかしいところはないかしら?」

「…………」

 

 雫にそう言われてジッと地上の状況を観察する光輝。そしてしばらくして何かに気付いた。

 

「この兎人族達……必死に逃げてるのに……汗もかいてないし、息も乱れてない?」

「正解よ、光輝。ねぇシア。もしかして彼女達って」

「えーと、確かにこの二人は……」

 

 シアが言いにくそうに口籠っているあいだに状況が動き出す。

 

 倒れた兎人族の女を下卑た顔で追い詰めている帝国兵の首に矢が刺さったのだ。それに驚く暇もなく、その奇襲に動揺した他の帝国兵は目の前の刈られるだけの得物に過ぎないはずの兎人族の女の打って変わった見事なナイフ捌きにより一瞬で首を斬り飛ばされた。

 

「ッ…………」

 

 兎人族というものを良く知らない地球人達はスクリーン上で繰り広げられる兎人族による帝国兵の殺戮ショーを前に呆然としている。兎人族という種族を知ってるはずのリリアーナ姫や近衛騎士達は、兎人族が帝国兵を一方的に殺していくという有り得ない光景に、思わずシアを凝視する。

 

「間違いないです。あれはハウリア族……私の……家族ですぅ」

 

 その時のシアの表情は、以前とは全く違う凶悪な表情で首を刈っていく家族に対する微妙な感情が見え隠れしていた。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~

 

 そして、家族達が暴走してるんじゃないかと気が気ではないシアの要望を受け取ったハジメは一旦フェルニルを地上に下ろすことにした。

 兎人族達は突如降りてきた未確認飛行物体に警戒しているようだが、降りてきたのがシアとハジメだとわかると一人の少年が颯爽と駆け寄り、ハジメの手前で背筋を伸ばすと見事な敬礼をしてみせた。

 

「お久しぶりです、ボス! 再びお会いできる日を心待ちにしておりました! まさか、このようなものに乗って登場するとは改めて感服致しましたっ!」

「おう、お前達も相変わらずで何よりだ。それに……どうやら研鑽を怠らなかったようだな」

『恐縮でありますっ、Sir!!』

 

 どうやらハジメはかつて自分が鍛え上げた兎人族が腕を上げていることに満足なようだ。蓮弥は直接関わらなかったが、その乱れのない直立姿勢を取る彼らを見ると以前冗談半分で言った『兎の大隊(ハーゼ・バタリオン)』が完成しそうになってるじゃないかと内心思ってしまう。

 

 ハジメに褒められて涙ぐむ者もいる中、シアがやはり少し微妙な表情で前に出てきた少年に語り掛ける。

 

「えっと、みんな、久しぶりです! 元気そうでなによりですぅ。ところで、父様達はどこですか? パル君達だけですか? あと、なんでこんなところで、帝国兵なんて相手に……」

「落ち着いてくだせぇ、シアの姉御。一度に聞かれても答えられませんぜ? 取り敢えず、今、ここにいるのは俺達六人だけでさぁ。色々、事情があるんで、詳しい話は落ち着ける場所に行ってからにしやしょう。……それと、パル君ではなく『必滅のバルトフェルド』です。お間違いのないようお願いしやすぜ?」

「……え? いま、そこをツッコミます? っていうかまだそんな名前を……ラナさん達も注意して下さいよぉ」

 

 どうやら今度は頭痛がしてきたのか、シアがこめかみ辺りを弄りながらツッコミを入れる。そして年少者であるパルに注意するように年長者であるラナ達に呼び掛ける。

 

「……シア。ラナじゃないわ……『疾影のラナインフェリナ』よ」

「!? ラナさんッ!? 何を言って……」

 

 

 そして……そこから香ばしい名乗りが始まった。

 

「私は『空裂のミナステリア』!」

「俺は『幻武のヤオゼリアス』!」

「僕は『這斬のヨルガンダル』!」

「ふっ『霧雨のリキッドブレイク』だ」

「!!?」

 

 シアが呆気にとられる中、全員が凄まじいドヤ顔でそれぞれ決めポーズを取りながら挨拶していく。

 

 久しぶりに再会した家族が、ドヤ顔でポーズを決めながら二つ名を名乗ってきましたという状況に、口からエクトプラズムを吐き出しているシアの姿は実に哀れだった。

 そして被害はシアだけではなく、パルの方からハジメの方に流れ弾が飛ぶ。

 

 

「ちなみに、ボスは『紅き閃光の輪舞曲』と『白き爪牙の狂飆』ならどちらがいいですか?」

 

「……なに?」

 

「ボスの二つ名です。一族会議で丸十日の激論の末、どうにかこの二つまで絞り込みました。しかし、結局、どちらがいいか決着がつかず、一族の間で戦争を行っても引き分ける始末でして……こうなったらボスに再会したときに判断を委ねようということに。ちなみに俺は『紅き閃光の輪舞曲(ロンド)』派です」

「まて、なぜ最初から二つ名を持つことが前提になってる?」

「ボス、私は断然『白き爪牙の狂飆(きょうひょう)』です」

「いや、話を聞けよ。俺は……」

「何を言っているの疾影のラナインフェリナ。ボスにはどう考えても『紅き閃光の輪舞曲』が似合っているじゃない!」

「おい、こら、いい加減に……」

 

 どうやらこの兎人族達は敬愛するボスの二つ名を決めることに夢中でハジメの様子に気付いていない。蓮弥がハジメを哀れに思い、止めるために行動しようとするが。先に介入したのは遅れてフェルニルから降りてきた吉野真央だった。そしてサラッとカオスをぶち込む。

 

「あのさ、別にそんなことしなくても、あなた達のボスには既に破軍の奇禍(カオス・ディザスター)という立派な二つ名があるんだけど」

「ぶるぅああああああ!!」

 

 ハジメに向けてパルの流れ弾を超える特大の大砲が撃ち込まれた。そしてさらに真央の追撃は続く。

 

「あなた達……まあそれなりに香ばしい厨二病だけど、駄目ね。全然なってないわ。今のあなた達は正直、全盛期(笑)だった頃の南雲の足元にも及んでいない。空裂? 幻武? 疾影? 要は既存のカッコいい言葉を組み合わせているだけでしょ。いい、覚えておきなさい。真の厨二病はかっこいい言葉を作るのではなくて……かっこいい文字を作るのよ」

 

 そして真央が空中に魔素を使って何やら文字を書いていく。それは全部で二十六文字あり、蓮弥が知る限り見たこともない文字だった。

 

「さあ、よく見なさい。これこそ、破軍の奇禍(カオス・ディザスター)こと南雲ハジメが十四歳の時に一文字一文字自らデザインして作り上げた、暗黒魔神ゾアメルアクターの呪いをパージンしてコクーンしつつも、十二の頭を持つ八つ頭の聖龍のクリスタルパレスを継承した前世を持つ聖龍騎士『破軍の奇禍(カオス・ディザスター)』にしか使えないという設定の暗黒文字『混沌聖二十六文字(カオスホーリーワード)』よ!!」

「やめろやめろやめろやめろぉぉぉぉ──ッッ!! うわぁぁぁぁぁぁ──ッッ!!」

 

 ハジメがその文字を公開されたことで転がって海老ぞりになりながら悶え苦しむ。

 

「えっ、えーと、パージン? コクーン? ……えっ、どういう意味?」

「十二の頭に……八つ頭? えっ、えっ? どっちなの?」

「聖龍騎士なのに……暗黒文字?」

 

 どうやらそのあまりのカオスっぷりにハウリア達ですら理解できず、少し考え込んでいるらしい。

 

 しばらく悶え苦しんでいたハジメだったが、ようやく立ち直ったかと思ったら危険な気配を出し始める。

 

「吉野ぉぉぉぉ、てめぇ、なんの権利があってそんな非道を働くんだ、ああ? てめぇあんまり調子に乗ってると……」

「権利? そんなの……()()()()()()()()()()()()()()

「あん? お前一体何を言って……」

「……忘れたとは言わさないわよ」

 

 

 ~~~~~~~~~~~

 

 ~~三年前~~

 

 とある集団のとある日のボイスチャットにて。

 

 電子の女帝(以後女帝)『あのさ、リーダー。その……相変わらず絶好調なのはいいんだけどさ。……後で後悔しない?』

 

 破軍の奇禍(カオス・ディザスター)(以後カオス)『HAHAHA、何を言ってるんだいセニョリータ♪ 。この偉大なる僕様が後悔するわけないじゃないか』

 

 サウザンドスカイ(以後TS)『くくく、みんな最初はそう言うんだよ』

 

 カオス『ああ、ひょっとして後になって黒歴史だのなんだの言って悶えているようなソウルが足りないやつらのことかい? はっ、笑止千万恐悦至極。そんな前世でパレスを置いてきたような奴らと僕が同列なわけないじゃないか』

 

 さすおに『いや、俺はそろそろやめておいたほうがいいと思うんだが』

 

 9S『同感です。なんというか……』

 

 BB『まぁまぁwww いいじゃないですかぁ。それでそれでww』

 

 カオス『なんならここにいる僕の同士たちに宣言しようじゃないか。ここにいるメンバーにはいつでもどこでも僕の正体を僕に語る権利を与えると。そして見るがいい!! 慄くがいい!! 黒歴史だのなんだの言ってる連中とは格の違う、何を言われても毅然とした態度を崩さないパ──フェクツな僕様の姿を!! HAHAHAHAHAHAー!!』

 

 BB『キタ━━━(゚∀゚)━━━!!! 今日一番のセリフいただきましたぁww。例によってこの会話はフォトニック純結晶製記憶媒体で全て記録されてるので数万年経っても消えませ──んww ぷーくすくすww』

 

 LEW『これは……フヒヒ、過去の中でもトップクラスのベストカオス賞候補……何度見てもたまりませんなwww』

 

 TS『これは……百億パーセント黒歴史確定だな』

 

 9S『後でどうなっても僕は知りませんよ』

 

 さすおに『上に同じだ』

 

 カオス『やばい……』

 

 女帝『なに、流石に前言撤回したくなって……』

 

 カオス『俺今……最高にかっこよくね(震え声)』

 

 カオス以外全員『wwwww』

 

 ~~~~~~~~~

 

 ~~三年後~~

 

「って言ってたじゃない。いや──、あの時期は本当に、ぶふっ、ほぼ毎日お腹が捩れるほど笑わせてもらったわww」

 

 そんな正当な権利を主張する真央の言い分に……

 

「はは、ははは、はははは……そうだ、腹を切ろう」

 

 突然笑い出した後、急に真顔になったハジメが腹を出しつつ鋭く光るナイフを宝物庫から取り出した。

 

「ッ!? ハジメ、待て! ぶふっ、早まるな!!」

 

 思わず蓮弥も釣られて吹き出しながら、本気で腹を切ろうとするハジメを必死に止める。ちなみに雫達も隠れて爆笑していた。

 

「離せぇぇぇぇ!! 頼む。死なせてくれぇぇぇぇ!! ちくしょうぅぅぅぅ!! 俺の……過去の俺のバカやろうぅぅぅぅ!!」

 

 ハジメは過去の己の業に苦しみ。

 

「くっ、流石はボスだわ。私達とは次元も格も違う。私達はまだまだということね」

「もっと精進しないと……ボスのいる頂は……あまりに遠い!」

「すげぇ、すげぇっすボス! 今の俺にはレベルが高すぎて理解できませんでしたが、ボスの熱いソウルだけは伝わってきたっス。感動しました。マジリスペクトっス!」

 

 ハウリア達が自分達のボスの次元違いの強さを目の当たりにしたことで改めて高すぎる頂を見定め……

 

「あの……えーと。誰か私の話を聞いてくれませんか?」

 

 長老の孫娘である森人族アルテナ・ハイピストはこのカオス空間についてこれず困惑していた。




>世界観について

本作はありふれ原作と違ってある女神が世界を掌握し、法則を流出しているがゆえに、あらゆる概念が大きくて重くなっています。
それゆえに世界の理を捻じ曲げようとすればするほどかかる魔力量が劇的に上がるという設定。例を出すならハジメが現状のやり方でヒュベリオンを一回使うために使用するMPは一万くらい。逆に普通の魔法のように世界の理に沿った力は原作とほぼ変わらない。
その分宇宙全体のエネルギー量が増しており、個人レベルで魂の力の存在もあって魔力量がインフレしやすいので一応つり合いは取れている。
簡単に言うとありふれ原作と比較して燃料の量が桁違いに多くて燃料を燃やした際に生まれるエネルギーも桁違いに大きいけど燃費が桁違いに悪いみたいなイメージ。省エネ? 何それ美味しいの?

ぶっちゃけ原作ありふれ世界が燃費良すぎてやばいから追加した設定。原作はフェルニルのような巨大建造物を光輝十五人分くらいの魔力量しかないハジメが人力で持ち上げても補給無しで数千㎞の移動が可能でエベレスト壊すほどの巨大隕石召喚を行ってもたいして疲れない世界ですので。

>風が語り掛けます
日常ネタ。作者は日常でこのお菓子の存在を知りました。

>フェルニル
中の人はニーア・オートマタのポット153みたいなイメージ。ポット042だとマッキーパンチやマッキースマイルするのでNG

>はじめサン
元ネタはセブンスのらいえるサン。先祖ポジが創世神メンバーでたまに発作を起こして最高にかっこいい(笑)はじめサンを全員で楽しんでました。ハジメにとっては思わず自殺したくなる究極の黒歴史の一つ。ちなみにはじめサンは全ハウリアの憧れ。


次回、帝都到着。全く懲りないハジメ。

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