ありふれた日常へ永劫破壊   作:シオウ

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お知らせです。

三話前の『飛空艇フェルニル』の話で隠れている人物がいます。ネット小説ならではの隠し方をしているのでPCから見てる人は文章ドラッグを。スマホから見てる人は全文コピーしてメモ帳に貼り付けるとわかるかと思います。

なぜ今更言うのかというと前前話の前書きに書こうとして忘れ、前話の前書きに書こうとして忘れたからです。流石だぜ。


ヘルシャー帝国

 兎人族ハウリアと合流した蓮弥達は、彼らと帝国兵に囚われていた亜人族の集団を保護し、フェルニルにてフェアベルゲンに運んで奴隷にされかけた人達を無事に故郷に返還した。

 

 

 まさか帰ってくるとは思わなかった家族との再会に亜人族達が喜びを露わにしていたのが印象的だったが、一部がそれを成したのが蓮弥達であることを知り、微妙な表情になっていた。どうやら以前ここに蓮弥達が訪れた時のことを思い出したらしい。

 

 

 そしてフェアベルゲンにて少し落ち着いた後、ハウリア達にこれまでのいきさつを聞いていた。

 

 

 蓮弥達が魔人族の王都襲撃を受けていたほぼ同時期にフェアベルゲンにも魔人族の襲撃があったこと。

 フェアベルゲンの霧対策を行っていた魔人族によって亜人族は追放したはずのハウリアに救援を要請するほど追い詰められたこと。

 ハウリア達お得意のゲリラ戦が見事に嵌り、かろうじて魔人族の襲撃を躱すことができたこと。

 そしてしばらくしたら今度は帝国がフェアベルゲンを襲撃し、多くの亜人族が攫われたこと。

 その際の帝国兵の話を盗み聞きしていたハウリア達は、帝国も魔人族の襲撃の被害を受け、その復興のための人員の補給のために亜人族の奴隷が必要だったことを知り、流石に同胞である兎人族を見捨てることができず、先行してカムが帝国に潜入したが連絡が途絶えたこと。

 

 

 

「なるほどな……お前達も大変だったんだな……ところでパル」

「バルドフェルドですぜ、蓮弥の兄貴」

「……バルドフェルドに質問何だが……お前達大災害の被害は受けなかったのか? 黒い魔物に襲われたりとかは?」

 

 ハウリア達のことを聞いていた蓮弥は話に大災害レギオンについての話題がなかったことに気付いた。王都にいてもその被害は世界中に及ぶのは聞こえてきたのだ。都合よくフェアベルゲンだけ無事ということはないはず。

 

 そう思って聞いたのだが、パルの代わりに答えたラナが怪訝な表情をする。

 

「確かに黒い魔物はちらほら見かけるようになったけど、森には大した被害は出てなかったと思うわ」

「そうか……」

 

 これは偶然か。それとも何か理由があるのか。考えても情報が足りないので一先ず後回しにすることにする。そして今、考えなければならないことと言えば……

 

「じゃあ、俺達も帝国に向かうぞ」

「ッ! ハジメさん!」

 

 家族が行方不明になったと聞いて不安そうな顔をしていたシアが、フェルニルから降りてきたハジメに駆け寄る。

 

「もう動いて大丈夫なんですかッ? まだ安静にしてた方がいいんじゃ……」

「いや、もう問題ない。香織の魔法が効いたみたいだ。心配をかけたな」

「本当ですよぉ。父様も大変なのにハジメさんにまで何かあったら私……」

 

 シアの心配する声にハジメがもう大丈夫だと気丈に振る舞う。そしてそれを冷たい目で見るユエ……

 

「大げさすぎ……ハジメは厨二病で倒れてただけ……」

「それはそうなんじゃが、意外にドライな反応じゃの、ユエよ」

「私はハジメが厨二病を発症したら……極力関わらないようにしてるから」

 

 ユエがなぜこんな遠い目をしながらハジメを見ている理由についてはオルクス大迷宮深奥の隠れ家での出来事まで遡る。

 

 

 

『どうだユエ。これが俺の新装備、男の夢──ロケットパンチだ!』

 

 キッカケはオルクス大迷宮のオスカーの工房にてオスカーの研究日誌をハジメが見つけたことだった。

 その研究日誌に書かれていたオスカーの情熱にあふれた構想とそれが叶えられない自らの無力と神への怒り、そしてこれを見つけた者に後を託すという言葉がハジメの意思に火をつけたのだ。

 

 それから試行錯誤の末、作り上げたロケットパンチの素晴らしさをユエにわかってもらおうとハジメは自信満々に見せたのだが……

 

 

『? …………これだけ?』

 

 ユエが返した感想はそんなそっけない物だった。ユエはハジメのレールガンより威力が弱い上に、戦闘中に左腕を無くすというデメリットがあることをマジレスしたのだ。

 

 それからハジメの挑戦は続くがユエはいまいち理解できない。

 

 ヒートナックルという燃える左手に関しては何の意味があるのかわからないと言い放ち、ハジメを凹ませていく。

 

 

 そう、このままこのやり取りを二人で続けていればいずれハジメが折れていてこの話は終わりだったのかもしれない。

 

 

 そう、二人だけだったらの話である。

 

 

『ハジメ……そっちのロケットパンチなんだけどな。空間転移で一瞬で呼び戻せるようにしたら隙を減らせるんじゃないか。ユナの使う聖術という魔法みたいなものに空間転移ができるような物があるんだが……それか某岩男みたいに断面からビームを出せるようにするとか』

『なるほどな! となるとあれを応用すれば……』

 

 

『光る拳……すごくカッコいいと思います。それに……何となくですが、光る拳を振るう人とは縁があったような気がするので……なんだか懐かしい気分になりますね。ところでハジメ。私の使う聖術にはこんな術もあるみたいなのですが……』

『そうか、そんな考えもあるか……まさかユナから意見を貰えるとは思わなかった』

 

 

『やっぱりドリルはいいよな。男の浪漫の代表だろ。単独で使っても良し、ロケットパンチに組み合わせてもいいしな』

『そうか……やっぱりそうだよな! 実は他にも丸太というか杭を使った武器も構想しててだな……』

 

 蓮弥とユナの支持を受け、すっかり自信を取り戻したハジメが蓮弥とユナ相手に楽しそうに話をしているのを見ていることしかできないユエ。

 ユエからしたら女王時代に培った兵法を鑑みて戦術的な話をしていただけなのに、気が付けばユエはオスカーの隠れ家で民主主義という名の数の暴力の理不尽を受け、マイノリティ……というより仲間外れにされていた。

 人というのは集団心理というものの影響を受ける。例えばAとBという二つの選択肢があったとして、誰がどう考えてもAが正解のはずなのに、自分以外が全員Bを選ぶと、たった一人Aを選んだ人間はだんだん不安になってくるのである。

 ハジメや蓮弥はおろか、同性のユナまであたりまえのように話に参加できていることもあり、一人だけハジメの考えを理解できないユエはだんだん焦り始めたのだ。そして止めを刺したのが……

 

『あー、別に無理して理解しようとしなくてもいいと思うぞ。これは一種の厨二病……14歳特有の現象だから、ある意味大人には縁のない話だしな』

『14歳……若者……ッ! ジェネレーションギャップ!!? 私おばあちゃん!?』

 

 蓮弥の言葉に膝をつくユエ。ユエは思い出してしまったのだ。今の時代がユエが生きていた頃から三百年という年月が経過しているという事実を。

 

 三百年という年月は吸血鬼にとっても決して短いとは言えない。通常の吸血鬼の寿命は約二百年と言われており、それを考えれば世代交代が完全に完了する時間でもある。増してや吸血鬼より寿命が短い人族ならもはや三百年前は単なる過去ではなく歴史と言ってもいい。地球日本で言うなら江戸時代から現代に移り変わるくらいの長い年月。それだけの月日が流れれば価値観など幾度も変わるだろう。

 

 それに気づいてしまったユエは思う。もしかして一見意味がないように見えるハジメ達の発想こそが現代の主流かつ常識的な考えであり、ユエの考えこそが古臭い、時代遅れの骨董品に等しいものではないのかと。

 

 それからユエは必死に理解しようとするが全然理解できず三人についていけないと悩む日々が続いた。そして最終的にはハジメが厨二的なものに没頭している間はできるだけ関わらないようにすることで精神的均衡を守ったのである。自分にはついていけない世界だと判断した上での決断だった。

 そして少なからず恋人であるハジメとの時間を厨二というユエの理解できない趣味で奪っていく蓮弥に対して、ユエの態度が少し冷たくなったことは余談だった。

 

 

 閑話休題(それはさておき)

 

 

 大迷宮攻略前に帝国へ行くことを宣言したハジメに対してシアは遠慮がちな態度を取る。

 

「いいんですか……大迷宮を後回しにして」

「だってシアは気になるんだろ。カム達のことが……」

「っ……それは……その……でも……」

 

 

 ハジメに図星を突かれて口籠るシア。

 

 ハジメ達の旅の目的はあくまで大迷宮攻略にあり、カム達の事情は関係ない以上、シアとしてはわざわざ面倒事が待っていそうな帝都に入ってまでカム達の行方を探して欲しい等とは言えなかった。まして、カム達は連れ去られたというわけではなく、自分達から向かったのだ。ある意味自業自得とも言えなくもない状況だった。

 

「あのな。シアには俺が大切な仲間の家族をあっさり見捨てるような奴に見えてたのかよ。流石に心外だぞ。それに俺個人にしても見ず知らずの他人ならともかく、一応カム達のことは知らない仲じゃないしな。お前達も反対意見なんてないんだろ」

「もちろん」

「異議なしじゃ」

「そうね。帝国の行動はちょっと目に余るところもあるし」

 

 ユエやティオはすぐに賛同し、雫は帝国の動向がちょっと気になるらしい。そして香織はシアに近づいて頭を撫でてあげる。

 

「大丈夫だよ、シア。例えシアのお父さん達がどんな怪我をしてたって必ず治してあげるからね……」

「香織さん……」

 

 よしよしと香織に頭を撫でられ、シアの顔から笑顔が戻ってくる。そしてハジメに自分の本心を打ち明けるため、いつもと違う間延びしない真剣な声で言い放った。

 

「ハジメさん……私、父様達がもし捕まっているなら……助けたいですッ。だから寄り道かもしれませんけど……力を貸してください!」

「あたりまえだ」

 

 シアの懇願をハジメは即断した。

 

 確かにハジメにとって特別なのはユエだけなのかもしれない。だがもうハジメにとってシアの存在も決して軽いものではないのだ。

 それがわかった蓮弥は、フェルニルの発進準備を進めていた真央にハッチを開けてもらい、先に中に入って帝国での立ち回りについて考え始めたのだった。

 

 

 ~~~~~~~~~~

 

 ヘルシャ―帝国。

 

 トータスの人族領域における大国と言ってもいいその国は、昔の魔人族との大きな戦争で活躍した傭兵団が設立した新興の国であり、実力至上主義を掲げる軍事国家だ。その特徴は帝都民の多くが戦いを生業としていることであり、定住する民はよく言えば豪気、悪く言えば粗野な者達ばかりだ。基本的に利益や快楽、剥き出しの欲望が肯定される傾向にあるがゆえに国自体は非常に活気があるが、その反面、弱者は全てを奪われアンダーグラウンドに隠れ潜むように生きていくしかないという強弱によって貧富がきっちり分かれる国ともいえる。

 逆に言えば身分に関係なく強ければ人生一発逆転も狙える。大陸最大規模の闘技場の大会で優勝でもすれば一攫千金も夢ではない。

 

 つまりこの国にいるのは基本的に腕自慢かつ野心に溢れた人物ばかりになるので必然的に……

 

「おい、兄ちゃん達。随分いい女共を連れてるじゃねーか」

「お前達みたいなガキにはもったいないから、全員俺達が貰ってやるよ。ま、飽きたらその内返してやるさ」

「その頃には壊れてるかもしれないけどな。ひひひ」

 

 こういう世紀末に出てくるようなチンピラが大量に出没するのである。

 

 蓮弥は思わずため息を吐きたくなった。入国手続きをしていた段階で女性陣を品定めする視線を感じていたので悪意に敏感なユナには聖遺物に戻って貰っているが、他はそうはいかない。愛子や鈴は委縮しているが、雫や優花などの気の強い女性達は露骨に嫌悪感を示していた。ちなみにフェルニルの管理のために真央は待機している。

 

「おいおい。ここには誰彼構わず噛みつく躾のなってない狂犬が放し飼いにされているのか?」

 

 そこで当然のようにハジメが前に出る。

 

 血が流れる。

 

 此処にいる全員がそれを予知し身構える。

 

「ああ!? なんだとてめぇ」

「もう一度言ってみろや! ああん?」

「特別大サービスで半殺しで許してやるよ」

 

 ハジメの挑発にのるチンピラ達。それを見たハジメが手で眼帯を外し、微妙にポーズを取りながら男達を見据え……

 

「そんなお前達に南雲ハジメが命じる……お前達は……『犬になれ!』」

 

 男達に命令を下し、ハジメの目から赤い光が飛び出した。しばらく沈黙が周囲に満ちる。そしてぼーっとしていた男達は突然地面に屈み始めた。

 

「……わんわん」

「くぅんくぅん」

「はっはっはっ」

「これで良し。さて入るぞお前ら……」

 

 突如犬の真似を始めた男達を素通りし、ハジメがさっさと先に進んでしまう。そして犬の真似を続ける男達を横目にハジメについて行く蓮弥達。

 

「なぁ、ハジメ。お前……いったい何をしたんだ?」

 

 蓮弥としてはてっきりもっと単純にぶっ飛ばして解決すると思っていたのだ。だが実際はハジメの言葉通り犬になった男達が残るばかり。その疑問にハジメが眼帯を戻しながら答える。

 

「蓮弥……俺は学んだんだ。むやみに暴力を振るっていたら……いつか思わぬしっぺ返しを受けるということをな」

「お、おう。そうだな」

「そこで平和的解決を行うために右目の魔眼石を改造して作った新アーティファクト『制約眼(ギアスアイ)』の出番だ。要は魂魄魔法を利用した催眠術をかけられると思ってくれたらいい。残念ながら永続するような強力なものはかけられないんだけどな」

 

 どうやら本当にかつて気軽にスマッシュしたことで筋肉の化物を生み出したことを反省したらしい。確かに永続しないのであれば平和的解決になるのかもしれない。

 

 

 そしてそこからハジメの活動は始まった。

 

「へへへ。随分綺麗な兎人族の奴隷を連れてるな。俺にも味見させろや」

「そんなにウサギが好きなら『野良ウサギの真似でもしてろ』」

「キィッ、カッカッカッ、フス──ッ、フス──ッ」

「ええ……ウサギってあんな鳴き方するんだ……」

「この人、中々上手いですぅ。本当に野良ウサギ好きなんですかね?」

 

 ある時にはシア目当ての男に野ウサギの真似をさせ……

 

「へへへ、金髪ロリータとか最高かよ。俺によこしな」

「とりあえず、『奇声を上げながら全裸ダッシュ』な」

 

 ユエに声をかける男を全裸ダッシュさせ……

 

「おい、町で妙なことをしてるのはお前だな。とりあえず詰め所まで来てもらおうか」

「『俺達を全力で見逃せ!』」

 

 兵士に全力で見逃させたりした。

 

 

 しばらくそうやっていたのだが、ユエ達目当てに声をかける人間が多すぎてめんどくさくなったハジメが……

 

『腹筋』

『背筋』

『スクワット』

『1から数えて3の倍数の時と3の付く数字の時にアホになれ』

『とりあえずクルクルパーになってろ』

 

 と大雑把(?)な命令を下しまくるのでハジメ達が通った場所は奇人変人変態の巣窟と化していた。

 

 

 ~~~~~~~~~~

 

「お疲れさん。よく手を出さずに頑張ったな」

「本当にな。つーかこの国は馬鹿しかいないのか。もうそろそろ俺達がただ者じゃないことくらい察してもいいだろ、普通」

 

 ハジメが極めて平和的──なお、通りすがった道は奇人変人変態だらけだが──に解決しているが一向に止む気配がない。

 

「これはもういっそ殴った方が速かったんじゃねぇか」

「まぁ、軍事国家じゃからなぁ。軍備が充実しているどころか、住民でさえ、その多くが戦闘者なんじゃ。血気盛んな者が多いんじゃろ」

「うん、私もあんまり肌に合わないかな。……ある意味、召喚された場所が王都でよかったよ」

 

 鈴の言葉に女性陣が同意する。例え強者であったとしても女性には余り好かれない国なのかもしれない。特に、シアにとっては……

 

「シア……闘気が漏れてるよ。リラックスして」

「ふにゃぁぁぁぁ。あ、ありがとうございます、香織さん」

「ふふ、どういたしまして」

 

 シアが平然と奴隷として売られている亜人族を見て闘気を漏らす。それを見た香織がシアの首に手を添えて少しだけ魔力を流した。残念ながら蓮弥は体験したことはないが、香織の魔力式マッサージはとても気持ちいいらしい。立ったまま行う簡易式でも効果があったのかシアが蕩け兎になる。

 

「……許せないな。同じ人なのに……どうして帝国は奴隷なんかを……」

「……おそらく亜人族を人扱いしてないんだろうな。人なんて所詮、肌の色が違うだけで人種差別を行う生き物なんだ。なら見た目が違う上に、宗教上で否定されてるなら歯止めなんてかからないだろうな」

「それは……そうかもしれないけど……」

 

光輝はやっぱり納得いっていないのだろう。声からそれは伝わってくる。

 

「それに……今となっては王国も裏ではどうかわからないしな。覚えてるか。雫が怪我をする原因になった亜人族の子供を」

 

 魔人族襲撃、その最終局面にて雫は建物の地下から出てきた亜人族の子供を庇って負傷している。レギオン事件が終わった後、リリアーナが調査した結果、件の子供は王国に住む聖教教会の上層部の一人が秘密で奴隷にしていたらしいことが判明した。その時には蓮弥がフレイヤ戦の余波で教会の人間を殺した後だったから追及することもできなかったが、教会の闇が見えた瞬間だった。そしてその亜人族の子供はリリアーナと一緒にゲストとしてフェルニルに同乗し、無事フェアベルゲンに送り届けたのだ。

 

 

 自分達が住んでいた王国にも亜人族を奴隷扱いするものがいたと言う事実に、空気が重くなってしまう。

 このままだと空気が悪くなる一方だと思ったのか、場を軽くするために、香織が少々爆弾を落とした。

 

「そう言えば、雫ちゃんって皇帝陛下に求婚されてたよね?」

「!? ほぉ~」

 

 香織の発言を受けてユエ達が雫を見た後、蓮弥に視線を移してくる。蓮弥も初耳だったので気にならないと言えば嘘になるが、その前に雫の反応が変だった。

 

「………………ああ、そんなこともあったわね」

「雫ちゃん……ひょっとして忘れてた?」

「相手皇帝陛下だったのに?」

「しょうがないじゃない。あの頃の私はそれどころじゃなかったんだから。微塵も興味ないし」

 

 雫の言葉はきっぱりした物だった。だがそのきっぱりした反応がつまらなかったのかユエが今度は蓮弥に声をかける。

 

「蓮弥はどう思う?」

「雫は断ったんだろ。ならそれで話は終わりだな」

「……つまらない」

 

 ユエが蓮弥の反応を興味深々に観察していたが、蓮弥から特に答えることなんてない。何しろ蓮弥からしたら皇帝の顔も知らないのだ。反応しようがない。

 

 

「そんなどうでもいい事より、南雲君。具体的に何処に向かっているの?」

「ん~? 取り敢えず冒険者ギルドだな。金ランクを利用すれば大抵の情報は聞き出せる」

「……南雲君は彼等が捕まっていると考えているの?」

「それはわからない。捕まって奴隷に堕とされている可能性もあるし、何処かに潜伏している可能性もある。帝都の警備は厳戒態勢とまではいかないが異常なレベルだろ? 入ったのはいいが出られなくなったってこともあるだろうしな……」

 

 ハジメの言う通り、帝国は中々の警備だった。どうやら王国が魔人族やら大災害やらの対処をしている間に帝国にも色々あったようだ。

 

「けど大災害の被害はほとんどなかったみたいだな。もしレギオンの一体でもここに来てたら確実に被害はこんなものじゃすまないからな」

 

 大災害が来れば並みの相手では戦うことすらできない。そう言う意味では王国に集中させることで世界全体の被害を抑えようとする蓮弥達のたくらみは中々上手くいったらしい。

 

 そういうわけで蓮弥達はこの街のギルドに訪れていた。

 

~~~~~~~~~~

 

「……わかった、わかった。お前は客だ」

 

 そこにいたギルド備え付けのバーのマスターは両手を上げて降参の意を示すと苦笑いを浮かべた。

 

 この短い間に何があったか説明するとしたら、ハジメが厨二病を発揮したと言うところだろう。

 行方不明のハウリア族に関する情報を買いたいというハジメに対し、ガキに情報は売らないと情報屋兼バーのマスターが主張した為、ハジメはアルコール度数百%に近い酒を一気飲みすることで大人だと認めさせたのだ。

 

「……これすごい匂いね。……南雲君、よくこんなの一気飲みして平気ね」

「間違ってもうちの店ではこんなに酷いのは置けないわね。匂いだけで粗悪品とわかるし」

「というより先生の前で堂々と飲酒しないでほしいんですけど……」

 

 雫が瓶から漂う酒気に顔をしかめ、家庭の都合で多少酒を知っているらしい優花が苦言を呈し、愛子は教師として当たり前のことを言うがハジメは平然と答える。

 

「ああ、どうやら毒耐性がアルコールを無毒化してるらしい。正直一度くらい酒の味を楽しんでみたかったんだがどうやら俺には無縁になったらしい」

「南雲君ッ、酔わなければいいと言うものではありません。お酒は二十歳からです」

「いや、今回は勘弁してくれよ。必要なことだったんだ。それとも……大人の先生が代わりにコレを一気飲みしてくれたのか?」

「うッ、…………もういいです。だからそれを近づけないでください」

 

愛子がその酒気だけでダウン寸前になる。どうやらあんまり酒に強くはないらしい。それに対してどうやらハジメは酒に酔えない体質になったようで少しがっかりしているように見える。大人になって酒を飲むというのは子供の憧れだ。一種の大人の証ともいえるその行為をハジメは楽しむことができないのだ。もっとも、蓮弥も酒で酔えないので他人事ではないのだが。

 

「……毒耐性なら無効にできるよ」

「ッ! 香織、本当か?」

「うん、実はハジメ君の調律中に技能のオンオフができないか試してたの。毒耐性っていいことばかりじゃないから。毒が効かないということは薬が効かないということでもあるんだよ。だからハジメ君が大人になった時には一緒に飲もうね。……二人で」

「ああ。そうだな……いやッ、ちょっと待て。それは駄目だろ!?」

「香織……油断も隙もない。送り狼になるのは私」

 

 香織が色気のある表情でハジメを誘い、酔った勢いで襲ってやる作戦をどさくさに紛れて展開しようとするが直前に気付いたハジメが拒否する。そして彼女の権利を主張するユエ。

 

「おい、質問はいいのか。俺も暇じゃないんだがな」

「ああ、済まない。さっきの質問だが……」

 

 

 そしてマスターからの情報を要約すると、やはりハウリア族達は帝城に捕まっているらしい。結構な大捕り物になったらしく、亜人族最弱でありながら一時は帝国兵を蹴散らして逃亡寸前まで行ったらしいというのだから一般市民レベルで話題になっていることのようだ。

 

「捕まったという話はあるが、処刑されたという話はないか。ならカム達は生きてる可能性が高いな」

 

 ハジメがマスターの情報を吟味して結論を出す。蓮弥もそこは同感だ。基本的に帝国では人権がない亜人族が帝国兵に牙を向いたのだ。そんな奴らを最大限利用するなら派手な公開処刑だろう。帝国に逆らったらどうなるのかを大々的に宣伝することで他に潜んでいるかもしれない危険因子を牽制する。

 それを行わないということは、何らかの利用価値があると考えたと言うところか。

 

「なら帝城の情報はいくらなら売れる?」

「何?」

 

 ハジメはどうやらすぐに潜入するつもりらしい。流石に情報を直接売ってくれなかったが情報を知っている人を教えてくれた。ハジメもできれば制約眼を敵意のない人物に使いたくはないだろうからマスターの判断には感謝である。

 

 

 どうやら帝国でも多少騒がしいことになるらしい。蓮弥は少し覚悟を決めたのだった。

 

 ~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 蓮弥達が去ってしばらくした後、ギルド備え付けのバーに一人の客が訪れる。見かけは黒いコートを着た少女だろうか。中々の美少女だがどう見ても酒を嗜むようには見えない客の登場にマスターが顔をしかめる。

 基本的にマスターは酒も情報も子供には売らない。全てが実力主義の帝国において、子供も例外ではないのだ。一応子供にはできる仕事が制限されるなどという決まりはあるが、場所によっては子供にも危ない情報や危険な仕事を斡旋する情報屋は存在する。マスターはそういった者達とは違いまだ自分の行動の責任も取れない子供には情報は売らない主義だ。ハジメに売ったのはハジメの可愛い大人アピールではもちろんなく、その力が子供の範疇にないと見破ったからに過ぎない。

 

 

 だからこそ見た目子供な彼女もそのマスターの管轄外の存在だった。だからこそ、ハジメにやったように丁重にお帰り願おうと思っていたが……

 

 

 少女が指を鳴らすだけで行動が止まる。

 

 マスターの気配が変化する。ぴかぴかのグラスをさらに磨き続けるところは変わらないが、その顔には生気がない。まるで()()()()()()()()()()()違和感だらけの姿。

 

「それでマスター。あいつらどんな情報を買ったわけ?」

「……兎人族の行方について知りたがっていたので帝都で話題になっている話を行いました。後は帝城の情報を知っている兵について少々……」

「ふ──ん。意外と情に厚いんだ南雲の奴。ま、そうでなかったら僕は生きてないわけだけど。それにしても……まさか行先が被るなんて、大迷宮の攻略するんじゃなかったのかよ。まぁ、いいや。マスターさんは()()のために引き続き帝国の軍事機密についての情報収集、それと……あいつらの行動についても調べてもらえるかな。なんなら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「了解しました。()()()

 

 そう言って目の前の死人に対して中村恵里が満足そうに笑う。行先が被ったのは予想外だが、少なくとも魂魄魔法にて生者モードにしている縛魂の死人はあいつらでもそう簡単に見破れないとわかったのは朗報だろう。後はタイミングさえ間違えなければ上手くいくはずだ。

 

 そして恵里は死人から生者モードに戻そうとして少し考える。

 

「ああ、それと。生者に戻ったら……そうだな、ジュースの一杯でも出してよ。お酒なんて飲めないからさ」

 

 まるでバーで注文する客のように笑いながら恵里は再び指を鳴らした。

 




>オスカーの隠れ家での出来事。
書籍の小篇集ネタです。原作だとハジメはロマン武器を次々持ち出してはユエにマジレスされて撃沈され続け、最終兵器にメイドロボを出したのだが……
的な内容なのですが、本作だと蓮弥とユナがいたので数の暴力の餌食に。ユエが蓮弥をラスボス呼びする理由の一つ。

>シアと香織
本作の二人は間違いなく原作より仲が良いです。原作と違って香織は初期からできる女だったので。闘気の修行の際の師弟関係でもあります。
香織はシアを元気な妹みたいに、シアは香織に今は亡き姉を重ねています。

シア「姉様達は生きてる? あはは、御冗談を。私にはヒャッハーと弾けるラナインフェリナという姉もミナステリアという姉もいないですぅ。誰かさんのせいで優しい姉様達は死にました……」
ハジメ「なんかすまん」

>制約眼(ギアスアイ)
元ネタはルルの絶対遵守のギアス。ただし、ハジメの魂魄魔法の適正が低いので簡単な催眠というレベルの代物。永続化もせず、長くても1時間くらいで催眠が解けてしまう上に相手がそこそこ強かったらそもそも効かないという欠点もある。基本雑魚専用。

>亜人族の子供の伏線
決して忘れてたとかではありません……たぶん

>バーにて
ハジメは未成年飲酒なんかしたことない。いいね?

>バーにてその②
どうやら帝都で近々お祭りが開かれる模様。

トータス「……」
王都「……」
帝都「お、おい。トータスの親父に王都の兄貴。どうして俺を無言で養豚場の豚を見るような目で見るんだよ」

次回、蓮弥がはっちゃける回です。

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