ヘルシャー帝国の帝都。その一角にある宿屋一階の食事処でハジメ達は情報共有を行っていた。
「さて、
「今更思ったんだがそのアーティファクト便利だな。拷問いらずだぞ」
蓮弥が内心で行っている、ハジメ謹製便利なアーティファクトランキングにて上位に入った制約眼についてハジメに言う。
「いや、そうでもない。今の性能だとそこまで有効射程が広くない上に、相手の耐魔力が高いと効き辛いという弱点がある。色々試したけどやっぱり魂魄魔法の扱いは難しい。もっと改善しないと少し強い奴には効かなくなる。バーのマスターみたいにな」
どうやらそこまで万能でもないらしい。そこらのチンピラ相手なら問題ないが多少腕が立つ人間に効かないのであれば頼り切りだと問題が出てくるだろう。
「情報は得られたから今晩、俺達はカム達がいる可能性の高い場所に潜入する。警備は厳重そうだがカム達を見つけさえすれば、あとは空間転移で逃げればいいから特に難しくもないな。潜入するのは俺とユエとシア……それと多分無事じゃないだろうから治療のために連れていく香織の四人だけだ。万一に備えて、気配遮断や転移が使える方がいいし。ティオ達は帝都の外にいるパル達のところにいてくれ。直接転移するから」
「わかったのじゃ」
「なあ、南雲。水を差すようで悪いんだけど少しいいか?」
「なんだ、天之河」
「今更だが、シアさんの家族が帝城に捕まっているんなら、普通に返してくれって頼めばいいんじゃないか? 今ならリリィもいるはずだし、俺の勇者という身分も使えば無碍にはできないんじゃないかと思うんだが……」
確かに、光輝の言う通り、勇者である光輝の言葉であればそうそう無碍にはできないし、頼めばリリアーナも口添えをしてくれるだろう。最悪ハジメ自身が力を示して強引な交渉をすることも可能だ。
「正直俺はそれでもいいんだけどな。ハウリアを俺の所有物ということにして帝国を武力で脅せばいい。帝国も王国にスパイの一人や二人くらいいるだろうし、俺達が王国で何をしてきたか知ってれば戦いたいとは思わないだろうな」
「なら……」
そうすればいいんじゃないかという光輝の顔色を伺って蓮弥が補足を入れる。
「だけどその場合。姫さんの交渉に支障が出るかもな。見方によればハイリヒ王国が神の使徒という武力で帝国を脅しているように見えるかもしれない。そうなれば最悪王国と帝国とで軍事衝突が発生……メルドさんにも迷惑がかかるだろうな」
「うっ」
メルドの名前を出されて光輝が黙る。今となっては光輝にとっての大恩人であるメルドに迷惑をかけるわけにはいかないと自制したのがわかった。
「そこでだ。帝城に潜入する成功率を少しでも上げるために……お前達に陽動役をやって欲しい」
「陽動?」
蓮弥の頭に疑問符が浮かぶ。確かに帝国の警備は先の魔人族襲撃と黒い魔物の大発生を受けて厳重すぎるほど厳重になっているが今のハジメ達が苦戦するレベルではない。蓮弥は何となくだが、ハジメの私情が絡んでいる気がしてきた。
「それは構わないけど……」
「よし、流石勇者だ。じゃあ早速これを贈呈してやろう」
そう言ってハジメは「宝物庫」から鉱石をいくつか取り出し手を合わせた後、錬成魔法を行使し、四つの仮面を作り出した。
「こういうのは五人が鉄則だからな、今回は園部や先生は勘弁してやる。というわけで、一人一つずつ取ってくれ」
その仮面はそれぞれ赤、青、黄、ピンクに分かれており、某戦隊もののヒーローを思わせるフルフェイスタイプだった。細かな意匠が施され、視界や呼吸を遮らないように工夫もなされている。どうやらこういう職人芸も王国の国家錬成師に教わったのか以前より洗練されているのがわかる。だが……
「……南雲……これは?」
「見ての通り仮面だ」
「………………なぜ?」
「なぜってお前、勇者が帝都で脈絡なく暴れるとか不味いだろ? 正体は隠さないと。そして、正体を隠すと言えば仮面だ。古今東西、ヒーローとは仮面を被るもの。ヒーローとは仮面に始まり仮面に終わるんだ。ちゃんと区別がつくように色分けもしてあるだろ?」
「いや……でもこれは……」
光輝が言いたいことは蓮弥にも伝わってきた。見ると雫や鈴、龍太郎も顔をしかめている。ありていに言えばハジメの用意した仮面は……すさまじくダサかった。
「え? いや、いきなり、そんな力説されても……まぁ、確かに正体は隠しておいた方がいいというのはわかる。リリィの迷惑にもなるだろうし……でも、これは……」
「安心しろ、天之河。お前は赤を付ければいい。リーダー色だ」
「いや、そういう問題じゃ……」
「坂上は青、谷口には黄色。そして八重樫……お前がヒロインピンクだ」
「ねぇ、南雲君。……ひょっとしてあなた……私達があなたの過去を笑ったことを相当根に持ってるわよね、これ」
雫の質問に顔を逸らすハジメ。どうやら図星らしい。自分だけ散々笑われたのが気に食わないのか、雫達にも恥をかいてもらおうとしている意図が透けて見えるようだ。そしてそれだけでは終わらなかった。
「そして最後に蓮弥。お前のだ」
「は? 俺のもあるのか?」
「五人が鉄則って言っただろ。ほら、お前には司令官ブラックを用意した」
そう言って宝物庫から取り出した仮面を蓮弥に投げ渡すハジメ。それを受け取りそのデザインを見た蓮弥は既知感に襲われる。
「おい……ハジメ。これ……どこかで見たことないか?」
レジスタンスの総帥としての威厳や風格をたたえた光沢ある黒いカラーリングや飛ぶ鳥を正面から見たようなデザインの金色の模様、さらに角のような頭頂部のデザインまで精巧に作られている。蓮弥が弄って確かめると右目の特殊ガラス部分がスライドして開くようになっていた。ちなみにハジメの制約眼は右目だ。
「さらにおまけだ。ド厨二病のお前にはこれじゃ物足りないだろうからな。お前だけ特別に衣装付きだ」
さらに宝物庫から取り出したのは紫を基調としたスーツと襟が立ったマント。というよりハジメに厨二病とは言われたくない蓮弥は抗議する。
「おい、ハジメ。お前完璧趣味に走ってるだろ。大方制約眼に合わせてノリで作ったはいいが急に我に返って恥ずかしくなった。だけどお蔵入りするには出来が良すぎて勿体ないから一度くらい俺で試そうとか思ってないか?」
「おいおい、蓮弥。そんなわけないじゃないか。変装するなら完璧にやるべきだし派手な衣装の方がインパクトがある。それだけだ」
「その言葉は目を見て言って欲しかったよ」
どうやらハジメは一度客観的に人がこれを着て動いているところを見たいらしい。ひょっとしたらハジメはコスプレするのは抵抗があるが、コスプレを見るのは好きなタイプなのかもしれない。普段からコスプレしているだろというツッコミはしてはいけない。
「ちょっと南雲君。私は納得してないんだけど……」
「八重樫、お前のように普段キリッとしたクールビューティータイプは、実は可愛らしいものが好きというのが定番だ。故に、わざわざ気遣ってピンクにしてやったんだ。感謝しろ」
「勝手に決めつけないで頂戴。……それは確かに可愛いものが嫌いとは言わないけど……そもそもこの仮面は可愛くないというか……」
「諦めろ雫。今のハジメのノリはたぶん止まらないぞ。ほら、お前が好きなネコナたんシリーズにも仮面付きのキャラとかいるだろ」
「あの子達とこの仮面を一緒にしないで頂戴。あの子達はね……」
話が長くなりそうな雫をなだめつつ、渋々了承させる蓮弥。このままごねてても話が進まない。ハジメに帝都に仮面戦隊が現れてひと暴れすれば、過去の自分の黒歴史を越える何らかの二つ名が蓮弥達に付けられるのではないかという目論見があることは見え見えだが蓮弥はあえて乗ってやることにする。
ちょっとこの仮面とスーツを来てみたいとか思ってないのだ。
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深夜、鐘が鳴り響く帝都の闇夜に突如光が迸り、瓦礫撤去作業に従事していた亜人奴隷達が寝泊りしている掘っ立て小屋地区、そこにある帝国兵の詰所が吹き飛んだ。最小限まで手加減していたらしく、建物が吹き飛んだだけで、中の帝国兵は無事なようだ。ただし、大半が気絶しているが。
それをなしたのは月を背負って悠然と佇む五人の人影。
「何者だ、貴様等! 帝国に盾突いてただで済むと思っているのか!」
その人影に向かって帝国兵の小隊長らしき人物が怒声を上げる。そしてすぐさま仮面のことを言及しようとした時、仮面の人物の一人が前に出て、帝国全土に広がるような軽い威圧を叩きつけた。
「!!?」
その異常事態に帝国中の家の明かりが点灯して住民が外を伺う。戦士が多数を占めるこの国に広がる威圧は、すなわち帝国への挑発に他ならない。それを目の前で受けた帝国兵は思わず黙ってしまう。
その男は全身紫のスーツと黒い仮面をつけていた。体格でおそらく男だとはわかるがそれでも正体に繋がるものはない。
そしてその男は拡声魔法を使用すると、帝国に響き渡るように宣言した。
「聞け、帝国の民達、そして虐げられし亜人族達よ……私は……ファースト! 我々は亜人族を一方的に虐げるこの国の在り方に苦言を呈するために立ち上がった! 」
帝国兵はこれだけ派手な威圧をバラまいてする要求がまさかの亜人族の待遇についてであったことに呆気に取られている様子だった。それもそうだろう。ファーストが要求していることは、この国の住民にとってピンと来ない事象なのだ。
「どうやら私の言いたいことが理解できないようだな。聞けッ、自分達が強いと勘違いしている井の中の蛙共よ。諸君らが亜人族が弱いという理由で亜人族を一方的に虐げてもいいと思っているなら、いつかより強大な存在が諸君らを、一方的に蹂躙し始めても文句が言えないという当たり前の理屈を覚えておくがいい! これは警告だ! 」
そしてもう一度ファーストは帝国全土に広がるほどの威圧を放った。威圧の範囲は広いが濃度は大したことがない。せいぜい少し鳥肌が立つくらいだろう。だがそれが帝国全体に広がっているともあれば、流石に無視することはできない。
「私は戦いを否定しない。世界に強者と弱者がいるのも許容しよう。だがしかし、強い者が弱い者に一方的に理不尽を強いるというのなら……覚悟していただこう。撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだ! 」
「帝国よ知るがいい。世界には……諸君らが想像もつかない遥か高みに坐する強者が存在することを……覚えておくがいい! 我らの名は!! 」
組織名を宣言した後、彼らは暴れまわった。威圧をバラまかれたことで出てきた帝国兵達をおちょくるように徹底的に逃げ回り続けたのだ。
特にファーストと名乗った謎の人物は真上に飛び上がった後、斜め下にキック、再び真上に飛び上がり斜めキックということを超高速で繰り返しながら移動するという高速変態機動を見せた。
「ドゥエドゥエドゥエドゥエドゥエドゥエドゥエドゥエドゥエ」
「魔法隊ッ、撃て撃て撃ち落とせ!!」
「駄目だッ、当たらない。こ、こいつ。なんだこの変態機動は?」
「ムッムッホァイ──ッッ!!」
「くるくる回ってすっ飛んできたぁぁ!!? 気色悪ぃのにッッ、なんでこんなに速いんだよ!!?」
「息切れで倒れてる兵士の周辺で軽快に高速ステップ踏んでるぞこいつぅぅ!! 超うぜぇぇぇぇぇ──ッッ!!」
黒仮面の気分は天然女忍者が入った仮面の叛逆者か、最初からクライマックスな筋肉ムキムキな仮面の叛逆者だ。
またあるところでは……
「イヤッッホォォォオオォオウ!」
青い仮面を被った筋肉達磨がとにかく奇声を上げて帝都を大爆走した。
とにかく速い。夜の帝都で青い仮面が不気味に光るので見失うことはないが、とにかく理想的なフォームでひたすら走り続けたのだ。こういう場で短距離走の走者のような美しいフォームを披露されると、逆に笑いを誘ってしまう。ダサい青仮面ならなおさらだ。
「この野郎!!」
「道を塞げ!!」
帝国兵の中に地術師がいたのか、青仮面の前に壁が出現する。既に背後には遅れながらも帝国兵が、壁横には既に別の部隊が配備されている。帝国兵を舐めるとどうなるのか止まった瞬間教えてやると張り切る。だが……
「フォ──────!!」
あろうことか青仮面は速度を緩めることなくそのまま壁に激突し、壁を突き抜けた。
「はぁぁぁぁぁ──!!?」
壁にはコミカルに人の形をした穴が開いていた。厚さ一メートル以上ある石の壁をノンストップで突き破った青仮面に兵士は開いた口が塞がらない。
とりあえず青仮面を追いかける担当者はひたすら鬼ごっこを続けさせられた。
またあるところでは……
「おい、こっちのチビは何とかなりそうだぞ」
「この糞ガキがぁぁ、大人を舐めたらどうなるのかたっぷり身体に教えてやる」
「ふんだ。す、じゃないイエローは十分大人ですよーだ。あなた達は私の神代魔法を組み込んだ新魔法の餌食に……えっ、ちょっと待って。もしかして私の新技こんなギャグシーンで披露するの!?」
「やっちまえ──ッッ!!」
「あーもう、こうなったらやけだよ。”
黄仮面の詠唱と共に、黄仮面を中心に半径十メートルほどの半円型の結界が展開された。
「なんだ? 結界?」
「かまうな……こけおどしだ!!」
左右同時に襲い掛かる帝国兵に対して、手を捻るように回す黄仮面。
「”
そこで起きた現象は客観的に見ないと真実はわからないだろう。だが外から見れば、一瞬で帝国兵と黄仮面の位置が入れ替わったように見えたはずだ。そしてそんなことは知らない帝国兵達からすればいきなり目の前に相方が現れたように見え……そこで悲劇が起こった。
「あ……」
何という悪魔の偶然か。帝国兵達はいきなり現れた相方に対応できずにもつれ込むように倒れ……
「むぐぅ」
男同士でのキスシーンが発動してしまった。
「あ──、その、えーと」
なぜかこの場面を生み出した張本人が固まってしまっている。ある意味下手人を捉えるチャンスであるにもかかわらず、片方は動かない。
「うげぇ……ぺっ、ぺっ、げぇぇ。クソッ、てめぇ、ただじゃおかない!!?」
突如上体を上げた帝国兵に悪態をついた帝国兵が組み伏せられる。
「えっ、ちょ、何してんのお前……何でそんなに頬を赤くして、目ぇぱちぱちさせてんだよぉ。いや、ちょ、マジでやめ、あ、あ、あ」
「アッ────────ッッ!!」
そのえぐいシーンに目を逸らしながら黄仮面は呟いた。なんかごめんと。
またあるところでは……
「ひっ、な、なんだこれぇぇぇ!!」
「仮面が……浮いてる」
「しかも攻撃が当たらねぇ。どうなってるんだ!?」
「帝国兵、聞きなさい」
「喋った──ッッ!!」
驚きすぎだと思うかもしれないが想像してほしい。現代とは違い夜になると碌に明かりもないこの世界。夜の帳が降りた闇の中で、ピンクの仮面だけが浮かんでいる光景を……しかもその声にエコーが掛かっているとなおさら恐ろしい。
「今回の私達の行動は警告よ。悪いことは言わないわ。亜人奴隷に今後八つ当たりするのは止めておきなさい。もし、そんなことをしたら……」
「な、なんだっていうんだ……」
「夜、シャワーを浴びている時その背後に、寝苦しさに目を覚ました時お腹の上に、誰もいないはずの廊下の奥に、デスクの下に、カーテンの隙間に、鏡の端に、そして何より夢の中で……仮面を見ることになるわよ」
帝国兵は仮面ピンクの抑揚のない淡々とした語りに、一斉に生唾を飲み込み、そして思った「こえぇ……」と。確かにホラーである。
ここではこれで終わったのだが、ピンク仮面の本番は本当に寝た後、ひたすら狭い道で浮かぶピンク仮面に追われる夢を全員見ることになったことにある。しばらく兵士達はピンク色に恐怖心を抱くようになったとか。
またあるところでは……
「亜人奴隷達の待遇改善を要求する! お前達の亜人族に対する言動は目に余る! むやみに傷つけるのは止めるんだ!」
正義の赤仮面が亜人差別撤回をひたすら帝国兵の攻撃を避けながら叫び続けた。本人としては真面目のつもりだ。だが……
「おい、こいつ普通だぞ!」
「ああ、クソ速くて攻撃が掠りもしねぇけど確かに普通だな」
「良かった。普通ってなんか安心するわ──」
「えっ、いや、あの──」
赤仮面自身真面目に亜人差別撤廃運動をしているつもりなのだが、それがかえってまともに見える結果になった。赤仮面は少しだけ喜んでいいのかそうでないのか迷うことになった。
結局仮面の変質者達は、帝国兵を散々引きずり回し、兵達が息も絶え絶えになるまでおちょくった後、彼らは再び組織名とファーストの名を念入りに告げた後、去っていった。
彼らの名と組織名が変態のワードと共に広がるのはそう遠い未来ではなかった。
~~~~~~~~~
~~同時刻~~
「私は……ファースト!」
「ぶふぅ」
このセリフによって蓮弥が誘導を開始したことを知ったハジメだが思わず吹き出してしまった。
「あいつ……何だかんだ言いつつもノリノリじゃねーか。名前も元ネタに1足しただけで安直だし。まあとにかく、あいつが誘導してくれてる間にさっさと助けに行くぞ」
そしてハジメ達はハウリア救助作戦を決行する。
正直シアは覚悟していた。ただでさえ亜人の人権なんて塵同然の帝国において、シアの家族は明確に牙を向いたのだ。仮にその異常な戦闘力に興味を示して、或いは利用価値があると考えて生かされているとしても、きっと五体満足ではないのだと。
そんなシアを香織はどんな怪我でも必ず治して見せる。なんなら死んだ直後なら蘇生させて見せると言い切りシアの手をそっと握ってくれたが、それでも不安は尽きなかった。
だが……それはある意味裏切られることになる。
まずカム以外のハウリアを助けに行ったのだが……
「帝国の拷問って生温いよな。ボスの修行の方が何倍もきつかったぜ」
「あいつら根性と想像力が足りてないんだろ。あと狂気が足りてないつうか」
「その点ボスなんて視線だけで人を何百人殺せるレベルだったからな」
「ボスに比べたらあいつらなんて”ピー”だな」
ある者達は見た目がボロボロにも関わらず、拷問を生温いと言いながら余裕を見せていたりして思わず気が抜けそうになってしまった。傷を香織が治してしまうとまるで直前まで拷問されてたという事実がなかったかのようなタフさだった。
そしてシアの父親に至っては……
「何だ、その腑抜けた拳は! それでも貴様、帝国兵かっ! もっと腰を入れろ、この”ピー”するしか能のない”ピー”野郎め! まるで”ピー”している”ピー”のようだぞ! 生まれたての子猫の方がまだマシな拳を放てる! どうしたっ! 悔しければ、せめて骨の一本でも砕いて見せろ! 出来なければ、所詮貴様は”ピー”ということだ!」
「う、うるせぇ! 何でてめぇにそんな事言われなきゃいけねぇんだ!」
「口を動かす暇があったら手を動かせ! 貴様のその手は”ピー”しか出来ない恋人か何かか? ああ、実際の恋人も所詮”ピー”なのだろう? ”ピー”なお前にはお似合いの”ピー”だ!」
「て、てめぇ! ナターシャはそんな女じゃねぇ!」
「よ、よせヨハン! それはダメだ! こいつ死んじまうぞ!」
「ふん、そっちのお前もやはり”ピー”か。帝国兵はどいつこいつも”ピー”ばっかりだな! いっそのこと”ピー”と改名でもしたらどうだ! この”ピー”共め! 御託並べてないで、殺意の一つでも見せてみろ!」
「なんだよぉ! こいつ、ホントに何なんだよぉ! こんなの兎人族じゃねぇだろぉ! 誰か尋問代われよぉ!」
「もう嫌だぁ! こいつ等と話してると頭がおかしくなっちまうよぉ!」
そんな叫びが部屋から漏れ聞こえてくる始末。
その後、一瞬置いて帰ろうか迷ったハジメ達だが、なんとか思いとどまって速やかに救助を行った。
「いや、せっかくの再会に無様を晒しました。しかも帝国のクソ野郎共を罵るのに忙しくて、気配にも気づかないとは……いや、お恥ずかしい」
まるで悪びれない様子の父親にシアは頭を抱えていた。なぜこうなってしまったのかと世の理不尽を体感しているようだ。
「……父様、既にそういう問題じゃないと思います。直ぐにでも治療院に行くべきです。もちろん、頭の治療の為に……ていうか、その怪我で何でピンピンしているんですか」
「気合だが?」
「……ハジメの魔改造……おそろしい」
「香織さん……構いませんッ。この際悪いところは全部治しちゃってくださいッ。特に頭とか、特に頭とか!」
「いや、残念だけど頭は治せないかな。というよりピンピンしてる理由はただの気合じゃないよ」
香織がカムを治療しつつ、先程からハウリアを見てて思ったことを口にする。
「ハジメ君……本当に、一体この人達に何をしたの? 今見たところ全員
「マジか!?」
「あ、本当ですぅ。父様の変わりように気を取られ過ぎて気づきませんでしたが、確かにちょっとオーラ出てますよ」
「む、この湯気みたいなものですかな。これは日々ボスに言われた訓練を死に物狂いでこなしている内に家族全員に見られるようになりましてな。それ以降少しボスのノルマが楽になったものです」
あたりまえのように言っているがそれは簡単なことではない。香織はハジメにジト目を向け始める。
「確かに魔力を流す以外で
「…………正直すまなかった」
真面目にハジメに怒気を飛ばす香織に気圧されて、ハジメがやりすぎたことをカムに謝罪した。
「なんと、あのボスから頭を下げられるとは。彼女は一体……もしや修羅の化身とかあたたたたた!!」
「私は白崎香織と言います。将来ハジメ君の妻になるのでよく覚えてくださいね」
「あたたたた、はい、覚えます。Sirッ」
失礼なことを言ったカムに魔力を流しながら正しい情報を刷り込む香織。だが当然ユエが反発を始める。
「そこ、間違った情報を刷り込まない。ハジメの妻になるのは私だから」
「ユエ……そろそろ諦めたほうがいいんじゃない? もう事実上ハジメ君は私無しじゃ生きていけない身体になったんだし」
「このッ……まるで自分がマウントを取っているかのような図々しさ。よろしい。ならば戦争だ。表に出ろや──ッッ!!」
「上等だよ。そろそろ決着をつけて上げるッ。私の新魔法のいい実験体だよ!」
「二人ともいい加減にしてください。ここは敵地の独房ですよぅ」
なぜいつもこんなことになるのか、ハジメは理不尽に思いつつも空間移動用アーティファクト「ゲート」にて脱出を果たした。
~~~~~~~~~~
「以上で報告を終わります!」
「ご苦労、下がれ」
「はっ」
規則正しい足音を響かせて部下が出て行った扉をしばらく見つめた後、ヘルシャー帝国皇帝ガハルド・D・ヘルシャーは、先程まで話をしていた少女に視線を転じた。
澄まし顔の少女ハイリヒ王国王女リリアーナ・S・B・ハイリヒは、ガハルドの視線に気が付くと相手を労うような、困ったような微笑みを向けた。隣国の王女として、先程報告された内容を憂いているような顔だった。
「全く、困ったものだ。ふざけた強さの魔物の次はふざけた仮面を着けた、ふざけた強さの五人組の襲撃か……この件、どう思う? リリアーナ姫」
「……私には、わかりかねます。やはり、魔人族の暗躍では? 有り得ない魔物を使役するのですから、有り得ない人材もいるのではないでしょうか?」
リリアーナは当たり障りのない言葉を使う。正直ふざけた強さの五人組と聞いた時から頭が痛くなっているがそれをおくびにも見せない。伊達に王国の姫はやっていない、それくらいの腹芸くらいは楽にこなせる。
「そうだな。……その可能性はあるだろう。例え、そのうちの一人が光属性の魔法を自在に操り、眩い光を纏う剣を振るっていたとしても、な?」
「はぁ、光属性魔法の剣士くらい珍しいものでもないでしょう。魔人族だからと言って光属性魔法を使ってはいけないルールもありませんし」
リリアーナの頭にある勇者の顔が浮かんでくるがすぐに掻き消す。それくらいで乱されるようなハートを持ってはいない。
「だがそれは大した問題じゃない。一番の問題は……黒い服を着た仮面野郎の存在でな。一瞬で帝国中を駆け巡るほどのバカげた威圧を放った挙句、無駄のあるバカげた動きで音より速く動く変態機動を行ったそうなんだが……」
「げほ、げほ、……おほん。失礼いたしました」
思いっきり咳き込んだが何とか立て直すリリアーナ。だがガハルドの口撃は続く。
「その黒い仮面野郎なんだが、まるで俺達なら帝国なんて軽くひねり潰せるというようなことを口走っていたらしい。それで真面目に警戒したと思ったら実際やってることは子供の悪戯レベルときた。まったく、戦争しに来たのか、単なる悪ふざけなのか……リリアーナ姫はどっちだと思う?」
「さあ、特に怪我人が出ていないなら悪ふざけじゃないかと、困ったものですね」
「確かに怪我人が出たという報告は上がっていないな。ところで、リリアーナ姫」
「はい?」
「豊穣の女神が所有しているという『女神の剣』。届く情報全てが耳を疑うような武功と戦力を持つ人物とあなたが随分親しいという噂を耳にしたのだが確かかな?」
「それは勘違いというものです。女神の剣はあくまで女神を守護する者。王国の特に目立たない没個性で貧相ちんちくりんな一王女に過ぎない私がどうこうできるなど恐れ多くてとてもとても……」
「お、おう」
没個性や貧相ちんちくりんのところにやたら感情が入ってて逆にガハルドは困惑したようだが、すぐに切り替えて話を進める。
「いやそれは良かった。もしそんな人物があなたのいるタイミングで現れたとなれば、あなたに女神の剣という武力で我々との交渉を有利に進めようなどという思惑があるという邪推をしてしまうところだった」
「あら、ガハルド陛下ともあろう御方が、推測と事実を混同なさっているのですか? そのようなことありませんわよね?」
「はっはっは、もちろんだ! 根拠もない推測を事実のように語ったりはしない」
「ふふふ、そうでしょうね」
しばらくの間、「ははは」「ふふふ」と皇帝陛下と王女の笑い声が応接室に響き渡っていた。
一見、余裕そうに見えるリリアーナだったが、内心では、
(あ・の・人は──ッッ!! 何をやっているのですかっ! 嫌がらせですか! 私にストレスを与える仕事なんですか!? なぜ彼の悪ふざけのせいで、皇帝陛下とこんな息苦しいやり取りをしないといけないのぉ! いつか……いつか絶対逆襲してやるぅぅぅ──ッッ!!)
「ところでこれは興味本位なんだが」
「……なんですか」
もうなんでもこいという気構えでリリアーナはガハルドに対峙する。
「変態行動で散々帝都を騒がせた彼らが名乗っていた名前なんだが……組織の名前は
「さあ、わかりません」
本当にわからなかったのでリリアーナは正直に答えた。
『くくく、これで帝都中にあいつらの恥ずかしい噂が蔓延するはずだ。せいぜい恥ずかしさに悶え苦しむがいい』←100日後ならぬ3話後に蓮弥がやらかしたことを知るハジメ君
>聖界(エリア)
谷口鈴が自身の結界術と空間魔法を組み合わせた新技。一種の自分専用の異界を展開する何気に高等技術。これから出てくる空間結界術というべき魔法の基盤になる魔法。現状長く維持できないのが欠点。イメージはワンピースのトラファルガーローの『ROOM』
>界移(イレカエ)
文字通り指定した座標にあるものの位置を入れ替える魔法。使い方次第では瞬間移動みたいなこともできる。魔物や人にも有効だが、鈴とレベル差がある人には効かない。
次回、戦闘民族ハウリア爆誕。