ありふれた日常へ永劫破壊   作:シオウ

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ようやくシルヴァリオ・ラグナロクをプレイできました。まだ一つもルート攻略で来てませんが、休み中には攻略したい。

今回は姫様ヒロイン回です。途中で暴力行為がありますがご注意を。


婚約パーティー

 婚約パーティー当日、リリアーナは今夜のパーティーの準備もあったので部屋に戻ってお付の侍女達と打ち合わせをしていた。やっていることは、主にドレスの選別だが。

 

「まぁ、素敵ですわ、リリアーナ様!」

「本当に……まるで花の妖精のようです」

「きっと、殿下もお喜びになりますわ!」

 

 既に何十着と試着を済ませた果てに選ばれたドレス候補の一つを試着して、姿見の前でくるりと回るリリアーナに、周囲の侍女達がうっとりと頬を染めてお世辞抜きの賛辞を送る。十四歳という少女と女の狭間にある絶妙な魅力が、淡い桃色のドレスと相まって最大限に引き立てられていた。侍女の一人が言ったように、まさに花の精と表現すべき可憐さだった。

 

「そう、ね。これにしましょうか。後は、アクセサリーだけど……」

 

 リリアーナ自身も納得したようで、一つ頷く。

 

 が、リリアーナの内心はドレスほど華やかな心境ではなかった。

 

 いくら政略結婚とは言え、相手は極度の女好きの野蛮を絵に描いたような男なのだ。王族の女として、意に沿わない相手と結ばれることの覚悟はできていても相手としては及第点とすら言えない。

 

 

 だが結婚しなくてはならない。例え相手が王国に来た時も下級騎士を稽古と称していたずらに嬲るという強さをひけらかす嫌な人間であったとしてもだ。

 

 

 リリアーナが内心憂鬱になっていたその時、突然、部屋の外が騒がしくなった。そして何事かと身構えるリリアーナ達の前でノックもなしに扉が開け放たれ、大柄な男が何の躊躇いも遠慮もなくズカズカと部屋の中に入ってきた。リリアーナに付いてきた近衛騎士達が焦った表情で制止するが、その男は意に介していないようだ。

 

「ほぉ、今夜のドレスか……まぁまぁだな」

「……バイアス様。いきなり淑女の部屋に押し入るというのは感心致しませんわ」

「あぁ? 俺は、お前の夫だぞ? 何、口答えしてんだ?」

「……」

 

 リリアーナの注意を鬱陶しそうな表情で返したのはリリアーナの婚約者であるバイアス・D・ヘルシャーその人だ。だれが見ても粗野で横暴な雰囲気を感じる男は色欲を隠そうともせずリリアーナのドレス姿を視姦するように眺める。

 

「おい、お前ら全員出ていけ」

 

 まるで何か面白いことを思いついたと言わんばかりのにやけ顔でリリアーナの侍女や近衛騎士達に命令するバイアス。侍女達はバイアスの命令に従い、慌てて出て行ったが、近衛騎士達は当然渋った。彼らの役目はリリアーナ王女の護衛であり、ついでに言うなら、婚約者とはいえ他国の皇子に近衛騎士に命令する権利なんてない。

 

 

 だが中々出て行かない護衛騎士達に業を煮やしたバイアスの目が剣呑に細められた。

 

「構いません。あなた達は下がりなさい。これは命令です」

「ですがッ……ぐっ、了解しました」

 

 この護衛騎士達がこの命令に納得いっていないことは明らかだが、バイアスが何をするかわからないので彼らを守るためにも下がらせなければならない。

 

「ふん、飼い犬の躾くらい、しっかりやっておけ」

「……飼い犬ではありません。大切な臣下ですわ」

 

 その言葉から帝国の臣下をバイアスがどう扱っているのか想像に容易い。はっきり言ってこれが次期皇帝なら帝国の未来は暗い。彼には父である皇帝ガハルドにはある人を引き付けるカリスマというものが感じられないのだ。駄目だと思いつつも臣下を犬扱いしたバイアスに対して態度が厳しくなってしまう。

 

「……相変わらず反抗的だな? クク、まだ十にも届かないガキの分際で、いっちょ前に俺を睨んだだけのことはある。あの時からな、いつか俺のものにしてやろうと思っていたんだッ!」

 

 そう言うとバイアスは、いきなりリリアーナの胸を鷲掴みにする。

 

「っ!? いやぁ! 痛っ!」

「それなりに育ってんな。まだまだ足りねぇが、中々美味そうだ」

「や、やめっ」

 

 乱暴にされてリリアーナの表情が苦痛に歪む。その表情を見て、ますます興奮したように嗤うバイアスは、そのままリリアーナを床に押し倒した。

 

「きゃぁぁぁぁ──ッッ!!」

「いくらでも泣き叫んでいいぞ? この部屋は特殊な仕掛けがしてあるから、外には一切、音が漏れない。まぁ、仮に飼い犬共が入ってきても、皇太子である俺に何が出来るわけでもないからな。何なら、処女を散らすところ、奴等に見てもらうか? くっ、はははっ」

「どうして……こんな……」

 

 リリアーナが、これからされる事に顔を青ざめさせながらも、気丈にバイアスを睨む。

 

「その眼だ。反抗的なその眼を、苦痛に、絶望に、快楽に染め上げてやりたいのさ」

 

 バイアスがリリアーナを欲に染まり切った目を向ける。そこにいるのは一匹の獣だった。

 

「自分に盾突く奴を嬲って屈服させるのが何より好きだ。必死に足掻いていた奴等が、結局何もできなかったと頭を垂れて跪く姿を見ること以上に気持ちのいいことなどない。この快感を一度でも味わえば、もう病みつきだ。リリアーナ。初めて会ったとき、品定めする俺を気丈に睨み返してきた時から、いつか滅茶苦茶にしてやりたいと思っていたんだ」

「あなたという人はっ……」

 

 リリアーナは悟った。この男は駄目だと。

 

「なぁ、リリアーナ。結婚どころか、婚約パーティーの前に純潔を散らしたお前は、どんな顔でパーティーに出るんだ? 股の痛みに耐えながら、どんな表情で奴等の前に立つんだ? あぁ、楽しみで仕方がねぇよ」

 

 彼には知性はあっても理性はない。獣と対話などできない。この結婚はハイリヒ王国に益など齎さない。

 

 だがリリアーナに出来ることなど何もない。服に手を伸ばそうとする目の前のバイアスを倒す力などリリアーナにはないのだ。そんな危機的状況で、リリアーナは思わずある一人の男を思い浮かべてしまう。かつて王宮の屋上で、縋りついてしまった彼のことを。

 

 助けて──

 

 思わず少女の本音が漏れた時……

 

 

『なぁ、リリアーナ。結婚どころか、婚約パーティーの前に純潔を散らしたお前は、どんな顔でパーティーに出るんだ? 股の痛みに耐えながら、どんな表情で奴等の前に立つんだ? あぁ、楽しみで仕方がねぇよ』

 

 それは目の前のバイアスではなく扉の方から聞こえてきた。

 

「ッ!? 誰だ!!」

 

 リリアーナと共に扉の方を向くとそこには一人の王国近衛騎士の姿をした男がいた。リリアーナの見たことがない顔であり、絶世の美男子ではないが、それなりに整った顔立ちをしている。歳はリリアーナよりは上だが騎士としてはまだ若い。そんな騎士が手に水晶を持って部屋の入口に立っている。

 

「ご無事ですか、姫様」

「あなたは……」

「ッ! てめぇ、それは……」

 

 バイアスが入ってきた騎士が持っている物が記録用アーティファクトだと知って顔色を変える。

 

「私はハイリヒ王国騎士団近衛隊所属の騎士、ロートスだ。申し訳ございません、王女殿下。命令違反の処罰は後でいくらでもお受けします。ですが今は……バイアス殿下ッ、これは一体どういうことですか! いくら婚約者とは言え、正式な儀式が済んでいない身の上でこのような……貴殿は自身が何をしているのかわかっておられるのか!?」

「てめぇこそ!! 俺が誰だかわかってるのか!! 苗字を名乗らねぇということは平民出か。飼い犬どころか家畜の分際で逆らってるんじゃねぇぞ! わかったらそれをッ!?」

 

 バイアスは今の会話を記録されて外に出されるのは流石にまずいと判断し、ロートスの持つ記録アーティファクトを奪おうとするが、その前にロートスによってそれを投げ渡される。

 

「それは差し上げます。なので答えていただきたい! これは両国の同盟関係の強化のための婚約だったはず。なのにこのような行為を平然と行って……同盟関係に傷が入るかもしれないとは考えないのですか!?」

「ちっ!」

 

 良いところを邪魔されて苛立ちを隠そうともしていないバイアスは立ち上がり、水晶型記録アーティファクトを粉々に踏み砕いた。

 

「同盟関係ね……くくく、ひひひ、あーはははははは!! てめぇ、本気でそんなことを考えてるのか! ひひひ、親父はハイリヒ王国前国王とはそれなりの関係を結んでたみたいだがな。俺の考えは違う。なんで帝国がハイリヒ王国みたいな歴史だけしか取り柄の無い弱小国と仲良くしなきゃいけねぇんだ」

「なっ……!?」

 

 一旦起き上がり、バイアスから距離を取ったリリアーナが驚愕する。今この男は何を言ったのだと耳を疑う。

 

「これからは俺達の時代だ。世界を見てみろよ。ハイリヒ王国は先の戦争や大峡谷の魔物群に襲われ極限まで疲弊している。西の公国は疫病と巨大な魔物の出現で同じく弱っている。そして魔人族は先の戦争で大敗し、もはや虫の息だ。そんな中、俺達帝国だけは大した被害を受けなかった。神エヒトとやらも言ってるんだよ。俺達帝国が世界を支配するべきだってな!」

「そんな……そんなこと……」

 

 リリアーナはバイアスのあまりの言葉に声も出ない。確かにトータスに出現した大災害の被害を帝国はほとんど受けずにすんだ。だがそれはそうなるように戦った者達がいたからこそであり、帝国の手柄などでは一切ない。今世界は一丸となって悪神と戦わなくてはならない時に、人族は内部分裂を起こそうとしている。

 

「……その発言はいずれ……ハイリヒ王国を侵略するということか?」

「ッ!?」

「今は親父の時代だからな、親父が皇帝である内は素直に従ってこいつと結婚してやるさ。だが親父もいつまでも現役じゃねぇ。俺の時代になったら……ハイリヒ王国は真っ先に俺が支配して属国にしてやるよ」

 

 飽くなき欲望。それは力と権力と快楽に溺れた男の姿。既にバイアスには自分が世界の王になる姿が見えているのかもしれない。人はここまで己の中の獣に身を委ねることができるのかとリリアーナは震えが止まらない。

 

 だがそんなリリアーナの前に立つのは、まだ若い王国騎士の姿。そして彼はこの部屋に入ってから隠して起動していたある物を出現させる。

 

「なッ……それは……」

「あなた」

 

 ロートスが出現させた物、それはもう一つの記録水晶。それを手にロートスはバイアスに向かって言う。

 

「悪いが最初から最後まで今の会話は記録させてもらった。帝国の皇太子の発言としては大問題であることは明白。……私に多数の権力者が関わっている今夜のパーティーを止める権限はない。だが必ずこれを王国に持ち帰り、後日正式に帝国に抗議させていただく」

「てめぇぇ、調子に乗ってるんじゃねぇぞぉぉぉぉ──ッッ!!」

 

 バイアスが壁に掛けてあった剣を取りロートスに襲い掛かる。リリアーナは出遅れたと気づく。いかに目の前の男が人間の屑でも実力は確かだ。このままでは勇気ある若き王国騎士が命を散らすことになってしまう。

 

 リリアーナは一か八か自分がロートスの前に立つことを考える。少しでも理性が残っていれば剣を止めるだろうし、仮にそうでなくても彼の逃げる隙ができるかもしれない。

 

 だがそんなことをするまでもなく、ロートスは一息でバイアスとの距離を詰め、バイアスの剣を素手で止めた。

 

「なっ、く、おおおお──ッッ!」

 

 どれだけ力んでも一ミリも剣は動かない。そんな中、記録水晶をポケットにしまったロートスが拳を握りしめ、バイアスの顔面に拳を叩きつけた。

 

「ごばぁぁ!」

 

 その勢いで地面に叩きつけられバイアスの巨体が転がり、その際に折れた幾本かの歯が宙を舞う。

 

「が、がぺ、あが」

「どうやら何か勘違いしているようだな。お前ら帝国が、いつ我らハイリヒ王国の上に立ったというんだ? 我ら王国騎士団を舐めるなよ新興国の、成り上がりの野蛮な猿がッ!!」

「があぁぁぁぁ!!」

(猿……?)

 

 ロートスがバイアスの腹部に足を乗せるとまるで重さが何十倍になったかのようにバイアスの身体がみしみし悲鳴を上げ始める。

 

「どうやらこの国の皇帝は()()()も満足にできないようだな……これが次期皇帝とは……実に嘆かわしい」

「で、でべぇ、……ごんなごどじで、だだでずむど……がぁぁぁ!」

「いいか、貴様に教えてやる。此度の婚約は貴様らのためではない。我ら王国のためにある。()()()()()()()()()()()()()()()()。そうなったとき、次期皇帝である貴様を王女殿下が傀儡とした上で、ランデル国王陛下と連携をとることで我が国に利益をもたらす。つまり……戦うことしか能がない貴様ら蛮族の猿共を……我々王国が纏めて飼ってやると言っているんだ!」

「がばぁぁ!」

 

 ロートスがバイアスに軽く蹴りを加え、壁まで吹き飛ばす。

 

「ぐぅお。でべぇ、許ざねぇ。戦争だ。おで達帝国の総軍でおばえらの国を蹂躙してやるぅぅ!!」

「ほーう、まだ反抗的な態度が取れるとは、腐っても一流の戦士ということか。なら……」

 

 怒りと憎悪で真っ赤に染まったバイアスに向けてロートスが手を掲げる。

 

「”幻痛”」

「ッ! が、ああああああああああああああああ──ッッ!!!!」

 

 まるで内臓を直接燃やされているような、生きたまま酸の海に飛び込んだかのような絶叫が響き渡る。幸いこの部屋はバイアス曰く特別仕様らしいので外に声が漏れることはない。

 

「ぴぎゃあああああああああああああああ──ッッ!!!!」

 

 それからしばらく”幻痛”という魔法による拷問は続く。そして……

 

「ひ、ひ、ひぃぃ、……ず、ずびばぜんでじだぁあああああっ!! ずびばぜんっ!! ずびばぜんぅううううっ!!」

 

 バイアスの魂は屈服していた。そしてロートスが”幻痛”を止め、気を失う寸前のバイアスに最後の止めを刺す。

 

「せいぜいリリアーナ王女殿下の顔色を伺うのだな。今後もし彼女の機嫌を少しでも損ねることがあれば、貴様に更なる苦痛と絶望が待っていると思え。私はこれでも()()()()()()()は他の追随を許さぬ自負があるのでね。貴様を殺すことなく苦しめる方法などいくらでも知っている。そのことを魂で記憶するのだな」

 

 そして完全に意識を失ったバイアスを傷一つなく元の姿に戻し、何も言わずに外へ出ようとする。

 

「ッ、待ってください。あなたはまさか!」

「命令を破ってしまい真に申し訳ありません、リリアーナ王女殿下。以後の警備は先輩騎士に任せ、私は任務に戻ります。では」

 

 そして外に出るロートスは先輩騎士──なぜか敬礼する新人に委縮しているように見える──に事情を説明し、今後パーティーが始まるまで何があってもリリアーナの側を離れないように頼み、見回りに行ってしまった。

 

「まさか……」

 

 その去っていく背中を近衛騎士が近づいてくるまでリリアーナは去る背中を見つめ続けた。

 

 

 ~~~~~~~~~~~

 

 帝国滞在三日目の夜。煌びやかなパーティー会場にて婚約パーティーは何事もなく開催された。

 

 会場は広く、そこかしこに豪華絢爛な装飾が施されている。立食形式のパーティーで、純白のテーブルクロスが敷かれたテーブルの上には何百種類もの趣向を凝らした料理やスイーツが並べられており、礼儀作法を弁えた熟練の給仕達が颯爽とグラスを配り歩いていた。

 

「なんというか……王族も大変だな。頻繁にこういう場に出なきゃならないんだから。平民に生まれて良かったよ」

 

 そしてテーブルの料理や飲み物を適当に摘まんでいる蓮弥は、このパーティーのためにいくらお金が掛かっているのか庶民感覚で計算していた。

 

「まあ、蓮弥が平民かどうかは微妙だけどね」

 

 その隣にはワインレッドで染められたマーメイドラインのイブニングドレスを着た雫と。

 

「こういう場は権力を示すにはいい場所なのですよ。もっとも私達にとってはせいぜいおいしい料理が食べられるくらいの価値しかないのですが」

「それもそうだな。ま、適当に楽しめばいいさ」

 

 肩が出ている白いロングドレスを着ているユナが並んで立っていた。

 

「それにしても……へぇー、蓮弥がそういう恰好してるところ初めて見たけど……中々様になってるじゃない」

 

 雫が蓮弥の姿を褒める。タキシードに加え、髪を整えた彼は一見どこぞの王子でも通用しそうな姿をしているが、その緩い雰囲気がどこにでもいる平民であることを示している。

 

「それを言うならユナと雫もな……似合ってるぞ。すごく綺麗だ」

「ありがと」

「ありがとうございます」

 

 

 雫の着る背中が開いたマーメイドドレスは長身の雫だからこそ、その美しいラインが際立つ。メリハリの効いた抜群のプロポーションを誇る雫でないと着こなせないだろう。

 

 肩口が完全に露出したタイプのスレンダーラインのドレスを着ているユナはその神秘的な美しさにさらに磨きが掛かっている。首元には以前蓮弥が贈ったパールのネックレスが下げられており、美しくも力強い光を放っているようだ。

 

 蓮弥としては二人のこんな姿を拝めるだけでこのパーティーに出た甲斐があったと思えてくる。

 もっともどうしても周囲の視線を集めてしまうという問題もあったが。

 

「それで……私は何が起こるのかあんまり聞いてないんだけど……問題ないのよね。リリィも心配だし」

「姫さんは問題ないよ。先に手を打っておいた。そして今夜の首尾だが……」

 

 そう言って蓮弥はハジメの方を見る。黒いスーツに身を包んだハジメは帝国の有力貴族達に挨拶を行っていた。

 

「お初にお目にかかります。私は神の使徒の錬成師、南雲ハジメと申します。どうです? お近づきの印にお一つ」

 

 そう言ってハジメは手を合わせ錬成を行使、そして掌からバラの造花を取り出した。

 

「ほう、これは」

「誠に美しいですな」

「グランツ鉱石を薄く加工した薔薇の造花です。実のところ私もこれで恋人の心を射止めた口でして。あなたも意中の女性に送られてはいかがか?」

 

 そう言ってハジメが指し示すのはパーティー会場で一際華やかなドレスを着たユエだった。

 

 光沢のある生地で、肩口が露出しており、裾はフリルが何段も重ねられ大きく広がっている。髪はポニーテールにしていて上品な薔薇の髪飾りで纏められていた。露出は周りで一番少ないが、白く艶かしい首筋や、やけに目を引く赤いルージュの引かれた唇、そして僅かに潤んで熱を孕んだ瞳、そしていつもと違い、()()()()()が纏うストレートな妖艶さがユエの魅力を何十倍にも引き立てている。

 

 ドレスを勧められた際、その体型からどうしても子供向けの物を進められる──そのことを大胆に開いた胸元とスリットから覗く美脚がまぶしいドレスを選んだ香織が盛大に煽っていた──のを嫌がったユエは十七歳バージョンでパーティーに参加していた。

 そのユエの美しさと髪を纏めるグランツ鉱石の薔薇の髪飾りを見た男性貴族達はこぞってハジメに一本譲ってもらおうとしている。女性貴族も欲しがっていたがそちらは丁寧に断っていた。

 

「なるほど。細工は順調というわけね」

「そういうことだ。おっと、どうやら主役のお出ましの用だぞ」

 

 蓮弥が会場の入口がにわかに騒がしくなったことに気付く。どうやら、主役であるリリアーナ姫とバイアス殿下のご登場らしい。文官風の男が大声で風情たっぷりに二人の登場を伝えた。

 

 

 大仰に開けられた扉から現れたリリアーナのドレス姿に、会場の人々が困惑と驚きの混じった声を上げる。

 

「へぇ……」

 

 蓮弥はリリアーナのドレスを見る。リリアーナは全ての光を吸い込んでしまいそうな漆黒のドレスを着ていた。この催しが葬儀の類ならありかもしれないが、婚約パーティーという場においてはどう考えても相応しくない。それはリリアーナがこの先どう言う選択を取るのか示しているようにも見えた。

 そしてパートナーのバイアス殿下は、普段の豪気な雰囲気を潜め、どこかリリアーナの顔色を伺うような仕草をしており、どう見てもこれから夫婦になる二人には見えず、会場は取り敢えず拍手で迎え入れたものの、何とも微妙な雰囲気だ。

 

 

 そのまま、二人は壇上に上がる。

 

 司会の男は、困惑を残したままパーティーを進行させた。大胆に振る舞うリリアーナと委縮しているように見えるバイアスの様子を見て、少し苦い顔をしたガハルドの挨拶が終わると、会場に音楽が流れ始めた。リリアーナ達の挨拶回りとダンスタイムだ。微妙な雰囲気を払拭しようと流麗な音楽が会場に響き渡る。

 

「蓮弥……あの皇太子に何をしたのよ」

()()何もしてないぞ」

「なるほど……どうやら上手く魔法は効いているみたいですね。これならお姫様も問題ないでしょう。だから……」

 

 バイアスの様子を見て安心したユナが蓮弥に向かって手を伸ばす。

 

「蓮弥……私と一曲踊っていただけますか?」

「ああ、喜んで」

「な、ちょっとずるいわよ、ユナ。私だって……」

「わかってるよ、雫。順番に相手するから」

 

 ダンスの誘いをユナに先んじられた雫が苦言を言うが、蓮弥は初めから二人を相手にするつもりだ。そして蓮弥とダンス希望なのは二人だけではない。

 

「雫達ばかりずるい。蓮弥君、私とも踊ってください!」

 

 髪色に近いオレンジのドレスを纏った優花も参戦し。

 

「あの……藤澤君。先生とも踊ってくれませんか? いえ、深い意味はないのですが、さっきから私の周りに人がいなくならないんですよぉ! だから助けてください!」

 

 そして豊穣の女神と少しでも親交を得ようと躍起になる帝国貴族達の輪から何とか逃げてきたピンクのドレスを着た愛子が、女神の剣として自分を守ってくれと蓮弥に懇願する。

 

 こうして蓮弥は慣れないダンスを華のある女性達と踊ることになった。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~

 

 ようやく慣れないダンスを踊り終えた蓮弥は──ちなみにハジメはユエと主役を食うくらい堂々と踊っていた──休憩しようと壁際に移動しようとするが……

 

「藤澤蓮弥様、一曲踊って頂けませんか?」

 

 そう、リリアーナが声をかけたので逃げられなくなる。見れば雫達は自分達をダンスに誘う男達を袖にしながら蓮弥に行ってきていいと合図を送る。

 

「姫さん……主役がパートナーと離れていいのか?」

「構いませんよ。もう挨拶も終えていますし。彼には私のことは気にせずさっさと他の愛人達と踊ってこいと言ってやりました。顔色ばかり伺われても困りものです」

 

 どうやら襲われかけたことについてはもう割り切っているらしい。元々精神的にタフなのだろうと蓮弥は思う。

 

「それより、そろそろ手を取って頂きたいのですが……踊っては頂けないのですか?」

「……わかりました。私のような平凡な男が姫様の相手を務まるかはわかりませんが……喜んでお相手致します。姫」

「……はぃ」

 

 ゆったりした曲調の旋律が流れ始める。ゆらりゆらゆらと優雅に体を揺らしながら密着するリリアーナと蓮弥。蓮弥の肩口に顔を寄せながらリリアーナがそっと囁くように話しかけた。

 

「どうせあなたは素直に認めないのでしょうから。順番に詰めていこうかと思います」

「一体何のことかな?」

 

 実は何を言いたいのか察している蓮弥だったが、リリアーナが楽し気な顔をしているのでまずは彼女の主張を聞いてみることにする。

 

「ところでこれはパーティーが始まる前に雫から聞いた話なのですが、あなた達の世界には国ごとに使う言語が違うそうですね」

「ああ、そうだな。だから俺達の世界では自国の言葉以外でも他国の言葉を学び舎で習うのが一般的になってる」

「そしてあなた達の母国語の中でもひらがなや漢字などがあるらしいですね。不思議です。一つの言葉で複数の読み方や意味があるなんて。例えば、蓮弥の蓮と言う字は(ハス)の花を意味しているのだとか」

 

 蓮の花と言えば一般ではレンコンの花と言った方がわかりやすい。この世界でも蓮根、つまり蓮の花はあったなと蓮弥はダンスをしながら思う。

 

「そして香織に聞いたのですが、(ハス)の花はドイツという国の言葉でこう呼ぶそうですね……()()()()、と」

「……」

「何か申し開きはありますか、ロートスさん?」

「……参った、名推理だよ。まさか異世界人の姫さんにこんな短時間で見破られるなんて思わなかった」

「ふふふ、当然です。王女たるもの、この程度のこと見破れなくてどうするというのですか」

 

 リリアーナが楽しそうに心からの笑顔を浮かべる。どうやらやっと少し蓮弥に仕返しができたと思っているらしい。その笑顔は、先程までバイアスの傍らにいたときとは比べるべくもないリリアーナ本来の魅力に満ちたものであった。

 

 

 蓮弥としては元々隠す気もなかったが、把握してくれているのなら話は早い。蓮弥はダンスの合間にポケットを探り、リリアーナの手を握る際に、取り出した記録水晶を握らせた。

 

「これは……」

「姫さんには今二つ選択肢がある。一つは今渡したこれを利用する選択。これだけでも婚約破断する理由には十分だし、上手く使えば今後、帝国との取引を有利に運ぶこともできるかもな。そしてもう一つはあえてこのまま帝国に嫁ぐ選択」

 

 そうして蓮弥はダンスの合間にバイアスを視界に入れる。チラチラこちらを見ているが相変わらずリリアーナに対する恐怖の感情が隠れていない。完全に怖い鬼嫁の顔色を伺う情けない亭主の姿だった。

 

「皇太子には魂魄魔法で魂に恐怖を直接刻み込んである。その際姫さんの顔色を伺えと言ったから今後あいつは姫さんに一切逆えはしない。結婚しても形だけのものにすることができる。それに王国は帝国を利用したがっていると匂わせたから、自分の所有物でしかない帝国を、あいつなら自己保身で簡単に姫さんに売り渡すかもな。そうなったら事実上、帝国はあんたの物だよ」

「まあ、帝国を乗っ取れだなんて……ずいぶん悪いことを考えますのね」

「弱者は強者に従う。この国の流儀に従ったまでだよ」

 

 暗に帝国乗っ取りを示唆する蓮弥に対し、リリアーナが悪い人もいるものだとくすくす笑う。だがふと少しだけ顔を切なげにした後、ぽつりと呟く。

 

「……忠節の騎士ロートスがずっと私の側にいてくれるという選択肢は……ないのですね」

「……あいにくロートスには恋人がいてな。それに……平民出身のロートスと姫さんでは釣り合わないだろ」

 

 そう、以前王宮の屋上でその心を救ったのと同じく、蓮弥はリリアーナを救った。()()()()()()()

 

 だがすぐに切り替えたのか、リリアーナは毅然とした態度で少しずつ移動する。パーティー会場の一番目立つ位置まで。

 

「お、おい」

「ここでかの女神の剣と私が、個人的に親しくしているとアピールすることは帝国への牽制になりますから……それに曲がりなりにもハイリヒ王国の騎士を名乗った以上、王女である私の命令には従わなくてはいけませんわね」

「それは……」

 

 リリアーナが悪戯っぽく笑いながら蓮弥にそう言う。

 

「だから……リリアーナ・S・B・ハイリヒが命じます。今から私と……一番目立つところで踊りなさい」

「……わかりました、姫。あなたのお望みのままに」

 

 恭しく応えた蓮弥だったが、リリアーナは不満げだ。

 

「あと、以前から気になっていましたが姫さんはやめてください。これからはリリィと呼ぶように」

「わかったよ、リリィ」

 

 二人は踊り続ける。蓮弥も慣れてきたのか動きがスムーズになってくるとダンスの見栄えが良くなってくる。そうなると二人の美男美女が一番目立つ位置で主役の片割れをほったらかしにして踊っている光景が周りに広がる。

 

「……こんなことならもう少し可愛いドレスにするべきでした」

「黒も悪くないと思うぞ。少なくとも似合ってなくはない」

「……随分遠回しな褒め方なのは恋人に配慮してのことですか。まったくもう」

 

 文句を言いつつも表情は楽しそうだ。周りにも二人が親密であることが伝わるだろう。帝国への牽制になると言う意味では十分以上に効果があると言ってもいい。

 

 

 そうして二人はパーティー会場で踊っていたのだが……

 

「始まるな」

 

 蓮弥のパーティーの第二幕を予感させる言葉と共に。

 

 

 全ての光が消え失せ、会場は闇に呑み込まれた。

 




>ロートス(17)
つい最近ハイリヒ王国騎士団に入隊した新人隊員。新人なのになぜかいきなり姫様の護衛という大役を任されたり、先輩騎士が委縮したりしている不思議な人物。顔と声は魂魄魔法の幻術で見え方を変えてる疑惑あり。時々ハイリヒ王国に出没するかもしれない。

次回、帝都の夜に兎は舞う。特別ゲストも出るよー

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