なんとか10話で収まりました。次回からフェアベルゲン編に突入しますがこちらもサクサク進めたいところ。
「どうやら無事に終わったようだな」
蓮弥はユナの勝利宣言により雄叫びを上げるハウリア達を他所にほっと一息ついていた。
だが蓮弥は良くても全然良くない人物もいる。それはこのパーティーの主役の一人であるにも関わらず完全に蚊帳の外にされている不幸な姫君、リリアーナ王女だった。
リリアーナは目元に影を落とすと笑顔で蓮弥を覗き見る。
「蓮弥さん。説明してくれますね。一体全体何が起きているのか!! 一つもわかるところがありません! 一体何がどうなってこの結果が生まれますの!?」
「落ち着けリリィ。言われなくてもちゃんと説明するから。元々このパーティーの主役であるリリィには聞く権利があると思うしな」
そう言って蓮弥は未だに呆然としている帝国貴族から目を離さずにリリアーナに説明を開始する。
「そもそもこの結果はもちろん狙って生み出されたものだ。そして俺達の中では皇帝がカムさんとの決闘を受け入れた段階で勝利がほとんど決まってたんだよ」
「ずいぶんとはっきり言いますね。確かにシアさん以外のハウリア族が魔力を使ったのには驚きましたが、それだけで勝てるほど帝国最強は甘くなかったはずです」
「だからこそ、これまで勝つための論理を積み上げてきたんだ。順番に話すと計画は俺とハジメが戦った時から始まってた」
カムが帝国と戦争すると宣言した時、そしてハジメが真正面から帝国を打ち破り完全勝利を目指すと言った時からこの形になることは決まっていた。
戦うキッカケこそ予定と少し違ったが、蓮弥とハジメの戦いは規定事項であり、その戦いをガハルドに見せることで蓮弥達の危険度を明確にしたのだ。
「皇帝は思っただろうな。俺達を敵にするわけにはいかないと。ついでにハジメが未知のアーティファクトを山のように所有していることとハジメの特殊な
「錬成魔法を?」
「俺達の戦いを見ていないリリィからしたら疑問かもしれないけどな。とにかくそれを強く記憶に刻んだ状態で今日を迎えたわけだ。そして以前から目を付けていた兎人族が襲撃してきたと思い、興味を惹かれた皇帝だったが、蓋を開けてみれば手にはハジメのアーティファクトを持っていて戦闘はそれ頼り。しかも交渉もバックに俺達が付いていることをちらつかせての脅しまがいの交渉ときた。そこで皇帝は何を思ったと思う?」
突然質問を振られたリリィは未だに気を失い、帝国の治癒師の治療を受けているガハルドを見て言う。
「えっ? えーと……ハウリアの方に失望したとか。ガハルド陛下は実力主義ということで他人の力に頼って威張る輩が嫌いとのことでしたから」
「おそらくそうだろうな。きっと皇帝の中ではハウリアの評価は下方修正されたに違いない。それが俺達の狙いだと知らずにな」
だからこそハウリアに帝国にとって未知である銃火器で武装させたのだ。おまけにカム自身の手で魔力も使い手の能力も関係ないことは説明されている。皇帝ガハルドは結局ハウリアはハジメのアーティファクトがなければたいしたことがない兎人族に過ぎないと思っただろう。
「そして面従腹背の思いで一旦要求を飲もうとした段階でカムさんからまさかの決闘宣言。しかも自分達の未来を懸けた戦いを行うというんだ。当然何かあると思っただろうな」
その時のガハルドの心境を想像しながら蓮弥はリリアーナに語る。
「圧倒的な有利の立場を捨てての一対一の決闘。しかも自分達だけではなく、ハジメ達の仲間であるシアの運命さえチップとして賭けている戦い。しかも相手は戦士としては素人に毛が生えたレベルでしかないのは歴戦の戦士である皇帝には丸わかり。そんな中、ハウリア達の評価に下方修正が入っている皇帝はまず俺達の介入を疑う。カムさんが勝つように仕掛けがされていると考える。思えばパーティー中、ハジメは怪しい行動をしてたように見えるしな」
十中八九自分はカムには負けない。だけどこれはハジメ達が自分の仲間を賭けた上での戦い。つまり、この戦いは必ずカムが勝つような仕掛けが施してあると思い込む。そこで思い返してみればハジメは帝国貴族に積極的に干渉していた。その行為はこの決闘の際の布石だったのではないか、そう考えてもおかしくはない。
「あっ、だからガハルド陛下は試合前にユナさんに質問したんですね。決闘に介入する者が現れたらどうなるのかを」
「その通りだよ。皇帝もそれを考えて確認したんだろうな。結果は介入者の存在が認知されたら介入した側が負けになるルール。その時から皇帝にとっての決闘とは目の前の取るに足らない兎人族を倒すのではなく、いかにして俺達の仕掛けを見破るかの戦いに代わった」
ほぼ確実に仕掛けは施されている。ならそれを白日に晒せば自分達の勝利が確定する。そう考えて行動したのは想像するに容易い。
「おそらく俺達が高を括ってると思ったんだろうな。帝国には自分達の仕掛けを見破る力はないと。きっと準備期間中、見えないところで監視の目を光らせていたはず。ひょっとしたら俺達の知らないアーティファクトなんかも動かしていたかもな。ここは帝城。皇帝のホームグラウンドともあればやれることは山ほどあったはず。もしかしたら俺達が帝国を舐めてるならその隙を突いてやるとでも思っていたかもしれないな」
「そしてその隙をついて、ハウリアの方が全力でガハルド陛下を攻撃したと」
「そうだ。ただ、これだけじゃ不安が残る。一度皇帝と戦った雫曰く、完全に不意打ちを決めたのにギリギリで躱された経験があるそうだ。そう考えるともう一手皇帝の気を逸らす何かが欲しい。そこでハジメのアレだ」
「あの突然手を合わせた奴ですよね。アレってどういう意味があったんですか?」
「あれ自体には意味はないよ。本当にただ手を合わせただけだ。だけど俺とハジメが戦った時、ハジメは手合わせ錬成を何度も使っている。それを覚えていたら思わず反応してしまうのも仕方ない」
ハジメのアレは蓮弥が仕込んだものだが、なぜか錬成精度が上がるということでルーティーンに近い形でハジメは今も使っている。だが本来錬成魔法を行使するのに必要ない行動だ。
「もちろん手を合わせなくても錬成できるし、それをブラフにすることもできる。今回はブラフとして使ったということだよ。ハジメが手を合わせれば錬成魔法が発動するってな。そこで皇帝はハジメを警戒する。どこに来る。地面か、それとも貴族に配っていた薔薇の造花か。だが結果的に何も起こらないし感知できない。当然だな。ハジメは本当に手を叩いただけなんだから。だけどそれが余計に怪しい。絶対何かあるはずだ。そう思考に囚われ、一瞬だけ目の前の取るに足らない兎人族から思考が逸れる。そこを狙い撃った」
兎人族ではありえない魔力を纏って、しかもそれを全力でなりふり構わずこの一撃にカムは己と一族の未来の全てを懸けていたのだ。一瞬完全に余所見をしたガハルドと、拳をガハルドの顔面に叩き込むことのみに全力を尽くしたカム。どちらに軍配が上がるのか、それはこの決闘の結果が示していた。
「つまり、皇帝の敗因はたった一つ。それは……目の前の兎人族の戦士を所詮雑魚の兎人族だと舐めてかかったことにある。もし、皇帝がカムさんを一人前の戦士だと認めて、その上で驕りも油断もなく対峙していたら、間違いなくカムさんは勝てなかった」
仮にガハルドがカムと戦うのに全霊を尽くしていたら、おそらく初撃は躱されていただろう。後は一方的な展開になったに違いない。だがそうはならないかった。
その理由は実力至上主義社会の底辺。そこに在する兎人族に対する驕りを拭い去れなかったことにある。ハジメ達が来る前から帝国兵達相手に善戦していたことを知っており、シアという亜人族の魔力持ちという例外の存在を認識していたにも関わらず、生まれた時から刷り込まれていた亜人差別の驕りを消せなかったガハルドの敗北だった。
「くくく、なるほどな。俺はまんまとお前らの作戦に嵌って、ありもしない罠を警戒してたってわけか」
「ッ皇帝陛下! ご無事ですか!?」
「もう大丈夫だ。心配しなくても、もう立てる」
そこでようやく意識を取り戻したガハルドが自嘲気味に笑い、立ち上がる。どうやら回復魔法が効いたようでほとんどダメージが見られない。
そして確かな足取りで真っすぐカムの元に向かう。カムもまた香織による回復魔法によって体力の消耗を回復していた。
「おい、一つだけ聞かせろ。お前が使った魔力。それはお前の物か」
「そうだ。魔力を使えるのは私だけではない。お前達」
『はい』
そう言ってカムを含めて今まで抑えていた
「ボス達は亜人族に魔力を与える術を持っている。もはや魔力は貴様らだけのものではない」
「おいおい、マジかよ。亜人が魔力を持つんだったら今までの価値観が丸ごとひっくり返るぞ。もう亜人を雑魚扱いできなくなるな……
「なんだ」
そこで意外にも爽やかな笑顔を見せたガハルドは周りに聞こえるように言う。
「戦士としてはほとんど素人だが、さっきの拳の一撃は中々良かったぜ。込められた熱い魂ってやつがビリビリ伝わってきた。ま、次やったら負けねぇが、決闘であれだけ派手にやられては言い訳できねぇな。認めよう。今回は俺の負けだ。要求は全て飲む」
「それは重畳。貴様に褒められても何も嬉しくはないが、契約を守ってくれるならそれでいい」
素直な皇帝の賛辞に対し、淡々と返すカム。ガハルドは、もはや苦笑い気味だ。そして、肩の力を抜くと、会場にいる者達に向かって語りかけた。
「はぁ、くそ、お前等、すまんな。今回ばかりはしてやられた。……帝国は強さこそが至上。こいつら兎人族ハウリアは、それを城を落とし、俺を真っ向勝負で倒すことで示した。民も人質に取られている。故に、ヘルシャーを代表してここに誓う。全ての亜人奴隷を解放し、ハルツィナ樹海には一切干渉しない。そして今、この時より亜人に対する奴隷化と迫害を禁止とし、これを破った者には帝国が厳罰に処す。その旨を帝国の新たな法として制定する。文句がある奴は、俺の所に来い。俺に勝てば、あとは好きにしろ!」
亜人を今まで通り奴隷扱いしたければ、帝国最強の皇帝を倒せとの宣言だ。本当に、実力至上主義を体現した男である。
「ユナ様、いかがでしょう」
「はい、聖約は成立しました。これより皇帝ガハルドは即時亜人族奴隷の解放を実行しなければなりません。だから明日中には帝都の奴隷解放を実行してください」
「明日中だと? なあ、嬢ちゃん。一体、帝都にどれだけの奴隷がいると思っているんだ。もう少し伸ばせないか?」
即時解放を求めるユナに対し、もう少し何とかならないかと交渉するガハルド。だがこれはユナにもどうしようもないことだ。
「聖約書には即時全面開放が明記されています。もしそれを破ると、聖約が強制的にあなたを動かして実行させようとします。要は自分の意思で実行するか聖約に操られて無理やり実行させられるかの違いですね」
「おいおい、そんなに怖い契約だったのか。それしかなかったとはいえ、もう少し契約内容に手を入れるべきだったなちくしょう」
ガハルドは今更とんでもない契約をしたと若干後悔しかけていたが、そんなこと気にすることなくカムが追加で要求する。
「解放した奴隷は樹海へ向かわせる。ガハルド。貴様はフェアベルゲンまで同行しろ。そして、長老衆の眼前にて聖約を復唱しろ」
「一人でか? 普通に殺されるんじゃねぇのか?」
「我等が無事に送り返す。貴様が死んでは色々と面倒だろう?」
契約者であるガハルドが死ぬと聖約を行使する際にどうしても問題が出てくる。今回はハウリアと同じく、ガハルドを代表としてガハルドの血に連なる者達にも聖約が掛かっているが、直接契約ではないので効力は落ちるのだ。子の代までならともかく、孫、ひ孫の代まで効力を持たせるのは難しい。
「はぁ~、わかったよ。お前等が脱獄したときから何となく嫌な予感はしてたんだ。それが、ここまでいいようにやられるとはな。…………なぁ、俺に、あるいは帝国に、何か恨みでもあったのかよ、藤澤蓮弥、それとそこで他人のふりをしている南雲ハジメ」
だがハジメは返事をしない。壁にもたれながら何かスクリーンのようなものを操作している。
「よし、これでOKだ。ハウリア諸君、今夜はよくやった。さて、祝勝会の前に今日のカムの雄姿をみんなでもう一度見てみようぜ」
そう言って手に持っていたスフィア型の結晶のスイッチを入れた。それはまるでスクリーンのように光を放ち、壁に光を映し出す。良く見えるようにハジメは真央に頼んでもう一度照明を落とした。
「おい、さっきから何をやって……」
『おいおい、どうした兎人族。これじゃあ勝負にならねぇぞ。お前がこなけりゃこっちから行くがどうする?』
「なッ!?」
スクリーンに映し出されたのは先ほどの皇帝ガハルドとハウリア族カムの決闘のワンシーンだった。
「お、上手く撮れてるっすね。族長緊張してるの丸わかりっす」
「ガハルドも随分調子に乗ってるわね。もういかにも相手を舐めてますオーラ全開なんだもの」
パルを始めとした兎人族はスクリーンに映し出されたカムの緊張した顔や、ガハルドのドヤ顔を眺めて楽しむ。
「ここから見ものだぞ」
ハジメが言った通り、佳境に入る。緊張が走る中、ハジメが手を合わせたことをキッカケにカムが超高速で移動し、ガハルドの顔面に拳を叩きこんだ。
さらにその画面が連続する。別の角度から取っていたシーンを挟んだようで、ガハルドの顔面に拳が叩き込まれるシーンが1カメ、2カメ、3カメ、4カメと続き、その後止めにガハルドの顔面に拳が突き刺さるシーンのドアップがスローモーションで再生される。拳を叩きこまれたガハルドの顔の筋肉がたわむ瞬間まで鮮明に映し出された映像の後、ガハルドが派手に吹き飛ぶシーンが入る。そしてその後、気絶して白目を晒したガハルドのドアップで映像が終了した。
「な、な、な」
「いやー良く取れてるよな。透明化させたビットカメラを設置してスタンバってた甲斐があったわー」
「ハジメ、途中でインパクトが入る瞬間に5つもカメラがあったがそんなに仕掛けてたのか」
「おう、何しろ決定的瞬間だからな、おまけに一つはスローモーション付きだ。顔がひしゃげる様子も綺麗に取れてるな」
「おい待てッ! てめぇら! それをどうするつもりだ!?」
今までになく焦るガハルドに対し、ハジメはあっけらかんと答える。
「決まってるだろ。全世界に500ルタくらいで売り飛ばすんだよ。こんなものはいくらでも複製できるからな。既に1万個ほどダビング済みだ」
「一万!?」
「さて、最強だということで周辺国にもでかい面してた皇帝が亜人族最弱の兎人族に一対一の決闘で負けたと世界中に広まれば……帝国と付き合い方を変えようという国も現れるんじゃないか」
「ま、待てッ!?」
ガハルドはある意味奴隷解放時より焦っていた。亜人族解放だけでも帝国としては痛手なのに、こんな帝国の醜聞が世界中に広がれば、帝国の威信は失墜する。帝国が強さを持ち出して大きい態度で接していた国ほど帝国を相手しなくなるだろう。
そこで好機だとみたのか、蓮弥の側にいたリリアーナが行動を開始する。
「南雲さん。それを私にも一つ戴けますか?」
「おう、もちろんだ。姫さんはこのパーティーの主役だからな。お土産としていくらでも持って帰るといい」
「そうですか。では遠慮なく帝国の醜聞を持って帰るとしましょう。そして……陛下、少しお目を拝借させていただきます」
そして手から出したのはダンス中に蓮弥が手渡した映像記録媒体。それをガハルドの眼前まで持ってきて見せてやる。
「あん? これが何だって………………ッ!? あのクソガキぃぃぃぃ!!」
記録内容を見たガハルドはこのパーティーの主役であるはずのバイアスに殺気を飛ばす。それに当てられたのか「ひっ……」と軽く悲鳴を漏らしたバイアスが腰を抜かす。どうやら魂に染み付いた恐怖ですっかり色々弱くなったらしい。
「どうやら陛下はご存じなかったようですね。同盟国の代表である私に対する暴行未遂。さらに同盟国を侵略しようと仄めかす言動。とても許容できるものでありませんわ……ゆえに!! 今回の婚約ッ、破棄させていただきます!! 私は、帝国皇太子に嫁入りする覚悟はありましたが、躾のなっていない野蛮な猿に嫁ぐつもりはありません。この帝国の二つの醜聞は私と近衛騎士ロートスが預からせていただきます。そしてこれを機に帝国との付き合い方も考えさせていただくことになるでしょうね。そういう訳で陛下、付き合い方が変わっても良い関係でいましょうね」
もはや帝国にとって踏んだり蹴ったりだ。今回の映像だけでなく、リリアーナが持っている次期皇帝である皇太子の他国の姫に対する暴行未遂や侵略宣言の証拠が全世界に広がれば、もはや帝国とまともに外交を行おうという国は出てこないだろう。帝国周辺の小国はもちろん。大きいところではハイリヒ王国やアンカジ公国、そして商業都市フューレンも態度を変える可能性があり得る。それは……国の存亡に関わる大問題だった。
「ああ──、今日は厄日かよ、くそったれ──ッッ!!」
帝城にてガハルドの叫び声だけが広がっていた。
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その後、ハウリア達が撤退した後、ガハルドが早速亜人奴隷解放に向けて準備を始めたところ案の定反対する者が多数現れた。
曰く、このままでは帝国の威信に関わる。先の決闘だって何か卑怯なことをしたに違いない。などなど文句を言ってきた帝国貴族にガハルドが一喝した。
「ガタガタ騒ぐな! 言ったはずだぞ、お前等を無駄死にさせるつもりはないと。特にあの藤澤蓮弥と南雲ハジメは正真正銘の化け物だ。ただ一人で今すぐ万軍ごと帝都を地図から消せるような次元違いの怪物だ。奴に従えとは言わねぇが、力こそ至上と掲げる帝国人なら実力差に駄々を捏ねるような無様は晒すな!」
と一喝して何とか無駄死にを防いだ。
こうして蓮弥達に対する敵対心を胸に秘めつつも、無駄死に確定の現実を前に手を出せず歯噛みする帝国の生き残り達が、ガハルドによって纏められ落ち着きを取り戻して少し経った頃。
色々皇帝周りが必死になった結果、なんとか奴隷解放を実施する手はずになった。蓮弥が冗談で、色々面倒だから逆らうやつ皆殺しにして亜人を解放した後、帝都を更地に変えようかなと呟いたのも効果があったのかもしれない。なまじ本当に帝都を更地に変えられることを知っているガハルドは内心気が気じゃなかった可能性は大いにあるだろう。
もちろん簡単ではなかったわけで、猛反発で暴動が起きそうになったこともあったのだが。
「亜人に対する全ての対応は、”エヒト様”からの“神託”である!」
勇者光輝と豊穣の女神愛子様の言葉で収まった。そして豊穣の女神愛子様伝説はとうとう帝都でも轟くところになり、愛子が勘弁してほしいと目のハイライトを消して愚痴っていた。蓮弥とてエヒト教が未だに強い力を持っていることやそれを利用することに内心歯がゆい思いをしていたが、暴動で無駄に死者が出てもいいとは思っていない。この苦い想いはエヒトを倒して晴らすと蓮弥は誓う。
そして最初は困惑していた元奴隷達もシアの森へ帰ろうという声によってようやく解放されたことを実感し、歓声を上げて喜んだ。
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かくして、帝都を中心に行われた大騒動はハウリアの勝利で終わった。
だがもちろん、これでハウリアの戦いは終わったわけではない。むしろこれからが本番だと言えるだろう。亜人族差別問題はまだ続くし、奴隷解放されたことに調子づいた他の亜人達の暴走を抑えることもしなくてはならないだろう。
だからこそ彼らはもっと強くならなくてはならない。幸い強くなるための手段は伝授された。ならば後は強くなるだけだ。
今回の件で兎人族でも帝国最強に勝てることが証明された、決して驕っていいわけではないが、彼らにとって確かな自信につながったことだろう。
そしていつか彼らは駆け上がっていくのだ。トータス最強の戦闘民族の座まで。
その時はきっと遠い話ではないはずだ。
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そして時は数日後にまで進められる。
亜人奴隷が一人もいなくなってしまった帝都は不満でいっぱいだった。当然だろう。今まであたりまえのようにあったものが、いきなりよくわからない理由で奪い取られたのだから。奴隷商人などは廃業したも同然である。一度は神エヒトの威光ということで納得したものもいるが、元々エヒト教の教えを重視していない国である。神に祈っても失われたものは戻らない。
そして止めとなったのが、次期皇帝であるバイアス皇太子の存在だった。今までも傲慢な態度をしていた彼だったが人前に出てきた際の彼は今までとは全く違っていた。
仮に他国の人間から見たら違いがわからないかもしれない。相変わらず偉そうな態度を取っているなとしか思わなかったかもしれないが、帝国の戦士の目からみたら彼の態度の変化は明白だった。
言動に覇気がない。時々何かに怯えているような顔をする。そういう噂が噂を呼び、最終的には次期皇帝の座に着くのがバイアスでは駄目ではないかという話になってくる。
元々言動に問題だらけの人物であり、皇帝にするならもっと知恵が回る人格者寄りの人材だって他にいる。それなのに強いというただ一つの理由で次期皇帝になっていたのだ。そのバイアスに覇気がなくなれば駄目だと思う人も大勢いるのは明白だった。
そこで動いたのが第二位継承者以下の皇族達だ。皇帝ガハルドがいない内に皇太子バイアスを亡き者にして、次期皇帝の座を奪い返し、亜人奴隷を取り戻そうとしたのだ。
本来はそんなことは聖約によってできないのだが、
おまけに帝城の事件が結果的に死者ゼロで終わったのをやり玉に挙げる者もいた。それによりハウリアの恐怖が染み付いておらず、皇帝が負けたという噂も信じていないものも多かった。
よっておこるのは大暴動。一時は抑えられた感情はガハルドも豊穣の女神もなしに抑えられることはない。このままでは帝都を中心にクーデターが発生するのは時間の問題だった。
何者かにそういう方向になるよう仕向けられていることも知らずに。
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「さて、皆さん。ついにこの日がやってきました。もしかしたら楽しみにしていた者もいるかもしれませんね」
「本当だよ神父さん。僕に偵察ばかりさせて、挙句の果てに藤澤達まで来ちゃうしさ。中止になるかと思っちゃったよ」
ここは帝国のすぐ近くの丘、そこに集まっているのは闇の中に生きる者達。ダニエル・アルベルトに中村恵里、檜山大介、そしてフレイヤに黒騎士まで勢ぞろいしていた。
「どうでもいいんだけど。私は結界を張ったら見物しててもいいのよね」
「ええ、もちろん。今回は彼らにやって貰いたいので。あなたが暴れると跡形もなくなってしまう。もっとも、やりたくないのかもしれませんがね」
神父がフレイヤに向けて言葉を放つ。神父はフレイヤが王都にて蓮弥達と共闘して以来、心境の変化があったことを悟っていた。神父としてはそれでも一向にかまわず邪魔さえしなければいいというスタンスだったため、特に文句は言わなかった。
「別に……至高の天使である私がわざわざあんな奴らに構ってやることもないと思っただけよ。もっとも、わざわざ助けてやる義理もないわけだから、私は高みの見物とさせてもらうわ」
「よろしい。ではあなたはどうですか?」
そう言って神父が言葉をかけたのは黒騎士だった。以前は叫ぶぐらいしか口を開くことはなかった黒騎士がフルフェイスのメット越しに喋る。
「決まっています。俺は、俺の正義を貫くだけです」
「よろしい。では檜山さんは……もう辛抱たまらない様子。では始めましょうか」
神父が前に出て振り返り、一堂に向けて宣言を行う。
「さて、皆さん。かつて神エヒトは申されたことがあります。この世の地獄を作れと。これはかつて私に下された命令でもありましてね。私も主の期待に応えるべくそうなるように仕向けたのですがその私の成果に主は大変満足されたようでした。つまり……これから我々が行うことは神の名の下に許されています」
「はは、過激ぃ~。とんだ神様もいたものだよね~」
恵里が茶化すように言う通り、これから行う彼らの行為は神の名の下に許されている。
「ですが事実なのです。そしてこの国でもそれが許されている。かの国は実力至上主義国家。強ければ弱いものに何をしてもかまわないという考えが染み付いている」
「つまり……私たちの行動も正当化されるわけね」
フレイヤの言う通り、これから行う彼らの行為は帝国の名の下でも許されている。ならば止まる道理などどこにもない。
「ここに集った者達は各々何か目的があってここにいるはず。己の正義を貫くためか、己の理想を追求するためか。あるいは飽くなき欲望を満たすためというのもあるかもしれない。構いません。今宵は存分に己の”渇望”をかの国へ振るうがいい。さて諸君……」
ここで神父は再度帝国を見下ろす。それは今にもクーデターが起きそうになり。その暴動のために皇帝側の兵士もクーデターを起こす側の兵士もそろえられている。帝国の戦力のほとんどが密集しているというまさに理想的な環境。恵里が苦労して整えただけある。
その光景を見下ろし、神父が一言だけ告げる。
「地獄を作りますよ」
ここに、帝国の歴史上、最大最悪の惨劇の夜の舞台の幕が……切って落とされた。
帝都君「よっしゃぁぁぁ、あいつらいなくなったーー! 空気が旨い、身体が軽い、もう何も恐くない。なんなら後の問題は俺一人で片付けてやるぜ。そして騒ぎが収まったら実はずっと好きだったフェアベルゲンちゃんにプロポーズするんだ。ん? 誰だよこんな夜遅くに……まさかな。それにしても今日は北斗七星の横の星がやけに光って見えるけどあれなんなんだろうな」
次回からフェアベルゲン編が始まりますが、書き溜めを吐き出したので更新速度が遅くなるので悪しからず。