ありふれた日常へ永劫破壊   作:シオウ

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前回更新から早一ヵ月。そろそろ再開しようかなと思います。

そして今回は原作とは雰囲気が違う導入です。


余談ですが、作者は今季アニメの『魔王学院の不適合者』に嵌っています。さすアノ、さすアノ。

それでは本編をどうぞ。


第7章
不協和音


 何に対しても言えることではあるが、世の中は基本的に山あり谷ありだ。

 

 何事もいつまでも上手くいくということはなく、逆にいつまでも上手くいかないということもない。世界は実によくできたバランスで成り立っている。

 

 中には蓮弥のように超常存在によって、いきなり谷を通り越して奈落を追い越し、地獄も生ぬるいような責め苦を受けることもあるが、そんなものは例外中の例外であろう。

 

 そう、何事も上手くいくことなどない。それが例え、いつまでも万年イチャイチャしていそうなバカップルであろうと。本当の姉妹のように仲が良かった親友同士にしても。

 

 そう、どんなものにも、それは起こりうるのだ。

 

 

 ~~~~~~~~~

 

 

 

 重い。

 

 フェルニル内に響いたアナウンスにより、間もなく目的地であるシュネー雪原に付くと知ってメインデッキに出てきた蓮弥は、そこに漂う微妙な空気を察していた。

 

「見て見てハジメ君。見渡す限りずっと雲だよ」

「ああ、そうだな」

「確かシュネー雪原は年中雪が降ってる場所なんだよね」

「ああ、そうだな。だから今防寒用アーティファクトを用意してるだろ」

「そうなんだ。ありがとう、ハジメ君。流石だね」

「ああ、そうだな」

「…………」

 

 しばらく会話を粘っていた香織だったが、受け答えはきっちりするものの、どこか上の空で雪の結晶のようなものを弄っているハジメに、流石の香織も困った顔を隠さない。

 

 

 少なくとも昨日までは何ともなかったはずのハジメが、何やら物思いにふけっている。会話の受け答えはするし、アーティファクトを調整しているようではあるが、どこか上の空であることは疑いようもない。フェルニルが自動操縦ではなく、ハジメの手動操作で動いていた場合、いつか墜落していたかもしれない。

 

 

 そしてハジメに関して一番おかしいと言える根拠、それは……

 

「…………」

 

 メインデッキの仲間に挨拶して以降、ハジメの反対側の席に座って一言も喋らないユエの存在にあった。散々二人のイチャイチャを見せつけられた面々からしたら、この光景がいかにおかしいことなのか誰にでもわかるだろう。

 正確に言えば、ユエはチラチラハジメの方を意識して、何度か声を掛けようとしているようではあるのだが、その度に俯いて手を引いてしまうということをさっきから繰り返している。あり得ないことにそのしぐさにハジメが反応しないというおまけ付き。

 

 さらには……

 

「うわぁぁぁぁ、私、雪って初めて見るんですよね。楽しみですぅ。ティオさんは見たことありますか?」

「うん? 妾かの。そうじゃな……経験したことは何度かあるが、妾は寒いのが苦手じゃからいい思い出はあまりないのう」

 

 朝メインデッキに登場して以降、いつも通り元気いっぱいに挨拶したシアだったが、これも微妙におかしい。まるでハジメとユエの異変に気が付いていないかのような態度を示してくる。少なからずおかしい雰囲気に誰もが困惑している中、シアだけがいつも通りゆえに、逆に異常であることを示している。

 

 間違いなく昨夜、この三人に何かあった。

 

 誰もが確信しているが、誰も何も言えない。教師である愛子も薄々それは察してはいるのだが、愛子は今までにない異常事態に、愛子の少ない恋愛経験ではどうしたらいいのかわからないというのが本音だった。

 

「どうじゃ真央よ、羅針盤は機能しているおるかの」

 

 ティオが沈黙が重くなる空気を察してか、現在コクピットに座っている真央に対してそう尋ねる。

 

「問題なく機能してるわね。ヘファイストスと組み合わせれば正確な到着時間も割り出せる。後十分くらいで到着するわ」

「そうか。地球の座標は既に把握しているとはいえ、トラブルがないとは限らない。その羅針盤に使用制限がある以上、ケチって使わないとな」

 

 ハルツィナ大迷宮で譲り受けた”望んだ場所を指し示す”という概念魔法が込められた羅針盤を使用しているわけだが、蓮弥の言う通り、その羅針盤には使用制限があった。

 

 あたりまえの話、永遠に続く魔法など存在しない。ましてやその扱いが困難である概念魔法ならなおのことだ。どうやら概念的に遠い場所を知ろうとすればするほど消費する魔力量が上がっていく仕組みらしい。シュネー雪原の場所を調べるくらいなら大した量を消費しないが、地球の場所を調べた際にはごっそり魔力を消費している。ユナが調べたところ、込められた概念(魔力)が擦り切れるまでは使用できるが、異世界の探知ともなると後二回が限度であろうとのこと。

 

 つまりエヒトのいる場所まで行くために使うのと、地球とトータスの往復を考えて地球から見たトータスの位置を知るために使うくらいが限界だろうとのユナの読みだ。

 

 羅針盤の話が終わり、再び場に沈黙が満ちる。その間も香織がなんとかハジメに声をかけていたのだが、流石の香織もいつもと様子の違うハジメを前にどうしたらいいかわからず隣の雫へ助けを求めている。

 

 そしてその空気を破るかのように、スライド式の扉を開いて光輝達が入ってきた。彼等はハジメが作り直したアーティファクトの扱いに慣れるため鍛錬をしていたのだが、どうやら一区切りついたようだ。それに気づいたハジメも光輝達に声をかける。

 

「よう、アーティファクトの調子はどうだ」

「問題ない。各種アーティファクトは問題なく機能していると思う」

「いや、マジですごいぜ! 闘気で飛ぶと消耗が激しいから困ってたんだ。後は重さを増減できるのも最高だなっ!」

 

 光輝と龍太郎には、主に機動力を上げるためのアーティファクトが与えられている。特に飛行能力を持っていなかった光輝は空力を付与したブーツの存在により、空気中に足場を作って戦えるようになったのは大きい。敵が見上げるほど巨大だったり、空を飛んでいるのが当たり前になりつつある今、光輝達にとって心強い味方となっただろう。

 

「鈴の方はどうかしら? 要望通りの魔法陣が組み込まれているはずだけど」

「ばっちりだよ。おかげで結界術の精度が前より上がったし。ありがとう、マオマオ」

「どういたしまして。だけどそれはあなたが頑張って手に入れた昇華魔法のおかげでもあるんだし、自信を持っていいんじゃない」

 

 一方鈴は、ハジメと真央の合作である二振りの鉄扇を与えられている。鉄扇というアイディアは真央のものであり、何でも扇子は呪術では結界を作る際の呪具としても使用されているため、鈴とは相性がいいとのこと。最近、鉄扇術を扱えるらしいティオに教わっている光景は仲間達なら誰でも見れる光景だった。

 

 結論から言うと、ほとんどがハジメや真央が用意したアーティファクトに満足しているようだが、課題がある者もいる。

 

「それで天之河。聖剣の方は……」

「……まだわからない。最近意思らしきものは感じるような気がするけど、感覚的にまだ遠い気がするんだ」

 

 蓮弥の言葉に対し、返答に詰まりつつも現状を素直に報告する光輝。

 

 課題とは光輝の聖剣のことだ。あれから光輝は聖剣と対話しようと何度もアプローチを掛けてきた。雫からアドバイスをもらって剣を膝に抱えたまま座禅を組むなどの方法を行った結果。光輝にも聖剣に意思らしきものがあることは薄ら見えてきたらしいが、それがまだはっきり目覚めてはいないようだった。

 

「焦らないでくださいね、光輝。あなたの聖剣は確かに目覚めつつありますので、後は何かのきっかけでその力を解放することになると思います」

「キッカケ……」

 

 ユナの言葉を受け、光輝が腰に差した相棒を見る。

 

 秘めたる力を持った聖剣。もし、その力を発揮できるようになれば光輝は真の意味で勇者になる。そこに至るかは光輝次第。目標が明確化した分、光輝もやる気十分だった。

 

「おっし、これで完成だ。今から防寒用アーティファクトを各自一つ配るから絶対無くさないようにしてくれ。それがあれば少なくとも凍死することはないはずだ」

 

 しばらく悪戦苦闘していたが、ハジメが先ほどまで作業していた防寒対策アーティファクトが完成した。以前グリューエン大火山にて熱に相当苦労した経験が生きているのだろう。

 

「へぇ、雪の結晶がモチーフなのね。中々素敵じゃない」

「へへへ、ハジメ君のプレゼントが増えちゃった」

 

 ビー、ビー、ビー

 

 ハジメが全員に雪の結晶型アーティファクトを配り終えたところでメインデッキに警報が鳴り、何事かと全員がヘファイストスのスクリーンに注目する。

 

『報告:シュネー雪原の安全区域到着まで残り二分。乗員は直ちに着陸態勢を整えることを推奨する』

「到着? まだあと少しかかるはずだけど……フェルニル、何かあったの?」

 

 真央がスクリーンの数値を見て疑問を持ちフェルニルに問いかける。するとフェルニルはその機械合成音を響かせて疑問に素早く解答してくれる。

 

『解答:当初想定されていた以上に気象が荒い為、これ以上近づくのは危険と判断。当機は目的地より千二百メートル手前の地点に着陸する』

 

 蓮弥は外を見て見ると既に雪の大嵐によって少しも前が見えない状態が続いていた。それでもこの船が目的地まで真っすぐ進めたのはひとえにフェルニルの性能によるものだろう。

 

「これは……この悪天候の中進むの?」

「前が全く見えないけど……」

 

 優花や雫が最もなことを口にする。寒さの対策ができているとはいえ、この悪天候の中進むことはできれば避けたいと誰もが思っている。

 

「けど、この雪って止むのかな」

『解答:シュネー雪原は1年中雪で覆われている地帯。よってこの雪は止むことはない。それに加え、北の山脈地帯ウルの町付近にて発生した極大魔力震によってトータス全体に異常気象が発生。その影響で気候が悪化しているものと推測される』

「極大魔力震? …………あっ」

「おい、蓮弥……」

 

 フェルニルの解答に思いっきり身に覚えのある蓮弥は冷や汗を流し、それに気づいたハジメが蓮弥に非難の眼差しを向ける。

 

 蓮弥がウルの町で暴走したことはトータスに爪痕を残すに至った。蓮弥達は知らないことだが、メルジーネ大迷宮での潮の流れが激しかったのもそれが原因であり、図らずとも蓮弥は一行の道のりを険しくすることに貢献してしまったということだ。

 

「あー、まあそれは置いておいて。雪の中で進むための準備はもちろん大事だけど。俺たちはいくつか警戒しなくちゃいけないことがあるだろ」

「……神の介入か」

 

 ハジメの言葉に蓮弥は肯く。

 

 神の介入。それはこの最後の大迷宮を攻略した際に起こるであろうと皆で予想していた出来事でもあった。

 

「この大迷宮を攻略することができれば、ハジメとユエは七つの神代魔法を全て揃えることになり、概念魔法まであと一歩のところまで来ることになる」

 

 皆の顔も真剣そのものだ。なぜならハジメ達の概念魔法習得はそのまま自分達が地球へ帰れるかどうかの運命を左右することになるからだ。そしてそれは当然、『到達者』誕生を心良く思わないエヒトの介入を招くことは想像に容易い。それに加え、エヒトにはもう一つ介入する理由もある。

 

「ユナ、確かユエが概念魔法の習得が可能になった時点で、ユエは神の器として完成するという話だったよな。その辺りはどうなっているんだ?」

「その辺りは大丈夫です。そう易々と乗っ取られないような防御体制は整えてあります」

「ならそれはいいとして、残るは……神父達の動向だな」

 

 その言葉に鈴の顔付きが変わる。彼女がこの旅についてくる目的である中村恵里との再会。いよいよそれが近づいているともなれば、彼女の緊張も当然だろう。

 

「だけどこいつらは正直行動が読めない。俺達に暗示をかけて暗躍したり、大災害相手に共闘したり、そうかと思えば帝国を襲撃したり何がしたいのかわからない」

「不気味ね。こういう手合いが一番厄介なのよね」

 

 残念ながら現状、神父一派に対しては場当たり的な行動しかできないのが現実だった。何しろ目的もわからないので行動の予測が立て辛い。蓮弥としては神父のような相手に後手に回るのは悪手だとは思うのだが、どこにいるかもわからない相手を探し回る余裕があるわけではない。なぜならその行動自体が狙いである可能性もあるからだ。雫の言う通り、ある意味一番不気味なのはこの一派だろう。

 

「神父の行動は相手の動きを見て対策するしかない。ある程度予測を立てて警戒はするが、基本後手に回るのは覚悟してくれ。そして最後に、俺達にとって無視できない問題がある」

「ふむ……大災害のことじゃな」

 

 大災害。

 

 もはやその存在を軽視するものはこの場にはいない。今まで幾度もトータス滅亡の危機を齎してきた存在であり、この存在の有無次第で方針が二転三転することになる劇物だ。

 

「一年中雪に閉ざされた地帯、地面には溶けることのない分厚い氷。正直テンプレ的な展開予測をするなら、分厚い氷の中に何が封印されててもおかしくない」

 

 蓮弥の言葉に息を飲む一同。

 

 その光景はたやすく想像できるだろう。分厚い氷の下に、世界を滅ぼす厄災が数万年氷漬けにされて封印されている光景を。

 

「龍神様よ。南の地にいる大災害について、何か情報はあるかの」

 

 大災害の文献は少ない。何しろその時代は聖教教会ができる前、エヒト神の創世神話の頃にまで遡るのだ。地球とて数万年前の時代の様子を知ることは極めて難しい。増してや神エヒトにとって都合のいい歴史に作り替えられているこの世界ならなおさらだ。

 だが、蓮弥達には、その当時の時代を生きた生き字引とも言える存在が側にいる。

 

『大災害などという、人間が定めた存在など我のあずかり知らぬところではあるが、その当時南の地を治めておった存在なら一つしかおらぬな。全ての光に生きるべき生物の天敵、レギオンをも利用して、世界を混沌の中に沈めようとした存在。南の地に生きる魔族の王。すなわち……魔王『淵魔』。そやつしかおらんだろう』

 

 魔王──

 

 ファンタジー世界において、人類の天敵として描かれることの多いその存在。魔人族の王も魔王というらしいが、そちらとはおそらく格が違う。正真正銘、神も恐れ、世界を混沌の中に沈めようとする悪性の魔王。

 

「少しリリアーナから聞いた話と違いますね。確かリリアーナは大災害『淵魔』は寄生獣だと言っていましたが……」

 

 ユナの言う通り、王都を立つ際リリアーナが、少しでも蓮弥達の旅路に協力したいと言って王国の力を総動員して大災害について調べてくれたのだ。もちろんどこにいるのかもどんな存在なのかも大まかにしかわからなかったが、その時教わった情報によると大災害『淵魔』は寄生獣だという話だった。魔王では決してない。

 

『後の世であ奴が何と呼ばれているかなど知らぬ。我が言えることがあるとすれば、世界の全てに喧嘩を売りおったあ奴が、人間の小僧に負けて、同族である魔族を媒体とした封印にて封じられたということだけだ』

「龍神様は敵対してはおらんかったのかの?」

『我が領域を侵す配下は始末してきたが、わざわざ南の果てまで行って滅ぼすほど我は暇ではないわ。あの時代は生きる場所が明確に区切られておったからの。互いの領分を侵そうとするものなど、人間と魔王くらいのものだった』

 

 強者の余裕か、どうやら龍神『紅蓮』は魔王『淵魔』を警戒してはいないらしい。もしかしたら本気で戦うと世界に影響がありすぎると言う事情があったのかもしれないが。

 

「魔王……大災害に数えられるようなやばい奴との交戦はやっぱり避けたいな。さっさと大迷宮を攻略して魔人領から離れるのが一番か」

 

 ギリギリとはいえ、森での大災害戦は回避できたのだ。ならば今回も回避できる可能性はある。大災害との戦闘は常に世界の危機と隣り合わせなのだ。基本的にこの世界の部外者である蓮弥達が背負うべき問題ではない。

 

『報告:接近限界地点上空に到着』

「どうやら到着したみたいね。着陸するわ。皆席に付いて」

 

 真央の言葉に従い各自席に付く。しばらくした後、フェルニルは峡谷の上に着陸した。幅が狭く、峡谷の底には降ろせなかったようだ。

 

「今回私は後方支援に回るから、皆、油断しないで帰ってきて」

 

 そして一行は、真央の言葉を背に、最後の大迷宮へと挑むことになった。

 

「……」

「……」

 

 そして……フェルニル内にて、とうとうユエとシアは一言も会話を交わさなかった。

 

 ~~~~~~~~~~~~~~

 

 下部ハッチを開け外界に出る蓮弥達。途端、大量の吹雪が顔面に張り付くように襲って来た。防寒用アーティファクトは、一定範囲内の温度を適温に保ってくれるだけで障壁があるわけではない。なので全員、雪国仕様のコートのフードを慌てて目深に被り直す。

 

「これが雪ですか……なんだか思ってたより鬱陶しいですね」

 

 コートをきっちり着込んだシアが猛吹雪を前にして呟く。シアにとって初めての雪だったはずなのだが、どうやらお気に召さなかったらしい。雪の初体験がこんな猛吹雪なら仕方のないことなのかもしれないが。

 

「雪が柔らかい。もしかしたら崖が隠れているかもしれないから、各自足元には気をつけろよ」

「ああ、もちろん」

 

 光輝が雪を払いながら蓮弥の忠告を聞く。最近素直に言うことを聞くようになってきた光輝である。増してやこの大自然を前にして蓮弥の忠告を聞かない理由がない。だが、どんな場面でもやんちゃな奴はいるもので。

 

「ひゃほぉぉぉーう。こんなに雪が積もってるなんて中学の時に光輝達とスキーにいって以来だな。しかも誰もいないからふわふわだしよ」

 

 まるで雪が積もった翌日の子供のようなテンションで騒ぐ龍太郎。

 

「こら龍太郎。そんなにはしゃいでいると転ぶわよ」

 

 オカン雫が龍太郎に注意するものの、そんなものは聞き飽きたと言わんばかりに龍太郎が雪にダイブする。

 

「これを前にして黙っていられねぇよ。よし、このままッ!? て、あああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!

 

 そして案の定、龍太郎は隠れていた崖に突っ込み、頭から落ちていった。

 

「りゅ、龍太郎く──ん!?」

「龍太郎!?」

「あいつ……本当に馬鹿なんだな」

「全く、だから注意したのに」

 

 真っ逆さまに崖からノーロープバンジーを行う龍太郎を真面目に心配する鈴と光輝に対し、蓮弥は龍太郎の行動に呆れ、雫は幼馴染の頭の悪い行動に頭を抱えた。

 

「ししししシズシズッ! 龍太郎君が落ちたんだけど!?」

「落ち着いて鈴。今の龍太郎なら、ここから落ちた程度では死なないわ」

 

 さらに洗練された闘気により肉体の頑丈さが増した龍太郎なら、例え崖下がコンクリートでも無傷で生還できるだろう。多少怖い思いもするかもしれないが、成長しているとはいえ、まだまだ考えるより先に身体が動く傾向にある龍太郎にはいい薬だ。

 

「ちょうどいいな。俺達も降りるぞ」

 

 龍太郎の真似をするわけではないが、ハジメが手っ取り早い方法だと言わんばかりに躊躇なく崖からダイブする。続けてユエとシアがダイブするが、光輝達はやはり少し抵抗があるみたいだった。

 

「あいつら……本当に躊躇なく」

「わかってても緊張するところだよね。ここは」

「とは言えここで立ってても始まらない。ちょうどいい機会だ。お前達が空中でどれだけ動けるようになったのか見せてくれよ」

 

 蓮弥の言葉に光輝の顔に気合が入る。ここで負けていられないと言わんばかりに数度深呼吸して呼吸を、そしてなにより己の精神を整えて……

 

「行くぞッ!」

 

 光輝は崖に向かって一歩踏み出した。

 

 空中にて光輝がブーツに仕込まれた空力を使用して移動する。三角飛びの要領で落下速度をコントロールしながら降りていく動作に澱みはない。その動きだけでも才能マンである光輝の優れたセンスと、短い間ながらも相当訓練したのだとわかる動きだった。

 

(天之河の奴、思ったより安定してるな)

 

 蓮弥は懸念の一つが思ってたより問題じゃないことを理解する。

 

 今まで光輝は思い込みの激しさとその精神の未熟さゆえに本来のセンスを発揮できずにいた。

 だが、王都でのメルドとの身体を張った対話により、光輝の世界観に変化が生じた。これまでとは違う新しい考え方に最初はぎこちなかった光輝だったが、ハルツィナ大迷宮辺りでその辺りも落ち着いてきたように思う。

 一度蓮弥によって砕かれ、メルドによって再構築された光輝の感性に今必要なのは自信をつけることだ。少しずつでもいい。今の自分が上手くやれるんだと言う成功体験を積み重ねていくことで空回りしていた光輝の中の歯車がかみ合い始めてきている。特にハルツィナ大迷宮での経験が良かったらしい。

 そして歯車がかみ合いさえすればそこは流石の才能マン。動きが段違いで良くなってきている。後は聖剣の覚醒がなれば本当に最前線で戦える日も遠くないかもしれない。

 

 淀みなく降りていく光輝を見届けた後、横にいる鈴に視線を向ける蓮弥。

 

「もし気後れするなら手を貸そうか? 誰にでも向き不向きはあるし、後方支援組が崖にダイブできなくても全然恥じゃないと思うぞ」

「ありがとう藤澤君。けど大丈夫。この程度の困難を乗り越えられないで恵里のところへたどり着けるわけないから!」

 

 蓮弥の提案を断った鈴は呼吸を整え、魔法を展開し、崖から身を投げる。

 

「”聖界(エリア)”──”停界(テイカイ)”」

 

 アーティファクトによりさらに効果範囲が広がった”聖界”を展開した鈴の落下速度が緩やかになる。

 

 ”停界”は文字通り、空間の粘度を変えることで聖界内の動きの流れを遅くする空間魔法だ。自身も遅くなるという欠点はあるが、落下速度を自由自在に変えられる上に、猛吹雪による影響も受けないため、この場面では良い選択だと言えるだろう。

 

「白崎はどうだ。まあ、ハジメが飛び降りる前に申告しなかった辺り、手段はあるんだろうけど」

 

 基本的に自然系統の魔法に適正がない香織はどうなのかと思い問いかけた蓮弥だが、香織は自信満々な顔を返す。

 

「その通りだよ。私もいつまでも非力じゃいられないから。ここは新魔法の出番だよ」

 

 香織は躊躇することなく崖を飛び降りる。一見何の魔法も使っていないように見えるが……

 

(なんだ? 白崎の背後に……何かいる?)

 

 蓮弥の目からは良く見えなかったが、背後の何かが上手く体勢を整えて、空中を飛翔するかのごとく落下しているように見える。

 

「あれは……流石ですね香織。己の魂をあのような形で利用するとは。精密な魔力制御ができる香織ならではの力ですね」

「白崎の背後にいる何かのことか?」

「そうですね。詳しいことは後で香織に聞いてみましょう。アレは個人毎に差異があるので」

 

 ユナが感心する様子を見せるに、どうやら香織も新しい力を手に入れたようだとわかる。

 

「それじゃあ私達も行きましょうか」

「蓮弥君、準備できてるよ」

 

 そして残ったのは蓮弥とユナ、それに雫、優花、そしてティオ。全員飛行手段を持っているメンバーばかりだ。

 

「いや、ちょっとだけ待ってくれ……なあ、ティオ」

「なんじゃ?」

 

 だが、飛び降りる前に、蓮弥はティオに聞いておきたいことがあった。

 

「一応聞いておきたいんだけどな。昨晩、ハジメ達に何かあったか知ってるか?」

 

 昨日の昼まではいつも通りだったのに今日朝になったらああなっていた。つまり夜に何かあったと言うわけだが、蓮弥はユナ達と共に早々夢の世界に旅立っていたので現実に何が起きたのか把握できてはいない。ハジメ達がいる間は聞き辛かったので、この機会にティオに聞くことにする。

 

 だが、ティオも少し考えた後、申し訳ない顔をする。

 

「すまぬな。蓮弥よ。妾は妾で少しやることがあっての。己の内側に潜っておったがゆえに妾も把握はできておらぬのじゃ」

「そうか……あの様子だと白崎も何も知らないみたいだし……まいったな」

「じゃがそう気にすることもないかもしれぬぞ。あの三人の絆が早々壊れるとも思えぬ。それに、どれほど親しき仲でも喧嘩の一つはするものじゃ。むしろ今まで仲互いの一つも起きなかったのが不思議じゃろうて」

 

 それは確かにそうなのだろう。蓮弥とて雫と喧嘩をしたこともある。深い仲とはいえ、少しも相手に不満がないというのはあり得ないことだろう。だが、問題はそれが起きたタイミングだ。

 

「普段だったら気にする必要もないかもしれないけどな。王都で残りの大迷宮について情報を共有した際に言っただろ。ミレディがシュネー大迷宮の試練を鏡の試練だと言ったことを……」

「なるほど、それでお主はご主人様達を心配しておると」

「普段だったら問題ないかもしれない。だけどわずかでも関係に亀裂が生じているとしたら、そこを付け込まれないとは限らない。とはいえ、三人の問題を外野がとやかく言うのも筋違いだと思う。だからティオには、できるだけこの試練。あの三人に注意を払ってほしい」

「あいわかった。妾の方でも気を付けるとしよう」

 

 蓮弥は思う。

 

 今回の試練。歯車がかみ合い始め、少しずつ精神的な成長を見せ始めた光輝よりもむしろ、ハジメ達三人の方が苦戦するかもしれないと。

 

 外野である自分達にできること。それは万が一のことがないように彼らを見守ることだろう。蓮弥はハジメ達ならきっと自分達で問題を解決できると信じていた。

 

 その決意を胸に、蓮弥はハジメ達の後を追うように、崖から飛んで追いかけた。

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「だだだだ、大丈夫だよ。うん。全然大丈夫ッ!」

 

 そうやってどもりながら必死に言うのは谷口鈴だった。

 

 順調に降りていたのはいいが、落ちる速度がスローだった分、滞空時間が長かった。それゆえに、精神的な高揚が落ち着いてくると猛吹雪の谷の高所で長い時間晒されているという体験をしたがゆえに、肝が冷えたらしい。何事もゆっくりやればいいというものでもない。恐怖や痛みは一瞬で済ませた方がいい場合もある。それでも流石に泣いてはいないのはそれなりの覚悟があるからだろうか。

 

 

 

「全く、少しはマシになったかと思えば、すぐこうなんだから。その考える前に動く癖を早く直しなさい」

「わかったよ」

 

 一方、真っ先に頭から雪にツッコミ、雪と垂直に突き刺さっていた龍太郎は雫の説教を受けている最中だった。下が雪かつ、闘気による防御が間に合ったおかげで傷一つ負っていない龍太郎ではあるが、今現在進行形でメンタル的なダメージを負っている最中だった。

 

「だいたいあんたはねぇ……」

「雫、もうその辺でいいだろ。ユナ、ここはどの辺りかわかるか」

 

 羅針盤をできるだけケチりたい一行にとって、ユナの異能は大変有用だ。むしろ大迷宮に来るときは真っ先にユナの話を聞けと言うのはハルツィナ大迷宮にてお世話になった光輝達も共通することになった。

 

「この道を真っすぐ行けば氷雪洞窟にたどり着けそうです」

 

 だがユナが指し示した方角は、猛吹雪によって数メートル先が見えない状況が続いている。地球でなら真っ先に撤退を選ぶような悪天候。そしてこの天候は永遠に変わることがない以上、なんとか猛吹雪を避けて進む必要がある。

 

「ならここは私がやるよ。"聖絶・散"」

 

 言われずとも自分の出番だと悟った鈴が周囲に結界を張る。無詠唱で展開された結界は安定感を持って蓮弥達の半径二十メートルほどの大きさで展開された。

 

「"纏"だと視界は晴れないから普通に結界を展開していくよー。だから結界の外に出ないでね」

「これは……普通に歩いてたらまず結界を誤って越えることはないだろうな」

「見事。これなら先を見失うということもあるまいて。以前大火山で見た頃より格段に進歩しておるようじゃ」

 

 鈴が展開した結界は王都襲撃にて魔人族の魔法攻撃を凌ぎ続けたエネルギーを分散させる結界だ。だが以前とは違い、強度、範囲共に桁違いに上がっているのが一目でわかる。空間魔法を手に入れたことで結界術の極意を掴みかけていることと、鈴の今日までの努力の賜物だろう。

 

『こちらフェルニル。南雲達、聞こえているわね。こちらでも南雲達の位置は常時補足できているからナビゲートするわ。ここから大迷宮と思しき洞窟まで距離1200。このまままっすぐ南東に進めば着くはずよ』

 

 フェルニルに待機している真央から通信が入り、ハジメの目の前にスクリーン上のマップが展開されている。ユナの感応能力に真央のフェルニルを使ったナビゲート。そして鈴の結界があれば邪魔が入らない限り二十分くらいで洞窟に着くはずだ。

 

 そして一行は特に邪魔するものもないままに、二等辺三角形のような綺麗な形の縦割れになっている目的地らしき場所に着く。

 

「……何か来ます」

 

 敵の気配をその耳で真っ先に気づいたシアがぼそっと呟いた。

 

 その言葉を聞き、蓮弥達が警戒態勢を取る。この辺り光輝達も慣れてきたのかそれほど緊張している様子はない。

 

 

 そしてその直後、五体の魔物が洞窟より猛然と飛び出してきた。

 

 白い体毛に全身を覆われたゴリラのような姿。しかし、体長は優に三メートルはありそうだ。だが、ゴリラよりも二足歩行に向いていそうな体型をしている。

 

「あれは……ビッグフットか?」

「アメリカで目撃されているという?」

「案外、地球の未確認生物の一部は、異世界から来てたりしてね」

 

 ハジメの呟きに対し、蓮弥が父親の書庫にあったインディアンの民族史についての本の中身を思い出しながら言う。

 実際に特徴は非常によく似ていると思う。もしかしたら雫の言う通り地球のUMAは異世界生物が流れてきたものなのかもしれないと思っていたのだが。

 

「えっ。えーと、たぶんだけど、ビッグフットくらいなら本当にいると思うよ。昔マイナ先生と一緒に雪山で修行してた時、雪男には遭遇したことあるし」

「香織、それはいつもの天然発言じゃないわよね? というより雪山で修行? そんなのいつ行ったのよ」

「えーと、あはは……」

 

 思わず出てしまった言葉に対し、笑って誤魔化す香織。その迂闊な行動に対して真央から香織へ注意が入る。

 

『香織、今はもう南雲達も地球の裏事情を知っているからいいけど、だからといってあんまりそういうこと言わないようにね』

「ごめん。気をつけるよ」

「まあ、あいつの正体はどうあれ問題は誰が行くかなんだが」

 

 正直に言えば感じる気配はそう大したものではない。インフレが進んだ今、蓮弥達なら楽に倒せる相手になる。とすればやっぱり光輝達に戦わせるかと蓮弥が思っていた時、無言で前に出ていく影があった。

 

「シア?」

 

 無言で前に出るシアに一同が困惑していると、さっそく目の前のシアを獲物と思ったビッグフットが襲いかかってきた。

 

 

 氷の上をまるで滑るように動くビッグフットが連携を取り、前に出たシアに向けて爪を振り下ろそうとして……ビッグフットの一体の上半身が消し飛んだ。

 

「ッ!? ギィイイ!!?」

 

 拳を突き出したシアの姿を見たビッグフットがシアを警戒して距離を取ろうとするが、そんなことをする間もなく、二体目のビッグフットの胴体が蹴り破られて即死する。

 

「ギィイイイッ!」

 

 仲間の死を無駄にしないとばかりに攻撃直後の硬直を狙い、ビックフットがシアに向けて攻撃を仕掛けようとするが、その()()()に睨まれて硬直した。

 

 何が何だかわからず恐慌に陥りそうな二体のビックフットの隙を突くように、いつの間にか取り出されたシアのドリュッケンにより、分厚い雪の底にある氷の大地に叩きつけられることで圧殺される。

 

 残った最後の一体はなりふり構わず逃走を選択した。出てきた当初の気勢は既になく、まるで百獣の王に目を付けられた哀れな草食動物のように必死に逃げる。

 

「……逃がしません」

 

 当然瞬間移動も同然の高速移動にて追い付いたシアに頭を掴まれてそのまま地面に叩きつけられた。

 

 そしてシアはすっかり戦意を消失したビッグフットの頭に足を乗せる。そして……

 

 

 そのままビッグフットの頭蓋を踏み砕いて絶命させ、弾け飛んだ脳漿の一部がシアの顔に飛び散った。

 

「……シア?」

 

 誰ともなく呟いたその言葉には戸惑いの色が現れていた。戦闘時間はわずか数秒。今のシアの実力であれば何ら不思議はない光景。だが、何かが違うと誰しも感じていた。

 

 俯いて見えなくなっているシアの顔が不気味だ。まるで顔を上げたら弧の字を描いて笑っているのではないかという雰囲気。そしてシアが蓮弥達の方を振り返り、ゆっくりと表を上げ……

 

「いやぁぁ~、すみません。つい張り切りすぎてしまいました」

 

 蒼い瞳を蓮弥達に向けたのだった。

 

「ユナ……」

「ええ、これは……もしかしたら思っているより注意する必要があるかもしれません」

 

 人の心は複雑怪奇だ。

 

 何が正解か。そんなことは早々わかるものではない。心を読み取れるユナとてそれは同様であり、心のことが十全にわかるのならばユナは二千年も贖罪を行ってはいない。

 

 つまり、彼らのそれも複雑怪奇の綾模様を描くことは想像に容易い。

 

 

 ついに始まる最後の試練。それは今までにない不吉な予感を感じさせる不穏な始まりになった。




原作と真逆の雰囲気になることを意識して書きました。

次回よりベリーハードモードの大迷宮が始まります。

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