ありふれた日常へ永劫破壊   作:シオウ

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山でスリラーナイトしてたら遅くなりました。

真理の卵が欲しいぃ(現在の作者の渇望)


囁く己の影

 眼下に広がる大迷宮の中の大迷路。

 

 それに対して蓮弥が取った行動は単純だった。

 

「こんな巨大迷路。まともに付き合う必要とかないだろ。ぶっ壊して進むぞ」

聖術(マギア)10章4節(10 : 4)……"空滅黄龍"

 

 巨大地震の力を宿した神滅剣を横薙ぎにすると、そこに広がるのは帝都の街崩壊の再現。洞窟自体が崩れないように効果範囲を限定した魔空震によって仕掛けられた罠ごと根こそぎ迷路が吹き飛ばされた結果、残ったのは出口まで何もない更地の空間だ。再生機能も備わっていたようだが、蓮弥の概念破壊能力で再生機能を破壊したのでそのまま進めるようになった。

 

「いやいや、藤澤君。迷路が跡形もなく消えちゃったんですけど!?」

「けど蓮弥君。道中楽になったのはいいんだけど、これで攻略したことになるのかな?」

 

 鈴が目の前の光景に唖然とする横で、優花がこれで蓮弥以外が攻略したことになるのか疑問を浮かべる。その優花に対し、ユナが自信を持って答える。

 

「大丈夫です。この大迷宮の試練の比重は後半に偏っています。道中の試練は本番の試練に至るまでに挑戦者を消耗させる意図しかありませんので、強引に突破しても問題ないでしょう」

「そうなんだ。まあ、ユナさんがそういうなら……」

 

 光輝など一部が腑に落ちない顔をしていたが、一行はユナ推定で真っ当に攻略すれば何十時間もかかるという攻略手順を省略できるともあって、誰も文句は言わなかった。

 

 それからしばらく歩くと、一行は通路の先に大きな両開きの扉がある突き当たりに出くわす。

 

「これはまた壮観な扉じゃのぉ」

「すごく綺麗だね」

 

 ティオと香織が感嘆の声を上げた巨大な扉は、氷だけで作られているとは思えないほど荘厳で美麗だった。茨と薔薇のような花の意匠が細やかに彫られており、四つほど大きな円形の穴が空いている。

 

「セオリー通りなら、この不自然に空いている窪みに何かをはめれば扉は開くってことなんだろうな。だが……ユナ」

 

 ユナは扉に手を当て、その情報を読み取る。

 

「……壊しても大丈夫ですね。蓮弥、お願いします」

「わかった。壊すからお前らは離れてくれ」

 

 蓮弥が神滅剣を構え、扉に向かって袈裟斬りを行う。

 

 そして本来は試練を乗り越え、4つの宝玉を集めて初めて開く芸術的な扉はあっさり斜め滑りしながら崩れ落ちた。

 

「これでよし。お前ら、行くぞ」

 

 本来なら推定半日以上かかったであろう道程をショートカットしまくった結果、僅か一時間ほどでここまで来てしてしまっているので、まだ一行はそれほど疲れてはいない。疲れてはいないが、蓮弥の無茶苦茶具合に若干引いているのが数名いた。

 

「うわぁぁぁ……なんというか、鈴からしたら南雲君もアレだけど……藤澤君も何気に滅茶苦茶だよね」

「まさか解放者も蓮弥君みたいに道中の罠を、力づくで破壊して通る挑戦者が来るなんて思ってないだろうね」

「この大迷宮の作者に同情するわね。本来の攻略工程を丸ごと無視された挙句、たぶんこの扉も魂込めて作った工芸品だったはずなのに、蓮弥が遠慮なく破壊するんだから」

 

 雫達の視線が少し気になるが、蓮弥は気にしないことにした。

 

 蓮弥とて余裕があれば光輝達に経験を積ませるという意味で順番に試練を攻略していくということも考えただろう。だが、それはあくまで蓮弥達に余裕があること前提の話だ。

 

 ユエが思ったより重症かもしれないこと、そしてハジメやシアに感じる僅かな違和感を受けて、帰らせないならせめて、できるだけ負担なしの最短コースで攻略したほうがいいと考えたのだ。

 

「ですが、ここからはそうもいきません。いいですか、皆さん。この大迷宮の試練はここからが本番だと思ってください」

 

 ユナが読み取った情報通りであれば、この先に待つ試練こそがこの大迷宮の本質、避けては通れない試練が待っている。

 

 

 一行は再度気を引締めながら、一斉に扉の向こう側へ踏み込んだ。

 

 

 封印の扉の先は、本格的なミラーハウスの様相を呈していた。氷というより完全に鏡だ。光を向ければ何処までも乱反射し、両サイドの壁には、まるで合わせ鏡のように無数の蓮弥達挑戦者自身の姿が映っている。

 

 

 上空を覆う雪煙以外は、まさに無限回廊といった様子だ。透明度が高い等というレベルではないので唯の氷壁ではないのだろう。冷気を発していなければ、そもそも氷だと気がつかないかもしれない。

 

「なんだか吸い込まれそうね。気味が悪いわ」

 

 雫が軍服の上から羽織っている外套を身体に寄せる。冷気自体はハジメのアーティファクトのおかげで防がれているが、雰囲気による冷たい気配まではこのアーティファクトでは防げない。

 

「鏡の中に世界はあるのか。それとも光を反射しているだけなのか。ファンタジーやメルヘンの世界ではどうなのか興味があるな」

「そうね……案外、私の知ってる夢に近い世界なのかもしれないわね」

 

 蓮弥と雫が何気ない会話をしつつも止まらず進んでいるが、今のところ何かを仕掛けられている様子はない。

 

 だが、突然異変を察知する者が現れ始める。

 

「ッ!」

 

 真っ先に反応したのはユエだった。周囲を警戒し始めたので一行は一旦停止する。

 

「ユエ、どうした?」

「……何か聞こえた」

「そうか。他に聞こえた奴はいるか?」

 

 ハジメが周囲に聞くが今のところ反応を示すものはいない。周りには鏡だけで怪しい気配も魔力の反応も感じられない。

 

「ふむ、妾は聞こえなかったがの。シアはどうじゃ?」

「…………何も聞こえません」

「そんな……私は確かにッ? ハジメッ」

「わかってる。俺がお前の言葉を無下にするわけないだろ」

 

 シアの言葉に必死に反応するユエに対し、そんなユエを慰めながらハジメがユナに尋ねる。

 

「ユナ、何が起きているのかわかるか?」

「……ここは大迷宮の深奥に近いせいか、私でもはっきり読み取れません。しかし間違いなくユエの勘違いではないでしょうね。もしかしたら個人差があるのかもしれません。こればかりは進んでみないと何とも……」

「そうか、何かが起きているのは間違いない。全員、十分に注意しろ」

 

 そして一行はしばらく周囲を警戒しながら進んでいく。それからも順調に進み、幾度かの分岐点を迷わず進んだ頃、再びユエが身体を震わせた。さらに……

 

「確かに、何か聞こえるな。何だ? この声……」

 

 ユエに続きハジメが反応し、目を鋭くしながら周囲を警戒する。

 

 そしてさらに一行が進むごとに、謎の声が聞こえる人数は増えてくる。

 

「うわぁッ! 誰だ!?」

「ひゃあッ! 何これぇぇ……気持ち悪い」

 

 光輝と鈴が反応する。突然聞こえたからか、光輝が思わず飛び上がり聖剣に手を掛けながら周囲を警戒しているようだった。蓮弥にはまだ聞こえていないが、どうやら試練が進行し始めていることを把握する。

 

「一度整理しようか。聞こえた奴らはなんて言われたんだ? 後は何か気づいたことがあれば共有していきたい」

 

 蓮弥の言葉に対し、聞こえた人達がそれぞれ内容を話していく。

 

「私は……『浅ましい女』って」

 

 ユエが顔を俯かせながら小声で言う。その言葉からできれば言いたくなかったと言う感情がひしひしと伝わってくるようだ。

 

「俺は……『いい加減にしたらどうだ』だったな。男の声だが……なんか聞き覚えがある気がする」

 

 ハジメが声の情報を分析しながら答える。

 

「俺は……『そう簡単には変われない』だった」

「私は……『二度と戻ってはこない』だったよ」

 

 光輝が少し顔を歪めながら落ち着かない様子で答え、鈴は囁き声が余程不気味だったのかちょっと震えていた。

 

 

「聞いた感じだと……バーン大迷宮みたいな精神攻撃の類かしら?」

 

 雫がかつて遭遇したバーン大迷宮の精神汚染を思い出すが、蓮弥は一つ思い浮かぶことがあった。

 

「ハジメ、聞き覚えがあるって言うのは……もしかして自分の声なんじゃないか?」

「ん? ……ああ、言われてみればそうだな。昔ゲームを作ってた時に収録した自分のボイスにそっくりだ。てことは何だ? この大迷宮は自分の声を聞かせてくるのか?」

「多分な。おそらくそれがこの大迷宮のコンセプトだ。たぶんもう少ししたら俺達も聞こえてくるようになるだろうな」

 

 

 そして蓮弥の予想通り。聞こえてくる声の頻度は増し、各々の声で心に沁み込むように囁かれ始める。

 

 

 ──いつまで被害者ぶってるの? いつだって、裏切ったのはお前の方でしょ

 

 

 ユエは声が聞こえるたびに心が沈んでいくのを感じていた。まるで自身に出来た傷口に沁み込んでいくかのような言葉はユエを苦しめている。

 

 

 ──お前、本当は怖いんだろ。ユエに僕を知られるのが

 

 

 ハジメが感じているのは恐怖。奈落の底で捨て去り、この旅でハジメがかつての自分を取り戻す過程において、優しさを取り戻した代償に共に戻ってきてしまったもの。

 

 

 ──あなたは何も、乗り越えてなんかいない

 

 

 言っていないだけで、シアにも早い段階で声が聞こえていた。だが、今のシアにはそれさえもどうでもよかった。悪い意味で気にする余裕などないのだから。

 

 

 ──本当は気づいているんでしょ。いい加減自分がどうするのか決めたら? 

 

 

 香織の元にも声が届き始める。それは香織が早い段階で察していたこと。どちらにも転ばない中途半端な自分を声は責める。

 

 

 ──おぬしでは扱えぬよ。それに飲まれておぬしは終わりじゃ

 

 

 ティオも声の内容は察していた。それはティオの最近の悩みであり、ティオがティオであるためには、絶対に乗り越えなければならない試練。

 

 

 ──お前に守れんのかよ。そんなに弱っちいのによ

 

 

 龍太郎は声に納得する。それは常日頃から感じている不安。いずれ始まるであろう彼女の戦いを支えられないかもしれないという思い。

 

 

「ああ、私にも聞こえてきた。けどこれって……前にもあったやつだわ」

 

 歩いていく内にどうやら優花にも聞こえてきたらしい。だがどうやら優花はさほど動揺してはいないように見える。まるで一度乗り越えた試練をもう一度ぶつけられたような印象だった。

 

 そしてとうとう、それは蓮弥達にも向けられる。

 

 

 ──どうしてお前は……俺じゃないんだ

 

 

 蓮弥が聞こえてきた声は、他のみんなと勝手が違うらしい。それは声を聞くだけでわかった。同時に自分が超えなければならない試練にも予想がついてしまう。

 

 

 ──まだ足りない。もっと私を解放しなさい

 

 

 雫は己の中の声を聞く。それは普段雫が心の奥に抑え込んでいる一匹の修羅の声。

 

 

 ──あなたの祈りはどこを向くのですか? 早くそれを知らないと、取り返しのつかないことになりますよ

 

 ユナに聞こえるのは己の根源。何物にも染まらない状態ではもうそろそろいられなくなっている。かつての力が戻りつつある今。ユナにとっても向き合う必要が出てきた。

 

 

 一行は大迷宮の先へ進む。そして皆が感じていた。この大迷宮攻略が今までとは違うものになるという予感を。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~

 

「とりあえず。これでどうかしら? 少しは楽になっているといいけど」

 

 あれから迷宮の奥をさ迷うこと数時間。流石に精神的に消耗が激しいと判断し、一旦休憩をとることにしたのだ。

 

 そしてその際、無意識領域などの干渉能力は香織をも上回る雫が、魂魄魔法の行使により精神力の消耗を取ろうと積極的に行動していた。

 

「ありがとうシズシズ。なんか頭がすっきりしたかも」

「ごめんね、雫ちゃん。こういうのは本来私の役目なのに」

「気にしなくてもいいわ。結構きついんでしょ。物事には適材適所ってものがあるのよ」

 

 邯鄲の夢は精神修行プログラムとも言える代物だ。現状の雫はまだ本格的なシュミレーションは経験していないが、中学生時代よりその辺は鍛えられていると自負している。

 

 光輝達は割と雫の魔法が効いたようで、顔色がよくなっているのはわかるが、中にはほとんど効いていない人もいる。

 

(蓮弥……ユエの様子だけど、これまずいんじゃない?)

 

 雫が蓮弥に内緒話をするために念話を飛ばす。それに気づいた蓮弥は素直に雫の念話に応えた。

 

(わかってはいるんだけどな。現状俺達にできそうなことがないのが辛いところだ)

 

 雫と蓮弥が気にしているように、残念ながらユエにはほとんど雫の魂魄魔法が効いている様子がない。ここに入った当初より明らかに顔色が悪くなっている。口数がいつもより少ない。

 

 帰らせるのがベストなのかもしれないが、蓮弥達の都合を言えばユエには神代魔法を習得してもらわないと困る。それにここで無理やり帰らせたら、それが原因でユエの症状がさらに悪化しないとも限らない。

 そして今こんなことになっている原因が蓮弥の予想通りだとしたら蓮弥達だからこそ、何も言うことができないのだ。

 

「ユナ、最深部まではあとどのくらいで到着するんだ?」

「そうですね。おそらく数百メートルくらいかと。ここは勢いで進んでしまった方がいいかもしれません」

 

 現在大迷宮に入って約三時間。本来あった試練をほぼ無視してここまで来ている都合上、体力的にはまだ余裕があるはずだ。ならここは一気に突破してしまった方がいいと蓮弥は判断する。

 

 

 蓮弥達はミラーハウスのような通路をひたすら進み続ける。相変わらず、飽きもせず自分の声で、抽象的な、されど必ず何かを連想させる不快な声が響いていた。散発的に襲い来るフロストオーガや嫌がらせのようなトラップが、集中力低下のため地味に危険度を増している。

 

 だが流石にそこで不覚をとることはなく、一行は遂に、通路の先に巨大な空間を発見した。部屋の奥には、先に見た封印の扉によく似ている意匠の凝らされた巨大な門が見えた。

 

「間違いないですね。あそこが最後の試練への入口です」

「ようやくゴール付近か。ならその前に何か起きるな」

「そうね。皆も引締めていきましょう」

 

 そして皆が周囲を警戒する中、それが無駄になることもなく、試練は始まった。

 

「あ? ……太陽?」

 

 突如、頭上より降り注いだ光に、見上げたハジメが発した言葉。蓮弥達も視線を上に向けてみると、確かに太陽らしきものが浮かんでいた。

 

『気を付けてください。来ます!』

 

 ユナの警告の声にとっさに防御魔法を展開する仲間達。そしてそこに太陽の光を受けて光を蓄えた氷片がレーザーを放ったのだ。

 

 

 特に、誰を狙ったわけではないようで、部屋の中を純白の細い光が縦横無尽に奔り、氷壁や地面にその軌跡を描いていく。ユエと鈴が張った”聖絶”にも、音を立てて傷を付けながら通り過ぎていった。

 

 

 氷片から放たれる閃光の軌跡は完全にランダムのようで、宙に浮く氷片が回転したり移動したりするのに合わせて、無秩序に光の軌跡を奔らせた。氷壁や地面に、あっという間に幾条もの傷ができ、その度に新たな氷片が撒き散らされる。

 

 

 更に、まるで天空の擬似太陽に落とされているかのように上空を覆っていた雪煙がハジメ達のいる広間に降りてきた。

 

 

聖術(マギア)1章2節(1 : 2)……"聖焔"

 

 蓮弥が十字剣を振るうことで発した熱波が氷の欠片を跡形もなく蒸発させる。

 

「行くぞ!」

 

 氷に対して炎は有効かもしれないが、繰り返すと視界が悪くなる。蓮弥はそう影響は受けないが他の仲間達はそういうわけにはいかない。皆もそれがわかっているのか蓮弥の合図と共に一斉に駆けだす。

 

 幸い、鈴の結界は破られることなく扉まで残り百メートル地点に到達した時、上空から巨大な氷の塊が落ちてきた。どうやらかなりの重量があるようで、落ちた衝撃により地面が砕けてクレーターが出来ている。向こう側が透けて見えるほど透明度の高い氷塊で、いわゆる純氷というやつなのかもしれない。胸元には、わかりやすく赤黒い結晶が見えていた。

 

「これが最後の試練か」

 

 地響きが収まった直後、氷塊は一気に形を変えて体長五メートル程の人型となった。片手にハルバードを持ち、もう片手にはタワーシールドを持っている。その数は全部で十二体。ちょうど蓮弥達と同じ数だ。ゴーレムのようにずんぐりしていて、横列となって出口を塞いでいる。

 

「さて、どうするか」

 

 蓮弥は少しだけ考える。正直に言えばおそらく蓮弥なら倒すのは容易い。なので自分はどうとでもなるが、問題はこれが人数分用意されていることにある。

 

 一人一体。つまり自分の分を倒し終えたら傍観者に徹するしかないのだが、幾人か不安要素を抱えている人物がいるため、できればそちらのフォローに回りたい。

 

「蹴散らすぞ」

 

 蓮弥が考えている内に、即決したハジメがドンナー・シュラークを構え……蓮弥は反射的に腕を動かした。

 

「…………は?」

 

 その声の主はハジメだった。ドンナー・シュラークの射線を蓮弥に向けているハジメが、今起きた現象が理解できないような顔をして固まっている。蓮弥が自分のこめかみに迫っていたものをキャッチした結果、手のひらから出てきたのは、数発の弾丸だった。

 

「……チッ、まさかこういう試練とはな。悪い、蓮弥」

「気にするな。他に被害が出ている奴は?」

 

 ハジメの様子から他にも同様の現象が起きているメンバーがいると思った蓮弥だったが、予想通り思わぬ攻撃を受けたメンバーが幾人かいた。

 

「嘘……ごめん、雫ちゃん」

「……これは……無意識への干渉?」

 

 香織の般若さんが突如香織の制御を離れて雫を襲撃した。幸い、雫は般若の攻撃を躱したが、般若の術者である香織自身が”縛煌鎖”で雫に攻撃しようとしている般若を縛り付けて抑えるという意味の分からない現象が起きていた。

 

「シア……どうして?」

「……」

 

 シアが繰り出した拳圧がユエの方へ飛んでいた。その拳圧をかろうじて絶禍で防御したユエが呆然と自分に攻撃したシアの方を向く。だがシアはユエに反応することもなく、自分の拳を見つめて首をかしげていただけだった。

 

 そして後は……

 

「ちぃ、俺にもか……」

「ち、違う! 俺は、そんなつもりなくて……」

 

 光輝が繰り出した”天翔閃”が真っすぐハジメを襲う。その攻撃を躱したハジメがこの大迷宮の厄介な仕掛けに思わず舌打ちしていた。

 

 

「ということは影響を受けてないのは……」

 

 蓮弥、ユナ、雫、優花、ティオ、鈴、龍太郎は影響を受けていないが、ハジメ、ユエ、シア、香織、光輝がゴーレムではなく味方を攻撃するようになっていた。

 

『蓮弥、この辺りの視界が覆われます。魔法によるものなので解除は難しいですし……』

「俺が無理やり解除したらそれは試練の妨害になるということか」

 

 視界が塞がれる中、自分の攻撃が逸れ、さらに味方から攻撃される状態でフロストゴーレムを打ち破る。これがこの試練の内容。

 

 

「なら俺達はさっさと倒すぞ、ユナ」

聖術(マギア)4章5節(4 : 5)……"白天雷光"

 

 炎で氷を溶かしすぎても駄目だと判断した蓮弥が向かってくる二体のゴーレム相手に雷撃の剣を構える。

 

「二体向かってくるということは、ユナの分も含まれてるってことか。だが……」

『私と蓮弥は一心同体です!』

「だから、まとめてぶっ倒す!」

 

 すれ違いざまにフロストゴーレムを盾ごと斬り裂き、背後に迫っていたフロストゴーレムの攻撃を跳んで躱し、頭上に振り下ろすことで真っ二つにする。

 

(敵のレベル自体は大したことがない。問題は照準が変わるという問題だけだ)

 

 蓮弥は無造作に手を動かして飛んできた一発の弾丸をキャッチする。視界が覆われてなお、攻撃が飛んでくるということは、挑戦者はこの視界が悪い中、仲間からの攻撃にも注意しなければならないということだ。

 

「気をつけろよ、皆」

 

 倒されたゴーレムの形が変わり、出口に通じる道に変わるところを見ながら蓮弥は同じくこの試練に挑んでいるであろう仲間に想いを馳せる。

 

 

 ~~~~~~~~~

 

「ちっ、視界が塞がってても照準が変わるのは同じか」

 

 ハジメは試しにゴーレムに向かって一発だけ撃ってみるが、それはハジメの意思と関係なくあらぬ方向に飛んで行った。先ほどのやり取りから察すると飛んで行った方向には蓮弥がいるのだろうが、今回使ったのは霊的装甲貫通弾(ソウルアーマーピアス)ではなく通常弾である。これなら万が一蓮弥に当たったとしても蓮弥がダメージを負うことはない。

 

(一番いいのは蓮弥と連携を取ってゴーレムを挟む形に出来ればいいんだがな)

 

 ハジメと蓮弥の対角線上にゴーレムを配置するようにすれば一応普通に攻撃できるということになる。だが……

 

 

 ──つまり、お前は蓮弥に頼らないとこの程度の敵も倒せないってことだよね

 

 

「ちっ、鬱陶しい!」

 

 ハジメがゴーレムの攻撃を躱す。ついつい反射的に攻撃しそうになるが、またあらぬ方向に腕が向かうため、一旦攻撃を中断せざるを得ない。

 

 さらに、ハジメを悩ませているのはこれだけではない。

 

「ああ、くそ。こっちもかッ!」

 

 ハジメが横に大きく跳ぶと、ハジメがいた場所を光の斬撃が通過する。さらに跳んだハジメを追うようにして空中に浮かぶ氷片からレーザーがハジメに向けて射出される。

 

「”アイギス”」

 

 ハジメはアイギスを瞬間錬成することで攻撃を防いで対処する。このように攻撃自体は防げるのだが、いつ攻撃が飛んでくるかわからない上に、自分の攻撃があらぬ方向を向くという二重苦を前にすれば、流石のハジメも苦戦せざるを得ない。

 

 

 ──お前は所詮、こんなものだよ。今までが出来すぎだったんだ

 

 

「やかましいんだよ……」

 

 聞き覚えのある声で鬱陶しいことを囁かれてハジメもイライラしてくる。

 

「上等だ。だったら見せてやるよ!」

 

 ハジメは照準が狂う問題を解決できないからという理由で遠距離武器による攻撃を放棄した。

 

 ゴーレムの攻撃、そして無数のレーザーを避けつつゴーレムに接近するハジメ。

 

 数多の攻撃を掻い潜りながら、足元まで到着した時点で両手を合わせ、左腕の義手にアーティファクトを錬成する。

 

 新パイルバンカー型アーティファクト『グングニル』

 

 蓮弥戦では不発に終わったこのアーティファクトをゴーレムの核がある位置で固定し、魔力を充填する。

 

「ゼロ距離攻撃なら照準が変わりようがねぇ。このまま砕け散れ!」

 

 轟音と共に発射される金属杭。その威力は今までと比較にならない威力を誇っていた。今ならかつてライセン大迷宮で戦ったアザンチウム製ミレディゴーレムの硬い装甲を突き破れると確信する攻撃だった。

 

「倒されたゴーレムはそのまま道になるのか。他のメンバーが無事に攻略できたらいいけどな」

 

 けどハジメにできることはない。愛する吸血鬼が不調であると知っても、今のハジメにはどうしたらいいのかわからないのだ。

 

 だからこそ、今は彼女達の無事を祈ることしかできない。

 

 ~~~~~~~~~

 

 

 ハジメから無事を祈られたユエは手詰まりの状態に陥っていた。

 

 巨大ゴーレムの剛腕と、氷片からなる無数のレーザーによってユエが張った障壁はどんどん削られていく。

 

「このままじゃ……」

 

 障壁の強度も普段の半分以下。そしてこのゴーレムは真の大迷宮のゴーレムだ。弱いはずなどない。現に何度か障壁を破壊され張り直すという作業をユエは繰り返している。

 

 だが現状そこで硬直するしかないのだ。なぜなら……

 

「”火球”」

 

 ユエが炎属性初級魔法をゴーレムに向かって放つ。だがその火の球はゴーレムをひらりと躱し、()()()()()()()()()()

 

 最小限の魔力で構成した魔法なのでユエの障壁に容易く弾かれるが、その変わらない結果にユエは苦悩せざるを得ない。

 

 そう。ユエもまたこの大迷宮の仕掛けに囚われた内の一人だった。ただし彼女の場合は他とは違い、自分が放った魔法が他人ではなく全て自分に返ってきてしまうのだ。開戦直後に放った雷龍がゴーレムではなく自分に襲い掛かってきた時は肝を冷やした。その時はギリギリ”絶禍”が間に合ったからこそ事なきを得たが、ユエ自身、まともに喰らっていい魔法ではないことを良く知っていた。

 

 つまりどうしようもない。放った攻撃が全て敵ではなく自分を襲うような状況では、ユエの攻撃手段のほとんどは封じられたも同然だった。

 

 

 ──このまま死ねばいい。私なんか誰も必要としない

 

 

「ッ……うるさいッ!」

 

 ユエはゴーレムの足元まで接近した後、現状ユエが使えるゴーレムに効きそうな近接攻撃魔法を行使する。

 

「”千断刀”」

 

 ユエの手刀から伸びた空間の刃はゴーレムを捕え、斬り裂く。だが、その傷は数瞬の内に塞がって元に戻ってしまう。

 

(浅い……ッ)

 

 そもそもの話、ユエは現在まともに魔法が使えない。そのことはユエ自身も理解しているが、どうにかしようとしてもどうにもならないのだ。

 魔法の制御が効かない。今まで当たり前に出来たことが突然できなくなる。その事実は焦りを呼び、それが原因で益々魔法の制御が乱れるという悪循環。その上攻撃が自分に返ってくるという精神的重圧が加われば、今のユエではどうしようもないという結論に至ってしまう。

 

神ノ律法(デウス・マギア)を使えば……)

 

 神ノ律法(デウス・マギア)を使えれば、ユエの魔力だけでなく、身体能力が大幅に増幅するので、苦手な近接戦闘でもある程度こなせるようになる。そうすればこの状況を打開することができるかもしれない。だが……

 

神ノ律法(デウス・マギア)の使用を禁じます』

 

 その力は現在、師であるユナに禁じられている。ただし聖約も何もない口約束なので破ろうと思えば破れるのだが、流石にユナの言葉を無視してまで無理やり使うという選択は選べない。

 

 

 ──使えばいい。そして周りに厄災をばら撒けばいい。まさにお前にお似合いの末路じゃない

 

 

「黙ってッ!」

 

 言われなくてもわかっているのだ。今ユエが神ノ律法(デウス・マギア)を無理やり使ったとしても、制御できずに暴走させることなど。肉体に魔法を憑依させて強大な力を得るという行為が危険でないわけがない。制御できなければ最悪、ユエは魔法に乗っ取られて周囲に厄災を齎す祟りと化してしまう。

 

「どうすれば……」

 

 心の迷いはすなわち魔法の減衰という意味と同義だ。ユエの迷いを受けた障壁にほころびが生じ、ゴーレムの一撃にてユエの障壁が粉々に破壊される。

 

「ッ……」

 

 鉄壁を誇っていた防御障壁がやすやすと突破された動揺。そしてそのタイミングに合わせたかのようにユエに向かって射出されるレーザー。

 

 今のユエの身体能力では躱すこともできない。新しい魔法を張ることも今のユエにはできない。ユエは被弾することを覚悟して歯を食いしばるが……こちらの方に飛んできたゴーレムの破片が偶然レーザーを遮り、事なきを得る。

 

「えっ?」

 

 ゴーレムが飛んできた方を見ると、残身を取っているシアの姿。

 

(助けてくれた?)

 

 少しだけ心が明るくなりそうな気配を漂わせながら、ユエはシアの方を注目するが、シアはユエに対して一瞥もくれない。シアはこちらに向けてドリュッケンを振り下ろしていた。つまりユエとシアを挟む形でシアのゴーレムが存在していたことを意味する。

 

 それはつまり、シアはユエを特別助けようとしたわけではなかったのだ。

 

 シアの攻撃により一時的に晴れていた霧が再び立ち込め、シアの姿が見えなくなる。結局彼女はユエの方を一度も見なかった。

 

「…………やるしかない」

 

 だがその態度がかえってユエに覚悟を決めさせた。誰の助けも借りられない。それなら目の前の敵を自分で何とかするしかないのだ。

 

 

 ──そうよ。お前に仲間なんていない

 

 

 囁き声を振り払い、ユエはゴーレムに向かって突撃する。

 

 もちろんゴーレムも再びユエを攻撃しようと拳を振り上げるが、ユエはギリギリで攻撃を躱す。ゴーレムの動きが遅いのが幸いだった。基本的に音速越えの攻撃を放ってくるユナとの修行を行ってきたユエにとって、この程度の敵の攻撃など躱すのは容易い。

 

 だが現状のユエではそこが限界だった。神ノ律法(デウス・マギア)を使用したユエならともかく、今のユエの筋力ではゴーレムにかすり傷一つ負わせられない。”千断刀”も効かない。ならユエに取れる手段など一つしかなかった。

 

「”蒼龍”」

 

 ゴーレムの足元にまで来たユエが上空に向かって蒼い龍を解き放つ。制御がまるで効かない。上空に打ち出された蒼龍はそのままユエ目掛けて落ちてくる。

 

「こんな勝ち方しかできないなんて……」

 

 悔しい。こんな無様な勝ち方しかできない。

 

 そんなユエの苦悩ごと燃やし尽くすかのように、ユエは頭上のゴーレムを巻き込む形で”蒼龍”に飲み込まれ、盛大に自爆した。

 

 

 ~~~~~~~~~~

 

「ユエッ!!」

 

 ”蒼龍”に飲み込まれるユエを見たハジメが我慢できずにユエの元に駆け出していく。すでにユエ以外のメンバーは全員揃っているので、ユエのゴーレムが倒された時点で氷片のトラップや雪霧のトラップが解除される。

 

 視界が鮮明になった大広場に広がる光景は、氷の床を溶かし、爆心地となった場所に横たわるユエ。”蒼龍”をほぼ無防備で直撃することになったユエの状態は良くない。全身大やけど、身体の一部には黒焦げになり炭化している箇所すらあった。

 

「ユエッ、しっかりしろ!!」

「ハジメ……大丈夫、大丈夫だから」

 

 ユエの言葉と共に、ユエの身体が逆再生されたかのように元に戻っていく。ユエの”自動再生”の技能はユエが意識して使うわけではないせいか、しっかりとその機能は健在だった。だが……

 

「ハァ、ハァ、ハァ」

 

 脂汗を掻きながら苦痛に顔を歪めるユエが無事だとは思えない。

 

 そして実際無事ではなかった。なぜなら、”自動再生”の技能は機能していたが、派生技能である”痛覚操作”がほとんど機能していなかったからだ。まるで自罰のように肉体だけを再生させ、苦痛だけ残すという一瞬の拷問のような状態に陥っていた。

 

「なぁ、ユエ。……ユエは今回フェルニルに戻った方がいいんじゃないか」

「ハァ、ハァ、えっ……」

「大迷宮攻略なら別の日にやってもいい。誰にだって調子の悪い日はあるんだ。だから……」

 

 ──君がそれを言うの? 今ユエが苦しんでいるのは、全部お前のせいじゃないか

 

 ハジメは拳を強く握りしめる。囁き声を振り払い、ハジメはユエを見つめる。自分が悪いのは重々承知だが、それでもユエが心配なのだ。どうすればいいのかわからないハジメだったが、それでも今のユエを放置していいとは思っていない。

 

「大丈夫……大丈夫だから、心配させてごめんなさい」

「ユエ……」

「ごめんなさい。私できるから、まだ戦えるから……だから……おいて行かないで……お願い」

 

 その縋り付くような弱弱しいユエの目を見ると、ハジメは何も言えなくなる。ハジメは今のユエはまるで出会った当初のようだと思っていた。

 

()()()を傷つけて……ごめんなさい」

 

 いや、本当にそうだろうか。今のユエは、或いは今まで決して表に出てこなかった部分が出てきているようだった。だが、例えユエがどうであれ、ハジメの取る行動は一つだ。

 

「? ……!?」

 

 首を傾けるユエにキスをした。

 

 ほんの数秒、触れさせるだけのものだが、ユエの反応は劇的だった。マジマジとハジメを見つめる。

 

 その光景は、かつてオルクス大迷宮の最深部で見られたものと同様のものだった。

 

「必ず生き残る。そして、故郷に帰るんだ。……一緒にな。だから……頑張れるか?」

「あっ……うん」

 

 ユエもかつてのオルクスでの誓いを思い出したらしい。同時に”痛覚操作”の技能が正常に機能し、ユエの体調を整えていく。

 

「もう大丈夫か、ハジメ」

「ああ。可能な限り、素早く突破するぞ」

 

 蓮弥の言葉にユエの手を引いて立ち上がったハジメ。

 

 そして一行は光が溢れる扉の奥へと入っていくことになる。

 

 

 

 

 ハジメは先ほどの光景を仲間達が見ていたことを……失念しながら。

 




>蓮弥、盛大にショートカットする。
妨害機能もなんのその。ただし壊す範囲はちゃんと定めないと敵襲だと勘違いされて要塞モードが起動する可能性もあるので、ユナと相談しつつ秩序ある破壊活動に勤しむ。

ぶっちゃけ本作で悠長にこたつで鍋とかやると、一部冷え切った闇鍋になる気配しかしないのでカット。

>シュネーの試練
囁き声についてはあえてなにも言いません。詳細は個別の試練にて。

>ハジメ→蓮弥
本作のハジメは原作のように魔王ムーブによる無双が中々難しい模様。基本蓮弥もそれは同じであるはずなのだが……

>光輝→ハジメ
ここからが勇者の正念場。

>香織→雫
もしかしたら意外かもしれない組み合わせ。なぜユエではなく雫なのか。

>シア→ユエ
地雷原。シアの心境は今どうなっているのか。

>ユエ→ユエ
現在ユエは自己嫌悪の塊。スーパーネガティブモード発動中。おそらく原作、全ての二次創作含めてここまで弱くなったユエはいないはず。

次回から個別試練に突入します。

まずは本作主人公である蓮弥周辺から。


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