ありふれた日常へ永劫破壊   作:シオウ

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Frohe Weihnachten(フローエ・ヴァイナハテン)

今年も無事この季節を迎えることができました。

そして同時に本作が二周年を迎えることになりました。ここまで応援していただきありがとうございます。これからも頑張りたいと思います。

では、第七章も終盤。彼らの大迷宮を巡る旅の最後に待つものとは。

追記
あと作者にはよくわかりませんが、今日は別名性夜と呼ぶらしいですね。というわけで同時にえっちぃのも更新です。興味のある方の中で今日さみしい想いをする予定の人は覗いてみてください。


得たものと失ったもの

 大迷宮崩壊開始少し前。

 

 氷柱の間の内の一つにて大迷宮最期の試練が終了しようとしていた。

 

 

『どうして……』

 

 

 ハジメと『ハジメ』の戦い。両者一歩も譲らない錬成合戦を行っていた。

 

 そんな中、『ハジメ』がユエ達を使ってハジメを揺さぶり、その隙を突いて攻撃したはずだ。

 

 なのに……

 

『なぜ……僕が負ける?』

 

 長きに渡る攻防を制したのはハジメ。現在『ハジメ』はハジメが作った錬成トラップに引っかかり尖った氷柱で腹部を串刺しにされているところだった。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、それはな……お前が”大迷宮”だからだよ」

『何だって?』

「いくら俺を模してるからって全く同じなわけがねぇ。そもそも同一人物だったら戦う必要もないしな。お前は随所に俺を堕とすための行動を挟んでいた。その差が積み重なった結果が今だ」

 

 数十手先を読み合い、一手のミスが即敗北に繋がる互角の頭脳戦において、そのわずかな思考の遅れは致命傷だった。『ハジメ』がハジメを惑わせようと行動するたびに、ハジメは少しずつこの状況を作るために動いていたのだ。

 

 少しずつ、少しずつ。僅かなミスが、思考の遅れが、すなわち死を意味する極限の綱渡りを、ハジメは見事に渡り切った。

 

『馬鹿な……確かにその理屈は正しい。僕はあくまで大迷宮。その本分を捨てることはできない。だけど、僕はお前を動揺させようと行動したんだぞ。なのになぜ……お前は動揺せずにいられた?』

 

 本来なら致命的な隙を見せるのはハジメだったはずだ。『ハジメ』だからこそわかる。ハジメではユエとシアの戦いの激しさに耐えられない、必ず動揺するはずだと。

 

 だが、ハジメは堪えた。

 

『ハジメ』がユエやシアの危機を伝えるたびに動き出したくなる衝動を抑え、目の前の敵にのみ意識を集中した。

 

 例えシアがユエをミンチにしようとも。

 

 例えユエがシアを火だるまにしようとも。

 

『なぜ、平気な顔をしていられる?』

「決まってるだろ」

 

 ハジメは己の影に対して、はっきりと語る。

 

「ここで動揺してお前にやられるような男が、あいつらが想うに相応しい男なわけがない」

 

 男として譲れないものがあった。それだけの話だった。彼女達はきっと大丈夫。そう信じていたハジメが、彼女達に余計な気を回して試練に失敗するわけにはいかない。

 

「俺は俺の過去を受け入れた上で、今の俺を貫く。そう決めた」

 

 確かに今の南雲ハジメは、魔王ムーブから始まったのかもしれない。だが、そうだとしてもトータスでの旅で様々なことを学んできたハジメがいなくなるわけではない。変わっていないように見えて、魔王の鍍金の下のハジメも成長している。

 

『なるほど。君なりに向き合う覚悟はできたわけか。……わかった。降参だ。今の僕では君を堕とせない。だが注意するんだね。君とユエには最後の試練が待ち受けている。その時こそ、君の真価が試されることになる。それまでに……』

 

 

 けじめはつけておくことだね。

 

 

 そういい残し、ハジメの影は溶けるように消えた。

 

 

「終わった……ユエ、シア……今、行くからッ!」

 

 大迷宮の試練を終えるや否や、間髪入れずにユエとシアの救助に向かおうとするハジメ。

 

 必死にこらえていたが、本当は心配でたまらなかった。

 

 だからこそハジメは今、痛む身体を必死に動かして助けようとする。

 

 

 

 

(……ハジメ君。聞こえる?)

(香織かッ?)

 

 そしてその想いが届いたのか。そんな焦燥の中にいるハジメに香織から念話が飛んでくる。

 

(状況は把握してるよ。私の方でユエとシアを見つけたから。ハジメ君より距離が近い私が今からユエ達の救助に向かうよ。だからハジメ君は回復薬を飲んで先に進んで。すぐ先に雫ちゃん達が待ってる)

(けど俺はッッ!)

(私はハジメ君の主治医だよ。今のハジメ君が相当無理してることくらいわかってる。……大丈夫、約束するから。ユエとシアは私が必ず助ける!)

 

 香織に言われてようやくハジメは自分の傷の具合を自覚することになる。

 

 己の負の感情を吸い取って強化された『ハジメ』との戦いは激戦だった。香織の回復薬を飲んだからといって十全に動けるわけじゃない。大迷宮が崩壊する音がここにも響いている。そんな中満身創痍の自分が向かっても香織の負担にしかならない。

 

(香織……頼むッッ。ユエとシアを……助けてくれッッ)

 

 だからハジメは悔しさに声を震せながら、香織に想いを託すしかない。

 

(任せて!)

 

 ただ一言。力強く返事をした香織の念話が途切れる。

 

 ユエとシアは香織が救うと言ったのだ。だから大丈夫だと己を鼓舞したハジメは、痛む身体を引きずりながら大迷宮の奥を目指すのだった。

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~

 

 大迷宮深奥の間、そこは氷の神殿だった。

 

 道中の大迷宮が極寒の地だったこともあり、蓮弥達は既に極寒用アーティファクトを外しているにも関わらずこの空間がとても心地良いものに感じる。

 

 そして解放者達の住居であるその神殿の中のある一室で、香織の叫び声が響き渡った。

 

「信じられないッッ!! 一体何をしたらこんな酷いことになるのかな、かなッ! 臓器の半数以上が炭化してるって、普通こんなことにはならないからッッ。というよりシアなんで生きてるのッ? 生物として普通に死んでなきゃいけないダメージ何ですけどッッ。いや生きてたことは良かったけど……ああーもうッッ!!」

 

 香織が聖棺のモニターを見ながらヒステリックに叫び、シアに治療を施していく。

 

 

 幼馴染達でさえ見たことがない鬼気迫る香織の様子に蓮弥達は何も口を挟めない。それだけ彼女達の状態が悪いことがわかるからだ。

 

「シアは再生魔法で少しずつ臓器を再生させつつ脳に酸素と栄養と魔力を途切れないように常時補給ッッ。今のシアなら脳さえ無事なら大丈夫ッ、気合で治して!」

「あ、はい」

 

 香織の言うことに大人しく従うシア。死んでなきゃおかしいダメージを受けても余裕そうに見える。

 よって脳さえ無事なら自分で治せるという治癒師として無茶苦茶な判断をした香織は的確に指示を出していく。何事も気合で何とかなるのだ。

 

 香織が何もしなくても既に自動再生により動けるくらいには回復したユエが、不安そうな顔でシアを見る。

 

 紛れもなく自分がシアをここまでボロボロにしたのだ。一見気丈に振る舞っているシアだが苦痛がないわけがない。自分の不死身を少し分けられたらいいのにとユエは真剣に思っていたし周りの仲間達も悲壮な顔をしながらシアの回復を祈った。

 

 

 

 そして皆がシアの無事を祈りながら数時間後……

 

 

 

「復~~活ですぅぅ。さあ皆さん。ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。この通りシア・ハウリア。無事回復致しました」

「……マジか」

「…………私達の心配は一体……」

 

 そう言って虚空にシャドーボクシングを行うシア。たった数時間で全身ボロボロだった状態から動けるようになった回復力に雫達は驚愕の表情を隠しきれない。

 

「なんというか……すでにバグという範疇を超えてるよな」

 

 蓮弥は思わずそう言わざるを得ない気持ちだった。

 

 

 

 ユナの霊的感応能力によりユエとシアがなぜ戦うのか把握できていた蓮弥は、ユエとシアの戦いに介入するべきか最後まで悩んでいた。

 確かに自分が介入すればこの戦いを止められるかもしれない。だが明らかに第三者である蓮弥が介入することの影響を考えればうかつに手を出すことはためらわれた。命は助かっても、ユエやシアの心や魂が救われない可能性もあったからだ。だが、このまま放置することでユエとシアが共倒れなどになったらハジメに合わせる顔がない。最後には蓮弥は助けられる力があるのに仲間を見捨てた形になってしまった。蓮弥は今まで見てきたユエとシアの二人の友情に賭けることにしたのだ。蓮弥の知る二人なら例え狂乱状態に陥っていたとしても相手を殺すまではしないだろうと考えた。だからこそ、ボロボロの状態で香織に連れてこられた時はユナ共々肝を冷やしたものだがこうして元気な姿を見せてくれるとホッとする。

 

 

 だが、自分の快調ぶりを主張するシアの激しい運動行為は治癒師である香織の逆鱗に触れたらしい。凄みのある笑顔でシアの肩を掴んだ。

 

「み”ぎゃッッ」

「シ~~ア~~。まだ外側だけで身体の中はほとんど治療できてないのわかってるのかな、かな? 散々心配させた挙句、私のいうことが聞けないなら永遠に閉じ込めるよ。……箱に」

「ハイ、スミマセンデシタ」

 

 シアがガタガタ震えながら香織の方を見る。

 

 シアの意識があることをいいことに、治療中香織はずっとシアに対して説教を行っていた。

 

 曰く、こんなことをさせるために魔力の使い方を教えたわけじゃない。

 曰く、暴れた事情は察してるし、それなら一人で抱え込まずに自分にも相談してほしかった。

 

 そういうことをねちねちずっと言われ続けたシアはすっかり縮こまってしまっている。

 

「とにかく。シアは当分戦闘はぜ~~ったい禁止だから。もし次無茶したら強行手段も辞さないから、それだけは忘れないで」

「はい……すみませんでした」

 

 流石に心配をかけたことがわかっているシアは香織に素直に謝る。

 

 そこでシアは香織による治療を受けたハジメの方をちらっと見るが、ハジメもバツの悪そうな顔をしていた。

 

 お互い言わなくてはならないことがあるが、キッカケが掴めない。そんなところだと予想した蓮弥はいっそ先に進んでしまうことにする。

 

「さて、これで全員集まったわけだけど……いよいよ最後の神代魔法だ」

 

 全員が息を飲んでシアの治療中に見つけておいた魔法陣を見つめる。

 

 

 早速、その魔法陣に入る一行。いつもの如く、脳内を精査されて攻略が認められた者の頭に直接、神代の魔法が刻まれる。

 

「ヨシ、今回もゲットできたぜ」

 

 まず龍太郎が喜びの声を上げた。

 

「本当に……攻略できたんだな」

 

 攻略を認められたか半信半疑だった光輝は安堵する。前回の大迷宮が蓮弥の創造により合格したことを踏まえればこの大迷宮の攻略こそが光輝にとっての第一歩だ。

 

 

 順次最後の神代魔法『変成魔法』を習得したことを実感していく一同。

 

 蓮弥達はもちろん、今回の試練にて苦戦したティオや香織、ハジメとユエもなんとか攻略が認められたことがわかる。つまりこのメンバーの中で攻略が認められなかったのは、たった一人だけだった。

 

「シア……」

「あはは、流石に今回は駄目でしたね」

 

 心配そうにユエはシアを見るが、シアはあえて明るく笑って見せる。

 

 

 この一行の中でただ一人、シアだけは攻略を認められなかった。シアだけは己の影に取り込まれ、暴れ回ったのが原因だろう。光輝達も自分より遥かに強いシアが攻略を認められなかったことを知り、どうしても気を使ってしまう。

 

 そこで蓮弥がシアに提案を持ち出す。

 

「もう一度再挑戦しようにも、最深部以外の部分はすでに崩壊していることは確認している。大迷宮には自動回復機能があることは確認済みだが、いつ回復するかもわからない。それにハジメ曰く攻略を認められなかった人間は、最低一年は同じ試練を受けられないかもしれない。そこで聞くけど……フェアベルゲンの時のように無理やり手に入れる方法もあるが……どうする?」

 

 つまり再び蓮弥の創造にて魔法陣を改竄してしまおうという提案だった。

 

 だがその蓮弥の提案に対して、シアは首を横に振る。

 

「やめておきます。今回は本当に暴れまわっただけですし、攻略を認められなかったのも納得です。なのでまた機会があれば挑戦することにします。なのでユエはそんな顔しないでください」

「……ごめん」

 

 シアは攻略に失敗したことをたいして気にしていないようだが、ユエの顔色は悪い。蓮弥はある程度事情を聞いているが、もしかしたら自分のせいだと気にしているのかもしれない。

 

 

 どうやら多少問題は解決傾向にあるようだが、まだ元通りには遠いとわかるが、こればかりは第三者である蓮弥ではどうしようもない。だからこそ、一度ここから出て落ち着くことを提案しようとした時、蓮弥の頭を軽い頭痛が襲う。

 

「ッ、これは……」

「神代魔法の知識でしょうか?」

「えっ、蓮弥……どうかした?」

 

 蓮弥とユナは同じ違和感を感じているようだが、雫は何のことかわかっていないようだ。すぐに頭痛が治った蓮弥がこの頭痛の正体について考える前に、別の場所から苦悶に満ちた悲鳴が上がった。

 

「ぐぅ!? がぁああっ!!」

「……っ、うぅううううっ!!」

 

 ギョッとしてその悲鳴の方に視線を向けた蓮弥達。そこには、激しい頭痛を堪えるように頭を抱えながら膝をつくハジメとユエの姿があった。

 

「くそ……これは、情報の……オーバーロードかッ」

 

 震える手で首元に付けているエリクシルの電源を入れると、ハジメは表情を軟化させた。エリクシルにより脳の処理能力を上げることで刻み込まれる膨大な情報による脳への負担を減らしたのだ。今は乱れた呼吸を整えながら目を閉じ、落ち着いて頭の中に刻み込まれている情報を精査していた。

 

 

 だが、その行為はすぐに中断されることになる。

 

「ううぅううううっ、あああああああああ──ッッ!!」

 

 ユエが一人、藻掻きながら苦しみ続ける。そして……まるで糸が切れた人形のようにそのまま地面に倒れた。

 

『ユエ(さん)!!』

 

 周りが驚愕の声を上げる中、香織が真っ先に自らの役目を全うするためユエに近づき検査を始める。

 

「……頭に刻まれている情報のせい? ……いや、違う。身体の中の魔素濃度が尋常じゃないッ。……これ、もしかして急性魔素中毒ッ? ユエッ、こうなるまでどうして黙ってたの!?」

 

 急いで聖棺の中にユエを格納する香織。ユエは額に汗を浮かべながら息を乱している。見た目は酷い風邪のように見えるが、香織の様子からして普通の風邪などではないことは誰にでも伝わってくる。

 

「ご…………めん、なさい」

「ああ、もう謝らなくていいからッ、とにかく急いで治療しないとッ。ここじゃ本格的な治療ができないから一度フェルニルにッ!?」

「ああ、わかったッ、ユナ、ここにいる全員を転移させるぞッ」

「もう準備できています。皆さん、ユエを中心に集まってくださいッ」

 

聖術(マギア)8章5節(8 : 5)……"天空神移"

 

 こうして、ユナの転移魔法により最後の大迷宮を後にした蓮弥達。

 

 だが、突如ユエが倒れるという異常事態に、一行は不吉なものを感じざるを得なかった。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~

 

 飛空艇フェルニルの医務室にて、ユエが苦しそうにベッドに横たわっている。その横で香織を始めとしたハジメ達数人が側に立っていた。

 

「魔素というものはね。その名前の通り魔力の元になる幻想物質なわけなんだけど。人によっては生命力そのものと言う人もいるのかな。だから当然人の身体にも流れていて、それを私達は魔力に変えて使っているの。けどその魔素が体内に過剰に蓄積したりすると身体の機能を阻害する猛毒に変わる。それが魔素中毒」

 

 例えば酸素という物質は生命が生きるために必要不可欠な物質ではあるが、同時に高濃度の酸素を一度に取り込めば人体に悪影響をもたらす。それの魔力版を現在ユエは発症しているというのが香織の見解だった。

 

 現在ユエは聖棺の中で息を荒くしながら苦しそうにしている。バイタルの一つの体温を示す部分は現在40℃付近を前後している。

 

「香織……ユエは……」

「大丈夫。少し時間はかかるかもしれないけど適切に治療すれば必ず治るから」

 

 その言葉に一同はほっと息を吐く。シアに続いてユエまで倒れるという事態はこの旅において今までなかったことだった。

 

「ハ…………ジ、メ」

「ッ! ユエッ」

 

 聖棺の中から目を薄く開きながらハジメを呼ぶユエに、ハジメは耳を傾ける。

 

「あの……ね。私ね……ハジメと……いっぱい話したいことがあるの」

「ああ……俺もだよ。だけど今はちゃんと身体を治すんだ。話はその後でゆっくりしよう」

「うん……」

 

 苦し気ながらもはっきりと受け答えをするユエにハジメは内側から想いが溢れてくるのを感じていた。

 

 伝えたい。自分の方こそ、ユエと話し合いたいことがいっぱいあるのだと。そうハジメはユエの回復を祈りながら考える。

 

「とにかく。今のユエに必要なのは休息だから。皆は外に出ててね。ハジメ君、もうすぐフェアベルゲンに到着するんでしょ?」

「ああ、一度そこで休息を取るつもりだ。あそこは今トータス有数の安全地帯だからな」

 

 ハジメの言う通り、現在一行はフェアベルゲンに向かっていた。

 

 急いでフェルニルに戻った一行だったが、そこで待機していた吉野真央の報告によると、この地に魔人族の軍隊が向かっているという情報が入ったと言う。

 

 蓮弥はその情報を聞いて当然だとフェルニル眼下の惨状を改めて見た。

 

 そこは雪が溶け始め、長らく見せなかった大地が見え始めているシュネー雪原の姿だった。

 

 ユエとシアの激突はこの地の天候に多大なる影響を残していた。雲が吹き飛んだせいでこの地帯で降り注いでいた大雪が止み、日の光が差すようになっていたのだ。

 

 そして魔人領のすぐそばでこのような異常事態が起こっていて気づかないほど彼らとて鈍くはない。この地に少なくはない軍隊を向けるのは当然だと言えた。

 

 それにメンバーの大半が、特に精神的に疲弊していた。それはハジメパーティーが一番顕著であり、特にその身を狙われているユエは今が一番無防備な状態だと言える。香織が本格的な治療を行うために、ユエの体内に蓄積する澱んだ魔素を排出するのに必要な清純な魔素が溢れる場所がいいと進言したことで、一行は一旦、神樹復活により神の手によらない力が渦巻く対エヒト有数の安全地帯と化したフェアベルゲンで休息することで合意し、今に至る。

 

「フェアベルゲンについたら一旦解散しよう。各自大迷宮での疲れを癒すことにする。以上」

『了解』

 

 そして今、ハジメの号令にて彼らの一先ずの目標は定まった。

 

 一行はフェアベルゲンを目指し、空を行く。

 

 

 ~~~~~~~~

 

 そして……

 

 夕日によってオレンジに輝くフェアベルゲンの森の一角。そこは街中から少し外れた広場のような場所で、いくつものテーブルが置かれている。中央には湧水を利用した噴水があり、普段は憩いの場となっている場所に、ハジメが一人椅子に座っていた。

 

 

 考えることは……山ほどあった。

 

 倒れたユエのことについて。

 

 最後の大迷宮にて突きつけられた南雲ハジメという男の瑕。

 

 七つの神代魔法を手に入れた際に知ることになった、神代魔法の深奥。

 

 概念魔法とこれからのことについて。

 

 そして……

 

 

「ハジメさん、こんなところにいたんですか? 探しましたよ」

「シアか……」

「はい。いつもニコニコ元気なシアさん登場ですぅ」

 

 そう元気よく挨拶をしながら走り寄ってきたのは、先ほどまでアルテナという森人族の族長の娘を軽くあしらってきたばかりのシアだった。そのままハジメの近くの椅子にちょこんと座る。

 

「……」

「……」

 

 そして無言のまま十秒、二十秒と過ぎていく。

 

 

 そんな空気の中、我慢できずに口を開いたのはハジメだった。

 

「…………もう身体はいいのか?」

「えっ、あ、はい。香織さんからも動くだけならと許可をもらいました。ただ気が不安定なのでしばらくは戦闘できませんね」

「そうか……」

 

 それからしばらく穏やかな時間が続く。ハジメもシアも一言も喋らない。二人で沈みゆく夕日を眺めている内に夜の帳が降りる。

 

 するとフェアベルゲンの夜光性の蒼い蝶が空中を舞い始め、幻想的な光景を醸し出す。

 

 

 そんな空気の中、今度はシアが沈黙を破る。

 

「ねぇ、ハジメさん。私、一度未来が見えるのを疎ましく思ったことがあるんです」

 

 その言葉を皮切りに語られるのは、シアの固有技能『未来視』の秘密。

 

 基本的に自分以外に使用しても悪い未来しか見えず、それを変えることは困難であること。ひょっとしたら自分がいるから、自分が不幸な未来を視るから家族が不幸になるんじゃないかと思ったこと。

 

 シアがずっと悩んできたことをハジメはただじっと聴いていた。

 

「いっそ悪い未来しか見えない役立たずの能力なんていらないと本気で思った時、一つの未来が見えたんです。それは……ハジメさんとユエが私達を助けてくれる未来でした」

 

 家族に迫り来る絶望の最中、その未来が見えた時、シアは奇跡が起きたと思った。だからこそ必死でその希望に縋りついた。そして出会った少年と少女は、シアが想像していたより無茶苦茶で、一度はシア達を見捨てようとした酷い人達だったけど、最後には助けてくれた。

 

「ハジメさんとユエが、私を救ってくれたんです」

 

 もちろん蓮弥さん達にも感謝してると付け加えたシアは微笑む。

 

 より善き未来が見えた。それをたった一度の奇跡とするにはあまりに惜しいと思ったから、シアはハジメ達について行こうと思った。

 

「最初のキッカケなんてそんなものですぅ。あなたのことを好きだと言ったのも、きっとそこまで本気じゃなかった。けど……」

 

 旅をする中で、実はハジメは思っているほど強くないことを知ったこと。実はユエが寂しがりやで臆病なところがあることを知ったこと。他にも、シアが森で過ごしているだけでは得られない経験を得ることができた。

 

「私は、ハジメさんに会えてよかった」

「……それはこっちのセリフだ。俺もシアには助けられた。……今回の大迷宮だって、シアのおかげで攻略することができた」

 

 キッカケは間違いなくシア。もしシアがユエへの凶行を止められなかったら、ユエは死を選んでいたかもしれないし、ハジメはシアを殺していたかもしれない。

 

「ならお互い様ですね。私も二人を想うことで踏みとどまれました。だけど、もう……以前の関係には戻れませんね」

 

 シアが立ち上がり、ハジメの前に来る。

 

「始まりは幼稚な感情だったかもしれません。だけど今は違います。私は……」

 

 今度こそ、ちゃんと告げる。熱に浮かされた衝動的なものではなく、確かに想いの籠った言葉を。

 

 これからもハジメ達と一緒に居たいから、だからシアは言わなくてはならない。そして怖気づく前に声を張り上げた。想いと切なさを乗せて。

 

 

「……あなたのことが好きです!」

 

 

 溢れる想いを胸に、シアは自身の想いをハジメに告げた。

 

 ~~~~~~~~

 

 

 

 ハジメは鈍感ではない。そういう系統のサブカルチャーに詳しいということもあるが、少なくともシアを初めとした周囲の女性達が自分に好意を持ってくれていることにもちろん気付いている。その中には直接告白してくれた人もいた。

 

 

 だがハジメはその想いに対して頑なな態度を取ってきたつもりだった。自分にはユエがいる。だから付き合えない。相手の告白を断って袖にしてきた。

 だが今にして思う。本当に自分は相手に対して誠実に対応していたのだろうかと。心のどこかで、こういう日々が永遠に続くことを望んでいたのではないかと。

 

 

 ハジメだって男だ。多数の女の子から好意を向けられることを嬉しいと思う感情は捨てきれない。例え心に決めた恋人がいようとそう簡単に誘惑は断ち切れない。

 蓮弥のように二人の女性を同時に愛するという行為を成立させている例があったのも影響したのかもしれない。

 ユエだって許してくれる。だったらシアだって自分の物にしてもいいんじゃないか……そんなことを心のどこかで考えていたのかもしれない。

 

 

 だからあの日、三人の関係を狂わせてしまったのではないかと思う。全ては自分の想いの伝え方が悪かったせいなのではないか。彼女達に対して誠実ではなかったからではないか。ハジメはそう考えずにはいられない。

 氷雪洞窟の大迷宮にて、ハジメは己の身の程を知った。いくら力を手に入れようと、強力なアーティファクトを作ろうとも、国や世界の危機を救おうとも、南雲ハジメという男は大したことがない小物なのだ。そういう意味では世界を救うという大言壮語を語り、色々ズレていたとはいえ、曲がりなりにもそれに向けて真っすぐ努力していた天之河光輝の方がよっぽど大物なのかもしれない。

 

 南雲ハジメは身近なものを守るので精一杯なのだ。増してや同時に複数の女を愛するなんて、素面ではできない。

 ならば、それならば覚悟を決めなくてはならない。これでシアに告白されるには二度目だ。あの時は、なんだかんだ曖昧な答えになってしまい、ユエの一言で彼女の同行が決定した。あれから数ヵ月が経ち、もうハジメにとってもシアはただの他人なんかではない。

 

 

 未来は絶対じゃない。

 

 

 それはいつかシアが言った言葉だったが、確かに、その通りだ。全く同じ関係はいつまでも続かない。この時を境に、きっと以前の関係には戻れないだろう。

 

 

 だがそれでも言わなくてはならない。南雲ハジメを好きになってくれた女の子に誠意を示すため、そして叶うなら……これから新しい関係を構築するため。そして、絶対じゃない未来の中にも、”不変”の想いはあるのだと、伝えるために。

 

「……シアが真剣に言ってくれたから……俺も真剣に答えるよ……俺にとって特別は……ユエ以外にいない」

 

 あれから多くの大切ができてなお、ハジメの中で変わらないただ一つの感情。

 

 ユエを愛しているという南雲ハジメの根幹にいる想い。

 

「だから、ごめん。……シアの想いには答えられない」

「…………はい」

 

 ハジメの精一杯の返答を受け、シアは目の端に涙を浮かべながら笑顔で受け止めた。

 

 

「ハジメさん。……一つお願いがあります」

「……なんだ?」

「……踊ってくれませんか?」

 

 

 シアの言葉をキッカケにどこからともなくメロディが流れてくる。どうやらオルゴールのようだ。ハジメはこの曲が帝国のパーティーで流れていた曲だということに気付いた。

 

「あの時……ユエとハジメさんが踊っているのを見て羨ましかったんです。だから少しだけ、特別な時間を私にください」

 

 それが精いっぱいのお願いだと。シアが誘ってくる。その返答はとっくに決まっていた。

 

「俺でよければ……喜んで」

 

 たった数分のダンスパーティー。一つの想いにけじめをつけるためのそれを見守っているのは、優しい森のせせらぎだけだった。

 

 

 ~~~~~~~~~~

 

 こうして、一人の少女の初恋は終わりを告げた。

 

 少年は、想いを寄せてくれる少女の一人に対して、責任を果たした。

 

 得たものはあれど、失ったものの方が大きい。

 きっと今宵はそんな夜なのだろう。これからの未来のために、何かを差し出さなければならない運命の日。

 

 何事も上手くいっていた黄昏の日から夜の帳が降りる時。

 

 ならば、今宵一番大きなものを差し出したのは、果たして誰だったのだろう。

 

 

「みんな……落ち着いて聞いてほしいの」

 

 兎人族の少女は初恋にけじめをつけた。そしてそれゆえに本当の親友を手に入れることができた。

 

「まずユエの状態は安定したよ。もう、命に別状はないと思う。ただね……」

 

 白髪の少年は、一人の少女の想いを断ち切ったことで、自身の不変を再認識することができた。

 

 なら……なら、彼女は……何を得て、何を失ったのか。

 

「……まるで電線に許容量を大幅に超える電流を無理やり流したような、そんな感じ。きっと相当無茶したんだと思う。ズタズタのボロボロで……頑張って直そうとしたけど、魂魄魔法でも再生魔法でも直せなかった」

 

 

「……ユエの魔力回路は、修復不可能の壊滅状態だよ。だから……ユエはもう……」

 

 

 香織の宣告の意味を悟り、言葉を失う一行を前に、香織よりある物が差し出される。

 

 

 それは、ユエのステータスプレート。否応なしにユエに起きたことを数値として明示化するもの。

 

 ====================================

 

 ユエ 323歳 女 レベル:??? 

 

 天職:神子   職業:冒険者   ランク:金

 

 筋力:10

 体力:10

 耐性:10

 敏捷:10

 魔力:0

 魔耐:0

 

 

====================================

 

 

 

 

 

 

「二度と魔法を使えない」

 

 

 

 

 

 

 




――失ったものは、あまりにも大きく


代償を払う代わりに絶大な力を得るという展開において、自分の力を喪失するというのはポピュラーな展開かなとも思いましたが、シンプルイズベストということで。

第七章は後二話くらいで終わるかな。いよいよお待ちかねのあの人が登場することになるかと思います。

さて、ほぼ確実に今年の更新はこれで最後になります。皆様良いお年を。

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