最後の更新からもうすぐ三か月。かつてないほど長い期間が開いてしまったことをまず最初に謝罪します。
第一部の最終章ということで動かさなければならないキャラがたくさんいたのと単純に時間が取れなかったのもあり、更新できませんでした。
しかしゴールデンウィークに突入したのに更新できないのもどうかと思い、そろそろ更新を再開しようと思います。ステイホームのお供になれば幸いです。
では、トータスの冒険最終章。そのプロローグが始まります。
反撃の狼煙
物語は佳境へ。
蓮弥達は最後の試練を乗り越え、概念魔法に至るために必要な七つの神代魔法を全て手にすることができた。
だがその代償に、吸血姫ユエが力を失うという異常事態に見舞われてしまう。
そこをすかさず襲撃する闇の勇者と邪なる神父。
蓮弥やハジメ達の奮戦の甲斐もなく、吸血姫ユエは奪われてしまう。
果たして、彼らと世界の運命はいかに。
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あの日から一夜が明けた。
あれから蓮弥達は一旦体勢を整えるために、ゲートを通じてハイリヒ王国王都に戻ってきていた。
比較的傷が少ない蓮弥は、代表としてハイリヒ王国の会議室にてリリアーナとこれからのことについて話を始める。
「そうですか……わかりました。私達王国は、大至急他国との緊急会議を開きます」
「頼む、リリィ。ハジメが残してあるゲートを利用すれば、短時間で各国を回れるはずだ」
蓮弥が来た目的は一つ。それはこの世界に迫る危機を共有すること。
あの日、神父によってユエが攫われたことで、世界に明確なタイムリミットが設定されることになった。
蓮弥はかつて王都で共闘することになった使徒フレイヤとの会話を思い出す。
『なぜエヒトは大災害を解き放った? 俺が邪魔なら他にも手はありそうなものだろ? 曲がりなりにもこの世界の神なんだからこの世界が壊れたら困るのはエヒトのはずだ』
『さあ、知らないわ。けど、どうやらエヒトはこの世界での遊戯に飽きているみたいね。だからこの世界を終わらせて新しい遊び場にでも行く気じゃない?』
フレイヤの言うことが正しいなら、エヒトが復活したらこの世界は滅ぼされ、その矛先は他の世界に向くと取れる。そしてその矛先は最悪蓮弥の故郷である地球かもしれないのだ。
「招集には少し時間がかかるでしょう。それで……他の皆さんは……」
「それは……万全とは言い難い」
ユエが連れ去られた直後、ハジメはそのまま意識を失い現在も目を覚ましていない。概念魔法により負わされた傷だからか香織の再生魔法を受け付けず、通常の回復魔法による自然治癒力の増加という手段を取らざるを得なかったがゆえに、現在香織による集中治療を受けていた。
他にも無茶な行動により傷口が開いてしまったシアやハジメと同じく、概念魔法による攻撃を受けたティオも治療中だ。
「ハジメさん達は……間に合うでしょうか?」
「間に合うさ。白崎の奴が気合を入れてたからな。この程度で潰されるほど軟な奴らじゃない」
香織が治療に専念している以上、蓮弥にできることはない。蓮弥に出来ることは彼らの復活を信じ、来るべき決戦に向けて備えること。
「お待たせしました。藤澤君……皆をつれてきました」
「ありがとう先生。助かった」
「いえ、私は……これくらいしかできませんから」
世界の命運をかけた戦いが始まるのにクラスメイトを放置するわけにはいかないと、蓮弥は愛子に頼んで王都に残っていたメンバーも含めて全員連れてきてもらった。
「みんな、聞いてくれ。今俺達が置かれている状況を」
蓮弥は彼らに全てを話した。
最後の大迷宮を攻略したことにより、地球帰還のための概念魔法完成まであと一歩のところに来たこと。だがその際、神父と光輝の襲撃により、概念魔法完成のために必要不可欠な人員であるユエが攫われたこと。そして間もなく邪神エヒトが復活し、この世界を滅ぼす可能性が高いこと。
「そんなぁ、やっと、やっと帰れると思ったのに」
「天之河……あいつ勇者なんだろッ、それなのに一体何やってんだよ!」
「このまま私達……死んじゃうの?」
攻略の旅の前線に出ていた人員はともかく、居残り組の動揺は大きかった。当然だろう。後少しで帰れると思っていた矢先、突きつけられたのは希望ではなく絶望だったのだから。
「なあ、藤澤。本当に俺達帰れないのか? 何とかならないのかよ」
「無理だな。俺では帰還用の概念は作れないし、その概念を作れる可能性のあるハジメは現在意識不明の重体だ。それにハジメが目覚めてもユエがいない以上、帰還用の概念は作れない。……俺達はこの世界で神と戦うしかない」
「そんなぁ……」
蓮弥の言葉に顔を覆ったり、突っ伏したりして嘆くクラスメイト達。比較的前向きにこの世界に向き合ってきた永山や玉井なども気を落とす。
「……すみません、皆さん。私がいながら……私は先生なのに……もっと天之河君に目を向けていればこんなことには……」
中でも愛子の落ち込み様は激しい。前線に立っていなかったとはいえ、愛子とて蓮弥達と旅を共にしていたのだ。当然偽物の光輝と話をする機会はたくさんあった。
誰よりも生徒のことを見ていなければならない教師の立場にありながら、光輝が偽物であることに気付かなかった責任を感じているようだった。
「先生のせいじゃありません。私だって……幼馴染なのに、気づかなかった。あの男に何も言い返せなかった」
嘆く愛子に対して、雫も力なく声をかける。
光輝を巡る騒動において、もっとも気を落としている者の一人が雫だ。神父の言うことが正しければ、本物の光輝に最後に会った人物は雫だったのだ。視点を変えれば、自分のせいで光輝があんなことになったと思わずにはいられないだろう。
「過ぎたことを言っても仕方がない。今は現実の話をするぞ。問題はタイムリミットだ。神父は残り五日だと言ってたけど、言った人物が人物だからな、どこまで信用していいものか……」
神父は五日後、神エヒトが復活するという旨を話していたが、相手は神父だ。ダミー情報を流してこちらを混乱させる目的がないとは限らない。
だがその問題をユナが解決する。
「そのことについてなのですが、私の感覚では彼は嘘をついていませんでした。本気であの神父を視たので間違いありません」
霊的感応能力を全開にして神父を視ていたユナが断言するなら間違いないだろう。少なくとも蓮弥はそう信じる。後考えることがあるとすれば神父の真意だろう。
「ただし嘘をついていないことはわかりましたが、彼の真意は依然不明です。私達を呼び寄せることにどのような理由があるのか、そこがわかりませんでした」
「どっちみち敵地に行かなきゃいけないんだ。準備万端で待ち構えているつもりでいかないといけないな」
決戦の地は魔王城。魔人族の本拠地であり敵のホームグラウンド。地の利が敵にある以上厳しい戦いになる可能性は高い。
「では私は残り四日後がXデーであることを念頭に入れた上で各国と交渉を進めますわ。蓮弥さん達は蓮弥さん達にしかできないことをなさってください」
そう言い残しリリアーナが会議室から退出する。世界各国と連携を取るには彼女の力は必要不可欠だ。それがわかっているからこそリリアーナは自分にできることをするために活動を始めた。
「俺……とりあえず、武器の点検しとくわ」
「俺も……何かしないと落ち着かねぇよ」
理不尽な現実を少しずつ受け入れ始めたクラスメイト達は、渋々という形ではあるが、ようやく動き始める。
クラスメイト達とてこの世界が滅びていいとは思っていない。半年以上もこの世界で暮らしていたら愛着だって湧いてくる。だからこそ立ち上がって何かしていたいが、そもそも何をすればいいのか悩ましい。
「ハジメが目覚めてくれれば、アーティファクトでお前達を補強できるんだけどな……」
そう言った蓮弥はハジメが寝ているであろう王都の医療院の方向に目を向けるのだった。
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「知らない天井だ」
目覚めたハジメは自分が知らない場所で横になっていることにすぐ気づいた。
「ここは……」
外を見て見ると夜になっており、綺麗な月が部屋を照らしている。白を基調とした壁紙やベッドの雰囲気からここが医務室であると察したハジメは、意識したからか身体が痛みを発しているのに気づいた。
「ぐっ……俺は、確か……」
目が覚めたばかりだからか、それとも他に要因があるのか。頭に霞みがかかったように思考が纏まらない。
なので少しずつ思い出そうとした時、部屋の扉が開いた。
「ッ、ハジメ君ッ。良かった、目を覚ましたんだね」
部屋に入ってきた香織はハジメの意識が戻っていることを知り駆け寄ってくる。その顔には心底ほっとしたと伝わってくる表情を浮かべていた。
「香織、俺は……ここはどこだ? どれくらい寝てた?」
「ここはハイリヒ王国の医療院。寝てたのは丸一日だよ。一時はかなり危険なところまで行ったんだから。どこか身体に違和感とかない?」
「……いや、大丈夫だ」
香織と話している内にハジメの意識が段々はっきりしてくる。
大苦戦を強いられながらも、最後の大迷宮を攻略したこと。
色々あってフェアベルゲンにて休息を取っていたこと。
そして……天之河光輝と神父の襲撃。
その果てに……
「……香織…………ユエは?」
恐る恐る聞くハジメの様子は何かを恐れているように見える。そんなハジメの心中を察しながらも香織は正直にあの日起きたことを話す。
「ユエは……あの神父達に攫われちゃった。……ごめんなさい。私……何もできなくて……」
神父だけならユエを奪われたりしなかった。だからこそ幼馴染の凶行がキッカケに起きてしまった悲劇に香織は少なからず責任を感じている。
だが当然。ハジメは香織を責めたりはしなかった。
ただ静かに……拳を握りしめて俯いていた。
香織はハジメに対して何も言わない。ハジメの苦悩がわかっていても、ハジメが話してくれるまでジッと待ち続ける。
そしてしばらく俯いていたハジメは少しずつ口を開き始めた。
「…………香織」
「……何?」
そこからハジメの沈黙は長かった。香織もハジメの答えを催促することなくただひたすらハジメが話し始めるのを待つ。
「…………俺はさ……」
ぽつりと零れるような声で、ハジメが語り始める。
「……オルクス大迷宮で奈落の底に落ちて……一度地獄を見ておかしくなって……毎日、毎日……戦って、食って、武器を作る。その行動をひたすら繰り返した。とにかく毎日が……必死だったんだ。正直ずっと思ってたよ。『どうして僕がこんな目に合わなきゃいけないんだ』てな」
奈落の底に落ちて、ハジメが経験したことは、極限の恐怖、焦燥、飢餓、そして絶望。
「魔物肉を喰えば力が手に入るとわかった時は、とにかく目につく魔物を片っ端から喰っていった。殺して喰う。それをひたすら続けていく内に、ステータスと技能がどんどん上がって……気が付いた時は身も心も一匹の獣になってた」
腹が減ったら獲物を探し、殺して喰う。
それを行うごとに、消えていくハジメの人間性。
ただ狂気に身を任せて、ただ強さを追い求めた。
香織が賞賛してくれたような、南雲ハジメのなけなしの善性や、自分を助けようと必死に手を伸ばしてくれた蓮弥の手のぬくもりも、何もかも捨てた。
きっとあの頃のハジメはそれしか食料がなければ、きっと自分と同じ人間すらも躊躇なく殺して喰っていただろう。
それはもはや人ではなく、ただの獣……数多の魔物が折り重なってできたキメラのごとき化物だ。ただ家に、自分の世界に帰りたいという渇望ばかりが先だって、その後のことなんて何も考えていなかった。
「そんな時だった……あいつに出会ったのは」
「…………ユエだね」
あの時の光景を今もハジメは鮮明に思い出すことができる。
最初部屋に入った時、暗闇に浮かぶ満月だと思った。良く見るとそれは人で、随分やつれているし垂れ下がった髪でわかりづらいが、それでも美しい容姿をしていることがよくわかった。
「実を言うとさ、最初はユエ相手でもそっけない態度ばかり取ってたんだぜ」
「そうなんだ……今じゃ想像できないけど」
「そう簡単に他人を受け入れられる状態じゃなかったんだよ、俺は」
最初は見捨てようとしたのだ。奈落の底に封印されているような奴を助ける余裕なんてないと思い、そのまま扉を閉じて立ち去ろうとした。
だけど、必死に自分に助けを求めるユエを、ハジメは見捨てることができなかった。
それはもしかしたら、すでにその時には、ハジメの中にある感情が芽生えていたのかもしれない。
それから、奈落の底での二人きりの生活が始まった。ハジメもユエも人のぬくもりに飢えつつも人付き合いがいい方ではなかったから、最初は恐る恐る会話するという感じだった。自分の身の上のこと、起こったった悲劇、そしてここに至るまでの過程。それらをお互いに共有していく中でわかったこと。それはユエがハジメの話をよく聞いて、笑って、そして泣いてくれる表情豊かな少女だったということだった。
「今思い返してみれば……俺は最初からあいつにどこか惹かれていたんだと思う。奈落の底で過ごしていく内に、どんどんあいつのことが好きになって。気づけば彼女の前では無様な姿を見せたくないと思った」
ユエがいたからこそ、ハジメは人に戻ることができた。否、今まで現実を見てこなかった捻くれた少年が、外の世界で生きてみようと本気で思ったあたり、南雲ハジメという人間を成長させてくれたと言っても過言ではない。
引きこもりで、才能はあるが捻くれてしまったオタク少年が、とある異国の美少女に分不相応の恋をして、何とか彼女に相応しい男になろうと奮起して、何度も失敗しつつも少しずつ前へ進んでいく。きっとどこかで聞いたことのあるようなありふれた物語だろう。
このまま彼女と、地球に帰った後もずっと一緒に居られれば、それ以外は望まない。
だからこそ、せめて彼女だけは何があっても守ろうとハジメは思っていたのだ。
それなのに、気づけば…………ハジメの側に最愛の少女の姿はない。
「俺はユエを守れなかった。何が魔王だ。俺はそんなんじゃねぇ……俺は……弱い」
ハジメは自分の無力さを呪っていた。かつて奈落の底に落ちた時でさえ、ここまで追い詰められなかった。
それを成したのは天之河光輝の脅威。
完敗だった。
何もできずに敗北したようなものだ。
自分が作ったアーティファクトは何も通じず、ただひたすら嬲られていただけ。間違いなく蓮弥の聖約がなければ殺されていた。
強くなったはずだった。最強だと驕るつもりはないが、ユエだけは守れる力を身に着けたつもりだった。周りの人間の中には自分を魔王だのなんだの言う者も出てきているが、その悪名が自分にとって大切なものを守ることに繋がるのならば利用するつもりだった。
だが蓋を開けてみれば、魔王だのなんだの言われても……自分の惚れた女すら守れていないではないか。
どうすればいいかわからない。一体自分はこれからどこへ行けばいいのだ。
自分を支えてくれていた主柱であるユエがいなくなったことにより、ハジメの弱さが表面化する。ユエがいたから頑張れたのだ。ならユエがいなくなってしまえば……どうやって立ち上がればいいかわからない。
「大丈夫だよ、ハジメ君」
嘆きの真っただ中にいるハジメは、自分を包む暖かい感触を自覚した。
「大丈夫、きっと全部上手くいくから」
無力感と共に迷走するハジメを香織が抱き寄せ、その身で優しく包み込む。香織の全身から流れ込んでくる優しい魔力が、魂から凍えそうになっているハジメの内側を優しく温め始める。
「香織?」
「……ユナちゃんがね、言ってたよ。神ノ律法を習得したユエは、そう簡単にエヒトに乗っ取られはしないって。ティオはね、今は里帰り中。龍神様曰く、ティオが今よりもっと強くなるために必要なんだって。ティオは、私が見たことないくらい真剣な表情で旅立っていったよ。シアは……困ったものだよね。私が何回注意しても身体を動かそうとしてる。ユエを助けるために自分のできることをしたいんだってね。それで本当に回復が速くなってる辺りもうシアも大概だよね」
香織の口から語られるのは、ハジメが旅の中で出会った仲間達。
「愛ちゃん先生なんかは、あれだけ豊穣の女神の名前を嫌がってたのに、積極的に自分の名前を使ってあちこちゲートで動き回ってるよ。そして藤澤君とユナちゃん、雫ちゃんも皆、ユエを助けようと行動してる」
彼女達にとって、ハジメと同じだけの時間を過ごしたユエは他人などではない。皆が皆、自分にできることをやろうとしている。
最初は、ハジメとユエの二人から始まった。それから蓮弥とユナが一緒になり、シアと出会い、ティオと出会い。そして香織と再会した。
「そしてもちろん私も。もうハジメ君は奈落の底で一人ぼっちだったころと同じじゃない。一人でユエを助けなきゃなんて考えなくてもいいんだよ。……私は少しエヒトに同情しちゃう。みんなが本気で動き回って、無事で済むとは思えないもん」
香織の声には確信が秘められていた。これだけのメンバーを本気にさせて、負けるはずがないという確信が。
「少しやられちゃったけど、今度は私達が反撃する番だよ。そんな中、ハジメ君はここでぼーっとしてるだけでいいのかな?」
「…………いいわけないだろ」
「じゃあ、どうするの?」
「…………決まってる」
香織の言葉に、ハジメは自らを奮い立たせる。そしてあえて太々しく宣言する。
「ユエは奪い返すし、奴は殺す! そして後悔させてやる。お前が一体誰の特別に手を出したのかってな!」
その言葉を聞いた香織もまた、明るく答えを返した。
「うん、やっちゃお。ハジメ君は大切な人を取り戻すついでに、世界を救うくらいの気持ちでちょうどいいと思うよ」
「なんだよそれ。俺ってそんなに人でなしに見えるのか?」
「ふふ、じゃあ世界のために戦えるの?」
「そりゃ、無理だな。そういうのはどこぞにいる神父に洗脳されている正義馬鹿の勇者の役割だろ」
「そうだね。光輝君も取り戻して……説教しなきゃ」
「……俺はあいつなんて今更どうでもいいけど……香織の説教は怖そうだな」
「ふふふ。色々考えてるよ、色々ね」
ハジメと香織は笑い合う。地球時代では考えられないような距離感。例え特別ではなかったとしてもハジメにとって香織が大切であることに変わりはない。
「なあ、香織……」
「何?」
「もう少しだけ……こうしてていいか?」
「いくらでもどうぞ」
そう言って優しく自身を抱きしめてくれる香織に少しだけ甘えるように、ハジメはしばらくその体勢で身を預けたのだった。
そしてしばらくそのままの体勢でいたハジメだが、心が落ち着いてきた段階になって、今の自身と香織の体勢を客観視する。
現在ハジメはベッドの上に上半身だけを起こした状態であり、そんなハジメを立った香織が抱きしめている。だからこそ、ハジメは現在、香織の柔らかい胸に頭を包まれるような体勢になっていた。香織の身体からハジメの脳を直接揺らすような甘く良い匂いが漂ってきている気さえする。ハジメも男なのでいろいろ気になり始めた。
「あのさ、香織。自分で言っておいてなんだが……もう元気になったからそろそろ離してくれるとありがたいんだが……」
と香織にやんわり離れるように促したハジメだが。
「ん? …………あんっ、ハジメ君、そんなところぉ、やんっ、ぐりぐりしちゃぁ、駄目ぇぇ……ああんっ」
突然何を思ったのか、香織がハジメの頭を自身の豊かな胸に強く押し付け、普段のキャラに反するような喘ぎ声を上げてきた。
普段の元気で清楚な雰囲気から想像もできないような艶声と甘い吐息。よりはっきりとした香織の柔らかい感触と甘い匂い。
普段とのギャップが大きいからか、正直かなりエロいとハジメは思ってしまった。ハジメでこれなのだからクラスの男子が聞いたらほぼ全員が前かがみになり、半数がトイレにダッシュするかもしれない。
「…………勃った?」
「何のことだ? それと香織があんまりそういうこと言うなよ」
「それは偏見かな。私だって人並みにそういうことに興味あるよ。あとシアのカウンセリングをした際に愚痴で色々聞かされたからね。一応問題ないかの確認かな」
「うっ……」
ハジメの脳裏に最近できた新しい黒歴史の記憶が蘇る。いくら恋人ではないとはいえ、シアに女として大恥をかかせることになった男として恥ずべき記憶だ。
「ふむふむ。微妙に膝で布団を持ち上げて隠そうとしてるけど、ちゃんと反応してるね」
そしてあっさり反応したのがクラスメイト兼大切な仲間に筒抜けなのが、ハジメの羞恥を煽る。
「良かった。身体は正常に反応するみたいだね。今みたいに副交感神経が前面に押し出されているところに性的な刺激を受けて反応が無かったら、身体に異常が出たのか疑わなきゃいけなかったから」
そしてそんなハジメの反応を二大女神と呼ばれるほど綺麗なクラスメイトに冷静に診断されていることが羞恥心に追い打ちをかける。
一体何が始まったのか。ハジメは、シリアスな場面から急に羞恥プレイに晒されたような気分になっていたたまれない。
「じゃあやっぱり精神的なものなのかな。はぁ~、わかってるつもりだけど、ユエとの距離は遠いなぁ。けど身体が反応するならいくらでもやりようは……」
そして何故かハジメは、今貞操の危機を感じていた。
「なんてね……今日はもう寝ちゃって。明日から否応でも動かないといけないだろうから」
「ああ、ありがとな香織…………感謝してる。香織が側にいてくれてよかった」
「…………うん」
ハジメの言葉を噛み締めるように受け取り、笑顔を返した香織は部屋から出て行く。
そして一人になったハジメは窓の外を覗き、空に浮かぶ月を眺める。
(ユエ……待ってろよ)
話したいことがたくさんあった。
聞かせてほしい話もたくさんあった。
そして……改めて伝えたい想いがあった。
だが全ては彼女を取り戻してからだ。
だからこそハジメは改めて、この世界の神と戦う覚悟を決めたのだった。
>原作との相違について
原作では身体を手に入れてテンション上げ上げかつ調子に乗りまくってたエヒトの慢心から余裕をもって神山というホームグラウンドで迎え撃つことが出来ましたが、本作のエヒトは蓮弥のせいで慎重になっているので魔人領で復活を行います。よってハジメ達は守りではなく魔王城まで攻めなければならないので展開が変わってくることになります。正直作者を悩ませているものの一つです(自業自得)
>南雲ハジメについて
散々第七章にてハジメについての内面を書きましたが、ユエがいるから頑張れる男の子はユエがいないと本調子になれません。だからこそ普段見せないような弱気もでますし、ネガティブにもなる。だけど周りも相当気合の入った面子ばかりなのでそれを支えになんとかハジメは復活してくれることでしょう。
>いともたやすく行われる香織への処刑
好きな人から他の女の子をいかに好きになったのかを延々と聞かされる割と地獄な状況になっていますが、そこはアマツメンタルな香織さん。ハジメを抱きしめつつその感触を堪能する余裕っぷりを見せています。
とはいえ本作では報われる可能性が限りなく零に近いこともあり、ちょっと可哀想なのと、ありふれコミック8巻の香織が美少女すぎたことでインスピレーションを受け取ったので例のやつを同時更新しています。
もしよければそちらもどうぞ。
次回もゴールデンウィーク中に出します。
中身はあるキャラの原作より一年早く訪れる春。
では